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リナが眠ったのを確認してから俺はゆっくりと息を吐き出した。
――――思わずやっちまった・・・・
今さらながら赤くなった顔はごまかせないだろう。
熱のせいで微かに上気した顔と潤んだ瞳。
突然の体調不良でさすがのリナも心細くなったのかもしれない。
・・・・だって、あんな目で見つめられたら・・・・
突然の高熱を出して倒れたリナは、丸2日たってやっと目を覚ました。
今まで旅していた中で、こんなにも長く静かで重い時間はなかった。息をするのも苦しいような、まるで胸に重いしこりができたように。
・・・・・何でもっと早く気付いてあげられなかったんだろう。
俺とリナじゃ、体力も体格もまるで違う。そんなのはとっくの昔にわかっていたはずなのに。
当のリナも、自分の不調を自覚していなかったから、ここで俺が後悔しているのは見当違いかもしれないが。
だけど、情けなかった。
熱で苦し気に寝ているリナに、何もしてあげらない己の無力さに。そして・・・・恐怖に。
近くの村に辿り着いて、運良く医者らしき人の家に逗留させてもらうことができた。
病状を見てもらって、大丈夫だからと言われても、俺はリナの側を離れることが出来なかった。
・・・・このまま、リナの目が覚めなかったら・・・・
そんな恐怖に襲われて。
――――まるで幼い子供のようだ。
夜、明りも付けない闇の部屋で。眠るリナのベッドの横で熱い額に冷たいタオルを乗せてやることしかできなくて。
毛布だけ持ち込んで、まともに寝もしないでただ側にいた。
今日、やっと目を覚ましたリナの瞳にはいつもの強い輝きがなくて。でも、動いて声を出してくれた事に心から安堵する俺がいた。
まだ熱は高いしかなり辛そうだけれど、これで薬も飲ませる事ができる。側についているだけで何も出来なかった時よりも少しはマシな事してやれる。
嫌がってた薬湯を何とか飲ませてほっと息をついて、リナが水を欲しがったから取りに行こうとした時に、急に服の裾を引っ張られた。
・・・・具合が悪い時っていうのは、急に不安になって人恋しくなるものらしい。
あのリナが、あんな不安そうな目で俺を引き止めるだなんて初めての事で。
リナの熱が移ったかのように、ドキンっと鼓動が速くなったのがわかった。けれどそんな素振りはまったく見せずにそうっとリナの頭を撫でてやる。
「ゆっくり休みな、リナ。今までの疲れも一気に出たんだろう。俺がいるから心配するな」
今にも眠りそうなリナの肩のあたりをとんとんっと軽く叩いてやると、すぐにうとうとし始めた。
――――熱で赤みを帯びた頬。潤んでた瞳。俺の服を握って引き止めた小さな手。
リナって・・・こんなに小さかったっけ?
こんなに儚い、あどけない顔をしていたか?
守ってやりたい・・・そんな思いが強く沸き上がってくる。そして・・・
我に返った時には、俺はリナにキスしていた。
今までも触れたいとは思っていた。
リナのことを1人の女として好きだと自覚してから、何度となく願っていた。
まだ幼さを残しているのに、時々ドキっとする程女らしく見えて・・・その度に唇に視線が釘付けになって・・・
でも、今はまだ早いと。そう思っていたのに・・・・
我慢出来なかったとか、しようと思ってしたわけじゃない。
いつも無意識のうちに髪を撫でるのと、感覚的には同じだった。吸い寄せられるようにキスをしていた。
――――熱と薬が効いてきたせいだろう。半分眠りに入っていたリナは、唇を離した時には寝てしまっていた。
気付いたかな・・・?
どうしよう・・・寝ちまったけど・・・わからなかったのかな?
