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ふあふあとしてて暖かくて、気持ちいい。
部屋を満たしているのは、パチパチと爆ぜる暖炉からの熱と、そこにいるだけで何だかホンワリと暖まっていく二人分の体温と。
ふわりと甘く蕩けそうな、チョコレートのお酒の香り。
ひょんなことから手に入れた珍しいチョコレートリキュールとそれを使うレシピを教えてもらって、今夜は宿の部屋でちょっと小粋なカクテルタイム。
ふわりと甘いチョコレートリキュールは口当たりがいいのにアルコール度は思ったよりも高いようで、生クリームを使ったカクテルはまるでチョコレートケーキのような味だったからついつい飲みすぎてしまったらしい。
心地よく火照った身体とふわふわと漂う意識。
窓の外はいつの間にかまた降り出したちらちらと舞い踊る白い雪に覆われているけれども、この部屋の中はまるで日溜りか春の陽気のように最高に心地いい暖かさで。
何よりも無意識の緊張を溶かしてしまうなじみの気配と体温が、同じ部屋の中でくつろいでいるのを感じて安心できて。
だからつい、ゆらゆらと心地いい睡魔に包まれて少しの間だけ目を閉じていた。
完全に眠りに落ちる前の、夢と現の狭間を漂いながら、ちょっと困った声であたしの名前を呼んでいるガウリイの声に耳を澄ませて。
「おーい・・・ここで寝るなよ、リナ」
ガウリイがあたしを呼ぶ声が好き。
眠りに落ちていくあたしを引きとめようと、大きな手があたしの肩を軽く揺する。
ガウリイの大きな手は優しい手。
ガウリイの手も好き。
気持ちよくお酒が回った頭は、どうやら普段の照れや意地や難しい理屈を放り出して、ごく単純な感情だけをごく簡単な言葉で表してしまうらしい。
まだ言葉をよく知らない幼子のように。
だから珍しく素直な感情で、あたしはこの心地いい時間を楽しんでいた。
ゆらゆらと揺れる身体と意識を包み込む、暖かで甘いチョコレートの香り。
少しだけ困ってはいるけれど、どこまでも優しいガウリイの手とあたしを呼ぶ声。
同じチョコレートリキュールを使っても、ガウリイのはあたしのとは違って生クリームを入れない、香りは同じく甘いながらも結構きつめのカクテルにしていたのだけれど、どうやらガウリイはまだまだ平気らしい。
ガウリイの場合、よっぽど飲んだ時は次の日に記憶をすっぱり無くしてるけれど、酔っている時の言動はあまり変わらない。だから、実のところガウリイも多少酔っている可能性もあるのだが。
「・・・そんなに量は飲んでないんだがなぁ。今日は雪道歩いて来たから疲れが溜まってたか?」
そうでなくとも着膨れて歩きにくいしなぁ。
そう苦笑しながら、無理に起こす手を少し止めて、ガウリイが自分のカクテルに手を伸ばす気配を感じていた。
◇◇◇◇◇
確かに、いつもよりは少し疲れていたかもしれない。
冬の寒さを耐えるためにはとにかく着込むしかない。
だからこの時期、外に出る時は毎回ガウリイが呆れる程着込んでる。そのせいでちょっとだけ動きがぎこちなかったりもするけれど、寒さを我慢することに比べたらマシである。
ただ、予定外だったのは。
この町に入る手前の小さな山越えの街道が、何日か前で一気に降り積もった雪で覆われていたこと。
ただでさえ深く降り積もった雪道は歩きにくいのに、着膨れたあたしの格好で雪の山道を歩くのはかなり嫌。でも、ここでルートを変えて大回りになるのも面倒だったし。
予定外のこの雪で悪態をつきながらも街道を越えていく途中で、雪の轍に車輪を取られて身動き出来ずに途方に暮れていた荷馬車を見つけたのだ。
『雪道も ただでは行かぬ リナちんは』
目の前に沸いた格好の臨時収入を前に途端に元気になったあたしを見て、ガウリイは呆れていたけれど。
いくらガウリイのバカ力が手伝っても、雪にはまった荷馬車を動かすのは無理だし。ここで運よく轍から抜け出したとしても、この分じゃ山を降りるまでにまたはまってしまうのは目に見えてたし。
荷台にぎっしり積み込まれていたのは、さまざまな種類のお酒のようだった。ワインやブランデーとかの樽や色とりどりの酒ビンがいっぱい。
こんな重量のあるものを乗せて、れっきとした街道とはいえ雪の山道を越えようとする事は無謀以外の何者でもない。あたしたちと同じで、ここがこんなに雪に覆われることなんて今までで初めてだって嘆いていたからタイミングが悪かったのだろう。
無茶を承知で、それでも納期に遅れるわけにはいかないから、と。それで強引に進んで結局はまって身動き取れないんだからどーしようもない。
早速交渉を開始して、浮遊をアレンジして荷馬車を宙に浮かせ轍から救出し、そのまま町に近い足場がしっかりしたところまで運んだのだ。
当然、術を掛けているあたしも一緒にぷわぷわと。
