bitter sweet 

前編


 

 2人部屋は広すぎて、静けさに耳が痛くなる。
 夜も深けてきて人々は眠りにつくような時間になっても、ここにいるべき人物は戻ってこないから、余計に。

 ――――コリっ
 噛み砕いた口の中で広がる甘さと、閉じ込められていた液体が喉を灼いていく苦さ。
 「・・・・けほっ・・・」
 あまりに強いお酒に、思わずむせかえる。
 それなのに、あたしは次のチョコへ手を伸ばした。
 色々な種類のお酒が閉じ込められた、たくさんのチョコレート。
 あいつに用意した物だけど・・・・もういらない。
 「・・・全部、あたしが食べちゃうんだから・・・」
 綺麗にラッピングされていた包装を手荒に破り捨てて、あたしは次々とチョコレートを口の中に放り込んでいった。

 甘いはずのチョコレートは、何だかとても苦かった。

◇◇◇◇◇

 昼過ぎに到着したこの街は、何だかとても浮かれていた。
 あちこちにお菓子の屋台が立ち並び、甘い香りが街中に漂っている。
 「なあリナ、これって何かの祭りなのか?」
 「多分そーなんじゃない?」
 「ふーん・・・でも何でピンクなんだ?」
 「・・・・・知らないわよ」
 お菓子の屋台のほとんどがピンクや赤のリボンで飾られていて、たくさんの女の子たちが楽しそうに群がっていた。
 街ゆく人たちが、何となくそわそわしてて、特に若い人程落ち着かないようだ。
 あたしたちはよくわからないなりに、取りあえず目についた物を片っ端から食べ漁っていた。
 クレープにワッフルにキャンディ。クッキー、ケーキにシュークリーム。特に多いのはチョコレートの屋台。
 「ここってお菓子で有名だったっけ?」
 チョコレートをどっさりかけたでっかいドーナツを2人でぱくついていた時にふと漏らした一言が、そもそもの原因できっかけ。
 「旅人さんたちは知らないか。この街にはある言い伝えがあってね」
 人の良さそうな屋台のおばちゃんが、溶かしたチョコレートをまぜる手を休めずに教えてくれた。

 ――――途中15分ほど省略。

 

 「それが今では、『告白の日』って形に変わっちゃってるのさ。女の子は好きな男に甘いお菓子をプレゼントする。もらった男は1ヶ月後に返事をする。まぁ、その場で返事してもいいんだがね」
 「ふーん・・・だからこんなに街がピンクに染まってるってわけなんだ」
 「あははは。まぁ、この時期の売り上げは1年で一番だからねぇ。煽るだけ煽って稼がないと」
 「うんうん。商売人ってそーゆーもんよね」
 「そうそう。街をあげての祭りみたいなもんだからこれ目当ての観光客も来るし・・・ところでお二人さんはカップルかい?」
 ――――ぶっ
 いきなりとんでもない事を振られて、あたしたちは同時に食べかけのドーナツを吹き出してしまった。
 「ちちち、違う違う!こいつとはただの相棒なの!」
 焦って説明するあたしの隣でまだガウリイが咳き込んでいる。
 ・ ・・・最近、よく言われるんだけれどね。
 でも、別にあたしたちは何もない。
 まあちょっと・・・否定する度にもやもやするけれど。
 「いやあ、なんつーか・・・俺はこいつの保護者だし」
 何とか息を整えたガウリイが、苦笑しながらくしゃくしゃとあたしの髪をかき混ぜていく。
 「保護者って・・・兄妹かい?」
 「まあ、妹みたいなもんではあるけどな。目を離すと何しでかすかわからんから」
 にこやかに話すガウリイに、胸の中にもやもやが溜まっていく。
 「いつまでやってんのよ。髪が痛むでしょーがっ」
 「うぐっ・・」
 調子に乗ってあたしの髪をぐしゃぐしゃにしていたガウリイの脇腹に肘鉄を叩き込んで手をどけさせると、ガウリイが崩れ落ちた。
 ―――――ったくさ、このボケクラゲ。
 人の気も知らないで、子供だの妹だの言ってくれてさ。
 「ふーん・・・じゃあだめだねぇ」
 「・・・・・何が?」
 あたしたちの一連のやり取りをやや引きつった顔で見ていたおばちゃんが再びチョコレートを混ぜながら呟いた。
 「いやね、『告白の日』ってのが今日なんだけどさ。今日はカップル特典ってのがあちこちでやってるんだよ。カップル連れなら食堂は特別デザートがついたり、宿は1人分の料金が無料だったりね」
 「1人分無料!?」
 あたしの耳がものすごく重要な単語をキャッチした。
 無料・・・ああ、なんて素敵な響き。
 最近寒くて盗賊いぢめ行ってないから、懐もちょびっと寂しい所だったし。
 ちらっとガウリイを見ると、すでにさっきのダメージからは回復したらしく、新しいドーナツをぱくついている。
 ―――――間違えられるくらいだから、世間の目は誤魔化せるでしょ。うん、決めた。
 「じゃあ早めに宿取らないと埋まっちゃうわね。ありがと、おばちゃん」
 「ちなみに、街の中央広場でカップル申請しないと、その特典は使えないからね」
 そそくさとその場を離れようとしたあたしの背中に、おばちゃんの言葉がかかった。
 ・・・・・見透かされてる?
 恐る恐る振り返ると、にっこり微笑んでいるおばちゃんの意味ありげなウィンク。
 ――――恐るべきは、女と商売人のカン・・・
 引きつった顔で軽く手を振って、あたしは今度こそその場を後にした。

