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「ね。ちょっと手かして?」
「?何するんだ?」
「いいから」
不思議そうな顔をしながらも、ぽいっとあたしの方に投げ出されたガウリイの手。
その手を取って、2つの手のひらを重ねてみた。
大きくてゴツゴツしたあったかい手のひらの上で、あたしの手は細くてとてもちっちゃく見える。
大きな手。
身体の大きさに比例する、大きな手。
長い指は節くれだってゴツゴツしてて、指先の皮膚は堅くなってザラザラしてる。所々に剣ダコも出来てるし。
男の。戦う剣士の、大きな大きな手のひら。
小さな手。
グローブを外したあたしの、女の子らしい小さな手。
いつもグローブしてるし、手入れだってそれなりに頑張ってるから旅してても爪だってつやつやだ。
身長はともかく。手はそう小さなものだとは思わないけれど、それでもガウリイの大きすぎる手のひらの上であたしの手は、幼い子供の手のように見えてしまう。
まじまじとお互いの手を見比べるなんて事なかったから、こうやってみると何だか新鮮だ。
ガウリイも同じ事を思ったのかもしれない。
「ちっちゃい手だなぁ」
「あんたがおっきすぎるのよ」
「そうか?」
「そうよ。何か変なの。同じ手のはずなのに、違って見えるなんて」
「細いよな、お前さんの指。よく折れないよな」
「折れるわけないでしょ」
自然に搦められた指先が嬉しくて、2人の唇から小さな笑みが零れてくるのが、何だか無性に嬉しかった。
◇◇◇◇◇
――――トントン
「開いてるわよ、ガウリイ」
付き合いが長ければ、ノックの仕方で相手が誰だかくらいはわかるようになる。
ノックの音がしたのは、昼間借りてきた魔道書を読み終わってしまって、特にする事もなく何となくパラパラとページを捲っている時だった。
寝るにはちょっと早いけど、特に何かやりたい事もない宙に浮いた時間。
これが暖かい季節で近くに盗賊団のアジトでもあったら、嬉々として夜のお散歩に繰り出すのだろうが、あいにく外は凍える寒さで盗賊団の噂もない。
「邪魔したか?」
パタン、と本を無造作に置いて振り返ると、戸口でガウリイがポリポリと頭を掻きながら困ったような顔をしながら立っていた。
「ううん。どうかしたの?」
「なぁリナ、糸持ってないか?」
「?あるけど」
「悪い。少し分けてくれ。荷物の手入れしてたら見つけちまってさ・・・・」
そう言ってガウリイは、手にしていた裾がほつれた野宿用の大きな毛布を目の前に広げてみせた。
大きな手に小さな針。
節くれだったごつい手が、小さな針と糸をぎこちなく操ってほつれた布と格闘している。
そのアンバランスさが何だか無性に可笑しい。
そのままあたしの部屋で裁縫を始めたガウリイの為に、手元がよく見えるようにライティングの明りを灯した。
「あんたってば、器用ちゃあ器用だし、不器用っちゃあ不器用よねぇ」
「笑うなよなぁ」
拗ねた表情を浮かべながらも、ガウリイはこちらを見ないまま真剣な眼差しで手元と格闘を続けている。
ちっちゃい針の穴に糸を通すのはお手のものだったのに、針を操る指先はどうも危なっかしい。
それでも、見た目は悪くとも取りあえずは自分で何とか出来るだけの裁縫の技術は持ち合わせているらしい。旅が長ければ、当たり前か。
「なんつーか、色んな意味でガウリイらしいわよね」
「・・・・褒められた気がしないぞ」
どことなく照れと拗ねが入り交じった声に、また笑みが誘われる。その声と態度は初めて縫い針を手にした子供が仕上げた不格好な作品を褒められた時のような。
そんなガウリイが可愛いと思った。
滅多に見れないそんなガウリイの姿を見るのは楽しい。そのまま仕上がりを見たい気もしたけれど。でも、つい手を伸ばしてしまった。
「貸して、ガウリイ。あたしがやってあげる」
「へ!?・・・痛ッ」
あたしの言葉に驚いたガウリイがその拍子に指の先に針を刺してしまった。小さな傷からプクリと赤い血が盛り上がってきて慌てて自分の口の中に指を放り込む。
「ほら慣れない事するから」
苦笑しながらガウリイの手からさっさと毛布を取り上げる。手に広げて見てみるとギリギリまで見ないふりしてきたのか、ガウリイが縫っていた場所以外にも毛布はあちこち結構ほつれていた。
「よく使ったわねぇ。そろそろ新調してもいい頃だと思うけど?」
「うーん・・・でもまだ使えるしなぁ」
ガウリイらしい返事に思わず笑う。
旅人用の携帯毛布は、移動の荷物としてあまりかさ張らないように軽くて薄く出来ている。よって耐久性は残念ながら結構低いのだ。
男だと、破けたり酷く汚れたらさっさと捨てるような奴がわりといるんだけれど、ガウリイは結構物持ちがいい方だから、この状態もある意味仕方ないのかもしれない。
物や道具を大事に使う事と、ケチとは全然違うのだ。
「それより、リナ、縫い物なんて出来るのか?」
「当然。なんせ家庭仕事は一通りみっちりねーちゃんにしごかれたからね」
言いながらもあたしは膝の上に毛布を広げてガウリイの続きを縫いはじめた。
小さな手に小さな針。こちらのが見た目も何だかしっくりくるような気がする。
チクチクと揺るぎなく規則正しい縫い目を刻んでいくあたしの手元に、ガウリイの目が釘づけになっている。
結構長い事一緒に行動しているけれど、そう言えば今まで縫い物なんてやってみせた事はなかったかもしれない。料理は何度か披露したけれど。
