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(リナさんってば、どこに行っちゃったんだろ)
トテトテと階段を降りつつアメリアはふぅっとため息をついた。
何となく眠るのが勿体無くて、少し話したい事もあったからリナの部屋に行ったのに、中には人の気配はなかった。
いくらリナでも昨日の今日で盗賊イジメに出かけているとは思えないが、彼女の行動はどう転ぶか全く分からない。
多分平気だとは思うけれど・・・・
ガウリイさんが一緒かも知れないし。
再び小さくため息をついて頭を振った。どうせしばらく眠れないのだから、このまましばらく散歩でもしようかな。そう思いつつ食堂の前を通り過ぎようとした時、微かに漏れてくる光に足を止めた。
(シルフィール、さん?)
薄暗い食堂で独り俯いている背中は、見知った人のものだった。
その背中が微かに震える。
・・・・泣いている・・・・?
見てはいけないものを見てしまった気がして、アメリアはそこで立ちすくんでしまった。
―――――どうしよう・・・
見なかった事にしてそうっとしておいた方がいいのかな。でも・・・・
気になってしまう。泣いてる人をそのまま見過ごす事は、アメリアのポリシーに反してしまう。
スウッと深く深呼吸すると、決心してアメリアはドアを開けた。
突然の物音にシルフィールの身体がビクっと震える。
「どうしたんですか?シルフィールさん」
「・・・・アメリアさん・・・いいえ、何でもありませんわ・・・」
慌てて目もとを拭って普段通りにふるまおうとするシルフィール。だけれど、涙で腫れぼったくなった瞳は隠せない。
「アメリアさんこそどうしたんですか?こんな時間に」
「リナさんを探して外に行こうかとしてたんですけれど、食堂から光が漏れていたのでつい。ごめんなさい、覗くつもりはなかったんですけれど」
頭を下げるアメリアに慌てて手を振りながら、シルフィールの瞳が切な気に揺れた。
「・・・・リナさん、部屋にいなかったんですね」
「ええ。シルフィールさんはリナさんがどこに行ったのか知ってるんですか?」
無邪気とも言えるアメリアの言葉が胸に突き刺さる。
では行ったのだ。きっと彼の所へ・・・・
分かっていた事。彼女をけしかけたのは他でもない、自分だ。
なのに・・・・・
止める間もなく零れ落ちた涙に、アメリアは息を飲んだ。
必死で止めようとしているにも関わらず溢れてくる涙。辛い心が流れ込んでくる。
「・・・シルフィールさん」
「・・・ちょっと意地悪しちゃったんです、リナさんに。ガウリイ様を私に下さいって、告白しますって・・・」
切な気な微笑みと告げれた言葉に、はっとする。
そうだ。シルフィールさんは・・・・・
「あの時の二人を見れば、私が入り込む隙がないなんて分かりきっていましたけれど・・」
「シルフィールさん・・・・」
「でも、伝えなければ私はどこにも行けない。前に進めないと思ったから」
淡々と語るシルフィールの頬を再び滑り落ちていく涙。でも、もう先程のように拭おうとはしなかった。
誰かに話してしまいたい。だから、もう無理に止める必要はない。
この苦しい胸の内を吐き出してしまえば、きっと楽になれる。
アメリアになら、さらけだせると思った。
自分より年下の、それもセイルーンの巫女姫なのに。
いつも元気すぎる彼女の持つ、不思議に暖かい包容力の前で、シルフィールの強ばった心がほぐれていく。
アメリアは何も言わなかった。いや、言えなかった。
慰めの言葉なんて、今この場所で意味をなさない。
かえってシルフィールの想いを傷つけるだけだから。
――――――シルフィールさんも本気でガウリイさんの事、好きだったんだ・・・・
頭では解ってた事だけれども、でも、ずっとリナさんとガウリイさんの事を見てきたから。
シルフィールさんの想いがもし叶って、この二人が別れてしまったら。シルフィールさんとガウリイさんで旅を始めてしまったら。
―――――私は絶対に笑えない。
あの二人が、あまりに自然に笑いあっているのを見てきたから。
