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人気のなくなった海岸。
寄せては返す波の音にまぎれて、近くの草むらから虫の鳴く声が耳につく。
照りつける太陽の下、誇らし気に咲き誇っていた向日葵は、茶色くしおれ頭をうなだれて、まるで抜け殻のよう。
夜は大分涼しくなってきたとはいえ、日中はまだまだ暑いのに、突き刺すような太陽の攻撃的なまでの日射しはすでにない。
――――振り返れば、夏の終わり。
◇◇◇◇◇
「リナ?」
「・・・・・・・・え・・・あ・・お帰り、ガウリイ」
「・・・何かあったのか?」
今夜は野宿。
野宿は基本的に嫌いなんだけれど、旅をしていればそうも言っていられない。
日中はまだまだ暑いけれど、日が落ちれば涼しくなって過ごしやすくなってきたし。野宿するにも何も問題はない季節だ。
寒くはないけれども、それでも獣よけとかでたき火はしたほうがいいから、ガウリイが小枝とかを集めに行って、その間にあたしはちゃっちゃっと野営の準備をしようとしてて・・・・
「なんでもないよ。ただ上見たらあの樹の枝にこの帽子が引っ掛かっててさ、取って見てただけ」
野営しようとしていた大きな樹の、大きくはり出した枝の先を指差した。
あたしの手にある色褪せた麦わら帽子。大きさから言って子供のものだろう。
ここから次の街までは半日くらい。
ここも一度誰かが野営した後があったから、きっと夏の間に家族連れか子供たちがちょっとした冒険がてらにここで過ごしたのかもしれない。
――――リーリーリー・・・・
虫の声が耳につく。
「さすがにあたしの頭にも入らないけどね。何となく取ったはいいけど・・・・どーしよう、これ?」
「どーしようったって・・・まぁ、とりあえずどこかに置いといて野営の準備しちまおうぜ」
首を傾げたあたしに苦笑しながら、ガウリイが手にした小枝を持ち上げた。
「そーね。取りあえずごはんの準備のが先だわ」
あたしも肩を竦めて苦笑すると、樹の根の所にそっと帽子を置いて、野営の準備に取りかかった――――
パチパチとたき火のはぜる音。
リーリー・・・コロコロ・・・と、草影で虫が鳴く声。
海が近い為か、微かに潮の香りのする涼しい風が通り過ぎていく。
木々の隙間から覗く夜空には、下向きに欠けた月。
星の姿はまばらだった。
静かな時間。
いつもは落ち着く時なのに・・・・今日のあたしはどこか変だ。
薄闇の中、僅かな月明かりを受けてそよぐ、コスモスの花。
日が落ちてから、いつの間にか咲いていた黄色の月見草。
特に変わったものなどない、のに。
ガウリイだってすぐ側にいる、のに。
なんでこんなに・・・・
「眠れないのか?」
静かな音にまぎれて、穏やかで小さな声がたき火の向こうから届いた。
「ちょっとね・・・何か落ち着かなくって」
毛布をかぶって横になっていたのに、一向に襲ってくる気配のない眠りに、小さなため息をついてあたしは起き上がった。
「まだ眠れそうにないから、今夜はガウリイが先に寝ていいわよ」
「そうは言ってもなぁ」
あたしの言葉にガウリイが少し難しい顔をした。
小枝を火の中に放り込むと、パチっとはぜる。小さな鋭い音に反応して、草影の虫が一際高く鳴いた。
「ガウリイはいつでもどこでも寝れるでしょ。眠くなったら起こすからさっさと寝てよ」
「リナ」
毛布を手にしてたき火を回り、ガウリイの側まで来て毛布を突き出しても、ガウリイは受け取らない。
変わりに、あたしの目をじっと見つめてくる。
あたしの心を見透かす、深いいたわりをもった眼差しで。
「・・・・別に、何もないわよ?ただちょっと寝つけないから・・・だったら先にあたしが見張りしているほうが効率的じゃない?」
何も隠しているわけじゃないのに、何だか居心地が悪くなって、ぼそぼそと口の中で小さな言い訳が零れていく。
「リナ」
あたしを呼ぶガウリイの声がふと優しくなった。
