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手早くぶどうを収穫していく。収穫祭まではもう時間がない。
ぶどうがもう収穫されてしまった畑からも、まだ微かに甘い香りが残っているようだ。風が吹いて葉を揺らすごとにふわっと鼻孔を掠めていく。
俺は結局おばちゃんのぶどう畑の収穫を収穫祭までに確実に終わらせられるように無償で手伝う事になった。
まぁ、ずっとリナの面倒を見てくれたんだし、俺も身体を動かしている方が気がまぎれるから別に嫌じゃない。
リナも、あれから少しずつ身体を動かして体力を取り戻すようにと、ぶどう踏みの手伝いを始めていた。
――――おばちゃんに借りたピンクのスカートを履いてきた時のリナを見た時には、あまりにも普段の姿とギャップを感じて思わず笑ってしまったのだが、その瞬間に回復し始めの攻撃呪文を叩き付けられてしまった。
・・・・・ピンクの服も可愛いと、笑いながら言っただけなんだがなぁ。
おばちゃんにも、『・・・このにーさんもわかってないねぇ』なんて言われてしまったが、意味はよくわからなかった。
それはともかく。
後数日で満月の夜が来る。
収穫祭の日までに俺はリナと『喧嘩』して、お互いにスッキリさせたいと思っていた。
けど・・・いざとなると喧嘩ってしづらいんだよなぁ。
まさか女の子相手に殴り合いするわけにはいかんし、何よりあれからはリナの方も俺を無視するようなことはなくなっていた。
まだ多少ぎこちなさは残っているから、きっとリナの方もタイミングが掴めないんだろうけれど。
どうするかなぁ。
リナも徐々に体力は回復してきて食事の量も増えてきたが、やっぱりずっと寝ていたせいもあって。仕事を終え食事をして風呂に入ると疲れが広がってくるらしく早くに寝てしまう。
俺の方も。まだ今年のワイン泥棒とやらが捕まっていないから依頼を受けた以上、夜も仮眠をとったら仕事に出なければいけないし。
結局言うタイミングがなくて、リナにはワイン泥棒退治の仕事を受けた事は言っていなかった。出かけるのも夜、リナが完全に眠ってしまっている真夜中だから気付いてもいないだろう。
来るなら早く来いよ、ワイン泥棒。
・・・・リナの言い分がちょっとだけわかるような気がするなぁ。『盗賊いぢめはストレス発散』ってやつ。
収穫祭まで、もう日もないからそろそろ来る頃だとは思うんだが・・・・
ふわぁ・・・・と、思わずあくびが出た。
精神的にもまだスッキリしないし、昼も、1日交代とはいえ夜も仕事しているから多少疲れが溜まってきていた。
考えるのは得意じゃないから色々悩んでいると頭が疲れてくるし。
早く、全部スッキリさせてぐっすり寝たいよなぁ。
・ ・・・・リナは眠れてるのかな?
