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どんよりとした空。
今にも降ってきそうな、そんな重たい空気。
天気が悪いせいか、もともとあまり人が寄り付かない場所なせいか。丘を登って行くのはあたしだけで他には誰もいない。
いつもあたしの側にいるガウリイも、今日は宿に置いてきた。
『女の子同士の話をしてくる』と言ったあたしを、ちょっとの間何も言わずにいたわるように見つめて。一度だけくしゃっと髪の毛を掻き回してくれた。
『気をつけてな。よろしく言っておいてくれ』
『わかった。じゃあ、ちょっと行ってくるから』
心配性な保護者さま。
でも、それは仕方がない。
この地はあたしたちにとって特別な場所だから。
長い間相棒やってきてるんだから、お互いの心の痛みくらい感じる。
あたしにとってもガウリイにとっても、ここは何度来ても胸が痛む場所。
でも、避けてはいけない場所。
胸の痛みを忘れることは許されない場所。
それでも、まっすぐに前を向いて、あたしは歩いた。
何日か前にも雨が降ったのだろう。昨日この街についてからすぐに来た時よりはマシになったとはいえ、ところどころに水たまりが出来ていてブーツの底は柔らかな泥の感触を伝えてくる。
どんよりとした空。
重い空気。
その中に、変わらず彼女はいた。
「・・・・また来ちゃった。ちょっとあたしの愚痴に付き合ってくれない?ミリーナ」
丘を登り切った場所に広がる、共同墓地。
その一角。簡素な墓標の前であたしは立ち止り微笑んだ。
モノクロームの世界の中、昨日あたしたちが手向けた花の色が、やけに目につく。
「ガウリイは置いてきちゃった。ちょっとねミリーナに相談したいことあるのよ。飲みながら話聞いてくれる?」
乾いてそうな場所を選んで墓標の前に座り込み、あたしは懐から小さな果実酒のボトルとグラスを取り出した――――
◇◇◇◇◇
ここに来る度、いつも胸が痛い。
ミリーナ・・・・かつての仲間。ファーストネームさえ知らなかったけれど、旅の中で何度も出会い、一緒に行動し、巨大な敵相手に共に戦った大事な仲間。
でも・・・今はもういない。
この下で眠っている。
ここに来る度、胸がキリキリと痛む。
自分の無力さに。彼女が亡くなった後に起こった悲劇に。
本当に、色々、あって・・・・
でも、今日はそんな感傷に浸るために来たんじゃない。
今だって胸は痛いけれど。
果実酒をグラスに注いで片方を墓標の前に置き、自分の分を軽く掲げた。
一口飲んでからほうっと吐息を漏らす。
「・・・こうやって飲むのは初めてかもね」
2人きりで話ながら飲むのは。
「この間、誕生日がきちゃったわ。一つミリーナの年に近づいちゃったわね」
ミリーナが実際に何歳だったのかは知らない。そう言った話は全然しなかったから。でも物腰と雰囲気であたしより年上だったのはわかる。
でも、ミリーナはもう年を取らない。
あたしが彼女の年を抜いても、さらに運良く年令を重ねることが出来ても。
「一回さ、ミリーナが1人で飲んでた時あったじゃない?あの後すぐに魔族に襲われて、あたしの出番無しにミリーナがあっさりと倒しちゃったやつ。あの時のこと、覚えてる・・・?」
一つ。あの時のミリーナの年に近づいたからなのか。
「あの時、もうちょっとちゃんと話しておけばよかったなぁって、ちょっと心残りだったんだ。あのね・・・あたしも相当不器用みたい・・・」
僅かな照れ笑いが顔に出る。
誤魔化すようにクイっともう一口果実酒を喉に流し込んだ。
ミリーナの相棒、ルーク。
彼も、もうこの世にはいない。
彼を手にかけたのはあたしたち。
それが、ミリーナを失った後の彼の望みだったから。
彼を思い出す度に、やっぱり胸がズキズキ痛む。