 ――――どーしよーかな。
 まさかカップル申請なんてしなきゃ特典が使えないなんて思わなかったし。
 ガウリイは・・・多分聞いてなかったよね。聞いても覚えてないだろうし。
 しょうがない。特典はかなり心惹かれるけど諦めるか。
 買い込んだクッキーを頬張りながら考えていたあたしの耳に、それは聞こえてきた。
 ・・・・女の子たちの歓声。最近あたしをイライラさせる視線と共に。
 その視線を浴びているガウリイは、気付いているのかいないのか、キャラメルがけのポップコーンを食べるのに忙しそうだ。
 ムッとするのと同時に、あたしはぐいっとガウリイの腕を引き寄せていた。
 「うわっ!?急に引っ張るなよ」
 「・・・・ねぇ、ガウリイ?」
 にっこり笑って見上げたあたしに、ガウリイがぴくっと引きつる。
 「いい?経済的理由により、今日1日あたしたちはカップルになるわよ」
 「・・・・・・・・・・はぁっ!?」
 「今日1日、恋人同士のふりをしてれば色々お得なの!いいわね?」
 「・・・本気なのかぁ?」
 「・・・・・文句ある?」
 にこやかに笑いながらこっそりと手を掲げたあたしに、引きつった笑みを浮かべながらぶんぶんと首を横に振ってくる。
 「んじゃ、いーわね」
 「・・・・・後で色々文句言うなよ?」
 小さなため息をついてガウリイがぽんっといつものように頭に手を乗せてきた。
 そのままかき混ぜてくると思いきや・・・
 「うきゃっ・・・ちょっと・・・!?」
 遠くで微かに羨望と悲鳴のようなため息が聞こえた気がした。
 一瞬にして体温が上昇したのがわかる。
 あたしの髪に軽く唇を落として、笑いかけるガウリイに。不覚にも真っ赤に顔を染めたまま、硬直してしまったから。
 「な、なな・・ガウリイ!?」
 「リナが言い出したんだから、文句や呪文はなしだからな?」
 「hっ・・・」
 ニヤっと笑ったガウリイに、あたしはコクっとうなずくだけだった。

 

***

 ――――ちょっと、試してみたかった。
 本気であたしの事、子供にしか思っていないから。だからちょっと、揺さぶってみたかった。
 女のあたしで、ガウリイを独占してみたかった。
 保護者じゃないガウリイを、見てみたかった。
 だから、これはあたしが望んだ事・・・なのに。

