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明るい色彩で華やかに飾られた町並みに、浮かれた人々のざわめき。
競い合って飾りあったのか、大通りに面しているいくつかの巨大なモミの木には金銀の球や赤いリボン、色とりどりのモールで飾られ、その華やかさを際ただせる為にいくつかの魔法の明かりがその飾りに混じって輝きをそえ、さらに幻想的な雰囲気を増していた。
誇らしげにそびえ立つツリーの下、こちらも負けじと華やかな服を纏った人々が白い息をはきながら、まったく寒さを感じさせない程幸せそうな表情で行き交っている。
誰の心も浮き立つ、今日はクリスマス・イヴ。
そんな街中の様子を宿の窓から見下ろして、少女は重いため息をついた。
誰よりもお祭り好きな少女なのに、今日は憂鬱な表情で黄昏れていく街をぼんやりと眺めている。
部屋の中は彼女の感情の犠牲になった枕や魔道書などが散乱していた。
「・・・・・ばかくらげ・・・・」
ぽつりと、唇から零れた声にいつもの覇気はない。
必要以上にいつも少女の側にいる自称彼女の保護者は、朝から別行動をとっていて、日の暮れ始めた今になってもまだ帰ってはこなかった。
急速に闇が広がっていく空に、瞬き始める星たち。
聖なる夜を祝福するかのように、さりげなく控えめにでも優しく輝いている。
そんな街や空が美しい程に、少女の心は沈んでいった。
「・・・・なんでよりによってこんな日に依頼受けてくんのよ・・・」
事の起こりは昨日。
2日前、この街に辿り着きしばらく滞在しようと宿を決めた後、すでにクリスマス一色に染まった街を2人で楽しみながら見物していた。
この相棒とすでに何度目かのクリスマスを過ごしている。
いつのまにか当たり前のように一緒に旅を続けているあたしたち。同じように季節を過ごし行く先々でいろんなお祭りや行事に一緒になって参加してきた。
去年のクリスマスは小さな街にいて、街全体で賑わっていたパーティーに一緒に参加していた。クリスマスならではのごちそうも食べ放題で賑やかに楽しく過ごしたんだっけ。
そしてお決まりのように交換したプレゼント。
だから今年も。
昨日別々に買い物に出かけたのは、暗黙の了解。あたしがそうであったように彼もきっとプレゼントを買う為だった、はずなのに。
帰ってきたあいつはちょっと困った顔しながら『明日な、断りきれなくて依頼受けてきちまった』と、告げたのだ。
いつもは自分から依頼を受けてくるどころか、依頼の選定や内容のやり取りまでほとんどあたしに任せっきりなのに。
嬉しそうに『依頼料は相場の倍なんだぜ』と話すガウリィに、あたしは堪えきれずに怒鳴り付けてしまっていた。
――――これが今日や明後日なら、あたしだって喜んで引き受けてただろう。
だけど、明日はクリスマス・イヴなのに。
『そんなに仕事したいなら1人でやんなさいよっ!!』
とだけ言い捨てて、あたしはそのまま部屋に篭ってしまった。ガウリィが何か言ってたけど聞きたくなくて。何度か扉をノックしてたけど、完全に無視。
朝も食事に呼びに来たけど、ガウリイの顔を見たくなくて寝てるふりをしてた。
結局諦めて1人で食事して出てったみたいだけど。
ガウリイがいなくなってから、部屋中のものに当り散らして口で散々彼を罵ってみたけど、感情が少し落ち着くと寂しさが溢れてきて。
去年までのあたしだったら、ぶちぶち言いながらそれでも依頼料に惹かれて、受けてきた仕事をしていたことだろう。当然借りは高くつくからきっとガウリィにおごらせるか何かして。
2人でさっさと仕事を終わらせて、夜には楽しく過ごせていたかも知れない。
そう、できればよかったのかも知れない。
でも、感情が拒否してしまったのだ。
今のあたしは去年のあたしとは違う。
賑やかでなくてもいい。今年は穏やかな気持ちでゆっくりとこの日を過ごしたかったのだ。
ガウリィと一緒に、ただいたかっただけ。
「・・・・あんたにとってあたしはまだ、子供でしかないの・・・?」
小さなつぶやきに答えてくれる声はいない。そのことが更に寂しさを増していく。
いつの頃からか気付いてしまった自分の心。
そんな想いを彼に抱くなんて自分でも信じられなくて、戸惑ったり反発したりしたけれど、今は認めてしまった恋心。
だけど彼にこの想いを告げてはいない。
そんな恥ずかしいこと出来ないし、そのことで2人の関係が崩れるかもれないといった不安も大きかったから。
あたしが彼に感じる『好き』と、彼があたしに抱いている『好き』は同じじゃないかも知れない。
居心地がいいくせに息苦しいこの距離。
それを今日、一歩だけ縮めたかった。こんな日なら雰囲気に流されて、少し素直になれそうな気がしてた。
それなのに・・・・
ガウリィにとってクリスマス・イヴは特別でもなんでもない日だった、というのが悲しい。
