|
クリスマスだからって、特別な事をするつもりはないの。
大昔の聖人の誕生を祝う日だって言うけれど、その人が広めた宗教を信じていないあたしには直接関係あるわけじゃないし。
そりゃ、その日だけ食べられる特別な料理とかはしっかりいただくつもりだけど、別に改まってロマンチックなムードを作ってまで浸りたいとは思わない。
サンタがプレゼントを持ってやってくるわけでもないし、今さら面と向かってプレゼント交換をするのも照れるし。
だから、別に特別な日としてこだわりたいわけじゃない。
ただ、ちょっとだけ。
ほんの少しの悪戯心と、普段はとても言えない感謝の気持ちを、クリスマスの夜に便乗させてそっと届けたいと思っただけ。
こんな日でないと、伝えられないから――――
◇◇◇◇◇
すうっと冷たく冷えた空気が身じろいだ時に出来た身体の隙間に流れ込む。
思わず首を竦め、もぞもぞと毛布よりも暖かい身体にすりよると、無意識に反射的にあたしを抱き寄せてくる大きな手。
その感触に、意識が眠りの淵から戻ってきた。
小さくあくびを漏らし、重い目蓋をこじ開ける。
・・・・いけないいけない。このまま朝まで寝ちゃう所だった。
ぼんやりとした視界に写るのは、あたしを抱いて眠るガウリイの静かな寝顔。
部屋の中はまだ闇に包まれている。
朝はまだ遠く、眠りに落ちる前までは熱気に満ちていた部屋の空気は今はすっかりと冷えてしまっている。
うたた寝程度にして、なんとかガウリイが寝るまでは眠らないようにと企んでたけれど、結局少しの間眠ってしまっていたらしい。
与えられる自分のものではない体温と、けだるさが身体を包んでる。
・・・・体力バカのガウリイと同じようになんて持つわけないじゃない。
あれだけ散々求められたあと、ちゃんと寝て休んだとは言えないのだからこのけだるさは当たり前だ。
最近じゃ、手加減ってものもしてくれないし。
心の中でこっそり悪態をつきながらも、あたしはそっとガウリイのすべらかで暖かな腕に擦りよった。
ガウリイは男で大人だけど、時々あたしに甘えるようになった。本人は無自覚かもしれないけど。
我が儘に貪欲に、まるでお気に入りのおもちゃを手放したくないと全身で訴えている、子供のように。
呆れながらもどこか嬉しくくすぐったい感情があたしの中に宿ったのはいつだろう。いつの間にかあたしの中に増えていた感情。
こーゆーのが母性本能っていうのかもしれない。
抱き寄せて、抱き寄せられて。
同じ体温を分け合う、幸せ。
こんな些細なことを幸せだと感じられるようになったから、こんな悪戯を思い付いたのかもしれない。
布団の外は冷えた空気が部屋を満たしている。この暖かい場所から抜け出すのはかなりの意思の力が必要だけど・・・あたしは思いきって身体を起こした。
ガウリイを起こしてしまっては意味がないので素早くベッドを降り冷たい空気が触れないように注意する。
「・・・・さ・・さぶい・・」
毛布を奪うわけにはいかなかったから当然、あたしは何一つ身につけていない状態。冷えた空気が容赦なく体温を奪っていく。
物音を立てないように充分気をつけながらも、慌ててマントだけ羽織り、自分の荷物の底から小さな包みを取り出した。
中に入っているのは革のグローブ。
ごく普通のグローブに見えるけれど、実はちょっと特別な方法で溶かしたミスリルを革に染み込ませてあるのだ。
「・・・・ま、気休めなんだけどさ」
そっと苦笑しながら、ガウリイのテーブルの上に投げ出してあったグローブと取り替えた。
マジックショップで見つけて、つい思わず衝動買いしてしまったものなんだけれど。
見つけた瞬間に浮かんだのは、ガウリイの顔だった。
女の子用の同じ素材のグローブもあったけれど、自分の分は必要無いから買ってない。
でも、ガウリイは魔法攻撃を防御する宝石の護符の類いは全く身につけていないから。
護符でしのげる程の攻撃なんてたかが知れてるとはわかっているけれど。これならいつも必ず身につける物だし、邪魔にならずにちょっとは役に立つかなって。
本当に、ちょっとしたお守りなのだ。
今までガウリイが使っていたグローブを荷物の中に隠して、あたしは小さく息を吐き出す。
ガウリイは起きる気配もなく静かに眠っていた。
マントを外して、あたしはそうっとベッドに潜り込む。マントだけ急いで羽織っていたものの、やっぱり身体は冷えてしまっていた。布団の中の暖かな空気が冷えた身体を柔らかく包み込んでくれる。
ここまできておいて起こしてしまっては意味がないので身体が暖まるまではベッドの端にいたあたしに、不意に寝返りを打ったガウリイの腕が触れた。
「・・・・・ん・・・・」
僅かに顔をしかめて小さな声を漏らしたガウリイに、あたしは思わず息を止めて様子を伺って・・・緊張に硬直して丸まっていたあたしを、大きな腕が引き込んだ。
・・・・・起きちゃった・・・?