***

 「では、お二人がカップルであるという証拠を見せて下さい」
 にこにこと、ある意味とんでもない台詞を吐いてくれたおっちゃんの前で、あたしは絶句していた。
 屋台のおばちゃんが言っていたように広場に来たあたしたちの前で繰り広げられている光景にも。
 「って言ってるけど、どーする?リナ?」
 「・・・・・ど、どーするって・・・」
 ・・・・・・どーしろっていうのよ・・・・
 みんな頭の中が春になっているに違いない。
 目のやり場に困るあたしを楽しそうに見つめているガウリイは、へーぜんとしてるけど。
 ―――――後悔先に立たずという格言を、今程思い知ったことはない。
 「証拠って、例えば何を見せればいいんだ?」
 すでに硬直しているあたしの肩を実にさり気なく引き寄せながら、ガウリイが実に恐ろしい台詞を吐いてくれる。
 「まぁ、あーいったものでしょうかね」
 にこにこ笑ったままおっちゃんが周りを手で指し示す。
 人目なんてものをすっかり忘れ去っているカップルが、これでもかっと自分達の世界を繰り広げられている光景を。
 「う〜ん・・・俺はいいけど、リナは恥ずかしがるからなぁ」
 反射的にくり出しそうになるあたしの拳をこっそりと掴みながら、楽し気にあたしを覗き込んでくるガウリイ。
 ・・・俺はいいけどって・・・・
 逃げ出そうにも、手をしっかりと握られているから逃げられない。
 「もったいないからあんまり見せたくないんだが・・・ちょっとだけな」
 ・・・・・・・・・・・・・へっ!?
 ふっと、顔に影が落ちた。
 「・・・・言い出したのはリナだからな?」
 耳もとであたしにしか聞こえない程度の声で囁かれて、思わずぴくんっと首を竦めた。
 一瞬だけ、ガウリイの顔があたしの知らない表情に変わる。思わず息を飲んで逃げようとしたあたしより先に、ガウリイの手があたしの頭を引き寄せた。

 ――――一瞬、頭の中が真っ白になった。

 「これでいいか?」
 「結構ですよ。いやぁ、本当に可愛い彼女ですねぇ」
 ガウリイとおっちゃんのやり取りが、すごく遠くに聞こえる。自分の心臓の音だけがうるさい程耳に響いてて。
 「はい、では申請書にサインしてください。それとこれと同じマークの看板がある店では色々な特典がありますから御利用になって下さいね」
 差し出された紙に機械的に手を動かしてサインをし、変わりにカップル証明書を受け取って、あたしたちは広場を後にした。
 ガウリイはふらついたあたしの肩を抱えたまま、いつもよりもずっとゆっくりと歩いていく。
 そんなことにもまったく気付かず、あたしの頭はパニックしたままだった。
 ――――何、何、何が起きたの?
 そりゃ、あたしが言い出した事だけど。だってガウリイはあたしの『保護者』でしょ!?
 「リナ?・・・お〜い・・・リナにはちょっと刺激が強すぎたかな・・・」
 あたしの髪をいつもとは違って柔らかく撫でながら、ガウリイが小さく苦笑する。
 ・・・・・ズキン・・・・
 小さな声だったけれど、その言葉はあたしの心に重くのしかかった。
 あたしにはって・・・それはあたしが子供すぎるって事?
 ガウリイにとっては、キスする事なんて大した事ないの?
 誰にでも、頼まれればこのくらいのことするの?
 それは、ガウリイが大人だから?
 ・・・あたしは・・・ファースト・キスだったのに。
 ガウリイは、全然平気なんだ・・・・
 「リナ。取りあえず次は飯でいいのか?」
 ポンっと頭を叩かれて、はっと我に返った。
 慌てて隣を見上げるといつもと同じようで、ちょっと違うガウリイの優しい笑顔。
 彼が指差す方を振り向くと、ピンクのハートマークがついている食堂の看板。
 そーいえば、このマークがついているお店でカップル特典が使えるんだったっけ。
 ――――こんな事の為に、あたしは一体何やってるんだろう。
 だけど、このままじゃ悔しい。
 あたしだけがこんなに動揺してて、余計に子供だって事を知らしめているなんて、そんなの納得出来ない。
 こうなったらとことんガウリイに甘えてやる。
 いつものあたしじゃ出来ない事、全部やってやろうじゃない。
 ぐいっとガウリイの腕を引っ張って、思いきって自分の腕をからめてみた。身長差があるからどこかぶら下がっているようにも見えなくはないけれど。
 「リナ?」
 「・・・いいでしょ、ちょっとくらい。ダメ?」
 ちょっとだけ声が上ずってしまったけれど、何とかガウリイの方を向いて微笑んでみせると、ガウリイが驚いた顔をした。
 「ダメなわけないだろ?」
 すぐに驚きをぬぐい去って笑顔を浮かべたガウリイに。

