スレイヤーズNEXT→TRY 三部作おまけ編  『フライ』

痛みの代償

 


  

 2人でいつものように賑やかな朝食を食べ終えて。
 特に何も予定を立てていなかったし、外は冬らしく雪が降っていたから出かける予定もない。

 

 「んじゃ、あたしもうちょっと寝てくるわ」
 「へ?・・・大丈夫か?」

 食後の香茶を飲みながら極力サラッと言ったつもりのあたしに、ガウリイは眉を寄せ心底心配そうにあたしを覗き込んでくる。
 途端に赤くなる顔。
 身体に残る鈍痛から沸き上がる記憶に暴れ出したい程の恥ずかしさを感じながらも、何とか抑えてそそくさと立ち上がった。
 「大丈夫だってば、ちょっと疲れてるだけだし。こればっかりはしょうがないでしょ」
 小さな声を返しながら返事を待たないで階段に向かう。
 朝食を取っているのはあたしたちだけじゃない。
 そこそこ賑やかな街だけあって、この冬の普通なら出歩きたくなくなる期間でも旅人の姿は結構多いのだ。
 微妙な会話をするのだって初めてで恥ずかしいのに、他人に聞かれたりしたらダッシュで外に逃げるしかない。
 すかさずあたしの後をついてきたガウリイに、ピッと指を突き付けて制止させると、にっこりと笑った。
 「ただ寝るだけだから、あんたは自分の部屋でおとなしくしててよね」
 有無を言わさぬ迫力に、拗ねた顔をしながらガウリイはこっくり頷いた。
 その表情が何とも情けなくて可愛い。
 ガウリイを可愛いと思うことって今まであんまりなかったはずなのに。
 クスクス笑って部屋に滑り込もうとしたあたしに、ガウリイは小さく息をついてからいつものようにくしゃっと髪を一回かき混ぜて、素早く頭の上にキスを落としていった。
 「おやすみ、リナ」
 「お、おやすみっ」
 囁かれた低い声とキスの感触に、途端に夕べの記憶が生々しく蘇ってきてしまい、再びボンッと沸騰する勢いで赤くなった顔を見られないように慌ててドアを閉めた。
 ズクンっと、鈍く痛む場所が、あれが紛れもない現実だったのだと主張する。
 恥ずかしくて気付かれないようにしていたつもりだけど、実は結構けだるい。
でも、本当にこればっかりはしょうがないのだ。

  

 

 

 

 ガウリイが心配している理由はわかり過ぎるくらいわかってる。
 夕べ。
 あたしたちは、2人で『ジャンプ』した。
 言葉だけじゃ、キスだけじゃもう足りない程、すごくすごくガウリイが大切で大好きだと、 今生きている内に、今あたしのすぐ近くにいる内に、どうしても伝えたかったから。
 初めて、本能に従って。感情を全部曝け出して。
 身体も想いも1つになったのだ。

 

 

 

 

 ベッドの脇の床に重なりあうようにして落ちていたクシャクシャになったパジャマは、今朝着替える時に拾って椅子の背にかけておいた。
 着替えようかどうか手に取ってからしばらく悩んでふとベッドに目を向けると、視界に写った皺だらけのシーツ。
 一目でわかる、寝乱れた跡。
 「・・・・・・取りあえず着替えよう。うん」
 皺を伸ばしながら広げたパジャマに着替えようとして、ふと目に写った二の腕の内側の紅い痕。
 今朝はあんまり意識していなかったのに、今になって全身につけられた情交の証がすごく熱く感じる。
 だって・・・そこは全てガウリイの唇が触れた場所って事で・・・・
 ―――――・・・・・どーしよう。
 別にただ寝るだけだし、ガウリイは閉め出したし、ここにはあたし1人だけなのに。今さら、何かすごく恥ずかしくなってきた。
 だけど今から宿の人呼んでシーツとパジャマを替えてもらうなんて、んなくそ恥ずかしい事出来ないし、ガウリイの部屋と取り替えるってのも・・・・・・・いや、こっちをガウリイが使うって方のが耐えられないかも・・・・・
 妙に緊張しながらベッド潜り込み毛布をかぶると、ふわっとガウリイの匂いが鼻孔をくすぐった。
 「〜〜〜〜〜〜〜っ」
 ベッドの上で毛布をぐるぐる身体に巻き付けて、恥ずかしさにじたばたしてるあたし。
 ズクンズクンと、主張する鈍痛が否応無しに夕べの記憶を思い出させていく・・・・

