愛しき愚者の集う夜

〜ガウリイサイド〜


 街中の人間が思い思いの仮装をして夜通し騒ぎ立てる奇妙な祭り。
 月もない深い闇の中、いつもとは違う魔力にも似た気配が漂っているのか。
 妙に高揚した気分になってくる。
 それとも、この仮装のせいなんだろうか。
 誰もが心の枷を緩ませて、本能に従いたくなる夜の魔法。普段の自分の姿を脱ぎ捨てて、仮の姿を纏うからこそ普段できない事も出来てしまう。言えてしまう。
 そんな魔法をかけられた俺たち。
 あがらい難い甘美な誘いに乗ったのは、どっちだったのだろう。

 

◇◇◇◇◇

 

 賑やかな街の中央広場。
 リナの気配を躱し、ゲームのスタート地点で俺は時が過ぎるのを待っていた。
 旅の途中で立ち寄ったこの街で開かれている祭りに参加すると言い出したのはいつもの通りリナの方で、俺は当然のように快諾した。
 『ハロウィン』とか言う祭りで、街全体が仮装している。
 物珍しさと、何故だか誘われている雰囲気に俺たちもいつもの旅装を解いて仮装をした。
 めったに見られないリナの魔道士以外の姿が見られるとあって。
 面白がって楽しんでいた。それまでは。
 リナの、その姿を見るまでは。
 露出している部分は少なめだというのに、むき出しになっている肩と太腿の一部が。黒い衣装がもともと白い肌を際立たせていて、どうしても視線がそこにいってしまう。
 スレンダーな体型を惜し気もなくさらしてそれでもなお無防備な小悪魔。
 ―――――いっそのことその場で攫ってみればよかったか?
 リナはまだ気づかない。
 俺のリナを見る視線の意味に。隠し切れないこの感情を、さらす事もできないこの想いを。
 他の誰にも見せたくない。
 そう心の底で叫びながらも、いつものようにからかってなんでもないふりを装って街を探索した。
 今までにない程の乾きをなんとか押し堪えて。
 今すぐにでも身体を包むこのマントでリナを包み、俺だけしかいない部屋の中へ連れ込みたいという焦りにも似た独占欲。
 リナはまったく気付かない。
 リナを舐めるように見る男たちの視線を。そこに伴う感情を。
 この小悪魔は、無意識に男を誘うから。
 その仕種が、その笑顔がどれだけ男の心を揺さぶるか、彼女は知らない。
 その無知はすでに罪だ。
 同じ年頃の誰よりも世間の修羅場を経験しているにも関わらず、初心で奥手な少女。
 『保護者』という枷を自らに課して、誰よりも少女の側にいる事の出来る位置を確保しながらも、今は焦りだけが降り積もっていく。
 長くは持たない、この微妙な距離。
 このままいくと、俺は傷つけてでもリナを奪いかねない。
 なんとなくリナも気付いてはいるんだろう。俺の視線を受けて、居心地悪そうにしている回数が増えてきたのだから。

 早く気付いてくれ。
 でないと俺は、お前を壊してしまう。

 それだけは絶対許してはならない事。
 だけど、今夜は心がざわめく。
 今ここにいるのは『保護者』であるいつもの俺ではなく、ただの吸血鬼だからだろうか。
 この仮装そのままに、リナを求める想いが暴走しそうだ。
 頭の奥でせめぎあう感情に気を取られた時、ふとリナが提案した。
 『鬼ごっこをしよう』と。
 この広い祭りに賑わった街で、時間内に逃げきる事が出来るかどうか。
 制限時間は街の鐘が鳴るまで。
 普段の俺だったらこんなゲームに乗ったりはしない。
 すぐにでも迷子になりそうな人込みの中、リナをひとり放り出すなんて事出来るわけがない。しかもこんな祭りの中、少しでも目を離したら誰かに攫われそうな少女から離れる気もなかった。
 なのにゲームに乗ったのは、リナの瞳を見たからだ。
 俺を試すような誘うような、それでいてひどく真剣な眼差し。
 戦いに挑む時のような好戦的でいて、なのに揺らめく紅い瞳。
 ただの気紛れではないのだろう。だからこのゲームに乗った。
 俺とリナの真剣勝負。
 『負けた方が勝った方の言うことをなんでも一つだけきく事』という報酬は何を意味しているのだろうか。それは本気で言っているのか?
 今の俺にとってそれは諸刃の剣のように甘美で、しかし危険なものだった。
 微妙に揺れる俺たちの関係を変えるかも知れないこの報酬。
 どう言うつもりで言い出したんだ?
 俺の思いに気付き始めてるリナ。俺はそんなに我慢強い方じゃない。
 『保護者』を演じるのも、もう限界なんだ。

