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相変わらず足早に通り過ぎる人の波。
派手なネオンの光が虚しい、都会のジャングル。
虚ろな繁栄にたゆたっているような、そんな不確かな街。
世界のどこかで大事件が起きたとしても、この街はきっと何も変わることなく存在しているのだろう。
くすんだ夜空を見上げても星の姿は見えない。
そして、人波の中に彼女の姿を見つけることも。
ガードレールに寄り掛かり紫煙をくゆらせる。
どんなに待っても現れないと、心の底でわかっていながらも、足は無意識にこの場所へと向かっていたのだ。
この街のどこかに必ずいるリナの名を声が枯れるまで何度も大声で叫べば、照れ屋なあいつはすっ飛んで来てくれるだろうか。
(大通りの真ん中で人の名前大声で叫んでんじゃないわよ。恥ずかしいでしょーがっ!)
怒りと恥ずかしさの入り交じった真っ赤になった顔と、勢いのある口調が思わず脳裏に浮かび上がる。
小さく口の端に浮かんだ笑みを飲み込んで、ゆっくりと長く煙りを吐き出した。
くすんだ夜空を見上げても星の姿は見えない。
そして、人波の中に彼女の姿を見つけることも。
それでも。
くすんだ夜空の更に高みには、必ず輝く星の姿があるように。
今は埋もれている虚ろなこの街のどこかに、必ずリナがいる。
だから、何があっても見つけだす。
焦る気持ちと、吹っ切れたせいでどこか冷静に落ち着いた気持ちが混在していた。
全ては明日。
確信にも似た予感がある。
リナは明日行動を起こすだろう、と。
「待人来らず・・・ってところですか」
不意に声が聞こえた。
賑やかで騒々しい雑踏の喧騒を無意識に遮断して自分の世界に入っていた俺の意識に引っ掛かる、聞き覚えのない声に、意識を現実に戻す。
他人に無関心な、人々の群れ。
そんな中に何くわぬ顔で紛れそうでありながら、明らかに異質な何かを抱えていると思わせる、そんな気配を持った男が、いつの間にか俺の目の前に立っていた。
すぐに人の顔を忘れるのはいつもの事だが、それでもこの顔には見覚えはない。
にこにこと親し気な笑みを浮かべているものの、胡散臭さを感じた。
更に、その胡散臭さを感じさせるのは、真っ黒な服を着たその男が手にしている水晶玉の存在だった。
占い師なんかがよく持っている大きさの・・・けれど、普通は無色透明なはずのそれは、紅く透き通っている。
「さっきからひっきりなしにたくさんの女性があなたに声を掛けていたんですが、完全にうわの空でしたしねぇ。濁った夜空に何を見ているんです?」
「・・・・・」
「すみません。ちょっと興味が湧いたので不躾ながらこの水晶で覗かせていただきました♪」
「・・・・・」
「・・・栗色の髪と紅い瞳の、迷子の野良猫を待っているのではないですか?」
かかわり合いになる気もなかったので取りあえず無視して、もう1本新しいタバコを取り出そうとした手が、その言葉にピクリと止った。
「・・・・・・・何?」
「やっと反応してくれましたね、ガウリイさん」
名を呼ばれたことで、確信する。
にこにこと笑っている男が、リナに関係している事を。
身体中を一瞬にして緊張が走り抜けた。
「・・・・・・誰だ?」
「お初にお目にかかります。僕はゼロスと申します」
恭しく演技かかった仕種で腰を折る姿に、返って警戒心が沸き上がってくる。
「・・・職業は?」
「おやおや職務質問ですか?僕は御覧の通り、通りすがりのただの謎の占い師ですよ」
「俺の名前もそいつで占ったから知ってる、なんて言うなよ」
「うっ・・・僕のネタをまさかガウリイさんに先に言われてしまうなんて・・・」
「で?」
「はい?」
「どこで俺の事を調べたんだ?」
地面に座り込みいじけていたゼロスが、ゆっくりと顔を上げた。一瞬だけ覗かせた瞳は紫暗。その奥に潜む闇を感じて本能的な恐怖がゾクッと背中を掛け登る。
しかし、すぐに立ち上がった顔に浮かべていたのは、何故か満足げな満面の笑顔。
「それは、秘密です♪」
スッとまっすぐ伸ばした人さし指を唇にあて、物凄く嬉しそうにふざけた事を言ってのけた。
瞬間的に沸き上がる、怒りと嫌悪。でも、そんなものに流されるわけにはいかない。