バクバクと心臓が痛い程胸を打ち付けてくる。
今さらながら緊張してきて息をつめるようにしてリナの様子を覗き見たが、薬が効いてきたせいかリナは穏やかな顔をして微かな寝息を漏らしながらよく眠っていた。顔はまだ熱で赤く火照っているが苦し気な様子はない。
ほっとしながらも、どこか残念な気もした。
音を立てないようにそうっと部屋を出てから扉に寄り掛かり、小さくため息をついた。くしゃっと髪をかき回す。
・・・・あいつ、俺の事『男』だって意識してないもんなぁ・・・
長い事『保護者』って言ってきたもんなぁ。ずっと子供扱いしてきたからしょうがないんだが。
あいつを守っていく意味で『自称保護者』という立場はこれからも変えるつもりはないし、辞めるつもりもない。
だけど、その中で少しずつ。少しずつ『保護者じゃない』俺の事を見てもらいたいと思ってる。
あいつは、まだ本当に子供と言えるうちから旅をしてきて世間というものをよくわかっているのに、色恋沙汰には全然疎いから。急に態度を変えたら怯えたり、戸惑ってぎくしゃくしてしまうだろう。
ずっと一緒にいる、と。あの夜に約束した。
それは俺にとっても一番の願い。
だからこそ、ゆっくりと。少しずつ俺たちの関係を変化させていこう・・・と決めたのに。
「赤い顔してどーしたんだい?にーさんも嬢ちゃんの『はしか』がうつっちまったかね」
「・・・うおっ!?」
突然近くから聞こえたおばちゃんの声に思わずビクっとした。珍しく考え事していたから気配に気付かなかった。
階段の下からニヤニヤ笑いながら手招きしているおばちゃん。何となくバツが悪く苦笑しながら俺は階下に降りていった。
「薬飲んだなら一安心さ。さて、にーさんは取りあえずこれ食べて一眠りしなさいな。居間のソファで悪いけど我慢しておくれ」
テーブルの上には食事の用意と、隅に毛布が用意してあった。
確かにリナが目を覚ます間では、と、ちゃんと食べる事も眠る事もしてなかった気がする。
――――ぐう〜・・・
やっと一安心したせいか、美味しそうな匂いに反応して思わず腹が鳴った。
「・・・・ありがとう、おばちゃん」
軽く頭を下げてテーブルについた俺の背中を、おばちゃんが笑いながらバシっと叩いていった。
◇◇◇◇◇
「にーさん、強いかい?」
「は?・・・まあ、腕に自信はあるけど」
「そーかい。丁度よかった」
外が暗くなる頃起き出した俺に、突然おばちゃんが聞いてきた。
「この村の自警団の団長さんが助っ人探してるんだが、頼まれてくれるかい?」
「助っ人?」
「次の満月の晩が収穫祭なんだけどね、その時に封切られるワイン樽を狙って毎年この時期に泥棒が入るんだよ」
「う〜ん・・・・」
ワイン泥棒か。そりゃその程度の仕事なら軽いもんだけど、でも病気のリナを1人にしておきたくないしなぁ・・・
「腕次第でちゃんと依頼して依頼料も払うって言うけど、どうだい?嬢ちゃんが心配なのもわかるけど、夜はあたしが見てるからさ」
「う〜ん・・・」
確かに金もいるよな。リナの病気がよくなる間ではここに滞在するだろうし、金の管理はリナがしてるから今どのくらい余裕があるのかわからないし。
こういう時ぐらい、俺が仕事するべきだよな。
「わかりました。じゃあ俺がいない間リナのことよろしくお願いします」
「 助かるよ。じゃあ今夜誰かが迎えに来るから、詳しい事はそっちから聞いておくれ」
眠るリナを残して夜中に出かける事には多少抵抗があったものの、俺はその仕事を引き受けたのだった。
「あなたがピエヌさんが言ってた人ね。あたしはカペレ。この村の自警団の団長やってるの。よろしくね」
にっこり笑って差し出された手を握り返しながら、俺はまじまじとカペレさんを見てしまった。
夜更けにおばちゃんの家にやってきて俺を連れ出した女の人がまさか自警団の団長とは・・・
言われてみると確かに、ここにいる男連中よりも遥かに腕が立つのがわかる。今も男でも扱いにくいバトルアックス戦斧を軽々と持ち上げているし・・・・人は見た目によらないもんだなぁ。
思わず苦笑すると、彼女の眉がピクっと上がった。
「何?あたしの顔に何かついてる?」
