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例えば仮面をつけただけで人の口は滑らかになる。
ならば仮装をしたならば本心をさらけ出すこともできるのだろうか。
自分であって自分ではない姿を纏って。
普段の姿から解き放たれた時、心も解放されるのだろうか。
今日はハロウィン。
愛しき愚者が集う夜。
◇◇◇◇◇
月のない夜。寒さを増した夜空には冴え渡った星が輝く。
夜を徹してのお祭りは、時間が経つと共ににぎわいを増していた。
普段ならすでに眠りについているはずの子供達も、今日だけはまだ街を駆け回って賑やかな掛け声と共にお菓子をねだっている。
『トリック・オア・トリート(お菓子をくんなきゃ悪戯しちゃうぞ)!』
思い思いの仮装をした小悪魔たち。
祭りに参加しているほとんどの人が仮装をしている不思議な祭りだ。
一種異様な、それでいて開放感に溢れたこの祭りに、偶然立ち寄ったあたしも当然参加していた。もちろん、あたしの旅の道連れ、自称保護者の相棒。ガウリィも、この街のどこかにいる。
今、あたしたちは別行動をしていた。
それはあたしが持ち出した一つの提案。
この街のなかで、この人込みの中で。
あたしとガウリィの真剣勝負。
2回勝負で先に挑むのはあたし。
次の鐘が鳴る前に、ここからガウリィを見つけだす。
普段ならばこんなふざけたゲームにのってこないガウリィも、あたしの瞳に何を見たのか、はたまた『負けた方が勝った方の言うことをなんでも一つだけきく事』という報酬に何か感じるものがあったのか、今はこのざわめきの中に溶けている。
あたしは五感を研ぎすましていた。
街の賑やかな喧噪の中。美味しそうな匂いに多少心揺られながら、うざったい男どもの誘いを蹴散らしながら。
いつも側にいた馴染みの波動を。
時たま感じてた、熱い眼差しを。
ガウリィの存在を求めていた。
細い路地を走り抜けながらあたしは自分の心と向かい合う。
揺らぎ始めたあたしとガウリィの関係。
気の合うパートナー。信頼できる相棒。命を預けて戦える相手。それは出会った頃よりも更に深くなっている。
なのにどこか変わっていく。季節が過ぎる度に、時が経つと共に。
『保護者』という言葉に過剰に反応するようになってしまったあたし。
あいつの子供扱いは今に始まった事じゃないのに、最近妙に気に触って仕方ない。
それなのに、時々ガウリィの側にいるのが苦しくなる。
難しい顔を時々隠し切れないガウリィ。
ふと視線を感じる。普段の柔らかなものではなく、あたしを射抜くような強く鋭い眼差し。あたしが振り向くと一瞬のうちにいつもののほほんとした瞳に変わってしまうけれど。
いつも側にいるのに、時々何を考えているのかわからない。
あたしが変わったのだろうか。それとも、ガウリィ?
表面的には何も変わらないあたしたち。
でもあたしは気づいてる。気づいてしまった。
だからゲームを仕掛けてみた。
あたしはどうしたいのか知りたくて。あいつは何を求めているのかハッキリさせたくて。
普段のあたしなら絶対にできないこと。でも、今日のあたしはいつものあたしじゃないから。
仮装のお祭りにのっとって。いつもの魔道服を脱いで、あたしは悪魔の衣装に身を包んでいた。
ノースリーブの身体にぴったりとした水着タイプの服。ところどころに銀色の鋲が打ち込んである。
二の腕から指先まで包む編み上げの手袋。足元は光沢のあるブーツ。かなり長いそれは、太腿の半分も隠れるもの。
首につけてる首輪。
お尻からのびる尻尾の先には三角のとんがり。背中には小さなコウモリ羽がついている。
総ての色は黒。
だから、今日のあたしはガウリィの心を試す、小悪魔。
この衣装に着替えてきたあたしを見た時のガウリィは、一瞬言葉を失って。それからいつものようにいらん事を言ってあたしにドツキ倒されていたけれど。
あたしは見逃さなかったから。
一瞬だけ見せた突き刺さるような、鋭い視線。
たまに感じてた視線より、何倍も強烈な、眼差し。
今日ならその瞳に込めた意味を聞きだせる。あたしがゲームに勝ったならば。
あたしがあいつを見つけだせないわけがない。
ふっと耳が風に乗って来た音を拾った。
女の子たちのざわめき。興奮気味のそれは、最近ことあるごとにあたしの心をいらつかせるものと同じだった。
スタートした広場からさほど離れていない場所で、あたしは見つける。
そこにいる総ての女性の心を魅了してやまない、美しき金色の吸血鬼を。
――――あたしの心をざわつかせるのは、何?