大きく息をついて感情を無理矢理落ち着かせる。
「俺の事はこの際どうでもいい。お前はリナのなんだ?」
こいつはリナを・・・『ルビー・ムーン』を知っている。
それは、直感で確信だった。
触れれば斬れるような殺気にも似た感情を無意識に纏わせながら睨み付ける俺の眼差しを、薄笑みを浮かべたまま受け止めるゼロス。
2人を取り巻く異様な気配に、本能的に身の危険を察したせいか、街を行く人波は無意識にこの2人を避けていた。
息が詰まるような、長くて短い時間。
「あーーっっ!?やっぱりガウリイさんっ!?」
不意に響いた聞き覚えのある高い声に、プツッと張り詰めた空気がほぐれた。
それは、待ち望んでいた声ではなかったけれど。
「こんな時間にこんな所で何やってるんだ、ガウリイ!?」
「もうっ、単独行動は厳禁だって言いましたよね?一体何をするつもりだったんですか!?」
小走りに近寄り、俺の服を掴んで恨みがましい視線を向けてくるアメリアのどこか拗ねた表情に、つい先程まで身体を支配していた殺気にも似た緊張が少し薄れたのを感じて、微かに息をつく。
「・・・お前さんたちこそ、こんな時間にこんな所で何やってるんだ?」
俺もそうだが、この2人の家の最寄りの駅がこの街、と言うわけではない。すでに終電間近な時間に、しかも2人でただデートしている・・・という感じでもない。
俺の問いかけにゼルとアメリアが一瞬顔を見合わせて、同時に深々と溜息をついた。
「アメリアの『秘密基地』で会議をしていた所なんだが、いくつか気になる所があるんでこれから署に忍び込もうかと思ってな。どうせガウリイの事だからまだ署内で始末書を書いてるものだと踏んでたんだが・・・・」
言葉を切り俺から視線を隣に移すと、ゼルガディスが不躾な視線を隣の男に向けた。
もともと愛想はない奴だが、初対面の相手に対してあからさまな不信の目を向けるゼルは珍しい。ゼロスが纏う異質な空気をゼルもまた感じとったに違いなかった。
「厄介ごとなら最初から巻き込め。尻拭いしながら後を追っていく方が面倒だ」
憮然とした顔のまま告げたゼルガディスと俺を見て、アメリアもパッと表情を引き締めた。
「やれやれ。僕としてはガウリイさんとゆっくり話してみたかったんですが・・・・立ち話もなんですし、みなさん僕の店にいらっしゃいませんか?」
内容とは裏腹に楽し気な声でゼロスが提案してくる。
軽く肩を竦めながらも決して崩れる事のない作られた笑みを浮かべたまま。
・・・確かに、いくら他人に無関心なこの街であっても、今は注目されるとまずい。冷静になれば自分が悪目立ちする容姿だという事はわかっている。街に溢れる全ての人間が無関心、というわけではないのだから。
これから語られる事は、決して表に出てはならない情報なのだから確かに場所を移す必要があった。
ゼルとアメリアに軽く目配せすると微かに頷いてくる。
「では、ご案内いたしますよ」
優雅に一礼して先に立って歩き始めたゼロスの後ろ姿。全身黒づくめの服は、別に物凄く珍しいわけでも目立つわけでもない。
それなのに人込みや派手なネオンの光の渦に巻き込まれて見失う事がない。この街に同化しそうでいて異質な者。
――――俺の目には、ゼロスが闇を纏っているように見えていた。
◇◇◇◇◇
真夜中でも賑やかな通りのすぐ裏側。
なのに、表とはガラッと印象が変わる。
無機質なビルを隔てて微かに伝わってくる喧騒。けれど裏通りは不思議なくらい静かだ。
人の姿は、質の悪そうな風俗業の客引きか、泥酔している酔っぱらい、喧嘩して動けない男、帰る場所を無くしたホームレス・・・そんな者しかいない。
本日の営業を終了した飲食店から出た生ゴミとか酔っ払いが戻した物のすえた匂いが微かに充満している。空気自体が澱んでいるのだろう。
表の灯りが派手で眩しい程、その裏の闇は深い。
やがて、ゼロスが立ち止って振り返った。
「どうぞ、こちらです」
「・・・・・・えっと・・・ここ、なんですか?」
真っ赤になったアメリアが心底困った顔で所在なさげに視線を彷徨わせている。
ゼロスが示したのは、誰がどうみてもその手の風俗店だった。この街にはよくある縦長に細い薄汚れたビル。打ちっぱなしの壁に照り返ったネオンの色がどこか毒々しい。
