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その扉の前で、あたしは大きく深呼吸した。
柄にもなく緊張してる。戦いに挑む時と同じような、全身を包み込むぴりぴりとした緊張感。
下手すれば、戦闘の時よりも酷い。
――――何故なら、今日ここで決着をつける時だから。
何度か深呼吸をくり返し、あたしは意を結して、扉を開いた。
「ひさしぶりー♪」
「いらっしゃいませ」
小さいけれども小奇麗で落ちついたバー。一種圧倒される程の酒瓶が並べられているカウンターの中で、1人の女性がグラスを磨く手を一瞬止めて上品な笑顔を向けた。
まだ時間が早かったせいか、店内の中には彼女1人。目当ての人も客もまだいなかった。
・・・・まだ、来てない。
あたしが決着をつける相手は。
緊張してた為に勢いつけて入ってきたあたしの肩からカクっと思わず力が抜けた。
「どうぞ。座って」
バーテンのアムリタに勧められるままにカウンターの一番奥の席に座り、ほっと一息つく。
「何か飲む?」
「ううん。今はまだいい」
「そう」
一ヶ月前と変わらず、上品な笑顔を浮かべてもくもくと仕事を進めるアムリタ。
何種類もの酒達を巧みに混ぜ合わせ、言葉にならない思いを伝えるカクテルを作り出す、腕利きのバーテンダー。
今回のあたしの協力者でもあり見届け人でもある。
「アムリタ・・・あんたって本当にいいバーテンよね?」
「ありがとうございます♪」
「誉めてないわよっ。あんたレグレス盤、ガウリィに渡したでしょ?!」
「渡してないわよ?見せただけ」
「・・・裏切り者ぉ・・・」
にこにこと人の良い微笑みを浮かべてる彼女が、どこぞのすっとこ神官にダブった気がした。性格的には通じるとこあるかもしれない。
◇◇◇◇◇
あたしは一ヶ月前。
自称保護者の、金髪碧眼黙って立ってりゃ文句のつけどころのない、だけどのーみそクラゲで大ボケで、剣の腕だけは天下一品のガウリィに。
告白、した。
・・・・いや、さすがにさ。面と向かってなんて真似はさすがに出来なかったから、手紙出したんだけどね。
いつの間にか、あたしの中であいつの存在が巨大化してきて。このままいったらあたしの中で押さえきれずに弾け飛びそうな気がして、耐えられなくなっちゃって。
ガウリィと出会ってからすでに結構な月日が経っていた。
いつだったんだろう。ガウリィの事を好きだと思い始めたのは。
“友愛”が“親愛”に。そして“恋愛”へと変わっていったのは、いつだったんだろう。
あいつの事を無くせない存在だとはっきりと自覚したのは、ガウリィがフィブリゾにとっ捕まった時。
でも、あの時は無我夢中だったから。重破斬を使ったという事実があたしの中でどんな意味を成すものなのか・・・・冷静になって答えを出せたのは、ずいぶん後になってからなんだけれど。
いつの頃からかガウリィを『自称保護者』じゃなくて1人の『男』と見始めてたあたし。
そんな自分の心がわからなくて、戸惑って・・・
ガラじゃないけどね。だけどあたしだって一応年頃の乙女だし。
・・・・でもねぇ。こんな複雑で微妙な乙女心、あたしだって自分の事ながらわからないのに、クラゲなガウリィがわかるはずもなし。
それに。
ガウリィの事がわからない。
あいつの考えている事が、わからない。
誰よりも近くにいるのに。誰よりも遠くに感じる事がある。
食事の時や戦闘中はこれ以上はないってくらい、通じ合えるのに。
わからない。
なんでずっとあたしと一緒にいるのか。
なんであたしを守ってくれるのか。
だって普通出来ないよ?
