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【――――また派手にやったらしいな。
どんな奴が相手だったかは知らんが、魔法を使うのは程々にしろ。
あいつらが執念深いのはわかってるだろう?
セイルーンの事件もやはり裏で関わっていたらしい。
お前と一緒で目的の為には手段を選ばん連中だ。
まだ俺やお前たちの居場所までは勘付いていないらしいが・・・・どこから嗅ぎ付けるかわからんからな
――――Z】
「・・・・あたしとあいつらを一緒にするなっての。ったく。でも、さすがに情報早いわよね」
「何か言いましたー?」
「何でもないわ。それよりアメリア。紅茶煎れてくれる?」
客足の途絶えた午後4時過ぎ。
あたしは店のカウンターの奥でメールのチェックをしつつ、店内を掃除しているアメリアに声をかけた。
「ええっ?あたし1人でですか?」
「そ。何度も教えたでしょーが。テストよテスト」
「・・・・お客さんに出すより緊張しますぅ・・・」
モップを片付け、パタパタとカウンターの中に入ってきたアメリアが、真剣な表情でヤカンに火をかけた。
先日からバイトに入った彼女。アメリア・ウィル・テスラ・セイルーン。
あたしより年下のセイルーンからの留学生。
童顔で大きな瞳が可愛い普通の少女に見えるが、実は彼女は大きな声では言えないがれっきとしたセイルーンのお姫さまなのだ。苦学生だけど。
知り合ったきっかけは、彼女があたしの『お客さん』だったこと。
お家騒動に巻き込まれ命を狙われていたアメリアの依頼で事件を片付けたのはいいけれど、個人的な事に国からの援助はないって事でいまだに依頼料が未払いなのだ。
そんなわけで週に2日。火曜日と金曜日の午後からバイトに入ってもらってる。ちなみに月・水・木曜日はファミレスのバイトをしているそうだ。
・・・・しかし、なんつーか・・・タフなお姫さまである。
アメリアに言わせると、『これも正義のヒーローになる為の修行です!』・・・だそうだ。
「えっと・・・ポットとカップを先に暖めておいて・・・」
カチャカチャと危なげな手付きでお湯を注ぎ茶葉を選ぶ。
――――アメリアはかなり不器用なタイプだった。
運動神経はいいし掃除とかは張り切ってテキパキこなすくせに、料理全般がまるでダメ。
このあたり、やっぱりお姫さまって事なのかって気がしないでもないけれど。
バイト先も食事補佐が出るからってファミレスを選んだみたいだし、まあ・・・うちのバイトの時も一緒に食事させちゃってるけどさ。
ポットを冷まさないよう蒸らして4分。いい香りが広がってきた。
茶漉しを当ててそろそろとカップに注ぐ。
「お待たせしました!」
「ありがと」
震える手付きであたしの前にカップを置き、じーっと見つめている。あたしはまずカップを手に取り香りを楽しんでからおもむろに口に含んだ。
「・・・ん、取りあえず合格」
「本当ですかっ?!」
固唾を飲んであたしの言葉を待っていたアメリアの顔がぱっと輝いた。
「もっと自信持って煎れなよね。手付きがおたおたしてると見てる方が不安になるでしょ?ゆっくりでいいからていねいに」
「はい!」
笑顔全開のアメリアに思わず苦笑する。
初めて紅茶煎れさせた時は酷かったもんだ。本人の名誉の為にあえてどんな状態だったかは言わないけど。
「アメリアも飲んでいいわよ。おやつにしましょ」
アメリアに声をかけておいて、あたしはメールの返信を手早く打ち込んで送ると、パタンとノートパソコンの蓋を閉めしまってくると同時に、作り置きしておいたクッキーを持ってきた。
本日のお薦めメニューはアールグレイの茶葉入りクッキー。サクっとした歯触りと甘さ控えめで口の中で紅茶の香りが広がる、自分でもお気に入りの逸品。
自分達がおやつに食べれるようにって、最近じゃかなり多く作ってるしなぁ。
・・・・・うちの売り上げ・・・あるんだろーか・・・
ちょっと不安な思いに取り付かれてしまった。
ま、喫茶店の仕事は趣味の延長みたいなものだし、あまり心配してないけどね。基本的な生活費はこっちの売り上げから出ているとはいえ、いざとなったらガウリィの給料からさっ引けばいい事だし♪
「美味しーい♪リナさんって見かけによらずお料理上手ですよねぇ♪」
――――ごちん。
「まーね。ねーちゃんから一通り仕込まれてるから」
「・・・・いだいでず・・・」
アメリアの頭にげんこつを落としておいてもう1つぱくんとクッキーを口の中に放り込む。
まったくねぇ。アメリアは基本的に素直すぎるのだ。こういう些細な、それでもって余計な一言で痛い目に合ってるのはすでに日常の事である。
「アメリアに比べれば誰だって上手なんじゃない?」
「・・・・うう・・・だってぇ・・・」
うりうりとアメリアを突ついて遊んでいた時、
―――カラランッ
「何でも屋って言うのはこちらでよろしいんざぁますか?」
口を『いらっしゃい』の“い”の字にしたままあたしとアメリアは硬直した。
脳が目が捕らえた映像を理解するのを拒絶している。
扉が開くと同時に入ってきたその生物は、化粧と香水の香りを公害のように振りまき、これ見よがしにゴテゴテと宝石を身につけ、レースの扇子なんぞを口にあて、デザイナーが見たらきっと泣くぞって感じの高級ブランド服に身を包んでいた。
・・・・たぶん、これはきっと。あのうわさに名高い『成金マダム』とかいう生物だ・・・!
