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――――カーテンの隙間から漏れる日射しが眩しい。
冷たい雨が降ったり止んだりしていた昨日とは違って、今日はよく晴れたようだ。小鳥たちのさえずりまで聞こえる。
「う〜〜〜・・・・」
なのに、あたしはスッキリしない。
身体のだるさが気分まで重くさせている。一度開いた目を再び閉じて。
「・・・・・何でこんなに鬱陶しいかなぁ・・・」
深いため息をついてごそごそと毛布の中で丸くなる。外はいい天気だとわかっているけれど、起き出す気力がわかなかった。
眠っていた時には忘れていた鈍痛が、起きたと同時に存在を主張し始める。仕方のない事だとわかっていながらも恨めしく感じてしまうのは、いつもより少し痛みが強いせいだろう。
「・・・・・今日は歩きたくないなぁ・・・」
ここから次の街まではそんなに離れていない。天気もいいし、ちょっと頑張れば更に次の街まで行ける。2つ先の街はここら辺では一番大きい街だし、昨日の時点では天気が回復していたら今日はそこまで行く事に決めていたし。
でも・・・・
「ガウリイを言い包めて、今日の出発は無しにしよっかなぁ・・・」
重いため息をついて寝返りを打つ。
できればこのままもう一度寝てしまいたい所だけれど、朝食を食べに降りていかないとガウリイが来ちゃうし、延泊の旨を宿に伝えないといけないし。
「・・・・嫌ンなるなぁ・・・ったく・・・」
ガウリイをどうやって言い含めるか考えながらあたしは重たい身体を何とか起こす。
途端に走った鈍い痛みに一瞬眉をしかめて、のろのろと着替えに取りかかった。
「おはよう、リナ。先に注文しちゃったぞ」
「おはよ、ガウリイ」
食堂の一角の大きなテーブルに所狭しと並べられたモーニングセットの数々を前にして、ガウリイが上機嫌で手を振った。
・・・・こんな日はやたら元気なこの男が、恨めしい。
「・・・・あんたって無駄に元気よね」
「そおか?」
皮肉の混じった言葉に、嬉しそうに笑うガウリイ。褒められたと思っているのだろう、多分。
突っ込む気力もなくて小さなため息をつくと、あたしもテーブルについた。店員を手招きして呼び寄せ、取りあえずモーニングセットを2つ注文する。
「いい天気になってよかったな。昨日と違ってあったかいしさ」
「そぉね」
「これなら予定通り2つ先の街まで行けるな」
「・・・・それなんだけどさ・・・」
「おまたせしましたぁ!」
ガウリイに言いかけた言葉が、食事を運んで来てくれた元気の言いお姉さんの声にかき消された。
「お、きたきた。さぁ、早く食おうぜ」
「あ、えと・・・うん」
ぴこぴことフォークとナイフを持って準備万全なガウリイに、あたしは言いかけた言葉を飲み込んで、あたしも戦闘体勢に入る。
―――――まぁ、食欲とあれは別問題だし。おとなしく食べてて妙な勘ぐりを入れられてもヤだし。
「んじゃ、いっただっきまーす」
勢いよく手を振り上げて、いつもの食事を始めた。
「コラぁ、ガウリイっ!あたしの愛しいベーコンエッグになんて事すんのよっ」
「目玉焼きにはしょーゆだろーが!」
「塩コショウに決まってんでしょ!ああっ、言ってるそばから食べるなぁっ!」
「食ったもん勝ちだろ♪」
「くぅっ・・・言ったわね。だったら、ていっ!」
「ああっ!?コロッケにはソースだろー!しかも俺の!」
「ケチャプだって美味しいのよ♪」
・・・食べてる時は忘れてられるんだけどなぁ。
てくてくてく・・・・・
