スレイヤーズNEXT→TRY 三部作  『ジャンプ』

エピソード5 

〜有と無の輪廻 中編〜


  

 「こんなに・・・・たくさん・・・」
 彼等を『イリサイト』と表現するのは嫌だと思った。
 卵を見た時よりも、更に胸を打つ衝撃が大きくて、やるせなさで一杯になる。
 〈・・・我らはもともと赤の竜神スィーフィードに仕えていたのだ。他の竜族も皆似たようなものじゃったがな。我らの平和的な気質は戦いに明け暮れるスィーフィードの心を慰め、それゆえにスィーフィードからは惜しみない愛情を与えられた。その1つの証がこの虹色に輝く鱗なのじゃ〉
 虹竜が静かに語り出す。
 その遠くを見つめる眼差しの向こうに写るのは、遥か昔の神話の世界だろうか。
 〈先に話した通り、我らの鱗は自らを守るようにと魔法攻撃を跳ね返す特性を与えられた。身を守る手段のない卵の殻や幼い子供のものは特に強固なものでな・・・若々しい輝きと相まって、生きた宝石とも呼ばれていたのじゃ〉
 確かに、目の前のイリサイトと化した幼い竜たちや虹竜も抱いていた卵は、命が失われて遥かな時が経っただろうにその輝きは、年老いて生き延びていた虹竜のものより何倍も素晴らしい。
 〈だが、それが悲劇を招いた・・・・〉

 


 赤の竜神スィーフィードと赤眼の魔王シャブラニグドゥの、あたしたちに取ってはすでに伝説の戦い。
 そこで、スィーフィードの劣勢を察した竜族は、スィーフィードを助ける為に、虹竜を盾にしたのだ。

 

 

 「そんな・・・・」
 リオルの驚愕の声が、虚しく響く。
 〈魔族の攻撃すらも跳ね返すとは言え、それにも限度はある。けれど他の竜族たちは皆戦いに参加していた。世界が滅ぶかどうかの瀬戸際だったからの・・・・ゆえに我らは盾となった。少しでも攻撃の手助けになるように、と〉
 
 攻撃手段を持たぬ、平和を好む竜族。
 しかし、その戦いだけは避ける事は出来なかったのだ。

 〈しかし、どうしても幼き者たちを犠牲にすることは出来なかった。どんなに望まれても罵られても・・・・この者たちを盾にする事など耐えられなかったのじゃ・・・・〉
 「当たり前じゃない!」
 気がついたら叫んでいた。
 人間世界でも、時々赤ん坊を盾に取って悪行をやらかすド外道な卑怯極まりない汚らわしい奴もいる。
 そりゃ、あたしだって例えばガウリイとか通りすがりの通行人とかを盾代わりに使う事もままあるけど、それとこれとは根本的に違う。
 自衛の手段も自我も持たない幼い子供や赤ん坊を巻き込むなんて、そんな人の道に外れるような真似は絶対に許されないし許さない。
 「冗談じゃないわよ!他人の都合で殺されるのを黙って許すなんて!」
 「リナ」
 「一番大事な者を守れなくて、どうして世界を守れるのよっ!!」

 

 ――――それは、あたしだけは言ってはならない言葉かもしれなかった。

 

 あたしは、一度世界よりも大事な人を選んでしまった女だから。
 でも、その事を後悔なんてしてないし、再び同じような選択を迫られたら迷わずガウリイを選ぶだろう。
 だって・・・大切な者を守れないまま残った世界を、あたしはきっと愛せないし許せないと思う。下手をしたら、自らの手で自分と世界を壊そうとしてしまうかもしれない。
 だからこそ、迷わないで、あたしはガウリイを守る事を選ぶのだ。
 そして虹竜たちは、あの時のあたしと同じような決断を迫られたんだろう。
 虹竜の静かな眼差しがあたしを映し、痛みに耐えるかのようにそっと目を閉じた。
 〈・・・何とかこの子たちを守ってやりたかった。我らの存在が世界から消え去っても、同じ悲劇を招くよりはマシだと思ってずっと隠れておった。この神殿の中で世界が平和になるまでずっと眠らせておこうと・・・〉

 何とかしてひっそりと守ろうとしたはずの幼い命たちは、願い虚しく、この閉じられた神殿で寄り添いながら逝ってしまったのだ。
 守る者をすべて失ったこの虹竜は、この空間を閉じ、幼子たちが2度と目覚めないとわかっていながらも奇跡を願って、側にいつづけた。
 長い年月のうちにここには氷河が出来、物理的にもこの地は閉ざされた。 だが同族の亡骸がひょんな事から人の目に触れ、『イリサイト』と呼ばれる宝石となったことから、用心深くこの地上に目くらましの神殿を作り、この一体を神域として隔離させ、長い間人の目を誤魔化しながら人間に化け続け神官として居座っていたのだ・・・・と。