あの夜のように、泣いてはいないと思うけれど・・・
不意に思い出したリナの涙に、ズキリと胸が痛んだ。
やっぱり、早いとこすっきりさせたい。
夜中に悪夢を見ながら泣いていたことを言うつもりはないけれども、俺との仲がぎくしゃくしたことが原因で過去の悪夢が蘇った可能性もあるから。
あんな悲しみを、もう2度とリナの胸に抱え込ませるわけにはいかない。
今やれる事を1つずつやっていくしかない。
軽く頭を振って、俺は再びぶどうの収穫に集中した。
◇◇◇◇◇
「あれ?今晩の見張りは俺の番だったよな?」
「そろそろ奴らも動く頃だと思ってさ。女の感よ♪」
用意を整え、他に5人程の当番の自警団員を引き連れ、そろそろ見回りに行こうとしたところでカペレさんが現れた。
月は丸みを増していてランプの明かり無しでも出歩ける程に明るい。
ランプはいざという時には結構邪魔になるので、今夜は持っていかなくてもいいだろう。
それに。
「確かに、今夜は来るかもな」
夜が深けるにつれ、闇の中にチリチリとした気配が村のどこからか伝わってきているような気がしていた。
敵意や殺意といったものではないのではっきりとはわからないが、今までにない空気は感じる。
「どこを見張る?」
村といっても結構広い。
大半をぶどう畑で覆われているし、外れには大きな街道も通っている。街道の先はどちらの方向も大きな街に繋がっているのだ。どちらからくるのかはここからじゃさすがにわからない。
自警団の詰め所は村のほぼ中心にあたるし。
「取りあえずワインの貯蔵庫を見てきて、そこに1人誰か残すでしょ」
「もうちょっと人数集めるか?」
「大丈夫よ。自分たちで自警団作って入るくらいだから、団員はそれなりに腕に自信ある奴ばかりよ。それに農民の力をなめちゃ困るわ。騒ぎが起こればこんな真夜中でもありったけの武器を持って起きだしてくるからね」
カペレさんが胸を反らせて自信満々に言い切ると、他の団員たちも得意そうにニヤっと笑った。
――――確か、団員になるには団長の試験を受けるんだって、言ってたよなぁ・・・
相変わらず軽々と肩に担がれているバトルアックス戦斧を見て、俺は素直に納得した。
「団長、北と南の街道の入り口には人数分けますかい?」
「そーねぇ・・・去年は確か北の入り口から来たのよね。んじゃ、今回は南側の方が来る確率高いわね」
「・・・・そーなのか?」
「女の感に理屈はないのよ。でもまぁ、念のため1人北の入り口で誰か見張ってて。魔法の明かりか照明弾持っている人、よろしくね」
テキパキとどこか楽し気に団長が指示を出すと、男たちは素早く動きだした。どこにでも血の気の多い連中というものはいる。その連中を団員として統率しているだけでもカペレさんの腕の程がわかるというものだろう。
「んじゃ、行きますか!」
「おうっ!」
元気なかけ声に、不意にリナの声が耳に蘇った。
――――よく寝てたよ、な?
出かける前にそうっと部屋を覗いた時には、もうぐっすりと眠っていた。起きてはいないはずだが・・・・
「行くわよ、ガウリイさん」
(行くわよ、ガウリイ!)
「お、おう」
長い髪を翻して扉から出ていった団長が、俺の目には一瞬リナの姿にダブって見えていた・・・・
ワインの貯蔵庫は平穏無事だった。
ここに1人残して、もう1人は北の街道の入り口に向かう。残りの俺たちは南の街道に向かっていた。
「ガウリイさん、まだリナちゃんと仲直りしていないのね」
思い出したようにかけられた声に、思わずうっと詰まった。
ぶどう踏みしている女性たちを仕切っているのはカペレさんだというので、俺はリナの様子を見ていてくれるように頼んでいたのだ。
「・・・・何か言ってたか?」
「あたしの事じーっと見てるから、『あたしに惚れちゃだめよ♪』って言っておいたわよ」