「いや、悪い。つい俺の連れを思い出しちまって」
「連れ?ああ、可愛い女の子よね。あなたが血相変えて抱えてきた子でしょう?熱は少しは引いた?」
「いや、まだ・・・」
「そう。でも大丈夫よ。この村の人はみんなピエヌさんの薬湯の世話になっているんだから、効果は保証するわ」
ニっと笑みを浮かべた彼女から自信のようなものを感じて、素直にその言葉にうなずいた。
「それで?何で急にあなたの連れの事を思い出したの?」
「ああ・・・リナって言うんだけどな、俺の連れ。魔道士なんだ」
「ふーん。それで?」
「あいつの困った趣味がさ、盗賊いじめなんだ」
「・・・は?」
カペレさんが目を丸くする。そんな彼女の顔とバトルアックス戦斧を見比べてもう一度苦笑した。
「女の人も見かけによらないもんだなぁ、と思ったらあいつを思い出しちまってさ」
「あ・・・そう・・・・・・あの子がねぇ・・・」
少しの間呆然としていた彼女が、すぐに満足そうな表情を浮かべて何度もうなずいた。
「じゃあ相棒やってるあなたも強いわね。いいわ、正式に依頼する。1日交代で夜の村を見回って怪しい団体がいたら捕まえるだけよ。受けてもらえる?」
「・・・試験するつもりじゃなかったのか?」
手にしていた武器を床に降ろした彼女に首を傾げると、肩を竦めて苦笑した。
「そのつもりだったんだけどね。その必要ないみたいだから」
あっさりと言われて俺も肩の力を抜いた。
「んじゃ、依頼料の事だけどな・・・」
にっこり。
笑顔で強気に図々しく。
いつもリナがやっている事を実践してみる。と、カペレさんもにっこりと微笑んできた。
―――かくして、俺にとっては剣での戦いのが遥かに楽だと思われる、激しい戦いが繰り広げられ、俺は正式に依頼を受けたのだった。
◇◇◇◇◇
足音を立てないようにそうっと階段を登った。
おばちゃんもリナも眠っている真夜中を過ぎた建物の中は、微かな音すら大きく反響する。
団長のカペレさんと一緒にざっと村の中を見回ってきて、帰ってきた頃には月がかなり低い位置にまで落ちてきていた。数時間もすれば空が白み始める事だろう。
今晩からは居間のソファを借りる事になっていて毛布も用意されていた。すぐに眠ろうと思ったのだが、何となくリナの顔を見ないと落ち着かない。
よく眠っているのを確認するだけ・・・そう思ってリナの部屋のドアをそうっと開いた。
月が移動したせいで部屋の中は暗い。でも、今まで外にいた俺の目は闇に慣れていたから問題はなかった。が・・・
空っぽのベッドに一瞬目を疑う。
「?・・・・っ、リナ!?」
慌てて部屋を見渡すと、窓際の下、テーブルに隠れた床の上にリナが倒れていた。
一瞬にして血の気が引いた。急いで抱き上げるとやはり熱が上がっている。寒気がするのだろう、微かに震えていた。
「何でこんなとこに・・・!?」
ベッドに運ぼうと立ち上がりかけて、ふと床に転がっている一粒のぶどうが目に入った。片手を伸ばして拾い上げると表面が乾いていた。落ちてから結構時間が経っているということだ。
・・・・これを食べようとして、身体を支えきれずに倒れたのか?
テーブルまでは少し距離がある。ベットからほんの少しだが歩かなくてはならない。
「・・・余計な事しちまったな・・・ごめんな・・・」
ベッドに寝かせて毛布をかけてもリナは小刻みに震えている。冷やしたタオルを額に乗せると、微かに眉間に皺を寄せ苦し気な吐息を漏らした。
「・・・・・・・・・て・・・・」
吐息と共に聞き逃しそうな程小さな声が漏れる。
「・・・リナ?」
「・・・・・・・やめ・・・・返し・・・・いや・・・」
指先が白くなる程きつく毛布を握りしめて、聞いてるこっちが辛くなる程の悲痛な声が切れ切れに聞こえた。
――――悪い夢を見ているのか?
微かに身体を震わせているのは、熱だけではなく夢が見せる恐怖に捕われているからかもしれない。
どんな敵が相手でも、決して怯えたり逃げたりしないリナが、こんなにも恐れているなんて。
一度起こそうか、と手を伸ばしかけて・・・・行き先を失った。
堅く閉じた瞼からこぼれ落ちた涙に、息が止まる。
「・・・リィ・・・ガウリイ・・・」
―――――俺?