それでも、こうやってミリーナと話している間浮かぶのは、楽しかった頃の事ばかりだ。
一目はばからずミリーナを追い掛けていたルーク。
そのラブラブ攻撃をクールに躱していたミリーナ。
あの頃はまだ、あたしにはわからなかった。今もわかってるとは言えないけれど。
「ミリーナも・・・・素直になれなかったこと後悔してる?」
あたしが知っている2人は、一方的にルークがミリーナに片思いしているように見えていた。
いや、そう見せていたのだろうか。
今思えば、あれも一つのコミュニケーションだったのかもしれない。あたしがよくガウリイをスリッパでド突き倒しているのと同じ感覚で。
「ねぇ・・・認めてしまうのが怖かった?そこから踏み出すことが怖かった?」
そんな関係が壊れること。
微妙な、でも居心地のいい関係を変えるのが・・・・変わるのが。
「まぁねぇ・・・ルークのキャラ的に、ミリーナがいい態度とったら最後、つけあがるっていうか舞い上がるっていうか、更にラブラブモード全開で大変かもしれないもんね」
想像して思わず苦笑した。
クールな、でも決して冷たい訳ではないミリーナ。
無表情に見えながら、あれは一種の照れ隠しなんじゃないかと今なら思う。
(わたしは不器用ですから――――)
そう言って小さく微笑んだ時の、少し寂し気な自嘲気味の表情と声が、今もあたしの中に消えないで残っている。
「・・・・あたしもさ、怖いんだ。どうしていいかわかんなくって。だってさぁ・・・だって、あいつはずっとあたしの『保護者』だって言ってきてたじゃない?あたしもあの頃はまさか自分がこんな思いするなんて思ってもみなかったし・・・・」
言い訳がましく早口で言い立てて、グラスの中に残っていた果実酒を一気に流し込む。ボっと顔が火照ったのは急にたくさん飲んだからって事にしておこう。
空になったグラスに再び果実酒を注いで軽く揺らす。
甘い果実の香りが、重く湿った空気を僅かな間軽くした。
「あはは。らしくないでしょ?自分でもびっくりしてんだけどね。天下無敵のリナ・インバースともあろう者が、よ?」
恋心、なんてものに振り回されるなんて。
天地がひっくり返ってもあり得ないと思っていたから。
ずっと『保護者』として側にいた彼の変化に気付いたのは、そんなに昔の話じゃない。
気付いたと同時に、自分の心にもやっと気付いて。
・・・・んで、困ってる。
「・・・・確かに、あたしは鈍感だったと思うけどさ・・・嫌じゃないのよ。嬉しいとは思う。でも、そこから先はどうしていいかわかんないの。どうしたいのかも、よくわかんない・・・」
今のままで充分なようで、どこか物足りないような。
あたしにとってはこれが初めての恋だから。ここから先は未知の領域で、だから、らしくないけど・・・ちょっと不安で。
「ハッキリわかってるのはずっと、一緒にいたいって事だけなんだけど・・・・」
でも。
「でもさ・・・永遠なんて、どこにもないもんね」
ふっと目を伏せて、ぽつりと呟く。
「・・・・・もっと早く、こういう話が出来ればよかったよね。そりゃ、あの頃のあたしじゃこんな話出来なかったのはわかってるけど・・・」
帰ってこない、返事。
姿も声も、あたしの脳裏にはさまざまと蘇るのに。
目の前にあるのは、ただの土と墓標だけ。
1人芝居・・・・わかっている。わかっているけれど。
「・・・・先の事はわからないけど・・・もう、ミリーナ達の事を思って泣いたりはしないわ。悲しみだけの涙はもう流さない」
あたしはゆっくりと立ち上がって、グラスを持ったまま真直ぐに墓標と向かい合った。
時を止めたミリーナ。
流れる時に翻弄されながらも生きているあたし。
「不器用で意地っ張りなのは、あたしたち一緒だったから・・・ミリーナの分までやってみるわ。後悔は一度したら充分だもんね」
この場所に来る度、キリキリと胸が痛んだ。