本当にあたしの旅は命懸けだから。
どんな良い人だって、普通は自分の命が一番じゃない。
なのにあいつは、笑って言うんだ。いつも、当然のように。
『俺はお前の保護者だから』って。
――――信じられない奴だよね。
苦しくて、すごく切ない。
自惚れてしまう、ガウリィがあたしの事を大事にしてくれてるのがわかるから。
だけどそれは、子供を見守る“保護者”の思い。
放っておいたら何しでかすかわからないって、目を離した隙にどこ行くかわからないって。
そう言ってはあたしの髪を掻き回して、ずっとついててくれてた。
あたしの“好き”とガウリィが感じてる“好き”は、別物。似て異なる、感情。
・・・・・でも。それでもよかったんだ。
ガウリィが傍にいてくれる、この日常が続くなら。
そりゃ悔しいし苦しいし悲しいけど。今に見てろって、天才美少女のあたしが良い女にならないはずないんだから、いつか絶対に惚れさせてやるって。
そう、思ってた。
――――あの時までは・・・・
雑魚とはいえ下級魔族の群れに出くわして・・・・よりによってあたしが魔法を使えない時に。
さすがのガウリィも無傷というわけにはいかなかった。何とか撃退出来たけど・・・あたしは怪我をしたガウリィに治療すらかけてあげる事出来なくて・・・
再び感じた“失う恐怖”
その時は街が近かったから大事には至らなかったんだけれども、怖かった。
――――ほんのかすり傷だと思っていた彼女が、死んでしまった時の苦しさと無力さ。様々と思い起こされる。
何よりも、彼女の死に顔がガウリィに重なった。
どこにも無事に生きていかれるなんて保証はないって、わかっていたはずだったけれど。
大切な仲間の死には、ガウリィがいてくれたから乗り越えられた。
でも――――ガウリィが死んでしまったら?
考えたくないけど、考えさせられる。
夢が、起こり得る事体を。最悪な事体をあたしに見せつける。
わかってはいたのだ。
あたしが。魔族と関わって今まで生き延びてこられたのはガウリィがいてくれたから。
魔族が興味を持ち常に標的にされるのは、あたし。必然的に、最初にやり合う事になるのは、いつもガウリィ。
巻き込まれて、命を削っていく・・・
わかってはいたのだ。
それを認めたく無くて、無意識に誤魔化していた事を。
好きだから・・・傍にいたい。
本当に好きだから・・・別れた方がいい。
相反する2つの願い。
どちらもあたしの本心。
昼間は普段どうりの日常を続けながらも、夜になって1人になると眠れない。
ストレス解消をかねて盗賊イジメに行こうとすれば、必ずガウリィに捕まっちゃうし。
アムリタと知り合ったのも、盗賊イジメに行こうとしてやっぱり捕まっちゃった時だった。
そのまま宿に連行されると思いきや、珍しくガウリィが飲みに誘ってくれて。
彼女の手の中で美しいカクテルが作り出される。
言葉や思いを様々なお酒に託して混ぜ合わせ、1つの形として伝えられるそれに、あたしは、思い付いたのだ。
その頃までに決心はほぼ固まっていた。
後は実行に移す勇気と決断。
いつまでも悩んで迷っているのはあたしらしくないから。
――――ガウリィに告白しよう。
少しでも、あたしの事を『女』と見てくれているのならば離れない。それがどんなに彼を危険に晒す事だとしても、絶対に守り抜くから。
でも、まだ『子供』だったら。
この旅で最後にしよう。
今向かっているのはあたしの故郷、ゼフィーリアだから。実家に送り届けてもらった後でさよならすれば、ガウリィだって後腐れないし余計な心配しなくてすむ。 しっかりと『保護者』の役を終えられるでしょ。
あたしといるより遥かに平和で穏やかな人生、送れるはずだから。
・・・・・と、決めたまでは良かったんだけど、何というかその・・・やっぱり恥ずかしいじゃない・・・
告白、なんてさ。したこともされた事もないんだから。
