bitter sweet 

後編


 

 楽しくなかったのは、悲しくなってきたのは。
 これが、嘘だから。
 ガウリイを揺さぶってみたかったのに、彼は平然とあたしとの『恋人ごっこ』を演じてる。
 少しくらい動揺して欲しかったのに。ほんの少しだけでも彼の本音を知りたかったのに。
 それが、辛かった。
 あたしを見つめるガウリイの眼差しは、所詮偽りのもの。
 それが、虚しかった。
 ドキドキする度に、情けなくなった。
 何でこんなバカな事しちゃったんだろう。
 自分のあまりの愚かさに、腹が立った。
 このままじゃ初めてのキスでさえ、嘘になる。
 あたしの本音も、嘘になる。
 本音は、伝えなくちゃ伝わりっこない。
 本当は、意地や欲や嘘じゃない、その場限りのカップルじゃなく。
 偽りない、恋人同士というものになりたかったんだと。
 ガウリイに集まる視線にすら嫉妬する程、あたしは彼が好きなんだと。
 全部が嘘に染まってしまう前に、ちゃんと謝って、あたしの本音を伝えたかった。
 伝えなきゃ、いけないって。
 じゃなきゃ、取り返しがつかないって、そう思ってたのに・・・・

◇◇◇◇◇

 「・・・・ガウリイのバカぁ・・・ろーして、帰ってこらいのよぉ・・・」
 床に散乱している大量の包み紙。
 たかがチョコレートの中に入っている酒、と思っていたのだが。食べた量が半端じゃない為、全部集めれば結構な量になっていたらしい。
 強い酒のせいで、あたしは半分酔っぱらっていた。
そろそろ日付けも変わろうかという時間になったのに、ガウリイは帰ってこない。

 あたしが大量のチョコレートを買い占め覚悟を決めて宿に戻ってきてみれば。
 ガウリイは出かけていて留守だった。
 宿の主人に訪ねると、ふらりと出かけていったらしい。でも荷物も置きっぱなしだし、そのうちに戻ってくるだろう。
 ずっと部屋で待ってるのも嫌だったから、混んでくる前に先にお風呂を済ませてしまおうと少しの間部屋を留守にしていたら・・・
 【飲みに行ってくる。飯は俺の分まで食っていいぞ。遅くなるかもしれないから先に寝てろよ】
 ・・・・って、置き手紙がテーブルの上に置いてあった。
 「うそぉ・・」
 食事は、これも特典らしくて。部屋ごとに運んでくれることになってたんだけれど。
 「・・・どーゆーつもりなのよ・・・」
 ――――これも、もしかしたらあいつの優しさなのかもしれないけど。
 2人部屋って事であたしはとてつもなく緊張してたのを充分知っていたから。
 でも・・・だけど・・・
 せっかく心を決めたのに。
 今日、今日じゃないと意味はないのに。
 「・・・・・・どこ行っちゃたのよ・・・ガウリイ・・・」

 「・・・まっれるのりぃ・・・」
 帰ってきて欲しいのに、会いたいのに。
 テーブルの端に置いてある最後の包みを取ろうと半分腰を浮き上がらせていっぱいに手を伸ばした途端に、ぐらっとバランスを崩してしまった。
 いつもならばちょっとよろけるくらいで済むのに。
 ――――ガタン・ドサッ・・・・
 椅子と共に床に倒れた。
 「〜〜〜〜いったーい・・・痛いよぉ・・・」
 ぶつけた腰をさすりながら冷たい床の上で丸くなる。アルコールのせいもあるのだろう、身体から力が抜けて起き上がる気にもならない。
 「・・・・・痛いよぉ・・・がうりぃ・・・」
 痛いよ。ぶつけた腰じゃなくて、胸が。
 寂しくて、心が痛いよ。
 ぽろぽろっと、信じられない事に涙がこぼれ落ちた。
 もう、ずっと泣いた事なんてなかったのに。
 こんな事で涙が出るなんて。
 「・・・・ガウリイ・・・」
 目を閉じて、身体を丸めて、自分の身体を抱きしめて。
 あたしは床の上から動けずにいた――――

