|
「ハッピーセットとチキンセットですね。お持ち帰りですか?・・・はい、少々お待ちくださいませ」
―――――はあ。
ひっきりなしにやってくる客を対応しながら、こっそりとため息をついた。
さすがに今日はいつもより客の量は少ないとはいえ、バイトの人数も少ないから大変。
しかも、やってくる客は綺麗に二分されてるし。
幸せそうなカップルや家族連れがお持ち帰りで持っていくか、1人で来た男が奥の方で「クリスマス?何それ?」とばかりに無表情で食事していくか。
店の外で忙しく歩き回る人の波。
クリスマス・イヴってだけで、こんなにも街の表情が変わるなんて、何か不思議だ。
去年まではイヴの日にバイトすることも別に気にならなかったのに。
何だか今年は虚しい。
もし、あたしにもうちょっと勇気があったら。
あと一歩踏み出せる、勇気があったら。
もしかしたら、もう少し違ったイヴの日になっていたかもしれないのに。
勇気を出したアメリアが、今幸せなイヴを過ごしているように。
でも・・関係ないか。
ガウリイがクリスマス事体に興味なかったしなぁ。
・・・・はあ。
賑やかさが寂しい。
もう1つため息をつくと、軽く頭を振って営業スマイルを顔に張り付けた。
あと2時間でバイトは終わる。
クリスマスだからって別にとんでもないごちそうが待っているわけじゃないけれど、帰ったらケーキくらいは毎年あるし。
そーよ。淡々と仕事してれば時間は過ぎるし、家帰ったらゆっくりお風呂に浸かって、ワインかなんかちょびっと飲んで、寝ちゃえば明日になるんだし。
―――――ガウリイ、仕事終わったかな?
ついついそっちに流されていく思考を、次の客がさえぎった―――――
「う〜〜〜〜寒い〜〜」
お風呂に入って暖まったのはいいけれど、戻ってきた部屋は先ほどより寒さを増していた。
「とっとと布団に潜り込まなきゃ風邪ひいちゃうわね。『ゆたぽん』〜♪」
温めた『ゆたぽん』を抱きしめていそいそとベッドの中に潜り込んで。
ふと、携帯に目がいった。
「あれ?メール来てる」
日付けが変わろうとしているこの時間にメールが来ること事体は別に不思議ではないんだけれど。
「ガウリイからだ・・・ありゃ〜まだ仕事中だって。大変だぁ」
あたしがお風呂に入っている間に来ていたメール。
1時間前くらいだから、もう仕事終わってるかもね。
そっかぁ、まだ仕事してたんだ。年末だから忙しいって言ってたもんね。
同情とほんの少しほっとした気持ちが浮かび上がる。
他の誰かと過ごしていたわけじゃなかったんだ、と。
「まだ会社なのかな」
もうすぐイヴが終わる時間。
――――――ピッ
【仕事お疲れさん。大変なイヴだったね】
――――――ピピピッ
【疲れた〜。やっと終わって今帰るとこ】
――――――ピッ
【明日も仕事でしょ?このまま会社に泊まった方が楽なんじゃない?】
――――――ピピピッ
【そーゆー事言うなよ。寂しすぎるだろ、それは】
――――――ピッ
【ごめんごめん。外寒いでしょ?部屋の中も寒いもん。気をつけて帰りなよ】
――――――ピピピッ
【寒いぞ〜。あったかい格好して外見てみな?】
外?