  

 

 

 2人で手を繋いで飛んだ先にあったのは、言葉に現す事など不可能な程の、愛おしさと燃え尽きない熱。
 植え付けられた火種はこれからもずっと消える事なくあたしを暖めてくれるだろう。
 未知なる世界へ飛び込む事の不安は、恥ずかしさだけで怖さなどはあまり感じなかった。
 多分ガウリイが、ほんの少し浮かんだ不安や恐怖を、その場その場で強く抱きしめたりキスしたりしてあたしから取り除いてから進めてくれたからだと思う。
 それに、怖かったのはもしかしたらガウリイの方だったのかもしれない。
 ガウリイがあんなにも大きかったなんて初めて知った。
 あたしがあんなにも小さかったなんて全然知らなかった。
 ガウリイが『保護者』としていつもあたしを子供扱いしていたわけが、この体格差にも原因があったんじゃないかって思ったくらい、あたしの身体はガウリイの身体に比べて本当に小さかったのだ。
 ずっと繋いでいてくれた手も、すがるあたしの強さと同じくらい強く握っていてくれてたけれど、それでも握り潰してしまわないように。
 大きな身体があたしの小さな身体を抱き潰してしまわないように、そっと壊れ物を扱うかのように優しくしてくれていたのは、曖昧な意識の中でも感じてたから。
 それでもあたしは小さすぎて、ガウリイに比べたら基本的な体力がまるで違うから、あれだけの睡眠じゃ体力が回復しなかったのだ。
 「気にしてなきゃいいけど・・・・無理かもなぁ」
 部屋の前で閉め出した時の情けない顔を思い出して、思わず苦笑した。
 ガウリイのせいじゃない。
 あたしのせいでもない。
 男と女の基本的な違い。ただそれだけ。
 まぁ・・・・初めてで緊張してた分、余計な体力使い過ぎてたってのもあると思う。
 そー言えば、ラスカで、イリサイトを人の手に渡したくないから砕いて欲しいっていうの最後の望みを叶える為に、も使ったんだっけ。発動させた時間は短かったし、あの後はリオルの背中に乗ってただけだから体力回復してたと思ったんだけど、まだ充分じゃなかったのかもしれない。
 痛いのだって、仕方ない。
 だって、初めてだし。ここまで痛いとはさすがに思わなかったけど。
 でも、それはちゃんとわかってて、それでもあたしが望んだ事でもあるし、どっちみち避けられない事でもあるし・・・・
 ズクンズクンと痛みが主張する。
 その痛みには恥ずかしさが伴うけれど、嬉しさが沸き上がってくるのも事実だ。
 ガウリイにだからあげられた。
 ガウリイにだから全部預けられた。
 身体も心も命も、全部安心し切って委ねられる相手に出会えたって事は、この世に生まれてくるのと同じくらいすごい確率の奇跡のようなものなのかもしれない。
 ガウリイに植え付けられた火種が、あたしの心を暖かく包んでいく。
 恥ずかしさと快楽の記憶より、もっと深い想いが心と身体に染み付いてる。
 ふわっと身じろぐ度に立ち上るガウリイの匂いは、ドキドキさせながらも、あたしをどこかものすごく安心させた。
 今朝までと同じように。
 今、ガウリイの気配に優しく抱かれている。
 あたしたちの関係が『保護者』と『被保護者』から世間一般で言う『恋人』というものに変化した後も、今までのキャラが変わるわけじゃないから、照れくさかったりしてあんまり抱きしめられたりってのはそんなにないんだけれど。
 それでも、キスの回数と同じように、ガウリイの腕の中の特別な空間に少しずつ慣れていった。
 そこはあたしが一番安心出来る、絶対領域。
 今あたしの身体を包むのは毛布だけで、ガウリイはここにいないけれど。目を閉じればすぐそこで息遣いを感じられそうな、そんな錯角すら覚えてしまう。
 ふわりとあたしを包み込まれて、いつだって守られていると感じられる。
 さっきまではどうしようもなく恥ずかしいだけだったのに、今はどこかくすぐったくて嬉しい。
 毛布の暖かさに次第に睡魔が降りてくる。
 身体が訴えてくる体力回復への睡眠への欲求に、あたしは素直に従っていた――――

