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―――――リナ
いつも、無意識のうちに呼び掛けている。
心の中で呼び掛けているだけだから、口癖、というのとはちょっと違うかもしれないけれど。
―――――リナ
―――――リナ
視界に彼女の姿が映ると、反射的に呼び掛けてしまう。
いや、彼女の姿が側になくとも。
俺は、いつも彼女の事を考えている。
◇◇◇◇◇
柔らかい午後の日射しが射し込む窓辺にイスを寄せ、リナは外を見ている。
手元にはさっき煎れた香茶が、微かに湯気を登らせている。
いつになく穏やかな表情。何を見ているのか微かに笑みさえ浮かべながら。
俺はゆっくりとリナが煎れてくれた香茶を口に含みながら、飽きることなくリナを眺めていた。
安らかな時間。
大きな事件にも仕事も特に追われていない、たまに過ごすことのできるこんなにものんびりした時間。
こんな時を過ごすことが何よりも贅沢なような気がする。
今までの生活を振り返っても、こんなに心も身体も時間も穏やかに過ごせたことなんてなかったから。
同じ部屋の中で。特に用事があるわけでなく、会話もないけれど。
自然に、まるで空気のように。
そこにいるのが当然、と。お互いがお互いに思って寄り添っている。
穏やかに流れている時間。
こんなふうに過ごせるようになったのは、いつの事だったろう。
リナを心の中で呼び掛けるようになってから、どれくらいの時が流れたのか、覚えてはいないけれど。
口に含んだ香茶が喉を通っていく。その間もリナの視線は外を向いたまま。
―――――リナ
穏やかなその表情を見ているだけで、幸せな気持ちが沸き上がってくる。
俺の中にこんなに暖かで穏やかな気持ちがあったなんて・・・・いや、リナと過ごすことで消滅しかけていたこんな気持ちを取り戻すことが出来たんだと、気づけた自分が嬉しい。
―――――リナ
呼ぶ度に幸せになっていくような気がする。
こういう気持ちを、何と呼ぶのだろう。
―――――リナ
・・・ピクっ
「ん?何?」
ジッと外を向いていたリナが、ピクっと身じろいでゆっくりと振り返った。
声に出してはいないのに。
心の声が空気に溶けて伝わったのだろうか。
軽く首を傾げて俺を見たリナ。少しの間、交わる視線。
ほんの少しだけ、リナの頬が紅く染まったのを見て、また暖かな気持ちが沸き上がってくる。
「・・・・何、笑ってんのよ」
「別に」
前は、ここで空気の流れが変わっていた。
静かな空間を変えようと話し掛けたり、照れたリナが怒ってみたり、勢いあまって俺を吹っ飛ばしたり。
俺も、意識してくれるのが嬉しくてちょっとからかってみたり、意識しすぎられるのが辛くてぼけてみたり、リナに魔法で吹っ飛ばされたり。
だけど今は・・・・
「・・・・・・変なの」
ぷいっと拗ねたように再び視線を窓の外に戻してしまう。
彼女の横顔にはさっきの火照りがまだ残っているけれども。
一口、手にしたカップから香茶を啜り。再び流れる静かな時間。
――――不思議だ、とつくづく思う。
年も、生まれてきた場所も、育ってきた環境も、出会うまで過ごしてきた生き方も、何もかも違っているのに。
今、こんなにも近くに感じている。
2人の距離が見えない程にまで。
出会った頃から、俺はきっとリナに惹かれていたんだろう。自覚は全くなかったけれども。
取りあえず側にいたくて、『保護者』を名乗って。
自分でつけた『保護者』の戒めは、時と共に重くきつく俺の心にのしかかってきた。
想いを自覚してからは、戒めを解いたら暴走しそうで。
リナに気付いて欲しくて、でも、まだ気付いて欲しくなくて。
始めて恋をした時のように、必死だった。
何とか振り向かせたくて。
初心なリナの、最初の男になりたくて。
大人ぶっていたけれども、全然余裕などなかったあの頃。
リナも、俺と同じようにもがいていたなんて、全然知らなかった。
―――――リナ
―――――リナ
静かに穏やかな時間が流れていく。
嵐の過ぎ去った海がとても美しく穏やかに輝くように。
何度か。隠しきれなくなった、押さえきれなくなった想いをぶつけあって。