故郷のねーちゃんですら、関わっちゃいけない人種の上位ランキングに必ず登場すると認めている、恐ろしい人物・・・!
あまりの衝撃に突っ立ったままのあたしたちがいるカウンターの席まで来るとおもむろに、これでもかってくらいレースがビロビロついたハンカチを取り出して椅子の上をパッパッ、と払った。
――――本能が告げる。
下手に口を挟んだらいけない・・・!
「あたくし、ジョセフィーヌと申します。実はたくの息子のジェフリーちゃんの事でお願いしたい事があってこちらにお伺いにきたんざぁますよ。オホホホホホホホ」
まだあたしが何も言う前に椅子に座り、やおら話し始めるおばはん。その声・・・・とはすでに言えない高周波が耳を伝わって脳に達した時、ぐらんぐらんと世界が回り始めた。
手が身体から分離した物体のようにカチャカチャと自動的に紅茶を煎れ、おばはんの前に置く。このあたり、やっぱり自分は商売人だ。
「それでですわね、たくのジェフリーちゃんのことなんですけれど、母親のあたくしが言うのもなんですが昔から明朗活発で頭脳明晰な素直な子なんざあますの。今時の常識を知らない若い方々とは違って騎士道って言うんですの?に憧れてるんですのよ」
「・・・・はあ・・・」
「騎士っていっても 物話じゃあるまいし誰かに仕えて戦うってわけじゃあございませんことよ、心構えですのね。で、現在の騎士を志してジェフリーちゃんが経営をしている店があるんざますけれど、ジェフリーちゃんの溢れんばかりの才能に嫉妬する輩が出てきたんですのよ。営業妨害っていうですか、まぁったく困ったものですわね」
「・・・・そぉですね・・・」
「まぁ、あまり心配しなくてもジェフリーちゃんの事ですからあたくしが出るまでもないとおもうんざぁますが、それでも母親というものは息子の為には我が身を惜しまないっていうんですか?やはり何かしてあげたくて、ここのうわさを聞いてお伺いした次第なんざますのよ。ホホホホホホホ」
「・・・・・はぁ・・・・」
「あたくしが表立って行動するわけには参りませんので、可愛いジェフリーちゃんの為、あなたに依頼させていただこうと思いますのよ。よろしいですわね?」
「・・・・・はぁ・・・・」
「そうざますか!よかったざます。そうですわね、では明日こちらにジェフリーちゃんを伺わせます。よろしくお願いしますわね」
「・・・・・はいはい・・・・」
―――――――――・・・はれ?
