スレイヤーズNEXT→TRY 三部作  『ホップ』

エピソード1 夜明け前


  

 


 『ええっ、じゃあリナさん。あの中で何があったのか全然覚えてないんですかっ!?』

 

 

 

 昼間アメリアに聞かれた問いを、もう一度考えてみた。
 でもそこだけポッカリと抜けてる記憶は、あたしの中に戻ってはこない。
 ただ、どうしようもない切なさと、あと何となく幸せな事があった、そんな想いだけが浮かんでくるだけで。

 


 小さく息をつくと、あたしはボスっとベッドに寝転がった。
 ボンヤリと今まで起こった事を振り返ってみる。

 


 ――――サイラーグの街は、大きな湖となって総てが水の中に埋もれていた。
 昔からある遺跡の様に、完全に廃虚と化した街。
 澄んだ水に抱かれ、光を反射している風景は悲しくなるほど綺麗で。
 そりゃ、さっきまであったのは冥王(ヘルマスター)フィブリゾの力で歪まれた魂達の為に造られた幻の、死霊都市、だったわけなんだけれども。
 それでも、こう綺麗さっぱり何にもなくなっちゃったってのは・・・・。
 壊滅したのは たぶん重破斬の余波だろう。
 大元のフィブリゾが滅んだから。それが直接の理由かもしれない、けれど。
 目の前に持ち上げた手をぎゅっと握り締めると、額に押し当てた。


 ――――重破斬の正体はクレアバイブル異界黙示録に触れた時に解ってた。
 それがどんな結果をもたらすのか、あたしは知ってた。
 だけど――――


 世界より何より、たとえ他の誰を見捨てたとしても。
 ただ、ガウリイだけを助けたかった。
 それだけしか、頭になかった。
 ・・・・まともに術の制御に失敗したんだっけ。
 呼び出した力は余りにも巨大で、必死に支えようとしたけれど、どんどん精神力と魔力と生命力を吸い取られて・・・結局支えきれなくて。
 あまりよく覚えていないけれど。
 実際のところ、何故皆が助かったのか、あたしがこうして生きているのか不思議で仕方ないのだ。
 仮死状態でクリスタルの中に封じられて仲間達は、まぁ、フィブリゾが滅んだから復活できたとしても。


 ・・・・あたしの髪、白くなってない・・・


 不完全版の重破斬を使った時でさえ、生態エネルギーの使い過ぎで白くなっていたのに。ましてや今回の完全版重破斬は、今までのが本当に子供騙しだと思うくらい威力の差があった。それなのに。
 多少は疲れてるけれども、あたしの身体はなんともない。魔力も元に戻ってる。
 これは、どうした事なんだろう・・・・

 

 

 


 「・・・まぁ、今さらだし。考えてもわかない事をいつまでも悩んでみたって仕方ないわね」
 パチンっと勢いよく両手で頬を叩いた。
 ジンとした痛みが広がって、萎えかけてた心を引き締める。
 「ガウリイは生きてる。あたしも生きてる。皆も生きてる。世界もなんとか無事だった。だから・・・・だからもう大丈夫・・・!」


 ―――――もう大丈夫。もう終わった事なんだから。


 ・・・大丈夫、大丈夫・・・呪文のように繰り返す。心が身体が納得するまで、何度も何度も。
 小刻みに震える身体を、自分の腕でギュっと抱きしめながら。
 情けない。リナ・インバース共あろう者が。
 だけど一度に色々とあり過ぎて。なかなか実感が持てないでいるのだ。
 まるで夢のように。
 悪夢のような現実の中で見ている、優しすぎる夢のような気がして。