 ―――――ツキン

 ・ ・・と、少し胸が痛くなった。

◇◇◇◇◇

 いつもよりもずっと大人しい食事をすませて、手をつないで再び街を見学。
 アクセサリーの屋台を覗いていた時に、ガウリイが小さなイヤリングを買ってくれた。
 いつものイヤリングを外して、買ってくれたばかりのをつけて。
 何だかくすぐったくて・・・でも、何だかぎこちなくて。
 必要以上に引っ付いているのに、どんどん距離が開いていくようなそんな感覚が寂しくて。
 早々に宿を取ろうとしたら、すでにカップル特典用の部屋はいっぱいだった。でもその変わりにって案内されたのがベッドが2つある2人部屋。
 確かに1人分の代金は無料だったけど、そういう企画だっていうことに全然気付かなかったあたしも問題あるけど。
 思わず宿の主人の前で素に戻って暴れだしそうになったあたしを、ガウリイは実にさり気ない、でも有無を言わせない行動でもって黙らせた。
 それでも・・・いくら2つベッドがあるにしても、これは・・・
 大きな荷物を降ろすと、あたしは適当な理由をつけて部屋を後にし、1人で再び街の中へ戻っていった。

 ・・・・ガウリイは平然としていたな。あの部屋を見ても。
 意識してるのはあたしだけ。
 ベッドが1つだとしたら多少動揺したかもしれないけど、2つあるから、ガウリイにとっては野宿の時と同じ感覚なのかもしれないな。
 そっと耳に手を伸ばし、小さなイヤリングの感触を指先で感じる。
 これくれたのも、その場のノリって奴?
 実はちょっと・・・かなり嬉しかったんだけど。
 ・・・・何だか虚しい。
 「・・・・どーしようかな・・・」
 目の前を本物のカップルが通り過ぎる。
 2人とも穏やかに嬉しそうに微笑しながら。当然の事ながらどこにも不自然さはなかった。
 ・・・ふう。
 空を見つめ、小さなため息を漏らす。
 「・・・謝っちゃおうかな・・・」
 あたしが悪かったって。もうふりは終わりだって。
 ガウリイを揺さぶる事は結局出来ないままだったけれど、これ以上はあたしが持ちそうにない。
 呆れられて叱られるかもしれないけど、こんな状態であの部屋でまともにガウリイの顔見れる自信はまったくないし。
 ・・・・これ以上、虚しい思いもしたくない。
 「・・・・そーするかぁ・・・」
 まだ、早かった。ってことにしておこう。
 そう思って宿に戻ろうとした時、何故だかその屋台が目についた。
 今日この街に溢れているのと同じ、お菓子の屋台。
 覗いてみるとチョコレートとお酒のいい匂いがした。
 「へえ・・・お酒入りのチョコなんだ。珍しいわね」
 「そうかい?年上の彼に渡すお菓子としては結構人気あるんだよ。甘さも控えめ、大人のお菓子ってね」
 しげしげと眺めているあたしにおばちゃんがひと粒味見でくれた。
 口に含んで噛んでみると、じゅわっと中から強いお酒が溢れて、思わずむせてしまった。
 けほけほと赤い顔で咳き込むあたしを見て、おばちゃんが笑う。
 「ごめんねぇ、お嬢ちゃんには強すぎたかい?お酒好きな男にはちょうどいいんだけどね」
 ――――お酒好きな、年上の彼に渡すには最適。
 「・・・・・あ」
 思わずガウリイの顔が浮かんだ。

 (今日は『告白の日』なんだよ。女の子は好きな男に甘いお菓子をプレゼントする)

 ・・・・あたしは・・・全然伝えてない。
 ふりは、嘘は嫌だと思いつつ。
 今、またしても自分の気持ちを誤魔化して、嘘つくところだった。
 「おばちゃん。これ、全部ちょうだい」
 「ええっ!?ぜ、全部かい!?」
 「そう。全部」
 驚くおばちゃんを前にして、あたしは1つの決心をしていた。