何かまともに話を聞いてらんなくててきとーにあいづちうってたんだけど・・・なんかとてつもない失敗をしでかしたような・・・
無論、おばはんの笑い声がこだましているあたしの麻痺した頭は、何が起きたのかすぐに理解することは出来なかった。
――――その後も1時間程息子の自慢話を延々としゃべり続け、おばはんが帰ってあたしが我に返ったのは、すでに日は沈んで営業時間がとっくに過ぎた頃だった。
テーブルの上にはおばはんの連絡先と息子の店の電話番号と簡単な地図。そして有無を言わせない金額の小切手が置かれてあった。
「うそでしょおぉぉぉおっっつ!」
あたしの虚しい叫びが暗くなった店内にこだまする。
・・・・・・人生最大の失敗かもしんない・・・・
――――ちなみにアメリアは、最初におばはんが入って来た時に浮かべた引きつり笑いで立ったまま、失神していた・・・・・
◇◇◇◇◇
――――ピラララララーランッ・ピラララララーランッ・ピララッ・ピラピララ・ピピララランッ♪
「もしもし?あ、ガウリィ」
[リナぁ。どこ行ってるんだよぉ。帰ってきてもいないし、俺腹減って死にそうなんだけど・・・]
「・・・・ちょっと遠い世界に行ってたからね・・・」
[えっ!?どの世界にだ?]
「まあ・・・また帰ったら話すから。今アメリアとスーパーに買い出しに来てるからもうちょっと待ってなさい」
[おうっ!あ、リナ!ドレッシング切れてるぞ。あと俺無性に塩せんべい食いたいんだけどな♪]
「わかったわよ。和風ごまでいいわよね?お金はあとでもらうからね!」
[・・・・けち。ま、いいさ。気をつけて帰ってこいよ。迎えに行くか?]
「大丈夫よ、荷物持ちがいるから。じゃー後でね」
――――ピッ
「・・・・どう聞いても新婚さんの会話ですよねぇ」
「毎回しつこいよ、アメリア」
「だぁって〜。ところでリナさんの携帯の着メロ、『乙女の祈り』ですか?」
「よく知ってるわね〜。そーよ。懐かしのアニソン♪」
「あたし好きだったんです♪この主題歌の振り付け覚えてますもん♪“恋に恋いすーるっ・女の子にーはっ・まぶしっすぎるのマイダァーリン♪”」
「・・・・こんなところで踊るなっての・・・」
ショックから立ち直って、なんとか家に帰る途中。あたしたちはいつものごとく大量の食料を買い込んでいた。
「んーと・・・ごまドレ。クリームタイプもあるんだ。んじゃ2つ買って・・・後は頭スッキリさせたいからレモン買うか」
目についたものを買い物カートに次々と放り込んでいく。すでに溢れんばかりの食材の山。まっいいか。持つのはアメリアだし♪
この時間になると生物とかは見切り価格になってめちゃくちゃ安くなるのだ。いい商品があるかどうかは運次第だが、なんせあたしもガウリィもよく食べるから経済的には大助かり。
買ったものはほとんどその日の内に食べ尽くしちゃうもんなぁ。
―――――ん?
レジで会計をしている時、どこからか視線を感じた・・・ような気がする。
さりげなく店内を見渡してみたけれど様子を伺っているような気配を纏っている者はいない。
ほんの一瞬で消えた視線。
・・・・気のせいかなぁ。なんせあのおばはんからのダメージが完全に回復してないから感覚狂っちゃってるし。
「・・・・・リナさん。これどーやって運ぶんです?」
「もちろんあんたが背負うなり抱えるなりしてよ。さあ、行くわよアメリア!」
「うひえぇぇえええっっ!無理ですよぉ。リナさん、少しは持って下さいよ」
いっぱいにつめられた食材、段ボール3箱をなんとか抱えよたよたと歩くアメリアを従えて店を出るあたしは、それっきり視線の事など忘れ去っていた。
トントトンッ
「ニョヘロンの焼肉」
「ニャラニャラの鍋」
―――――カチッ
「ただいまー」
「おかえり、リナ。おう、アメリア!お疲れさん」
ドアが開くなり、主人を待ちわびた犬のように全開の笑顔で出迎えたガウリィに、アメリアは思わず力が抜けた。
「・・・・リナさん?ここリナさんの部屋ですよね?」
「?何当たり前の事言ってんの。ほら、玄関に座り込まないで荷物キッチンに運んじゃってよ。ガウリィ!持ってあげて」
「リナ。塩せんべいは?」
「買ってきたわよ、ほら」
愛用のふかふか怪獣スリッパを履きながらガウリィが小躍りしながらキッチンへ消えていく。脱力してへたりこんだアメリアの目の前をぺたぺた動くのはリナの愛用、アヒルの足型スリッパ。
「・・・・・これのどこが同棲じゃないっていうんでしょうか・・・」
同じマンション内とはいえ一応ガウリィの部屋は隣なのだが、当然のようにリナの部屋にいる。合鍵で入っていたのだろう。リナもガウリィがいるのが当然だとしてる。
2人の関係は仕事上のパートナーだと教えられたが、誰がどう見たって納得などしないだろう。
アメリアも何度も2人の関係をつっこんで聞いてはリナに殴られていた。
「アメリアー。何やってんのよ。ご飯にするわよ!」
「・・・お二人の間に入ってしまうのは何やら正義の心に反してしまう気がするんですよね・・・っていうか、あたしの身の置き場がないっていうか、目のやりどころに困るっていうか・・・」
「おーい、アメリア。早くこないとリナが全部食っちまうぞー」
「はっ!冗談じゃありませんっ!あたしが苦労して運んできたんですから!」
ガウリィの声にがばっと立ち上がってアメリアは戦闘体勢に入った。
ここでの食事はまさに戦争だ。隙を見せたらそれでお終い、すなわち食いっぱぐれるということ・・・!