「・・・・返して・・・ガウリ・・・を・・・・やめて・・・」
次々と沸き上がり零れ落ちる涙とその言葉に、俺は唐突に理解した。
リナを恐怖に縛り付けている夢。いや・・・多分これは実際に体験した過去の絶望が夢という形をとってる。
「・・・・俺は・・・保護者失格だよな・・・」
リナの傍らに跪いてそっと涙を拭い、きつく握られている拳を手で包んだ。
一度だけ俺の前で見せたリナの涙と、この涙は同じもの。
俺が魔族に捕まっている間、何があったのか全然知らない。リナは絶対に教えてはくれないから。
けれど、あの時の叫びが胸に蘇り突き刺さる。
『―――・・・すごく、怖かったんだから・・・!』
「・・・ごめん・・・本当に、ごめんな・・・」
あの時側にいてやれなくて。
あれからもう随分経つのに、それでも蘇ってしまう程怖い思いをさせて。
「・・・もう2度と離れたりしないから、俺はここにいるから・・・」
リナの心からその恐怖を取り除くことは出来ないかもしれない。すでに起きてしまった過去は、やり直しはきかないから。
だけど・・・でも、だからこそ・・・
強ばったリナの手を強く握りしめ、何度も頭を撫でながら耳もとで繰り返し囁く。
祈るように、誓うように。
「・・・ここにいる・・・リナの側にずっといる・・・もう泣かせたりしないから、だからもう泣くな・・・」
しばらく繰り返すうちにリナの手が俺の手を握り返してきた。幼い子供が親に縋るように、強く。
「・・・・・・・ガウ・・・・」
「・・・ここにいるよ・・・」
身じろぎした時にリナの額からタオルが滑り落ちていた。熱い微かに湿っているむき出しの額にそっと口付ける。
一度ビクっと身体を震わせて、リナの顔から苦し気な表情がゆっくりと消えていった。手はまだ強く握りしめているけれど。
「・・・ここにいるから、安心して眠れ・・・」
俺の声が届いたのだろうか。少しずつ安定し出した寝息にほっと息をついた。
握った手を離さないようにしてベッドに寄り掛かる。片手でもう一度タオルを額に乗せてやり、窓の外を眺めた。
夜明けまではまだあるが、もう眠気などなくなってしまった。
だから、ここにいよう。
リナの目が覚めた時に、不安や寂しさを感じないように。
『側にいる』という約束を破らないように――――
◇◇◇◇◇
目の前にぶら下がる幾つもの艶やかなぶどう。
甘い香りが充満している。
普段なら食欲をかき立てるはずのその香りは、俺の気分を更に憂鬱にさせるだけだった。
――――はあ・・・
ぶどうを収穫する手がついつい止まり、出てくるのはため息だけ。
何でこんな事になっちまったんだか・・・・
リナの機嫌が悪い。
病気で具合が悪い時はどんな人でも多少は機嫌が悪くなるものだが、今回のリナの場合はそれだけじゃない気がする。
何しろ、まともに話してくれないのだ。
俺と極力目を合わせないようにして、必要最低限の事しか言葉に出さない。
それに・・・飯を食ってくれない。
薬湯は黙って飲んでくれるが、スープすら飲んでくれない。
あのリナからは想像つかない程、何も食わないのだ。飯を食わない事には体力が回復するわけがないのに。
熱も今では微熱程度に下がっているはずだ。おばちゃんが言うにはそろそろ治り出す頃なのに、ずっと頭から毛布をかぶってベッドから出てこない。
ただでさえ小柄なリナが、この数日でまた一回り細くなってしまったような印象があった。
生気に満ちた強い意志で輝く紅い瞳は、今は力なくくすんでいた。
長い事一緒にいるがこんなリナは初めてで、どうしていいかわからない。
俺、何か・・・リナを怒らせるような事したか・・・?