だから、雪道歩いて疲れたってのは・・・・実はそうでもなかったりするのだが。まぁ、その分、速度やバランスの微調整で集中していたから精神的には少し疲れていたかも知れない。
余程助かったのだろう。
荷主のおっちゃんは依頼料とは別に、時期的に多めに持ってきたからと一本お酒のビンをくれたのだ。
それが、このチョコレートリキュール。
普段なかなか目にする事も口にする事もないこのリキュールが、何故『時期的に多め』に必要なのかはわからなかったけれど、折角手に入れたのだから、と。
おっちゃんが教えてくれたカクテルのレシピを試しながら二人で飲んでいたのだ。
◇◇◇◇◇
甘いチョコレートとお酒の香り。
暖まった部屋とゆったりと流れる心地いい時間。
ふわふわしてる意識と身体。
決してアルコールだけのせいじゃない。
一人じゃない、その限りない安心感が更にあたしを眠りへと誘う。
「リナー、本格的に眠るなよー」
「・・・・・んー・・・・」
再び大きな手があたしを揺り動かす。
生返事を返しながらも、瞼はどうにも開きそうにない。
起きないとガウリイが困るよなぁ。
ここはガウリイの部屋だし。
でも、今自分の部屋に戻ったら寒いし。寒いのやだし。
もう少しだけ、この心地いい場所で暖かさの中で微睡んでいたい気がする。
「弱ったなあ・・・・部屋を交換するか・・・?」
「・・・んーん・・・?」
「っても・・・・お前さんの部屋の鍵はどこに入れてあるかわからんし・・・」
部屋の鍵はあたしの懐にある。けど、ガウリイは勝手に服の中を弄って探すなんてまねはしないし出来ないだろう。いくら長年連れ添って旅を続けている相棒だとしても。
緊急な場合ならともかく、それが正当な理由があったとしても、吹っ飛ばされるのがわかっていてわざわざ危険を冒すことはしない、はず。
何だろう。
困っているガウリイの声と気配を感じて、もうちょっとだけ困らせてみたいと思ってしまうなんて。
「・・・・んー・・・もーちょっと・・・・」
ガウリイの大きな手でゆらゆらと揺れるのは、身体と心。
甘いお酒と暖かい空気と、それからガウリイに。珍しくこのまま甘えきってしまいたくなる。
「リナ?起きてるのか?」
「・・・・・・・・・んー・・・・・」
「・・・・寝てんのか・・・?」
「・・・・・・・・・・・んー・・・・・」
「・・・・おーい・・・・・おっと」
ゆらゆらと揺れていた身体が不意に大きく傾いで床に落ちそうになるのを、ガウリイが咄嗟に倒れないように支えてくれた。それでもあたしは目を開ける気になれない。
そのまま床に倒れるなんて心配は欠片も浮かばなかったし。
それどころか、支えてもらった腕の中で、かくっと傾いだ頭が居心地の良い枕を見つけて、思わずふうっと更に身体の力を抜いてしまった。
どうやら自分が思っているよりも結構酔っているらしい。
ガウリイの腕の中に倒れ込んで抱きかかえてもらっている状態で。それなのに焦って飛び起きるとか、心臓ばくばくして真っ赤になるとか、反射的にスリッパ取り出してぶちかますとか。正気の時の当たり前な反応が全く出て来ないんだから。
だって気持ちいいし、心地良いし、何だか安心だし。
すりっと顔を摺り寄せて、触れている体温の暖かさに酔いしれる。
毛布なんかよりずっと暖かくて、いっそのこと、思い切ってこのまま本当に眠ってしまおうか・・・そんな事を思ってしまう自分に内心驚いた。
「・・・・・・リナ・・・・」
すぐ近くで囁かれた声から、甘く酔わせるチョコレートのお酒の香り。
少し困った、少し疲れた、少し呆れた、少し焦った・・・でも熱い吐息がふわりと顔にかかる。
「お前さんなぁ・・・・いくらオレの前だからって無防備なのも程があるぞ・・・」
いつものように頭に乗せられた手が、少しだけ迷ってからさらりと髪を梳いていく感触。いつもと違うくすぐったさが湧き上がる。
確かに無防備すぎるだろう。
自称保護者とは言え、ガウリイだって一応『男』ってやつで、あたしは『女』だし。
でも、ガウリイの前じゃなかったらこんなに無防備になんてならない。なれない。
絶対の安心と信頼。それを無条件で与えてくれるガウリイの前だからこそ、あたしは全身の力を抜くことが出来る。
だけど多分、それだけじゃない。
いくら軽く酔って気持ちよくて暖かくて心地いいからって、それだけの理由でいくらなんでもガウリイをソファ代わりにしてまどろみたい、なんて思わないし、しない。
なのに、今こうしているのは。
「・・・無意識だろうが・・・そんな風に誘われちまうとだな・・・・・・」
囁きはもっと近くなる。
さらりと髪をかきあげていった手が、そっとあたしの頬を撫で、そして。
ふわりと甘く蕩けそうな、チョコレートのお酒の香り。
もうどこから、どちらから香っているのかわからない。
