スレイヤーズNEXT→TRY 三部作  『ジャンプ』

エピソード5 

〜有と無の輪廻 前編〜


  

 「あーあ。また眠っちまったな」
 「うやああああ〜〜〜〜ちっとも先に進まない〜〜〜っ」
 「シーッ!大声出すと虹竜さんが起きちゃうだろ!」
 「・・・・どっからそんなどでかい毛布だしたのよ、リオル・・・」

 話しながらまたも眠ってしまった虹竜(ブリズム・ドラゴン)の身体に、本当に一体どこで見つけてきたのかでっかい毛布をそそくさと掛けてあげているリオルの姿に、あたしはがっくりと頭を落とした。

 

 

 

 

 この神殿に訪れてからすでに5日が経っていた。
 けど、すでに寿命の限界を超えているらしい虹竜の昔話は、一向に進まない。
 すでに一日中眠っているような状態なのだから仕方がないとは言え・・・無理矢理起こすって手もあるのだが、その衝撃でそのままぽっくりと逝ってしまう可能性が高いので使えない。
 リオルはやたらと虹竜に感銘しているようで、せっせと世話を焼いているし。
 『お年寄りは尊敬すべし』との親の言い付けが刷り込まれてるって事だけど・・・・長い時を生きる竜族のお年寄りって、一体何才ぐらいからなんだろ。あのミルガズィアさんだって軽く千年以上生きてるらしいけど、人間に化けた時はまだ素敵なおじさま♪って感じだったしなぁ。
 っと、閑話休題。

 

 途切れ途切れに虹竜が語った『昔話』のここまでの内容は、次のようなものだった。

 

 もともとは突然変異で生まれたとか言われていて、他の竜族に比べると極端に数が少なかった。
 身体は小さく平和を好み、その性質故か竜族なら子供でも扱えるはずの初歩的な攻撃手段であるですら扱えない、そんな種族だったらしい。
 竜族のブレスはその色や呼び名に関係してると見て大体間違いない。
 ちなみに、白竜(ホワイトドラゴン)であるリオルは白の吐息(コールド・ブレス)。黄金竜(ゴールデン・ドラゴン)のミルガズィアさんは閃光の吐息(レーザー・ブレス)。後は炎や雷、果ては魔族たち野の拠点カタート山脈にのみ生息する最強の竜族である魔王竜に至っては、あたりに虚無を撒き散らすと言われている虚無の吐息(ヴォイド・ブレス)なんてものまで、竜族が普通に使っている攻撃手段なのだ。
 けれど、攻撃手段を持たない変わりに、虹竜には徹底的な防御手段が与えられた。
 それが虹色に輝く鱗だったのだ。
 虹色に輝く鱗はすべての色を内包する特性にそって、耐火防寒はもちろんの事、ほとんどの精霊魔法攻撃は跳ね返す。
 もともと竜の鱗は堅い為、物理的なもので傷をつけるのは不可能。
 そして、多少の黒魔法さえも跳ね返した・・・・虹竜を守るべき与えられたその性質こそが、悲劇を生んだのだ、と―――

 

 

 ―――――5日かかってわかったのはまだここまで。

 

