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「リナ。少しは飯食ったほうがいいぞ」
「・・・・・食べたくない」
アメリアやゼルガディスが聞いたら卒倒しそうなやり取りを、あたしたちはここ何日か何度となくくり返していた。
倒れた最初の頃とくらべると随分下がったとはいえ、まだ微熱が続いている。
ちょっと気を抜くと酷い咳が出るし、ピエヌさんが言ってた通り口の中や身体に発疹が出来ていた。
身体に出来ているのはともかく、口の中のは痛いのだ。食べ物がしみて、とても食べる気にはなれないでいる。
寝ているのもいい加減飽きてしまったんだけれど、まだ出歩く体力は戻っていないし、何よりもガウリイが見張っていてベッドから降りることもままならない。
――――ああ、思いっきり竜破斬(ドラグスレイブ)ぶちかましたい気分・・・
このストレスが余計に治りを悪くさせているような気がする。
それから・・・・ずっと側にいるガウリイの存在にも。
この家で最初に目が覚めた日の後。
あたしはまた丸1日寝続けた、らしい。
その後目が覚めてからは、まぁ、普通の(?)病人生活を送っているんだけれども。
ガウリイはずっとあたしの側についていてくれた。
それが、とても気にくわない。
何がそんなに気に入らないのかもわからないんだけれど、心配そうな顔を向けられるたびにイライラする。
薬は相変わらず苦い薬湯だけれども、仕方ないのでおとなしく飲んでいるけれども。
食べる気も動く気も。あたしの身体から気力というものがすっかりと抜けて、ただわけのわからないイライラだけが積もっていた。
「お粥とかスープとかなら食えるだろ?そんなんじゃいつまでも治らないだろうが」
「・・・・・いらない。のど痛いから」
「それでも・・・」
「動いてないからお腹減ってないの」
心配げな声も眼差しも見たくなくて、あたしは毛布をかぶって目を閉じた。
全然眠くはないけれども、眠ったふりをする。
薬は飲んでるんだし、いいじゃない。
水分だけはのどが乾くからちゃんと取ってるし。
本当に食べたくないんだもん。
「・・・・・リナ」
「寝るから。あたしのことなんて放っといて、好きなことしてなさいよ、ガウリイ」
・・・・・・しばらく部屋の中に漂う沈黙。
ふぅっと、小さな溜め息があたしの上に落ちてくる。軽くポンポンと頭を撫でてから、ガウリイは部屋を出ていった。
ベッドの横に移動させたサイドテーブルの上に、ミルク粥を置いて。
のどにしみないように適度に冷ましてある、それ。
そんな思いやりが、たまらなく苦しくて嫌になる。
「・・・・放っておきなさいよ、あたしなんか」
あたしがもう1人いたら、間違いなく張り倒されてる。そのくらい嫌な奴になっている、今のあたし。
わかってはいるのだ。
心配してくれてるのは、ちゃんと。
何年か一緒に旅してきて、あたしがこんなに長く倒れたっきりってのは今までなかったから。妙な保護者意識だして何かと世話を焼きたがるのも、あいつの性格からすれば当然だろう。
わかっては、いるのだ。
わからないのは自分の心。
ガウリイが側にいるとイライラする。
なのに、いないと余計にムカムカする。
あの夜。出かけたガウリイを目にしてから、ずっと心の中に巣食っているもやもやした感情が、日を増すごとにどろどろと黒く濁っていくのがわかる。
――――熱が見せた夢かもしれないけれど・・・
床に倒れて眠ってしまったはずのあたしは、次に目が覚めた時はちゃんとベッドにいたから。
あの時取り落としたぶどうの粒は床になく、ただガウリイがあたしの手を握っててくれていた。
嬉しさや恥ずかしさと同時に、思いっきり振り払いたい衝動にかられて・・・・
それから、まともにガウリイと目を合わせてもいない。
何がそんなに気に入らないというんだろう。
自分のことなのに感情がコントロール出来なくて、嫌になる。
「・・・・あたしって、さいてー・・・」
ぽつっとつぶやいた言葉は、毛布に吸い込まれてあたしの胸に更にズシっとのしかかった。
不幸なことに考える時間はいくらでもある。
だけど出口が見つからない。
情けなくて、ぐいっと毛布を頭の上にまで引っぱり上げて潜り込んだ。