好色そうな客引きの男の、まるで獲物を物色する視線からアメリアを庇いながら、ゼルがどうするんだと視線で訴えてくる。
「ああ、アメリアさんにはちょっと刺激が強いですかね。でも御心配なく、僕の店はこの店の上なんです。通常の営業時間の時はこちらのお店はまだ閉まっているので女性の方でも抵抗なく入って来れるんですけれどね」
細長いビルの入り口は1つしかない、ということらしい。
「悪いな、アメリア。女の子にこんな場所に付き合わせちまって」
「・・・・・・・・この貸しは、高くつきますからね。ガウリイさん」
まだ赤い顔のままながらも天下一品の正義の心で何とか羞恥心を押さえ込んで覚悟を決めると、アメリアは一度恨みがましくガウリイをじろりと睨み付けるとすぐに表情を引き締め、真直ぐ前を向いて先にビルに入っていったゼロスの後を躊躇いなくさっさとついていった。
思わずゼルと顔を見合わせて、同時に苦笑する。
さすがはアメリア。度胸が違う。
「守りがいがないような、だからこそあるような・・・苦労するな、ゼル」
「人の事言えないだろが。お前にだけは言われたくないぞ、それ」
「・・・・確かにな」
「うわぁ・・・『いかにも』って店ですね」
「いやぁ、やはりこーゆー商売は雰囲気が勝負ですから♪あ、皆さんこちらにどーぞ」
確かにアメリアが言うように案内されたのは『いかにも』な店だった。
『獣王の神殿』という看板が思いっきり胡散臭い。
薄いカーテンであちこち仕切られていて、広さの感覚がよくわからない。黒で統一されていながら使っている素材が柔らかな物であるせいか、不思議にあまり圧迫感は感じられなかった。
間接照明で薄暗い部屋。
不快でないくらいの香が店全体に焚きしめられている。
壁に掛けられている不思議な図のタペストリー。
水晶で出来ているオブジェ。
占いなどに全く興味のないガウリイだったが、確かにこれでは雰囲気に飲まれるな、とぼんやりと思った。
ゼロスが案内したのは店の奥。個別の鑑定場所、というよりもゼロスの控え室のような場所だった。
促されて応接セットのソファに座ると、ゼロスがお茶を煎れてきた。
中国茶、かもしれない。嫌ではないが馴染みのない香りが、部屋に焚きしめられているお香と混じり更にこの空間を変質させる。
まるで異空間に迷わされたように。
――――惑わされたら、感情に飲まれたら、負けだ。
ただでさえ記憶力には自信がないのに、肝心の情報を飛ばしてしまう危険がある。
リナに対する情報だけは忘れないという確信はあるが、その情報から推理発展させることは難しい。
ゼルたちに会うまでに身体を支配していた殺気も焦りも、幸か不幸か今は消えている。
冷静とは言えないが。
「さて・・・取りあえずもう一度名乗りましょうか。僕は謎の占い師、獣神官のゼロスと申します。以後お見知りおきを」
街の中で俺にしたように、恭しく演技かかった仕種で腰を折る姿に、アメリアが眉を顰めた。
「獣神官ゼロス!?・・・・あなたがひそかに噂になっている、あの・・・!?」
「おや?なかなかの情報通でいらっしゃいますね、アメリアさん」
にっこりとした微笑みとうろんげな眼差しを同時に受けて、アメリアが軽く肩を竦めた。
「占い好きなのは女の子の宿命なんです。紅い水晶玉をもつ獣神官と言う占い師のことはネットとかの一部の情報からではありますけど、結構噂になってるんですよ」
「そうか。そこら辺は別にどうでもいいが・・・で?その占い師が何故『ルビー・ムーン』と繋がっている?」
「聞いてしまってもいいんですか?ガウリイさんはともかく、あなたたちにその覚悟がありますか?」
「何だと?」
ゼルガディスの声に剣呑なものが混じった。
場が張り詰めていく。
「御託はいい。どうせゼルもアメリアも引く気はないんだから、とっとと話せ」
その場をあっさりと破ったのは俺だった。
ゼロスが薄く目を開いて俺を見る。それを真直ぐ見返した。
「お前がリナを『ルビー・ムーン』にしたんだな?」
「・・・正確にはちょっと違います。僕のもう1つの『趣味』を手伝う事を持ちかけたのは確かに僕ですが、『ルビー・ムーン』になったのはあくまでもリナさんの意思ですよ」
「『趣味』だと?」
リナが命を張ってやっている『仕事』がこいつの『趣味』?