あたしにとっては魔族にケンカ売るより難しい。
で、アムリタを協力者に引きずり込んだのだ。
こういう事相談出来る相手っていなかったし、今までのあたしを知らない人だからかえって素直に話す事が出来た。通りすがりの旅人の愚痴や悩みや相談を、ずっと聞き続けてきた彼女だから、協力者には申し分なかった。
・・・・ただちょっと、気がききすぎて。あたしが聞き耳立ててるって事、ガウリィにばらしてくれたりしたけどさ。
さいは投げられた。
一ヶ月後の今夜、彼の出した答えを聞きたいと。そう望んだのはあたし。
どんな結果になろうと、一歩前に進もうと。変化する道を選んだのはあたしだから。
微かに震える膝を叱咤して、あたしはここにやってきたのだ。
◇◇◇◇◇
――――カランッ
扉が開く音にビクっと肩を震わせ、過去に飛んでいた思考を戻す。
ぎこちなく戸口を見ると、見知らぬカップルが入ってきたところだった。
「いらっしゃいませ」
いつものようにアムリタが微笑みあたしと反対側の席に導く。
ほっとしたような残念なような・・・小さなため息が唇から漏れた。
ことん、と目の前にグラスが置かれる。
「これ飲んで落ち着きなさいな。大丈夫よ、ノンアルコールカクテルだから。彼との約束があるしね」
(一杯しか飲ませない)
それがあたしがここに通う条件だったっけ。良く覚えていたと苦笑して、グラスに注がれた白い液体を一口飲んだ。
炭酸の弾ける泡と、柑橘系のすっきりとしてでも変に甘くないそれに、重かった心が少しだけすっと軽くなった様な気がする。
「ありがと」
「どういたしまして」
微笑みを浮かべながらシェーカーを振る彼女から、鮮やかなブルーのカクテルが生み出される。優雅な手付きでグラスに満たしたそれを、誰もいないあたしの隣の席に置いた。
「これ・・・・!」
「お守りよ」
「・・・あんたって・・・本当におせっかいで優秀なバーテンだわ」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げて彼女は他の客の接客に向かった。
蒼い、カクテル。
ガウリィの深い瞳を思い出させる、彼の為に彼のイメージであたしが作った、オリジナルカクテル。
――――どう思ったのかな、ガウリィ。
何を感じてくれたのかな。
(感想は俺の答えと一緒に一ヶ月後に直接言うよ。今すぐお前のとこに行きたいが我慢してちゃんとここで待ってるから。リナ)
レグレス盤を通して聴こえたガウリィの声。
意外にもガウリィは一ヶ月ちゃんと待っててくれた。あたしの我が儘を今回も聞き入れてくれて。
本当に・・・一ヶ月会ってない。
こんなに一ヶ月が、一週間が、一日が・・・一時間ですら長く感じられた日々はなかった。
魔道士協会の臨時講師という依頼を受けていたからやることはたくさんあって忙しかったはずなのに。
・・・・早く来てよ、ガウリィ。
逢いたい、と。そう思う。
どんな答えが返ってきてもいい。今はただ逢いたい。
逢いたいよ。ガウリィ。
カランっと再び扉が開く。
振り返って、小さくため息をつく。
何度これをくり返したのだろう。
夜が深くなると共に、入れ代わり立ち代わり途切れる事なく客がくる。
小さくて小奇麗な控えめなバーなのに。アムリタの人徳なのだろうか。やってくる客ものんびりと彼女の作るカクテルを味わい、ひとときの時間を愛し、そして席を立つ。
あたしのグラスが何度か取り替えられても、隣に置かれている蒼いカクテルは未だ手付かずのまま。
――――何か、あったのかな・・・
いつまでも来ないガウリィに、いら立ちより不安が募る。
・・・・あいつの事だから日にち間違ってるとか・・・ガウリィの事だからありえるよね。
・・・・一ヶ月あたしがいなかったから生活費なくなって飢え死にしてるとか・・・って子供じゃないし。
・・・・綺麗さっぱり忘れてる・・・・?