・・・・寒いじゃん。
暖まったお布団の中から出るのはかなり辛い。
それでも毛布を巻き付けてベッドからおり、ずりずりと毛布を引きずりながらカーテンを開けて窓を開けてみる、と・・・・・・
「雪・・・・わぁ、いつから降ってたんだろ」
静かな真っ暗な空からふわりふわりと舞い落ちる、小さな白い雪。
家々の明かりも落ちて外灯の明かりだけが浮かび上がっている住宅街に、白い雪がぼんやりと浮かび上がって見える。
しばらく降ってくる雪を見つめていたが、はっと思い出して慌ててメールを打った。
――――――ピッ
【雪だ〜♪これが本当のホワイト・クリスマスだね♪寒いけど〜〜。でも教えてくれてありがとね♪】
――――――ピピピッ
【寒がりだなぁ。さっきから降ってきたんだ、雪。1人で見てるのも勿体ないからさ、リナがまだ起きててよかった】
「な、なーに言ってるんだか・・・そういう思わせぶりな台詞言わないでよね〜」
寒いはずなのに、たったこれだけのメールを見ただけで暖かくなれるなんて。
冷たいはずの雪が、何だかとても暖かいものに感じられた。寂しかったイヴの夜が暖められていく。
―――――やっぱり、好き。
あたし、ガウリイが好きなんだ。
たったこれだけで、こんなに嬉しいんだもん。
だから、イヴが終わるその前に。
ほんの少し、勇気を出してみよう。
この雪があたしの心を真っ白にしてくれる。
真っ白に染め変えて、その中から大切な思いだけが浮かび上がってくる感じ。
子供の頃のように、雪を見ると嬉しいと素直に口に出せるように。
今、あたしの中に浮かび上がっている言葉を、素直に口に出せたら。
きっと、何かが変わるはず。
落ちてくる雪を見つめながら、あたしは震える指で携帯のボタンを押した。
トゥルルル・・プッ
〈メリー・クリスマス。リナ〉
「ガウリイ・・・」
一回のコールですぐに出てくれた。
電波を通じて耳もとで囁かれるあったかい声。
いつも聞いている声なのに、何だか泣きそうになってしまう。すごく優しい声。
〈こんな日に雪降るなんて出来過ぎだよな。でも、何かさ空からのクリスマス・プレゼントみたいじゃないか?〉
「・・・・そうだね・・・」
〈もう少し早い時間から降っていたら喜んだ連中多いんだろうけどな。今の時間に起きてる人はラッキーだよな〉
「・・・うん。ラッキーだね・・・」
〈・・・リナ、眠いのか?随分おとなしいけど・・・悪かったな。寝る所だったんだろ?〉
ガウリイの声が心配げな色を帯びる。
〈暖かくして寝ろよ。風邪ひかないように〉
「・・・違うの。眠くないよ・・・嬉しかったの」
〈リナ?〉
「イヴの日に一緒に同じ雪を見ることが出来て、嬉しいの。ありがとう、ガウリイ」
〈・・・俺も、嬉しいよ。欲を言えばすぐ隣で一緒に見れれば最高だったけどな〉
「・・・・本当はね・・・今日会いたかったんだ・・・」
〈・・・・俺もさ・・・もう少し仕事が早く終われば、会いに行けたんだけどな〉
「・・・バイトしながら・・・あんたの事ばっかり考えてた。クリスマスなんて今までは別に関係なかったのに・・・」
〈・・・・・うん〉
「・・・ガウリイと一緒に・・・好きな人と一緒にいたいって・・・始めて思ったの・・・・」
〈リナ〉
「・・・・ガウリイが、好きなの・・・・あんたは大人で、あたしは子供かもしれないけど・・・好きになっちゃったの・・・・」
――――まるで夢の中のように自然に、唇から想いが漏れた。
雪が、あたしを包み込む。
音を飲み込む雪が、瞬間。あたしたちから言葉を失わせる。
〈・・・・先に言われちゃったな・・・〉
少し照れくさそうな声が、耳の奥で響いた。
急に現実に戻ってきた気がして、どきどきと鼓動が速くなる。
〈一番嬉しいプレゼントを、ありがとうな。リナ〉