ざわめく思いを必死で押し殺し、続けられる言葉を待つ。
「占い師は表に出ている僕の1つに過ぎません。リナさんに手伝って貰ってるのは『取り返し屋』の仕事なんですよ」
「『取り返し屋』!?」
「この街にはたくさんの特殊な『仕事』があるんですよ。闇が深ければ深い程、難解で単純な仕事が溢れてるんです。まぁ、どの仕事もまっとうなものではないですけれどね」
例えば『密売屋』。
例えば『運び屋』。
どんなモノでも売り買いし、どんなモノでも運ぶ仕事。
そこに法は存在しない。
あるのは闇の街の、暗黙の了解と独自のルールだけ。
そんな世界の中の『仕事』。
『取り返し屋』も、その1つ。
「じゃあ、今まで『ルビー・ムーン』が盗んできたものは全部、誰かから取られたものを取り返してきたってことになるんですか?」
「そーゆー事になりますか。取られた方は悪どい手段ではあってもギリギリ合法的に奪われて、取り返した方は法を完全に破っていますがね。それでもリナさんはだだのコソ泥になるのは嫌だと言って、自ら怪盗をまねて『予告状』なんて物を出して勝負していましたが」
「そうか、だから・・・・」
ゼルが苦々しく呟いた。
今までの事件が頭の中に浮かび上がる。
俗に言う“大物”と呼ばれる人物が所有しているものに対して出されていた犯行予告状。
とんでもない腕の怪盗の存在を、世間に情報が漏れる事がないように厳重な注意をさせられていた。それは警察の失態を隠すと共に、犯行予告に指定されていた物が世間に対して明るみに出す事が出来ないものばかりだったから。
自らの立場上、予告状がきても警察に知らせない者もいた。いや、よっぽど切羽詰まった者だけが諸刃の剣の覚悟で警察に知らせてきたのだろう。
それでも、出来る限り真相を隠そうとして、無茶苦茶な理屈と力技で自分達で雇った警護の者に囲ませ、専門家である警察の介入を出来るだけ避けていたのだ。
―――――とすると・・・
「・・・・・・警察の上層部・・・かなり上の方に・・・・内通者、もしくは金を握らされた奴がいるって事だな」
「ええーっ!?」
「ま、そうでしょうね。『ルビー・ムーン』の存在がここまで徹底して隠されるくらい、色々な所に影響力ある人間が関わってるって事は明らかでしょう」
いやぁ、『正義の味方』もなかなか腐ってますねぇ♪
にこやかで心底楽し気なゼロスの言葉に、アメリアがグッと唇を噛み締めた。紅い唇を噛み切ってしまいそうな程強く。
警察と言う機関は、必ずしも正義の味方とは限らない。
むしろ汚れた部分をかなり持っている。
ゼロスの言う事は的を得ているだろう。
上司はいるとは言え、たった3人だけの捜査部門。しかも、同じ警察署内でさえも絶対に秘密厳守なこの仕事。不自然な要素は両手に余る程ある。
その歪みも当然わかっていた。
それでも、与えられた仕事に俺たちからの拒否権はない。
しかし、それを承知している俺たちでさえ、ゼロスの言葉には同意することも否定する事もできず、ただ沈黙を保つしかなかった。
「――――それは、今はいい。リナが『ルビー・ムーン』となった理由はなんだ?」
あのリナが、『やりたくないけどやると決めた』その一番の理由。それが、ずっと知りたかった。
「ぶっちゃけて言えば、お金の為ですね。裏稼業の仕事ってどれも結構報酬高いんですよ♪」
「金?」