 「このペースだと、全部話し終える頃には春になってるんじゃないか?」
 「その前に、虹竜がぽっくり逝っちゃうのが先に決まってるじゃないっ!」
 「シーッ!虹竜さんに向かってなんて事言うんだよ、もう」
 「本当の事じゃない」
 肝心な部分に辿り着くまでに虹竜の命が持つのか、すっごい不安なのだ。
 ここまで延ばし延ばしでもったいつけて、結局わからずじまいで真実は永遠に闇に隠されました――――なーんて事になったりしたら、どーしてくれよう。
 寿命は誰にもどうにも出来ない。
 見ているこちらにでもわかるくらいなのだ。本人はとっくにわかってるはず。
 本来ならば、すでに死んでいてもおかしくない。
 誰にも知らず、ひっそりと旅立つつもりだったのだろう。
 だけど、予想外の出来事が起きて守っていたイリサイトがなくなってしまった。
 人間の手に渡ったイリサイトを取り戻すのに、かなりの無茶をしたせいもあるのだろう。今でさえすでに立ち上がる事も出来ない状態なのに、人間の姿に化け、卵を取り戻し、この神殿に立ち入らせない為にトラップを仕掛けた。
 1日でも長く守りたい・・・・その気力だけですでに尽きかけている命を延ばしているような、そんな日々を送っていたのだろう。
 本当に、いつ死んでもおかしくない状態なのだ。
 けど、この中途半端な状態で死なれてしまっては、後に残ったイリサイトの扱いに困るじゃない!
 何も聞かなかった事にして、予定通り手に入れる。って手段もない事もないけど・・・・成りゆきでここまで関わっちゃったから、ちょっと後味悪くなりそうだし。
 「しょーがないから神殿内を探検・・・するったって・・・もう後は調べるとこもないし・・・・」
 「そーだなぁ」
 なんせ肝心の虹竜がすぐに寝ちゃうから他にする事もなくて、神殿内はほとんど調べ尽くしてしまったのだ。
 神殿だという形跡があるのは、祭壇のある広間といくつかのだだっ広い部屋。
 奥はかなり崩れてて、行き止まりは崖に繋がってた。
 もともと奥院は崖をくり抜いた中に作られていたらしい。
 あとはあたしたちが寝泊まりしている家くらい。
 実際の所は、神殿と呼んではいるけれど古代の遺跡を神殿らしく見せて使ってるだけだったけど。
 確かに御神体があるわけじゃないし、神官としてここに居座ってたのは、人間に化けていたとはいえ付き合いやすいとはいい難いあの虹竜だし。
 そうじゃなくてもこの場所は迫り出した氷山と氷河の境目なんつう物騒なところにあるし、昔から神域として隔離してあったらしいから滅多に人も来なかったんだろう。神殿としては妙だなんて思う事もなかったに違いない。
 「まぁ、あちこち妙なとこはあるんだけどさ・・・・瓦礫の下掘り返して氷河ぶち抜いちゃったら洒落になんないしね。寒いし」
 「確かにそれは止めた方がいいよな」
 「絶対にやめてくれよな。あんたが何かやるとここ全部壊しちまうような気がすっごくするから」
 ガウリイとリオルが同時にうんうんと納得しあってるのが気になるけど。
 「でも実際の所はさ、この下が一番妖しいのよ?イリサイトが出たのと氷河が崩れたのが同時期なわけだし。虹竜が守ってたイリサイトがあの3つだけとは限らないんだから」
 「えぇ?んじゃもしかして?」
 リオルがなかなか器用に足の先でトントンと床を蹴る。
 「そーゆー事」
 「え?何だ?」
 ガウリイがわかってないのはいつもの事。
 この氷河の下に、虹竜の本当の神殿があるんじゃないか、とあたしは睨んでいるのだ。
 ただ、普通の海底とかなら確かめに行く方法もそれなりにあるんだけど、氷海というのはかなり手出しが難しかったりする。
 何しろ、海の上に蓋が乗っているわけで、潜りこんだはいいけれど出口が塞がれてしまう可能性が高いのだ。
 もし間違って氷海に落ちたりなんかしたら最後、凍ってしまう程の水温だし、翔封界(レイ・ウィング)を纏って潜るにしても空気が続くのには限度がある。外に出て術を掛け直そうとしても、もし出口が塞がれてしまっていたとしたらアウトだ。翔封界は制御が難しいから、同時に振動弾(ダム・ブラス)あたりをぶち込むって手が使えない。
 ゼルやアメリアがいるならその辺の術を任せる事が出来るだろうけど、今はいないし。
 「寒さに強い白竜(ホワイト・ドラゴン)なら、氷河の下に潜り込んでも平気じゃないかと期待してたりなんかするんだけど、どお?」
 「・・・・・・・・・・・・寒さにも限度ってもんがあるんですけど」
 「そんな、何ごともチャレンジしてみなくちゃ♪」
 「竜体実験は嫌だーっっ!」
 泣きながら逃げ出そうとしたリオルの尻尾を捕まえてからかうあたしを、ガウリイが呆れながら見ていた。
 ・・・だってさー、ヒマなんだもん。リオルからかうくらいしかやることないし・・・

 

 