 いつの間にか俺の周りに数人の女が集まっていた。俺を検分し媚びてくる眼差し。ガラスのように安っぽい、一時の満足を得たいが為のものでしかない感情。
 そんなもの必要無い。
 俺が欲しいのはたった1人。
 振りほどこうとして、はっとする。すぐそこにいる少女の姿に。
 瞳の色そのままに紅い炎を宿しているかのような、激しくて美しい少女。そこにいるのは本当にリナなのか?
 とっくに俺の心は捕らえられている、この小悪魔に。逃げる気も起きない程溺れてる。
 身動きすらせずに俺はリナに魅入られていた。
 「あなたのような吸血鬼ならば、いくらでも襲われたいわ」
 不意に縋り付いてきた女にはっと意識が戻る。リナにこんな所を見られたくない。乱暴に振払う事もできずちらっとリナを見ると口元に笑みを浮かべてゆっくりとこちらに近づいてきた。
 「捕まえててくれてありがとう。でもこれはあたしのものよ」
 ―――――今、なんて言った?
 「・・・・なによ、あなた」
 「悪いけど、この男はあたしのものなの。その手を離してくれない」
 にっこりと微笑みながら、大した力もかけずに1人の女を引き剥がす。
 リナの自信に満ちた妙な迫力に気押されて、回りにいた女たちが距離をおいた。
 「捕まえたわよ。ガウリィ」
 ポンと俺の胸を叩いて見上げる顔は、まぎれもない女の顔。
 いつもなら不機嫌になるか問答無用で呪文をぶっ放つリナが余裕すら浮かべて俺を見つめてる。
 「リナ・・・・」
 急激に喉が乾く。目を細めたリナの顔に触れようとした瞬間、するり、と躱される。
 途端に鳴り響く鐘の音。リナの勝利を告げる音だ。
 そして第2試合の始まりを告げる音。
 「あたしはあんたを捕まえたわ。次はガウリィの番よ」
 「リナ」
 「ちゃんとあたしを捕まえて見せなさい」
 言うなり身を翻して人込みの中に逃げ込んでいく。その一瞬に見せた俺を誘う紅い視線。
 ごくリ、と喉が鳴った。
 この離れていたわずかな時間の中でどんな答えを出したと言うんだ?
 捕らえた俺に、お前は自分を捕まえてみせろと言う。
 本気で逃げながらも、捕まる事を予感している。
 とんでもない小悪魔だ。
 俺の想いに気付くなりいきなり試そうとする。
 それならばもう遠慮はしない。狙った獲物は逃がさない。
 極上の美女を狙う吸血鬼のように、マントを翻して俺は走った。
 リナだけを求める俺の神経は冴えまくっている。人込みも雑音も街の地形さえ障害にはならない。俺がリナを見つけられないはずはない。
 戦闘の時にも似た高揚感が身体を支配する。
 気配は次第に賑やかな中心街から離れ細い路地の方へ移っていった。
 かえって探しやすい方に自分を追い込んでいる事にはたして気付いているのだろうか。
 いくつかの細い路地と平行するように並ぶ壁。まるで立体の迷路のような錯角すら抱かせる。
 ふと、迷路に行き詰まったリナの気配が壁を挟んだ隣に感じた。
 焦りの感情を放ちつつ更に逃げようとしている。だけど逃がすわけにはいかない。
 軽々と塀の上によじ登ると上からリナを見下ろした。
 追い詰められた小さな小悪魔。
 「魔法はなしだぞ」
 今にも呪文を唱えそうだった口がピくっと閉じられる。きょろきょろと回りを見渡す様子に思わず笑みが浮かぶ。
 リナの背後に飛び下り、目の前でマントを翻す。一瞬前が見えなくなって動揺した隙に耳もとで小さく囁いた。
 「狙った獲物は逃がさない」
 ビクっと身体を震わせ振り向いたリナの身体が一歩下がる。すぐに壁にあたり、悔しげなでも安堵した眼差しで俺を見つめる。
 トンっとリナの両脇の壁に腕をつき完全に囲んだ。
 「逃がさないって言っただろ」
 ここから、俺から。もう逃がさない。
 ふっとリナの瞳が伏せられる。
 捕らえた獲物に所有の印をつける。引き付けられるように、首筋ではなく紅く艶やかな唇に―――――