 ・・・ううん、これが夢じゃないってのは解っている。
 ふっと、昼間の感触を思い出した。
 力強くて逞しい、暖かい腕。
 耳の奥に伝わってきた鼓動、広い胸。
 強く抱きしめられていた、あたし、ガウリイに。
 これこそ、何がどうなってあんな状態であんな場所に居たのか解らない。解らないけど。
 ボボボボッッ・・・と身体が熱くなったのが解った。
 思い出すだけで恥ずかしい。恥ずかしい・・・けど。
 すごく、暖かかった。
 我に返る一瞬前に感じた限り無い安心感が、心の中に残滓のように微かに残ってる。
 今までだって、抱きついたり抱きつかれた時はあったけれど。でもそれは、ガウリイつれて呪文で空を飛ぶ時とか、戦闘中にかばった時とか、まぁ戯れてる時とかで。
 あんな風に、抱きしめてもらった事って、ない。
 あたしも、あんな風に、抱きしめた事ってなかったし。
 ガウリイの広すぎる背中に回した手は、本当に広くて、届かないほど広くて。
 男のくせにサラサラでしなやかな長い髪に、手の甲をくすぐられた感触も、何となく覚えてる。
 すっぽりと収まってたあたしの身体。
 とても、とても暖かくて。
 身体中で、ガウリイのこと、感じてた。


 「―――――・・・ガウリイ・・・」
 ガウリイに会いたい。今。
 ガウリイの声を聞きたい。
 すぐ近くの部屋にいるのは解る、けど。
 今、あたしの隣に居てほしい。
 いつもみたいに笑って、あたしの髪を撫でてほしい。 ・・・・もう一度、抱きしめてほしい。

 

 

 


 ―――――――って、あたし何考えてんだろ・・・!
 ボスっボスっボスっボスっボスっボスっ
 思わず枕に何度も頭を打ちつけてたりして。
 うひゃあ〜〜〜。顔が熱い。水かけたら蒸発するかも。
 ああああっっ、もうっ今のなしっ。気の迷いっっ!
 どうしちゃったんだろう。あたし本当に・・・!
 何でこんなに焦ってんのよっ。
 絶対にあたしらしくない。絶対に変だ。
 ・・・・き、きっと。ガウリイが無事だったから、そんでなんかさ。安心したからだよ、うん。
 ガウリイがいなくなった時・・・ポッカリと心に穴が空いたようだったから。
 急に元通りになって、ちょっと安心したから。なんか妙に気になっただけなんだよ、多分。
 そーゆうことにしとこう。
 自分の心を無理矢理納得させて、あたしは大きく深呼吸した。
 まだ胸のドキドキが収まらないけど。

 


 ――――――コンコンッ

 

 


 「ふ、ふぁいっっ!」
 ・・・・・なんつう間の抜けた声を出してるんだ、あたしは。
 いくら突然ノックされたからとはいえ、これはあんまりな対応ではなかろうか。
 しかもあたしの身体は、今ので硬直しちゃったりしてるし。


 「・・・リナさん?まだ起きていらっしゃいますか?」
 躊躇いがちの声に、あたしは我に返った。
 (シルフィール?)
 「起きてるわよ。待ってて、今開けるわ」
 声を返すと同じにあたしはベッドから立ち上がりドアへ向かった。カギを外してドアを開ける。
 そこには、どこか思いつめた顔をしたシルフィールが静かに立っていた。
 「どうしたの、シルフィール。あ、入って」
 招き入れると、シルフィールはあたしの指し示すままに椅子に座り、あたしは向かい合う形でベッドに腰を下ろした。
 何となく、張り詰めた空気が漂っている。
 シルフィールから伝わってくる緊張が、あたしの身体を引き締めた。
 「身体の方はなんともありませんか?」
 「ん、大丈夫よ。特に問題もなさそうだし」
 「そうですか」
 ワンクッション置く会話。
 あたしも何故か緊張してる。
 「こんな時間に突然お邪魔してすみません。でも、リナさんにどうしても聞いておきたい事があったものですから」
 「・・・・なに?」
 「・・・・ガウリイ様を助けに行く途中でも言ったんですけれど、私も今度はお供させていただいてもよろしいですか?」
 「へっ?いいんじゃない、別に。何も改まって聞くような事でもないでしょうが」
 心持ち緊張していたあたしには拍子抜けするような質問に、思わずカクっと肩が落ちた。
 前にも言ったとおり、今さらひとり増えようが変わんないし。
 でも、シルフィールは真剣なままだ。
 「本当によろしいんですか?」
 「いいも何も。あたしに許可を取る必要なんてないじゃん。マルチナだって勝手について来てたんだし」
 「―――――リナさん」
 一呼吸置いて、シルフィールが顔を上げる。あたしを射抜くような、強い視線に思わず圧倒される。
 「リナさんは・・・単刀直入にお聞きします。リナさんはガウリイ様の事、どう思っていますの?」


 ――――――ドキンっ・・・!