言葉でなく態度で・・・・二人ともこういう事には鈍感で、自分達の気持ちに気づいてるのかどうかって感じだったんだけれど。
でも、本当に二人は想い合っている。
今回の事ではっきりした事。
あたしはそれが素直に嬉しかったけれど――――――
シルフィールさんにとっては・・・・・
誰からも応援されずに、それでも捨てられなかった恋心。
叶わないと解っていても、それでも諦められなかったガウリイさんへの想い。
・・・・こればっかりはどうしようもない事だけれども、でも・・・・・
不意にアメリアが歩き出す。食堂の隅から酒ビンとグラスを持ってくるとシルフィールの隣に座った。
「―――――こーゆー時は飲みましょう」
ニッと笑ってコトンとグラスを置く。その笑顔はいつもの彼女らしくない、くすんだものだったけれども。
グラスに注がれた赤ワインが揺れて、熟した上質の葡萄の香りがフワっと広がった。
まるで心の枷を優しく外すかのように。
◇◇◇◇◇
「もしも、もう一度やり直しができるならば、あの時に戻ってくれればいいのに」
切なく夢見る眼差しが、窓の外の月を見つめる。
すでに二人の前にはいくつかの空になった酒ビンが転がっていた。ゆっくりとしたペースで飲み交わしていく。二人の顔は桜色に染まり僅かに瞳は潤んでいた。
でも意識はしっかりとしていた。
お酒の力を借りて、本音をポロっと漏らしながら。
「出会ったのは私の方が先だったのですから、あの時に告白していれば・・・・ガウリイ様についていけばよかった」
「――――でも出来なかったんですよね。シルフィールさんは周りの人たちの事を考えて」
「・・・全部捨てる勇気がなかっただけです・・・」
アメリアの言葉に自嘲気味な笑みを浮かべると、シルフィールは半分ほど残っていたワインを一気に流し込んだ。
「――――あたしもついていきたい・・・本当はずっと側に居たいです・・・」
ハッとシルフィールはアメリアを見つめた。あまりに小さく弱い声に。
「・・・・今はこうやって一緒に旅を続けているけれども、近いうちにきっと別れなきゃならない。こんな時は・・・・王女に生まれた事を神に恨みたくなります、あたしも」
どこか遠くを見つめる視線。微かに悲しみが宿る、その先にいるのは一人の男。
前の旅よりも、もっとずっと近くなれた。
あの人の事を知れば知るほど側に居たくなる。側に居て欲しくなる。居てあげたくなる。
孤独を好もうとする、本当は優しくて温もりを欲しがる、とても不器用な人。
アメリアを『アメリア』として扱ってくれる、数少ない人間のなかで、彼は特別だから。
だけれど、アメリアはセイルーンの第二王女だ。その事を十分自覚しているし、その責任を果たす覚悟はしている。
だからこそ、この旅の終わりが近づいてるのを誰よりも早く感じ取っている。
ゼルガディスはこれからも流れ続けるであろうから。
その旅についていく事は出来ない事を、知っているから。
寂しさが胸を満たしていく。
自覚する事がなければ感じなかった感情。
彼を好きだと気づいたのは、いつの事だったんだろう。
「アメリアさん・・・・」
シルフィールは、始めて見るアメリアに動揺していた。
いつも元気で明るくて前向きな、そんな彼女しか知らなかったから。こんなに儚げで寂しそうな表情ができる少女だとは思わなかった。
そして気づく。
思いどうりに進まない恋に嘆きながら、それでも決してその想いを捨て去ろうとはしないのは自分だけではないのだと。
いや、それ以上に辛い恋をしているのだと。
・・・・強い。アメリアさんも、そして、リナさんも・・・
その想いが成就するかどうかではなく、純粋に想う気持ちというものが。
恋は、人を強くさせる。
楽しい、甘いだけのものではないけれども。泣いて傷ついて、そして立ち直ってまた想って・・・・心をしなやかに成長させてくれるから。
「ごめんなさい。愚痴っちゃいましたね」
うって変わって明るい声にシルフィールも微笑んだ。
「お互い様ですわ。こういう話が出来てよかったです」
「そうですね。少しはスッキリしましたか?」