「・・・・あのなぁ・・・」
ガリガリと頭を掻いた俺にクスクスと楽し気に笑う。
「ため息ついて何か悩んでいたように見えたからさ。いくら可愛くてもあんまり女の子を子供扱いしちゃダメよ?女心は複雑なんだから」
「・・・・・・わかっちゃいるんだよ」
だけど、難しいんだよなぁ。
大切な人だから守りたいのは当然だろ?子供扱いしているわけじゃないが、病気したし病み上がりだし、ついつい過保護になっちまうんだよなぁ。
――――はぁ・・・
「ほらっ、ため息つかない!」
またもバシっと背中を叩かれて思わずよろける。そんな俺たちの様子を団員の男たちがニヤニヤと見ていた。
「にーちゃんほどの色男でも手こずるなんて、よっぽど惚れてるんだな」
「数年前の団長を見ているようだな。こう見えても団長もあの時は可愛かったんだぜ?」
「シュロスの方が見てて面白かったけどな。あいつ無愛想で冷静なふりしてるくせにカペレの事にはいちいち反応してたし」
「そうそう。男ってのは惚れた相手に対してはとことん純情になっちまう生き物なんだよな」
「あんたたち〜〜・・・そーゆー事は言わなくていいのよっ!」
珍しく慌てた表情でカペレさんが戦斧を振り回した。
――――照れ隠しなのはわかるが、めちゃくちゃ危ないぞ、それは・・・
もっとも、男たちは笑いながら避けているから、これは昔からよくある光景なのかもしれない。
まぁ、あいつも照れ隠しによく攻撃呪文ぶっぱなしてくれるが・・・・
でも、本当にその通りだな。
リナ惚れた相手に対してはとことん純情になっちまう。
まるで子供のように。俺の事を見てもらいたくて必死に頭を働かせて、身体全体でアピールして。彼女以外の人の目など何も気にならなくなってしまう。
嫌われる事に臆病になって、それでももっと近付きたくて。
俺の中に、まだこんな純情で純粋な感情が残っていたのが不思議に嬉しい。
・・・・リナを子供だって、言えないよなあ・・・
苦笑して月を仰ぎ見た。
・ ・・・・・ん?
視界の片隅に月の光とは別の光が北の方で弾けて見えた気がした。
「?どうかした?ガウリイさん」
カペレさんの声を無視して、慌てて神経を集中させる。
風が吹き過ぎて木々の葉が揺れる音。
夜行性の動物の気配。
こちらの方向に、ピリピリとした不穏な空気は感じられない。
「・・・団長。女の感が外れた・・・!」
――――どごおおおんっっ!
言い終わらないうちに、遠くから爆発音が伝わってきた。音のした方に目をこらすと、まるで地上で花火を打ち誤ったような紅い光が飛び込んでくる。
あれは、多分・・・・!
「悪い、先に行く!」
「ガウリイさん!?」
爆発音が聞こえたと同時にみんな街道の北の入り口に走り出していたが、そんな速度じゃ間に合わない!
「リナだ!」
「えっ!?ちょっ・・・!?」
背中でカペレさんの声がしたような気がしたが、気にしている余裕などない。
俺は月明かりでさえ忍び込めない、近道であるはずの林の中に飛び込み全速で走っていた――――
◇◇◇◇◇
近付くにつれ派手な爆発音が次々と聞こえてくる。
まったく、何考えてるんだあいつは!
病み上がりだってのに、また倒れたりしたらどうするんだよ!
いくら盗賊いじめはあいつの習性のようなものだといっても、あいつがそう容易くやられるはずないとわかっていても。
いつだって、心配なんだ。
だけど、あいつは人の言う事を聞きはしない。どれだけ俺が心配しているか知ろうともしない。説教してもどこ吹く風。
だんだん本気で腹が立ってくる。
大勢の人間の気配と呻き声が聞こえてきたので走るのをやめ、気配を殺してゆっくりと歩いていく。こっちの街道を見張りに来たはずの団員の姿は見当たらなかった。まだここに到着する前にこの騒ぎになったのかもしれない。