週に2度この部屋を訪れているアメリアは、自分専用のふわふわくまさんスリッパに手早く履き替えて、あたふたとキッチンへ向かった。
―――――いつものごとく食事バトルが展開される。
「『仕事』?」
「そ。引き受けたくなかったんだけどね、実際は」
食事が終わってリビングでお茶を飲むひととき。
どっかりとソファに沈みこんであたしは盛大なため息をついた。
「そんなに厄介な仕事なのか?」
「内容はよくわかんない」
「・・・・おい。そんなんで引き受けてくるなよ」
「だって、仕方ないじゃない。あんな高周波攻撃受けて、まともに話なんか出来っこないもん」
・・・・せっかくダメージから立ち直ってきたのに、あのおばはんの笑い声が脳裏に蘇ってきた気がして、ブルっと身体を震わせた。
「すごかったんですよ、あの人。あたしなんて立ったまま気絶しちゃって」
てへへと笑いながらアメリアが塩せんべいをぱりぱりと食べている。でもその顔に冷や汗が浮かんでいるのを見逃さなかった。
「一体どんな奴なんだ?それは」
「・・・・思い出させないで・・・・とにかく、明日その息子が店に来てから詳しい話聞くからさ。ガウリィも幼稚園終わり次第店の方に来てよね」
「ああ、わかった。早退しなくても平気か?」
心配げに覗き込んでくるガウリィに苦笑した。まったく、過保護なんだから。
「大丈夫よ。なんとなく夕方に現れるような気がするからさ」
「よかったぁ。あたし明日バイトじゃなくって」
―――――ドカッッ!
心底嬉しげなアメリアの声に反射的にケリを入れた。
「リナざん、びどい・・・」
「こらこら」
「うっさい!人が憂鬱だってのに1人で喜んでるあんたが悪い!」
当然のように言い切ったあたしに2人が引きつった笑いを浮かべた。
「・・・・触らぬ神に祟りなし・・・」
聞こえてるっての。ったく。
◇◇◇◇◇
【・・・お前は一体どこからその情報を仕入れてきたんだ?
まったく、油断も隙もないぜ。
あれも、俺のバイトの一環でしかないからな!
旦那に言うんじゃないぞ!
間違っても見に来たりしないでくれ!
