スレイヤーズNEXT→TRY 三部作  『ジャンプ』

エピソード4 

〜嘆きの竜が守るもの 前編〜


  

 「さ〜む〜い〜〜・・・」
 「・・・・それだけ着ててもまだ寒いのかよ」
 「寒いわよ!」
 寒さ対策に上着を13枚重ね着して、更にマントをぐるぐる巻いて、それでもはっきりきっぱり言い切ったあたしに、ガウリイの呆れ返ったため息が落ちた。その息が外気に触れて白い。
 イリサイトの情報を耳にした後、あたしたちはすぐに装備を整えて北の果ての小さな街、ラスカに向かっていた。

 

 ――――イリサイト
 それは、幻とも言われる不思議な石。
 見た目は虹色に輝く綺麗な宝石で、コレクターの中では子供の頭くらいのでっかいダイヤモンドの固まりよりも小指大の大きさのイリサイトの方に軍配が上がる程、稀少価値はとても高い。
 でも、イリサイトの価値は単に珍しくて綺麗ってことじゃない。
 この石は、魔法力を跳ね返すという特性を持っている優れた呪符(タリスマン)でもあるのだ。
 絶対的な数が足りない為、なかなか研究は進まないらしいけれど、かなり高度な魔法・・・一部の黒魔術でさえも跳ね返すらしい。
 その貴重なイリサイトの産地がこの小さな街、ラスカ。
 ラスカは、万年冬のような場所にある。土地の半分は迫り出した氷河に覆われていてその上に一部の建物が乗っているような、本当に小さな街。
 寒がりなあたしにしてみれば、なんでんなくそ寒い場所に住んでるんだろうと思うんだけれどね。
 産地とはいっても、イリサイトが出るなんてここ何百年もないって話だったし。だからこそ幻の石、なんだけれど。
 それでも幻の石を求めて訪れる人はいるみたい。
 この間のおっちゃんも、どうやら定期的に訪れていた常連さんらしいんだけれど。
 イリサイトが再び産出されたのは、話を聞く限り丁度結界が消滅した頃らしい。
 ラスカの場所自体が結界のすぐ近くにあったから、多分なんらかの影響を受けてるんじゃないかとは思うんだけれど。
 昔、何かの文献で読んだイリサイトに関する言い伝えも、その事を感じさせる。

 ―――虹色の光のベールが揺らめく頃
    氷海の底に生まれる石
    嘆きの竜の涙を受けて
    虹氷色に輝ける――――

 
 確かにラスカの近くには竜たちが棲む竜たちの峰(ドラゴンズ・ピーク)がある。ここに棲む竜は黄金竜(ゴールデンドラゴン)と黒竜(ブラックドラゴン)。
 長い間、何故ここに竜たちが棲んでいるのかわからなかったのだが、それはこの地に現れた異界黙示録(クレアバイブル)を守っていた為だということをあたしは知った。
 言い伝えに出てくる嘆きの竜・・・これは一体どの竜族をさしているんだろう。
 何故に嘆きの竜と呼ばれているのか。
 その竜の何らかの力を受けているからこそイリサイトには魔力を跳ね返すなんていう特性があるんだろうけれど。
 魔道士としてはこんなチャンス滅多にない。
 それに――――

 

 「大丈夫かぁ、リナ」
 「・・・・大丈夫じゃない・・・寒いよぉ・・・・・」
 「まったく。寒がりのくせしてお宝には目がないんだから」
 「だって、こんなチャンス一生に一度あるかないかなのよ!?すっごく欲しかったんだけど出回ってないから見る事さえ出来なかった幻の石なんだから!」
 「そーかもしれないが、またお前さんが寝込むような事になるのは嫌だぞ、俺」
 「っ・・・だ、大丈夫よ。多分・・・・」
 呆れた視線の中にも心配げな色が浮かんでるのを見て、反射的にぽっと頬が火照ってしまった。
 秋も早いぶどうの季節。
 とある村にてあたしは“はしか”にかかってしまい、高熱を出してしばらく寝込んでしまったのだ。
 えっとまぁ・・・その時に色々あって、何と言うか、その・・・ガウリイと・・・キス・・・・しちゃったんだけど・・・・

 

