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――――朝、目を覚ますと、世界は白一色に染め変えられていた。
「うわぁ・・・一晩でよくこれだけ積もったわねぇ」
カーテンを開けると清冽な朝日が白い雪に反射して、まばゆい程の光が部屋の中に射し込まれる。
窓を開けると冷たく澄んだ空気が流れ込んできて、あたしの身体をブルっと震わせた。
ザクザクと雪をかく音に顔を向けると、思った通り、ガウリイが白い息を吐いて顔を赤くしながら玄関から道に続くまでを雪かきしていた。
一体いつの間に起きだして雪かき始めたんだろう。
雪の匂いには相変わらず敏感なんだから。
昨晩、寝る時は細かい雨が降っていて、あたしはその雨が雪に変わったのにも気付かないでいたってのに。
街からは結構離れた林の中にあるこの小さな家。
音を吸収してしまう雪に覆われたこの場所で響くのは、ガウリイがもくもくと雪かきする音と、楽しげな小鳥のさえずりだけ。
この冬、何度か繰り替えし見た風景。
でも、地上を照らし雪に反射する太陽の光は今までで一番力強い。
これは急がないと。
あたしは窓を開けたままゆっくりとベッドの方へ歩み寄る。
ベッドの上で丸まっている毛布の端を両手で持ちながら、すうっと大きく息を吸い込んだ。
「起きなさいランディ!雪よ!」
笑いながらガバっと毛布をはね除ける。と同時に冷たい外気にいきなり晒されて瞬時に身体を丸ませながらも、『雪』という言葉に反応してパチっと目を開いた小さな男の子が飛び起きた。
「雪っ!?ほんと!?」
「おはよう、ランディ。外見てごらん」
あたしの言葉におはようの挨拶も忘れ、ガバっと文字どおり飛び上がるように起き上がるとピョンっとベッドから飛び下り、開け放したままの窓によじ登るようにして身を乗り出す。
「うわぁ〜っ、やったーっ!」
窓の外に広がる一面の白い世界を写し出した彼の澄んだ明るい朱赤の瞳が、太陽の光に負けない程輝いた。
「ほら。早く着替えて遊んでおいで。ガウリイはもう外にいるから」
「うんっ!」
いつもは寝起きの悪いランディも、こういう時だけは早い。
まだたどたどしい手付きでパジャマのボタンを外し、あたしが出してきた服をんしょんしょと急いで頭からかぶる。
厚手のズボンと上着を着て、ちっちゃな革の手袋をはめ、ところどころ跳ねているくせっ毛の栗色の頭の上に毛糸の帽子をかぶせて、ブーツを履けば準備完了。
勢いよく玄関から飛び出しかけて・・・・くるっと振り返ってあたしに釘をさしていく。
「おかーさんは来ちゃダメだからねっ」
「はいはい」
苦笑しながら手を振ると、彼は満面の笑みを浮かべて子犬のように飛び出していった。
まったく。
外見はあたしに似たってのに、こういうところはガウリイそっくりなんだから。
すぐに外から賑やかな声が聞こえてくる。
外がよく見える寝室に戻り、寒いので身体に毛布を巻き付ける。閉じた窓越しに外を覗けば、雪の中を大喜びで駆け回る、2匹のイヌ。
ガウリイのまねをして、冬の始めに作ってもらった小さな雪かき用スコップを持ってきたランディに、ガウリイが一緒になって雪をかきながらも庭に大きな雪の山を作っていく。
ランディのは雪かきと言うよりも、雪を掻き回してるって感じだけど。
「♪イーヌは喜び庭駆け回り ネーコはこたつで丸くなる♪」
小さく歌って、プっと吹き出す。
嬉しげな、全開の笑顔。
外見はあたしに似ているランディだけど、ああやって一緒になって笑ってる時は驚く程ガウリイに似ている。
やっぱり、親子ってやつなのよね。
もう一度ベッドに潜り込んでうとうとしたい誘惑にかられながらも、あたしは身体から毛布を外して部屋を出た。
「あの様子じゃ、朝ご飯とお昼ご飯が一緒になっちゃうわね」