 心臓が大きな音をたてた。
 ガウリイの名前を出されて、思わず微かに顔が赤くなってしまっている。
 シルフィールは真剣だ。はぐらかす答えなんて許さないと瞳が訴えている。
 でも。


 「どう・・・ったって。脳スライムの剣術バカクラゲ」
 はっきりきっぱり断言すると、何故かシルフィールは椅子からコケていた。
 「どったの?」
 「そういうのじゃなくってっ!ガウリイ様の事が好きか嫌いかって事を聞いているんですっ」
 「そりゃあ嫌いな奴と一緒に旅なんてしないわよ。それにあいつは一応あたしの『自称保護者』だし。いると何かと便利だし。戦闘以外は役に立たないけどさ」
 あ、頭抱え込んじゃった。
 別に変な事いってるつもりはないんだけど。だって事実だし。
 シルフィールは大きくため息をつくと、改めてあたしと視線を合わせて来た。
 「私がガウリイ様の事を想っている事、知っていますよね」
 「・・・そりゃまぁ、ねぇ」
 あれだけ過激な反応してれば誰だって解るでしょう、普通・・・・あ、解ってない奴もいるか・・・
 「・・・・私、ガウリイ様にこの想いをこれから、告白して来ます。はっきりさせたいんです。
 ―――――でもその後。リナさんは私と一緒にこれからも旅を続ける事が出来ますか?」
 「・・・・・・・」
 突然の事に、あたしは何を言っていいのか解らなくなった。
 シルフィールがガウリイに告白して。そしたらあたしは・・・?
 あたしは、どうするんだろう・・・・
 「答えが解り切っていてもはっきりさせないと、もう私の心も限界なんです。だから・・」
 そこで一息ついて、そして言った。
 「あくまでもリナさんがガウリイ様の事を『保護者』として見てるのであれば、私にガウリイ様を下さい!私にだってガウリイ様が必要なんですっ!」


 ・・・・こんなに激しいシルフィールを見た事がなかった。
 憎悪にも近い感情をあたしに向かって叩きつける。
 あたしは何も言えなかった。
 言いたい事は確かにあるのに、それが言葉にならない。


 ――――――ズキン、ズキン・・・・・
 胸が痛い。


 「・・・・止めなくていいんですか、リナさん。でなければ私、行きます」
 「あたしに、止める権利なんてないわ」
 口からやっとでた言葉は、自分でも驚くほど冷静なものだった。
 「ガウリイはあたしのものじゃないもの。ガウリイの意志で決める事に、あたしにはそれをどうこうする権利は、ない」

 


 ・・・・暫く、沈黙が流れた。

 

 


 これは嘘じゃない。無理をして言っているわけじゃない。だってこれは当然の事だ。なのに―――――何でこんなに切ない気分になるんだろう。
 先に視線を反らせたのは、あたしの方だったかもしれない。


 「――――――解りました・・・おやすみなさい、リナさん。遅くにすみませんでした」
 パタンと扉が閉まっても、あたしは身動きできなかった。
 シルフィールの足音が遠離っていく。その行き先は・・・

 

 

 


 ―――――ズキン、ズキン・・・・
 何でこんなに胸が痛んだろう。


 (・・・リナさんは私と一緒に旅を続ける事が出来ますか?・・・私にだってガウリイ様が必要なんですっ!) 