時に溝が出来たり。時に真直ぐ思いが届かなくて、どうしたらいいかわからなくなったり。不安になったこともあったけれど。
でも、その嵐の後には。お互いが無意識に作っていた心の堤防が崩れて、少しずつ2人の距離は縮まっていった。
そして今は――――
何と表現したらいいのだろう。
今すぐにでも口に出したいこの想いを。
何と言ったらいいのだろう。
言葉にすることなど出来ない程のこの雰囲気を、想いを。
口下手なのは自覚してる。考えることも得意じゃない。それでも言葉にしたいと思うのは、どうしてだろう。
「・・・・?ガウリイ?どうかした?」
「・・・・・・・え?」
リナを見ていたつもりが、いつのまにか考えに没頭していたらしい。
呼び掛けられた声にハッとして瞬きをすると、いつの間にか身体ごと俺の方に向き直っていたリナが、怪訝な目で見ていた。
「・・・あれ?」
「・・・・・目を開けたまま寝てた、ってことはないわよね?」
呆れたような小さなため息。
たはは、と苦笑して冷めてしまったカップの香茶を一口含む。
「まったく・・・・何考えてたの?」
「んー・・・リナの事」
「・・・・ばぁか・・・何言ってるんだか」
笑みを含んだリナの声に、答える俺の声も笑みが混じる。
他愛無い言葉のじゃれあい。
それでも、こうやって多少の照れを浮かべながらも、こんなやり取りができるまでになったのが嬉しい。
俺の想いを受け止めてくれる程、少女だったリナが女に変化していく。何気ない仕種に戸惑う程、眩しいくらい綺麗になった。
――――あ・・・そうか・・・・
クスっと思わず笑みが漏れた。
「・・・・ガウリイ?」
「わかった」
「?何が?」
「わかったよ、リナ」
笑いながら立ち上がった俺を見つめるリナの瞳に、微かな不安の影が落ちた。
―――――リナ
―――――リナ
不安に思うことなど何もないのに。
言葉にすることなど出来ない程のこの雰囲気を、想いを。言葉にしたいと思っていたけれど。
どんな言葉でも言い尽くせないと、言葉なんかじゃ伝えきれないと思っていたけれど。
だけど、わかった。
この想いを現す言葉。
使い古されて、独創性も何もないけれども――――
「愛してる」
告げた途端。
ピクン、と。リナが震えた。
「愛してる」
「・・・・ガウリイ?」
窓際でイスに座ったまま、目を見開いているリナの前まで来て。目線を合わせる為に腰をかがめる。
「愛してるよ、リナ」
「・・・・どうしたの?一体・・・・?」
「ん?どうもしないさ。伝えたくなっただけだから」
「・・・しらふで、普通こんなこと言い出す?」
「変か?でも、何だかリナと一緒にいられるのが今日はいつも以上に嬉しくてな」
無意識に浮かべていた微笑みと変わらない俺の雰囲気に。
いぶかし気だったリナの表情が次第に柔らかくほどけていく。
瞳に微かに浮かんでいた不安も溶けていって、変わりに浮かんでくるのは喜びと安心と、愛おしさ。
リナの瞳に映っている俺の表情と、驚く程よく似ていて。
同じ想いを伝えあっていることが、胸に沁み入る。
「愛してる」
「・・・・・・くらげ。とっくに伝わってるわよ」
「いつもリナを見てる。いつもリナを呼んでるよ」
「・・・知ってるわ」
「ずっと・・・側にいるからな」
顔を真っ赤に染めたまま、リナのしなやかな指が、ピンっと俺の額を弾いた。
照れながらも真直ぐに視線を合わせてくる瞳には、好戦的で扇情的な輝き。
「当然でしょ?あんたの瞳も唇も、手も身体も髪の毛も。ガウリイの全部、あたしがもらったんだから」
「・・・そうだった」
「ずっと・・・側にいてあげるわよ」
見つめあっていた2人が、同時にぷっと吹き出した。
午後の柔らかい日射しの中で、穏やかな空気と暖かい温もりに包み込まれながら、なにものにも変えがたい時間がゆっくりと流れていく――――
◇◇◇◇◇
―――――リナ
いつも、無意識のうちに呼び掛けている。
心の中で呼び掛けているだけだから、口癖、というのとはちょっと違うかもしれないけれど。
―――――リナ
―――――リナ
名前を呼ぶことでいつも伝えている。
この想いを。
ずっと、いつまでも。
2人の愛が決して消えないように――――
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