ふあふあとしてて暖かくて、気持ちいい。
初めて触れた唇は、この部屋を包むものと同じで。
だけどそれ以上に熱くて、ドキドキして、嬉しい。
あたしが酔っているのか、ガウリイが酔っているのか。
二人ともが甘すぎるお酒に溶けて酔わせられているのか。
この心地よさから離れたくなくて、無意識のうちに持ち上がった手がガウリイの服の裾をきゅっと握り締める。
「・・・・・ん・・・・っ・・」
唇が離れた後に漏れたのは、どこか名残惜しげな甘い吐息。それはまるで離れていく温もりを引き止めるかのように更にねだるような。
心地よい睡魔よりももっと気持ちよかったものを求めて、あたしはやっと目を開いた。
ぼんやりした視界一杯に広がる、ガウリイの顔。
真っ直ぐに見つめて来る近すぎる距離に、だけど離れる気にはなれなくて。
「・・・・・酔ってる・・・?」
戸惑いすらない、ぽつりと呟いたあたしの声を拾ってガウリイが少しだけ困ったように微笑んだ。
「いや・・・・」
「・・・・・じゃあ・・・・何で・・?」
「・・・リナは、酔ってるか・・・?」
逆に問いかけられて、あたしも微かに苦笑した。
確かに少し酔ってるけど、それはふわりと甘く蕩けそうなチョコレートのお酒のせいだけじゃない。
この暖かな空気に、心地良い眠りを引き寄せる程穏やかで安堵出来る気配に。
何より、ガウリイに。
不思議な程、あたしは気持ちよく酔わされてる。
「・・・・そうかも」
小さく呟いたあたしの返事を受けてガウリイが僅かに顔を曇らせた。その顔にあたしは手を伸ばす。指先で頬をなぞって浮かんだ不安を取り除くかのように。
「でも・・・・あんたと違って・・・酔ってても意識はしっかりしてのよ?」
だから、こんなにも羞恥心の欠片も浮かんでこないってのは確かに酔っているせいはあるかもしれないけれど。
微睡みの淵から目を覚ました今でも、ガウリイの腕の中で大人しく抱きかかえられたままでいるのは。
ガウリイからのキスを受け止めて、それが当然の事のように心地よく感じていたのも。
酔っぱらって我をなくしているせいじゃない。
ちゃんと、あたしの意思。
きっと、ずっと心の奥底で望んでいた・・・ずっとこんな時が来るのを待っていたからだ。
「じゃあ・・・・・やっぱりリナが誘ったんだな・・・」
「・・・何よ、それ・・・」
ガウリイの頬に触れていた手を取られてその指先に触れる唇。そのくすぐったさに身じろぎすると、今度はあたしの頬に大きな手が触れて来た。
少しざらついたごつい指先がそっと撫でていく感触が気持ちいい。
覗き込んでくるガウリイに浮かんでいるのは、もう不安なんかじゃなくて。どこか照れくささを滲ませていながらも嬉しげな、それこそ酔っているような熱の篭った眼差しで。
初めて見る色だけど、でもやっぱりここにいるのはガウリイで。
もしかしたらガウリイも、あたしと同じように無意識の中でこんな時が来るのを待っていたのかも知れない。
あたしたちの間でこんな雰囲気になるのは始めてのはずなのに、何でこんなに自然に感じるんだろう。ずっと前から当たり前のようにそうしていたような気になってくる。
こんなに近くで触れているのに、暖かくて心地いい空気は変わらないから。
再びゆっくりと目を閉じると、またふわりと甘く蕩けそうな、チョコレートのお酒の香りが顔にかかる。お酒以上に甘く熱い吐息と囁きと共に。
「・・・・無意識でも何でも・・・お前さんに誘われちゃ・・・とても逆らえない・・・」
そして、再び重ねられた唇を受け止めて。
先程よりも更に深く甘く、あたしは酔わされていったーーーー
後で知った事だけれど。
どうやらあのチョコレートリキュールは、あの辺りの町で行われているあるお祭りによく使われるものだったらしい。
一年で一番寒い季節に行われる、ある意味一番熱くなれるお祭り。
心まで蕩けるような甘い香りに勇気を与えられて背を押されて、女の子から好きな人に告白する、という。
大胆不敵な、くすぐったくて甘いそのお祭りで、女の子の気持ちを代弁して伝えてくれるのがチョコレートなのだと。
そんな事全く知らなかったあたしだけど。
ふわりと甘く蕩けそうなチョコレートのお酒の香りに促されて、無意識にその気になったのかもしれない。
告白なんて、そんな事は結局お互いにしてないけれど。
とっくの昔に特別な人になっていたガウリイは。
あの日から、自称保護者の上からもう一つの肩書きをふわりと被せて、いつものようにあたしの後ろをついてくる。
普段は全く甘さの欠片もないあたしたちだけれど。
時々、ふわりと甘く蕩けそうなチョコレートのお酒のように。
二人で密かに酔いしれながらーーーーーー
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