――――――その言葉に返すセリフがなかった。


 シルフィールがガウリイの事好きなのは知ってた。解ってたつもりだった。
 でも、その想いの深さは知らなかった。
 そして、あたしは動揺している。
 もしも、ガウリイがシルフィールを選んだら、あたしは・・・笑っていられるだろうか。
 一緒に今までどうり、旅を続ける事、出来るだろうか。


 「・・・・だって・・・ガウリイはあたしの・・・『保護者』・・・だし・・・・・」

 

 


 ずっと一緒に居て。もう側にいるのが当然になってて。
 何だかんだ言っても、これだけ息の合う相棒って他にはいなかった。
 脳みそクラゲな大ボケ男だけど、剣は文句なしにいい腕してるし。
 根っからの心配症で、なのにどっちが保護者なんだか解らない。
 人の事子供扱いしたおしといて、だけどちゃんと解ってくれる。
 本当の優しさ、知ってる奴だから。
 ――――今までガウリイの事、ちゃんと男だって意識してなかったのかもしれない。ガウリイの前で、あたしも女だって事、あまり意識してなかったように。
 そういう事以前に、あたしに、合ってたから。
 一人の存在として、あたしにすごく馴染んでた。
 だから、フィブリゾにガウリイが攫われた時。あんなに、辛くて。
 ガウリイが側にいないってのが、あんなにも切なくって。
 ずっとあったものがなくなってしまった、ってだけじゃない。
 ・・・・・あたしはずっと、きっと。自分の心に気付かないフリをしていただけなんだ。
 だって、今もこんなに苦しい。
 自分の隣に、ガウリイがいなくなってしまうかもって思っただけで。
 ガウリイにとっての一番が、シルフィールになってしまうかもって思っただけで。


 こんなに。こんなに、好きなんだ。
 あたし。ガウリイの事。
 本当に。とっくの昔に。ずっと。
 好き、だったんだ。


 「・・・・ガウリイ・・・・」


 ポロっと唇からこぼれでた名前。
 バカみたい、あたし。
 本当に、バカだ。あたし。


 「・・・ガウリイ・・・ガウリイ・・・!」


 クシャっと髪を撫でていく手も、取り合って食べるいつもの食事も。
 どんな戦いの時も、後ろで、時に前で守ってくれるガウリイを。
 空色の瞳の、あの優しくて深い眼差しを。
 失いたくない。
 あたし以外の人のものになんてなって欲しくない。そんなの見たくない。
 考えたくなんて、ないっ!


 ・・・・一緒に行けるわけ、ないじゃないか。
 そんなこと・・・・


 なのに。あたしの身体は動いてくれない。
 今すぐ走れば、まだシルフィールを止める事、出来るはずなのに。
 あたしのプライドが、自分自身が発した言葉に反応して動けない。
 あの言葉は真実だ。あたしがあたしだけのものであるように、ガウリイはガウリイだけのものだから。

 


 ―――――ガウリイにとってあたしは、『被保護者』何だから・・・・

 

 


 胸が苦しい。
 ガウリイが攫われた時のよう。
 だけど、あの時のように涙は出なかった。ただ、苦しさが砂のように胸の中に詰まっていく。
 彼の名前だけが、繰り返し心の中で広がっていく。
 らしくない―――――解ってはいるけれども。
 あたしは長い間、部屋の中に立ち尽くしたままだった。

  

 

 

◇◇◇◇◇

  

 

 

 どのくらいそうしていたのだろう。
 ふと気がつくと、月が窓から見える位置に来ていた。
 柔らかで穏やかな、でもどこか冷たく拒絶しているようにも感じられる青みがった光が部屋の中に薄く差し込んでる。
 切ない気分は、時と共に重くなってた。
 独りでこの部屋にいるのが耐えられなくなって、あたしは身支度を整えると窓から外へ抜け出した。

 

 


 夜気が湿った風を運んでくる。
 サイラーグの街が巨大な湖となってしまったのだからこの風も当然のものだ。別に雨が降りそうな気配はしない。
 どこに行く、というわけでもなく。ただあてどもなくあたしは歩いていた。

 

 


 ガウリイに会いたいけど・・・・会いたくない。
 今は誰とも会いたくない。頼ってしまいそうで。
 自分自身でさえ情けないって思ってるのに、こんなあたしを見せたくない。見られたくない。
 それにしても―――――と、思わず自嘲的な笑みが浮かぶ。
 「・・・・あたしも現金なものよね。いざ助かってみたら・・・恋わずらい、だなんて」


