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全てを凍りつかせるような冴えざえとした月の光が、降り積もった真白な雪に反射して無遠慮に部屋の中に入り込んでくる。
獣油のランプも魔法の光も必要無いくらいに、白銀に輝く雪の光を吸い取り更に凄みを増す、凍える月。
太陽の光には決してない人の心を惑わす魔力を帯びて、冬の夜を支配する。
眠る者には祝福を。
眠りを拒む者には光の呪縛を。
銀色の月光が、普段は心の奥深くに閉じ込めて決して思いはしない、けれど無意識に閉じ込めている凶暴な欲望に囁きかけながら・・・・
◇◇◇◇◇
――――このまま、最後の一息まで吸い尽くしてしまいたい。
そう、脳裏に浮かんだ囁きに無意識な笑みを唇の端に微かに浮かべつつ、男は長い口付けに酔った唇をそっと離した。
忍び込んでいた冴えやかな月光が2人を繋ぐ銀色の橋をきらめかせ、艶やかに蜜を纏って濡れた少女の赤い唇が、男に吸い取られた空気を求めてせわしなく開く。
浅い呼吸を何度も繰り替えし、最後に満足げに深呼吸するとゆっくりと瞳を開いた。
「・・・・・何考えてるの?」
空気に溶けるような囁きに感情はない。
けだる気に快楽の余韻を色濃く残した瞳に、けれど理性の光は戻っている。
少女は顔の回りを覆い隠す金糸の檻を掻き分けて一房指に搦めると、小さく吐息を吐き出した。
「・・・・ねぇ、あたしを殺したい?」
物騒な言葉を静かに吐き出すと、少女を見下ろしていた男の瞳が僅かに眇められた。
「・・・・・・・何故だ?」
ゆっくりと大きな手が少女の顔を撫で、するりと細い首に触れる。
下手したら片手でも簡単にへし折ってしまえそうな細い首。
のしかかっている自分の身体の下にある、細くて柔らかな女の身体。潰れそうで潰れない。壊れそうで壊れない。
・・・・・絶対に壊す事など出来ない。
それが奇妙に憎く思えた。
「気付いてないのね・・・・あたしを抱きながら殺気を振りまいてたのに」
小さく微笑んでリナは髪を搦めた指をするりと外して、そっとガウリイの頬に伸ばした。
「ねぇガウリイ・・・・あたしが憎い?」
いつもの生気はどこにもない、リナからの感情のない透明な響きに、ガウリイは数瞬考え。
「・・・・・・・そうかもな」
告げた残酷な答えに。
「そう・・・・・奇遇ね。あたしもよ」
リナはゆっくりと目を閉じた。
愛と憎しみは背中合わせ。
深く愛するほどに、憎しみが生まれる。
そんな事を言っていたのは誰だろう。
けれど、そんな事はあり得ないと思っていた。
少なくとも、リナにそんな憎しみなんて感情を抱くわけがないと。自信を持って言えたはずなのに。
「愛しすぎて・・・憎いよ」
「・・・・・言えるわ」
零れ落ちた言葉の内容とは裏腹に、響きはどこか甘い。
同じ肯定を返したリナの赤く艶やかな唇に、ガウリイは再び深く口付けた。
愛おしすぎて、憎い。
どんなに愛しても、『個』の存在は、決して1つになる事はないから。
愛するほどに我が儘になる。
愛するほどに独占欲は高まり、理不尽な思いが歪めば真に憎しみに変わってしまうだろう。
そのギリギリのラインを行き来する。
ほんの一瞬交わって、けれど決して融合する事はない身体に。
死に近いほどの快楽をお互いに与え貪りながらも、そのまま満足して息をとめる事の出来ない貪欲さに。
お互いだけがいればいい。たった2人だけの世界で誰にも邪魔されず生きられれば。
――――そんなあり得ない夢を見て、自嘲の吐息を共に漏らした。
冴えやかに凍る銀の月が、内面深くに押し隠した残酷な欲望を暴いていく。
時が流れていく以上、変わらないものなど何もない。
今、お互いを抱いているこの瞬間でさえも、口にした睦言は過去に溶けていきこの場に留まる事はない。
昨日よりも今日。今日よりも明日。
もっと彼女を愛しているという自信はある。
それでも。
愛し過ぎるが故に暗い独占欲に取り込まれそうな自分をひしひしと感じてもいる。
今、この愛を最高地点と考えるのならば。この最高の時を守る為に、いっその事この手で彼女の時を止めてしまおうか・・・・・。
この腕の中で与える快楽に酔い、オレの身体も心も貪欲に貪りながらも、彼女は決してオレに染まってしまう事はないから。
鮮やかな炎の赤はリナの色。
全身をほんのりと赤く染め熱く甘い吐息を漏らしながら、無意識にオレの全てを焼き尽くしていく。
無邪気に、時に傲慢に。
そうやってオレから全てを奪っていくくせに、それでもなお足りないのだ。
