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今夜もこの酒場は賑わっていた。
「遅かったじゃないの、ガイ」
「もう今晩は来ないかと思ったわ」
いつものように店に入ると、女たちが俺の姿を見つけすりよってくる。
「悪いな、仕事が長引いてさ」
じゃれつく女の頭を軽く撫でて笑いかけると、むこうからも妖艶な笑みを浮かべてきた。
いつもの情景。
「ねぇ、今夜はあたしにつきあってくれるんでしょう?」
「ああ、後でな。まだ来たばかりだし軽く飲ませてくれよ」
「忘れないでよ?じゃあまた後でね」
柔らかい唇が俺の頬にそっと触れ、その女は店の奥の賑わいにまぎれていった。
自慢じゃないが、俺はよくモテていた。
戦士としてのこの体格と女うけするこの顔。街の領主どのからも一目置かれている騎士としての才能と誇り、そして実力。
人当たりもいい性格のせいで、女に不自由したことはない。
通う酒場に足を運べば、誰かが必ず声をかけてくるし、またこっちから声をかけてなびかなかった女もいなかったから。
恋はひとときの何よりスリリングで心踊らせるゲームだった。少なくとも、今の俺にとっては。
「今夜は遅かったじゃないか?」
「まぁな」
カウンターの席に座る。と同時に差し出されたグラスに口をつけてからひょいっと肩を竦めた。
常連なので注文などしなくてもいつも決まった酒がタイミングよく運ばれてくる。ここのマスターとは幼馴染みでもあるから堅苦しい挨拶もいらない。
「それがな。夜勤の奴らと交代直前になって変なやつが転がり込んできてな」
「変なやつ?」
「ああ。そいつがやけにボロボロで誰かに襲われて命からがら逃げて来たって話だったんだ」
「ふーん・・・よくある話じゃないか」
「でもよく話を聞いてみるとこいつがさ、『バッド・マックス』の一員だったんだ」
「はぁっ!?『バッド・マックス』って、あの盗賊団だろ!?国境近くにアジトをかまえててお前たちでも手を出すのが厄介で放っておいた・・・・」
マスターがグラスを拭く手をとめて目をまん丸くする。ヒゲなんて伸ばして渋く見せようとしているが、こういう表情をするとまるで少年のようだ。
「・・・・そーゆー言い方するなよな。んで、そいつがかなり混乱してたんだろうな。『俺たちのアジトが襲われた。助けてくれ』って衛兵に泣きついてきたんだぜ」
「・・・・かなりバカだな、そいつ」
「まーな。でも気になることを言っていたんだ。『間違いない。あれはドラマタだ』ってな」
1杯目を飲み干した俺のグラスに2杯目の酒を注ごうとしたマスターの手がその言葉にピクっと止まった。
「・・・・・『ドラマタ』って・・・・あのドラマタか?」
「さぁ、どうだかなぁ」
にやにや笑う俺を恨めし気に見て、マスターが酒を注ぐ。
「噂ってのは途中で面白おかしくでかくなってくもんだからな。真相の方は定かじゃないが・・・・」
―――カラランッ
会話が途切れたところでタイミングよくドアベルの音がざわついた店内に響いた。
何の気なしにドアの方を見て、思わず飲みかけていた酒をテーブルの上に戻す。
足音も荒くずかずかと店に入ってきた彼女は、人々の視線などまったく気にせずに空いているカウンターの席・・・俺の隣に座るとワインを注文した。
ここら辺じゃ見かけない顔だ。
黒いマントに、所々に宝石の護符での装飾を施している服装。どうやら旅の魔道士、らしい。
こんな時間の酒場にいては多少浮きそうなほど、どこか幼さを残したでも可愛い顔は、だが、はた目から見ていても近づかない方が身の為だとはっきりわかる程、怒りの感情に歪められていた。
「もう一杯!・・・・ううん、ボトルごと頂戴っ!」
荒っぽいのにやっぱり可愛い声。
少女と言うにはためらいがあって、女性と見るにはちょっと早いような、そんな絶妙な雰囲気の彼女。
「そんなに怒ってちゃ、せっかくのワインがもったいないぞ」
思わず声をかけてしまった俺に、店中の人間が驚きと興味の視線を向ける。
だが。
―――――ギンッ!