まるで本物の吸血鬼のように、その瞳だけであたしを捕らえようとする。そこにいるのは、本当にガウリィ?
初めてまともに見た。彼の、あたしの総てを見透かすような熱すぎる強烈な視線。
無意識に身体が小さく震えた。
暫くの間、あたしたちはお互いの姿だけを瞳に映し、身動きすらできなかった。喧噪すらも耳に入らず、ただ立ち尽くすだけ。
「あなたのような吸血鬼ならば、いくらでも襲われたいわ」
その一瞬の静寂を、ガウリィを取り巻いていた女が破る。4・5人程の女の子たちが一斉に媚びを売り始めた。マントにしがみついて離そうとしない人までいる始末。
そのあまりの滑稽さにあたしは思わず失笑する。
魅了されて強ばった身体が自由を取り戻す。
振払う事もできず、困った表情で身動き出来ない状態のガウリィにあたしはゆっくりと近づいた。
「捕まえててくれてありがとう。でもこれはあたしのものよ」
「・・・・なによ、あなた」
「悪いけど、この男はあたしのものなの。その手を離してくれない」
にっこりと微笑みながら、大した力もかけずに1人の女の子を引き剥がす。
「ちょっと、なにするのよ・・・・・」
「捕まえたわよ。ガウリィ」
ひとつわかった事。
それはあたしの独占欲。
取り巻きを完璧に無視してあたしはガウリィの胸をポンと叩く。
「リナ・・・・」
あたしを呼ぶ彼の声は掠れていて、あたしは思わず目を細めた。
顔に伸びてきた手を躱して、あたしはスルっと再びガウリィから距離をとった。
タイミング良く鳴り響く鐘の音。
ひとつのゲームが終わって、第2試合を告げる合図。
「あたしはあんたを捕まえたわ。次はガウリィの番よ」
「リナ」
「ちゃんとあたしを捕まえて見せなさい」
あたしから捕まってなんて、絶対あげないから。
覚悟は出来てるんでしょう?ガウリィ。
身を翻して、あたしは喧噪の中に紛れ込む。狭い路地を走り抜け、驚く人をかいくぐり。
ガウリィから逃げ切るのは至難の技だ。野生のカンでどこに居てもいつもあたしを見つけてしまうから。
捕まりたくないわけじゃない。だけど簡単に捕まってしまうわけにはいかない。
逃げたいと思うのは、まだ甘えていたいから。
あの瞳を躱して、気づかないふりをして。『保護者』と言う言葉に振り回されながらも、まだ、ただの仲間でいたいと思う心の現れ。
だけど逃げ切れない事も確信してる。
あたしが自覚したように、ガウリィのあの目は尋常でない程何かに執着した目。 彼もまた独占欲の固まり。
彼に捕まった時、あたしたちの関係はきっと変わる事だろう。
それを期待する心と恐れる心が今この時すらないまぜになってる。
あたしは何を望んでいるんだろう。
ガウリィに何を望んでいるんだろう。
ぼんやりとしていた輪郭は、逃げ回っているうちに徐々にその姿を現わしていった。それはとても意外で、でもなるべくしてなった想い。
賑やかな街の中央広場と屋台の並ぶメインストリートを抜けて、いくつかの細い路地に入り込み、気がつくと目の前には行き止まりの高い壁。
周りに人陰もなく、遠くのざわめきが微かに耳に届く。明かりの効力が尽きてきた弱々しい光を放つ街灯が、余計に闇を浮かび上がらせていた。
小さく舌打ちしてあたしはもと来た道を戻ろうとして・・・・身体を強ばらせた。
感じる、馴染みの気配。
今は、まるで獲物を追い詰めた獣のように悠然として。
ちらっと空を見上げる。ここで浮遊か何かで飛ぼうと思えば逃げられる。
「魔法はなしだぞ」
そんなあたしの考えを見透かしたようにかけられる声。どこからかけられたかわからなくて、思わずあたりを見回すと、いきなり目の前が闇で覆われた。
「狙った獲物は逃がさない」
耳もとで囁かれる声にびくりと身体が震える。
振り返ると口元に笑みを浮かべた吸血鬼。
蒼い瞳に歓喜の色を浮かべて、追い詰めた獲物を検分する眼差し。
一歩後ろに下がると、背中が壁にあたった。