手がポンポンと自分の隣を叩いている。
ちょっとだけ躊躇って、でもおとなしくガウリイの隣にストンと腰を降ろした。
「久しぶりの野宿だしな。眠れないなら、たまにはお茶でも飲みながらのんびり夜を過ごすのも悪くないんじゃないか?」
大きな手がわしわしと髪を掻き回していく。
たったそれだけの事で、ほんの少し胸の中にあったもやもやが溶けていく。
「・・・それもいいかもね」
小さく微笑んで、あたしはごそごそと荷物を引き寄せた。
パチパチとたき火のはぜる音。
リーリー・・・コロコロ・・・と、草影で虫が鳴く声。
シュンシュンと小さな鍋から蒸気が上がる音。
手の中のカップから香茶の香りが夜の森に広がっていく。
「熱いお茶飲むのも久しぶりだよなぁ」
「そーね。今まで暑かったから冷たいものばかり飲んでたし」
暖かい液体が喉を滑り落ち、身体と心をほぐしていく。
寄り添ってたき火を見つめ、たわい無い会話をして。
今は沈黙すらも優しい時間。
なのに・・・・
ふと、目に止まってしまった色褪せた麦わら帽子。
途端に耳につく、澄んだ虫の声。
どうしたんだろう、あたし。
胸の奥がざわざわと疼く。
ガウリイはここにいるのに、何でこんなに・・・・
「・・・夏が終わっちゃうね・・・」
「ん?ああ、そうだなぁ。いつの間にか虫がこんなに鳴いてるもんな」
「何か・・・ヤだな」
「リナ?」
――――夏が終わってしまうのが、寂しい、なんて。
「いつもはいつの間にか夏が始まって、気がついたら秋真っ盛りで、こんな事気にもとめてなかったのに」
「暑いのはもうたくさんだ、ってあれだけ騒いでたくせに?」
「そりゃあの暑さにはいい加減うんざりしていたけどさ。何でかな・・・・夏の終わりは夢の終わりみたいな感じがして何か、ちょっとね・・・」
「夏の終わりは夢の終わり?」
「そう。夏の思い出って色鮮やかで眩しすぎて・・・振り返ると夢の中の出来事のようでさ。あれは本当にあったことなのかって気になっちゃって」
「それで珍しく感傷的になったわけだ?」
くすくすと小さく笑いながら、ガウリイの大きな手があたしの肩を抱き寄せる。
「珍しくて悪かったわね」
赤くなった顔を見られたくなくてプいっと横を向きつつも、あたしはそれに逆らわずに、こてんと頭をガウリイの肩に預けた。
ガウリイの体温は、どんな香茶よりも暖かくてほっとする。
「まったく。いつになったら素直に甘えてくるようになるんだろうな、お前はさ」
「・・・・一生無理かもね」
「意地っ張り」
苦笑しながらもゆっくりとあたしの髪を梳き降ろしていく手は優しくて。
寂しさを感じても、まだ自分からガウリイに甘えるなんて事出来ないでいる。
まだ、弱味を見せたくないとガウリイに対しても意地を張ってしまうあたしがいるから。
・・・・そんな意地も、ガウリイはすぐに見破ってしまうんだけれど。
こんな風に。
「でもさ、そう思うって事は、夏の終わりを感じる余裕が出てきたって事だろ?」
「余裕?」
「ああ。今まで突っ走ってて色々なごたごたに巻き込まれて忙しくて、季節の変化を感じ取る余裕もなかったのが、今は少し落ち着いて心に余裕が出来てきたって事じゃないのか?」
「そう、かな?」
「こうやって手を引っ張れば、少しはリナが俺に寄り掛かってくれるようになったしな」
「〜〜〜〜そーゆーこと、さらっと言わないでよ・・・」
「違うのか?」
「だから、聞かないでよ」
クスクス笑いながらあたしをからかって遊ぶガウリイだけど、でも、ここから逃げ出そうとは思わなかった。
夏が始まる前は、お互いにこんなに触れる程近くにはいなくて、からかわれたら反撃するかすぐに逃げていたのに。
そうやって言われてみれば、確かに心にゆとりが出来たような気がする。
今までの、夏が始まる前までのあたしは、いつも焦っていたから。
子供扱いされるのが嫌で、何とかガウリイに追い付こうと、必死だった。
だけど今は、すぐ隣に並んでいて。