店中の視線より、すぐ近くで俺をまるで敵を見るかのように鋭く見つめたその瞳に、一瞬背中がゾクっとした。
怒りの為かギラギラと輝いている紅い瞳。
何者に対しても恐れを知らない、今から戦場に向かうかのような、強い眼差し。
すべてを焼き尽くすかのような、炎を宿している。
――――ヤバい・・・・
何がヤバいのかもわからぬままに、でも出てしまった言葉は取り消せない。
「何を苛ついてるのか知らないが、そんなに怒ってちゃもったいない」
「・・・・・何がよ」
「ワインもだけど、せっかくの君の可愛い顔が台なしだ」
――――スッパーンッッ!!
――――一瞬店内が静まり返った。
「心配御無用!あたしはいつだってどんな時だって可愛いんだから」
電光石火のごとく繰り出されてどつかれたのは・・・スリッパ!?
一体どこから出したんだ?・・・・といささかぼけたことを思いつつ、転げ落ちた椅子の下で頭をさすりつつ彼女を見上げた。
ワインのせいか今だ怒りがおさまらないせいか。それとも、今の一言で照れてしまったせいか。
うっすらと頬を紅く染めてワインを飲んでいる彼女からは、さっきまでの殺気めいた空気は四散していた。けれども怒りの感情がおさまったわけではわけではないらしい。
何故だか心惹かれた。
始めて見るタイプだったからかも知れない。
俺をドツいた女なんて・・・・過去に思い当たらなかったし。
何よりも、この強烈な紅い瞳。
騎士として何度か修羅場をくぐり抜けてきた俺を、一瞬でも怯ませた、あの視線。
興味を惹かれないわけがない。
こほん、と軽くせき払いをして椅子に戻った。
「悪い、俺の失言だったな。気を悪くさせたらすまなかった。お詫びにおごるよ」
にこやかに微笑んで彼女の横顔を覗き込む。
カウンターの中から、マスターの驚きと忠告めいた視線が向けられたが、軽く手を振って遮った。
「・・・・・・おごってくれるの?」
「ああ。何でも頼めよ」
振り向いた彼女が俺の言葉を耳にして、にっこりと笑った。その顔からは一瞬にして怒りが消え失せ、変わりに浮かぶのは悪戯を企んだ子供のような表情。
・・・・どきっ
不意に鼓動が途切れたような気がして、慌てて自分のグラスを口につける。
「じゃあ、お言葉に甘えて。マスター、ここってお酒以外のメニューある?」
「・・・まぁ、多少のつまみと軽い食事ぐらいなら」
急に話を振られたマスターが、グラスを拭く手を止めて対応する。
「んじゃ、そのメニュー全品2人前づつちょうだい。あと、このワインのボトルもう一本追加ね」
――――ガチャンッ
――――ブッッ
信じられない言葉に、マスターはグラスを取り落とし、俺は口に入れた酒を思わず吹き出してしまった。
まじまじと見る俺に、彼女はぱちんとウィンクをして返す。
「今さらキャンセルはきかないからね。怒ってたらお腹すいちゃったのよ、ちょうどよかったわ。マスター、早くね〜♪」
しばし硬直してしまった俺の隣で、彼女は楽し気にワインを飲んだのだった。
◇◇◇◇◇
人は見かけによらないと言うが、まったくその通りだと思う。
特に・・・彼女に関しては。
「・・・・よく食ったなぁ」
「あらそお?軽い夜食だけど?」
目の前に積み重ねられた空になった皿の山に、思わず感嘆のため息をついた。
見かけは華奢といっていいほど小柄なのに、一体どこに消えていくのだろうかと思う程鮮やかな食べっぷりに、呆れると同時に楽しさを感じていた。
今までこんなに大食いな女は見たことない。しかも、それを恥じることなく自然に食べている子は。
「女ってのはみんな小食だと思ってたけどな」
「そんなことないわよ。美味しいものを力一杯食べたいってのは男も女もかわんないじゃない」
「そうなのか?」
「そうよ。遠慮なんかしてたら食いっぱぐれるもの。食事の時はいつも戦いよ、あいつもよく食べるしね」
「あいつ?君の連れ?」
何気ない彼女の言葉に耳が反応する。
一人旅していてもおかしくない雰囲気だったので、連れがいるというのはどこか意外だった。
・・・・女だろうか。それとも・・・男?