苦笑しながらリビングの大きな暖炉に薪をたす。あたしが起きるより前にすでに火はつけられていて部屋が暖まっていたのは、ガウリイのおかげだろう。
「さーてと」
穏やかな気持ちで腕まくりすると、あたしはキッチンへと向かった。
寒さも空腹も忘れて雪と戯れているやんちゃ共の為に、暖かい食事を作るために。
雪は決して嫌いじゃない。
寒いのは嫌いだけど、雪は好き。
雪かきは大変だけど、大抵はガウリイがせっせとやってくれるし。
ちょっと前までは、雪が積もるとガウリイが子供に還っていた。
その時々、泊まっている街の子供たちと一緒になって、1日雪にまみれて遊んでいたっけ。
そんな様子を、あたしは部屋の窓から眺めていた。
この時ばかりは、あたしとガウリイの立場が逆転して、まるで母親になったような気持ちで微笑みながら見守っていた。
冬の始まりを告げる雪が積もった時の、毎年の儀式。
ずっと。これから先もこうやって、冬の始まりを一緒に過ごせたらいいと思っていた。
「リナぁ〜!ランディを着替えさせてやってくれ!」
大きな声に暖炉の前で縫い物をしていた手をとめてゆっくりと立ち上がる。
バタバタと大きな足音がして、顔を真っ赤にしたイヌ達がリビングに駆け込んできた。
「まったく。こんなに濡らしちゃって寒くないわけ?」
「寒くないよ!子供は風の子だもん!」
「はいはい。で?風の子はお腹は空かないの?」
「お腹空いた〜〜っ」
まだ遊び足りないランディから、溶けた雪とかいた汗で湿った服を剥ぎ取りながら呆れた声で話し掛けると、上機嫌な笑顔と邪気のない返事が返ってくる。
湿ったためにきつくなった上着を頭からポンっと勢いよく引き抜くと、クシャクシャになった頭の上に柔らかなタオルが落ちてきた。
そのタオルと格闘しているランディ越しに振り返り、あたしはピっと指を突き付けた。
「ガウリイも着替えてきなさいよね」
「ああ」
タオルで髪を拭いていたガウリイが苦笑する。
前に、同じように雪で遊んでて。ランディだけ着替えさせて自分はそのまま乾かしていたら、見事に夜熱を出したことがあるのだ。
くらげでも風邪をひくってことが実証されたってことだけど。あの時こっぴどく叱っておいたことはさすがに記憶に留めたらしく、今はちゃんと言うことを聞く。
旅していたちょっと前までは、冬の始めの雪が積もるとガウリイが子供に還った。
1年に一度だけ。
でも今じゃ・・・子供が、ランディが歩けるようになった頃から。雪が積もるごとに子供に還ってる。
この家が街から離れていて、ランディがなかなか同じ年頃の子供達と一緒に遊べないからってのも、ちょっとはあるのだろう。
雪と遊びながら、さりげなく冬の生活を教えている。
遊びを通しての生きる勉強。
知識ではなく経験として身体が覚えるように、いざというときに生き延びられるために。
それは雪がない時もそうだけれども。
「早くしないともう一度遊べないわよ?」
「そうだな」
あたしの言葉にガウリイが小さく笑いながら窓の外を見つめた。
眩しい太陽の陽射しは暖かで、空は青く晴れ渡っている。ぐんぐん気温が上がっているのだろう。雪の上に微かな蒸気が漂っているのがここからでも見えた。
「ご飯、暖め直すから」
「悪いな・・・・思わず時間忘れててさ」
「いつもの事じゃない。あたしはちょっとつまみ食いしちゃったけどね」
「そっか。じゃあちょっと着替えてくるな」
「あ、ガウリイ」
くるっと身体の向きを変え、寝室に向かおうとしたガウリイを呼び止める。
「あ、えっと・・・雪かきと暖炉、ありがとね」
ちょっと照れくさくて早口で言ったあたしに、ガウリイの大きな手がくしゃっと髪を掻き回していく。
「いつもの事だろ?」
暖かい声。頭の上から注がれる同じくらい暖かい眼差し。
こういう優しさはずっと変わらない。そんな優しさに嬉しさと同時にくすぐったいほどの照れくささを感じることも。