――――トントン
遠慮がちなノックが響いてそうっと扉が開いたのがわかったけれど、あたしはそのままで起き上がらない。
「リナ。俺、おばちゃんの畑仕事の手伝いしてくるからしばらくいないけど・・・おとなしく寝てるんだぞ?」
「・・・・・・・」
「・・・・少しでいいから、食ってくれ」
コトリ。
テーブルに何かを置いて、しばらくためらった後、また彼は出ていった。
コツコツコツ・・・と、遠ざかる靴音を耳にして、また不安といら立ちが胸の中を吹き荒れる。
そうっと毛布の中から顔を出すと、甘い香りが飛び込んできた。
みずみずしい艶やかなぶどうの房。
「・・・食べたく、ないわよ・・・・!」
再びバサっと毛布に潜り込む。
――――強い輝きを放っていた紅い瞳は、今は淀んで虚ろな眼差しを、答えの見えない何かをぼんやりと見つめているだけだった・・・・・・
◇◇◇◇◇
「特製のスープだよ。冷ましてあるから飲めるだろ」
ニコニコしながらも有無を言わせない迫力でもってあたしの口元にスプーンを持ってくるピエヌさん。
「いいです。自分で飲めますから・・・」
「んじゃあたしの前で飲んでおくれでないかい?もう口の発疹もかさぶたになってほとんど痛みはないはずだからね」
「・・・・・・・はい」
諦めの溜め息をついて、あたしは力の入らない手を伸ばしてスプーンを取った。
久しぶりに持ったスプーンが重い。かくかくと震える手がなんとも情けない。
なんとか口にスプーンを運んで恐る恐るスープを口に含む。薄い塩味の液体がのどを流れていき、こくんっと飲み込むと、ふぅと息をついた。
「ほらほら、まだあるんだよ。休んでないでしっかり飲んどくれ。スープだけじゃ物足りなくなったらパンもあるからね」
有無を言わせない口調でピエヌさんが進めてくる。
一度食べ物がのどを通ってしまうと、忘れていた飢えが急に襲ってきたようだった。震える手付きでゆっくりとスープを飲み込んでいく。
・・・・・・何日ぶりの食事だろう。
お腹など空いていないと思っていたのに。
実際には身体はこんなにも飢えていた。
スープを飲み干し、強ばっていた心が少しほぐれると罪悪感が溢れだす。
「・・・・・・ごめんなさい」
「それはにーさんに言っておあげ」
柔らかい、でも厳しい言葉がピエヌさんから返された。
わかってる。
いくらくらげ頭のガウリイだって、あたしの機嫌が悪いのが自分のせいだってことぐらい知っているはずだもの。
何が原因なのかはわかっていなくとも・・・・
薬湯を飲ませた時のように無理矢理食事を取らせようと思えば出来たはず。でもガウリイはそうしなかった。
あたしが無意識のうちに意地になっているのを察して、ピエヌさんに任せたんだ。
今は何よりも、あたしの身体を心配して。
ぎゅうっと胸が締め付けられる。
何でこんなに良い人なのよ。
こんなひねくれて我がままな、自分勝手でどうしようもないあたしのことを、何でわかってくれるのよ。
あたしはまだ、このイライラした感情を落ち着かせること出来ないのに。
いっそのこと、「その態度はなんなんだ」って怒ってくれればいいのに。
「・・・・・・ガウリイは?」
「ぶどうの収穫を手伝ってくれてるよ。なんせ今の時期は人出がいくらあっても足りないからねぇ。嬢ちゃんが世話になってるんだからって、進んでやってくれてるよ」
「・・・・そうですか」
――――ずきずきする。
あんまりにも自分が子供で。ガウリイがちゃんと大人で。
だだをこねているだけの自分を認めたくなくて。
「・・・・病気してる時は気弱になったり、何でもないことを気にし過ぎて悪い方へ考えちまったりするもんだよ。嬢ちゃんが何をそんなに気にしてふて腐れてるかは知らないが、元気にならないと喧嘩するにも動けやしないだろう?」
・・・・・こくり。
毛布を握りしめてうなずくしか出来ないあたし。
「黙ってないで言いたいことがあるならぶつけてやればいい。心細くて甘えたい時は甘えればいいんだよ。あのにーさんの身体はでかいんだから、嬢ちゃんが寄り掛かるくらいわけないさ」
「・・・・・・寄り掛かったら、2度と1人で立てなくなるかもしれない・・・・・」
ぽつりとつぶやいた吐息のような声。に。
―――――バシっ!