気になる。とても。
さっき出会ったばかりだというのに、何故こんなにも気になるんだろう。
それでも、それを隠して俺は何気なく会話を続けた。
「なるほど。その連れと喧嘩したから恐い顔して1人で飲みに来たんだな」
「恐い顔ってのは余計よ」
彼女が微かに赤らめた顔をぷいっと逸らしてワイングラスを引き寄せた。食事して落ち着いたからだろう。今になって先ほどまでの自分を思い出して恥ずかしくなったのかもしれない。
くすり、と思わず笑みがこぼれた。
ころころと変わる表情は見ていて飽きない。
「喧嘩の原因は?」
「・・・・あいつが悪いのよっ。あたしの趣味を邪魔してくれたんだから」
「趣味?何の?」
「今夜は久しぶりだったから気合い入れてたっていうのに・・・ったく、心配性なのもほどほどにして欲しいわよ」
「・・・・何の趣味なのかよくわからないが・・・でもまぁ、君を心配してくれてるのはいいことじゃないのか?」
「そりゃまぁ、ね。でもあんまり心配されすぎるのも嫌なのよ。いつまでも子供扱いされてるようでさ」
「そういうものなのか?」
でも、俺には彼女の連れの気持ちが何となくわかるような気がした。
彼女からは、とても目を離して置けない。
子供のようで、大人のようで。でも、どちらにしても紛れのない女の子だ。
自分で自覚しているかどうかはわからないが、かなり目立つ部類の、無意識に人を惹き付けるタイプ。
そしてこの性格だ。
目を離したら最後、どこで何をやらかすか、気が気じゃないだろう。
「大変だな、君の連れも」
「大変なのはこっちよ。人の事子供扱いして自分は保護者面してるくせに、実際はあたしが面倒見てやってるようなものなのよ?頭はからっぽで記憶力ってものはこれっぽっちもないし、あたしの後をついてくるだけだし」
「それは・・・何というか・・・・」
「・・・まぁ、あたしについてこられるってだけで、ある意味充分なんだけどね」
今まで子供のように自分の連れをこき下ろしていたのに、そう言って薄く微笑んだ彼女は、とても大人びて見えた。
――――目が離せない。
愛おしむような哀れむような、不可思議な色が瞳に浮かぶ。
このくらいの少女ならば普通は持ち得ない、深い経験を積んだ者のみが持ち合わせる、そんな色だ。
彼女は・・・一体どんな人生を歩んできたと言うのだろう。まだ、幼さを残しているというのに。
一体、彼女は何者なんだろう。
「ねぇ、あなたも『戦士』よね?」
突然切り替わった話題に、戸惑いながらもうなずく。
「ああ。俺はここの騎士団の一員だけど」
「あ、やっぱり?・・・なんかさ、あなた、あたしの連れと雰囲気が似てる気がしたんだ」
「俺と?」
その言葉に胸のどこかがちくりと痛んだ。
・・・・では、彼女の連れというのはやっぱり男か・・・
「あいつはもと傭兵なんだけどね。傭兵やってた割には人がよすぎるけど。剣の腕だけは超一流なのよ」
「ふーん・・・俺も剣の腕には自信あるけどな」
「あたしもね、魔道士だけどねーちゃんにしごかれたから剣の腕もそこそこあるのよ。だから本当は人に守られなくても充分やっていけるはずなんだけどね。実際、長いこと一人旅してたんだし」
そこで言葉を区切ると、こくり、と。一口だけワインを口に含んだ。
最初の勢いが嘘のように、今は時々ワインを舐めるように飲んでいる。
「だけどねぇ・・・あいつ、大きいのよ。いろんな意味で・・・」
嬉しそうで、どこか悲しそうな。
そんな微笑みを浮かべて宙を見ている。
その先にあるのは、多分その連れの顔なんだろう。
「それで?そいつと俺のどの辺が似てるっていうんだ?」
堅くなった声に気付かないのか、彼女は俺の声に軽く肩を竦めて苦笑した。
「戦士の体躯ってのもそうだし、人当たりいいところもかな。女慣れしてるってとこは、ちょっとむかつくけど?」
そういって悪戯っぽく笑う彼女にドキっとした。
――――コナかけようとしたのを、まさか気付いていたとは・・・・
決まり悪くてぽりぽりと頬を掻くと、小さく吹き出した。
「バツが悪くなると頬を掻くところもね。でも、そういうんじゃなくて・・・守る人ってところがかな」
「・・・守る人?」
「うん。あなたは騎士でしょ。ここの領主と街の人々を守って戦う、守るために躊躇いなく戦える人。あいつは・・・あたしを守って戦う人だから。凄腕の傭兵がなんであたしにくっついてくるのか不思議でしょうがないけど、あいつはあたしをいつも全力で守ってくれるから・・・・」