それは、あたしは彼にとってそういった対象に見られていないと肯定されたようなものだから。
目の奥がジンとしてきてあたしはあわてて目を擦った。大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。
気がつくとすでに部屋は闇に包まれようとしていた。
「・・・・・まだ帰ってこないんだ・・・・」
夕食の時間になっても帰ってこないガウリィに、少しだけ不安になる。
腹が立ってろくに依頼の内容を聞いてなかったからどんな仕事をしにどこに行ったかもわからない。でも、物騒な仕事じゃなかったのは確かだ。
「仕事先でごちそうになってるのかな・・・・」
あり得ないことじゃない。昨晩から結局彼を無視し続けたのはあたしの方だ。ここに帰って来づらくてどこかで食事しててもおかしくない。
今日はどこにいってもごちそうにありつけるだろうから。
「自業自得、ともいうかもね」
力ない微かな笑みを浮かべてあたしは重い腰を持ち上げた。
朝からまともに食べていないのにちっとも食欲が湧かない。それに今はあまり賑やかな場所に出たくなかった。
幸せな光景を目の前にして、自分を保っていられる保証がなかったから。
「・・・・お風呂、入ってこよ」
この時間ならほぼ貸しきりに近いだろう。冷えて強ばった心を温めてこないといつまでも嫌な感情を引きずってしまう。それはあたしらしくないから。
今はまだ、彼に追いつけない。
だけど、諦めるわけにはいかないから。
今回はあたしが折れてあげる。心がどんな悲鳴をあげても、彼から離れられないのはまぎれもない事実。だから帰ってきたガウリィが困らないように子供の笑顔で迎えられるよう・・・仮面をつけよう。
大きく頭を振ってパタン、と扉を閉じる。
この悲しみを部屋の中に封印するかのように。
「あれ?」
風呂から上がり部屋に戻ってくると、淡い明かりと微かないい香りが部屋に広がっていた。
乱雑に散らかっていた部屋は大体ではあるが片付けられている。
「この蝋燭が香ってるんだ。宿のサービスかしらね。ついでに片付けてもらっちゃった・・・・?」
テーブルの上で燃える蝋燭に近づくと見覚えのない包みが目に入った。なにやら手紙らしきものもついている。
首を傾げながら手紙を開く。読み終えた瞬間、あたしはその包みを慌てて開いた。
「・・・・どういうつもり?」
それを手にしてあたしはしばし呆然としてしまった。
深いワインレッドのナイトドレス。シンプルだけど身体のラインが嫌みじゃない程度にでる形。肌触りが気持ちいいベルベット生地が深い光沢を上品に見せている。
少なくても“女の子”が着るような代物じゃない。
「どういうつもりなの、ガウリィ?」
一緒についていた手紙には簡単な地図と彼からのメッセージ。
胸が苦しい。キュウっと締め付けられてあたしはそのドレスを抱きしめた。
顔も火照ってる。
・・・・・着てこい、ってことよね。
ほんとにどういうつもりなのよ。
今、ここにいたなら問いただすことが出来るのに。ここに来てくれればいいのに。
――――どうしよう。
服を抱きしめたまま、ふと窓の外を覗くと、闇の中に浮かび上がるクリスマス・ツリー。
まばらになった人陰が足早に通り過ぎていく。
さっきのように嫌な気持ちにはならなかった。それよりも焦りにも似た思いが沸き上がってくる。
「・・・・まったく、気紛れなんだから」
口ではぶつぶつ言いながらも、手早く着替え始めたあたしの口元には押さえきれない笑みが浮かんでいた。
ピンと張り詰めた冷たい外気。寒いはずなのにあまり気にならない。
走ってきたわけじゃないけど身体が火照ってる。らしくないけど多少緊張してるせいもあるんだろう。
それにしても・・・・
「ったく。この地図じゃわかんないわよ・・・」
地図に書かれていた店の近くまでは来たはずなのだが、それらしき店が見つからない。あちこちで盛り上がっている酒場があるものの、ほとんどの店がすでに閉店していた。
「・・・・・長湯しちゃったからなぁ・・・・」
彼がいつ部屋に来たかわからない。あたしが風呂に向かったのと入れ違いだとすると、すでに結構な時間が経っている事になる。
立ち止まって回りを見渡すと、シンプルな飾り付けを施されたクリスマス・ツリーが目に写った。細やかな明かりがたくさん飾られたその木の下に佇む人陰を目にして、ドキンっ、と心臓がひと際大きな音を立てた。
「リナ」
誰よりもよく知ってる、でも初めて見る男がそこにいた。
「・・・・ガウリィ」
見慣れてるはずの優しい笑顔は変わらないはずなのに、何故こんなにもドキドキしてるんだろう。
ガウリィもいつもの服ではなく、どこで調達してきたのか黒に近い深緑のスーツ姿。ポイントを押さえてところどころに金糸で刺繍が施されている。
服を変えるだけでこんなに雰囲気が変わるもの?