「・・・・・上手いもんだなぁ」
「ふふーん♪ちょっとは見直した?」
「ああ」
あんまりじーっと見てるからおどけて言ってやったのに真面目な声が返された。
大した事じゃないのに心底素直に感心してるから、何だか妙に照れくさい。
「リナが針と糸を使う時は、魚釣りでもする時ぐらいだと思ってたからな」
「・・・・・・・確かにねっ」
思わず縫い目が大きくなったのは、ガウリイの余計な一言のせいだ。うん。間違っちゃいないけど。
確かに、野宿の時の料理は簡単なものが多いし、こういった家庭仕事の腕を披露する機会なんて旅してれば滅多にない。
でも、見た目で出来ないと思われるのは何か悔しい。
「炊事、洗濯、裁縫、値切り、販売、仕入れのコツ、etc。主婦業と商売人の基本技は魔道を学ぶ前にしっかり伝授させられてるんだから」
人生においての基本技を習得しないで魔道を学ぶなんて100万年は早い!・・・っていうのがうちの方針だったもんだから、そりゃ必死で習得したものだ。
「へぇ。さすがにリナの家だけあってしっかりしてるんだな」
「まーね。ある意味、命懸けだったけど」
「・・・・・・・・さすがにリナの家だな・・・・」
何とも言えない微妙な顔をしたガウリイに、あたしも乾いた笑いを返した。
あの頃のねーちゃんのスパルタ教育は、出来れば思い出したくないし・・・・・
脳裏に浮かびそうになったねーちゃんの姿を慌てて振り払いながらも、チクチクと一通り縫い終わって、他にも綻びがないかと立って毛布を広げてみた。
「・・・・・あんたの毛布ってこんなに大きかったっけ?」
両手を広げてもまだ中央がたわんでいる。
下は床についている。
野宿でガウリイがこの毛布を使っているのは何度もみていたから、むしろ小さいような気がしてたんだけど。
「いや、そんなことはないが・・・・」
ガウリイが立ち上がってあたしの手から毛布を取り上げる。同じように広げてみると、同じものなのに小さく見えた。
「・・・・要するに、ガウリイがでかすぎるって事なのね」
「リナが小さいって事なんだろ」
まじまじと呟いてしまったあたしの頭を、ガウリイの大きな手がワシワシと撫でていく。
これもいつもの事。
でも。
「ね。ちょっと手かして?」
「?何するんだ?」
「いいから」
合わせた手のひら。
大きいと知っているけれど、知っていたけれど。
こんなにもあたしとは大きさの違うガウリイの大きな手。
いつも見て何度も手を繋いだ事だってあるのに、爪の広さとか肌の硬さとか、知ってるようで知らなかった。
あたしの2倍・・・とまではいかないけれど、二回りは絶対大きい。手のひらも指の長さも。
ううん。手だけじゃない。
ガウリイは何もかもが大きい。
身体も、心も。当たり前すぎて、普段気にしていないだけで。
「ねぇ、よく市場とかで銀貨一枚で掴み取りとかってあるじゃない?そーゆー時はガウリイは得よね」
「そうかもなぁ。でも、そういう掴み取りだったらお前さんの手は信じられないぐらい掴むだろ?」
「そりゃ、色々コツもあるし。努力と根性と執念さえあれば多少の奇跡は起こせるもんよ」
自信たっぷりに言い切るあたしに、ガウリイは微妙な笑みを浮かべた。しかし目は口程に物を言う。その目には呆れも浮かんでるけど、あたしのそんな貪欲さを肯定もしてくれているのがわかるから、あたしもにやりとウィンクを1つ。
「ねぇ、グローブ取っていい?」
「どうするんだ?」
取ってもいいかとたずねながらあたしの手はさっさとガウリイのグローブを外しにかかってる。その手をやんわりと払ってガウリイが自分でさっさとグローブを外した。
グローブを外したガウリイの手と再び合わせる。
指先は出ていたとはいえ、丈夫な皮のグローブを外したガウリイの手はほんのりとあったかい。
「何笑ってるんだ?」
「ガウリイこそ、何にやにやしてんのよ」
大きくてごついあったかい手。
小さくて柔らかなすべらかな手。
2つの手が重なって指先が絡み合う。
何でだろう。
たったこれだけの事で、無性に嬉しくてあったかい気持ちになれる自分がいるのが、不思議。
そして、ガウリイも同じ気持ちでいる事が伝わってくるのがもっと不思議。
何でだろう。
いつもならこんなに触れていたら照れるのに、今は触れているのが当然のような、そんな感覚がくすぐったいくせに幸せで。
「お前の手は何でも掴めるよ。手はこんなに小さくても、なんせ存在感は桁外れにでかいからな」
「・・・何それ。誉めてるつもり?」
「誉めてるってより、事実だろ」
笑みの混じった優しい声と、もう片方の大きな手が頭をわしわしと撫でていく感触に、文句を言いながらも思わず目を細めた――――
◇◇◇◇◇
小さなあたしの手。
大きなガウリイの手。
合わせた手のひらから伝わる温もりは、信頼と愛おしさに変わっていく。
小さなあたしの手。
大きなガウリイの手。
大きさは違っても、望んだものを手にする為の貪欲さはどっちもいい勝負。
2人で手を合わせれば、怖いものも不可能な事もないような気になるくらいの勇気すら湧いてくるのだから。
だから、この手が決して消えてしまわないように。
その為なら、あたしは何でもするだろう。
そんなあたしの思いが伝わったのか。
合わせた手を持ち上げたガウリイが、搦めたあたしの指先にそっと唇を押し付けた――――
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