色々考えてみたけれどわからなくて・・・でも、やっと1つだけ思い当たった。
そうしたら・・・余計にどうしたらいいかわからなくなって。
途方にくれていた俺をみかねたおばちゃんが、『女同士にしかわからない事もあるからね。あたしがちょっと話してみるからその間にーさんは畑仕事してくれないかい?あんたも考え過ぎてせっかくのいい顔が台無しになってるよ』と、俺を外に出したのだ。
確かに・・・女の子の気持ちってのはわからない。
ずっと一緒にいて、リナの行動パターンや戦闘時の癖や、そういったものは自然に覚えた。何となくそうなんじゃないかな、って感じで。
リナの事はわかるような気がしていたのに、こういう肝心な時は全然わからない。
情けなさと悔しさを感じながらも、今は俺が側にいてもリナは余計に頑な態度を取り続けるだけだろう。
後ろ髪を引かれる思いで、俺はぶどう畑へと向かったのだった。
―――はぁ・・・
機械的にぶどうを収穫しながらも、俺の心はちっとも晴れない。
リナの機嫌が悪い原因が、もし、あの時に俺が思わずキスしちまったことにあるのなら・・・
眠ってしまったから記憶にないと思っていたけれど、リナはちゃんとわかってて、それが嫌だったんだとしたら。
だとしたら・・・辛いよな・・・・
俺が1人で自惚れてたってことだもんな。
ずっと、これからも一緒にいる。そう約束したけれど。
俺は・・・あいつの事、『女』として見ているのに。リナにとっては俺はいつまでも『保護者』のままなのかな。
『保護者』を名乗ってきたのは俺だもんな・・・これからもそのつもりだし。
だけど、その言葉に込められた意味は少しずつ変わってきてる。
誰よりも一番近くで、一番大切な人を守っていきたい。
そう思っているんだが・・・・
・・・・・切ないな。
リナに無視されるのがこんなに辛い。その原因を作ったのが俺だと思うと・・・・拒絶されたのだと思うと、息苦しくなる程に。
たった1人の存在に、こんなにも心が振り回される。
女に対してどうしていいかわからないなんていう、忘れ去っていたこんな感情が蘇ってきて、更に俺を混乱させる。
――――はあ・・・
「ため息なんてついてると幸せが逃げていくわよ?」
不意に背中から聞こえた声に振り返ると、零れ落ちる程いっぱいのぶどうを詰めた大きなかごを軽々と担いだカペレさんが立っていた。
「団長」
「・・・・団長はやめてよ、ガウリイさん」
苦笑しながらかごを地面に置いて自分もその隣に座り込みながら俺を仰ぎ見てきた。
「んで?可愛い相棒の彼女と喧嘩でもしたの?」
「いや・・・喧嘩っていうか・・・」
じーっと見つめてくる視線に居心地が悪くて、思い出したようにもくもくとぶどうの収穫を進めていく。
「・・・ガウリイさん程の男でも手こずるなんて、興味湧いちゃうわね♪」
「・・・・・・・・」
「顔がいい分、今までずっと女の方から言い寄ってきたケースばっかりなんじゃない?そういう人に限って自分からはどうやって動いていいのかわかんないのよねぇ」
「・・・・・・・・」
「あたしの旦那もさ、性格あれなくせに村で一番もててたのよねぇ。そのくせ女の気持ちってのは全然わかっちゃいなかったんだけど」
「・・・・あんた、旦那いたのか?」
思いもよらない発言に知らんふりを決め込んでいた俺だったが、思わず収穫する手を止め振り返ってしまった。
「いるわよ。だからあたしに惚れちゃダメだからね♪」
「・・・・・・・誰が誰に惚れるんだよ・・・」
ウィンク付きの返答にがっくりと脱力する。そんな俺を見てケラケラと楽し気に笑った。
・・・・曲者だよな、この人は・・・・
「・・・・旦那がいるのに自警団の団長なんてやってるのか?」
「そうよ。だってあいつ今単身赴任で国のお抱え騎士やってて村にいないんだもの。あいつが留守の村で一番強いのあたしだし、当然でしょ?」
「単身赴任?別々に暮らしててよく平気だな」
結婚しているのに離れて暮らしているなんて。俺には考えられない。
ぽろっと漏らした俺の言葉に、彼女がムッとした。
「平気なわけないでしょ。ったく、あなたも女心ってもんがわかってないわね」
「うっ・・・すまん」
ギロっと睨まれて一瞬放たれる殺気。けれどこれは俺の失言だったから慌てて謝る。
「・・・まぁね・・・あたしにも男心ってもんはなかなかわからないから仕方ないのかもしれないけどさ」
ふぅっと小さいため息をついて、手に触れた雑草を意味もなく千切りながら風に飛ばす。
「もともと農民だから、騎士っていっても短期契約を設けるようにして貯金溜めたらなるべく早く戻ってくる、ってことになってはいるのよ。やっぱりずっと暮らすならあたしはこの村がいいし」