「ええ。もう大丈夫です」
シルフィールの決して強がりでない声に、アメリアも笑った。
「大丈夫ですよ、シルフィールさん。今、生きていられるんですもん。きっといい事あります」
勢いよく立ち上がったアメリアの身体がフラっと傾く。慌てて支えながら、心がジンと暖かくなったのを感じた。
そう。自分は生きている。
まだまだ人生はこれからだ。
「ありがとうございます」
「?お礼を言うのはあたしの方ですよ?」
不思議そうなアメリアに軽く頭を下げた。
「少し飲み過ぎちゃいましたね。もう眠りますか?」
「・・・・ちょっと外でスッキリさせてからにします」
「気をつけて下さいね。足下フラついてますよ?」
「平気ですよぉ、このくらい」
ヒラヒラと手を振って食堂を後にしたアメリアを見送ると、シルフィールは再び椅子に座り込んだ。
残ったワインをグラスに注ぎ込むと、赤い液体に魅入る。
もう、そんなに心は波たたない。
切なさは残っているけれども、明日はきっと二人に笑いかける事が出来るだろう。
この恋は、私の中でずっと消えずに残るだろうけれど。
叶わなかった、辛い恋だったけれど。
あの人を愛した事は、これからの私を支えてくれる、誇りに変わるから。
「あれ?シルフィール」
突然かけられた声にビクっと身体を震わす。ゆっくりと振り向くと、驚いた表情のガウリイがいた。腕の中に眠っている少女を宝物のように抱いて。
チクンっと胸が痛い。それでも微笑みを浮かべる事が出来た。
微かに身じろぎしたリナを気づかって慌てて去ろうとするガウリイの背中に告げる言葉。
「ガウリイ様。リナさん、取り戻せて、よかったですね」
祝福に、蕩けそうなほど幸せそうな笑顔を残しガウリイは去っていった。その笑顔に苦笑する。
あんな表情は見た事がなかったから。
完敗、だ。
「・・・・リナさん以外は、認めませんからね」
小さく呟いて、手の中のワインを流し込む。
甘さと同時に苦さが口の中に広がっていく。まるで恋そのものの味のようだ。
その想いを飲み干して、シルフィールは目を閉じた。
◇◇◇◇◇
火照った身体に心地よい風が吹く。
フラフラと歩きながらアメリアはぼんやりと月を眺めていた。
青みがかった白い光。ゼルガディスさんの髪みたい。
後どれくらい、一緒にいられるのだろう。
ゼルガディスの事を考える時、切なくて暖かい気持ちに満たされる。いつも。
たまに見せてくれる暖かい眼差しに、皮肉な口調の裏側に隠された思いやりを感じる度に、どんどん好きな気持ちが溢れてきて。
最初に出会った時は、自分の身体の事を気にして。他人を寄せつけない、誰にも頼らない、孤独こそを安らぎとしていた人だった。
だけど、その厚い心の壁が徐々に崩れていって、お茶目な姿を見せてくれたりもした。
本来のゼルガディスは、きっとそういう人なのだろう。
照れ屋で優しい、強い人。
だからこそ、側にいたい。もっとゼルガディスを知りたいから。
だからこそ、側にいられない。本来の人間である身体に戻る為、気の遠くなるような小さな可能性を求めて旅立つ彼を止める事なんて出来ないから。
「・・・・もう寝ちゃったかな・・・ゼルガディスさん・・・」
ぽつりと唇から溢れた言葉。
無性に会いたくなってくる。限られた時間の中で、少しでも側に居たいから。
フラフラと歩く足が、ふと開けた場所で止まった。
木々の隙間に、小さな広場のようになったそこに、月の光が差し込んでくる。
アメリアは無意識にその広場の中央に歩み寄ると、ゆっくりと膝まづいた。
月を仰ぎ見て青白い光の中、祈りを捧げる。
神に、そして総てを生み出せし母に。
今、ここに生きていられる奇跡を感謝して。
あの時、フィブリゾに無理矢理空間を渡らされリナさん達と合流した後、何が起こったかも解らないうちに身体を襲った激痛。
息さえ出来なくて転げ回った身体を支えてくれたゼルガディスさんの腕の中で、意識を失った。
あの時わたしは・・・・もしかしたら死んでしまっていたのかもしれない。
それが今、こうやって生きている。