◇◇◇◇◇

 無意識のうちに抱き寄せて、何度となく軽く触れあった口付け。抵抗する事なくそれを受け入れてくれるリナに更に深いキスを贈ろうとした時、ゲームの終了を告げる鐘が鳴った。
 「勝負は引き分けだな」
 「そうね」
 腕の中から小さく答えてくる少女。意外にあっさり答えてきて思わず抱き締める腕に力を込めた。
 「だけどもう、逃がさない」
 「あたしも、逃がしてなんてあげない」
 お互いに捕らえて、捕らえられて。
 俺の想いを戒めていた鎖は、今は二人を包み込み例えようもなく甘いものへと変化していた。
 だけど苦痛は感じられない。むしろ心地よささえ感じている。
 「ねぇ、聞かせてよ。ちゃんと」
 今まで伏せていた顔を上げてリナが言った。微かに赤くなっている。いつものリナなら視線も合わせられない程照れてしまうくせに、しっかりと合わせてくる視線。
 甘えた響きを伴った声は無意識なのか。
 「・・・・戻れなくなるぞ。それでもいいのか?」
 「戻る気なんてないくせに」
 「覚悟は出来てるんだな?」
 言いながら俺も覚悟を決める。
 一度でも抱きしめたらもう離すつもりはない。想いを告げたら絶対に逃がさない。
 「今日のあたしなら逃げないでいられるわ。だから聞かせて」
 女の顔で答えを待つリナ。
 特別な祭りの魔力に普段じゃ考えられない程素直に心をさらけ出してくる。
 俺も、そうだ。今ならこの想いをさらけ出す事ができる。
 今日は総ての人間が愚か者になれる夜。
 『保護者』の仮面を脱ぎ捨てて、今はただの男だから。
 一度大きく息を吸って、強くリナを抱きしめた。
 「リナが好きだ。もうずっと前から・・・どうしようもない程リナに惚れてる」
 一瞬身体を固くしたリナは、すぐに力を抜いた。微かにもれる吐息が服の上からも俺に届く。
 「リナが気づくのをずっと待ってた。俺のことをちゃんと『男』として見てくれるまで、『保護者』という鎖で縛り付けて。待ってたんだ」
 「・・・・・あたしが気づかなかったらどうしてたの?」
 「リナは気づくさ。それがどんなに時間のかかる事だとしても、絶対に気づかせるつもりだった」
 そして気付いてくれた。その上答えてくれた。
 そうだろう?
 クイっと顎を持ち上げて、至近距離から見つめる。
 「正直言って我慢も限界だったけどな」
 だからこれはいいきっかけだった。
 押さえていたギリギリのライン。
 ずっと変わりたくて、それでも心のどこかで変わる事を恐れていた部分が確かにあった。まだ心は幼い少女がこの想いに耐えられなかったらと思うと、どうしても告げる事ができなかった。
 見つめる視線だけで気付かせるなんてずるい技を使って。
 でも。
 「だからあたしにキスしたの・・・?」
 「お前が誘ったんだよ。俺を。かろうじて保っていた自制心を粉々にしてっただろ?」
 リナは気付いて受け止めてくれた。
 俺が思っていた以上に少女は女だった。
 ゆっくりとリナが微笑む。とても嬉しそうに。
 そうやって、無意識に誘うんだ。この小悪魔は。
 再び甘い唇に触れていく。さっきよりもより深く、奥まで触れて。
 リナに酔わされていく。どんどん入り込んでいく。
 どうしようもない程愛おしくて、溺れていく。
 力が抜けへたり込みそうになったリナを抱き上げた。潤んだ瞳に濡れたくちびる。極上の女がここにいる。
 「ねぇ、ガウリィ。明日からのあたしはこんなに素直じゃないわよ」
 「そうだろうな。でもリナの本心はわかったから、もう遠慮はしないぞ」
 「あたしは何も言ってないわよ」
 「言わせてみせるさ。これから何度でも」
 自信を持って自惚れるさ。リナがこんな顔を見せるのは俺だけだって。
 朝になればまたいつもの服を纏っていつもの照れ屋で素直じゃない少女に戻るだろうけど、今ここにいる誘う女もまぎれもないリナだから。
 どっちのリナも独占したい。夜はまだこれからだから。
 俺は獲物を抱えゆっくりと歩き出す。
 首にまわされた腕と小悪魔の発する媚薬にも似た甘い香りに、押さえ切れない笑みを浮かべながら。

 ゲームの続きは俺たちの宿で。
 勝敗の行方は更に深みを増した夜の闇だけが知っている――――――――


 

♪大好評の吸血鬼ガウリイでございます(笑)

同じ設定で視点は別々に。というのはこの話が初めてだったんですけれど、意外に楽しかったです♪

しかし・・・すでに人間じゃないね、ガウリイ(笑)いくらなんでも街の人込みの中からリナだけ追うなんて(^^;)

吸血鬼の格好をしたガウリイが壁をよじ登っている姿を想像すると、かなり笑えますけれどね(笑)