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「ねえガウリイ。どこに出かけてたの?」
ご飯を食べ終わって香茶を飲みながら、あたしは思いきって聞いてみた。
今日だけじゃなく、今まで。どこに出かけていたの?
後半の言葉は声に出さず、チラッとガウリイの瞳を覗き見る。
「ん?・・・・気になるか?」
あたしの言葉に急ににんまり口元に意地悪げな笑みを浮かべたガウリイに、反射的に赤くなった顔を隠せない。
「べっ、べっつに〜。ただあたしがいない間何やってたのかなーって思っただけで、ガウリイが気になるってわけじゃないけどっ」
「ふーん?」
ニヤニヤ笑ってるガウリイは何だか上機嫌で、からかわれているのにあたしは不思議と不機嫌にはなっていかなかった。
無意識に考えようとしていなかった、見知らぬ女と遊んでいるんじゃないかって不安が、あり得ない事だって纏う空気で分かったってのがあるのかもしれない。
多分、あたしはほっとしてるんだと思う。
だから、今は純粋に何をしていたのかが知りたい。
「出かけるか」
「どこに?」
ニヤニヤ笑いを引っ込めて、ガウリイが立ち上がった。
「10日もずっとリナにほっとかれたからな。付き合ってくれるだろ?」
にっこり笑って手を差し出されたら手を乗せるしかない。もとより断るつもりは欠片もないし。
「あんたのおごりよね、もちろん?」
「ちゃっかりしてんなぁ」
ウィンクしながら立ち上がると苦笑されたけど。
午後の柔らかな陽射しの中をそぞろ歩く。
この10日間、宿と魔道士協会と工房を往復していただけで街の見学はついた初日にちょっとしただけだったから、一度見たはずなのにどこか新鮮な感じがした。
「へえ。午後になると露店が随分増えるんだ」
「ああ。旅人とかが到着したりして街の人数が増えるのに合わせて店を出すんだと」
「普通の街は食べ物や雑貨なのに」
宝石や金銀細工の店先に出されている露店。中で売られているものよりも質は落ちるものの、中の商品がどんな感じか掴むにはいいかもしれない。
「んで、どこに行くつもりなの?」
「ああ、もうちょっと先の露店。面白い奴と知り合ったって言っただろ?この時間ならそいつが店を出しているはずなんだ」
「ふーん。ずっとその人のとこに行ってたんだ?」
「ああ。銀細工師目指して修行中なんだとさ」
「へえ」
そんな話をしながら大通りを歩いていくと、街の少女たちが何人か立ち止っている露店で足を止めた。
普通の街の少女が普段使いできるような小さな宝石を使ったたくさんの銀細工が、お手頃な値段で並べられていた。
どれもシンプルで嫌みがないデザインで、少女たちの間ではかなり人気があるのだろう。
「ん?あれ、ガウリイ。また来たのか?」
少女たちと話していたまだ少年と呼べる男が、ガウリイに気がついて手をあげた。にっこりと人なつこい笑顔を浮かべるとどこか少女めいた顔に見える。
「今日は早めに帰るって・・・っと、例の彼女?」
ガウリイの隣にいるあたしの姿に気付いて、笑顔が意味ありげなものに変わる。チラッとガウリイを仰ぎ見るけどさりげなく視線を逸らされて誤魔化されてしまった。
それでも手招きされて近づくと、商売用ではない本物の笑顔で挨拶される。あ、こういう所がガウリイが気にいったとこなんだろうな、って思わせる笑顔と態度に、あたしも笑って挨拶を返した。
「ガウリイとずっと遊んでくれてありがとね」
「・・・・おい、リナ・・・そーゆー言い方はないだろう?」
「あはは。確かに世話はしたかも」
キノアと名乗った少年がクスクスと悪戯っぽく笑い、ガウリイが情けない顔をする。
「ま、こっちも店番とか客よせとかしてもらったし。あ、よかったら見てってくれない?お宝見慣れてる審美眼で評価してってくれると嬉しいな」
「・・・ガウリイ?余計な事しゃべった?」
「いや?リナの趣味は盗賊いぢめでしょっちゅうお宝を換金してるって言っただけだぞ」
「それが余計な事だっての!」
――――スッパーンッッ!
