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ひらり・・・ひらり・・・
暖かな風がそよぐたびに、まるで雪のような花が降る。
ひらり・・・ひらり・・・
薄紅の花びらが、眠る彼女の上に惜し気もなく降り注ぐ。
パッと咲いて、パッと散る。
誰もが散る事を惜しむのに、花は潔く風に舞い散っていく。
ひらり・・・ひらり・・・
「・・・お前に似てるな」
眠るリナの髪に舞い落ちた薄紅の花びらをそっと指でつまみ取って軽く唇で触れた後に、ふうっと吹き飛ばす。
ふわりと舞い上がった花びらは、暖かい春の風に乗ってひらり・・・ひらり・・と飛んでいった。
小さな村と村を繋ぐほとんど通る人もいない山道の街道で、大きく広げた枝の先いっぱいに淡いピンクの花をつけた大きな樹。
しばし見上げ、花の見事な美しさにどちからともなくつかの間の休息を樹の下で取る事になった。
暖かい陽射し。
柔らかな春の風にひらひらと舞う花びら。
どこからか香ってくる甘い匂い。
耳を澄まさなくても聴こえてくる、高い鳥のさえずり。
どこから見ても、のどかで平和な春の光景。
けれど――――
◇◇◇◇◇
つい先程、後にしてきた村。
街に続く街道沿いの、どちらかと言えば寂びれかけたその村には特に立ち寄る予定もなく、天候も時間もいいので普通に通り過ぎ、山を超えた先の街に向かおうとしていたその時に聞こえてきた、のどかな空気を引き裂く人々の悲鳴と闇に属するものの歓喜の咆哮。
1つ頷きあって同時に走り出す。俺たちは進路を変え、その小さな村を襲っていたレッサーデーモンの群れを当然のように蹴散らした。
それは、リナと俺の旅路では、そう珍しくない光景だ。
以前のように、質の悪い冗談のような魔族たちに絶えず付け狙われたりはしていないが、それでも今までのツケかトラブルを引き寄せるリナの体質のせいか、まだ魔族たちの騒動が収まっていないせいか、まだこの世界に留まるレッサーデーモンの群れに出くわす確率は何故か高い。
突然襲った信じられない恐怖に凍り付き、あまりの絶望に逃げ惑うことすらままならぬ村人を、安全確保の為だと風の魔法で吹き飛ばし、足場を確保した上でいつものように不敵にデーモンたちに対峙するリナと、剣を抜き放ち突っ込んでいく俺。
群れといってもせいぜい10匹程度だったから、そう危なげもなく、また時間もさほどかかる事なく全て退治した。
それは、俺たちにとってはいつもの風景。
けれど、のどかで平和で、おそらくレッサーデーモンなんてものを初めて遭遇してその風貌と凶悪な破壊力を目にした村人たちは、違う。
全て退治した俺たちを見るその瞳の中に、安堵の喜びと共にざわめくような畏怖の色が見えた。
圧倒的な力は、恐怖を呼び起こす。
普通の人間ならば、たった一匹であっても。
それが領主や国の軍や兵士たちが束になってかかったとしても、文字通り手も足もでないようなレッサーデーモンの群れを、たった2人で倒した人間に対する、恐れの感情。
過疎化が進んでいるこのような村には、旅の途中で立ち寄る魔道士や傭兵もほとんど来る事はないのだろう。
まして、常に戦いに身を置く者たちの戦いぶりを見る事など、まずないはずだ。
パニック状態から一種のショック状態に陥った村人たちには、だから、その感情を隠す余裕などなかったから。
その畏怖と恐怖は、紛れもなく俺たちに向けられたものだった。
リナもそれに気が付いていただろう。
何も気付いていないような振りをしながら、いつものように怪我人の有無を確認し、重症者がいないのを確かめてからすぐにその場から離れた。
村長らしきじいさんが、しきりに礼を言ってくるのを軽く流して。
いつもならば、さり気なくちゃっかりと『謝礼』をふんだくる所なのに、それもなく。足早に元の街道に戻り、何事もなかったかのように歩を進めた。
