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春特有の空は、どこか霞みかがっていて。
空に引っ掛かっている月の光も、拡散している。
朧げな、幻のように、揺らめいて。
◇◇◇◇◇
毛布をかぶって樹に寄り掛かりながら、あたしは空を見上げていた。
春になってやっと新芽を伸ばしてきた、まだ葉の少ない木々の隙間から覗く月は、まるで搦め取ろうとしている木々の枝から、光を霞ませ飄々とすり抜けていっているようにも見える。
日ごと形を変える月。
でも、毎年繰り返し見上げれば必ず空に浮かんでいる月。
「月がそんなに気になるのか?」
ずっと空を見上げていたあたしに、戻ってきたガウリイが呆れた口調で声を掛けた。
もうちょっと薪が欲しいと、探しに行っていたのだ。
大きめの枝を焚き火にくべると、パチっと勢いよく弾け、炎が大きくなった。
「んー・・・何となく昔の頃、思い出しちゃってさ」
「昔の頃?今だって充分小さい・・・・いや、ごめんなさい。なんでもないです・・・」
あたしの隣に同じように毛布を巻き付けながら座り込んだガウリイに素早くパンチを喰らわせてから、あたしは再び視線を月に戻した。
「野宿の時ってさ、他にやることないから月を見てること多くなかった?」
「そーだなぁ・・・そーだったかもな」
考えるふりして何も考えてないセリフに、小さく笑う。
「ま、あんたの記憶力なんて最初から期待してないけどさ。前もこうやって野宿してる時に月を見ていたなぁって思って」
「前って?」
「ずっと前よ。あんたと出会う前、一人旅してた頃の事。もうずっと昔のように感じられるけどね」
「ふぅん」
パチパチと時々枝がはぜる音だけが鋭い。
あたしにつられて、ガウリイも月を仰ぎ見た。
「ぼやけてるな」
「春の月夜ってのはこーゆーものよ」
「そうだっけ?」
「そうなの」
短い会話。
囁きのようなそれは、滲む月明かりの中に溶けていく。
「それで?」
「ん?」
「1人で月を見上げていて何を考えてたんだ?昔のリナはさ」
「ん〜・・・色々」
ちらっとガウリイを盗み見てすぐに視線を月に戻した。
◇◇◇◇◇
あの頃のあたし。
日々が面白くて、世界は波瀾に満ちていてそのごたごたすらも心地いい刺激だった。
もちろん、魔道士として未知なる魔法を探したり研究したり、それをくっつきまわってたはた迷惑な女魔道士相手に実験したりして。
自分の興味が行動の全て。
だから、1人がよかった。
もちろん、路銀を稼ぐために色々な依頼を受けて依頼人と行動したり、勝手についてきた奴とかもいたりしたけれど。
他の人の事に時間を裂くのはもったいないって思ってた。
誰かがいればどうしたって気づかう。
自由に動けない。
それが鬱陶しく感じてた。
だから、1人で旅をしていた。
野宿の時だって、今のように交代で見張りが出来るわけもなく、なるべく安全な場所を選んで短い仮眠を取るだけ。
それでも、平気だった。
・・・・たまに、ふと寂しさを感じることもあったけれど。
でも、側に人はいないけど、空を見上げれば月が浮かんでて、星が煌めいていたし。
あの頃のあたしは月を見て何を思っていたっけ。
ただ綺麗だから、それだけの理由で月を見上げていたことはそんなになかったはずだ。
1人で月を無心に見つめている時は、いつも何かしら心の中に不安があったから。
そんな時は大抵、自分がまだまだ子供だって事を感じてる時が多かったような気がする。
故郷のねえちゃんにしごかれて身につけた剣術や世渡りも、それは基本。まだまだこれからってことが実戦や依頼の失敗とかで痛い思いして思い知った時とか。
自分で受けた依頼の延長とはいえ、戦って人を殺してしまった時とか。
あの頃は、今よりもずっと、早く大人になりたいと思ってた。
日々を過ごしていく中で、時に人は遠い将来に思いを馳せる時がある。
あたしは月を見上げながら。
このまま旅を続けて・・・この旅に果てはあるのだろうか。
旅の果てには何があるのだろう。
あたしはそれを見つけることができるだろうか。
それを見つけることが出来たら、あたしは旅をやめるのだろうか。
それは、あたしが誰からも大人として認められた時?
今は1人が心地いい。
でも、これから先。
一生ずっと1人でいる気だろうか。誰ともなれ合わないで。
強くなりたい。
でも、それは何の為?