天気は上々。風も心地よくて、ガウリイなんて鼻歌まで歌ってる。
結局出発してしまった・・・
いや、だってさ・・・あれだけいつも通りにご飯食べた後で、『調子悪いから出発明日に延ばそう』とは言えないしさ。
昨日まではそんなに酷くなかったから、予定を決めてたのはあたしの方だし、ガウリイは朝から機嫌がいいし。
ご飯食べて身体が温まったせいか、起きた時よりは痛みも少しはマシになったから。
――――と思って歩いていたんだけれど。
〜〜〜〜〜〜う〜〜〜・・・やっぱし、痛い。
いやーなリズムがズキズキと下から響いてくる感じ。
「どーした、リナ?今日はやけにおとなしいじゃないか」
言葉少なげにもくもくと歩いていたあたしをいぶかしんで、後からついてきていたガウリイが大股で進んできてひょいっと後ろから覗き込んできた。
「・・・そお?」
心配げな瞳に思わず顔が赤くなる。
素っ気無くぷいっと顔を背けてとととっと足早に前に出た。
「いい天気だから眠い感じなだけよ」
「まだ昼前だぞ?夕べ寝れなかったのか?」
「そんなことないけどさ。今日はあったかいじゃない?」
「まぁな」
それ以上追求せずに一回だけあたしの髪をくしゃっと撫でると、ガウリイは再びあたしの後について歩き出した。
――――えっと・・・ガウリイも今あたしが魔法が使えない日ってのは知って る。
そういうこと言うのは恥ずかしいけどさ。でも、いざと言う時知ってなきゃ困るじゃない。最近はあんまり物騒な事件に巻き込まれていないからいいけど。
でも、別に痛いとかそういった具体的なことなんて言う必要ないし。
出発してしまったのは言い出せなかった自分のせいなんだから、泣き言言ってらんないし。歩かなきゃ街につかないんだし。
ガウリイに気付かれないようにこっそり重いため息をつくと、あたしは響いてくる痛みを無視して前を向いて歩き出した。
◇◇◇◇◇
――――痛みに弱いってのは確かにあたしの弱点だけど、我ながらよく我慢していると思う。
予定通り一つ目の街についてめぼしい食堂で昼食をとった後、トイレによったあたしは鏡を見ながらがっくりと首を落としていた。
午前中は本当に我慢したと思う。
でも、今鏡に写っていたあたしの顔は、我ながら無理してるなーって顔をしていた。多少顔色も悪いかもしれない。
いつもはこんなに痛くない。
魔法が使えなくなるだけで、何かあった時は剣だけでやりあえるくらいには動ける。
そりゃあ全く痛くないってわけじゃなかったけど、昔からあんまり酷い方じゃなかったから。
故郷の友達の中では、痛みが酷くていつも痛み止めの薬飲んでいたり、本当に辛い時は寝込んじゃってる子もいた。
こういう時は女の身体が本当に嫌になる。
しょうがないんだけど。
「・・・・午後も歩くのかぁ・・・」
はぁ・・・・
・・・・大丈夫かな・・・?
情けない考えが浮かぶ。
相変わらず外はいい天気。その天気のよさが恨めしい。ここで天気が急変したらごねてでもこの街で休むのに。
適当な理由をつけられる魔道士協会もこの街にはないし。
「・・・しゃーない。行くか・・・」
ぱんぱんっと顔を叩いて気合いを入れると、荷物からこっそり抜いてきたファンデーションを取り出して顔色をごまかす。
鏡で確認して、大きく深呼吸して普通の表情を作ると、あたしはガウリイの待っている食堂に出ていった。
「長かったな、リナ」
食堂の入り口で爽やかな顔で余計なことをのたまったガウリイを無言でスリッパで叩きのめすと、あたしはスタスタと先にたって歩き出した。
ったく。デリカシーってのがないんだから、このクラゲっ!