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 「・・・・・まいったなぁ・・・・」
 リナが真っ赤な顔で慌てて部屋に飛び込んだ後、オレはリナが消えたドアを見つめて深々と溜息をついた。
 ふとした拍子に、今朝から何度も顔を赤く染めていたリナ。
原因はわかり過ぎる程わかっていて、だからこそそんな照れた表情が無性に可愛く見えていた。
 それでも。いつものように軽口を叩きながら賑やかに朝食をとったし、密かに危惧していたぎこちなさはほとんど感じられなくて、実はこっそり安心していたのだ。
 だから、情けない事にリナの体力が戻ってない事に気付いてやれなかった。
 「そんなに無茶したつもりはないんだが・・・・」
 ガシガシと頭を掻きむしり再び小さく溜息をつくと、自分の部屋に戻り、夕べは使われる事のなかったベッドにドサッと倒れこむ。
 使われていない、冷たくさらさらなシーツの感触が少しだけ寂しい。
 温もりの欠片も残っていないベッドに1人。
 けれど、ベッドに倒れこんだ拍子にふわっと微かな香りが広がった。
 自分のものではない、甘い、リナの匂い。
 そして、チクっと、引き攣るような痛みを僅かに両肩の下あたりに感じた。
 リナがオレに縋り付いてつけた、引っ掻いてついた傷の痛み。
 「〜〜〜〜〜まいった」
 髪についていたのかもしれないその香りに、その痛みに。
 情けない程に鼓動が早くなったのを感じて、もう苦笑するしかなかった。

  

 

 夕べ。
 オレたちは、2人で『ジャンプ』した。
 深いキスをするだけで怯えてしまったリナに、恐がられたくなくて。だから、リナの準備が出来るまで気長に我慢するつもりでいたのに、呆気無い程にストンと俺の腕の中に落ちてきた柔らかな身体。
 戸惑う俺を後押しするかのように囁かれた、あの言葉。
 心臓を貫かれたかのような衝撃と急激な乾きに、もうどうしようもなくて。
 オレが、リナが望むままに。
 2人でこれ以上ない程近い場所に行きたくて。
 1つになりたくて、抱いた。

 

 