大人になりたい。
でも、大人になった自分を想像できない。
例えば10年後の自分はどうなっているのか、わからない。
太陽の下ならばいくらでも答えは出ているだろう。
もちろん絶世の美女魔道士になって、そこら辺の王子さまのハートをゲットして玉の輿に乗ってるに決まってるじゃない♪って。
でも、月の下では。
不安を抱えている心を見透かす月の下では、答えは出なかった。
大人になりたい。
強くなりたい。
でも、大人って何をもって言うんだろう。
強さって何だろう。
答えが返されることのない問いを、月に問いかけていた。
あの頃のあたしは、どんな答えを望んでいたんだろう・・・
◇◇◇◇◇
「リナ?」
ガウリイの声に、過去に飛んでいた意識が現在に戻ってきた。月から視線を外し隣を見る。
「・・・あれ?」
「あれ?じゃなくて・・・」
きょとんとしたあたしを見てガウリイが苦笑した。
「何思い出していたか知らんけど、月に向かってニヤニヤ笑ってるのは怪しいぞ」
「わ、笑ってないわよっ」
「笑ってないけどニヤけてた」
「そんなことないもんっ」
「はいはい」
ぱっと赤くなった顔。恥ずかしさを誤魔化すために振り上げた手は、ぽこんっとガウリイの頭の上で軽く跳ねた。
「いいじゃないか。笑ってたって事は悪い思い出じゃないって事だろ?」
「へ?・・・・う〜ん・・・否、いい思い出ってわけじゃないと思うんだけど・・・」
ガウリイの柔らかな声にあたしは振り上げていた手を戻し・・・思わずガウリイの顔をまじまじと見てしまった。
柔らかな眼差し。
まるで柔らかなこの月の光のような。
穏やかな空気。
まるで朧げな春の空のような。
すぐ隣で、当然のようにいる。
空を見上げれば、当然のようにいる月のように。
「・・・・見つけられたのかもね」
「?何がだ?」
顔が綻ぶのを抑えきれない。
急に笑い出したあたしをガウリイが怪訝げに見つめている。
そんな彼に向かって、あたしはウィンクをしながらどこぞの某神官のように唇に人さし指をあてた。
「内緒♪」
「なんだよ、それ」
「月から答えをもらったのよ」
「?」
あたしの答えに再び月を見上げるガウリイ。
月は多少位置がずれたものの、変わらずにそこにある。
何だかその事実に安心して、あたしは大きく伸びをすると、もう一度毛布を身体に巻き付けてごろりと樹の根元に転がった。
最近のお気に入り。ガウリイの足を枕にして。
「寝るのか?」
「うん」
「・・・・・ま、いっか。おやすみ」
「おやすみ、ガウリイ。交代になったら絶対に起こしてよね」
「はいはい」
ポンポンと柔らかく頭を撫でられ、ゆっくりと身体の力が抜けて、自然に目蓋が閉じていった。
1人が気楽だと思っていた。
早く大人になりたいと思っていた。
強くなりたいと思っていた。
月を見上げて、旅の果てに何があるのかと、旅に、世界に果てなどあるのかと、考えていた。
今のあたしも、思っていることはあまり変わらない。
――――1人は気楽。
でも、気の合う相棒と一緒の方が、1人より楽しい。
――――大人になりたい。
早くこいつに追いつきたいと前は焦っていたけれど、ゆっくりでいいんだと教えられた。
――――強くなりたい。
強さの種類を知った。
強くなりたいと言うその願いの源がどこから来るものなのかも。だからこそどうして強くなりたいのかも。
――――旅の、世界の果て。
それはまだ見えない。
1人で巡った場所も、2人で行けばまた違って見えるし。
世界は1人で旅していた時よりもどんどん広く、深くなっていっているように感じることがある。
だからこそ、旅の果てはまだ見えない。
色々なことがあって辛い思いもした。それでもあたしは足をとめる気はない。どんなことがあっても今はまだ旅を止める気はないから。
だけど、あたしは答えを見つけたと思う。
旅の途中の、偶然の出合いの中で。
自分を変えようとしたわけじゃない。いつの間にか変わっていた、自然な変化。
今だって、ごたごたに首を突っ込むのが好きだし、自分の興味が行動の全て。
それは基本的には変わっていない。
だけど、あの頃のように。あたしは野宿の時に1人で月を見上げることはなくなったから。
不安を抱えて、答えを求めるようなことはしていない。
いつも傍らに、あたし以外の人がいる。
世界と同じくらい大きくて謎めいていて飽きの来ない、そんなとびっきりの相棒が。
ガウリイと2人で見上げる月は、綺麗だと思えるあたしがいるから。
そんな自分になれたから。
だから思わず嬉しくて笑っていたのかな――――
朧げな、幻のように、揺らめく月明かり。
朧月夜。
ふわふわと過去の思いが現在の思いに交差する。不思議と柔らかで安心出来る空気と光に導かれて。
この夜、月を見上げて感じた思いが。
また遠い未来・・・旅の果てに、懐かしい思い出となっていたらいい。
その時のあたしの隣に、必ずいるであろう彼を思い浮かべて、自分の見つけた答えに満足して。
あたしは眠りに落ちていった―――――
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