 ガウリイが冥王フィブリゾに連れ去られた時。
 そして、あたしの目の前でガウリイを封じたクリスタルを砕かれそうになった時。
 自分より世界より他の何よりもガウリイを助けたいと無我夢中で重破斬(ギガスレイブ)を唱えていた時。
 あたしの中で、やっと気がついた気持ちがあった。
 それは、あたしはガウリイの事が好きだっていう、特別で純粋な気持ち。
 そんな自分に戸惑って、初めての感情に振り回されて、ガウリイの心が全然わからなくて・・・・病気で不安定になっていたせいもあるけど、ガウリイに随分酷い態度を取っていた。
 でも、2人で『喧嘩』して。
 溜め込んでいたものをお互いにぶちまけた時に、つい漏らしてしまった『好き』の感情。
 そんな特別な感情を、同じようにガウリイもあたしに対して抱いていたと知って。
 その時から、あたしたちの関係はちょっとだけ変わった。
 基本的には前と一緒で、ガウリイは相変わらず自称保護者だし、あたしもガウリイの目を盗んでは盗賊いぢめに励んでるし、毎度の食事バトルも秋の味覚満載の時季だっただけに増々ヒートアップしてる。
 本当に相変わらずだけど、ただ、ほんのちょっとだけ。
 今までよりも、近くなった・・・・と思う。
 気持ちも身体も、少しずつ自然に歩み寄っているような。
 あたしはそーいったことに疎かったし、極端な照れ屋って事も自覚してる。だから世間一般の恋人同士のような自分達の姿ってのはとても想像つかなかったし無理にでも想像してみると身体中痒いやら寒いやら・・・。
 それでも、やっぱり好きな人に触れたいと思う感情もいつの間にかあたしの中に生まれていて。
 ぎこちないながらも、少しずつ前よりもガウリイと一緒に過ごす時間が多くなっていった。
 ・・・・キス、も・・・たまに、するし・・・
 抱きしめられたりキスしたりっていうのは、今も本当に恥ずかしくて仕方ないんだけど、でも嫌じゃなくて。むしろ嬉しいようなくすぐったいような・・・・照れ隠しで大抵はすぐに呪文やスリッパで吹っ飛ばしちゃうけど。
 だってさ。頭の中身はふやけたパスタだって充分理解してるけど、改めて見てみるとガウリイって反則なくらいかっこいいんだもん。仕方ないじゃない。
 ―――いやあ、我ながらなんつうか・・・しっかり女の子してんなーって思ってみたり。

 

 

 「しょうがないなぁ・・・もう1枚マントでも羽織るか?」
 ガウリイの心配性は今に始まった事じゃない。
 でも、前みたいにその過保護ぶりに苛つく事はなくなった。ただの子供扱いじゃないって、わかったから。
 自分が羽織っているマントをクイッと引っぱりながら聞いてくるガウリイに、あたしは軽く肩を竦めて首を振った。
 「やめとく。これ以上着たらさすがに歩けなくなりそうだから」
 「・・・・・・・つーか、今そのダルマ状態で歩けてる方が不思議だけどな」
 「うっさい」
 歩けはするのだ。
 ただちょっと着膨れしてる為、転んだら最後で自力では立てないとか、高度な呪文を唱える際に使う印が結べなかったりするだけで。
 充分問題あるように見えるかもしんないけれど、こーゆー時こそガウリイの出番ってもんである。
 体力バカのガウリイだけあって、さすがに長そでのシャツを着てマントは羽織っているものの、いつもの装備とあまり変わらない。遂に寒さを感じる器官までボケちゃったのかと真剣に聞いたらジト目で見られて頭を小突かれたけど。
 まぁ、何はともかくガウリイは普通に動けるんだから、何かあったらガウリイに押し付けちゃえば問題無し!
 たまには楽したってバチは当たらないでしょ。
 ――――なんて思っていたんだけど・・・・