眉を顰めたのは俺だけじゃない。アメリアもゼルも納得していなかった。
あのリナが、ただ金に執着しているとは思えない。
「そんな大金であいつは何をするつもりだ?」
「リナさんが『自由』を手にするのに必要なんですよ。知ってますか?この世界、この街に買えないモノはないんです」
ゼロスの薄く開かれた瞳から覗く、嘲りの鈍い光。
口元には微笑みを絶やさないまま発せられる、皮肉の言葉は毒と化す。
「リナさんもあそこから逃げ出す最初で最後のチャンスだとわかってますから、そりゃ必死ですよ。カゴの中の鳥として一生飼われるのはどうしても嫌だって、いつも口癖のように言ってましたからねぇ」
「カゴの鳥・・・・」
ぽつりと呟いたアメリアの声が、痛みを呼んだ。
カゴの鳥。
自由を求めて逃げ出してみても、結局はカゴの中に戻ってきてしまう。
自力で生きていく術を知らないから。
いつか、羽ばたく事を忘れ、空を飛ぶ事さえ出来なくなっても。
不自由で快適なカゴという世界の中で一生を過ごすのだ。
幼いリナを死んだ事にして密かに引き取った組織。
そこから逃げ出す事は、リナの能力をもってすれば容易い。
けれど、身分証明も何もない少女が、たった1人で真っ当に生きていけるほどこの世界は優しくはない。
法律も世間も、決して彼女を守ってはくれない。
それを充分わかっているからこそ、リナは夜の街を飛び回っていたのだ。
命の危険を顧みず、ただ必死に未来の光を信じて、今は闇の中にその身をゆだねて。
「僕はリナさんに仕事を斡旋する。いくつかのリストをピックアップして最終的に標的を決めるのはリナさんです。成功報酬は難易度によって違いますが結構な額をお渡ししていますよ」
「それでその金を使って・・・?」
「お察しの通り♪最低限の身分証や戸籍を買う為に、リナさんは動いているんです」
「そんな・・・・っ」
悲痛なアメリアの声に、ゼロスのどこか楽し気な声がさらに追い討ちをかけていく。
それは見えない毒のように。
「もちろん違法ですね。どうします?僕を逮捕なさいますか?その場合、今までのリナさんの苦労は水の泡になってしまいますが。最後の望みを断たれてさぞかし絶望するでしょうねぇ・・・・さて、どちらが正義なんでしょうかねぇ」
(やりたくなくてもやると決めたのはあたしなの。だからあんたに捕まるわけにはいかない。捕まるつもりもないわ。
正しい事と正しくない事の境界線なんてすれすれよ。法律なんてただの綺麗事に過ぎないもの)
いつかの夜、ぎりぎりの危うさを纏ったリナの、自分に言い聞かすような堅い声と、遠くに見えない何かを求めていながら挑むような眼差しを思い出した。
自分を危険に晒して苛めているような、そんな錯角を抱かせていたあの姿が、あまりにも痛い。
自分の身に降り掛かった世の中のあまりの理不尽さに必死に飲み込まれまいとして、もがいている姿を。
同時に、今にも欄干から飛びたって全てのしがらみから解放されたそうな、あまりにも切なくて儚い姿をも、浮かび上がらせる。
――――リナ・・・・!
握りしめた拳から、生暖かいものが滲み出て音もなく黒い絨毯に吸い込まれるように落ちていく。
俺たちを取り巻く闇が嘲笑うかのように更に深みを増して締め付けてくる・・・そんな気がした―――――
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