逃げられない。ここから。この眼差しから。
「逃がさないって言っただろ」
とんっと顔の両脇に立て掛けられる腕。
ガウリィの檻に閉じ込められて、あたしは身動きすらできずに再び魅了される。
そして、美しい吸血鬼は血の変わりに、あたしの唇を奪った―――――――
◇◇◇◇◇
どのくらいそうやっていたのだろう。ゲームの終了を告げる鐘の音が聞こえて、あたしはそっと目を開いた。
「勝負は引き分けだな」
「そうね」
いつもと同じ口調。同じ声。
だけどガウリィの腕の中で聴くと、なんだか違った響きに聞こえた。
「だけどもう、逃がさない」
「あたしも、逃がしてなんてあげない」
お互いに捕らえて、捕らえられて。
心はがんじがらめになっている。それなのにその束縛を心地良く思っているあたしがいる。
「ねぇ、聞かせてよ。ちゃんと」
「・・・・戻れなくなるぞ。それでもいいのか?」
「戻る気なんてないくせに」
「覚悟は出来てるんだな?」
あたしを覗き込むガウリィの瞳。その奥に静かに、けれど熱く燃えている焔が見える。もう隠そうとしない、さらけ出された彼の感情。
女を見る、男の視線。
「今日のあたしなら逃げないでいられるわ。だから聞かせて」
いつものあたしなら、こんなふうにおとなしく抱かれてたりなんてしない。真っ赤になって照れて、ガウリィを呪文で吹っ飛ばしてた事だろう。
でも、今日は総ての人間が愚か者になれる夜。
意地も強がりも普段の服と共に脱ぎ捨てて、ほんの少し大胆に、素直になれる特別な日だから。
「リナが好きだ。もうずっと前から・・・どうしようもない程リナに惚れてる」
ドキンっとガウリィの心臓がひと際大きく高鳴った気がする。
きゅうっときつく抱き締められて、告白にあたしは大きく息をついた。
「リナが気づくのをずっと待ってた。俺のことをちゃんと『男』として見てくれるまで、『保護者』という鎖で縛り付けて。待ってたんだ」
「・・・・・あたしが気づかなかったらどうしてたの?」
「リナは気づくさ。それがどんなに時間のかかる事だとしても、絶対に気づかせるつもりだった」
クイっと顎を持ち上げられて、至近距離から見つめられる。
「正直言って我慢も限界だったけどな」
ちょっとだけ照れたような少年のような表情になる。
きっかけを作りたかったのは彼も同じだったのかも知れない。もどかしい距離に焦れていたのも、あたしのゲームを了解したのも。
彼も今日だけは愛しき愚者。
「だからあたしにキスしたの・・・?」
「お前が誘ったんだよ。俺を。かろうじて保っていた自制心を粉々にしてっただろ?」
ガウリィの言葉に酔わされていく。
再び触れてきた唇に心から嬉しいと思う気持ちが溢れてきた。
身体が熱くなって心地いい。頭の奥がどこか痺れてる、そんな感じ。
こんなにもあたしは女だったんだ。
無意識に誘っていたなんて。キスがこんなに気持ちがいいものだったなんて。
当たり前のようにガウリィを受け入れている。言葉以上の想いが伝わっていくようで、不思議な事に照れも感じない。
人を素直にさせるこの祭り。だから、今夜は・・・
深くなるキスに身体の力が抜けていく。へたり込みそうになったあたしをガウリィが抱き上げた。
「ねぇ、ガウリィ。明日からのあたしはこんなに素直じゃないわよ」
「そうだろうな。でもリナの本心はわかったから、もう遠慮はしないぞ」
「あたしは何も言ってないわよ」
「言わせてみせるさ。これから何度でも」
怪しげな笑みをたたえながら獲物を腕にした吸血鬼はマントを翻す。
その首筋にしがみついた小悪魔はこっそりと会心の笑みを浮かべていた。
ゲームの続きは彼等の宿で。
勝敗の行方は更に深みを増した夜の闇だけが知っている――――――――
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