「・・・ガウリイ・・・・」
〈イヴの日に誰かと過ごしたいなんて、最近じゃ全然思っていなかったけど・・・昨日会ったばかりだったけど・・・今日はリナに会いたかった〉
「・・・・ガウリイ・・・それって・・・」
〈好きになっちまえば・・・多少の年の差なんて関係ないだろ?〉
「・・・・・・・・うん」
〈俺も・・・いつの間にかお前が好きになってたよ〉
「・・・・本当?」
〈本当。俺も仕事放り出してでも今日はリナと一緒にいたかったけど・・・・リナもバイトだっただろ?〉
「もっと早く言ってくれれば、バイト変わらなかったのに」
〈なかなかきっかけがなかったからさ・・・この間も言おうと思ったんだけどな〉
「そんなそぶり、全然してなかったくせに・・・」
〈そりゃお互いさまだろ?〉
「・・・・・・・そうだね」
くすり、と笑うと。電話の向こうからも小さな笑い声が聞こえた。
クリスマス・イヴと雪の魔法にかけられたかのようだった。こんなにも素直になれる自分がいたことに、少し驚く。
耳もとで囁かれる声。
いつもと同じはずなのに、全然違う声。
まるですぐ傍で抱き締められているかのように、優しくあたしの心を包み込んでいく。
「メリー・クリスマス。ガウリイ」
〈メリー・クリスマス。リナ〉
「来年のイヴは、一緒に過ごせるといいね」
〈来年まで待てないなぁ。取りあえず、明日はまだクリスマスだし〉
「・・・もう今日じゃない?」
〈あ、そっか。じゃあ今日。仕事終わったら会いに行くよ〉
「仕事、忙しいんじゃないの?それにあたし、明日もバイト入ってるよ?」
〈何とかなるだろ。バイト終わる頃に店に顔出すからさ〉
「・・・それって何かとっても恥ずかしいんだけれど・・・」
〈いいじゃないか。やっと堂々と公言できるんだから〉
「もう、子供じゃないんだから〜」
笑いあいじゃれあう言葉の中に、微かな甘えが混じっている。
会話のテンポはいつもと変わらないのに、昨日のあたしたちとは確かに変わっている。
こんな変化を、望んでいたんだ。
ほんの少しの勇気で触れ合えた心。
手をのばせば、きっと掴んでくれることだろう。
もっともっと彼に近付いて、もっともっと彼を知りたい。きっとガウリイも同じことを望んでいる、そう思った。
「・・・・・ふ・ふぁっくしょんっ・・・・」
〈あ、悪い。寒かったんだよな〉
「そういえば・・・寒いの忘れてた・・・ふ・くしょんっ」
〈大丈夫か?風邪ひくなよ?〉
「う〜寒い〜〜・・・もう一度お風呂に浸かって『ゆたぽん』温め直してこなくちゃ」
〈俺が温めてやろうか?〉
「ばっ、ばかものっ!寝ぼけたこと言ってないで、あんたもあったかくして寝なさいよね!まぁ、バカは風邪ひかないって言うから多分絶対大丈夫だとは思うけど」
〈ひでえなぁ・・・ま、いいか。じゃあまた明日な〉
「・・・・うん。おやすみ、ガウリイ」
〈・・・・何か・・・切っちまうの勿体無いな・・・〉
「・・・・・・・・・・・うん」
〈リナ・・・・・・・・・・・・・・おやすみ〉
・ ・・・・・・・・プツ。ツー・ツー・ツー・・・・
「・・・な、何考えてんだか・・・・」
受話器越しに贈られたキスに、寒さを一気に忘れた。
火照った頬に舞い落ちる、小さな白い聖なる雪。
眠りについた街を、静かに白く染め変えていく。
明日はまだクリスマスだから。
昨日渡せなかったプレゼントを持ってガウリイに会いに行こう。
この雪が溶ける前に。
この想いが雪を溶かしてしまう前に。
「メリー・クリスマス・・・」
通話の切れた受話器にそっと唇を当てると、あったかい想いを抱きしめながら、あたしは眠りに落ちていった。
クリスマスの魔法にかけられた恋人たちの想いを包み込むように。
白い雪が、静かに降り続いていた――――
|