 ―――――恋、っていうんだろうな。やっぱり。


 まさかこのあたしがこんな事になるなんて思わなかったけれど、こんなにも取り乱している心が何よりの証拠、なんだろうな。
 ・・・・・・・・・今頃は、きっと・・・・
 シルフィールと話してるだろうか。
 男だったら誰もが憧れる、理想の女の子だもんね。イイ性格してるけど、清楚でお淑やかで。
 あたしとはまるで正反対。
 ・・・・ヤダな。

 


 ヤダよ、ガウリイ。
 一生あたしの保護者でいるって言ったんだもん。
 あたしの側に居てよ――――――保護者のままでもいいから。
 あんたが側にいないと落ち着かない。
 あたしの、バランスが取れない。
 シルフィールの手なんて取らないで。あたしは、あたしも。
 あたしも、ガウリイが必要なんだから。

  

 


 でも、この思いは決して口に出す事はない。
 言えない。
 だって・・・・恥ずかしいし、柄じゃないし・・・
 あたしはガウリイが必要で。あたしは、好き、なんだけれど。
 ガウリイに気持ちを押し付ける事はしたくないから。
 今のままの関係で続けられれば。きっとそれが一番嬉しい事だと思う。
 そこから、すこしずつ。進化していく事が出来たら。


 ガウリイは・・・・あたしの事、どう思ってんだろ。
 気付いてしまうと、やっぱり切ない。
 あたしはガウリイにとって、被保護者だから。そこから進化する事、出来るかどうかなんて今はまだ解らないけれど。
 それでも、あたしは―――――

 

 

 

 

 


 サワサワっと風が木々を掠めていく。
 乱された髪を軽く直して、あたしは空を見上げた。
 何となく行きたくなった。
 水に埋もれた、サイラーグの街に。
 どうせ、このままここに居ても眠れっこないし。水や炎は、見ていると心が落ち着いてくるから。
 口の中で小さく飛翔界の呪文を唱える。月の光に導かれるように、あたしの足が大地を離れた。


 「リナっ・・・!!」


 えっ・・・!?
 突然の声に注意が一瞬術からそれた。と同時に飛び出して来たガウリイが、ガシイっっ、と宙に浮かぶあたし目掛けてタックルをかけてくる。


 「なっ、うわわわわわわっっっっっーーーー!!!」
 ―――――――――どげしゃっっっ!!
 ・・・・もろに顔面から地面に叩き付けられて、辺りは土煙が濛々と漂っていた。
 ・・・は、鼻が・・・・痛ひよう・・・・
 「リナっ、お前どこに・・・!」
 「くおんの、変態っっ!!」
 どごおおおんんんっっ
 起き上がりざまのあたしのアッパーが、ガウリイの顎にもろに決まった。ふ。吹っ飛んだ拍子に木に頭からぶつかったようだけれど、あたしの鼻の痛さにくらべればどって事ないわよ。
 「お、お前なぁ。いきなり変態はないだろうっ」
 「じゃかましいっ!いきなり抱きついてくるやつが変態じゃなくて何と言う!!」
 鼻をさすりつつジトっとガウリィを睨み付ける。
 でも珍しくそこで反論せずに、カクカクと首を直しながらじっと、ガウリイが見つめてきた。


 ――――――ドキン
 や、ヤダ。胸が痛い。


 「・・・な、何でガウリイがこんなとこにいるのよ」
 ガウリイの視線から逃げるようにプイッと顔を背けてみたけれど、何だか苦しい。


 会いたくて、会いたくなかった。のに。
 何で、こんなところにいるのよ。
 だって、今頃は・・・・


 「―――――お前はどこに行くつもりだったんだ?」
 静かにガウリイが訊ねてくる。
 「こんな夜中に、一人で、どこに行くつもりだっんだよ」
 ・・・・あ、なんか怒ってる・・・・?
 「べ、別に。ただ眠れなかったから、ちょっとそこらの盗賊でもイジメてこようかなー、なんて・・・」
 視線の鋭さに、思わず語尾がゴニョゴニョしちゃうし。
 「ウソだな」
 ・・・・・何でこういう事ばっか鋭いのかな、こいつは。
 それ以外ガウリイは何にも言わない。ただ気まずい空気があたし達を包み込んでいく。
 さくっと枯れ草を踏む音。でも、振り向く事が出来ない。
 いろんな感情がグルグルと頭の中を駆け巡ってて、今ガウリイの顔を見たら、自分が何をするのか解らない。口を開いたら、何を言い出すか解らない。
 近づいてくる。でも身体が動かない。動けない。


 ・・・・ヤダ・・なんで・・・?
 ガウリィが、怖いの・・・?