思わず立ち尽くすあたしにガウリィがゆっくりと近づいてきた。
「機嫌、直ったか?」
手を伸ばしてあたしの頭に触れる手。いつもならその言葉と共にぽんぽんと軽く叩かれるはずのその手が、ゆっくりと愛おしむかのように撫でていく。
「・・・・ばか」
「悪かったよ」
あたしの小さなつぶやきに苦笑して、ガウリィがそっとあたしの身体を引き寄せる。あたしはそれに逆らわなかった。
とんっと額を彼の広い胸につけると、柔らかく包み込まれる。
そっとしがみついてみると冷たい服。どのくらいここで待っていてくれていたのだろうか。
「・・・・まいったな」
頭上で囁かれた声に顔をあげると、至近距離にガウリィの顔があった。どこか眩しげに、それでいて楽しそうな切なそうな眼差しであたしを見つめてる。
その深く心の底まで見通すような青い瞳からそらすことが出来ない。
「いつの間にか、そんな表情するようになっちまって・・・もっと早く、言ってもよかったかな」
「何を?」
「愛してる」
――――ほんの一言。告げられた言葉に世界が変わる。
冷たく澄んだ空気に溶けた言葉は熱い吐息と共にあたしの中にゆっくりと染み込んでいく。
「・・・・・・・ほんとに?」
「ああ。本気でリナに惚れてる。もうずっと前から、お前だけを見てたよ」
「・・・・・・・・・・ガウリィ」
初めて真近で見る男の顔をしたガウリィに、あたしは身動きがとれなかった。
こんなに熱い眼差しに、甘い声。今ここには『保護者』はいない。
かあっと全身が熱くなる。
恥ずかしさと嬉しさと・・・なんだろう、この感覚。
泣きたいわけじゃない。でも、喉の奥がじんっとしてくる。
「本当に、もう子供扱い出来ないな」
すうっと頬を辿っていく指に、あたしはそっと目を閉じた。
空気が触れることのように、ごく自然に触れた唇は、とても暖かった。
ほんの少しだけ、触れるだけのキス。
そしてすぐに、今度は少し長いキス。
――――意識がふわふわする。あまりに心地よくて。
力が抜けかけた身体を逞しい腕がしっかりと支えてくれていた。
何故だかとても素直になりたい気分。
いつものあたしなら考えられない程。
だから、言ってしまおう。封印した想いを。
「今日・・・・ガウリィいなくて、寂しかったよ」
「うん」
「いつまであたしは子供でいなくちゃいけないんだろうって、悲しかった・・・・でもね」
「ん?」
「この服贈ってくれて、嬉しかったの。子供に着せる服じゃないよね?」
「ああ。去年のリナに贈るにはまだ早いと思った。だけど、その後でどんどん綺麗になってきて。正直言ってかなり焦ってた」
ガウリィも壁を壊すタイミングを探っていたんだ。あたしが変わったとしたらそれは。
「『恋する女は綺麗になる』って言うからな」
「・・・・・すごい自信家」
「自惚れてもいいだろう?」
にやっと唇に笑みを乗せる確信犯。
「――――いい女になったよ、リナ」
「・・・・ばか」
あんたのせいだよ。ずっとそんな素振りも見せなかったくせに、散々あたしの心を振り回した。
悔しくて悲しくて、眠れない夜を迎えたこともあったけど、それが総てこの日の為にあったのなら、許せるような気もする。
「覚悟はできてるんでしょうね?」
「もちろん」
「離れたりしたら許さないんだから」
「離すわけないだろ」
茶化した言葉の中に真剣な響き。それを感じてあたしは小さく言葉を紡ぐ。
「――――――好きだよ、ガウリィ」
囁きが届いた瞬間、あたしは強く強く抱き締められていた―――――
「食事まだだろ?リナ」
「うん。でも、こんな時間じゃ酒場くらいしか開いてないわよ」
「予約してあるよ。貸し切りで」
パチンっとウィンクしてガウリィがあたしの手を引いて歩き出す。
「ちょっ・・こんな時間によくそんなことできたわね」
「こんな時間だからできたんだ。それに・・・」
「それに?」
「ドレスアップしたリナを他の男に見せたくないだろ」
真顔でとんでもない事を言い出す彼に思わず吹き出してしまった。
正真正銘の過保護な『彼』。
「ね、最高級のワイン頼んで乾杯しよっか」
それを嬉しく感じるあたしも、かなりどうしようもないのかも知れない。
弱まった魔法の明かりと更に輝きを増した星の光の下、聖なる夜に生まれた恋人たちに。
限り無い祝福のあらん事を―――――
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