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時々、試してみたい衝動に駆られることがある。
酔ったふりとかじゃなく、冗談でもなく。
できるだけ自然体で、だけど真剣に。
ねえ。
今ここで、あたしがちょっとだけ背伸びして顔を上げて、無防備にそっと目を閉じたら。
あなたは、どうするの?――――
◇◇◇◇◇
宝石の街、ティファン。
街のいたるところに金銀細工や宝飾の店が軒を連ねているのだ。宝石の原石の取り引きも盛んで、『きらびやか』、そういった表現がこの街はぴったりかもしれない。
「・・・・リナが好きそうな街だよなぁ・・・」
「どーゆー意味よ」
「よく言うだろ?『猫に小判』『ブタに真珠』『リナに宝石』・・・」
―――――ボグワァンッッ!
「使い方が間違ってるわいっっ!!」
「・・・・・・・・・・・ずみまぜん・・・」
「それを言うなら『猫にマタタビ』『アメリアに正義』『ゼルに異界黙示録の写本』とかでしょ!?」
「おー、そーか」
「お宝の鑑定に関しちゃ、専門家と張り合えるくらい目は肥えてるわよ。伊達に盗賊いぢめしてるわけじゃないっての!」
「・・・・『リナに盗賊』・・・」
・・・・それは間違っちゃいないけど。
なんせ、夕べ『お仕事』してきた戦利品があたしのマントの内側にずっしりと鈴なりになってたりするし。
ティファンの近くを縄張りにしていただけあって、規模もそこそこ大きかったけど、溜めていたお宝も極上品が多かったのよねー♪特に宝石類は質がよくて、いつもだったら傷物は1度粉々に砕いてからマジックアイテムとして作り替えるんだけど、その必要もない大粒のがたくさんあったし♪
そう、あたしたちは今からそのお宝を両替商に持ち込むところだったのだ。
「まったく・・・盗賊いぢめはほどほどにしとけっていつも言ってるってのに・・・」
「過ぎたことをぶちぶち言わない!いいじゃない。この街には暫く滞在するつもりなんだし、必要経費は事前にしっかり確保しておかなきゃ」
「滞在って、どのくらいいるつもりだ?」
不思議そうに片眉だけひそめてガウリイがあたしの顔を覗き込んできた。
「んー・・・1週間くらいかなぁ」
「依頼でも受けるつもりなのか?」
「ううん。魔道士協会に入り浸る予定」
あたしのきっぱりとした解答に、ガウリイが情けない顔をした。
ティファンの街は、宝石の街であると共に、魔道士の間では『錬金術師の街』とも言われている。
錬金術ってのは、例えば道ばたに転がっている石ころを金の塊に変えてしまう魔法・・・って言われているんだけど。
錬金術は不死の術と同じくらい、昔から人々が求めている方法だから、もしその術が本当であってもそれこそ門外不出の秘術中の術だろう。
真偽のほどは定かではないが。
でも、石を金に変える魔法があるかどうかはともかくとしても、この街にいる魔道士たちは宝石から色々なマジックアイテムを造り出しているってことで有名なのだ。
これはぜひ乗り込んで、あの手この手を駆使して色々知識を吸収しなければ。
「・・・・1週間もかぁ?」
「まぁ、延びて10日ってとこかしらね。それは交渉次第だけど、それより短くなることはないと思うわ」
・・・・ハァ。
返ってきたのは深いため息。
まぁねー・・・あたしが魔道士協会に入り浸ってる間、ガウリイは何もすることないから退屈なんだろうけどさ。
「1人で仕事探してきてもいいわよ?」
「・・・・それも何かなぁ・・・」
「んじゃ、ガウリイの好きな事して過ごしててよ」
あたしの言葉にガウリイが子供のようにむうっと頬を膨らませて、すぐにふぅっと吐き出した。
「・・・・『リナに魔道書』」
「・・・その使い方は合ってるわ」
苦笑すると、ガウリイの大きな手が頭の上に伸びてきて、いつものようにぐしゃぐしゃと掻き回された。
「ほどほどにするんだぞ」
「・・・約束は出来ないけどね♪」
「まったく」
呆れた声と眼差しにあたしは笑う。
仕方ないもん。
あたしは自分の欲求に貪欲だから。
それを、ガウリイも知っているから呆れてても付き合ってくれる。
子供の我が儘に苦笑しながらも付き合ってくれる大人のように。
そう。
あたしはガウリイから見ればまだきっと保護しなきゃならない『子供』で。ガウリイはずっと自分を『保護者』のポジションに置いていて。
でもね。
でも、もしもあたしが今ここで、ちょっとだけ背伸びして顔を上げて、無防備にそっと目を閉じたら。
ガウリイにキスをせがんだら。
ガウリイはあたしに大人のキスをしてくれる?