 ーーーービクンっっ!!


 緊張しきっていた身体に走る衝撃。
 後ろから、あたしは強く抱きしめられていた。
 ガウリイが触れている場所から、瞬く間に全身に熱が広がる。ボンっと爆発しそうな勢いで、顔が真っ赤になるのを感じた。
 「―――――ちょっっっ・・・・ガウリイっっ!!」
 ジタバタともがいてガウリイの腕から逃れようとしたけれど、がっちりと捕まえられてしまっていて抜け出せない。
 「離してよっっ!」
 「―――――また、お前がどこか行っちまうのかと思っただろ・・・っっ」
 絞り出すような掠れた言葉に、あたしはハッとして動きを止めた。
 ガウリイがいっそう強くあたしを抱きしめる。息苦しいくらい、潰れそうなくらい強く。
 痛いほど。だけどあたしを求めている腕。ガウリイ。


 ・・・・なんなのよ・・・
 ・・・・どっか行っちゃいそうなのは、どっか行っちゃってたのはあんたの方じゃない・・・・


 苦しいよ。
 締め付けられる身体と心。
 腕の強さと比例して、息苦しいほど。心臓わしづかみされてる、痛くて、苦しくてたまらない。
 「・・・あんまり心配、させんなよ・・・」
 心配・・・?心配って、何でよ。
 ・・・・なんなのよっ、バカクラゲっっ!

 


 「保護者なら保護者らしく、ちゃんとあたしの側に居なさいよっっ!」
 ―――――もう、押さえなんてきかない。


 「あんなにあっさり捕まって、操られて・・・っ!あたしがどんなに・・っっ!!」


 絶対にこんな事言わないつもりだったのに。
 解ってる。あれはガウリイのせいなんかじゃない。あたしのせいだ。
 解ってるけど、ちゃんと解っているんだけど。
 ポロポロっと、止める間もなく溢れてきた涙がガウリイの腕に零れ落ちた。
 絶対に見せたくなかった姿。だけどもう止まらない。今さらながら身体が震えだして、止まらない。

 


 「――――――・・・すごく、怖かったんだから・・・!」

 

 


 止められない、涙。
 何でこんなに泣けてくるのか解らない。
 ガウリイが息を飲んだのが伝わってくる。でも、ここからじゃ髪で顔を見られる事もない。から。
 存在を確かめるかのように、あたしはガウリイの腕にしがみついていた。
 「・・・・リナ」
 「バカっ!バカバカっ!ガウリイのバカ!!」
 「リナ」
 ふわっと大きな手が頭を撫でていく。優しく、いたわるように何度も。
 あたしの背中からガウリイの鼓動が直に伝わってくる。温もりがあたしの身体を包み込んでいる。

 

  

 


 ――――――ガウリイが生きてる。


 今やっと、生きてる確認が出来たみたいだ。
 冥王フィブリゾからガウリイを助け出す。
 そんなゼロに限り無く近い賭けに、あたし達はなんとか勝って。生き残った。
 生きてる。
 あたしも、ガウリイも。


 ―――――あったかい・・・・


 少しずつ落ち着いてくる。顔は、相変わらず赤いままだけれど。涙はまだ流れてくるけれど。
 髪にかかる吐息。抱きしめている腕の強さも。
 少しずつ身体と心が実感していく。
 記憶の空白も、あの時の恐怖も、ガウリイがいなかった絶望も。
 ゆっくりと、でも確実に。この温もりがあたしの心を癒してくれる。