「だって、あの村に活気ってもんがあんまりなかったじゃない。お年寄りばっかりでさ、村長さんってのだってとても裕福そうには見えなかったし。デーモン退治は別に依頼としてやった事じゃないし、お金なんてあるとこからは余計にもらうようにしてるからいいのよ」
何故、珍しく謝礼をせがまなかったんだ?と訪ねた俺に、リナは振り返る事なく淡々と答えた。
でも、声が微かに沈んで堅くなっていた。
リナ自身はきっと気付いていないだろうが。
きっと、向けられた村人たちからのあの瞳の色が、チクチク痛む棘のように心に引っ掛かっているのだろう。
確かに、俺もリナも『普通の人間』とは言えないのかもしれない。
生来持っていた才能を、それぞれの努力と場数を乗り越えてきた経験で引き出したその力は、ただの人間が手にするには大きすぎるものなのだろう。
人には過ぎる力を持つものは、善くも悪くも敬遠される。
けれど、俺たちが手にしたこの力は、生き延びる為に培った力だ。
リナがいるから、今はそう思える。
経緯はどうであれ、魔族たちとやり合っても彼女を守り、自分も生き延びる。必然で必要なそんな力を身につけられた事を、今の俺は認めている。けれど驕るつもりは微塵もない。
力を得る程に失われたものと背負ったものは深く重いのだから。この強さを得たその経緯を知れば、恐れられ、あるいは嫌悪されてしまっても無理はないと思える程に。
かつて、自分自身でもその矛盾に悩んだ事があるのだから、あの村人たちの眼差しに何も感じなかったと言えば嘘になる。
けれど、そんな視線と感情を俺たちが向けられる事もよくある事だ。良くも悪くも、俺たちの旅にはトラブルが多いし、何よりもリナと一緒だと目立つから。
それは、畏怖だけではなく時に感嘆や賞讃であったりもするが。どれも、居心地のいいものではない。
俺とは違った過去を歩いてきて、そして今の力を手にしたリナに次々とつけられる2つ名が、勝手に一人歩きをしているように。
盗賊たちを恐怖に陥れ、魔族相手にも啖呵を切る。
そんな怖いもの知らずのリナだけど。
頑丈な心に、実は傷つきやすい一面を隠している事を、俺は知っている。
けれど、今彼女に必要なのは、似たような状況を乗り越えてきた俺の言葉じゃない。
それは確かに一時的に表面の翳りを癒すだろうが、また同じような場面に出会った時により厄介な傷となってしまうだろう。
特に会話する事もなくもくもくと歩いていた俺たちの前に、風に乗ってはらり・・・はらり・・と舞い落ちてきた花びらに引き寄せられ、見つけた大きな桜の樹。
山の寂れた街道沿いで誰の目にもとめられぬままに、広げた大きな枝一杯に薄紅の花を咲かせ、春の陽射しの中で誇らし気に佇んでいる。
そのあまりの見事さに、2人ともしばらく言葉も忘れ魅入っていた。
あるがままに、そこにある。その美しさ。
誰かに讃えられる事も、媚びられる事もなく、ただそこで花を咲かし、暖かい風が吹く度に惜し気もなくまるで雪のように花びらを散らす。
長い年月に何度も花を咲かせ、また散らし・・・そして見事な巨木となった今、また花を咲かせている。
その樹を見つめているリナの瞳から、いつしか微かな翳りが消え、いつもの強い輝きが戻ってきていた。
樹は、ただそこにあり、花を咲かす。
魔族などに立ち向かう力を持たない人は、命を守る為に逃げる。
魔族たちに対抗出来る力がある俺たちは、だから戦う。
誰かに認められるとか、恐れられるとか、感謝されるとか・・・そんな事は関係なしに。
自分ができる事だから、やる。
ただ、それだけの事。
時にそれは何よりも難しいけれど、リナはそれを躊躇うどころか無意識にこなしているのだから。
誰かの目を気にする事なんて、ないのだ。
自分に恥じずに、あるがままに生きる事。
リナ自身で納得するしかない思いは、他人の言葉では決して深くは届かない。だから、慰めの言葉は意味がない。