・・・・病気や怪我で倒れてるとか・・・
それとも――――
旅に・・・出ちゃったのかな・・・
ガウリィの答え次第で、別れて旅立ってもいいと示したのはあたしだ。
来なくても・・・不思議はないんだ。
一ヶ月後に返事をくれるってあの時言ったけれど、この一ヶ月の間にゆっくり冷静になって考えて欲しいと言ったのはあたしだ。
あたしの周りだけ、時も音も止まったように感じられた。
深く深呼吸する。泣きたくはなかったから。
すっかり静まり返った店内。
後片付けをし、アムリタがグラスを磨く音だけが微かに響く。
夜はすっかりふけ、街は眠りについていた。
「・・・・遅くまでごめんね、アムリタ」
「かまわないわ。夜はまだ終わらないもの」
「うん、でも・・・これだけ飲んだら、あたし、行くわ」
「・・・・いいの?」
飲まれる事のなかった蒼いカクテル。
すっかりぬるくなってしまったカクテルのグラスを掲げ持って、光に翳した。
あたしのあいつへの想いが溶けてるこのお酒を飲み干して、終わりにしよう。
ここで断ち切って、新しい旅を始められるように。
「あいつもさ、薄情よね。来ないならせめてあたしみたいに手紙でも置いてってくれればこんなに待たなくてもよかったのに。ま、あいつにそんな気のきいた事出来るわけないんだけどね」
悲しげにあたしを見つめるアムリタに、わざと明るい声で苦笑してみせる。
――――泣きたくはない。
こういう結果だって、こういう結果だってあるって、自分でも思っていたんだから。そうでしょ。
「まったく・・・乙女心散々掻き回してさ。ちょっとは期待しちゃうじゃん、ねぇ」
「もう少し待ってたら?彼が迎えに来ていたのはもう少し後だったでしょ?」
「そうだったかな?・・・・でもいいよ。未練がましくなるし、後悔はしたくないし」
「本当に?」
じっと見つめるその視線に微かに笑って、ぐいっと手の中のカクテルを飲み干した。
液体が喉を通っていくそばから、ぼっと熱さが広がる。あたしにはちょっと強いお酒。
――――じゃあね、ガウリィ。大好きだよ。もう会う事ないだろうけど、世界のどこかで幸せに生きててね。
あたしも精一杯生きていくから。
「ありがとね、アムリタ。あんたと知り合えて良かったわ。でなきゃいつまでたっても踏ん切りつかなかったもの」
「本当に、もういいの?」
「うん。また機会が会ったら来る事あるかも。じゃあね、アムリタ」
荷物を担いであたしは扉に向かう。一瞬だけ視線を床に落として、すぐに真直ぐ扉の先を見つめる。
真直ぐ顔を上げて、進んでいけるように。
ノブに手をかけて体重をかけて・・・・開こうとした扉がいきなり強く引っ張られ、あたしはノブに手をかけたままドテっと倒れた。
〜〜〜〜何なの、いきなり!
人がせっかくシリアスに立ち去ろうとしていたってのに。
ガバっと上げた顔に降ってくる、金色の糸束。
「リナっ!・・・って、あれ?何やってるんだ?お前さん」
「ガーウーリーイーっっ!」
―――――スッパーーンッッ
一ヶ月振りのスリッパがガウリィの頭に炸裂する。うん、相変わらず良い音。ったく、脳みそからっぽだからこんなに響くのかしらね。
床にのめり込んだガウリィを仁王立ちになって睨み付けるあたしの耳に、アムリタの思いっきり笑う声が聞こえた。
浮かんだ涙を拭いながらあたしにパチっとウインクを投げてくる。
唇だけで「よかったわね」とつぶやいて、彼女はそっと店の奥に消えた。
「・・・・いきなり何すんだよ・・・」
「うっさい!今頃来て何だってのよ!このバカクラゲ!」
むくっと起き上がったガウリィが頭をガリガリとかきながらジト目であたしを見上げてくる。
――――あれ?
何かいつもよりボロボロな気がするんだけど。今日のは宿屋のじゃなくて魔道士協会の来客用のスリッパだったんだけど、そんなに威力違ってたかな?