いつまでも子供は子供のままじゃないって事に、気がついてくれる?
時々、試してみたくなる。
そんな誘惑に駆られているあたしを、ガウリイは知らないでいるけれど――――
◇◇◇◇◇
両替商でお宝の換金をして・・・まぁ、さすがに宝石の街だけあってその取り引きはここ数年で一番の白熱した戦いが繰り広げられたわけだけど・・・日も高いうちに宿を取って早めの昼食をとってから、あたしとガウリイは早速別行動に移った。
ガウリイには念のため多めにお金を渡しておいたし、魔道士協会の場所を知っておきたいって言うから送ってもらったけど。ガウリイは滅多に魔道士教会の中までは入って来ないし。
前に何度か、あたしが魔道書の閲覧に夢中になっている間に熟睡して大いびきかいててあたしまで放り出されたとか、やっぱりあたしが魔道書の閲覧に夢中になっている間に暇でしょうがなくなって、何度もあたしにちょっかいだしてきたから鬱陶しくってしばき倒したら2人とも放り出されたとか・・・何度も繰り替えしてはあたしに怒りの魔法で思いっきり吹っ飛ばされてて、さすがのガウリイもなけなしの脳みそに記録したらしい。
仕事で魔道士協会に行く時以外は、留守番しているにかぎる、と。
それでも。
「夕飯には帰ってこいよ。お前さん、夢中になると飯も休憩も忘れちまうんだから。リナが帰ってくるまで俺も食わないからな?」
「あのねぇ、子供じゃないんだから・・・」
「1人で飯食っても旨くないだろ?あんまり遅くなったら迎えに行くからな」
「・・・・・わかったわよ」
しっかりとあたしに釘をさしていくあたり、ガウリイらしい。
あの手この手を駆使して、あたしが魔道士協会の書庫に入る事と、マジックアイテムを造り出す魔道士の工房を見学させてもらえる手配を整えて、ざっと魔道書の管理リストに目を通してめぼしい文献をチェックして、その日は割りと早めに宿に戻ってこれた。
さすがに『錬金術の魔道士協会』だけあって、魔道書は王宮並の警護でもって持ち出し厳禁にされてたから、仕方なく手ぶらで帰ってくるしかなかったし。
その夕食の時。
「なぁ、リナ。この街に滞在するのってやっぱり1週間より延びないか?」
ガウリイの言葉に、目をぱちくりとさせて口の中に入っていた若鶏のアスパラチーズ巻き揚げを飲み込むと、素早く頭の中で今日見てきたリストと見学スケジュールとで予定を立てる。
魔道書はともかく、他の魔道士の工房に入るなんて機会は滅多にない。何のかんのと理由をつけて何回かお邪魔させてもらうとして・・・
「う〜ん・・・やっぱり10日くらいかかっちゃいそうだけど?」
トマトたっぷりのミネストローネを一口飲み込んでから言うと、何故かガウリイがほっとした顔をした。
「どうかした?」
「ん?今日面白い奴と知り合ってさ、また明日も出かけるんだが。日程がはっきりした方が予定が立てやすいしからな」
「ふーん。珍しいわね。遊び歩くのはかまわないけど、やりくりは自分でしなさいよ?」
「はいはい」
「お菓子あげるからって知らない人についていっちゃダメだからね」
「・・・・・あのなぁ・・・って、こらーっっ!?」
ニヤニヤと笑いながらガウリイのお皿から素早く夏野菜たっぷりの冷製パスタをかすめ取った。そして始まるいつもの攻防戦。
だから、別になんとも思わなかった。
その時は。
◇◇◇◇◇
「んじゃ、行ってくるね」
「おう」
朝食もそこそこに、あたしは素早く身支度を済ますと慌ただしく出かける毎日。
律儀と言うかすでに習慣となっているからか、ガウリイもしっかりあたしに合わせて朝食を食べて、食後の香茶を飲みながらあたしを見送ってくれる。
だから、あたしはガウリイが昼間何をやっているのか全然知らなかった。
魔道士協会の書庫で文献を読み漁ったり、錬金術士の工房を見学しながら議論を吹っかけたり、と忙しくも充実していて、でも他の人の行動に目を向ける余裕はなかったし。
未練がましくも、約束した通りに夕食の時間には宿に戻って一緒に食事を終えると、あたしは部屋にこもって研究の成果を記してたりしてたし。
だから、ガウリイがこの10日間何をして過ごしていたのかは、まるっきりわからなかった。
わからなくても平気だった。
根拠は何もないけれど、安心して留守を任せていたのだ。
お節介な宿のおばちゃんに言われるまでは。
(お連れの兄さんとは、いつも外で待ち合わせてるのかい?)