――――それはともかく。
あいつらが動き出したらしい。まぁ、今まで平穏無事に隠れてられたのが不思議なくらいだから仕方ないがな。
グルムグンを捕らえた奴、つまりお前さんたちを狙っているぞ。用心しておけ。
できるだけ俺を巻き込まないでくれると助かるが・・・言うだけ無駄って気はするがな。
――――Z】
「あちゃー・・・やっぱり昨日のあれ、気のせいじゃなかったのか」
「何がだ?」
来ていたメールを見てあたしはガリガリと頭を掻きむしった。
そんなあたしの様子にテーブルを拭いていたガウリィが近寄ってくる。
幼稚園の仕事を早めに終わらせてきたガウリィは、いつもの仕事服のピンクのエプロンから黒のエプロンに着替え、店の掃除をしていた。
――――こいつが店に出るのと出ないのじゃ売り上げがまったく違うのよね。こいつ目当ての女子高生とかが群がってさ。
今日は臨時で入ったようなものだから混雑は起きなかったけどね。
それはさておき。
あたしはため息をつきつつパソコンの画面を指差した。
「正面きって喧嘩しちゃったからね。しょうがないんだけどさ」
「まぁな・・・ま、なんとかするさ」
画面を覗き込んでメールを読んでから、ぽんぽんとあたしの頭に手を乗せてガウリィが気楽に笑う。笑って済むような問題じゃないんだけれど、何だかこの笑顔を見ているとなんでもこいっ、て気になってくるから不思議だ。
「そおね。なんとかすりゃいいのよね」
あたしもにやっと笑ってウインクを1つ。
「ところで、リナ。今度はどんな弱味を握ったんだ?」
「ふっふっふっ♪教えてあげないよん♪」
こんなに美味しいネタ、そう簡単にばらしちゃ面白くないじゃない♪
―――カラランッ
「あのー・・・」
「あ、いらっしゃ・・・・っ」
入って来た人物を見てあたしは思わず動きを止めた。
「こんにちは。ジェフリー・メイルスターです。ママにここを訪ねるようにって言われて来たんですけれど・・・」
・・・・マ、ママって・・・あのなぁ・・・
――――これがあのおばはんの息子ってやつだろう。
年の頃は20歳前後。ちょこっと背が低めでちょこっと顔色悪い人。
一流ブランドもののスーツがこれでもかっっ、ってほど似合っていない。
「ああ、あんたが。こっちへ来て座れよ」
ガウリィが笑って目の前の席を示すと、ひょこひょこと歩いてきてちょこんっと座った。
「取りあえずガウリィ、紅茶煎れてくれる?初めまして、あたしはリナよ。こっちは相棒のガウリィ」
「あ、どうも」
カウンター越しに向かい合って取りあえず自己紹介。
ガウリィがジェフリー君とあたしたちの分のお茶を煎れて座ってから話を切り出した。
「ところで。詳しい内容を教えてくれる?」
「え?ママから聞いているんじゃ・・・?」
「・・・・もう一度あなたからちゃんと聞いておきたくってね・・・あははは・・・」
――――あんな高周波に晒されてまともに会話すら出来なかったのに、依頼内容なんて理解出来ているわけがないっての・・・
引きつり笑いを浮かべるあたしを2人が同時に不思議そうに覗き込んでから、ジェフリーがおもむろに咳払いをした。
「僕が経営している店があるんですけれど、最近妙なお客が来て困っているんです。宗教の勧誘みたいなのを始めてしまって。女性の方なんですけれど、やんわりと入店拒否しても聞いてくれないんです」
ふむふむ。
「今じゃ従業員のほとんどが入信してしまって。もちろん、この僕の溢れんばかりの営業センスとサービス精神のおかげで経営の方は滞りなく順調なんですが、このままの状態が続くのもちょっと・・・」
「ようはその女の人を追い出して、怪しい宗教にかぶれた奴の目を覚ましてやればいいって事よね?」
「僕も誠心込めて説得してみますが、それでも難しい場合にお願いします。何しろ一応大切なお客さまですし女の方ですから」
・・・話だけ聞けばそんなに厄介な仕事ってわけじゃない、か。
「ところで、一体どんな店をやっているんだ?」
ガウリィの至極当然な質問に、ジェフリー君はやおら立ち上がり胸をはって、一言。
「それは、現代の騎士を目指す者として最適な職業!『ホストクラブ』です!!」
――――どげしゃあっっっ!
椅子ごとひっくり返るあたしとガウリィ。
・・・・・・・何か違う。絶対に違う!
騎士道を目指すどころか、根本的なところが間違ってるっばっっ!
「・・・・ああああのねぇ・・・ホストってのがどんなもんなのかわかって言ってるわけ?」
なんとか頭だけ持ち上げてジェフリーを見上げると、きょとんとした表情でさも当然のようにこくりとうなづいた。
・・・・・あたしの記憶が確かならば。ホストと言うものは己の持ち得る魅力を総動員して女をおだて持ち上げ惚れさせて甘い汁を啜ろうとする、現在に蘇った吸血鬼・・・っといったらまた誤解が生じるかもしれないが。
だけどっ!
