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信じられない程大きな満月が、大賑わいしている村を優しく包み込んでいる。
月明かりとは思えない程明るい光。
ランプや魔法の明かりなど必要無いくらいに。
村の中心の広場は収穫祭のメイン会場。
陽気な音楽が流れて、みんなが輪になって踊っている。ほとんどの人がワインのボトルやグラスを持ちながら。
去年仕込んだワインの樽が次々と空になっていくし、みんな飲む飲む・・・・ポルトーのワインって美味しいのとは別に出荷量が少ないことで余計に人気が出てるって話だけれど、それってただ単にみんなが大飲みしちゃって出荷出来ないってだけじゃないだろうか・・・
「リナちゃん、飲んでる〜♪」
「うひゃあっ!?」
突然後ろから抱きつかれて思わず手にしたグラスを落としそうになった。
「ちょっ、ちょっとカペレさんっ。こぼすって!」
「大丈夫よ。まだいーっぱいあるから♪」
「借りた服に染みがついちゃうでしょ!」
「その時は目立たないようにいっその事ワイン色に染めちゃうからいいのよ♪」
いつも以上に陽気にケタケタ笑っているカペレさん。かなり飲んでいるらしく顔がピンク色に染まっている。手にはピンをしっかり持ったままだし。ったく、この人は本当に見かけによらない。
「おいおい・・・あんまり飲ませないでくれよ」
苦笑しながらガウリイの手が、ひょいっとカペレさんからあたしを引き剥がした。
せっかくの収穫祭でみんな着飾るんだからってことで、ガウリイはこの村の民族衣装を着ていた。ついでに軽く後ろの方で髪を束ねている。
かくいうあたしも民族衣装を借りて着ていた。
・・・・ピエヌさんも貸してくれるって言ったんだけれど、これまたやっぱしピンクだったからさすがに丁重にお断りした。
んで、カペレさんが小さい時のもの(・・・・どーせあたしはチビですよっ)を貸してくれたのだ。
「何よ〜、ガウリイさん。今夜は収穫祭なんだから全部の樽の中空にする勢いで飲みつくさなきゃ!」
「・・・・こら、からむなよ」
――――ゴチンッ
「〜〜〜〜〜痛いわねっ。何するのよシュロス!」
「何って、瓶の底で殴っただけだが?」
「あっさり言われると突っ込めないんだけど・・・」
突然現れた男の人と、どう見てもドツキ漫才としか思えない行動を繰り広げ始めたカペレさん。
バトルアックス戦斧を軽々と振り回す人にワイン瓶の底でどつくなんて、なんちゅう命知らずな・・・と思っていたんだけれど。2人ともいつもの事のようで平然としているし。
それ以上に・・・何だか嬉しそう。
「・・・あの人さ、俺の服貸してくれた人なんだ」
その2人からこっそりと離れながらガウリイが教えてくれた。
「あ、そうなんだ。あの人も大きかったもんね」
「ああ。ここらの地方の領主のとこでお抱え騎士やってるんだと。んで今日は祭りだから休み取ってきたらしい」
「ふーん。収穫祭の為だけに戻って来るなんて、よっぽどワイン飲みたかったのかしら」
領主の城って言えばここから結構離れてる。まぁ、この光景を見れば大騒ぎをする為に故郷へわざわざ戻ってくるってのもわからなくはないけれども。
そんな呆れの混じったあたしのつぶやきにガウリイが苦笑した。
「それだけじゃないだろ?あの人、あのねーさんの旦那だって言うし」
「・・・・・・へっ!?」
思わずガバっと後ろを振り返ってみると、いつの間にか2人は連れ立って踊りの輪の中に混ざっていた。
「・・・・そーなんだ」
「そーゆー事。あの人が都会暮しは嫌だからって、離れて暮らしてるみたいだけどな。ちょくちょく帰ってきてるらしいけど」
「ガウリイ、よく知ってたわね?」
「まぁ、色々愚痴とか聞かされたし」
――――何だ。そーだったんだ。
本当に、バカみたい。1人で色々悩んでたのが。
誤解はすでにとけていたものの、勘違いしていたのが急に恥ずかしくなって、それを誤魔化すようにあたしは手にしていたグラスの中のワインを飲み干した。
渋みの少ない、甘めの紅い液体が喉を滑っていく。途端に身体の中をアルコールが回って熱くなった。
よしっ。これなら多少顔が赤くなっても誤魔化しオッケー!