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 「うえぇぇええっっ!?ここも部屋が空いてないぃぃっっ!?」
 「こんな辺鄙な場所なのに、結構人が来てるもんなんだなぁ」
 あたしの絶叫とは裏腹に危機感を全くわかってないガウリイののほほんとした声が、最後の望みだった宿のカウンターに響き渡った。
 やっと辿り着いたラスカで、まずやらなきゃいけないのが宿の確保。北の外れの小さな街に続く細い街道を歩く人影はあたしたち以外には見当たらなかったせいもあって、簡単に取れると思っていたのに・・・・街の中には驚く程人が溢れていたのだ。計算外もいいところ!
 慌てて駆け込んだ宿はどこも一杯で、ここが最後の頼みの綱だったのに。
 「何だ。あんたたち知らないで来たのかい?そりゃあこの街は普段は人もまばらな寂しい街だけど、冬の間は珍しいオーロラが見られるってんで、冬の間中滞在する常連さんが結構いるんだよ。今年もそろそろ現れる頃だからねぇ。うちで最後だったのかい?」
 困った顔で首を傾げるおばちゃんとあたしの顔を交互に見て、ガウリイがツンツンとあたしのマントを引っ張った。
 「なぁ、リナ。オーロラって何だ?」
 ・・・・・・・・・・・・
 「このクラゲ〜〜〜〜っっ!あんたは何回同じ事を聞けば気がすむのよっっ」
 いつもの事とはいえ、このタイミングでボケを取ったガウリイにあたしはすかさず目の前にあった宿帳を顔面に叩き付けた。
 いつものスリッパは重ね着しすぎで取りだせなかったし、肘が曲げられないからいつもよりは威力は弱いはず。ちょっと角を使ってみたけど、そんなに厚くはないから大丈夫でしょ。ガウリイだし、少しくらい衝撃を与えた方のが脳みそが活性化するかもしんないし!
 「オーロラってのは、この時季特定の場所でしか見られない、空に現れる世にも珍しい光のカーテンなの!カタートに近い場所で現れる事から、遥か昔に消滅したスィーフィード赤の竜神の魂の欠片が守護の光となってカタートからの魔族の侵攻を防いでいる、とも言われてるのよ!わかった!?」
 「ん〜〜・・・ようは珍しい光が見えるって事なんだな」
 にこやかに簡潔に言い切ったガウリイを再び張り倒してから、あたしは深呼吸してから何事もなかったかのようににこやかに営業用スマイルを浮かべた。
 「ねぇ、おばちゃん。何とかならない?こんなとこで野宿なんてしたら間違いなく凍死しちゃうし」
 「そう言われてもねぇ・・・うちも上客で一杯だし」
 床にのめり込んだままのガウリイとにっこり笑顔のあたしを引きつった顔で交互に見比べながら、おばちゃんは口を濁す。
 寂れた街ってイメージが強かったラスカだけど、やけに立派な宿ばかり揃っていたのはオーロラを見に来る金持ち相手だったからなのか。
 いつ現れるかわからないオーロラを見る為だけに長期滞在する暇な金持ち相手にするには、確かに設備も立派なものにしなくちゃならないだろう。
 奥の食堂らしき所から微かに流れてくる優雅な音楽の響きと上品な談笑らしきざわめきが、今はとことんむかつく。
 かといって、ここまで来て宿がないので諦めて帰る、何てのは絶対に許せないものがある。
 それに金持ちの中には宝石のコレクターも結構いるのだ。
 どこで情報を仕入れて来たのかは知らないけど、イリサイトを目当てに来た奴もそれなりにいるに違いない。
 このくそ寒い中ここまでやって来て、みすみすとお宝を取り逃がして手ぶらで帰ったとあれば、商売人の血が泣くに泣けないじゃない!
 「なぁ、一部屋も空いてないのか?」
 「一部屋って・・・ちょっ・・ガウリイっ!?」
 いつの間にか復活していた突然のガウリイの声に、つい過剰に反応してしまった。でも、ガウリイはちょっと困った顔をしながらもあたしの頭の上に大きな手をポンッと乗せてくる。
 「背に腹は変えられないだろ?」
 「そりゃ・・・そーだけど・・・・」
 でも、いきなりガウリイと同じ部屋ってのは、物凄く緊張するんですけど ・・・・えっと・・・色々と問題があるんじゃないでしょーか・・・
 「んー・・・・どうにかしてやりたいのは山々なんだけどねぇ・・・・」
 反射的に赤くなってしまったあたしとガウリイを見て、それでもおばちゃんは気の毒そうに頭を振った。
 もう仕方ない。ないものはないって事だ。これ以上ごねても時間の無駄だろう。
 「どーする?リナ」
 「どーするったって、どーしよーもないでしょーが・・・」
 重い足取りで宿を出て溜息を1つ。
 ちらちらと絶えまなく舞い降る白い雪が、虚しい。
 さて、本気でどーするか。
 取りあえずご飯でも食べて少し落ち着こうと良さそうな食堂を求めて歩き始めたところで、静かな街の雰囲気をぶち壊す怒号と何かの爆発音が耳に届いた。
 ちらっと目線を交わして無言で小さく頷くと同時にあたしたちは走り出し ・・・・・べちゃ・・・・・・
 「た・・・たてなゃい・・・・」
 「あーあ・・・言わんこっちゃない」
 走り出していたガウリイが失笑しながら戻って来て、雪の中に顔を突っ込んだままもがいてたあたしを抱き起こした。
 ついいつもの調子で走り出したら、案の定着膨れた足がもつれて転んでしまったのだ。情けなひ・・・・
 「ほら、行くぞ」
 「って・・・ちょっと降ろしてよ!?」
 あたしを肩に担ぎ上げたまま走り出したガウリイに慌ててあたしは暴れるけれど、ガウリイは平然とそのまま音のした方に向かっていく。
 「そんなんじゃ走れないだろーが。それとも動けるように服脱ぐか?」
 「寒いからやだ」
 「なら、しっかり捕まってろよ」
 きっぱりと即答したあたしを軽く小突いて、笑みを含んだまま揺るぎない足取りで走るガウリイにしっかりしがみついたあたしは、ふと秋の事を思い出していた。