 ・・・・・いつの間にかうとうとと微睡み始めたあたしの耳に、微かな振動が伝わってくる。
 寝静まって静かな宿の廊下から、出来るだけ足音を立てないように静かに歩いてくる、ほんの僅かな響き。
 床に直接耳がついているから感じられたもの。
 部屋の前で立ち止まり、一瞬の間を開けて、そうっと忍び込んでくる。
 「・・・!?リナっ!」
 部屋に入った途端に床に倒れこんでいるあたしの姿を見つけて、ガウリイの気配が強ばった。
 慌ててあたしを抱き上げてくる。カサカサと散らばったチョコレートの包み紙が音を立てた。
 「リナ?」
 ガウリイから強いお酒の匂いがした。
 目を開けないままに、あたしはきゅうっと彼の首に縋り付いた。
 まだ、少し酔いが残っているのかもしれない。
 「・・・・・・リナ。何でこんなとこで寝てるんだよ・・・」
 あたしがただ寝ていただけだとわかって、ガウリイの声から焦りが消えて、変わりにいらだちが滲む。
 それに負けないように、あたしはしがみつく腕に力を込めた。
 「・・・・ガウリイを、待ってたんだもん・・・」
 ため息をつきながらあたしをベッドに降ろそうとしたガウリイが、びくっと震えた。
 「・・・・ずっと・・・待ってたんだもん・・・」
 「・・・・・・・何でだ?」
 「・・・ごめんって謝って・・・これ、あげたかったから」
 ぽすんっとベットに座らされて、やっとあたしは目を開いた。
 倒れた後も掴んだままだった、最後の1つになってしまったチョコレートの包みを、ガウリイに差し出す。
 「・・・・・もう、恋人のふりは終わりだろ?」
 だけど、目の前にあったのは、苦し気な顔。
 こんな辛そうな表情を見たのは初めてかもしれない。
 「・・・そうだよ。ふりは・・・もう終わり」
 「・・・なら、こんなのは必要無いだろ?」
 低い声があたしを責める。
 「違う・・・ふりは、嘘はもう終わりだから。だからガウリイにあげたかったの。だから、待ってたのに・・・ガウリイ、帰ってこなかったんだもん・・・」
 責められてしまうのは仕方がない。
 それでも、ちゃんとさせたい。させなきゃいけない。
 そんな思いが、あたしから照れやためらいを消していた。
 「あたしは・・・あたしはガウリイが好きだったの。あんたはあたしの事、手のかかる子供や妹のようにしか思ってない事は知ってたから、まだ言うつもりはなかったけど・・・だけど、今日はあんたを独占したくなったの。だから、あんなバカな事しちゃった・・・」
 いつものあたしだったら絶対にこんな事、ガウリイの目を真直ぐ見つめながらなんてとても言えないけれど。
 「・・・ガウリイは誰にでもキスできるの?頼まれれればふりでもできるのかと思ったら、自分が情けなくなって・・・だから、ちゃんと言おうと思ったの。お菓子と一緒に嘘じゃない気持ちを。もう、あんなキスはしたくな・・・!」
 突然、背中にボスンっと柔らかい衝撃。
 紡がれていた言葉は途中で途切れた。
 飲み込むかのように、これ以上紡がせないかのように。
 昼間触れたのと同じものとは思えない程、熱い唇に、反射的に強く閉じた瞳の裏が真っ赤に染まっていく。
 「・・・・リナに、ふりでキスなんて出来るわけないだろ・・・」
 いつ唇が離れたかわからない。
 空気を求めて激しく呼吸を乱したあたしの耳に、掠れた声が囁きかける。
 何とか瞳を開いてみると、ぼんやりとした視界の中いっぱいに広がるガウリイ。
 吐息さえ触れる程の至近距離で、どこにも逃げられないように両手で顔を固定されて。
 「・・・・何の為にこんな時間まで帰ってこなかったと思ってるんだ?」
 「・・・・・・ガウリイ・・・?」
 「こんな状態で同じ部屋でまともに過ごせる自信なかったから、お前が寝ちまうまで外で過ごしてたのに・・・・」
 「・・・・・・何で?」
 「・・・・わからないか?」
 怖い程鋭い視線であたしを見つめていたガウリイが、不意にふっと柔らかく微笑んだ。
 ―――――ドキンっ
 今までぼうっとしていた意識が一気に覚める。同時に酔いも吹っ飛んで、感情が全部戻ってきた。
 かあっと身体中が熱くなる。
 のしかかっているガウリイに、この体勢に、何故だか思い出してしまった唇の感触に、恥ずかしさを思い出してしまった。
 「・・あ、あの・・・」
 さっきまではすらすらと出てきた言葉も、何故か出てこない。何を言いたいのかも一瞬にして頭の中から消えてしまう。
 ガウリイがあたしの手からまだ握りしめていたチョコを抜き取ると、目の前でかざした。
 「本当に、俺がもらっていいんだな?」
 ・・・・コクン。
 うなずくのが精一杯のあたしの目の前で、ガウリイは無造作に包み紙を剥がしてパクッと口の中に放り込む。
 その勢いのまま、またしても唇を塞がれた。
 「あ・・・んっ!?」
 驚いた拍子に思わず開いてしまった唇の隙間から、苦くて甘い液体が流れ込んできた。
 溶けたチョコとお酒。そしてそれよりも甘い、ガウリイにあたしは酔わされる。
 意識が再び朦朧となるのに、さほど時間はかからなかった。

 「・・・・もう、ふりはしないからな。『保護者』のふりも」

 ――――何もわからなくなる直前に、ガウリイのそんな熱い声が聞こえたような気がした。

◇◇◇◇◇

 甘くて苦いチョコレートの味は、きっと一生忘れないだろう。
 昨晩、2人でさらけだした想いと共に。

 次の日。
 宿を出るあたしたちは、ふりではなく正真正銘の『カップル』というものになっていた。
 昨日のように必要以上に引っ付く事もなく、普段通りに食事バトルを展開し、スリッパでドツキ倒したりしながらも、それはとても2人にとっては自然な事で。
 他人の目から見るととても恋人同士には見えないだろう。
 でも、これがあたしたち。
 べたべたする事がカップルじゃないって、あたしはやっと理解したのだった。
 そして、そんなあたしたちの姿が、世間一般には充分仲のいい恋人同士に見えていたことを知ったのは、何年も後になってのことだった――――――
 


♪バレンタインネタ第2段です。今年はオーソドックスにチョコを出してみました(^^)

・・・・・最後でガウリイさんスイッチ入っちゃったけどさ(笑)

もうちょっと2人のデートを書けばよかったかなぁと、反省中。

最初はガウリイもここぞとばかりに恋人ごっこやってたんでしょうけど・・・さぞきつかったんだろうなぁ、生殺し(^^;)