そう言えば随分やつれてる?まだなんか息切らしてるし・・・・
「ガウリィ?あんたまさか本当に生活費なくなって餓死寸前だったとか言わないわよね・・・・?」
「あのなぁ。そんなわけないだろ。まぁ・・・確かにここんとこちゃんと食ってなかったけど・・・」
冗談で言ったのに、どうやら本当に似たような状態だったらしい。
よっと、立ち上がってパンパンと服の埃を払ってあたしを見下ろしてくる蒼い瞳。
一ヶ月ぶりに見る、空色の瞳。そのあまりの優しさに泣きそうになる。
「遅くなって悪かった」
「・・・・来ないかと、思っちゃったじゃない・・・」
――――泣かない。泣きたくないんだから。
「一ヶ月我慢するって、ちゃんと直接返事しに行くって、言っただろ?」
ぽんっと頭に置かれた手が一回クシャっとかき混ぜると、ゆっくりと撫で下ろしていく。
声もその手も見つめる瞳も、暖かくて。あんまりにも優しくて。
――――泣きたく、ないんだって、ば・・・
うつむいた肩が微かに震える。
・・・・だって・・・今、あきらめたばかりなんだよ?
もう一緒に同じ道を歩く事はないと、別々に生きて行くんだと。
ガウリィと過ごした日々を胸の宝箱にしまって、過去に負けないように、1人で生きて行くんだと。
そう、決めて踏み出したところだったんだよ?
「もう・・・2度と離れようなんて言うなよ」
「・・・・だって・・・・」
身体も声も震える。力が抜けかけたあたしをガウリィが抱きしめた。
ぎゅうぅぅっと強く抱きしめてくれる大きな腕。押し当てられた胸から汗の匂いがする。
「リナを子供だなんて思ってない。もうずっと前から、リナは守らなきゃいけない子供じゃなくて、俺が守りたい女だよ」
抱きしめる腕に力を込めて、頭の上で囁かれる熱い声。
胸の中で聞いているからだろうか。いつものガウリイの声とは違った響きに感じられた。
「・・・・ちゃんとわかってる?あたしに関わってろくな目にあった試し、なかったでしょ?」
「そんなことないさ。お前に出会って、俺は生きてるって、生きていけるって実感が持てたんだから」
小さなあたしの声にガウリィの大きく自信に溢れた声が答える。その響きからは嘘やためらいは感じ取れない。
本当にそう思っている。そう感じ取れた瞬間に、堪えきれなかった涙がガウリィのシャツに小さなシミを作った。
「ごめんな。こんなに悩ませて・・・俺が勇気が持てなかったから・・・・お前を失いたくなかったから、言えなくて」
申し訳無さそうな声に、ふるふると首を振った。
頭に柔らかいものが押し付けられる感覚にあたしはそっと顔をあげる。大きな指がぎこちなく涙を拭ってくれた。
「確かにリナをかばって怪我しちまう事もあるけれど、それは男だからさ。惚れた女を守るのに冷静に考える事なんて出来ないんだ。考える前に身体が動くか ら・・・リナは嫌がるかもしれないけど、な」
「・・・・約束出来る?絶対に死なないって」
「約束する。リナを守って俺も死なない。死んだらお前を守れないだろ?」
額にそっと落とされる唇。
「・・・覚悟出来てんでしょうね?後からキャンセルなんてきかないんだからね」
「前にも言ったろ?お前にはとことん付き合ってやるって。覚悟なんてとっくに出来てるんだよ」
――――本当に大バカ。
「・・・・・好き・・・・・」
自然に唇からその言葉が漏れた。小さな小さな声だったけれど、まぎれもないあたしの本心。
両頬を包まれてて顔を隠す事は出来ない。恥ずかしくても瞳を逸らす事は、出来なかった。
ガウリィの瞳が一瞬丸くなって、すぐにとびきりの笑顔になったから。微かに顔を赤くした、始めて見る『保護者』ではなく『男』の顔に、心臓が締め付けられる程嬉しさが込み上げてくる。
「俺も・・・」
目蓋に落ちてくる唇。
「・・・・愛してる」
耳もとで囁いて、今度は唇に、触れた。
◇◇◇◇◇
「・・・ところでさ、一体この一ヶ月何やってたわけ?」
「うん?ああ、リナのカクテルのお礼に俺もちょっと思い付いてな」
暫くしてから落ち着きを取り戻して椅子に座ったあたしは、改めてガウリィの様子をしげしげ眺めて呆れていた。
何か・・・本当にぼろぼろ。
服もあちこち破れちゃってるし・・・?