近付くにつれ、高い声が耳にはっきりと届いてくる。
久しぶりに見る魔道服姿のリナ。夜風にマントを翻して、紅い瞳をきらきらと輝かせている。暴れたのがそんなに嬉しかったのだろうか。
ぼろぼろになった1人の男を殴りつけてゆさゆさと揺すり始めたところで、俺は大きなため息をつきながら声をかけた。
「・・・・・・・そんなにがくがく揺さぶっていたら言いたくても言えないと思うぞ」
「うひゃあっ!?」
突然聞こえた声によほど驚いたのか、リナは文字どおり飛び上がった。手にしていた男を放り出すと恐る恐る振り返ってくる。
「全くお前は・・・ちょっと目を離すとすぐこれだ」
「あ、あはは・・・いやぁ、月が綺麗だからちょっとお散歩してたんだけど、ガウリイもお散歩?」
「・・・・お散歩と言うにはちょっと殺伐としてないか?」
「あらそーかしら?」
視線を泳がせて必死で誤魔化そうとするリナに向かって、俺はゆっくりと近付いていく。
「リナ」
堅い声にリナがびくつく。けれど今回ばかりは甘い顔しない。
「・・・・何よ・・・?」
「お前は本当に・・・・いい加減止めろよな、こういう事」
「何でよ。盗賊いぢめは乙女のたしなみであたしの趣味なんだから。悪を倒して金品ゲット!素晴らしいじゃない!」
「あのなぁ・・・お前だって女の子なんだぞ?何度も言ってるってのに・・・その上今日は病み上がりだろーが。この間みたいに急に倒れたりしたらどうするんだ!?」
「もう平気よ。魔力だって体力だって元に戻ったし、この状況見ればわかるでしょう!?」
「今日だけの問題じゃないだろう!?今度またいつか、1人で行動している時に動けなくなったらどうする気だ!?子供じゃないんだから、あんまり心配させるなよな!」
「何よっ!あたしは心配してくれなんて言った事ないじゃない!?自分の身ぐらい自分で守れるわよ、子供じゃないんだから!」
いつの間にかお互いにテンションが上がってきて、2人とも怒鳴りあっていた。自分でも珍しいくらい頭に血が登っているのがわかる。でも止める気にはなれなかった。
「いつも子供子供って言ってくれるけど、いい加減にしてよねっ!確かにねっ、あんたと出会った頃はまだ子供っぽいところがあったかもしれないけど、人間は成長するの!もう子供って言われる年じゃないわよっ!」
「子供じゃないって言うなら、やっていい事と悪い事の区別はつくはずだろ!?だったら何で盗賊いじめ止めないんだよ。人に心配かけるのは子供と同じだろっ!」
「だったら!あんたの頭の中身だって子供と同じじゃない!?」
「それは今関係ないだろ!?」
「大ありよ!保護者なんて言っておきながら実際養ってるのってあたしじゃない!?どっちが保護者なんだかわかんないじゃない。違う!?」
――――――ズキンっ
リナのその一言が胸に突き刺さり、一瞬にして俺は冷静さを取り戻した。
確かに・・・俺は保護者失格だったさ。
だけど、お前の口からそれを思い知らされるのがこんなに痛いとは・・・・・
俺じゃ、ダメなのか?
お前の側で守っていきたいと望むのは、筋違いなのか?
暗い、絶望にも似た衝動がゆっくりと沸き上がってくる。だが次の瞬間・・・
「あたしが子供だって言うなら他の大人の女のとこ行けばいいじゃない!子供の心配したくないって言うなら何も一緒にいなくたっていーわよ!あたしが寝ている夜中にこっそりと出かけなくても、堂々と出かければいいじゃない。あの人だって綺麗だし、あんたの好みだったらそっち行けばいいじゃない。あたしに隠れてこそこそされるくらいだったらはっきりきっぱりしてくれた方がいいわよ!!」
―――――――――――――――え・・・?
今・・・何を言った?
えっと・・・・?
『夜中にあたしに隠れてこそこそと女の人と出かけるくらいなら・・・』って感じの事を言ったんだよな?