(え?)
いつも?
外で?
・・・・もちろん、外で待ち合わせなんてしてない。
でも。ガウリイは『出かける』とは言ってたし、別に気にするようなことじゃない・・・はず。
あたしだって魔道士協会に入り浸って好きなように過ごしているんだから、ガウリイが昼間どこで何をやっていたとしても、いいはずなんだから。
でも・・・やっぱり・・・ちょっと、ねぇ・・・
――――帰ってきてしまった・・・
昨日までに目をつけていた魔道書はほとんど読み尽くしてきたし、今日は一昨日見学に行った工房にもう一度顔を出しに行ったんだけど、身に入らなくて。
工房の魔道士にも、「今日は一体どうしたんですか?この間とは違ってまるで普通の見学者のようですよ?」と、何とも微妙なつっこみを受けてしまったし。
もやもやしたものが胸につかえていて、どうしても集中出来なかった。
この街に滞在してから丁度10日目。
目的は予定通り果たしたから、とりあえずはいい。
そんなわけで、お昼よりも僅かに早く、あたしは宿に戻ってきてしまった。
早めの昼食を取る為に賑わいだした食堂の脇をすり抜け、部屋のある2階へとそうっと登っていく。
階下の賑やかさとは打って変わって、ほとんどの客が部屋を引き払っているはずの2階は、静けさが漂っていた。
コツコツとブーツの立てる小さな音が響いて、あたしは自分の部屋の手前で立ち止った。
一番奥から手前、ガウリイの部屋。
小さく息を吸ってから、コンコンと軽くノックする。でも、返ってくるのは沈黙だけ。
気配を探ってみても、部屋の中からは何も感じられなかった。
「・・・・・・・ほんとに出かけちゃってるんだ」
ゆっくりと手を降ろして大きな吐息をつく。
胸のもやもやがずっしりと重くなった。
・・・どこに、行っちゃったの?
いつも、当然のようにあたしが戻ってくるのを待っていてくれていたから、帰ってきた時に姿がないと、不安になる。
ガウリイは子供じゃない。そんな事は充分分かっていて、あたしだって子供じゃないって思ってて。
ガウリイだって、あたしのこと子供扱いしながらもそれでも認めてくれてるから。信用してくれてるから、だから別行動中に出かけているんだろうし、あたしだって好きに行動していたんだし。
別に、ガウリイが悪いわけじゃない。
10日も宿から出ないでずっと閉じこもっている方が、よっぽどおかしいんだから。
なのに・・・なんでこんな・・・置いていかれた気分になるんだろう・・・
いつの間にか俯いてしまったあたしの耳に、不意に階段を登ってくる音が聞こえた。
ハッとして顔を上げ、身体の向きを変えて自分の部屋のドアに手を伸ばそうとして、手がピタッと止った。
「リナ?早いじゃないか。もう今日は終わったのか?」
「・・・ガウリイ」
ひょっこりと、ちょっと用をたしに行っていたかのように階段を登ってきたガウリイだけど、そうではない事がわかった。
宿にいたのなら鎧をつけているはずがない。
何も言わずただガウリイの顔を見つめているあたしに、不思議そうな顔をしたガウリイが、にっこり笑った。
「お疲れさん。飯まだだろ?食いに行こうぜ」
・・・・・・・・・
「うん」
いつものガウリイにあたしはただコクンとうなずいた。
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