 

 

 

 リオルがボタボタと大粒の涙を流しながら、言葉もなく立ち尽くしている。
 いつの間にか、ガウリイがあたしをしっかりと抱きしめていた。
 あたしはぎゅっとガウリイの服を握りしめ、唇を噛み締めて、涙を堪えていた。
 あたしが泣くのは、卑怯だと思うから。
 同じような決断を下しながらも、運良く生き延びた者と滅んでしまった者。
 運命は気紛れで、そして残酷だ。

 〈このまま忘却に埋もれて滅ぼうと思っていた。けれど、神殿がこのまま氷海に沈んで、この前のように崩れた氷河に紛れてこの子たちがイリサイトとして人の手に渡るのでは、あまりにもこの子たちが哀れだと思い直した。そこでこの話をお前たちに伝えた。どうするかは、お前たち次第だ・・・・ワシにはもう何も出来ん・・・・・〉
 話終えた虹竜の眼差しは、やっぱり静かで、でも、最初に見た時のような絶望を宿してはいなかった。悲しみはあるけれどどこかすっきりと吹っ切れたような、そんな深く透明な色。
 この神殿を満たす、空気のような。
 「オイラは・・・オイラはこの事を竜族に伝えるよ。忘れ去っちゃいけない事だから・・・そんな事ぐらいしか出来ないけど」
 今まで胸に抱えていた卵を、そっと祭壇の前に寄り添って眠る仲間の元に戻しながら、リオルは言った。
 その言葉に、虹竜が微かに目を細めた。多分、嬉しいんだと思う。
 ガウリイから離れ素早く目許を拭ってから、深呼吸してからあたしはニっと笑った。そのあたしの頭をくしゃっと撫でて、ガウリイも笑った。
 いつものあたしたちらしく。
 過去を思うのはいいけれど、そのまま立ち止るなんてことはしないで。進もう。
 「そーゆー事情なら、イリサイトは綺麗さっぱり諦めてあげる。ついでだから他に望みがあるなら、聞いてあげるわよ」
 「ああ。俺たちに出来る事ならな」
 長い寿命を生きる竜族に比べて、あたしたち人間の寿命は呆気無い程短い。それに比例するかのように、生きる事には貪欲で欲望にも正直だ。
 イリサイトは幻の石。
 そう。幻は幻のまま、人の記憶から消えていくのがきっと一番いいのだろう。
 あたしたちの態度に虹竜が小さく笑った。
 〈そうじゃの・・・・では1つ頼みたい。この空間を壊し、人の手に渡らぬようにワシらを無に還して欲しいのじゃ。さすればまたいつの日か違う形でこの世に戻ってくる事も出来よう〉
 「なっ・・・!」
 〈ワシらを本当の意味で眠らせてやってくれんか。その代わりと言ってはなんじゃが、スィーフィードの神像は好きに持っていくがよい〉
 さらり、と。
 当然の望みのように、何の気負いもなく紡がれた願いに、あたしたちは一瞬固まった。
 「あたし・・・浄化呪文は使えないんだけど?」
 掠れた声に虹竜はあっさりと頷く。
 ・・・・砕け、と。虹竜は言っているのだ。
 人間の手に渡らないように。
 そしてこれ以上、自らも存在に執着しないように。
 〈と・・・ワシの亡骸(からだ)は上じゃったの。若者よ、空間はすでに正常に戻して道はつなげておるから、ここまで運んできてくれぬか〉
 リオルに向けて願った言葉に、当然彼は激しく動揺していた。
 あたしもそうだけど、言ってる事はわかるし望んでる意味もわかる。でも、感情が拒否したがってるのだ。
 虹竜を、この子たちを砕く、なんて・・・・!
 「わかった」
 「ちょっ、ガウリイ」
 けれどガウリイが1つ頷いて、あたしの前に出た。
 その声も表情も落ち着いている。少しだけ辛そうな笑みを乗せて、それでも虹竜をまっすぐ見つめてポンっと剣を叩いた。
 「ガウリイ、だって・・・っ」
 「わかってる。でも、これがこいつの最後の望みだろ?確かに斬ったりするのには俺にも抵抗あるさ。だけど、何も事情を知らない奴らに好き勝手されるのはもっと嫌だ。違うか?」
 「・・・・・違わない」
 「俺は、やってやりたいと思う。リナはどうするか、それはリナが自分で決める事だ」
 決して強い口調じゃない。でもガウリイの言葉は真直ぐに心の中に入ってきて、浸透していく。
 ガウリイは、クラゲ頭でのーみそヨーグルトで記憶力は壊滅的だけど、決してバカじゃない。
 過保護なところもあるけれど、肝心な所で甘やすような真似は絶対にしない。
 ガウリイの精神的な強さは、痛みを知っている強さだ。
 楽な道に逃げないで、一番大事なものを見過ごさないで。
 痛みを知っていて、それでも立ち向かい乗り越える事の出来る、そんな強さを、こーゆー時には思い知る。
 あたしはこーゆーガウリイだからこそ、どーしようもなく大好きなんだ。
 「・・・・・あたしがやる。一撃で決めるわ」
 言って、一歩前に出てガウリイと並んだ。あたしの顔を真直ぐ覗き込んできたガウリイにはっきりと頷くと、ガウリイは一度くしゃっとあたしの髪を撫でてから後ろに下がった。
 「リオル。そこのスィーフィードの像を上に持ってって、代わりに彼を降ろしてきてくれる?」
 「姐さんっ」
 「望みがあるかって聞いたのはあたしだもの。女に二言はないって事よ」
 「でも・・・っ」
 「見届けるのが辛いようなら、リオルは先に地上で待ってていいわ。生半端な呪文が通じないって話だから、ちょっと派手にぶち壊すことになるだろうし」
 「って・・・まさかあん時の竜破斬(ドラグ・スレイブ)!?」
 青ざめて冷や汗を浮かべるリオルに、ひらひらと手を振る。
 そー言えばあの時、リオルとの戦いをけしかけた通りすがりの青竜(ブルー・ドラゴン)があたしに向かって吐いた暴言を訂正させる為に、一発派手にぶちかましたんだっけ。
 でも、今回は使わない。
 彼等の平和な生活を奪った、諸悪の元凶である者の力を借りた呪文なんて、使えない。
 アメリアやシルフィールのような巫女や高位の神官が扱える高度な浄化呪文も、あたしには使えない。
 無に帰したいと望むのであれば、あたしが使う呪文はたった1つしかない。
 「・・・・わかった。オイラも最後までちゃんと立ち会う」
 神妙な表情で答えたリオルの身体を、あたしとガウリイが同時にポンっと叩いた。
 〈すまぬの・・・・ありがとう〉
 今までで一番穏やかな虹竜の声。