ドキドキする回数は前と変わらないのに、前と違って切なくなる変わりにいつも心の奥で安心しているあたしがいる。
それはやっぱり、ガウリイがあたしを受け止めてくれたから、なんだろうな。
でも、いつもクラゲでとぼけた事ばっかり言ってるのに。
たまにこうやって、あたし自身ですらわかっていないことをさらっと現してくれるガウリイに、また一歩先を越されたようで。
ガウリイがいろんな意味で大きい奴だって事はわかってるんだけれど、誇らしいと同時にやっぱり悔しいような。
「それに。夏の思い出が夢だっていうのは俺が困る」
「何でよ?」
ちょっと拗ねながら振り向くと、青い瞳に捕まった。笑みを残しながらもさっきまでの穏やかな色ではなく、高温の炎を宿した色でもって、あたしを縛り付ける。
頬に伸びてきた手に一瞬ビクっとして・・・・そっと目を閉じた。
暖かい唇。
重なる度にドキドキして、胸の奥がきゅうっとなるけれど。
最近はそれ以上に心が熱くなって、頭の中が真っ白になるくらい気持ちいい。
キスをする毎に、どんどんガウリイと一体になっていくような感覚が、心地いい。
「・・・・やっとキスするのに逃げなくなった俺の努力が、夢だったら無駄になっちまうだろ?」
「・・・・・バカ」
力の抜けた身体をガウリイの腕に預けて息を整えているあたしは、真っ赤な顔でただ一言しか返せなかった。
バカ、と言ってはみたけれど。
あたしも、気持ちはガウリイと一緒。
ガウリイと夏の始めに想いが通じ合ってから、何度キスを繰り返しただろう。
あまりに鮮やかで嬉しい思い出が、夏の終わりを感じたら急に色褪せてしまった気がして、急に不安になって。
何だか、夏が終わったら。夏が始まる前の2人に戻ってしまうような感覚に襲われてしまっていた。楽しい夢から覚めた現実のように。
そんなことないって、頭ではわかっていたんだけれど。
「夏が終わっても夢は消えないさ」
「・・・思い出にはまだ早いもんね」
「ああ。それに夢で終わらせる気はないだろう?」
「当然よ」
顔を見合わせて、あたしたちは同時にプっと吹き出した。
クスクスと笑うあたしたちの声と、虫たちの鳴き声が混ざりあい、森の中に密かに響き渡る。
さっきまで寂しさを感じさせていた鳴き声なのに、今はそんな感じはしなかった。
「今日はこのまま、ここで眠っちまえよ」
「もう平気だってば」
「いいから。日が登れば暑くなるが、朝方は結構冷えるしな。お前さん、寒がりだし」
「うきゃっ!?」
問答無用で引き寄せた毛布を頭からかぶせられて、逃げ出す事が出来なかった。
「〜〜〜〜もう、わがままなんだから」
「リナのわがままがうつったんだよ」
「大人なんだか子供なんだかわかんないんだから」
「お互いにな」
言葉のじゃれあいをしつつも、ごそごそと居心地のいい体勢に身体を動かす。
ガウリイの腕の中に入るとピタっとはまる場所があって、そこがとても安心出来る場所だと知ったのも、この夏の間だった。
「おやすみ、リナ」
「うん・・・」
ぽんぽんと、ゆっくりなリズムで軽く背中を叩いてくれる手に、伝わってくる暖かい体温に、ゆっくりと睡魔が降りてくる。
目を閉じる瞬間に写った、色褪せた麦わら帽子。
それは、鮮やかな夏の思い出がたくさんつまっている宝箱のように思えた。
もう、胸の奥から沸き上がってくるような寂しさは感じない。
心まで暖かさに満たされて、あたしは眠りの淵に落ちていった―――――
◇◇◇◇◇
夏の終わり。
でも、それは秋の始まり。
うなだれた向日葵の花が、たくさんの種を落とすように。
寂しさを感じさせていた虫たちの鳴き声が、実際は伴侶を求めて恋い求める歌なように。
夏の終わりは夢の終わりではなく。
夏の色鮮やかな思い出を、じっくりと胸のなかで育てて実らせる、静かな準備期間だから―――――
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