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壊れ物を扱うかのように、ゆっくりゆっくり、指を滑らせていく。
暇を持て余しているのではなく、飽きる事なく、外気に晒されている肩に流れている栗色の艶やかな髪を指ですくい流す。
今は眠っている彼女の不安や悲しみを、どうにかして吸収してやりたいと、すべて背負ってやりたいと望むのに。
その術を持たない俺は、ただ髪を梳いていくだけ。
闇の中。
ほんの僅かなカーテンの隙間から射し込む、まだ遠い夜明けを示す薄明かり。
狭いベッドの上に、規則正しい2人分の鼓動。
白い胸を俺に預けて眠るリナの表情は、まるで泣きつかれた子供のようだった。
いや、実際泣き疲れたのだ。
彼女の目の縁に微かに残る涙の痕が胸に突き刺さる。
単純すぎる俺の頭。
複雑すぎる彼女の思考。
たった1つの言葉をきっかけに、心の中に押し込んで押し込んで圧縮されていた思いが爆発して、リナは泣きじゃくったのだった――――
◇◇◇◇◇
その言葉を告げた後、リナは一瞬目を丸くして・・・ゆっくりと寂しそうに微笑んだ。
想像しなかったその意外な展開。
手招きされたベッドに並んで座って、リナは何故か静かに思い出話を始めた。
――――何でこんな時に・・・?
そう思いながらも、2人で、出会ってから今までの事を振り返っていた。
今までに出会った人。
今までに戦った敵。
仲間と呼べる相手。
・ ・・・永遠に失ってしまった、仲間。
知らずに通り過ぎた、たくさんの夢。
そんなものを淡々と話しながらも、リナの揺れている瞳は俺ではなくどこか遠くを見つめていて。
必死で何かを守ろうと、ぎゅっと握りしめている小さな手が微かに震えていた。
『悲劇のヒロインのつもりは全然ないけどさ・・・今、あたしがここにいる為に、どれだけの夢が消えたと思う?』
俯く事なく前を見つめたまま、呟かれた問い。
その言葉にハッとする。
俺だって、忘れ去っていたわけじゃない。
リナと一緒に旅して来た中で、俺だってそれなりの罪を背負っている。
だけど、そんなものに捕われてはいなかった。
捕われているだけじゃ前に進めない。それを気付かせてくれたのは他でもない、リナだった。
でも、リナは・・・
『罪人のあたしが幸せになっていいわけないじゃないっ・・・!』
絞り出した悲痛な叫び。
それまで淡々と話していた口調が、一変した。
堰を切ったように自らの罪をまくしたて、溢れ出した涙を隠す事も拭く事すらしなかった。
滅多にない事とは言え、今までも何度かリナの涙を見た事はあったけれども。
ずっと押さえ込んでいた感情がその一言で溢れ出して、コントロール出来なくなるほど泣きわめいた姿を見せたのは初めてで。
今までで一番、切なかった。
リナの背負っている痛みをどんなに変わってやりたいと望んでも、共に背負いたいという言葉に頷いてくれても。
結局心に背負った重さは、その人にしかわからない。自分の中でケリをつけるしかない、そんなことは分かっていたつもりだったけれど。
背負った重さをリナは絶対に投げ出さない。
普段は明るく強気に不敵に笑っているリナが、実際はとても真面目で繊細だってことも知っていたはずだったのに。
強く抱きしめても暴れる、そんなリナの姿があまりにも痛々しくて。
俺からも逃げようと暴れるリナをベッドに押し倒し、無理矢理に近い形で抱いた。
こんなに苦しんでもがいているリナを、どうにかして、どんな形でもでもいいから、少しでも楽にしてやりたくて。
快楽で溺れさせて、難しい事を何も考えられないようにしてやりたかった。
根本的な解決には全然なっていなくても、この少しの時間だけでも、リナを解放してやりたかったのだ。
抵抗していたリナは、そのうち泣きながら縋り付いてきて、自ら快楽の中に飛び込んでいった。
僅かな間得られる、救いを求めて――――
◇◇◇◇◇
微かに身じろぎしたリナの肩を細心の注意をはらってそうっと包み込んだ。
外気にあたっていたせいでひんやりとしている。
細い肩。
こんなに細いのに、彼女にのしかかる運命は重くて。
代われるものならば、即座に代わってやりたいのに。
だけど、誰もそんなことは出来ないから、ただ寄り添う。冷えた肩を暖める為に、凍えた心を溶かす為に。
重さを投げ出す事が出来ないのなら、せめて寄り掛かってくれればいい。
泣いて取り乱しても、俺の前でそんな姿を見せてくれる、無意識の甘えがあるのならば。
壊れそうな心を抱いたまま、それでも壊れない為に流す涙を、俺にぶつけてくれるならば。
何も、恐がる事なんてないのに。
単純すぎる俺の頭。
複雑すぎる彼女の思考。
けれど、世界は。思ったよりもシンプルに出来ているはず。
きっと、幸せの形も。
ゆっくりと、何度も髪に指を滑らせていく。
眠るリナをいたわるように。
言葉にするとリナを起こしてしまうかもしれないから、発せられない思いを伝えるかのように。
・・・・・なぁ、リナ。
俺は特別な事を望んでいるわけじゃない。
リナが笑ってる時は一緒に笑って。
リナが怒っている時は隣でなだめて。
リナが無茶している時は時に叱って。
リナが泣きたい時には胸でも背中でも貸してやれて。
そういう、今までと変わりない日々をこれからも続けたいだけなんだ。
お前と出会って、幸せじゃない時なんてなかったぞ?