リナさんが禁呪を使った、その中での偶然かもしれないけれど、わたしは生きている。
そして、みんなも。
またこうしてゼルガディスの事を想えるのが、本当に奇跡に近い事なのだと、アメリアは知ったから。
だから祈らずにはいられない。
やっと手に入れた平和な時が、少しでも長く続くように。
この命を大切に生きられるように。
そして願う。
別れが少しでも遅くなるように。
ゼルガディスの旅路が平穏であるように。その望みがいつの日か叶いますように。
そして、たとえ別れがきても、またすぐに会えますように・・・・・
無心に祈るうちに酔いは覚め、心が研ぎ澄まされていく。
心が暖かいもので満たされていくのを感じながら、アメリアは祈り続けていた。
◇◇◇◇◇
明るい月が闇を和らげ、静寂と安らぎの時間を包み込んでいる。
信じられないほど穏やかな時間。まるで一日前までの出来事が嘘のようだ。
いや、嘘なのは今、この時なのだろうか。あまりにも絶望的な死闘を終えて今ここに生きてる事が、自分の事ながら何故か信じられない。
・・・・・いや、確かに自分は一度死んでいるのだ。
あの時、フィブリゾに命の玉を砕かれて。
そして、あいつも・・・
腕の中で、あまりにも呆気無く消えていった命。
苦しみにのたうちまわりながらも、大丈夫だと言い続け、そして・・・・
助けてやれなかった無力感と、怒り。失う恐怖。
その時の事は、今も己の魂に刻み込まれている。
だけれど。リナが重破斬を使った結果、俺達は生き返る事が出来た。
あの時はリナを金色の魔王から取り戻す事に気を取られていて、実感が湧かなかったが。
生きて、動いてる。
俺もあいつも。
微かな笑みを口元に浮かべてゼルガディスは足を止め、傍らの木に寄り掛かると、懐から小さな酒ビンを取り出して口に含んだ。
口当たりは良いが強い酒が咽を滑っていくと、身体の中が熱くなる。あの時の恐怖を思い出し、固まりかけてた心が熱さで溶けていく。
ふと、先程の事を思い出して、咽の奥で笑った。
あどけなく無防備にガウリイの腕の中で眠っていたリナと、そのリナを宝物のように大切に、しっかりと抱いて幸せそうだったガウリイ。
ったく、人間離れしてやがる。
世界より自分自身より男を選んだ少女と、総てのものの母から愛しい者を奪い返してきた男。
普段は決して見せないくせに、激情をさらけ出した二人。
諦める、と言う言葉を知らない。いや、必要ないのかもしれない。
だからこそ起きた奇跡。
執念の粘り勝ち、と言ったところか。
大した奴ら、だとしか言えない。ある意味敬服する。
・・・・そこまでの想いを出せる二人が、少し羨ましい。
変わっていく想い。仲間以上の関係にゆっくりと進化していく。
端から見ているには、鈍感なのか奥手なのか、やきもきさせられたものだが、これで少し変わるだろう。
月を眺めながら酒ビンをあおる。
祝福する気持ちと微かな嫉妬が胸に沸き上がった。
――――月と太陽が同時に輝く事が出来ないように、光が闇を際立たせ闇が光を望むように。
求め合いながらも、側にいるわけにはいかない。
いつの間にか己の心の中に居座っている光の少女。あまりに元気でつい忘れそうになるが、彼女はれっきとした大国の王女で、本来なら自分とは最もかけ離れた場所に生きてる存在なのだ。
それが何故か共に旅を続け、死闘をくぐり抜けて・・・・・
自分の感情に素直な少女は真直ぐに想いをぶつけてくる。ときに言葉で。視線で。
硬く冷えきっていた心を最初に砕いたのは、リナとガウリイ。そして暖めてくれたのはアメリアだった。
孤独を好んでいた俺が、いまではかけがえのないものと思っている仲間達。
手放したくないと望む人。
だけれど俺は・・・・
埋没しそうな思考を頭を振って振払う。月明かりのもと、銀色の髪がシャランと微かな音を立てて光を反射させる。
針金と化してしまった髪が。
この異形となってしまった姿を元に戻す為、旅を続けていくのだ。これからも。
僅かな可能性を求めて、どこともしれない場所へ流れていく。
仲間達と過ごして教えられた、決して諦めないという強い意志を貫く為に。