 

 滅びは、すべての終わりじゃないと思うから。
 それは、再びこの世界に戻ってくる為のスタート地点だと、今は信じたい――――

 

 

 

 深く深呼吸をする。
 ためらいを封じて、輝きながら静かに眠る彼等と向き合う。
 あたしの後ろには、ガウリイとリオル。
 悲しみも痛みも共に分け合う為に、すぐ近くで見守っている。

 胸の前で組んだが、あたしの呪文に呼応して赤く輝きを放った。

 「―――悪夢の王の一片よ
 
  世界のいましめ解き放たれし
  凍える黒き虚ろの刃よ
  我が力 我が身となりて
  共に滅びの道を歩まん
  神々の魂すらも打ち砕き―――」

 閉じていた空間が震える。
 一度目を閉じ・・・・・しっかりと前を見据えて、あたしは最後のを唱えた。

 「神破斬(ラグナ・ブレード)」

 

 両手に生まれた闇の刃を真横に振りかざす。
 刃が触れた所から形を崩し、細かい虹色の輝きがキラキラと宙を舞いながら溶けていく。
 この世界すべてを生み出した金色の魔王(ロード・オブ・ナイトメア)の力を借りて、無に・・・混沌の母の元に還ってゆく。
 空間さえも切り裂く刃は、更に神殿を包み込む結界すらたやすく無に帰した。
 「・・・・・っ」
 ほんの僅かな時間だけ発動させた神破斬をすぐに解除したにも関わらず吸い取られた体力と魔力の激しい消耗に思わず膝をつくと、いきなりふわりと抱き上げられた。
 「神殿が崩れる。急いで逃げるぞ!」
 暴れる隙を与えずにあたしを抱き上げたままガウリイがリオルの背中に飛び乗ると、リオルは翼を羽ばたかせ一目散に出口へと飛び出した。
 ピシピシと音を立てて広がっていた神殿内の無数の亀裂が、高く澄んだ音を立て次々に砕けていく。急ぐリオルの後を追うように、氷海の凍えた水が爆発の勢いで流れ込んできた。
 もしかしなくても、今の影響で氷河ごと崩れているのかもしれない。
 「急げリオル!」
 「まかせろって!飛翔速度では最速を誇る白竜(ホワイト・ドラゴン)の底力を見せてやる〜っ!」
 グンっと更にスピードを増したリオルにしがみつきながらも後ろを振り返ると、そこには虹色の光が満ちていた。
 虹竜たちの最後の残滓が、氷海に飲まれていく。
 水の飛沫と虹色の光が反射しあって・・・・目を見張る程綺麗なのが救いと同時に悲しくて、胸がグっと詰まった。
 「リナ、頭下げてリオルにしっかり掴まってろよ!」
 その声にハっと前を向くと、天井を支えていた柱が砕け、頭上にいくつもの瓦礫が降り注いでくる。
 「光よっ!」
 すごいスピードで障害物を避けながら飛ぶリオルの背中に危な気なく立ち上がったガウリイの手から、気合いと共に光り輝く刃が生まれた。
 間近に迫っていた大きな塊をなぎ払い、進行方向へ次々と打ち出された光の刃は瓦礫を粉々に打ち砕いていく。
 「突っ込めっ、リオル!」
 「よっしゃあぁあっ!」
 気合いと共に最後の扉を抜けると、突然地上へ抜けだした。
 同時に耳をつんざく程の大音響と共に崩れる氷河。その麓にあった神殿を巻き込んで氷海へと沈んでいく。
 「間一髪だったなぁ」
 確かに、あと一瞬遅かったら、あの崩壊の中に巻き込まれていただろう。
 上空を旋回しながら見下ろすと、虹竜が仕掛けていたトラップの門の前に懲りずに集まっていた人々が、突然の氷河の崩壊に大慌てで逃げ出していくのが見える。