照れたようにまた一口ワインを口にする。
「・・・誰だって自分の命が一番大事なはずなのにね。よくあたしなんかにつきあってくれると思うわよ。普通だったらとっくに死んでてもおかしくない旅してるしね、あたし。まぁ、ただの物好きっていってしまえばそれまでだけど」
軽い口調の中に重い現実が見えたような気がした。
彼女もきっと戦う者だろう。
この歳でこんな瞳をするような、とんでもない人生を歩んでいる、歩み続けていく人。
そんな彼女を守っているという男。
その男に軽い嫉妬を覚えながらも、どこか同情と賞賛を同時に贈りたいような気持ちになった。
一介の傭兵だった男が、儲けも何もなくただ1人を、彼女を命がけで守っている・・・その意味に、どうやら気付いていないらしいから。
そのくせ、無意識に自分がのろけていることもわかっていない。
物好きなやつと口では言いながらも、ワインで酔った潤んだ瞳は、とても愛おし気な光を宿している。ごく普通の恋する女の表情で。
多分、酒のせいで。どこかそいつに雰囲気が似ているという他人の俺だから、ぽろっと本音が出てしまったのだろう。
苦労してるな、そいつ・・・・
彼女に惹かれた同じ男として、苦笑した。
「世の中には物好きが多いからなぁ」
「まったく、その通りよね」
グラスを掲げて言った俺に、彼女も苦笑してグラスを掲げた。
クイっと同時に飲み干して、思わず笑いあう。
「やっぱり・・・あなた、あいつに似てるわ」
「俺は俺なんだけど?」
「そうね。ごめんね・・・さて、と」
「もう帰るのか?じゃあせめて宿まで送るよ」
「あら、紳士じゃない?それとも送り狼狙ってるの?」
悪戯っぽく笑いかける紅い瞳に、仰々しく肩を竦めてみせた。
「誰だって命は惜しいだろ?」
「よくわかってるじゃない。でも、大丈夫よ。多分そろそろ来る頃だから」
「来るって・・・」
――――カラランッ
俺の言葉を遮るかのように、ドアベルの音が店内に響き渡った。
開いたドアの隙間から吹き込んでくる冷たい空気と・・・・微かな殺気!?
振り返った俺に、それが叩き付けられる。その強さに思わずごくりと喉が鳴った。
ここは戦場ではないのに。
この俺に一瞬、死の恐怖を感じさせる程の。店内の人間にも不穏な気配が感じられたのだろう。ざわめきが引いていく。一部のすでに酔ってしまって感覚の働かない女たちが、入って来たそいつの顔にため息などついているが。
コツコツコツ・・・とブーツを鳴らして男が真直ぐに俺たちの方に近付いてくる。
彼女は振り向きもしない。
――――カタンッ
「――――こら、リナ。人の事を氷漬けにしときながら、1人だけ夜食食ってるなんてひどいだろうが」
彼女の背後からカウンターに腕をのばし、覗き込むように身をかがめた男が、一瞬だけ俺を見据える。
・・・・俺はゆっくりと首を振るだけで精一杯だった。
「あんたがあたしの邪魔したんだもん。当然の酬いよ」
「あのなぁ・・・どうしても行きたい時は俺も行くって言っただろ?」
「あのねぇ。それじゃあたしの楽しみがなくなっちゃうでしょうが!」
くるりと椅子ごと振り返って、彼女が男と向き合う。
微かに忘れ去っていたはずの怒気を纏わせて、でもそれ以上に安堵の空気をたずさえて。
もう、きっと。
背中にしている俺の事など、忘れている。
「お前も女の子なんだって、何度言っても聞かないんだからな。まったく」
「どーせあたしは聞き分けのないお子様よ」
「・・・そうやってすぐに拗ねる・・・子供扱いなんてしてないだろ?」
「・・・・してるわよ」
「大人扱いしたら逃げるくせに?」
「・・・・逃げてるわけじゃ、ないもん」
「じゃあ、何でわざわざ今夜出かけたりしたんだ?」
「だってそれはっ、その、久々の大物だったし。最近してなかったから懐だって寂しかったし!」
「・・・んじゃ、何で俺が来た途端に途中で止めて逃げたんだ?」
「・・・・それは・・・その・・・」
ちらっと視線を向けると、豊かな栗色の髪の隙間から覗く耳が、真っ赤に染まっていた。きっと顔も真っ赤に染めているのだろう。
男の気配が不意に和らいだ物になった。
無骨な手がゆっくりと彼女の頭に触れ、柔らかな髪の感触を楽しむかのように梳き降ろしていく。