いつもだったら、そんな事はわかっているはずのリナに忍び込んでいた翳り。
それを、薄紅の花びらが浄化していくかのように。
笑顔が戻った顔で振り向いて樹の下でしばしの休憩を宣言したリナの髪を、つられて笑いながらくしゃっと撫でた。
2人並んで大きな幹に背中を預け、薄紅の花に包まれる。
ぽかぽかな陽射しに、暖かくそよぐ春の甘い風。
そよぐ度にひらり・・・ひらり・・と舞い踊る花びらを手のひらに乗せたリナが、その薄紅にそっと唇を寄せて呟いた。
「パッと咲いてパッと散る。あたし、桜のその潔さが好きよ」
「そういう所は、リナにちょっと似てるよな」
軽く抱き寄せて言った俺に、リナは逃げる事なく凭れ掛かりながらも微かに首を傾げて見上げてくる。
「そお?あたしはどっちかっていうと、最後までとことん粘る方だと思うけど?」
「そりゃあな。折角綺麗に咲いたのに、さっさと散らせるような勿体ない真似は俺がさせるわけないだろ」
「〜〜〜〜〜〜真っ昼間から恥ずかしい事言ってんじゃないわよ、バカ」
途端に頭上を覆う桜の花のように顔を薄紅に染めるリナが可愛くて、思わず額に軽く口づけると、ポンッと更に鮮やかに赤く染まる顔。その相変わらず慣れない様子が更に可愛くて。
くしゃくしゃと、髪をかき混ぜた。
「まだ陽も高いし少し寝てくか。お前さん、夕べは盗賊いぢめに行ってて実は寝足りないだろ?」
「hっ・・・・今まで知らん顔してたから、今回こそはバレてないって思ってたのにっ」
「バレてないわけないだろーが。あっさりと謝礼貰わなかったって事は、夕べ荒稼ぎしてきたって証拠だろ?」
「荒稼ぎとは人聞き悪いわね。1つの悪を壊滅させた正当な報酬よ」
「ものは言い様だな。まったく」
他愛無い言い合いを続けながらも、暖かい陽射しと心地よい風に、緊張の溶けたリナは少しずつ睡魔に誘われているようだ。
そのうち、何度も小さなあくびを漏らした後に急に静かになって、しばらくすると肩にことりと小さな重みがかかった。
「・・・相変わらず寝つきがいいな」
穏やかな顔で微かな寝息を漏らしているリナに、思わず微少が浮かぶ。ただでさえ春のこの陽気は眠りを誘うし、やはり少し疲れもあったのだろう。
このままでは寝づらいだろう、と。リナが完全に寝入った頃に、そっと身体をずらしてリナの体勢を横にしてやる。寝やすいように、頭を膝に乗せて、そっと流れる髪を掬った。
ひらり・・・ひらり・・・
暖かな風がそよぐたびに、まるで雪のような花が降る。
ひらり・・・ひらり・・・
薄紅の花びらが、眠る彼女の上に惜し気もなく降り注ぐ。
パッと咲いてパッと散る。
その潔さが、リナに似ていると思った。
瞬時に決断を下して行動に移す。その鮮やかな程の思い切りのよさと、自らの行動に反省はしても後悔はしない所が、舞い散る花びらの姿とダブって見える。
桜の、その人を惹き付けてやまない花の見事さや、時に気紛れな春風に揺すられ、花びらをまき散らしながらも凛として咲き誇るその姿が。
陽光の下では清純に、月光の下では妖艶に。時に恐れを抱きながらも、どうしても引き寄せられる。
同じ花でありながらも見る角度によって違う雰囲気を醸し出す所が。
リナに似ていると、思った。
「・・・・お前を散らせたりはしないけどな」
何度も花を散らせながらも、次の年にまた更に見事に咲かせる桜の樹。
けれど、リナと言う花はただ一度しか咲かないのだから。
花が美しく咲くのを守るのは、俺の役目だ。
時に惑って色褪せても、再び輝きを取り戻すまで側で見守る、樹のように。
ひらり・・・ひらり・・・
暖かな風がそよぐたびに、まるで雪のような花が降る。
ひらり・・・ひらり・・・
薄紅の花びらが、眠る彼女の上に惜し気もなく降り注ぐ。
それは、輝きを取り戻した彼女に捧げられた祝福のように―――――
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