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――――――・・・・・・・・・
辺りは金色に満たされていた。
どこまでも曖昧な意識の中、目を凝らしても視界を埋めるのは、無数の金色の波。
ここはどこだろう・・・・
あたし、何をしてたんだっけ・・・・
(―――――・・・そうだ・・・ガウリイ・・・)
唐突に思い出した。
曖昧だった意識に、凄まじい勢いでそれまでの記憶が流れ込んでくる。
あたしは。
重破斬の完全版を唱えて・・・でも術の力を暴走させないようにするのが精一杯で・・・
フィブリゾが何か仕掛けてきて・・・闇が広がって・・・・
そうか。
くすりっと笑みがこぼれた。
これまた唐突に理解した。
ここがどこで、何故あたしがこんなところにいるのかも。
身体中に広がって行く安堵感。いや、この表現は正しくないかもしれない。
なんてったって、今、あたしには肉体がないのだから。
ここは混沌の海。
すなわち、金色の魔王(ロード・オブ・ナイトメア)の内なる姿。
総てを生み出し、そして還って行く母なる海に、あたしの魂は漂っているんだ。
異界黙示録に触れた時に理解した、重破斬の正体。あれは金色の魔王そのものを現すものだった。
総てを解っていて、それがどんなにとんでもない事なのか解っていて。
それでも無くせない存在だったから。
世界より、あたし自身より。
だから、あたしは重破斬を唱えた。
・・・・あたしがここにいるという事は、あの存在を無事に召還する事が出来た、という事だろう。
あたしの願いを、あたしと引き換えにきっと・・・
きっと、ガウリイは無事だから。
生きててくれるなら、それでいい。
ついでに皆も無事なら、何も言う事ない。
誰かの為に自分を犠牲にするような奴は嫌いだった。「君の為なら死ねる」なんて馬鹿馬鹿しいほどの、ただの自己満足なナルシスト。
残された者のことを考えれば、それがどんなに愚かで残酷な行為なのか解りそうなものなのに。
―――――だけど、あたしはもうそんなこと言える資格はない。
あたしのとった行動は、きっと正しいものではないだろう。これは、あたしの最大の我が儘なのだから。
世界より、自分より、仲間より、何よりも最優先で。
ガウリイの命だけは何があっても譲れないものだったから。
あたしは何も悔やんだりしていない。
無限に近い色を宿しながら、総てを金色に染めあげている海。
漂っているのがとても心地よくて、まるでクラゲにでもなった気分だ。
ガウリイがやたらクラゲのこと気に入っていたのか解るような気がする。
この海と同化していく。
広がる髪も、指先も。そしてあたしをかたどっているこの想いも。
あたしという存在を融かして、またこの無限の可能性の一つとなっていく。
そして、いつかここからまた生まれでる為に。
・・・・とても満ち足りた、暖かい気分に包まれてる。
そっか・・・魔族達が望むのも、こういう事なのかもしれない。還っていく幸せ。
そりゃ、あたしは。できるならあのまま生きていたかったけれど。
あいつと一緒に生きたかったけれど。
それでも、今それ以上のことを望むのは贅沢ってもんだ。
ゆらゆらと記憶が再び曖昧になっていく。
幸せな気持ちを抱いて還っていこうとしたその時、どこかで呼ばれたような気がした・・・・
◇◇◇◇◇
「・・・・・面白いな。お前たちは・・・」
口の端に微かな笑みをたたえて、呟く。
己の総てと引き換えに男の命を望んだ女と。
己の身を顧みず女の存在を取り戻そうとしてる男。
一途で愚かな、それでも強く激しい想い。
この私を思わず振り返らす、たぐい稀な者たちだ。
男はきっと気付いてはいないのだろう。肉体がすでに消滅し、思念のみの存在になってる事を。そんなことは、この男には関係ないのだろう。
決して諦められない存在を取り戻す、それしか考えていないのだから。
心地良い、波動。
この平安で怠惰な空間を震わす者の訪れは、一体どれくらいぶりのことだろう。
「・・・男がこれなら、お前もお前だな・・・」
今まさに混沌に還っていこうとしている、私を呼び出した少女の魂に苦笑する。
これほどのことをやらかしておきながら、今この時も想うのはこの男の事のみ。
満足げに幸せに微笑みながら。
互いに惹かれ、求めあう魂。
けれど、肉体に縛られている時には決して面に出ない素直な想い。
「・・・・・どうしたものかな・・・」
気紛れに悪戯を仕掛ける、慈愛に満ちた母の顔。
神と魔の間で揺れる、感情豊で一瞬の生を輝かせる、人間たち。
永遠に続くゲームのコマ。
無力でありながら、時々思い掛けない力を発揮して世界を揺るがせる、切り札にもなる存在。
このような、激しい思いゆえに。
「・・・・・まぁ、いいだろう・・・」
呟き、混沌と同化する。
導き、形を与え、そして・・・
◇◇◇◇◇
誰かに呼ばれた気がする。
・・・ガウリイ・・・・?