「ガウリ・・・」
―――――ぐぅ・・・きゅるる・・・・
「おかーさん、着れたよ。えへへ、お腹鳴っちゃった〜♪」
小さな身体から発せられた何とも気の抜ける音に、あたしたちははっと我に返った。
「あ、え、えらいえらい。んじゃご飯にしましょ!」
「ごはんごはん〜♪」
あたしたちを見上げてくる小さな瞳に、あたしは慌ててガウリイから離れた。ガウリイもあたしの頭に乗せていた手でぽりぽりと頬を掻きながら着替えに向かった。
・・・・なんつーか、その。家族が仲良しなのは良いことなんだけどね。無邪気な息子の視線ってのは照れるのよ、うん。
悪いことしてるわけじゃないんだけどさ。
慌ててガウリイ吹っ飛ばすような事はなくなってきたから、あたしも成長したわよね。おほほ。
昼食を済ませてから、飽きる事なく再び外に飛び出した2匹の犬たち。
「雪玉、すぐ溶けちゃうよ〜」
「春の雪で水分が多いからな。雪かきするまでもなかったかな」
窓の外から聞こえてくる2人の声に窓の外を見てみると、すでに春の陽射しになった明るい太陽の熱がどんどん雪を溶かして、ゆらゆらと陽炎を登らせている。ガウリイが朝から雪かきしてくれていた場所は、すでに溶けてしまって黒々とした土が顔を覗かせていた。
春になって暖かくなるのは嬉しいけれど、雪が消えていくのはどことなく残念な気がする。
でも、1ヶ月もしないうちに草が萌でて、花も咲いてくるだろう。
「ランディも随分しっかりと走れるようになってきたし、ガウリイが張り切るわね、きっと」
ガウリイと一緒に遊びたい一身で雪の中を走り回っていたランディの動きは、確実に冬が始まる前よりもしっかりとしてきている。
春になって、眠っていた命たちが活気づく。林の中も賑やかになるだろう。もっと自由に遠くまで、ランディも走り回るに違いない。小さな虫や可愛い花などの色々な宝物を見つけながら。
ランディに教える事、教えてあげたい事は山のようにある。
それ以上に、ランディが自分の力で覚えていって欲しい事がある。
ガウリイと2人で旅をしていた時にくらべれば、今はあの頃の記憶が嘘だったんじゃないかと思うほど穏やかな日々が続いているけれど、この世界に『永遠』なんてものはないって、あたしもガウリイも嫌になるくらい思い知っているから。
どんな事があっても決して諦める事なく、自分の力で生きていけるようになる為に。あたしたちは努力と労力を惜しまないのだ。
「今年、あれだけ雪の中で遊びまくっても軽い風邪一度で済んじゃったし。どっちかっていうとやっぱり身体能力はガウリイに似た感じよね。潜在魔力はまだちょっとわからないし」
ランディが生まれてきた時。
外見の色彩はあたしに似ていた事に、ガウリイは喜んでいたけれどあたしはちょっとだけ残念な気もしていた。もちろん、あたしに似てても嬉しいし当然可愛かったけれど。
やっぱり一番先に生まれてくる子供は、あたしが愛した人と似てて欲しい・・・・それは贅沢な密かな望みだったけど。
けれど、2人の子供なんだから2人に似てて当然なのだ。
「ガウリイのクラゲ頭まで似ちゃ困るけどね。さーてと」
くすくすと笑いながら、あたしはおやつの準備を始めた。
「おかーさん!こっち来てー!」
リビングの窓の外から呼ぶ声に、あたしはキッチンからヒョイと顔を覗かせた。
真っ赤な顔で嬉しそうにブンブン手を振っているランディの隣で、ガウリイまで嬉しそうに手招きしてる。
「なぁに?」
「早く早く!これ見て!」
窓を開けたあたしの視界に飛び込んできたのは、窓の下に雪を集めて作った台座の上に、行儀よくちょこんと並べられている、小さな雪うさぎたち。
赤い小さな実の目と草の耳が愛らしい。
大きいのが1匹と、中くらいのが1匹と、小さいのが1匹・・・・・それと、とってもちっちゃいのが2匹?