 ――――そー言えば、いきなり無自覚に高熱を出して魔法が使えないあたしを、抱き上げたまま盗賊たちとやりあったんだっけ。

 そんなに昔の事じゃないのに、どこか懐かしくてくすぐったい気持ちに包まれて、あたしはこっそりと小さく笑みを浮かべてた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 「町長出てこい!」
 「しらをきろーったってそーはいかねーぜ!」
 「火ィつけられたくなかったら、お宝持って出てこいや!」
 見るからに役所だと知れる建物の入り口に群がって罵声を浴びせている人々。その人たちを何とかなだめすかして混乱を必死に押さえようとしている初老のおじさん。
 脅し方や雰囲気から明らかにその手の質の悪い連中だと判断し、あたしは迷わず呪文を唱えた。
 「いきなり爆煙舞(バーストロンド)!」
 「のわひぇえええっっっ!?」
 「どわっっつつっっ!?」
 「なっなんだぁああっっ!?」
 投げ付けた無数の光が破裂した途端に赤い火の粉が舞い散り、突然攻撃されたチンピラたちはあたふたと火の粉を払いながら回りを見渡す。
 「だ、誰だっ!?」
 「てっ・・てめえがやったのかっっ!?」
 「なにぃぃっっ!?」
 ちょっぴり焦げた前髪をかきあげてあたしたちの姿を認めたチンピラたちがザワっと色めきたつ。
 ガウリイの肩にちょこんと乗ったまま悠然と不敵な笑みを浮かべるあたし。
 「って・・・・・・・・着膨れダルマ?」
 「つーか・・・生き物か?それ」
 「やかましいっ!」
 チンピラたちからの正体不明の生き物を見る胡散臭い視線がチクチク痛い。
 くやしい〜〜〜〜っっ!しょーがないでしょ、寒いんだから!!
 チンピラ。それすなわち悪!
 正義の名において、ここは1つ、宿が取れなかった事とこのくそ寒さとあたしへの暴言に対する制裁を何が何でも加えなければ!
 「って・・・それって単なるやつあたりだろ?」
 「いーのよ。勝ったものがすなわち正義なんだから!」
 「・・・お前、いつからアメリアに洗脳されたんだ?」
 「とにかく!霧氷針(ダストチップ)!」
 「ひでててててててっっっ!?」
 「今度は何だぁあぁぁっっ!?」
 ひたすら痛い氷の針に刺されて飛び跳ねてるチンピラたち。
 「んでもって、もいっぺん(バーストロンド)爆炎舞!」
 ガウリイに降ろしてもらいながら再び魔法を叩き込む。どちらも見た目は派手だけど殺傷能力はほとんどない魔法だから問題無し!
 「どわわわわっっつ・・・ぐぇっ・・・・」
 舞い踊る火の粉にあたふたしているチンピラたちの中に踊りこんだガウリイが、いっそ優雅に見える程の剣裁きで次々と峰打ちで倒していく。
 火の粉が収まる頃には、次の呪文を唱える間でもなく、チンピラたちは戦意喪失して凍った道に転がっていた。
 「・・・・・・あの・・・ありがとうございました」
 いつの間にか建物の中に逃げ込んで魔法の被害から逃げ込んでいた初老のおじさんが、静かになったのを見計らって出て来た。
 「連日このような状態でほとほと参っておりまして・・・本当に助かりました」
 「いえいえそんなお礼なんて。頂けるものだけ頂ければ♪」
 「・・・・おいおい」
 にこにこと揉み手でさり気なく謝礼を要求するあたしに、呆れるガウリイ。
 でもギブ&テイクは世の常。当然の欲求である。
 そんなあたしたちの様子をしげしげと見ておじさんは1つ深々と頷いた。
 「先程のお手並みと言え、余程手に覚えのある旅の剣士と・・・・着膨れダルマ?」
 「魔道士よっ!」
 「・・・魔道士殿とお見受けしました。先程のお礼を兼ね少しお願いしたい事がございますので、どうぞ中にお入りになっては下さいませんか」
 ――――何かの依頼がある、ってことか。
 今は別にさほどお金に困ってる状態じゃないし、ここまで来て仕事をするつもりなんてない。
 でも、宿もない状態だし・・・仕方ない。背に腹は変えられないか。
 どうする?と視線で問うてきたガウリイに軽く肩を竦めて、あたしたちは導かれるままに建物のドアをくぐったのだった。

 

 