そして、いつかは・・・・・・
ふとゼルガディスは来た道を振り返った。誰かに呼ばれたような、そんな気がして。
しかし辺りに人の気配はない。
探りながら歩いていく足が何かを見つけて、そして硬直した。
あまりの荘厳さに息をするのも忘れ、ただ魅入る。
月の光をその身に纏い、無心に祈るアメリアを。
白く照らし出された横顔は微かに微笑んでいて、普段の姿からは想像できないほど美しく、慈愛に満ちていた。
―――――光の、巫女姫
誰も見た事がなかった、もう一つのアメリアの顔。
知る事が出来て嬉しいような切ないような。
近づく、いや、声をかける事すら許されぬような張り付めた空気が、不意に揺らいだ。
閉じた瞳をゆっくりと開いて。
何かに導かれるかのように顔を向けたアメリアが、ゼルガディスの姿を認めて全開の笑顔になった。
「ゼルガディスさん」
小走りで側に来たアメリアは、いつもの元気なアメリアで、先程の神々しさは欠片もない。
ゼルガディスの心のどこかがほっとした。
触れられる距離。
何気なく伸ばした手がアメリアの髪に触れる。そのままクシャっとかき回した。
柔らかい漆黒のくせっ毛が踊る。
その感触が心地いい。
アメリアもくすぐったさと同時に心地よさを感じていた。
よくリナの頭にガウリイが手を乗せてるが、確かにこの心地よさは何度も味わいたくなる。
何だかほっとする。そして、嬉しくなる。
微かに頬をピンク色に染めて見上げてくるアメリアを抱きしめたくなる衝動に、ゼルガディスは辛うじて耐えていた。
そっと手を離す。
「どうしたんですか?ゼルガディスさん。あたしの顔に何かついてます?」
無邪気に首を傾げてくるアメリアに、滅多に見せない柔らかな笑顔を浮かべた。
当たり前のように、生きてここにいる現実。
あの時の恐怖を忘れる事はないだろうが、今ここに生きて、目の前にいる。
それで充分だ。
「・・・・よかった」
微かな囁きにアメリアは軽く目を見開き、そして微笑み返した。
その一言で総てが伝わる。
ここにお互いが生きている奇跡。それが夢ではないという確信。
どれほど辛い思いをさせてしまったのだろう。チクっと胸に刺さる思いと同時に沸き上がる、自分のことを思ってくれていた事を喜ぶ心。
今はこれで充分。
新たな旅立ちの時が来ても、きっと自分は笑って見送る事が出来るだろう。
どんな事があっても、絶対にこの命を粗末に扱ったりはしないはずだから。
この絆は途切れる事がないはず。
「ゼルガディスさん」
「何だ?」
「呼んでみただけですー」
幸せそうに笑うアメリアに一瞬ドキっとし、微かに赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いたゼルガディスの腕に暖かいものが触れた。
絡めてくる柔らかな腕。ためらいもなく触れてくる。
触れた場所から温もりと想いが行き交わしているような錯覚に、心が震える。
神など信じてはいない。だが・・・感謝しよう。
今ここに生きている事を。
仲間との出合いを。そして。
心から愛しいと思える存在がいるという心の変化を。
・・・・言葉には決して出す事は出来ないから、静かに見守るこの月に祈ろう。
「ゼルガディスさん?」
「何でもない。そろそろ宿に戻るか?冷えてきたしな」
「そうですね」
振り解かれなかった腕が嬉しくて、でも名残惜しげに離した手を、不意にゼルガディスの手が包んだ。
しっかりと手をつないで歩いていく。
ボッと赤くなった顔は、すぐに満面の笑みに変わった。
二人が願った事は同じだったのだろうか。ゆっくりと、遠回りしながら。
・・・・少しでも長く一緒にいられますように・・・
悲しみも切なさも。
喜びも祈りも。
全ての想いを闇は受け止め、柔らかな月の光が包み込んでいく。
疲れきった心を癒すかのように、それは生きているものたちを安らげる。
明日からの生を、謳歌する為に。
だから今は。
静かな、静かな時間が流れていった。
fin
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