お前に出会う前は、幸せになりたいなんて思っていなかったのに、今はどんなに辛い状況に陥っても、リナさえ隣にいれば、それだけで俺は幸せだって思ってる。
・・・・でも、お前をそこまで追い詰めたのは、俺の腑甲斐なさもあるんだよな・・・・
どんなに守ってやりたいと身体をはっても。
心までも守ってやりたいなんて、それは傲慢にしか過ぎないか・・・?
辛い過去を背負って歩くお前の隣で、時に肩を貸しながらずっと一緒に歩いていきたいと、そう願うのはいけない事か?
お前は、俺と別れた方がいいんだと何度も叫んだけれど。
だけど、本当に俺が離れたら、リナはもっと泣くだろう?
きっと誰にも弱味を見せられずに、重さに押し潰れて壊れてしまう。
俺だって、リナの負担を更に増やしたと、ずっと後悔しながら再び何の目的もなく世界を彷徨い歩く事になってしまうだろう。
だから、側にいたいんだ。
側にいて欲しいんだ。
お互いに必要な存在って事は、嫌になるほど分かっているから。たとえリナは否定しても、それは嘘だと分かるから。
だから。ただの形式だけど、揺るぎのない1つの絆を結びたかったんだ。
お前を追い詰める為じゃなく、寄り添って歩いていきたい、その証を示したかっただけなんだ。
お前の背負う重みを分けてくれないのなら、その重みを抱えたリナごと抱きしめて、抱き上げるから。
揺るがないように足で大地をしっかりと踏み付けて、恥じる事なく真直ぐに顔をあげてリナを抱えたまま歩くから。
だから・・・寄り掛かってくれよ。
幸せと感じる感情を、棄てようとしないでくれ。
リナは過去を捨てる事なくこれからも生きていく強さを持っているのだから。
その強さを俺に教えてくれたのはリナだから。
だから幸せになる事に、怯えないでくれ。
躊躇わないでくれ。
今、幸せになれないと言うのなら。
幸せになれるようになるまで、ずっと側にいるから。
いくらでも八つ当たりされるからさ。
だから、なぁ・・・リナ。
目を覚ましたら、もう一度ちゃんと言うから。
返事をくれるまで何度でも言うから。
それがどんなに先のことになってもいいから・・・
リナはよく眠っている。
泣きつかれた顔をしているけれど、見ている夢は悪いものでは無さそうだ。
時々温かさを求めてすりよってくる身体を柔らかく抱きとめて、無防備な頬にそっと口付けを落した。
―――――祈るから。
こんなにも愛おしい相手には、もう2度と出会えない。
手を離したら最後、闇に落ちるのはリナだけじゃない。俺の方こそがより深く落ちて這い上がれないのが分かっているからこそ。
ずっと側にいるから、ずっと側にいてくれ。
・ ・・・もう一度、今度はそうっと唇へ、祈るキス。
夜明けまではまだ遠い。
リナも、もうしばらく安らぎの中で微睡んでいられるだろう。
この安らぎの時間が永久に続くものではないのが分かっているから、だからこそ大事にしたい。
明日から続く道は、また少し厳しく切ないものかもしれないけれど、諦めないから。
眠るリナの耳にそっと囁いて、再び髪を梳き始めた。
祈るように、いたわるように、飽きる事なく――――
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