 「わたしが代々この街の町長を勤めさせていただいているノーウェイ家の当主、フェンネル=ノーウェイです」

 通されたのは役所の裏手に建っていたこじんまりとした屋敷の応接室だった。
 取りあえずと出されたブランデーを垂らした香茶を啜りつつ待っていたところに現れたのは、年の頃はまだ三十代くらいの少し太めな男性と、先程のおじさん。
 「当主ってことは、今はあなたがこの街の町長ってこと?」
 「はい。1年程前から勤めさせていただいてます」
 のんびりとした物腰と丁寧な言葉遣い、そしてその外見と人を疑う事を知らないような人当たりのいい笑顔の、育ちのいいおぼっちゃまタイプ。
 言っちゃあなんだけど、町長なんて責任ある立場にはとことん見えない。
 「こちらは私邸ですのでくつろいで聞いていただきたいのですが・・・」
 「私邸でする話ってことは、この街の町長としてではなく、1個人として依頼をしたい・・・・って取っていいのかしら」
 「ええまぁ・・・ちょっとその辺は微妙なんですが・・・」
 困ったように頭を掻いて、彼はおもむろに話し始めた。
 「実は、街の外れにある氷河の麓・・・神域と呼んでいる場所に、古代遺跡をそのまま受け継いだ古い神殿があるのですが、一月程前からその神殿に近付けなくなってしまったのです」
 「はあ・・・」
 「不容易に神域に踏み入れてはならぬと昔から言われていますので、街の者も滅多に神殿には訪れません。一応我が家が代々管理する事に定められておりまして、今は老神官が1人で管理しているのですが・・・どうやら彼が不思議な術を使って、人が神殿に入れないようにしてしまったらしいのです。神殿の門をくぐると、いきなり見知らぬ迷路に迷いこんでしまうと」
 「・・・・・ふーん・・・」
 空間を歪ませる結界を張ったって事?見知らぬ空間を張り合わせて迷路を作る・・・結構高等な技術が必要だ。
 それにしても、古代の神殿と表にいたチンピラ・・・・あまりにも懸け離れていて話がいまいち掴めない。
 「実は・・・・あまり公にしたくないのですが・・・この間我が街で数百年ぶりに産出されたイリサイトが盗まれてしまったのです」
 ――――ぶぴゅっ
 「なんですってぇぇえっっ!?」
 飲んでた香茶を吹き出して、あたしは思わず町長さんの襟首を引っ付かんでガクガク揺すっていた。
 「盗まれたってどーゆーことよっ!」
 「こらっ、落ちつけ。リナ」
 「これが落ち着いていられますかっ!あたしが何の為にこんなくそ寒いとこまで我慢して来たと思ってるのよ!?」
 慌ててあたしを町長さんから引き剥がして羽交い締めにするガウリイに、町長さんは軽く頭を下げて大きく溜息をつく。
 「御存じの通り。イリサイトは大変貴重な宝石で産出地と言われるラスカでもほとんど伝説になりかけていた程の石です。半年程前、何百年もビクともしなかった氷河が急に崩れ、どうやら氷海の底に埋もれていたイリサイトが偶然発見されたのです。イリサイトはラスカの共有財産なので、役所の金庫に厳重に保管していたのですが・・・・」
 「盗まれちまった、ってわけか」
 「はい」
 「はいじゃないでしょおぉぉっっ!?むぐっ」
 再び絶叫したあたしの口を、ガウリイの手が塞いだ。
 「ですが、イリサイトが今どこにあるか、盗んだ者が誰なのかはわかっています。それが先程説明した古代神殿と老神官でして・・・・」
 「わかってるなら取り返しにいけばいいんじゃないか?」
 「わかった直後から、変な迷路が出来てしまって神殿に入れないんですよ・・・・」
 深々と重い溜息をついて町長さんは頭を抱えた。
 どうやら万が一に備えて、しっかり魔法で探査出来るように調べはしていたらしい。
 でもチンピラたちが役所で嫌がらせしていたってことは、イリサイトが盗まれた・・・もしくはここにないって事が薄々勘付かれているってことだ。
 「ラスカは冬場の観光資源以外には取り立てて収入もない小さな街です。今度いつ出るかわからないイリサイトの産地にしがみつかずに、今出たそれを売って得たお金で、街全部を移住させようという計画が出ていたのです。またいつ氷河が崩れるかわかりませんし・・・しかし肝心のイリサイトがないと・・・」
 「街全部を移住って!?・・・一体そのイリ・・何とかってのはどのくらい出たんだ?」
 スケールの大きな話にガウリイが思わず聞くと。
 「拳大のやつが3つです」
 「「3つっ!?」」
 それだけで街1つが移住出来るとは・・・さ、さすがは伝説のイリサイト・・・・
 確かに宝石のコレクターはお金に糸目をつけないし、どこかの領主や王相手ならいくらでも値を釣り上げる事ができるだろう。魔道士協会や魔道士の筋でも実験研究用として欲しがるだろうし、細かく砕いたとしてもそれなりの値段がつく事は間違いない。
 「やる」
 「へ?」
 「この依頼、きっちり引き受けようじゃない!」
 ふふふふふ・・・・ここでこの依頼を逃したら2度とイリサイトを手に入れる事は不可能と見た。
 「おい、リナ」
 「街全体の共同財産を一人占めなんて卑怯なまね許さない!この街の輝く未来の為に!伝説のイリサイトを手に入れる事を夢見る者たちの為に!何よりもあたしの欲望の為に!きっちり仕事させてもらうわ!」
 「・・・・・・あの〜〜〜・・・今、一部聞き逃せないところがあったような気がするんですけれど・・・・」
 「気のせいよ!」
 「・・・・こいつがこう言い出したら聞かないからなぁ」
 何故か不安げな表情で呟く町長さんの肩を、ポンっと叩き苦笑するガウリイ。
 さすがに長い事相棒やってるせいで、ガウリイにはあたしの言い出したい事がわかったようだ。
 パチっとウィンクをガウリイに投げてから、あたしは町長さんと向かい合う。
 交渉は、笑顔を添えて、強気に不敵に大胆に。

 「んじゃ、報酬は宿の提供とイリサイトの欠片、ってことでよろしく♪」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 「・・・・・・何か神殿の入り口で揉めてるぞ」
 「・・・・・・あんたってば相変わらず人間離れした視力してるわね」
 まだ神域と言われている氷河の麓に入る遥か手前の時点でのガウリイのつぶやきに、あたしは呆れながらも目を凝らす。
 視界に広がるのは雪の白。
 近くにそびえ立つ山も、海である場所でさえ、真っ白な雪と氷に覆われ白い。
 そもそも、すべてが白くて、どこまでが雪山でどこからが氷海なのか区別がつかない。
 雪が音を吸収しているせいで、物音さえもほとんど耳に入らないような状態なのだ。
 でも、ガウリイがそういうなら間違いないのだろう。
 「あれが例の妙な迷路ってやつかしらね。ガウリイ、魔族の気配は感じる?」
 「いや。魔族って感じじゃないが・・・」
 珍しく言い淀みながら微かに目を眇めて気配を探っている。
 魔族じゃないけど、真っ当な人間の仕業ってわけでもこの分じゃないらしい。

 