久々のスリッパクラッシュはいつも通り見事にガウリイの頭に決まる。あ、大丈夫。露店に激突しないようにちゃんと倒れる軌道を考えて手加減したし。
「わははははっ。ホントに言ってた通りだ。すごい人だね」
そんなあたしたちの普段通りのやり取りを見ていた露店を覗いていた少女たちは、目を丸くしてそーっと立ち去ったのに対し。キノアはお腹を抱えて爆笑してる。
・・・・あたしの事をこのクラゲは何をどう言っていたんだろう・・・・あとで覚えてろよ、ガウリイ・・・
まだピクピクしているガウリイをほっといて、あたしはキノアの作品をじっくりと見始めた。
どれも共通しているのは、やっぱりシンプルで嫌みがないって事。
それでいて可愛いデザインが多くて、小さいながらも質のいい宝石を使ってる所が心意気を感じさせていい感じ。
「ガウリイに買ってもらいなよ。たまにはこーゆー普通のもいいでしょ?」
「結構ちゃっかりしてるわね」
「そりゃー、駆け出しとは言っても商売人だし。売り物として出している自分の作品には相当の値段で売買するってのは職人として当然だしね」
「ま、それは確かに正しいわ」
そう言われてしまうとこっちとしてもいつものように値切り倒せない。苦笑しながら軽く肩を竦めると再びじっくりと商品を吟味していく。
あたしが身につけている装飾品はほとんどがマジックアイテムなんだけど、確かにたまにはこーゆーのもいいかもしれない。
「そうそう。とっておきの出来たても見てやって」
じっくり見ているあたしの前に、思い出したようにキノアが1つの銀細工を台に乗せて差し出した。
「お、おい」
ガウリイが珍しく焦りながら何か言いかけたけど、あたしはそれを無視してそおっとそれを手にとった。
空の蒼。海の碧。
それは、2つの青い宝石が2つづつ配された、小さな銀のイヤリング。
シンプルだけど華やかさも感じられて、石の色と透かしのデザインが涼しげなものだった。それなのにどこか暖かみがある。
数多くの作品の中で、他にも気をひくものはたくさんあったのに、差し出されたこれは特別あたしの意識を引き付けた。
空の蒼。海の碧。
その2つの青い宝石が、あたしを呼んでいるように感じて。
「どお?」
「うん。気にいった」
「だって。よかったね、ガウリイ」
「・・・・へ?」
くるりと振り返ると、明後日の方向を見ながら頬をポリポリと掻いているガウリイ。困ったような照れてるような珍しい表情にまたもくるりと振り返ると、キノアが悪戯っぽくウィンクした。
「仕上げは僕がしたんだけどね。初めてにしちゃ上出来だよ。さて、ガウリイ。いくらの値段をつける?」
「キノア〜・・・」
「って。これ、ガウリイが作ったの!?」
もう一度ガウリイの方を振り返ると困ったような苦笑を滲ませて、コクンと肯定した。
「キノアとはこの街についた日に知り合ってな。工房で作ってるとこ見てたら俺もやってみたくなってさ。作らせてもらったんだ」
「へえ〜・・・あんたが結構手先が器用だってのは知ってたけど・・・何か意外」
「・・・そりゃどーも」
「でも、値段つけるって・・・ガウリイが買ってくれるんでしょ?自分で自分の作った物を」
ふと気付いた事実にキノアとガウリイが同時に肩を竦めた。
「ま、材料費と講習費は当然支払うべきだしな」
「作品の評価代は、彼女がそれを気に入ったって事でチャラにしとくよ」
「そーゆーことにしといてくれ」
苦笑しながら財布を取り出しいくつかの銀貨を手渡すと、ガウリイはあたしの手からイヤリングを取って、慣れた手付きで小さな袋の中に簡単に包装してから再びあたしの手の中にそれを落とした。
「・・・・ありがと」
「どういたしまして」
何だか妙に照れくさい。
そっけなく言ったあたしのお礼に、ガウリイが柔らかく笑ったせいだ、きっと。
「元気で。今度この街に来た時には店持っててみせるから、顔を出してよね」
そう言って手を振るキノアと別れてから、あたしたちは何となく話をしないまま再び街を歩いた。
決して気まずい沈黙ではなく、2人を包む空気は柔らかで暖かい。
居心地のいい沈黙と共にしばらく歩き続け、いつしか宿に戻ってきていた。
夕食を取るにはまだ早い時間。
下の食堂でケーキと香茶を注文して上に持って上がった。
あたしの部屋はここ数日の研究のせいでかなり散らかっているので、ガウリイの部屋にお邪魔する。
久しぶりにゆっくりとガウリイと過ごす時間が、あたしを落ち着かせてくれる。
「リナ。あのイヤリング貸してみ?」