 ・・・・・あたしって、こんなに脆かったんだ。
 自分で弱さを自覚して、苦笑しながら受け入れる。


 ずっと一人でかっ飛ばしてきたつもりだった。
 それは、一人旅を続けていた時から。
 ガウリイと出会っても、あたしは走り続けてた。
 ゼルやアメリア、たくさんの仲間に出会って、行動を共にして。死線をくぐり抜けてきた時だって、あたしは振り返らずに突っ走っていた。
 でも。いつだってガウリイは。
 すぐ後ろで、ときに隣で。真正面で。
 あたしにつき合ってくれてたから。
 独りじゃないって気が付いた時、あたしは弱くなった。
 同時に強くもなったから。
 ・・・・・もう、無くせないものになっちゃったんだ。あたしにとって、ガウリイは。
 ガウリイがどう思ってようが、あたしの気持ちは変わらない。もう解ったから。
 保護者でかまわない。だから、ずっと側にいてよ。
 ・・・・ううん。あたしが離れない。
 ガウリイの側から、離れない。
 ガウリイが誰を選んだとしても、他の誰がガウリイを必要としてても。
 あたしは。あたしが必要だから。


 ・・・・言葉ではまだ、伝えられないけれど。

 

 

  


 「落ち着いたか?」
 ポンポンと軽く頭を叩く大きな手に、あたしはコクンとうなづいた。まだ目尻に残っていた涙を乱暴に拭うと、大きく息をついた。


 ――――こんなに泣いたのって何年ぶりだろう。しかも人前で・・・まぁ顔は見られてないけれど。今さらながら恥ずかしくなってきた。
 いつの間にか座り込んじゃってるし・・・・って、これってガウリイにだっこされてる状態では・・・・・
 うっひゃああああああああっっ!!
 せっかく落ち着いてきた心臓が、またもやバクバク言い出した。
 だけど、なんか振り払えない。
 だって、ガウリイ・・・あったかいし。
 「リナ」
 「な、なに?」
 ・・・・うーにゅ・・どもっちった。ああ、もうっ。なんかめちゃくちゃあたしらしくないってば。
 見えないけれど、頭の上でガウリイが笑った気がする。
 「―――――ゴメンな、リナ」
 「・・・・謝んないでよ。バカ」
 うって変わって神妙な声に、あたしは、あたしを抱いてる腕を小突いた。
 「それよりあんた、身体は大丈夫なわけ?」
 「俺はなんともないさ。リナは大丈夫だったのか?」
 「全然平気よ。調子良いぐらい」
 「そっか」
 安堵のため息が髪にかかる。何だかくすぐったい感じがする。
 「なぁ、リナ」
 「ん、何。ガウリイ」
 「これからも俺はお前にとことんつき合ってやるつもりでいるんだから、もう一人で行こうとしないでくれ」


 ――――――え・・・


 ドキンっと激しく胸が鳴る。その声が、穏やかだけれど余りにも真剣だったから。
 ぎこちなく振り返ると、青い瞳に捕らえられた。
 青い宝石に写ってる、真っ赤な顔をしたあたし。
 ヒョイっとガウリイの逞しい腕が軽々とあたしの身体を持ち上げるとくるりと回転させて、再びひざの上に乗せた。
 今度は向かい合う形に。
 ガウリイの両手があたしの顔を包んで、しっかりと視線を合わせてくる。触れられた瞬間思わずビクっと身体が強ばった。
 一度深く呼吸して。ガウリイが告げた。


 「言っただろ。お前がいるのは俺の側だって。いつだって、どんな時でも。俺はお前の側にいる。その事だけは忘れるな」


 ―――――――――え、え・・・・・・
 かあああぁぁぁぁぁ!!!
 みるみる体温が上昇していく。今だったら額でお湯が沸せるかも・・・って、そうじゃなくってっっ!
 ちょっと待って。それって、つまり、えっと・・・!?


 「そそ、そんな事今初めて聞いたわよ。一体いつ言ったっての」
 「そうだっけ?・・・ああ、お前さん、金色に光ってたもんなぁ。聞こえてなかったのか」
 動揺しまくるあたしに平然としてるガウリイ。
 いつものおとぼけ顔に戻ってるけれど、瞳はとても穏やかで、でも熱い。
 「だって、あれはあたしじゃ・・・・!!」
 ない、と続けようとして。硬直した。
 バンダナ越しに伝わってきた、押し当てられた唇の感触に。
 「ここにいるのはリナ、だろ?今ちゃんと聞いたよな」