「仕事で何かと戦ったりしてきた?」
「いや、仕事じゃないけど・・・戦ってはきたかな」
どことなく楽しげに、がさがさとガウリィが荷物を取り出す。慎重に何重にも巻かれた布をほどいてそれをあたしの前に置いた。
「これって・・・・・?!」
「戦利品」
嬉しげに微笑みながらあたしの顔を覗き込むガウリィに、あたしは思わず拳を叩き付けていた。
「あああああああ・・・・あんたねぇぇぇぇっっっ!何てことしてくれたのよぉぉぉぉっっ!!」
鼻を押さえて床に沈んだガウリィの上であたしの絶叫が店内にこだました。
置かれたものは一本のワイン。
結ばれていた赤いリボンと貼られてるラベルがすっかり色褪せて、年代物だと一目でわかる。
あたしはこのワインを知っていた。
ここにあり得るはずがないって事も・・・!
「あんたっ・・・うちの実家に行ってきたのぉぉぉっっ?」
「おう、ゼフィーリアまで。それ譲ってもらう為に何度か死にかけたけどな。約束の日に間に合わせる為にちょっと走り通したが、何とか間に合って良かった」
「よくなーいっっ!」
爽やかに笑うガウリィの胸ぐらを掴んであたしはがくがくと揺さぶる。
「あたしがねーちゃんに殺されてもいいっての?あんたわっ!・・・・・あああああ・・・当分帰れない〜〜〜〜」
「落ち着けって。どうどう」
「ええいっ、やめんかっ」
「『首に縄つけて引っ張ってでも、今度は一緒に帰ってこい』って、伝言」
「・・・・・だ・・誰から・・・?」
「リナのねーちゃんととーちゃんとかーちゃん。拒否権なしだって」
「いやあぁぁぁぁぁっっっっ!」
頭を抱えて絶叫するあたしをガウリィが笑いながら抱きしめてくる。
まったく、信じられないこの男っ!
ラベルの上から書かれているあたしの名前。
ゼフィーリアの風習で、子供が生まれた時用意される、特別なメモリアルワイン。
普通は結婚とか旅立ちとか、親と離れて独立する時に始めて封切られる、本当に特別なものなんだよ?
それをうちの家族からもらってくるとわ・・・・死にかけたってのもよおっくわかる。
ゼフィーリアまでだって、普通に行って帰ってくるだけで一ヶ月ギリギリ。それを・・・・
なんつー無謀な事やってくれたんだか。
「飲むか?」
「出来るかっ!」
「ええっ、せっかく苦労して持ってきたのに」
「・・・・持って帰るわよ。あたしまだ死にたくないもん・・・」
――――地獄のお仕置きが待ってるけどさ・・・・
「俺も一緒にお仕置きされるからさ。一緒に行こうな」
「〜〜〜〜バカクラゲっっ」
一緒に行こう。どこまでも、一緒に。
魔族やねーちゃんのお仕置きも、2人でいるなら乗り越えられると思うから。
さすがに疲れが溜まっていたガウリィが座り込んであたしを抱きしめたまま眠っている。
隙間を見つけてなんとかマントを外すと、あたしとガウリィを包んだ。
「本当に・・・覚悟しててね、ガウリィ」
もう、放してあげないんだから。
眠っているのを確認して頬に軽く口付け、あたしも眠りの淵に沈んでいった。
一ヶ月ぶりの安眠を確信して――――
空はもうすぐ夜明けを迎えようとしていた――――
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