 「神殿も飲み込まれちまうな」
 「うん」
 でも、きっとそれでいいんだ。
 虹竜――――嘆きの竜が守るものはもうないから、神殿ももう必要無い。
 「よく頑張ったな」
 「・・・・バカ」
 あたしに向けられるガウリイの、深いいたわりと慈しみを込めた眼差しに、一瞬泣きそうになる。
 でも、泣く必要も、ないから。
 「大丈夫よ。あんたがいるしね」
 「ああ」
 何の気負いもなく、笑顔すら浮かべて頷くガウリイに、あたしも笑みを浮かべた。
 あたしたちが下した決断を誰かが間違いだと弾劾されたとしても、2人でいるなら目を逸らす事なくそれに立ち向かえる、と信じられるから。
 「さて、と・・・ンじゃリオル。取りあえずこのまま街まで行っちゃって頂戴」
 「行ってもいいのかい?」
 リオルの不思議そうな・・・どことなく様子を伺う声に、あたしは首を傾げた。
 「何か他にやる事なんてあったっけ?」
 「・・・そーいえば、あれ、どこ持ってったんだ?あの銀色の竜の像?」 ・・・・・・・・・・・・
 「あーーーっっ!?オリハルコンのスィーフィード像!!そーよっ、どこやったのよ、リオルッ!!」
 すっかり忘れてたっ。
 虹竜からイリサイトの代わりにって貰い受けたあの神像を町長さんに持っていかないと!
 「えーと・・・・虹竜さんがいた神殿の祭壇のことなんだけど・・・どーみても今ので氷海の下に沈んじゃったかなー、何て思ってみたりして」
 「確かになー・・・・」
 おずおずとしたリオルの声に重なる、ガウリイののほほんとした響き。
 神殿のあった場所をどんなに眺めてみても、氷河が砕けてなだれ落ちてきた氷壁の雪煙でもうもうとしていて、すでに跡形もない。
 「リ〜オ〜ル〜〜〜っっ!何でそんなとこに置いといたのよっ!完璧なタダ働きになっちゃうじゃないっ!とっとと氷海に潜って探してこい〜〜〜っっ」
 「氷河が崩れたのはオイラのせいじゃないだろっ!?無茶言うなっ」
 「おいおい、暴れると落ちる・・・リナ、上っ!」
 あたしとリオルの言い合いを呆れながら止めようとしていたガウリイの声が変わった。
 反射的に上を見上げたあたしとリオルも、視界に広がる光景に思わず目を見開いて息を飲んだ。
 空が虹色に輝いていた。
 いつの間にか現れていた天上から降りてきた光のカーテンが、踊るようにゆらゆらと揺れている。
 色を変え、形を変え、あたしたちを包み込むように。
 「すごい・・・!」
 それしか、でてくる言葉がない。
 綺麗とか、神秘的だとか、そー言った言葉では表わす事の出来ない、そんな光の芸術。
 「これが、オーロラ・・・・・・虹竜たちの祈りのようだ・・・!」
 「そうだな・・・きっと」
 リオルとガウリイの感歎の言葉に、胸がジンッと熱くなった。
 

 

 そこに虹竜の姿はなくても、その存在は感じられる。
 あたしたちしか事実を知らなくても、人々は冬になると現れるオーロラを心待ちにしわざわざ北の果ての地まで赴く。
 平和を望んだ優しくて綺麗な竜族の悲しい伝説を知らなくても。
 虹色に輝く光の奇跡を目にした者は、きっと優しい気持ちになれるだろう。
 この虹色(プリズム)の中に祈りはしても、悲しみは感じられないから。
 彼等の願いは、この光の中にきっと溶けている――――

 

 

 夢中でオーロラを見つめているあたしたちの顔には、いつしか穏やかな微笑みが浮かんでいた。