ミリーナが辿った運命。
そして、ミリーナを失ったルークが辿った運命。
いつ、あたしがガウリイが。ミリーナに、ルークになるかわからない。
ここに来る度に、2人の影をあたしたちに重ねてしまうから、だから純粋な悲しみ以外の苦しみがのしかかって胸が痛む。
あの日常は、ずっと続くと思っていた。
でも、永遠なんてないと否応にも思い知らされてしまった、現実は痛い。
それでも。立ち止っている間も、時間は容赦なく流れてる。
だからこそ、ここで確認しておきたかった。
ここで、不安を超える勇気を分けてもらいたかったから。
ミリーナとの一方的な会話。
相談とは言っても本当は自分でもわかってる。
相談したい時ってのは、本当は自分の中に答えがすでにあるのだ。ただ、その答えに自信がなくて相談と言う形でその答えを肯定してもらいたいだけ。
ミリーナに話し掛けながら、自分の心を整理していた、あたし。
グラスを掲げて、宣言する。
「こういう言い方は失礼かもしれないけど・・・あたしたちはルークとミリーナのようにはならないわ。ならないように頑張る。頑張ってみせるから・・・」
パチンっとウィンクを一つ投げて、笑いかけた。
「だから、たまには相談に乗ってやって。っていうか愚痴かもだけど」
もう一度軽くグラスを揺らし、立ち上った香りと共に一気に煽る。
相変わらず、どんよりとした空。
重い空気。
でも、あたしの心はすっきりとしていた。
胸の痛みはきっとずっと消えないけれど。
「・・・また、来るね。その時はのろけができるように祈ってて」
空になったグラスを墓標の前に置かれている中身の減ることのないグラスに軽く合わせて、あたしは彼女に背を向けた。
今にも降り出しそうな空を見上げ、軽く頭を振るとピっと背筋を伸ばして歩き出す。
時を止めたミリーナ。
流れる時に翻弄されながらも生きているあたし。
人の心の内面なんてわからないけれど、もしかしたら同じやるせない思いを抱いていたかもしれない彼女の、願っていたかもしれない未来を。
あたしが引き継ぐ。
それが勝手な思い込みだとしても、ミリーナをだしにしているのだとしても。
あたしは、これから先。きっと彼女の年を追い越して、生きていくつもりだから。
――――何があっても、ガウリイと一緒に。
◇◇◇◇◇
彼の部屋の前で、大きく息を吸い込む。
何回も深呼吸を繰り返し、覚悟を決めてノックした。
すぐに返ってくる返事にゆっくりとドアを開ける。
「お帰り。降らないでよかったな」
「ただいま」
あたしの姿を認めて微笑むガウリイ。その傍らにあるテーブルの上に、お酒のビンとグラスが2つ。そのうち一つはグラスに琥珀色の酒が満たされていながらも手付かずのまま。
それを目にして、あたしも微笑んだ。苦笑に近いけれど。
「ルークと飲んでたの?」
「・・・まぁ、な」
「相棒ってのも、これだけ長いことやってると行動が似てくるのかしらね」
あたしと一緒。
ルークと一体どんな話をしていたんだろう。
すでに存在しない彼の幻を相手に、どんな心の整理をつけたんだろう。
ガウリイはいつものように穏やかな顔で微笑んでいる。
わからなくて、戸惑って。
でも、この微笑みがこれからもずっと側にあるなんて保証はどこにもないことを確認してきたから。
そんなことになるのは、絶対、何があっても嫌だから。
後で後悔するのは、もうこりごりだから。
だから、一歩を踏み出そう。
(わたしは不器用ですから――――)
あのミリーナの声と表情をもう一度脳裏に思い浮かべて。
あたしは、真直ぐにガウリイを見つめる。
今日からミリーナからもらうのは。悲しみではなく、前に進む勇気。
「ガウリイ。あたしね・・・――――」
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