 迷路の結界。
 あたしは一度、それに似た場所に足を踏み入れた事がある。
 ここからさほど離れていない、黄金竜と黒竜たちが棲む竜たちの峰(ドラゴンズ・ピーク)。
 そして彼等が守っている異界黙示録(クレアバイブル)。
 その異界黙示録がある場所と言うのが、一見崖にしか見えない山の中にある異次元空間なのだ。
 あの時は道を知っている黄金竜の長ミルガズィアさんが案内してくれたから無事に行って来れたけれど、あの迷路の中に人間が間違えて入ってしまったものなら、まず間違いなく寿命が尽きるまで彷徨う事になるっていう代物。
 ミルガズィアさんが言うには、あの場所は精神世界(アストラルサイド)に近い場所なんだそうだ。人間の意識レベルじゃ到底理解出来ないのも無理もない。
 神族・・・滅び逝く水竜王が造った異界黙示録への迷路はかなり特殊で特別なものだから、例の神殿の迷路はこれほど凄まじいものではないだろう。
 ならば考えられるのは、空間を歪ませる結界を何重にも張って見知らぬ空間を張り合わせて迷路を作る、というもの。
 ・・・かなりの魔力と高等な技術が必要だけれど、それでも出来なくはない、と思う。
 あまり考えたくないけれど、中級以上の魔族ならば簡単に造り上げられそうだし。
 人間でも宝玉(オーブ)などの補助材を使えば何とかやれそうだ。
 もしかしたら、もっと単純にクリスタル・レンズと鏡を組み合わせ、朝靄や霧を発生させてそこに像を投影して混乱させる・・・なんて、魔道をちょっとかじった事のある人間だったら簡単に仕掛けられそうなものかもしれないけれど。 

 

 「ま、取りあえず1発呪文ぶちかましてみて、様子見ない事にはどーしよーもないわね」
 「おいおい。やり過ぎて神殿までぶっ壊すんじゃないぞ」
 「大丈夫。神殿が壊れてもイリサイトだけは無事なはずだから」
 魔法力を跳ね返すという特性を持っているとされるイリサイト。
 何よりも強力で御利益のある呪符(タリスマン)だからこそ、あたしは魔法を封じるオリハルコンではなくイリサイトが欲しいのだ。
 ――――実際の所、どの程度の魔法を跳ね返すのかわからないから、竜破斬(ドラグスレイブ)あたりはさけといた方がいいかもしんないけど。

