スレイヤーズNEXT→TRY 三部作  『ステップ』

エピソード3 〜キスまでの距離 前編〜


 村中が活気に満ちあふれている。
 強いぶどうの香りと、どこからか聞こえてくる楽し気な歌。収穫の喜びを率直に現しているテンポのよい歌に合わせて、女性たちが大きな桶の中で採ったばかりのぶどうを踏みつぶしていく。
 足やスカートの裾を紫色に染めながら。

 ――――あたしも、何故か一緒になってぶどう踏みをしていた。

◇◇◇◇◇

 

 微熱が続いていたあたしだけれども、やっぱり栄養と運動を取り始めたのがよかったらしい。
 少しずつ身体のだるさや微熱もおさまってきていた。
 後3日もすれば旅立てる程に回復してきたある日、ずっとお世話になっているピエヌさんが提案してきたのだ。
 5日後の満月の晩にこの村の収穫祭があるから、参加していけ、と。
 別に急ぐ旅路ではないし祭りと言われれば興味は湧く。
 しかし、あたしたちがピエヌさんの所でお世話になってもう10日以上経っている。さすがにこれ以上居座るわけにもいかないだろう。
 躊躇うあたしに、ピエヌさんと、珍しくガウリイが説得したのだ。
 「今あんたたちに出ていかれた方が、あたしは迷惑なんだよ。収穫祭までは本当に忙しくて人手はいくらあっても足りない程なんだから」
 「3日も5日も大して変わりないだろう?俺、おばちゃんのぶどうの収穫手伝うって約束しちまったし」
 「そうそう。ここでにーさんがいなくなったらワインの仕込みが間に合わなくなっちまう。ポルトーの名を汚すわけにはいかないしね」
 ・・・などと畳み掛けられてしまったのだ。
 まぁ、確かにポルトーの名はゼフィーリアに負けない程ワインの産地としては有名だし、ワインの原材料になるぶどうの収穫と仕込みは時間が勝負だ。
 体力も大分回復してきたし、ずっとお世話になってきた負い目もあるから、ならばと、収穫祭までの間、ガウリイはぶどう狩り、あたしはぶどう踏みの手伝いをすることになったのだ。

◇◇◇◇◇

 足の下で瑞々しいぶどうが踏みつぶされていく。
 ぐじゅぐじゅとした感覚は最初は気持ちが悪かったけれど、今は慣れてしまった。
 慣れないのはこの格好。
 まさか普段の魔道士ルックでやるわけにもいかないし、染めてしまってもかまわないような服を持っているわけない。
 そこで、仕方なく・・・・本当に仕方なく。
 ピエヌさんの服を借りているのだ。
 昔の悪夢が蘇る・・・・・そう、実家のあたしの部屋のタンスの奥に投げ込まれている物体と同じ色のワンピース・・・
 これを着るくらいだったら下着の方がマシっ!・・・・とそこまでは言わないけれど。
 どこをひっくり返してもピエヌさんの服や身の回りのものはピンクばかりで他に着るものがなかったのだ。
 ・・・・・いくらなんでも旅立つ時に、自分の魔道服に紫色のまだら染みがいくつもついてるってのはいやだったし・・・・
 ちなみにこの格好を初めて見たガウリイは、指差して笑った瞬間に空の星となっていただいた。それ以来あたしの服装については、何も言わない。
 スカートの裾を括ってできるだけ飛沫を飛ばさないようにもくもくとぶどうを踏みつぶしていく。
 ただ、これって見ている時は結構楽そうだったんだけれど、実際やってみるとかなり重労働。満遍なく踏まなきゃならないし、収穫されたぶどうが次々にやってくるので本当に休む暇がないくらい。
 「はーい、交代!」
 元気のいい女性のかけ声に、桶の中にいたあたしたちは慌てて外に飛び出した。
この潰れたぶどうを余計な葉っぱや茎をできるだけ取り除いて樽に詰め替えて、そしてじっくりと熟成させるとワインになるのだ。
 樽への詰め替えや桶の入れ替えなどは男手を借りているけれど、中心になっているのは女性たち。
 「さあ、次のが来たよ!入って!」
 中でも現場を取り仕切っているのがこの人、カペレさん。
 年は20才前後の健康的に日焼けした美人。姐さんタイプで面倒見がいい。
 「リナちゃん?大丈夫かい?病み上がりだからあんまり無理しないでいいからね」
 今もぼーっとしていたあたしに、冷たく絞ったタオルと水を手渡して、また現場を仕切りに行ってしまった。
 ぶどう踏みは連続してやるとさすがに疲れるから2グループに別れているので、この回はゆっくりと休憩。
 ぶどうを踏む女性たちから、また歌が流れ出した。
 その中でカペレさんの声が、一際響く。
 ペタンと木陰に座り込んで、あたしは水を口に含みながら、彼女を見ていた。