ワインとぶどうの強い香りが、村中に広がってあたしの身体にまで纏わリついている。
月は信じられないくらい大きくて綺麗。
ワインも美味しい。
風に乗ってくる陽気な音楽と楽し気なざわめき。
そのどれもが、あたしの機嫌を良くさせる。
「調子に乗って飲み過ぎるなよ?」
穏やかな笑顔のガウリイが、くしゃっと髪を撫でていった。
「あんた程は飲まないわよ♪」
空になったグラスをひらひらと振って、パチンとウィンク。
べろべろになる程酔いつぶれるなんて、このワインに失礼だもの。ゼフィーリアの物とはやっぱり違うけれど、これもとっても美味しい。ワイン泥棒に狙われるのも納得するくらい。
「俺だってそんなに飲んでないって。でも、酔いそうだな」
どんどん機嫌が良くなっていくあたしを、ガウリイが嬉しそうに見ていた。
この月の光のように、さり気なく柔らかくあたしの全部を包み込んでくれてるような眼差し。少し照れくさく感じるけれど、でも今までを振り返って考えると、ガウリイのこの眼差しはこの村に来る前と全く変わっていなくって。
自分の気持ちだけで手一杯だったから気づけずにいたけれど、ガウリイもいつの間にかあたしと同じように変わっていたんだなって、思えた。
「珍しいわね。もっと強いお酒飲んでも自分から酔いそうなんて言わないのに?」
ガウリイの場合は酔っていても自覚ないし見た目は全く変わらない。その変わりに次の朝、記憶飛んでるっていう、ある意味一番たちが悪いんだけど。
小首を傾げたあたしの髪を、ガウリイの手が一房掬いとった。髪に触れられるのなんていつもの事なのに、何だかめちゃくちゃ気恥ずかしい。
「ちょ・・ガウリイ。もう酔ってる?」
柔らかい笑顔は変わらず、でも微かに顔を赤くしているガウリイに、あたしの顔もまた真っ赤になった。
「・・・ガ・・」
「あー、いたいた。こんなとこで何やってるんだい。探しちまったよ」
「うきゃあ!?」
「うおっ!?」
後ろから突然声をかけられて、あたしは思わずガウリイを突き飛ばしてしまった。
「おやおや大丈夫かい、にーさん」
「あははは・・・大丈夫大丈夫、いつもの事だし・・・気にしないで、ピエヌさん」
「・・・・お前は少し気にしろよな・・・」
ガリガリと頭を掻いて拗ねるガウリイの足をこっそりと踏み付けて、慌ててピエヌさんに向き直った。
――――なんつーか、その・・・・あれからたまに、そうたまになんだけどっ!その・・・周りが見えなくなるっていうか・・・いつの間にかそーゆー雰囲気になっちゃうことがあるっていうか・・・
わざとじゃないんだって!もうあんな恥ずかしい思いしたくないもん!