それって・・・じゃあ、俺が夜中に仕事に行くところをリナに見られていたってことか?女の人って・・・・ああ、一番最初の日にカペレさんが迎えに来たんだよな。そうか、その場面を見て誤解しちまったんだ。
そういえば、リナの態度がおかしくなって俺を急に避けるようになったのはあの次の日からだもんな。
急に黙り込んだ俺の様子にリナが首を傾げてくる。
「・・・・・はあ〜〜〜何だ〜〜〜・・・」
わかったと同時に急に身体から力が抜けてへなへなとへたりこんだ。
「な、何よ一体?どうしたの、ガウリイ?」
「よかったぁ〜〜〜・・・」
いぶかしみながら近寄ってきたリナの気配を感じて、俺は細い腕を掴み引き寄せていた。ポスっと柔らかい重みが俺の身体に暖かさとともに伝わってくる。
「うわっ・・・・なななな何すんのよっ」
突然の事で驚いたリナが暴れるが、俺は反射的に抱き締める腕に力を込めて逃げだせないようにしていた。
離せるもんか。
やっと、ちゃんとわかったのに。
「・・・・それでずっと機嫌が悪かったんだな・・・」
ため息とともに吐き出した言葉に、リナがピクっと首を竦めた。
「なな、何の事よ。1人で納得しないでよ・・・って、その前に離せーーっっ!」
「やだね。俺、結構傷ついてたんだぜ?リナが急に俺のとこ無視し出すし、あの時キスしちまった事怒ってたのかと思ってこっちも強く出れなかったし、お前もまだ体調よくなかったしさ」
「うっ・・えっと・・・あの?」
「でも、キスした事で怒ってたわけじゃなかったんだな。いや〜よかった」
ぎゅっと強く抱きしめてリナの髪の中に顔を埋める。柔らかい猫っ毛が頬をくすぐり、いい香りがした。
さっきまで暴れていたリナが硬直したように大人しくなっている隙に、リナの柔らかさを堪能していると・・・
「よくなーいっっ!・・・・いたた・・」
「うげっ・・・何するんだよ、リナ」
――――ゴチっていったぞ、今・・・・
油断していただけに今のは痛かった。急に頭を上げたリナに俺の顔が思いっきり当たったのだ。
「あ、ごめ・・・・んじゃなーいっっ!やっぱりあれあんたなのっ!?」
「あれって・・・ああ、うん。思わず」
言われた意味を理解して思わず照れ笑いが浮かぶ。だけど・・・
「爽やかに照れ笑いするんじゃなーいっっ!!何なのよ・・・何で、そんな・・・あんな事するのよ・・・!」
「・・・リナ?」
リナの顔が突然歪んだ。
紅い顔をしながら、今にも泣き出しそうに。
「何でよ・・・あたしは子供なんでしょ?大人の女の人のがいいんでしょ?何でそんな事するのよ・・・っ」
「何でって・・・リナが目を覚ましてほっとして・・・気がついたらキスしてた」
正直に答えると微かに肩を震わせた。俯いたまま俺の事を見ようとしない。
「そんな事でしないでよっ!子供をあやすのと同じ気持ちでなんて・・・バカみたいじゃない・・・一瞬喜んじゃったあたしがバカみたいじゃない!」
胸が痛くなる切ない叫びに、俺は息を飲んだ。
・・・・違う、そうじゃない。
子供をあやすような気持ちじゃない。
お前が好きだから、だから無意識のうちに触れたいと願ってキスしてたんだ。
ポツっと俺のズボンに小さな水滴が零れ落ち、小さな染みを作った。リナの、涙。
「・・・・・泣くなよ」
爆発的な愛おしさが沸き上がってきて、強く強くリナを抱きしめた。
「・・・泣いてないわよっ。いい加減離してよっ」
「嫌だ。誰が離すかよ」
「・・・・離してよぉ・・・」
「・・・・悪い。リナの事泣かせるつもりなんてなかったのに、こんなにお前が泣いてるのに・・・俺、すごく嬉しい」
「・・・・・・・・・・・・・・はぁっ!?ちょっと、ガウリ・・イ・・・?」
リナの声が突然裏返る。ガバっと顔を上げ、俺の首元を掴み上げて、そのまま硬直してしまった。