 しばらく歩いていくうちにあたしにもその神殿が見えて来た。
 そそり立つ雪山の絶壁に半ば埋もれるように佇む古い遺跡。
 門と言うのは、手前の2本の柱の事だろう。アーチの部分は崩れ落ちてしまっている。
 神殿と言うには本当に人が管理していたのかと思う程ぼろいけど・・・何と言うか、空気が違う。
 この冷気とは違う、無意識にピンっと張り詰めるような・・・けれど警戒心を煽るものではなく、かといって安心出来るようなものでもなく・・・・落ち着かないような、落ち着くような・・・
 これが神域と呼ばれる場所の空気なのかもしれない。
 あたしは巫女じゃないからわからないけど、アメリアやシルフィールならすぐにピンっとくるのかも。そんな独特の空間。
 ・ ・・・・って、しみじみ感じる情緒なんてものはなかった。
 「どーなってんだよ、こりゃあぁぁあっっ!?」
 「うおっ!?手がぁっっ!?」
 「んなの門をくぐらなきゃいいんじゃねーか・・・・・・って・・・・なんでこっちに行けねーンだよっっ!?」
 「うおおおおっっっっ、あたまがおかしくなるうぅぅぅっっっ」
 ・・・・・・凄まじく混乱してる人で溢れてたから。
 イリサイトが盗まれてここにあるってことを嗅ぎ付けた人は、思ってたより多かった。
 昨日のチンピラ風の奴から商売人のおっちゃんの群れ、トレジャーハンター宝探し人や宝石商のどぎついおばちゃんやら・・・中には魔道士らしき人もいるようだけど、一緒になって混乱してるとこ見ると三流っぽい。
 「あーあ・・・・素人が何とか出来る迷路じゃないって」
 何とか出来るような代物なら、町長さんがわざわざあたしたちに依頼するなんてことあるわけがない。
 「おおっ!?門に入れた剣の先が曲がって出て来たぞ!?」
 ガウリイが指差して驚いている光景は見た事があった。一瞬息が詰まって心臓のあたりが痛くなる。それは2度と思い出したくもない記憶の中にあったから・・・・
 あれは冥王フィブリゾがサイラーグに造った忌わしい冥王宮の入り口と同じだ。
 並の呪文や剣を全く受け付けない黒光りする壁に、竜破斬(ドラグスレイブでもぶち込んで無理矢理入り口を作ろうとした時に現れた穴。あれは中で空間が曲がっていて、入っても元来た場所に戻ってしまうって代物だった。
 アメリアも手を出し入れしては混乱していたっけ。
 大きく深呼吸して意識を今に切り替える。
 大丈夫。
 今は、すぐ隣にガウリイがいるんだから。
 うーにゅ・・・やっぱりちょっと複雑な悪戯って感じじゃないか・・・
 門を無視して奥に進もうとする者は見えない壁に阻まれてるようだし。ちょっと手こずりそうだなぁ。
 「取りあえず・・・・邪魔だし煩いからみんなまとめて風魔咆裂弾(ボム・ディ・ウィン)!」
 ぴぐごおぉぉお
 「どわぁあああっっ!?何なんだぁああッッ!?」
 「うひええぇぇぃぃい!?」
 門の前に群がっていた人々を問答無用で吹っ飛ばして綺麗にする。
 うん。みんな厚着してたようだから多分問題無しっ!
 「・・・・・・・・・・・・お前なぁ・・・・」
 「だって、邪魔だし」
 きっぱり言い切ったあたしにがっくりと頭を落として深々と溜息をついたガウリイは、あたしの頭を軽く小突くとさっさと門に近づいていった。
 見た目は本当に古びた遺跡。門の向こう、埋もれてる神殿の奥には一体どんな奴が何の目的でこんな迷路なんてものを作ったりしたのだろう。
 「魔族の匂いは、やっぱりしないな」
 「了解。んじゃちょっくらぶちかましてみましょーか」
 「・・・・・・今さらだが、本当にやり過ぎるなよ?」
 「わかってるって」
 苦い顔をしているガウリイにひらひらと手を振って、交渉を無理矢理成立させて、夕べは町長さんの屋敷に泊まり、さすがに依頼を受けての仕事をするんだから着膨れじゃまずいと朝から店を叩き起こして買った服を捲る。
 さすがに寒い地方の生地らしく、普通の服とあまり変わらない厚さなのにとても暖かい。このあたしでも三枚重ねるだけで大丈夫なのには驚いた。
 久しぶりに身軽だし、最高のお宝は目の前だし、いやが上にも期待は膨らむ。
 よしっ!いっちょやったりますか!
 「取りあえず小手調べに・・・・火炎球(ファイヤーボール)!」
 両手の間に生み出した炎の玉を門に叩き込んでみる・・・と言ってもむき出しの柱の間を素通りさせるだけだけど。
 「あれ?消えちまっ・・・・!?どわぁあっ、戻って来たぞっ!?」
 「まぁ、そーくるわよね。氷結弾(フリーズブリッド)」
 一度あたしたちの視界から消えて、再び戻って来た火炎球に氷結弾で迎撃すると、2つの魔法が相互干渉を起こして、しゅぽっと消えた。
 「わかってるならやるなよ」
 「まあまあ。んじゃ次は柱を狙って・・・ん?」
 「リナ」
 再び呪文を唱え始めたあたしの前に出て、神経を研ぎすませるガウリイ。いつでも剣を抜けるようにしながら周囲を探ってる。
 あたしも素早く呪文を唱え終え、あとはいつでも発動できる状態のまま全身に緊張を走らせた。
 「上っ・・・って!?」
 「ドラゴン!?」
 空気を切り裂く力強い羽ばたきが地上に近づくにつれ、地表の雪と氷を巻き込み軽い吹雪を作り出した。どうやらそれはあたしたちの所に降りるつもりらしい。
 あたしを庇うガウリイの背中越しに見えるのは、中型の白竜(ホワイトドラゴン)。
 ――――何でドラゴンがここに!?
 今の所は敵意は感じられない、けれど油断は出来ない。
 慎重に間合いを取るあたしたちを見たドラゴンが、何故か笑みを浮かべた・・・ように見えた。
 「ようっ。こんなとこでまた会うなんてな!元気してたかい?お二人さん」
 ・・・・・・・・・・・・えーと・・・・?
 親し気に軽いノリで片手を上げてくる白竜。『また』って・・・?
 「リナの知り合いか?」
 「ドラゴンに知り合いって・・・・?」
 黄金竜のミルガズィアさんなら確かに知り合いと言えるかもしれないけれど、こんな軽いノリの白竜に知り合いなんて・・・ん・・・まてよ?そーいや確か一匹いたよーな・・・・
 「おいおい忘れちまったのかい?1年ぐらい前にさ、あんたに無理矢理青竜(ブルードラゴン)とドラゴンファイトやらされた、リオルだよ」
 「・・・・・・・・・あああああーーっっ!?リオル!?」
 「・・・・って、こいつの事か?」
 「あんたも会ってるでしょーが!」
 ドラゴンの見た目なんてみんな同じにしか見えないからわからなかったのだが、確かに彼はあたしたちの知り合いだ。
 ガウリイが覚えてないのはいつもの事だけど。
 とある雪山に住み着いた白竜が急に悪さをし始めたから退治してくれ・・・と、とある村で頼まれたあたしたち。
 そこで出会ったのが、何とも呑気でノリの軽い憶病者のリオルだったのだ。
 その後村長さんと意気投合してたから、村で仲良く暮らしてるもんだと思ってたんだけど・・・・
 「何やってるのよリオル。こんなところで!?」
 「そりゃーこっちのセリフだぜ?そーいえばあん時は4人いたと思ったけど、後の2人はどうしたんだ?」
 「ああ、ゼルとアメリアの事?半年前までは一緒に旅してたんだけどね、アメリアはセイルーンに帰ったし、ゼルは多分その辺ふらふら彷徨ってるんじゃない?」
 「その辺ふらふらって・・・まぁいいけど」
 「それより、本当にどうしたの?どっかのドラゴンにいじめられて縄張りだったあの村を逃げ出して来たとか?」
 張り詰めた緊迫感や唱えていた呪文の事などすっかり忘れ、いきなり街角のおばちゃんのノリになってしまったけど。
 「いいや。あの後しばらくはやっぱり平和が一番だとしみじみ感じながら普通に暮らしていたんだけどよ、何となく世界中を旅して回るのもいいかと思ってさ。ここら辺ではそろそろ珍しいオーロラが出るって噂を聞いたから観に来たのさ」
 平和がうんぬん・・・ってのは・・・あはははは・・・・(汗)