「これがおとーさんで、こっちがおかーさんで、これがボクで、こっちが赤ちゃんの!」
嬉し気に誇らし気にランディが全開の笑顔であたしに説明してくれる。
無意識にそっと大きくなったお腹に手を這わせた。
「ランディが、絶対に2人いるんだってさ」
「・・・・・双児?」
「そう」
「女の子が2人だよ!ボクおにーちゃんだから守ってあげるんだ!」
あたしたち3人とこれから生まれてくる赤ちゃんを含めた、5匹の可愛い雪うさぎたちが、ちょこんとあたしを覗き込んでいる。そして、大好きな2人の目も。
言葉に出来ないようなジーンとした気持ちが沸き上がってきて、あたしは思いきり笑って、両手を伸ばしてガウリイとランディの2人の頭をぐりぐり撫でた。
「ありがとう!」
幸せだと怖いと思う事がある。
こんなに幸せで、だからこんな時間がいつか失われるかもしれないと思う瞬間が、怖いと。
でも、やっぱりすごく幸せで。
「おやつにするから入ってらっしゃい。あ、でもこのままじゃ雪うさぎたちすぐに溶けちゃうから、凍らせておこうか」
「・・・・・・うさぎたち寒くない?」
「じゃあ、すぐに溶けちゃってもいい?」
「・・・・・・・・・やだ」
「んじゃ、ちょっと離れててね。氷の矢!」
氷漬けになった雪うさぎたちが、太陽の光を浴びてきらきらと輝く。
「・・・・・・・何か、前も思ったが、俺たちまで氷漬けになったような気がするよなぁ・・・」
「うん」
「いーの!さぁ、お茶煎れるから2人とも早くおいで。もう一度ちゃんと髪も拭いて着替えてくるのよ?」
「はーい。おやつだ〜♪」
おやつに気がそれてぱたぱたと玄関に向かうランディを見送ってから、ガウリイがあたしの頭に手を伸ばした。クシャッと撫でてくる手は、物質的な大きさは前と変わらないのに、守る者が増えた今はずっと大きくなっている感覚がある。
「リナに似た女の子がいいな、俺」
「ガウリイに似てても可愛いわよ、絶対。でも2人とはねぇ」
「ランディが言い切ったからな」
「あの子の野生のカンはあんた譲りだもんね」
あたしの中でまだ眠っている、小さな新しい命たち。
ランディが教えてくれた、家族が増えると言う喜び。それをもう一度味わいたくて、ランディにも教えてあげたくて。
そうして宿った命が2人分。
生まれてくるまでは確実に2人だという確信はないけれど、今までもランディのカンには驚かされる事が数多くあったから、きっと間違いないのだろう。
驚きが過ぎたあとは、喜びがあるだけ。
「楽しみだな」
「そーね。あの騒ぎが2倍になってくるけど、覚悟しててよ?ガウリイ」
「ははは・・・覚悟はしてます」
ランディの時はお互い親としては本当に初心者だったから、赤ちゃんの世話ってのがあんなに大変なものだとは思ってなかったし。2人とも結構子供には慣れてるし、それなりにいけると思ってたんだけど、いやぁ〜・・・・魔族相手に啖呵きって戦ってる方が絶対に楽だと何度思ったかしれない。
それでも、大変だったけど。喜びの方が何倍も大きかった。もう一度繰り替えしても全然平気だと思うくらいに。
プッと2人して小さく吹き出して、窓越しに受ける軽いキス。
「うわ〜い焼きリンゴだ♪いいにお〜い♪おとーさんも早くおいでよ」
リビングに飛び込んできたランディの何とも気の抜ける嬉し気な声に、思わずガウリイを突き飛ばしてしまったのは、まぁ愛嬌ってことで。
いや、後ろ向きだったしランディの身長だと見られる事はないんだけど、やっぱりね、恥ずかしいのよっ。
「さ、さ〜て。お茶も入れるから、も一回着替えて手を洗ってらっしゃい」
「うん」
パタパタと走っていく軽やかな足音と、肩を竦めながらもクックッと笑いながら玄関に向かう確かな足音。
大きく深呼吸して窓を閉めようとした所に、再び目に入った氷漬けの5匹の雪うさぎたち。
穏やかで柔らかい、でもすっかり春めいた暖かい光に照らされて、すでに滑らかな表面になっている。
回りの雪がすっかり消える頃には、氷と共に中の雪うさぎたちも消えるだろう。
けれど、春が終わる頃に雪うさぎは姿を変えてあたしたちの元に帰ってくる。命が輝く季節に。
「楽しみにしてるから、早く出ておいでね」
そっとお腹を撫でて呼び掛けると、ポコン・ポコンとお腹を蹴られた。あまりのタイミングのよさに笑いが込み上げてきた。
春告げの雪は幸せを運んでくる雪。
冬という充電期間を終えて、命が芽吹き輝き始める時間を告げる雪。
溶けた雪は目覚めを促す恵みの水となって、たくさんの命を育んでいくのだから。
ちっちゃな2匹の雪うさぎが、2人のちっちゃな女の赤ちゃんとしてあたしたちの家族の一員となるのは、長い雨の季節を過ぎて夏の陽射しを受ける頃―――――
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