目を開くと、鮮やかな青い瞳が飛び込んできた。
久しぶりに見る、懐かしい瞳。
・・・・なんでここにいるの・・・?
びっくりして思わず見開いた目。だけど、解る。
ガウリイだ。
無事だったんだ。ちゃんと助かったんだ。
ほっとしたような嬉し気な眼差し。つられてあたしも笑顔が溢れる。
「・・・・・ガウリイ・・・・」
「・・・・・リナ・・・・」
呟かれる、名前。
手をのばして。それは自然だった。
抱きしめる、抱きしめられるお互いの身体。温もりが欲しくて、ただとても愛しくて。
広い胸。力強い太い腕。頬を擦り寄せてみる。
それだけじゃ、足りなくて。
交わる視線。かかる吐息。
唇を重ねた。
言葉よりも確かなもの。
直に伝わってくる想い。伝える想い。
―――――満たされてる。
一瞬のような、永遠のような。
こんなにも広がる安堵感。とめどもなく溢れ出す幸せな気持ち。
照れも恥じらいもない。繰り返すキスに喜びを感じるあたしがいる。ずっと求めていた答えを与えてもらった喜びに満たされて。
金色の波にたゆたいながら、ガウリイと一緒になっていく。
太い首に腕を巻き付け、離れないようにしがみつく。
今ここにガウリイがいる。
それがあたしの総てを包んでいた。
◇◇◇◇◇
「――――リナさんっっ!」
「ガウリイさんっっ!」
突然の呼び掛けにハッと意識がはっきりする。
・・・・あたし、どうしてたんだっけ?
明るい日射し。涼やかな風が微かに髪を揺らして流れていく。たくさんの水の匂い。
ここは、どこ?
あの冥王宮の暗い地下ではない。それは解るけれど・・・いつ地上に出てきたんだっけ?ううん、それより。
身体が暖かい。しっかりと誰かに抱きとめられてる。強く。
――――――――って。え?
「えっ?」
「あ、あれ?」
顔を上げると、ガウリイの困惑した顔が目に入った。
長い金髪が太陽の光を受けて、眩しい。
「ガ、ガウリイ?」
――――――さっきまで、確かにクリスタルの中に封じられてて、そして・・・・・?
そう言えばフィブリゾは?あたし、何で無事なの?
それより何より、何でここにガウリイがいるの?
「リ、リナ?お前、いつの間に・・・?」
不思議そうにあたしを覗き込んでる瞳。あたしの好きな、よく晴れた日の空の色。
何も考えてないような脳天気クラゲの、でも意志の強い、ガウリイの瞳。
こんなに近くでガウリイの目を見たのは、何日ぶりだろう。
声を聞くのだって。
・・・・・これって、夢なのかな?
無事でいて欲しいって願うあまりにあたしが見てる、夢なのかな。だからこそ、ここにガウリイがいるんじゃない?
・・・あ、でも。
感じがする。ガウリイの、気配。
あたしの身体が感じてる。何よりも近しいものの、馴染んだ波動を。
じゃあ、やっぱり本物?あたしの夢じゃなくって?
あたしを包むこの温もりは現実のもの。
このガウリイは幻なんかじゃない。本当に、本物のガウリイ。
あたしを抱きしめてる・・・・・抱き・・・・え・・・・・・?