 ―――――熱で幻を見たのではないのならば。あの晩、ガウリイと闇の中に消えたのは、確かこの人。

 ガウリイに『喧嘩しよう』と宣言してからもう数日がたっているけれど、まだ実際には喧嘩していない。
 仕事手伝うようになって身体動かすから疲れて寝ちゃったりとか、いざとなるとタイミングが掴めなかったりして。
 まぁ、ね。
 あれからは、確かにもやもやしたものはあたしの中にあることはあるんだけれども、ガウリイを頑なに拒否するようなことはなくなって、表面的には前と変わらない状態で過ごせるようになったから。
 傷に、かさぶたが出来てる。そんな感じ。
 このまま治ってしまうのか、それとも中で化膿してしまうのか。そこが問題なんだけれど。
 ・・・・まだ、どこか本調子じゃないのかもしれないな。
 寄り掛かった時の居心地のよさを身体が覚えているから、余計になんだか踏み出せなくて。

 「なぁに?じーっと見つめちゃって」
 「――――うきょっ!?」
 いつの間に側に来たのか、カペレさんがあたしを楽し気に覗き込んでいた。思わず変な声をあげて飛び上がったあたしを見てけらけらと笑う。
 「あたしに惚れちゃあだめよ♪」
 「だっ、誰が誰にっ!!」
 「あら?違うの?あんまりじっと見つめてくれるからてっきりそうだと思ったのに♪」
 「あのねぇ・・・」
 「照れない照れない♪」
 ジト目で見てやっても全然効果なし。
 この人って、最初に会った時から何かとあたしをからかって遊んでいくのだ。
 普段のあたしだったら、問答無用で攻撃呪文を叩き込んでいるところなんだけれど・・・・何だか苦手っていうか、やっぱり引っ掛かるところがあって。
 本音を言えば、出来るだけこの人とかかわり合いになりたくないんだ。

 深い緑色の瞳。赤みがかった長い金髪は作業の邪魔にならないように後ろで無造作にリボンでまとめられている。
 色は違っていてもあたしと似たような服装。なのに体型のよさがすぐにわかってしまう程ナイスバディ。
 今までの知り合いとはまた異なったタイプの美人だった。
 ・・・・そう言えば、ガウリイの好きなタイプって、あたしちゃんと聞いたことなかったんだよね。
 あのクラゲは見た目と性格は文句無しにいいから、あたしと出会う前まではそりゃ・・・多分色々な女の人と付き合ったりしてたんだろうし、今だってもててるんだからよりどりみどり、だったのかもしれない。そう考えると何だか無茶苦茶腹立つけど。
 シルフィールもかなりの美人だったし・・・この人だって。
 もしこの人がガウリイの好みのタイプ、だったとしたら。
 それで、夜。出かけていたのだとしたら―――――

 「リナちゃん?顔色悪いよ。あの人呼んできてあげようか?ガウリイさん」
 「――――え?」
 はっとして顔を上げると、心配げな表情を浮かべたカペレさんがあたしを覗き込んでいた。
 さっきまであたしをからかっていたのに、今は真面目な顔で本当に心配そうにしている。
 ・・・・いい人、なんだ。この人も、悔しいことに。
 「やっぱりちょっと無理させちゃったか。ごめんね、ちょっと呼んでくるから待って・・・」
 「ちょっと!いいから!大丈夫だって!」
 今にも走り出しそうなカペレさんのスカートを慌てて握りしめ止めた。
 「ちょっと考え事してただけよ。無理はしてないから大丈夫。あいつなんて呼んできたらまたベッドに押し込められちゃうもの、やめてくれない?」
 やっと自由に動き回れるようになったっていうのにまた部屋に押し込められちゃたまらない。
 あたしが倒れてからというもの、ガウリイは過保護とも言えるくらい心配するようになったし、あたしもずっと世話してもらった手前あまり強く出れないでいたし。まぁ、その割には無視してたりしてたけれどさ。
 またあんな状態に戻るのだけは避けたい。
 「あー・・・確かにガウリイさんの心配性は認めるわ。でもいいじゃない?心配してもらえるうちが花よ?」
 「心配しすぎなのよ。ここぞとばかりに保護者意識まるだしにされても鬱陶しいだけだし」
 立ち上がって素っ気無く答えたあたしに、カペレさんが軽く首を傾げた。
 「・・・・あなたたちって不思議な関係なのね」
 ―――――ズキン
 その何気ない一言が、あたしの胸に重く響く。
 「まぁいっか。それならもう一回休んでて」
 ひらひらと手を振って、何ごともなかったかのようにカペレさんがぶどう踏みの中に戻っていくのを、あたしは何も言わずに見送った。
 すぐに元気のいいかけ声が響いてくる。
 「・・・・・・・不思議な関係、か・・・・・」
 強いぶどうの香りと、聞こえてくる楽し気な歌。
 気持ちのいい涼しい風。
 でも、全然あたしには心地よく感じられない。
 もやもやした感情が、あの時よりも数段痛みを伴って大きくなってきていたから。
 唇から漏れたため息が、余計に胸を締め付けていくようだった――――