「・・・あんたの旦那も我慢強いな」
「そーでもないわよ?何かと理由をつけて帰ってくるもの。収穫祭にもね・・・・やっぱり離れてると、信じていても不安になるもの」
「・・・・そーか・・・」
さわさわと風が通り過ぎていく。
「結婚していたって何でもわかりあえるって事はないのよ。でも、わかりあおうとする事はできる。あななたちも今はあやふやな関係で余計にどうしていいかわからない状態なんでしょう?だったら、直接聞いて、自分からも言えばいいのよ」
――――わかりあおうとするのなら、臆病になってちゃいけない。
そう言い切って立ち上がると、自信に満ちた笑顔を浮かべて俺の背中をバシっと強く叩いた。
「ほら、行ってきなさいな!」
「・・・・ああ」
気合いを入れられて、久しぶりに俺も笑みを浮かべた。
そうだよな。
考えるのは苦手だし、わからない事があれば聞けばいい。今までだってそうしてきたじゃないか。
収穫したぶどうをカペレさんに渡し、俺はリナのところへ戻っていった――――
さわさわと風が吹き降りてくる。
おばちゃんにリナの行き先を聞いて、俺はおばちゃんの家のすぐ裏側にある小さな丘に登っているところだった。
自分でも緊張しているのがわかる。こんな小さな丘に登るくらいで普段だったら息苦しくなるはずないから。
丘の上にはリナの気配。
ゆっくりと、俺はリナの元に近付いてく。
頂上まで登ると、樹の下に座って村を見下ろしている小さな背中が見えた。
ずっと熱が続いていたせいだろう。前よりも多少艶を失った栗色の髪が、吹き抜けていく涼しい風にフワフワとたなびいている。
部屋にいた時よりも、随分落ち着いているようだ。
少しためらいながらも、俺はリナから少しだけ離れて同じように腰を降ろした。
甘いぶどうの香りを纏った風が2人の間をすり抜けていく。
「・・・・出歩いて大丈夫なのか?」
思いきって声をかけてみた。俺がここに来ても逃げるような素振りは見せなかったけれど、まだ拒絶されてしまうだろうか・・・
「・・・・ちょっとならね。寝てばかりいないで少しは動けって言われたし」
けれど、返事はちゃんと返ってきた。視線は村の方を向いたままだったけれど、声にも棘はない。
「そっか・・・よかった」
久しぶりに、リナの声を聞いたような気がした。何よりも拒絶されなかった事がこんなにも嬉しい。
緊張して強ばっていた心が解けていく。大きく息をついて俺も目の前に広がるぶどう畑を眺めていた。
おばちゃんとどんな話をしたかわからないけれど、まかせてよかったな。後は、俺が話さないと。
『どうして俺を避けてたんだ?』って。
言い出すタイミングをはかっていた俺の背中に、突然暖かい衝撃が走った。
「!・・・リナ!?」
「いいからこのままじっとしててよね」
驚いて振り返ろうとした俺を、リナの声が止める。
俺の背中に寄り掛かっているリナの体温を感じて、ドキっと心臓が跳ねた。
――――今度は一体どうしたんだ!?
あれだけ俺の事を避けていたのに、今度はこっちが戸惑う程近付いてきて。
でも、リナが俺に寄り掛かってくれるなんて初めての事で。頭の中は混乱しているけれど、嬉しさが込み上げてくる。
「ガウリイ・・・・喧嘩しようね」
「はぁ!?」
「お互いに言いたいこと抱えてるでしょ?だから、喧嘩しよう。ただし、あたしの体力が完全に戻ったらね」
・・・・あ。
『――――わかりあおうとするのなら、臆病になってちゃいけない』
カペレさんの言葉が脳裏に蘇る。
リナも・・・俺と同じように思っていたのか?
どうしていいかわからなくて・・・・それで『喧嘩しよう』と言い出したのか?
お互いにぶつかりあって、わかり合う為に。
スウっと心が晴れていく。切なさはまだ残っているけれども。
「・・・・大分、リナらしくなってきたな」
いつだって戦いを避けないリナらしい。
「確かに、言いたいことはたくさんあるしな。手加減しないから覚悟しろよ?」
「それはこっちの台詞よ。病み上がりだからって油断しないでよ?容赦しないんだから」
―――――プッ
同時に吹き出して、俺たちはしばらく笑い続けた。
そうだな、喧嘩しよう。リナの体力が戻ったら。
遠慮なんて出会った最初からしていないんだ。遠慮するような間柄じゃない。
最初から俺をさらけだしているんだから。
だから、俺の本音をぶつけてみよう。
リナの本音を、受け止めよう。
どんな言葉が返ってきても、俺はお前と一緒にいたいんだから。もう遠慮なんてするものか。
背中越しに伝わる体温が、嬉しさと切なさを同時に沸き上がらせていた――――
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