 性急に欲しがる自分の身体を宥めるのに苦労する程、オレはリナに餓えていたんだろう。
 けれど、恐がらせたくはない。
 我を忘れて、貪るわけにはいかなかった。
 ただでさえ初めての事で、未知なる世界に思いきって飛び込もうとしているリナの身体は、羞恥と共に微かな恐怖に細かく震えていたのだから。
 だから時間をかけてゆっくりと、たくさんのキスを降らせて抱きしめて、緊張を確かな快楽に変えるように進めていった。
 服を取り払ったリナは、予想以上に小さくて。
 押しつぶして、抱き潰してしまわないかと不安になるくらい、柔らかかった。
 男と女の、オレとリナの構造上の違い。
 そんなものを改めて思い知ったような気がする。
 「思わず忘れちまってたんだよなぁ・・・・」
 リナは、存在感が大きすぎるから。
 つい、ここまで小さな少女だという事を忘れてしまっていたのだ。
 そりゃあ、小柄という事はわかっていた。
 抱き上げても軽いし、頭はいつも手を置くのに丁度いい場所にあるし、抱きしめた時にはすっぽりと腕の中にはまってしまうのも知っている。
 だけどここまで華奢だったということは、初めて知った。
 リナは魔道士で、剣士でもあって。
 黒いマントを颯爽と靡かせて、いつも全力で突っ走るから。オレと肩を並べて戦える奴だから。
 リナを守れる盾のように、リナが寄り掛かれる壁のように。
 オレの大きな身体は、同時にリナの華奢な身体を潰してしまうかもしれない事を、忘れてしまっていたのだ。
 「・・・・・・でも、オレもかなり手加減したつもりなんだけどなぁ・・・・」
 それは仕方がない。
 リナは初めてで、それなのにオレが本気を出して抱いてしまったら壊してしまう。
 何よりも、恐がらせたくない。
 あの時。思わず我を忘れて思いきりキスした時の、リナに怯えられて逃げられた記憶は、さすがに痛くて俺でも忘れられない。
 こんな時でさえも。
 だから、かなり手加減したのだが・・・・いや、したつもりだったんだが。
 あんなに痛がるものだとは思わなかったし、何よりあんなに辛そうな顔をさせているのがオレだと思うと切なかった。
 でも、止めるなんて事は出来なくて。
 リナも、止める事なんて望んでいなくて。
 初めての子を相手にするのは、リナが初めてだから。
 でもなぁ・・・最後はさすがに夢中になり過ぎて我を忘れてたからなぁ・・・・
 回数を重ねれば、痛みは消えるだろう。
 だけど。
 真っ赤な顔をして部屋に逃げ込んだリナを思い出して、身体が熱くなる。
 今すぐ抱きたいと心も身体もざわめくのに、今朝までは思いもしなかった罪悪感をどこか感じている。
 グローブを外して左手を持ち上げて手の甲を見ると、赤い傷がついていた。
 痛みを堪える為に必死に縋り付くリナが、握りしめていた手でつけた小さな傷。
 同じような傷が、首の後ろや両肩の下、脇の上あたりにも無数についている。
 今朝、着替える時まで気付かなかった。きっと風呂に入ればその傷はその存在を主張してくるだろう。多分、傷をつけたリナさえ知らない。
 回数を重ねれば、痛みは消えるだろう。
 けれど、それまでは痛みを与えることになるのだ。
 それに、きっと回数を重ねる事にオレは手加減が出来なくなる。それは予感ではなく確信だった。
 一度堪えていた枷が外れると、再び枷をつける事など出来ない。
 夕べ生まれた炎は、二度と消える事はないだろう。
 「・・・・・・・・・・・・困った」
 朝起きたリナは、恥ずかしさに照れていたけれど、オレの目から見ても幸せそうに笑った。
 抱いたのは、抱かれたのは、間違いなくお互いの意思。
 だから、困る。
 壊したい程求めたい気持ちが暴走しそうで、でも、幸せだから、大切すぎるから。
 愛おしいから、困った。

 

 ふと窓を見ると、雪がやんだようだった。
 厚く覆われていた灰色の雲が徐々に切れ、隙間から覗いた弱い太陽の光が白い雪に反射して、急に世界がパッと明るく輝いたように見えた。
 「寒がってないといいがなぁ・・・・よく寝てるかな」
 隣の部屋で眠っているリナを思う。
 呆れるほど寒がりのリナだが、どうやらよく眠っているらしく、隣の部屋からは物音すらしない。
 急に1人の部屋が寒く感じた。
 狭い1人部屋が広く感じた。
 いつもの事のはずなのに、リナが同じ部屋にいないのが寂しい気がした。
 いたらいたで、またすぐに手を出しそうな気持ちを押さえるのに苦労するくせに。
 「・・・・どーしようもないな、オレ・・・」
 まさか、一度抱いただけで、こんなにも自分がどうかなっちまうとは思ってもみなかった。
 身体に植え付けられた火が、ジリジリと身体の奥を焦がしていく。
 速効性のとびきり甘い、でも一度手を出したら二度と止められない、そんな麻薬のように。
 ――――溺れてる自覚はあったけど、ここまでとはな。
 もう、笑うしかない。
 「しょうがないよな。なんたってあいつはリナ=インバースなんだから」
 そう。
 オレから全ての感情を引き起こして振り回す、無邪気に時に妖艶に。甘い麻薬は紛れもないリナだから。それにあがらう気さえ沸きはしない。
 「リナが起きるまで何するかなぁ・・・」
 言いながらも、オレはベッドの上に寝そべりながら目を閉じた。
 オレの身体から香る僅かなリナの匂い。
 今朝まで腕の中にいた柔らかな身体が今はない事に切なさを覚えつつ、今も気配はすぐ側にある事を喜びながら―――――