 ――――そんなこんなで更に3日ばかりが過ぎた。

 「ガウリイー。ご飯できたよー!」
 「おう。今行く」
 外で薪割りに勤しんでいたガウリイを台所から呼び立てたあたしの声に、ガウリイの嬉しそうな返事が即座に返ってきた。
 出来たてほかほかの料理が、テーブルの上に所狭しと乗っている。うん、毎度の事だけど我ながら上出来♪
 「お、今回も旨そうだな♪」
 「とーぜん!」
 何しろのねーちゃんに家事一般はとことん叩きこまれたんだから。料理の腕だってシェフが逃げ出す程のものだって自信はある。
 そーいえば、ガウリイとは結構長い間一緒に旅をしていたけれど、ちゃんとした料理の腕を披露した事って、実は今回が初めてだったりしたらしい。 野宿の時とかは簡単な携帯食料とか、適当に獣とか魚とか捕まえて食べたりしてたから、料理とは言い難かったし。
 ここで初めてあたしの料理を食べた時のガウリイの顔ってば、面白いくらいびっくりしてたっけ。
 すぐに旨いッ!ってがっついて食べ始めたからあたしも参戦していつもの争奪戦になったんだけどね。
 やっぱガウリイぐらい嬉しそうに食べてくれると、こっちとしても作り甲斐があるってもんよ。
 毎食同じような材料しか使えないけど、それだけにシンプルだけど飽きのこない料理を作るってのはある意味腕の見せ所!
 ただ、ここには保存食料しかないから、見た目が地味なのよね〜。
 「このスープ、旨いっ!」
 「干し肉使ったポトフも捨てたもんじゃないでしょ?乾燥させた香草とかも結構種類があったのよって、さりげなく人のお芋の煮っ転がし取るなーっ」
 「甘いっ。世の中は焼き肉定食だ!」
 「それを言うなら弱肉強食!ならば・・ていっ!」
 「あああーっ俺のニンジングラッセ!」
 カキカキカキーンッ!
 フォーク同士の打ち合う音が部屋に響く。
 「でもっ、そろそろキャベツのサラダとかっ、新鮮なお刺身とかもっ、食べたいわよねっ!」
 「確かにっ、目玉焼きとかっ、焼肉とかもっ、食いたいよなっ!」
 壮絶な戦いをしていても、さすがにそろそろ新鮮な食材が恋しくなってきた。
 一冬分の食料だったんだろうけど、なんせあたしとガウリイが毎回しっかりと食べてるんだから、目に見えて食料は減っている。
 「しゃーない。リオルに頼んで街に買い出しに行きましょ」
 「そーだな。なぁ、リナ。俺エビフライが食いたい♪」
 「はいはい。ついでにピーマンも買ってきてあげる♪」
 「それだけはやめてくれっ」
 一通りの食事を終え、食後の香茶を煎れながら今日の予定を決めていたあたしたちだけど、実行される事はなかった。

 

 

 

 「大変だっ、姐さんたちっ!」
 ドアをガンガン叩く音と慌ただしい呼び掛けと同時に、窓からリオルがにゅっと覗きこんできた。
 「あ、姐さんって・・あのねぇ・・・リオル?」
 「どうしたんだ?」
 窓の外一杯に見えるリオルの顔。その目には一杯の涙が沸き上がっていたのだ。悪い予感が胸をよぎる。
 「プ・・・虹竜さんが・・・・っ!」
 涙まじりのその言葉にあたしとガウリイは同時に家を飛び出した。
 予感は確信に変わっていた。
 来るべき時が来たのだと―――――

 

 

 