「・・・・・ねぇ・・・なら、あたしを殺したらあんたは満足する・・・?」
ナイフのような細く鋭い光を放つ銀の月が、いつの間にか窓の外をゆっくりと横切って行く頃。
無意識に滑らかな頬を撫でていたガウリイの手を取って、リナがそっと口づけた。
唇のしっとりとした感触と艶やかな赤が妙に目に焼き付く。
穏やかながらも物騒な言葉と、どこか真摯でありながらも艶かしいその仕種のギャップに僅かに目を眇めたガウリイに構わず、リナはそのまま口づけした手を自らの細い首に導いた。
片手で充分覆ってしまえる、ほんの少し力を込めればへし折れてしまいそうな程、白く細い首。
その首を覆うオレの手に、リナの手が重なって細い指先がそっと手の甲を撫でていく。
「・・・・・あんたの力なら簡単にできるわ・・・どうする?」
見上げてくる瞳に挑発の色はない。
ただ、静かに答えを待っている。
きっと、このまま本当にリナを手にかけたとしても、抵抗すらせずに受け止めるだろう。そんな眼差しで。
手のひらの下の首から伝わる暖かな体温と細さ。
誰よりも生きる事に貪欲なリナが、自分の命をオレに委ねようとしている・・・・その、背徳的な誘惑に心が揺れた。
自分以外を求める彼女の貪欲さを憎む。
長い口付けから解放された後に彼女が無意識に貪る空気でさえ、嫉妬する程に。
生きる為の本能ですら許せないと思ってしまうオレの歪みは、リナが傍で生き続ける限り増殖していくだろう。
ならば、ここで。
今、この手で。
もっとも美しく幸せな時を、永遠のものとして閉じ込めてしまったら・・・・?
「・・・・そうだな・・・・・」
しばらくの逡巡の後。
ガウリイは細い首に触れている指先に僅かに力を込め・・・・同時に、もう1つの手でリナの手を取り自らの胸に小さな手のひらを押し当てさせた。
鼓動を刻む心臓の真上に。
「オレの手がお前の首をへし折るのと同時に、お前の手でオレを殺してくれるか?」
どこまでも物騒なセリフを吐きながらも、それなのにガウリイの唇から紡がれたその響きはあまりにも甘くて。
リナは微かに目を見開いた。
そして、小さく苦笑する。
細い指先で、愛おしげに押し当てられた胸を撫でながら。
「・・・・理想・・・よね。でも・・・・だめ。殺してなんてあげない」
「・・・・何故?」
静かな問いかけに、今まであまり表情のなかったリナの瞳にゆらりと火が灯った。
チクリとした小さな痛みが胸に走る。よく手入れされているリナの爪はそう鋭いものではないが、爪痕は朝まで残るだろう。
「・・・・あんたは誰よりも知ってるはずよ、あたしの貪欲さを。ガウリイの命はあたしのもの・・・だからこそ、簡単に殺してなんてあげないわ」
「・・・・・なら、オレに殺されるのはいいのか?」
「そうね・・・・・でも、あんたの貪欲さもあたしは他の誰よりも知ってるもの」
チロリと唇を舐めて僅かに笑うリナ。
その先程までとは全く違う全てを見透かしてなお誘う妖婉さに、衝動的に首にかけた手に力を込めてしまいそうになる。
けれど。
「・・・・・・殺せないな・・・・憎らしい事に・・・」
「・・・全くだわ・・・・」
同意を示しながら目を眇めたリナに、ガウリイは再びゆっくりと覆い被さっていった・・・―――――
◇◇◇◇◇
銀の月の光が、鋭すぎるナイフのような姿が。
心の中に押し込めた残酷な欲望を暴き出していく。
太陽の光を浴びれば、そんな思いを抱いていた事すらあっさりと灼き尽くしてしまうような、自分でもほとんど自覚のないような昏い思いを。
『もっとも美しく幸せな時を、永遠のものとして閉じ込めてしまったら・・・・?』
甘過ぎる誘いに、それでも2人が実際に手をかけることはない。
お互いの全てを求めようとする貪欲さで、相手の1秒先の未来をこの先ずっと手にしたいと望む限り。
それも、ある意味『永遠』だから。
「・・・・ねぇ・・・・あたしが憎い?」
「・・・・・ああ・・・・一瞬先でもお前がいない未来を思うと死にたくなるくらい・・・・・オレを捕らえているリナが憎くて・・・・愛しいよ」
「・・・・奇遇ね・・・・・・あたしもよ」
その歪みこそが何よりも甘い。
そう思える程捕われて、どんどん深みに堕ちていく。
再び熱い吐息に彩られた部屋を、銀の月が冷ややかに見透かしていた。
まるで恋に愚かな2人を嘲りながらも祝福するかのように・・・―――――
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