パチン、とあたしの思考回路が正常化した。
顔がみるみる赤くなってくのが解る。あまりの事に身体がワナワナと震え出した。
「ん、なっ・・・・なっ・・・・・!!」
あたしの態度にガウリイもやっと今の状況が分かったのか、ガバっとあたしから手を離し。
「んあああっっ?!なんでっ、俺は一体っ?!」
いきなり混乱し出す。――――ほほう。いい度胸だ。
ごごごごごごごごごごーーーーーーーっっっ!!
怒りゲージが急上昇。全身全霊の力を拳に込めて。
「あ、あんたねぇ・・・・人の記憶がないのをいい事に、何しようとしてたのよーーーっっ!!!」
どごぉぉぉぉぉんんんっっっ!!!
快心の一撃がクリティカルヒット!
大きな弧を描いてガウリイの身体は派手な水柱を立てて湖に落ちていった。
「んなっ、何するんだっお前はーーーっっ」
「乙女の身体に勝手に触れておいてっ何するも何もないでしょーがっっ」
「おっ、乙女って誰の事だよっ」
バシャバシャバシャバシャバシャ・・・・・
「うるさーいっっ。返せーーっっ」
「返せって、何をだよっ」
「わかんないけど、返せったら返せーーっっ」
パニックを起こした頭で、あたしはひたすら暴れていた。
何がなんだか分からない状態で、多分怒りより照れが大きくて。
だけど、暴れるうちに実感していく。
この、いつも通りの掛け合いが、現実だという事を。
日の光。水の匂い。そよぐ風。
馴染んだ気配。生きている。
ガウリイが。そしてあたしも。
―――――クスクスクスクスクス・・・
(――――え・・何?)
耳というより心に直接聞こえてきた微かな笑い声に、ハッと辺りを見渡した。
楽しげな面白がる響き、聞き覚えのない声なのに胸の奥がキュンとなる。
・・・・誰?
「リナさーんっ」
突然大声で呼び掛けられて、虚ろに飛んでいた心が引き戻される。その声があたしの心臓に突き刺さった。
あの痛みと絶望が戻ってきたようで、恐る恐る声の方を振り返る。
「リナさんってばー」
「・・・・・ア、アメリア・・・・・?」
信じられない思いに声が掠れる。
ブンブン手を振り回して笑顔全開のアメリア。
肩を竦めて、やれやれといった顔をしながら、それでも笑っているゼルガディス。
両手を組んで微笑んでいるシルフィール。
・・・・・生きてる?本当に?
あたしの目の前でフィブリゾに命を奪われ、クリスタルの中に封じられていた仲間達。
誰一人として助けられなかった・・・・それが。
―――――重破斬を唱えた後、どうなったのか正直言って解らないし、今ここで気づくまでの間の記憶がまるっきりない。
だから、実感なんてないんだけれど。
フィブリゾを、倒せたんだ。
みんなは、生きているんだ・・・!!
幻なんかじゃない。
いつの間にか岸に辿り着いたガウリイが、ゼルに引き上げてもらっている。ずぶ濡れになりながらもあたしを見上げてくる顔は、とても、泣きたくなるほど暖かくて。
「リナさーん。聞こえないんですかぁ」
「いつまでもそんなところにいないで降りてこい」
「リナさん」
「リナ」
あたしを呼ぶ声に、目蓋の奥がジンと熱くなってくる。だけど。
「今行くわよっ。ったく、さんっざん人に心配かけといてっ!」
口をついて出たのはいつもの憎まれ口。でも顔中に広がる笑みは隠せない。
あたしは両手を広げてみんなの待つ場所へ飛び下りていった。
あたしのいるべき場所へ。
「・・・全てのものの母は、随分と気紛れな御方らしい」
どこからともなく現れたゼロスの言葉が、風に溶けていく。
日の光に、澄んだ水に。
それは形を変えて笑みを伝える。
二度と手の届かない場所から。金色の魔王の満足げな笑みを。
仲間達にもみくちゃにされているリナの声が、水没したサイラーグに響いていく。
新たな旅立ちを祝福するかのように、晴れ渡った青空はどこまでも高く広がっていた。
Fin
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