 「虹竜・・・・」
 いつもの場所でいつものように眠っているように見えた。
 けれど、そこには命の気配がない。
 イリサイトを抱き込んだ姿のまま、虹色の鱗は輝きを失っている。
 「オイラが、来た時には・・・・もう・・・」
 首をうなだれて涙を流しているリオルの身体を、無言でガウリイが撫でた。
 ここに来てから、虹竜とまるで頑固な祖父を慕う無邪気な孫のような状態でいたリオルだから、予期されていた現実でもやはりショックが大きいらしい。
 だけど。それは、あたしも同じだ。
 「そんな・・・・うそでしょ・・・?」
 「リナ・・・」
 微かに肩を震わすあたしをガウリイが後ろから抱き込む。
 「話の途中で本当にぽっくり逝ってんじゃないわよーっ!あたしらの立場ないでしょーが!」
 「落ちつけリナ、暴れるなっ」
 「くあぁ〜〜〜あたしのお宝っ!一体どーしてくれるのよ〜〜〜〜っっ」
 ジタバタと暴れるあたしを羽交い締めにしていたガウリイが、不意に、ハっと前を向いた。
 「リナっ」
 その緊迫した声にあたしは暴れるのをやめる。
 〈まったく騒がしい娘だのぅ〉
 声が、聞こえた。
 「――――――へっ」
 〈中途半端に伝えるくらいなら最初から話などせんわい。まだ肝心な部分が残っておったしな〉
 目の前で横たわっている虹竜は確かに死んでいる。
 じゃあ、今あたしたちの前にいるのは?
 「・・・・器用ねー。死んでゴーストになったってわけ?」
 〈せめて思念体と言ってくれんかの〉
 言い方変えても、似たようなものである。
 魂が形を持つとしたらこのようなものなのだろう。
 時を止めた肉体から滲み出てきた靄のようなものが、同じような姿を型とって目の前に現れていた。
 これは俗に言う、ゆーれいと言う奴ではなかろうか。どこかぼやけてて、うっすらと向こう側が透けて見えるし。
 リオルはあっけに取られた顔をして、何度も瞬きを繰り返しながら、虹竜の亡骸とゆーれいとを見比べている。
 〈イリサイト(卵)を抱いてついてくるがよい。神殿に案内しよう〉
 「神殿って・・・もしかしてやっぱりこの下にあるの?」
 トントンとブーツの先で床を蹴ったあたしに、ゆーれいの虹竜がニヤっと笑って頷いた。
 〈寿命は尽きたが、まだワシの思念が残っている間は表のトラップも海底の神殿の結界も破れはせぬわ。だが効果が永遠でないのもしかり。ならば仕方あるまい〉
 虹竜の無言の視線に促されて、リオルが恐る恐る虹竜の亡骸に触れて、懐からイリサイトを慎重に取り出し胸に抱いた。その様子を虹竜が目を細めて見つめている。
 〈ワシの身体は、今はそのまま放っておいてくれんか〉
 「はいはい。何かあんた、ゆーれいになった途端によく喋るわねー」
 〈仕方あるまい。べらべら喋る死にかけの竜などいるわけなかろう〉
 「べらべら喋るゆーれい竜なんてのも、今までお目にかかった事なかったけどね」
 ひとしきり軽口を叩いてから、あたしたちは改めて虹竜に向かい合う。1つ頷いてから、足音もなく歩き出した虹竜の後を追った。

 

 ―――――虹竜たちが同じ竜族にさえ忘れられた存在なわけ・・・滅びたわけを知る為に。

 

◇◇◇◇◇

 

 青白い光が満ちている空間。
 ここは多分、氷河の下。

 

 ゆーれいになった虹竜の案内で、あたしが妖しいと睨んでいた神殿の奥の崩れていた場所を地道に地精道(ベフィス・ブリング)で掘り返していき、いい加減飽きてきたところで現れたひしゃげた扉をくぐった途端に・・・多分これも竜族のトラップって奴なんだろう・・・歪んだ空間を渡った先に、この神殿がひっそりと佇んでいた。
 広い空間には空気がちゃんとある。閉塞感はさすがに否めないけれど。
 どうやってこの空間を支えているのかはわからないけど、虹竜は結界を張っていると言っていた。人間とは桁違いの魔力を持つ竜族で、神官として生きていたこの虹竜(プリズム・ドラゴン)には何でもないことだったらしい。
 表の門のトラップはともかくとして、ここに来るまでの空間干渉とか、氷河の下に作り支えている神殿の存在とか、実はこの虹竜ってすごい人だったのかもしれない。
 「綺麗だなぁ」
 「こーゆーのを神秘的って言うんだよな」
 「でも・・・何か寂しいよな」
 ガウリイとリオルはあたりをしげしげと眺めながらしきりに感心している。
 この神殿の印象は何と言うか・・・・鍾乳洞の白く滑らかな岩に水を反射させた青い光を纏わせたような・・・光を閉じ込めた純度の高い氷柱で作られたような・・・厳かというより、とことん純潔というイメージが強い。
 触れるのさえ躊躇わせるような、そんな場所。
 けれど、肌に触れる空気は、ひんやりと冷たい。
 静かで冷たくて綺麗な、閉じた場所。
 それは神殿と言うよりも・・・・・
 〈この奥の間じゃ〉
 虹竜に指し示された扉に軽く頷いて、ガウリイが手をかける。
 当たり前だがのサイズに作られている大きな扉は、見た目よりも軽いようで軋む事なくあっさりと開いた。
 「うっ・・・・・・」
 声を上げたのは誰だかわからない。けれど誰もがその後に続く言葉を無くしていた。

 

 
 中央には、オリハルコンで作られている巨大なスィーフィードの神像。
 そして。
 その神像の前に並べられたいくつもの卵と、その卵を守るかのように身体を寄せあってそのまま眠りについた、幼い虹竜(プリズム・ドラゴン)たち。
 真珠のような虹色に輝く身体は、冷たく堅い。
 けれど、それは決してイリサイトで作られた彫像ではあり得ない。

 ――――――ここはすでに神殿ではなく、墓所、なのだ。