 ・・・・・どうしちゃったの、ガウリイ。
 な、なんかまともに見れないよ。
 顔を合わせてるのが恥ずかしい。くらくらする、あたし。
 こてん、と。あたしは頭をガウリイの胸に預けた。これなら顔見られないし。
 「・・・それじゃ、盗賊イジメも一緒に行ってくれるわけ?」
 「・・・あのなぁ・・・そおいうんじゃなくてだな」
 ポコンっと小突かれる。そのままクシャっと髪をかき混ぜてく大きな手。
 「わかったか?」
 ―――――――コクン
 一つうなづいて、あたしは大きく息をついた。

 

 


 暖かい。心も、身体も。
 自惚れるよ?ガウリイ。
 あんたもあたしを必要としてくれてるんだって。離れる気はないんだって、思っちゃうよ?
 一緒にいる事が当然だって。
 微笑みが浮かぶ。安らいで満ち足りた表情であたしは目を閉じた。
 覚悟しててよね、ガウリイ。
 一生保護者でいるって言ったのはあんたなんだから。
 そして今、約束してくれた。
 ずっと側にいてくれるって。
 ・・・・あたしも、いつかガウリイに言えるかな。
 まだ今は言葉に出す事は出来ないけれど。
 いつか、伝えられればいい、な。

 

 

 


 耳に直接伝わってくるガウリイの鼓動。規則正しいリズムを聞いているうちになんだか眠くなってきた。
 暖かくて。あんまり気持ちがよくて。
 「・・・・リナ?」
 ポンポンと軽く頭を叩いて、そして苦笑したのが解った。でも、もういいや。
 「おやすみ、リナ」
 優しい声に、あたしは意識を手放した。
 きっと今夜は悪夢は見ない。
 ガウリイの腕の中で、満たされて。
 久しぶりの安眠を確信しながら、あたしは深く眠りの淵へ落ちていった。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 勢いよくカーテンを開いて窓をあける。少し冷たい、でも清清しい風が部屋に広がって、あたしは大きく深呼吸した。
 うん。今日もいい天気。
 旅するには絶好の日だ。
 あたしの胸は、今日の天気のようにとても晴れやかだった。
 昨晩の事が嘘のように落ち着いてる。
 何となく照れくささは残っているけれども。
 あたしは元気だ。

 


 「さぁて、と」


 思いきり伸びをして、身支度を整えると部屋を出た。
 階下から活気のいいざわめきが聞こえてくる。朝食の食欲中枢を刺激するいい匂い。つられて思わずお腹が鳴った。

 


 「リナさーん」
 相変わらず朝から元気なアメリア。そんなにブンブン手を振り回さなくたって解るってば。
 お茶を飲みながら軽く手を上げてくるゼル。新聞読む姿が妙に様になってる。
 「おはようございます」
 微笑んで挨拶してくれる、シルフィール。ほんの少し目が赤いのは気のせいなんかじゃないだろう。チクっと胸が痛い。
 だけどあたしはあたし。
 あたしも譲れないってはっきり解ったから、ちゃんと瞳を合わせる事ができる。
 そして―――――
 「おはよう、リナ」
 晴れ渡った今日の空のような青い瞳。朝日のような爽やかで眩しい笑顔。
 ガウリイ。
 つられてあたしの顔にも広がっていく笑み。
 見渡して、あたしは元気よく告げた。


 「おはようっ。みんなっっ」

 

 

 

                    Fin
                 


 

 

 

♪・・・・ガウリナにはまった直後のドリーム全開な勢いって、何でこんなに恥ずかしいんでしょう。ちょっとアップした事を後悔・・・・(汗)

♪そんなわけで、『その日の夜』、です。
記憶がないってのは後からじわじわ怖くなってくると思うんですよね。
リナは泣かせる予定は全く欠片もなかったのに、気付いたら泣いてたし・・・・
冷静な状態じゃないにしても、ガウリイに対してだけ思わず本音をぶちまけてしまうリナって可愛いと思いません?(笑)

たしか、『古城』ってタイトルのイラストを見て狂喜乱舞し、テンション上がりきったままその情景だけで書いたような記憶も微かにあったりします。
だって、後ろ抱きだよ!!後ろ抱き!!