◇◇◇◇◇

 (・・・・あなたたちって不思議な関係なのね)

 不意に蘇ってきた言葉に、はっと目を覚ました。
 暗い部屋。けれど満月に近付いている月のせいで、窓の外は結構明るかった。
 「・・・・ヤな感じ」
 眠っていたのに。変な夢を見たわけじゃなく、ただあの言葉だけがいきなり頭の中に響いてきて起こされてしまった。
 軽く頭を振ってベッドから起き上がる。
 月の位置で今が真夜中近いのがわかった。家の中もとても静かで、みんな眠りについているのだろう。
 ガウリイも、寝ているのかな・・・?
 ふと思ったけれど、ガウリイは階下の居間で寝泊まりしているからここからじゃ あたしには気配を探ることは出来ない。
 旅館というわけではないピエヌさんの家。1人で暮らしている彼女の家は、真似事で医者をやっているとは言っていたけれど決して広いわけじゃない。
 あたしが客室を占領してしまっているから、自然とガウリイは居間のソファで寝起きすることになってしまった。
 それでも文句言ったりしないんだから。
 再びあたしの唇から大きなため息が出た。
 「・・・・気になってるなぁ・・・」

 

 

 あたしとガウリイの関係。
 ちょっと前までは、『自称保護者』と『被保護者』だった。
 でも今は・・・?
 少なくても、あたしはガウリイの事を好きだって自覚してしまった。
 その時点であたしにとっては『自称保護者』と『被保護者』って関係は崩れてる。
 ガウリイにとっては・・・・あたしが病気しちゃったせいもあるけれど、前よりも『自称保護者』と『被保護者』ってのが強くなってしまった気がする。
 近付きたいのに、ほんの少し近付けたと思ったのに。
 あたしだけがもやもやして、あたしだけが色々考え込んじゃって・・・結局空回りしているみたいだ。
 そっと、指が唇を辿った。
 あれも・・・気のせいだったのかな。
 熱が高かったし、半分寝てたし・・・・
 ただの、あたしの・・・願望だったのかな。
 ガウリイとキスしたいって思った、あたしの夢?
 確かめる術はない。熱が引いてしまった今では、ガウリイに問いつめるなんて恥ずかしいまねは出来ないし。あれが本当にあたしの勘違いだったら、そんな事を言った瞬間にあたしの気持ちがばれてしまう。
 あたしの気持ち・・・ガウリイを好きだって気持ちを知られてしまったら、そこからあたしたちはどう変わってしまうのだろう。
 ずっと一緒にいてくれると言ってくれたガウリイだけど、あたしが子供としてではなく、女としてあんたと一緒にいたいと言ったら・・・それでも一緒にいてくれるだろうか。
 ・ ・・・わからない。
 ガウリイがあたしをどう見ているかなんて、全然わからないもん。
 わからないからこそ、まだ伝えられない。
 もし、これがきっかけで別れる事になったら・・・それだけはどうしても嫌だから!
 「あ〜も〜〜っ!あたしらしくないっ!」
 ぱしっと勢いよく頬を叩いてあたしはベッドから飛び下りた。
 窓の外に広がるぶどう畑は、月の青白い光に照らされて浮かび上がって見えた。
 「・・・・どうせもう寝れっこないし・・・」
 ふと浮かんだ考えに、ニっと思わず笑みが浮かんだ。
 「久しぶりに行ってみよっかな♪」
 1人で暗い部屋でどうにもならない事を考えているなんて、らしくないし。こういう時は思いっきり身体を動かすのが一番。
 まぁ、お目当ての盗賊さんがいなくても気分転換にはなるし。久しぶりに広い場所で攻撃魔法でもぶちかまし・・・もとい、魔力が完全に復活しているか確認してみるのもいいじゃない。うん、決めた。
 ――――この時間ならガウリイももう寝てるだろうし、久しぶりだからまず気付かれる事もないだろう。
 「よっしゃ」
 今までの考えを振り払うかのように小さく気合いをいれ、あたしはバサっとパジャマを脱ぎ捨てた―――