微かに浮かんだ笑みをそのままに俺はじっとリナを見つめた。
「・・・あ・・・」
「自惚れていいんだよ、な?」
「・・・・・え・・・何・・・?」
リナの目許に残っていた水滴をそっと拭っていく。壊れ物に触れるように、そっと。
リナは驚いた表情で、顔を赤く染めたまま真直ぐに俺を見ている。
「強気のリナが俺の前で泣く程・・・俺の事を考えてくれてたって事だよな?だから、嬉しい」
「な、何で・・そうなるのよ」
「だってそうだろ?あれだけ徹底的に無視して怒っていたのは、やきもち妬いてくれたからだろ?勘違いして理由も聞かないで、それだけ俺の事を意識してくれたって事なんだろ?」
俺の言葉にリナが目を見開いた。
「子供だって連呼したのは悪かった。確かに子供はこんな表情しないもんな・・・でも、あんまり急いで大人にならないでくれよ。俺だってリナが思う程大人じゃないんだから」
「ガウリイ・・・?」
「俺だって・・・我慢きかなくなる時だってあるんだぞ・・・」
――――愛おしくって。
ゆっくりと顔を近付けると、真っ赤になったリナが慌てて瞳を閉じてくれる。愛おしいと思うままに、俺はそっとリナの唇に触れた。
柔らかく触れているだけのキス。
でも、今までしてきたどのキスよりも甘くて、心臓が痛いぐらいに高鳴っていた。
上手く言葉に現せなかった思いが、唇から忍び込み伝え合う。
抵抗する事なく俺のキスを受け止めてくれるリナに、泣きたい程の嬉しさと愛おしさが込み上げてくる。
2度目のキスなのに、不思議な懐かしさを感じた。
もう、ずっと前から触れあっているかのように。
ずっとこのまま触れあっていたかったが、そっと唇を離してリナの耳もとで囁いた。
「・・・・自惚れていいよな?」
―――こくん
言葉もなく、ただ素直にうなずいてくれたリナ。
――――出会った頃は、こんなにリナの事が大切な存在になるとは思ってもみなかった。
こんなに、どうしようもない程好きになるなんて、考えてもみなかった。
でも、今俺の腕の中にいるリナは、幼い少女ではなく。
1人の女として俺に身をまかしている。
それが途方もなく嬉しくて。
・・・・切なさは、愛おしさの裏側だったんだ。
心の中にあった切なさは、今熱いほどの愛おしさに変わっている。相手を想えば 想うほど、誤解すれば切ないし、わかりあえると愛おしい。
もう、絶対に離せない。
お互いに必死になっていたから、いつの間にか俺たちの周りに黒だかりの野次馬が輪になっているのにも気付かなかった。
我に返ったリナが照れ隠しに久しぶりのドラグスレイブ竜破斬をぶちかましてしまったが・・・・
その中で無事だったカペレさんが、俺に仕事の依頼をした事をリナに説明していた。
リナは小さく口を開けて、端で見ていると面白いほどに顔を赤くしていた。誤解していたのがよほど恥ずかしかったのだろう。
立ち尽くしていたリナの髪を、久しぶりにくしゃっと撫でた。
「・・・まだ子供扱い?」
小さな声でちょっと拗ねたようにリナが俺を見上げてくる。
「いや。これは癖」
「・・・・・バカクラゲ」
プイっと横を向いてしまったが、リナは俺の手を振り払ったりはしなかった。それが嬉しくて、もう一度くしゃくしゃと撫でてから、自然と手を繋いでいた。
握り返してくる小さな手。
『保護者』は辞めない。
だけど伝わっているだろう?
お前を守りたいという思いは。
――――側にいるよ、何があっても。
不器用な俺たちだから、ゆっくり行こう。
今回のようにぶつかりあってもいいから、ゆっくり、でも確実に近付いていこう。
お互いがお互いを知り合って、共にずっと歩いていけるように。
2人の間に小さな、でもとても大きな変化が訪れた夜だった―――――
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