「ん?」
ケーキもお茶も食べ終わった頃、不意にガウリイがあたしに向かって手を出した。懐にしまっておいた小さな袋を手渡すと立ち上がってイスに座ったあたしの前に屈みこんでくる。
「ガウリイ?」
「つけてやるから目閉じて」
「えっ!?あ、じ、自分で出来るってば」
「いいから」
伸びてきた指が耳に触れて思わず首を竦めた。急にドキドキしてきてギュッと目を閉じる。
パチンっと小さな音がしていつもつけていたイヤリングの重さがフッと消える。変わりに軽やかな重さが耳にかかった。
「出来た」
満足げな声にそろそろと目を開いて両手を耳に持っていく。触れた感触は軽くて、暖かで、くすぐったい。
「・・・似合う?」
「上出来」
見上げたあたしに、ガウリイが嬉しそうに笑った。その笑顔を見て顔がますます赤くなる。そそくさと立ち上がって洗面台の鏡の前に行くと、鏡に写し出されたあたしは、イヤリングが違うだけなのに、いつもよりちょっとだけ大人っぽく見えた。
「リナには金の方が似合うような気がしてたんだが、銀も似合うな」
「そ、そりゃあ。美少女は何でも似合ってしまうのが当然だもの」
「はいはい」
照れ隠しに軽口を叩いて。
不意にやってみたくなった。
今なら思いきって試してみる事が出来る気がする。
今ここで、あたしがちょっとだけ背伸びして顔を上げて、無防備にそっと目を閉じたら。
ガウリイは、あたしにキスしてくれるかな――――
ガウリイが鏡の前のあたしの隣に立っていつものように髪をくしゃっと掻き回す。
ためらいは一瞬。
耳もとで揺れるイヤリングに背中を押されるようにして、あたしはガウリイに向き直ってからちょっとだけ背伸びして目を閉じた。
一瞬、驚いた気配が伝わってきて。
でも、すぐに力強い腕が腰に回されてあたしの身体を支えてくれた。
そうっと大きな手のひらがあたしの頬を包み、ゆっくりと壊れ物を扱うかのように撫でていく。
恥ずかしさとくすぐったさに必死で耐えていると、クスッと微かな笑い声と囁きを耳に落として、思わず目を開けそうになった瞬間に、柔らかく唇を塞がれた。
その時。あたしの心臓は飛び上がって、止ってしまうんじゃないかと思ったけど。
でも、子供にする親愛のものではない確かなキスに、あたしは無意識のうちにガウリイの服を握りしめ、もたらされる感覚に流されていた――――
「・・・・何でキスしたの?」
「・・・・したかったら」
大きく息をつきながら、ガウリイの胸に顔を埋めたまま聞くと、あっさりした答えに思わず笑った。
「・・・・何で誘ったんだ?」
「・・・・キスしたかったから」
今度はガウリイからの問いに答えると、更に強く抱きしめられた。
何だ。
あたしもガウリイも、お互いにキスしたかったんだ。
ちゃんと、お互いに意識してたんだ。
嬉しくてくすぐったくて、でもまだ恥ずかしいから顔を上げないままクスクス笑っていると、ガウリイの手が何度も優しく髪を梳いていってくれる。
試す前は、もしもこれで2人の関係がぎこちなくなってしまったらどうしようと思ったりもしたけど。
こんなに甘くて幸せな変化なら、喜んで受け入れられる。
まだ慣れないから胸はドキドキしているけれど、ガウリイにこんなに甘えてる自分ってのが、頭のどこかでちょっと信じられなかったりもするけれど。
でも、こういう自分も悪くない。
「ね、ガウリイ」
「ん?」
「ご飯、外に食べに行こう♪」
「・・・・・・・『色気より食い気』」
「む!?人がせっかくこのイヤリングに合わせて着替えてやろーと思ってるのに、そーゆーこと言うのね!?」
「あ゛あ゛っ、嘘だって!喜んでエスコートさせていただきますっ」
「・・・・・エスコートってことは、ガウリイのおごりね♪」
「・・・・・わかりました」
観念して手を上げたガウリイに笑って、あたしは自分の部屋に戻る為くるりときびすを返す。
「んじゃ、後でね」
「ああ」
いつもと変わらない同じ言葉。
でも、いつもとはちょっと違う響き。
さて、と。
明日は予定通りこの街を出発するだろう。
旅の間はこのイヤリングはつけられないから、だから今夜は滅多に着ないスカートでもはいて、軽くルージュでもひいてみるのもいいかもしれない。
そして、その格好でもう一度試してみるのも。
―――――ちょっとだけ背伸びして顔を上げて、無防備にそっと目を閉じるから・・・
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