ガウリィとジェフリーを並べてどっちがホストか?って尋ねたら、ほぼ全員がガウリィを指差すだろう。
頭の中身は増えるワカメが詰まっていようと、ガウリィの見た目は完璧だ。
飛び抜けた身長に鍛え抜かれた身体。深い掘りのある顔に輝く長い金髪。優しげな人なつっこい笑顔に深い蒼い瞳。
黙って立ってれば文句のつけようもない美形な男である。
この街にも密かにこいつのファンクラブがあるって話だし、仕事先の幼稚園では母子でガウリィを争っているって話だし、こいつが店に出る日は朝から女の子が長い行列を作る程なのだ。
当の本人はそんなこと全然わかってないみたいだけど。
ホストになる資格は女を引き付ける魅力に溢れてることが必須条件。
――――ジェフリーのどこにそんな魅力があるというんだ?
こいつに貢ぐような客がいるわけないっ!言い切ってもいいぞ、あたしはっっ!
「あのなぁ・・・騎士道とホストじゃ言ってることとやってることがまるで違うだろぉ?」
思いっきり呆れた顔でなんとか立ち上がったガウリィにため息と共にうなずきかけて、あたしは信じられないものを見た。
ごばーんっっ!
いつの間に入って来たのか、ガウリィの後頭部に鉄製のハリセンをぶちかまし肩で息する、顔を覆面ですっぽりと隠してる怪しすぎるその物体!
「何を言うんですかっっ!ジェフリーちゃんは昔から賢く聡明で行動力も人一倍あるんですのよっ!そのジェフリーちゃんのやることが違っているわけないじゃありませんかっっ!」
・・・・・あ、あたしもガウリィもまったく気配に気付かなかったんですけれど・・・
ガウリィは今の一撃を受けて伸びてるし。
――――恐るべき過保護のおばはん・・・!!
「あのー・・・あなたは?」
不思議そうに首を傾げガウリィとジョセフィーヌさんを交互に見つめるジェフリーくん。まぢで言ってんのかおまいは・・・
ジェフリーの声にはたと振り返ったジョセフィーヌさんはぱたぱたと手を振って、
「あーらやだわあたくしったら!お気に為さらないで下さいな。ただの通りすがりの客の1人ですから。おほほほほほっ、では失礼っ!」
そのまま何ごともなかったかのように奥のテーブルに腰掛ける。
「・・・・おい、リナ・・・・?」
「・・・・あれが例のおばはんなの。下手に逆らったら死を招くわよ」
「・・・・どーしてこんな仕事受けたんだよぉ・・・」
「・・・・受けたくなんかなかったわよっ」
だけどっ、あたしには出来ない!
一度手にしたお金を返すなんて事はっっ!!
床に這いつくばってこそこそと話すあたしたちの様子を気にせず、へーぜんとしているジェフリー。
「どーやら新しいお客さんだったようですね。お茶を出さなくていいんですか?リナさん?」
「・・・・きづけよ、頼むから・・・」
海よりもふかーい脱力感に包まれながらあたしはなんとか立ち上がってよろよろしながら、それでもなるべくその物体を見ないようにしながら紅茶を煎れる。
きらーんっと覆面から覗いた鋭い眼光。言葉にしなくても如実にその瞳は物語る。
すなわち、この世はジェフリーの為にあるのだと!
・・・・・しくしくしく・・・
「と、取りあえずあんたの店に行くか。早いとこ片付けようぜ・・・・」
なんとか復活したガウリィが深いため息をつきつつ立ち上がる。
「そーね・・・早いとこ片付けよう・・・」
「そうですね。時間もちょうどいいですし、では僕の店に案内します」
ジェフリーが勢い良く立ち上がりカップに残っていた紅茶を飲みほし・・げはげほがほ・・・っとむせた。
「んじゃ店じまいするか・・・うっ」
「どーし・・・」
戸締まりしようと動きだしたガウリィの変な声にあたしも振り返り、そして絶句した。
――――おばはん、すでにいないし・・・
ドアベルの音も動いた気配もしなかったぞっっ!
「なあリナ・・・俺、ちょっと自信なくなってきた・・・」
「・・・・気にしちゃダメよ・・・すでにあれは人間の域を超えちゃってるんだから・・・」
元傭兵で今だって平凡な暮らしとは言えない争い事が絶えない日々で、野性的なカンの持ち主であるはずのガウリィに、1度ならず2度までも気配を感じさせずに近づいたおばはん。
・・・・・・・・妖怪だって、あれはすでに・・・
「どうかしましたか?行きますよ?」
やたら明るいジェフリーの声が店内に響く。
――――やっぱし、人生最大の失敗かもしんない・・・
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