見ているこっちの方が恥ずかしくなる程、慈しみと独占欲をあらわにした眼差しに、彼女は包み込まれていた。
――――こんな男相手にしたら、命がいくつあっても足りない・・・
「帰るぞ」
「・・・・うん」
どこか甘えを伴った彼女の返事に、ガタっと椅子が揺れた。
「ちょっ、ちょっと!降ろしてよ、歩けるってば!」
「だめだ。お前、酒弱いくせに一体どれくらい飲んだんだ?」
「そんなに飲んでないわよ!ろれつだってしっかりしてるでしょ!?」
「また逃げられたらかなわないしな」
「・・・逃げないからぁ・・・恥ずかしいってば、ガウリイ!」
「いいから捕まっとけ」
「ちょっとお!離せぇ!」
暴れる彼女を楽々と抱き上げて、男は何ごともなかったかのように店の戸口へと向かう。
暴れていた彼女がふと、俺を認めてにこっと笑った。
それに俺は苦笑を返してグラスを掲げる。
――――カラランッ
そして2人は、夜の闇へ消えていった。
◇◇◇◇◇
「・・・・一体何だったんだ?」
「まぁ・・・単なる痴話げんかさ」
呆然としているマスターに苦笑しながらグラスを振っておかわりを求めた。
店内にまた活気が戻ってくる。
「・・・・あんな女、見たことなかったなぁ」
しみじみ呟いた俺に、マスターが皮肉気な笑みを返してきた。
「ガイともあろう奴が、振られちまったな」
「・・・・まともに勝負したら、いくら命があっても足りないからな」
「確かに・・・あの男、綺麗な顔して物騒な殺気放ってたからなぁ。まぁ、お前が誰かを気に入ったってだけで珍しいとは思っていたが」
「自分でも珍しいと思ったさ」
一目見て、惹かれただなんて。
女を、まだ少女とも呼べそうな彼女に興味を持ったなんて。そんなときめきなどとっくに忘れていたと思っていた。
「ねぇ、ガイ?そろそろ場所変えない?」
甘ったるい声が背中から届く。首に絡み付いてきた細い腕を、俺はためらいもなく外した。
「悪いな。今夜はそういう気分じゃなくなっちまった」
「ええーっ、そんなぁ」
「また・・・な」
突き放して手を振ると、しばらくは未練がましくしていた女もしぶしぶと離れていった。
「・・・・本当に珍しいこともあるもんだな」
「まーな。少なくとも今夜くらいは純情な男でいたいだろ?」
「女に振られた純情男か?ははっ、それじゃあやけ酒につきあってやるさ」
マスターが自分のグラスにも酒を注いで掲げてくる。2人してにやっと笑いあうと、かちんっと触れたグラスが澄んだ音を立てた。
恋はひとときの何よりスリリングで心踊らせるゲームだった。
少なくとも、昨日までの俺は。
でも今の俺は、あの紅い瞳が頭から離れない。
惹かれて・・・興味を持ったのに、手に入れることも、振り向かせることすらさせなかった、炎のような女。
俺が手にできるような人じゃなかった。
俺の手におえるような人でもなかった。
だけど、彼女は俺に大事な事を教えてくれたような気がする。こんな、一時の恋しかしてこなかった俺に。
――――中々いないけどな、あんな女なんて。
でも。
もしかしたら、この世界の中にはいるかもしれない。
騎士としてではなく、たった1人の存在を命がけで守れるような、誰かが。
それを知ってしまうのは、幸か不幸かわからんが。
探してみても、いいかもしれない。
「・・・そう言えば・・・あの彼女『リナ』って呼ばれてたよな?」
不意に思い出したようにマスターが聞いてきた。確かにあの男は彼女の事を『リナ』と呼んでいた気がする。
「・・・・『ドラマタ』の名前って・・・確か・・・」
「・・・・!・・・はははっ・・・彼女ならあり得るかもな」
「嘘だろう!?うわさとは大違いだぜ?とてもそんなふうには見えなかったぞ!?」
驚くマスターを笑って、グラスをあおいだ。
ドラマタもあの男の前では普通の可愛い少女だった。
うわさってのは本当に当てにならない。
「・・・確かに俺の手にはおえないよなぁ・・・」
クスクスと、笑みが漏れた。
今頃は、彼女はきっとあの男に押さえられていることだろう。命がけで彼女を守ることができるあの男にだけ、それを望んでいたようだったから。
「頑張りなよ、お二人さん」
失恋相手にエールを送って、酒をあおる。
何だかほろ苦くて熱い思いが、胸の中に広がっていくようだった―――――
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