「待てって」
頭を擦りながらすぐに追い付いてきたガウリイが、クイっとあたしの腕を引っ張って歩くのを止めた。
「何よ?」
振り向いたあたしの顔をじーっと見つめているガウリイの瞳。
――――うっ・・・やばい。あたしの苦手な目だ。
あたしの嘘やごまかしを全部暴いてしまう、深く透き通った水鏡のような、そんな真直ぐな瞳。
「・・・何?」
悪いことしている訳じゃないのに、何故か叱られているような後ろめたい気持ちになって、思わず上目づかいでおずおずした口調になってしまう。
そんなあたしの様子にガウリイは小さなため息をついて、困ったように苦笑した。
「なあリナ。俺たちの間で今さら遠慮なんてないだろ?」
「・・・・そぉかもしれないけどさ・・・」
「いつもは我が儘通すくせに、変なところで遠慮するんだからな」
くしゃっと髪を掻き回していく手。
みるみる顔が赤くなっていくのがわかる。
あ〜あ・・・せっかく顔色誤魔化すためにファンデーションまで塗って、痛いの我慢して午前中も頑張って歩いたってのに、全部ばれちゃってるんじゃない。
別にガウリイに遠慮してるってわけじゃなくて、半分は意地っていうか。
男と女の違いを嫌でも感じる時だから、その感じがなんか嫌で。
「・・・・こーゆー時は男に生まれたかったと思うわ」
「そう言うなよ」
くしゃくしゃ。
ちょっと乱暴に、でもいたわってくれてるのがわかる手が、無理をしていたあたしの緊張を溶かしていく。
「だって不公平じゃない。女ばっかりこんな思いしてさ。魔法も使えないし、身体は重いし、あんたは無駄に元気だし」
「まぁ、確かに大変だとは思うけどさ。俺たちには絶対わからない感覚だろうし」
「狡い」
「狡いって言われたって、こればっかりは変わってやれないだろうが」
「だから狡いって言うのよ」
「はいはい」
見透かされてしまって恥ずかしいし悔しいけど。照れ隠しの悪態も口をついて出てくるけれど。
「今日はもうこの街で休むぞ。あんまり辛いようなら医者を探すか?」
「いいわよ。別に病気じゃないんだから」
「じゃあ宿を探すか」
「・・・・今日はやけにガウリイが仕切るじゃない」
いつの間にかあたしの手を取って先に歩き出したガウリイに、特に抵抗する気も起きずに後をついて歩いてた。
手袋越しだけど伝わってくる体温に、さっきまでズキズキと響いてきていた痛みが不思議と和らいだ気がする。
「俺にはどうやったってリナの大変さはわからないけどさ・・・こういう時はいつも以上に大事にしたいし」
「な・・・何言ってっかなぁ・・・もう・・・」
「リナが不調な時は、俺が元気なのは当然だろ?」
「・・・・『女子供には優しくしろ』って、おばあちゃんの遺言もあるし?」
「それもあるけど。お前さんが相手だからな」
当然のように言い切ってにっこりと微笑まれると、こっちはもう赤面して俯くしかないじゃない。
ったく。
いつもは子供扱いばっかりしてるくせして、こんな時ばっかりさ。
――――でも、ガウリイでよかった。
今までも、ガウリイはあたしにとって今のところいろんな意味で最高の相棒だと思っていたけど。
「第一、これって恥ずかしいことじゃないだろ?何で隠すんだよ」
「そうかもしれないけど、乙女の恥じらいってものはあるのっ」
クラゲ頭はいつも通りだけど。
どんな状態の時でもこの人の前では自然体でいていいって。そうさせてくれる力ってのが、ガウリイの何気ないすごさだと思う。
長く付き合ってても、つくづく侮れない奴。
空は相変わらずいい天気で、街は午後の活気に満ちて人の数も多い。
足早に進むのは、夕暮れまでに次の街へと進路を取っている旅人たちだろう。
早々と取った宿のベッドで、相変わらず痛むお腹を丸ませて寝っ転がりながら。
ひと休みして起きたら、多分痛みはましになっているだろう。
いつもは鬱陶しいだけの不自由な身体。
でも、今はそっと包み込まれるように守られているのを感じるから。
あたしは窓の外を眺めながら身体のだるさに逆らわずに微睡みだす。
・・・・この時ばかりは嫌だけど、でもやっぱり女に生まれてきてよかったかもね、なんてこっそり思いつつ―――
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