 ――――何があったか気になる人は、『ラジオドラマ スレイヤーズエクストラ1 白竜の山』を聴くべし。

 「まぁ、ここで会ったのも何かの縁って事で!丁度いいわ。リオルにちょっと手伝って欲しい事があるのよ」
 「・・・・・・あんたが頼む手伝いって・・・・何かとことん嫌な予感がするんだけど・・・」
 「おいリナ。一体こいつに何をやらせるつもりだ?」
 リオルとガウリイが同時にうろんげな眼差しをあたしに向けてくる。
 「別に難しい事じゃないわよ。あたしたちはあそこの奥に見える遺跡のような神殿に用があるんだけど、ちょっと変な迷路が出来てるのよ。そんなわけで鍵になってるあの門だった柱を、アメリア直伝の平和主義者クラッシュ!リオルバージョンでさくっと壊してきてくれないかなー、とか思ってるだけ」
 「おいおい・・・」
 何故かげっそりとした表情であたしが指差した方を見たリオルは、すぐにおや?という顔をしてトコトコと門に近づき、しげしげと眺め始めた。
 「リオル?」
 「こりゃあ、どこかの竜が仕掛けたトラップだぞ」
 「「ええっ!?」」
 あたしとガウリイの驚きの声が響く。ガウリイは事体がわかっているのかどうか妖しいけど。
 「光り物に目がない黒竜(ブラックドラゴン)なんかがよく人間とかに見つからないように集めたお宝の隠し場所なんかにかける簡単なトラップさ。同じ竜族には通用しないけどな」
 「それって人間には使えない?」
 「んー・・・どうなのかなぁ?」
 首を傾げながらの頼り無い答えにあたしは唸る。
 リオルは魔法を使った事がなかったけど、だからといって魔力がないわけじゃない。
 もともと純粋な竜族は人間よりも遥かに高い潜在的な魔力を持っているのだ。種族事に性質は違うけどブレスなんかはその典型。
 魔法の知識がほとんどないリオルが見てもすぐにわかったトラップは、どうやら竜族独自のものらしい。
 「なぁ、どーゆーことだ?」
 いつものようにガウリイが聞いてくる。リオルもじっとこっちを見てきた。
 「どーやら、イリサイトを奪ってここに立てこもった老神官ってのは、人間じゃなくてドラゴンらしいわね。ドラゴンがいるなんて町長さんは一言も言ってなかったから、ずっと人間の姿に化けてたのかも」
 高度な魔法を扱える竜族の中には人間の姿に変身出来る者もいるのを知っている。
 「イリサイト?」
 「あげないわよ。あたしのなんだから」
 「・・・・・・・・いいけど。どっかで聞いた事あるなぁ、その名前・・・?」
 速効言い切ったあたしに、リオルはなおも首を傾げている。
 知ってる人は知っているイリサイトの名に、一体何がそんなに気になるのだろう。
 「ま、それはおいといて。ね、ね、あのトラップは竜族には通用しないって言ったわよね?」
 「ああ」
 「んじゃ、解除して」
 「そりゃ無理だ」
 ・ ・・・・・・・・・・・・・
 「ちょっとリオル!?どーゆーつもりよっ!?」
 「こらリナ、落ちつけって。リオルの首にぶら下がって遊んでても意味ないだろうが」
 いや、遊んでるんじゃなくて、反射的に首を絞めようとしたらこんな状態になっちゃっただけなんだけど・・・・
 「解除はできないけど通り抜ける事はできるんだって!」
 「なら最初からそう言ってよね。ったく、今度紛らわしいことやったらドラグスレイブ竜破斬ぶちかますわよ」
 「・・・・・・・やっぱり見かけても声かけなきゃよかったかも・・・」
 「まあまあ、今さらだって。諦めろよ」
 「・・・・・爽やかに笑いながら言うなよな・・・・」
 ポンっと親し気にガウリイに叩かれたリオルが心底癒そうな声を出したけど、そんなのは気にしちゃいけないのだ。

 

 

 
 リオルの背に乗り、念の為畳んだ翼に隠れるようにしてあたしたちはゆっくりとトラップが仕掛けられている門を通り抜ける。
 どんな干渉が作用しているのかわからないけれど、リオルの言った通り、トラップに弾かれる事なく進んでいけてるようだ。
 くぐった途端に感じる違和感。空間が変わったのがはっきりとわかった。
 一瞬視界が虹色に染まる。
 ガウリイがあたしを守るように深く抱き込んだ。瞬間的に上がる体温と高鳴る鼓動は、何かが起こる期待を感じての事。
 キュっとガウリイの服を掴み深く息をしてから、あたしは真直ぐに視線を上げた。

  

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 崩れかけた神殿の中。
 祭壇であろう広間に、それはいた。
 目をいくら凝らしても、どことなく霞がかって見える身体の輪郭。
 祭壇の前に祭られている小さな虹色の輝き。
 それを抱き込むように守りながら静かに佇む、一匹の小柄な竜。
 「・・・・・・・・・まさか・・・虹竜(プリズム・ドラゴン)・・・・・!?」
 リオルの掠れた問いかけに、それはゆっくりと目を開き真直ぐにこちらを見つめてくる。

 

 「・・・・・・・・何者じゃ・・・・」

 

 嗄れた深い声が、神殿内に響き渡った――――