背中を思いっきり叩かれて、思わず布団につっぷした。
「何言ってんだい!そーゆー相手がいる時に突っぱねてたら、後で後悔するんだよ!」
呆れといらだちと、慈しむ声。
「いなくなってからじゃ遅いだろ?後悔なんて一度したら充分だ。何度も同じことをくり返すことはないんだよ」
「・・・ピエヌさん・・・」
彼女の言葉は、何故だかすんなりとあたしの中に染み込んでいった。
直感的にわかったからかもしれない。
多分、彼女は後悔したことがあるのだろう。この思いが真実だからこそ、説教するのだ。あたしに同じような過ちを繰り返えさせない為に。
――――ちょっとだけ、故郷のかーちゃんを思い出して、懐かしい感じがした。
「・・・・確かにね、後悔はしたくないわ」
苦笑とともにあたしがつぶやくと、ピエヌさんのふっくらした指が満足げにあたしの髪をくしゃくしゃとかき回していった。
・・・・懐かしい感触。でも、やっぱり違う。
ここんとこずっと、触れられるのも嫌で。でもやっぱり、他の誰かの手よりも、ガウリイの手の方がいい。
「ずっと寝てばっかしだったから身体が鈍っちまってるだろう?微熱は後は気力の問題だし、少しずつ動き回った方がいいよ。もちろん、ちゃんと食べてね」
「外に出てもいいですか?」
「無茶しない程度ならいいさ。天気もいいし美味しい空気吸ってくるかい?」
「ええ」
「んじゃ、このお粥と薬湯飲んでから行っておいで」
すでにベッドから降りかけようとしたあたしに、ピエヌさんが有無を言わせぬ笑顔でもってぐいっとトレイを押し付けたのだった―――
◇◇◇◇◇
甘い香りが村中の空気に溶けている。
ずっと部屋の中にいたせいで、目が日射しに慣れるまで時間がかかった。
ピークはすでに過ぎたとはいえ、まだうっすらと汗ばむ程には暑い。でも、だからこそ余計に通り過ぎる涼しい風が心地いい。
ゆっくり、本当にゆっくりとあたしはピエヌさんの家のすぐ近くにある小さな丘に登ってきた。
まったく・・・たかがこれだけの距離を歩いただけなのに、息が切れちゃってる。本調子にはまだ早いってことだ。
それでも、少しずつ慣らしていかなきゃいけない。
ぐすぐすと訳のわからないイライラを抱えてふて寝しているのはもうお終いだから。
樹の木陰に座り込んで、う〜ん・・・っと思いっきり伸びをする。美味しい空気を胸いっぱいに吸い込んで、目の前に広がるぶどう畑を眺めた。
一面の緑。
行き過ぎる風がぶどうの葉を揺らすと、まるで波のような音と動きが生まれる。
サワサワサワ――――
目を閉じて、風の渡る音を聞いていた。
少しずつ、胸に凝り固まっていたイライラが解きほぐされていく感じ。完全になくなるわけじゃないけれど。
サワサワサワ――――サクサクサク――――
風の音に混じって下草を踏み締めて近付いてくる小さな足音が聞こえた。
・・・・大丈夫。ちゃんと顔見れるはず。
目を閉じたままあたしは座ったままで彼を待った。
目の前まで来た足音が止まって、ちょっとためらいながらあたしと少し離れて座り込む気配がした。
サワサワサワ――――
お互いに風の音を聞いている。けれどこの場にあるのは、部屋で繰り返されていたような重い沈黙ではなかった。
「・・・・出歩いて大丈夫なのか?」
「・・・・ちょっとならね。寝てばかりいないで少しは動けって言われたし」
「そっか・・・よかった」
『よかった』・・・という一言に、色々な意味が混ぜられていたように聞こえた。
本当に・・・バカガウリイ。
あんな態度取っていたあたしを怒りもせずに、まず『よかった』なんて言えちゃうんだから。
そっと目を開けて振り返ると、穏やかな表情でぶどう畑を眺めているガウリイの横顔が目に入った。
ぶどうの甘い香りが鼻を掠める。ガウリイから漂ってきているのだろう。指先がところどころで紫色に染まっていた。
・・・・ちゃんと畑仕事してたんだ。なのに抜け出してきたの?
家に戻って、あたしが外に出たのを知って、それでここまで来たんだ。
真面目なんだよね。お人好しで。
頼まれると、一度引き受けると、最後まで面倒見るし。
いつも、そう。
あたしのわがまますら、全部受け止めちゃうんだから。
不意に、ピエヌさんの声が脳裏に蘇る。
(あのにーさんの身体はでかいんだから、嬢ちゃんが寄り掛かるくらいわけないさ)
「!・・・リナ!?」
「いいからこのままじっとしててよね」
驚いて振り返ろうとしたガウリイを遮って、ポスンっ、と思いきってガウリイの背中に寄り掛かってみた。暖かい壁のような広い背中。確かにあたしが寄り掛かってもびくともしない。
あたしの中にあったイライラは、いつしか小さな痛みに変わっていた。
それは、きっと理屈じゃない。
その痛みを解消するには・・・・
「ガウリイ・・・・喧嘩しようね」
「はぁ!?」
「お互いに言いたいこと抱えてるでしょ?だから、喧嘩しよう。ただし、あたしの体力が完全に戻ったらね」
――――言いたいことがあるならぶつけてやればいい。
まったく、その通りだ。
あたしたちは喧嘩も出来ないような間柄じゃない。出会った頃からありのままの姿を見せてきて、いつだって言いたい放題、やりたい放題やってきたんだから。
確かに恋は、人を臆病にするけれど。
でも、このままイライラを積み重ねて信頼を無くすよりも、さらけだした方が何倍もマシだから。
・・・・まぁ、今はまだちょっと、ぶつかり合える体力が戻ってないけどね。
「・・・・大分、リナらしくなってきたな」
寄り掛かっている背中が微かに揺れて、ガウリイの小さな苦笑まじりの声が届く。
「確かに、言いたいことはたくさんあるしな。手加減しないから覚悟しろよ?」
「それはこっちの台詞よ。病み上がりだからって油断しないでよ?容赦しないんだから」
―――――プッ
同時に吹き出して、あたしたちはしばらく笑い続けた。
久しぶり、こうやって笑いあえるのは。
まだ背中越しだけれど、まだ全部がスッキリしたわけじゃないけれど。
・・・・・やっぱり、ガウリイと一緒がいいな。
背中から伝わる暖かさと心地いい風に気分を良くしながら。
あたしは、心からそう思っていた――――
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