悪戯が失敗してしまった時の失望感が沸き上がってきた。けれどそのまま動きがないから、そっと薄目を開けてガウリイを覗き見てみると、何故か満足げな表情を浮かべて眠っていた。微かにクウクウといびきすらかきながら。
思わず瞬きを繰り返し、あたしはふぅっと脱力した。
本当に寝ているのか、実は寝たふりしてるのか・・・どっちでもいいや。
冷えてしまった身体が、ガウリイの熱を受けて心の中までほかほかと暖まっていく。
すぐにさっきまでと同じように体温が同化して、眠りの帳が降りてきた。
体温と同じぐらいあったかい思いを抱いて、ゆっくりと目を閉じる。
あたしたちはもう、無邪気にサンタクロースを信じられる子供じゃない。
面と向かって改めてプレゼントを渡すのは、あまりにも照れくさい。
でも、クリスマスの朝。
目を覚ました枕元に置かれていたプレゼントを見た時の驚きと喜びは、思い出の奥底に残ってるから。
気付くかな。
気付かないかな。
気付かれないように、こっそりと夜中に起きて仕掛けた『悪戯』。
手渡しなんて恥ずかしくて出来ないからこんな手段を取ったくせに、心の底では気付いてくれることを望んでる。
気付くかな。
気付かないかな。
どっちでもいいんだけど、でも、わかるかな?
トロトロと眠りの淵に落ちていく。
満足げな笑みを浮かべて、無意識にガウリイに懐きながら――――
◇◇◇◇◇
すうっと首筋を掠めていった冷たい空気に、反射的に首を竦めもぞもぞと毛布へ潜り込んだ。
「リナ?まだ寝るのか?」
頭の上から声がして、あたしは重い目蓋を微かに開けた。
部屋の中は朝の眩い光に満ちている。
いつの間に起きていたのか、すでにガウリイは着替えも済まし、部屋に備え付けられている暖炉に火を起こしていてくれたおかげで、肌を刺すような冷気は暖められていた。
「延泊の予定だったから寝ててもかまいはしないが、クリスマス限定の朝食セットを食べるって張り切ってなかったか?」
「うにゃあ〜〜〜・・・・ご飯は食べる〜〜〜」
部屋の空気はすでに暖められているとわかっていても、ぬくぬくのお布団から出るのは思い切りが必要だ。
そうでなくても、まだ身体にはけだるさが残っているから、眠気も去ってくれない。
猫のような声を上げて布団の中でゴロゴロしているあたしの上で、ガウリイが笑った。
ポンッと頭に大きな手が乗せられて、くしゃくしゃと掻き回していく。
「しょうがないな。宿のおばちゃんに言ってこっちに朝食もらってきてやるから、リナはもう少し寝てろよ」
「う〜〜ん〜〜〜・・・」
もう一度ポンポンと頭を軽く叩いて、ガウリイが部屋を出ていく。毛布の隙間から薄目を開けてあたしはその後ろ姿を見ていた。
正確には、その手を。
いつもと何も変わらずにはめられている、グローブ。
クスリと、毛布の中で小さく笑った。
気付いてるかな。
気付いてないかな。
どっちでもいいんだけど、でも、わかってるかな?
そのグローブが、昨日のものとは違っているって事。
何か言うかな。
何も言わないかな。
悪戯は、バレるまでのスリルが楽しくて、バレた時の相手の反応はもっと楽しいから。
決して怒られることのない『悪戯』は、だから止められない。
確認したことで多少眠気がすっきりとした。
もぞもぞと緩慢な動きで毛布から這い出すと、素肌に暖められた空気が優しい。
「ご飯が来るし、起きますかぁ〜〜〜」
大きく伸びをして・・・・高く上げた手の先で不意に何かが小さく光った。
窓から射し込む朝日に反射した、何かの光。
「?・・・・・!?」
手を上げたポーズのまま、それを見つけたあたしはそのまま固まった。
そして、不意に笑いの発作に襲われる。
「やられた〜〜〜」
クスクスと唇からこぼれる笑いはなかなか止まらない。眠気はあっという間にどこかに飛んでいってしまった。
まったく。
長いこと相棒やってると思考回路も似てくるのかしら。
油断してて全然気付かなかった。
ガウリイからの『悪戯』に。
すぐに気付かなかったのは、ちょっと悔しい・・・かな?
でも、気付かないわけのない悪戯。
ねぇ、いつもだったらさっさと起きてたりしないのに、先に起きだして部屋を暖めてたのは、この悪戯をするせい?
ねぇ、どんな顔して部屋に戻ってくるの?
あたしがどんな顔して迎えるか、ドキドキしながら楽しんでる?
あたしと同じように。
ベッドから降りて、いつもの服を着て。
せっかくお湯が湧いてるから、美味しい香茶でも煎れますか。
たまには部屋でご飯をゆっくりと食べるのも悪くない。
今日は特に急ぎの用事もないし、切羽詰まって仕事を探さなきゃいけない状態でもないし。
外は寒いから、今日ぐらいは出かけないで部屋の中でゆっくり過ごすのもいいかもね。
クリスマスだからって特別なことはする気ないし、今も特別に祝う気はないけれど。
クリスマスってものに便乗して、普段は出来ないプレゼントを渡せたってのは紛れもない事実だし、くすぐったいけどやっぱり嬉しいのも本当だから。
扉を開けて、戻ってきたガウリイと目が合ったら、まず何を言う?
『悪戯』が見つかったことに首を竦めて、『悪戯』を見つけたことを喜んで。
特別じゃないけど特別な日。
同じことを考えて、同じことを思える人と過ごせる。だから毎日が特別な日。
いつもと同じように、でもいつもよりちょっと優しい気分で過ごせそう。
あたしが寝ている間にガウリイか仕掛けた『悪戯』。
いつの間にか指にはめられていたシンプルなシルバーのリングが、眩い朝日を受けて楽し気に煌めいていた――――
|