「仲直りしていちゃつきたいのもわかるけど、せっかくの祭りなんだからみんなに混じって騒ぎなさいよ!ワインもたくさん飲んでるかい?」
言いながら空になっていたあたしのグラスにワインを注いで、ガウリイの背中をバシっと叩いた。
ピエヌさんも今日はいつも以上に朗らかで、大分飲んでいるのだろう。服だけじゃなく顔までピンクに染めていた。
「べっ、べつにいちゃついてなんか・・・!」
「いいからほらほら。踊っておいで!」
あたしの言い訳を聞こうともせずに、ピエヌさんがあたしたちの背中をグイっと押し出す。
お互いに一歩踏み出して顔を見合わすと、同時に苦笑した。
「・・・行くか?」
ガウリイが自分のグラスを掲げると、チィンと軽い音を立ててあたしのグラスに軽く触れた。
「・・・行こっか」
パチンっとウィンクを返してあたしは手を差し出すと、ちょっと照れくさそうに、けれどガウリイの手がしっかりとあたしの手を包み込む。
月明かりの下の収穫祭。
時が経つのも忘れ、空が白み始めるまで陽気な音楽に合わせて踊り歌う。
あたしたちもその大きな輪に混ざって、飲んで騒いで踊った。まるでもう何年もこの村で暮らしてきたかのように――――
◇◇◇◇◇
―――――さわさわさわ・・・・
街道を渡る風があたしたちの髪を揺らして通り過ぎていく。
「今日もいい天気だなぁ」
「本当。秋の空って高いのよねぇ。空気も澄んでるし、やっと涼しくなってきたし」
「涼しいと思ってるとあっという間に寒くなってくるけどな」
「寒いのは嫌い〜〜〜。あたしはお腹空いてるのと眠いのと暑いのと寒いのが一番我慢出来ないんだから」
「・・・・すでに4つもあるじゃないか」
「うっさい。いーのよ、そーゆー事は突っ込まないで!」
「はいはい」
ポルトー村で収穫祭に参加した翌々日。
あたしたちは再び旅立った。
この村に行く途中でいきなりの高熱に倒れてから色々あったなぁ。
結局随分お世話になっちゃったし・・・でも、この村で過ごせて良かったと思う。
倒れたあたしの面倒をずっと見てくれた、ピンク大好きな自称医者のピエヌさん。
健康美人なくせして村の自警団の団長やってるカペレさん。
この2人がいたからこそ、あたしたちは一歩近付けたんだと思う。
きっかけがなくて。『保護者と子供』という関係からどうやって踏み出していいかわからないあたしたちの背中を、ドンっと勢いよく押してくれた人たち。
2人とも元気よくておせっかいで、素朴で人のいい。農村の逞しいかっこいい女性だったな。
村の人たちものどかでいい人たちばっかりだったし。多少変わってたけれど。
ずっと旅を続けて来た中で、これは長い『休暇』みたいなものだったのかもしれない。
一度ゆっくりと立ち止まることが、きっと必要だったんだ。だからこそ今、こんなにも気分よく新鮮な気持ちで歩いていられるから。
「ところでリナ、どこに行く?」
「そーねぇ・・・そろそろミルサー魚の美味しい時期よね。ニギタケも出てくる頃かしら♪」
「ニギタケって俺食った事ないんだよなぁ、旨いのか?」
「ええっ!?ガウリイ食べた事ないの!?・・・・ああ、人生を損しているわ。あのニギタケを食べた事がないなんて、可哀想に・・・・」
「おいっ、そんなに旨いのか!?」
「生で刺身にしてよし!焼いてよし!酒蒸し、バター炒め、土瓶蒸し、ニギタケ御飯にしてもなおよし!あれぞキノコの中の王様ね♪」
「くうっ・・・!よしっ、食いに行こう。今すぐ行こうっ!」
「ミルサー魚も捨てがたいわよ。あれもすっごくっ、美味しいんだから!」
「んじゃ、両方食う!」
「おお、その手があったわね!んじゃ、早速秋の味覚食い倒しに出発〜〜!」
「おうっ!」
2人の関係が多少変わっても、基本スタンスは変わっていない。
いつものように御飯の取り合いするし、美味しいものは譲れないし。
想いが通じ合って、たまにそーゆー雰囲気になる事もあるけれど。そんな急にいちゃいちゃ出来るわけもないし、そーゆーキャラじゃないし恥ずかしさは消えないし。
だから、あたしたちらしく、進んでいこう。
その場の勢いで決める旅の目的地。
目の前に続く道を、いつものように並んでどこまでも歩いていくのだから。
街道を行き交う人々にまぎれて、賑やかに話しながら2人は歩いていく。
きっと無意識、なのだろう。
ついこの間までとは、歩く2人の距離が微妙に近くなっているのは。
秋特有の高く青い空。
渡ってくる涼しい風が、どこからか懐かしく感じる甘いぶどうの香りを運んで通り過ぎて、2人の髪を軽く乱していった――――
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