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「ねぇ、ガウリイ。一体どこまで行くわけ?」
「んー・・・もうちょっと」
さっきから何度となく同じ言葉を交わしてる気がするんだけれど・・・・
ガウリイは相変わらずのほほんとした顔で歩いていく。まったく、この暑さで遂にのーみそ溶けきったんじゃないでしょうね。
まぁ、昼間にくらべればずいぶんと涼しくなったから大丈夫だと思うけどさ。
すうっと通りすぎた風が、微かな水の匂いを運んできた。
同時に括り上げた髪とスカートの裾をフワっと撫で上げていく。
あたしたちは夜の林の中を歩いていた。
早めに着いた村で宿をとって、夕食を済ませ、部屋に戻ろうとしたあたしを珍しくガウリイが夕涼みの散歩に誘ったのだ。
ここんとこ、いくら季節が夏とはいえ異常に暑くて。
ただでさえ暑いのが苦手のあたしがいい加減ぶち切れて、歩いていた街道の木々をあたりかまわず呪文で凍らせてしまったのが昨日のこと。
だってさ、森林の中を突っ切っていくような街道だから直射日光は多少避けられるとはいっても、許せないのがこの蒸し暑さ!
いくら弱冷気の呪文かけてるっていっても効力なんてすぐ切れちゃうし、それにこの魔道士姿ってのがまた暑いんだこれが。
ガウリイなんか「その見た目がすでに暑苦しい」なんて暴言吐いてくれたから、本当の暑さってものを思い知らせてやったけど。
まぁねー・・・確かに黒のマントってのは暑いわよね・・・。
だからといって外すわけにもいかないし。
あたしの魔道士のこの服装事体が1つの結界を作り上げている。日頃の行いのおかげで騒ぎには事欠かない生活を送っているもんで、自分から防御力を落とすなんてこと出来ないのだ。
そんなこんなでこの暑さに我慢出来なくなって、まぁ、ちょっと・・・・凍らせてみたのだ。
――――怒られたけど。
でもさ、暑さってのはどんどん体力を奪っていく。イライラして精神的にもよろしくない。体力だけがとりえのガウリイと一緒にされちゃ、今に『リナ・インバースの蒸し焼き』、が完成してたもの。そんなに怒ることないじゃない、ねぇ?
まぁ、昨日そんなことががあったから。今日は朝が明けるかどうかって時間に出発して、午後早い時間に着いた村で休むことが決定したのだ。
実際、かなり疲労が溜まってたしね。
ガウリイだって、実のとこ結構まいってたようだったし。
昼寝するにも暑いんで、適当な大きさの物を凍らせて部屋のあちこちに置いて気温を下げた。ガウリイの部屋にも同じようにしてあげて、んであたしだけ更に弱冷気の呪文で涼しい風を入れて。
部屋に入ってしまえば取りあえず旅装を解いても問題はないので、あたしは魔道士の姿から涼しいワンピースに着替えていた。
宿に着く前に、村の店で買ってきたのだ。
やっと落ち着いて、ぐっすり眠って、暑さで最近食欲なかったのが嘘のような食事を済ませ。
久しぶりに上機嫌なあたしに、いつも通りののほほんとした笑顔を浮かべながらガウリイが、散歩に誘ってきたのだった。
てくてくてくてくーーーーー
「ねぇ、どこか目的地があるわけ?」
「ああ、ちょっとな。疲れたか?」
「疲れはしないけど・・・」
散歩だっていうので、いいかと思ってあたしはワンピース姿のままで出てきてしまったのだ。
まさか林に入っていくとは思わなかったからさ。
いつもズボンとブーツだったから、ちょっとした下草や小枝なんて気にせずズンズン歩いていたんだけれど、スカートにサンダルといった今の格好はこういう場所にはとことん不似合いだ。
服を気にして歩きづらいなんてこと、ずうっとなかったもんなぁ。
「もうすぐだと思うから、もうちょっと我慢してくれな」
そんなあたしの微妙な表情がわかっているのかいないのか、ガウリイがにっこり笑ってクシャっと髪を掻き回していく。
ガウリイも腰に剣を帯びただけの楽な格好だ。しかも、あたしが見てて暑いんで、長い金髪を後ろで1つに括ってある。
最初は面白がってあたしと一緒でポニーテールにしてみたんだけれど(笑)嫌がって降ろしてしまったみたい。結構似合ってたのに。
宿を出た時にはまだ薄闇だった空も、今ではすっかりと暗くなり、たくさんの星を輝かせている。
木々の間から細かな光がこぼれ落ちてくるようだ。
すうっとまた風が通っていく。
涼しい、肌に心地いい風。
「・・・この辺かな?」
ガウリイのつぶやきと同時に、奥の木の影に微かな小さな明りが見えた。
フェアリー・ソウル・・・・?
それにしては随分小さいし、光の色も違う。
ガサガサと茂みをかき分け、ガウリイが光が見えた方へ進んでいく。しっかりと、さりげなく道を作ってくれながら。
まったくさ・・・抜けてると思ったらこういうことをさり気なくやってくれちゃうんだから。こいつってばさ。
微かに赤らんだ顔を闇に隠して進むと、急に視界が開けた。
「!・・・・うわぁ・・・・!」
「すごいなぁ・・・!」
目の前に広がる光の乱舞。
林の奥に隠されていた、結構大きな池。その一面を小さな黄色い光が点滅しながら動き回っている。
そして、その池に写し出された空の星たち。
闇の中、木々に囲まれたこの池は、まるで宝石のように煌めいていた。
「・・・・綺麗・・・・」
「ああ」
まるで魂が吸い寄せられるかのような景色。地面に足はついているはずなのに、意識がふわふわと点滅する光に引き込まれていく。
「お前がその服買ってる間にな、教えてもらったんだ。この場所」
視線は光の乱舞を追いながらガウリイが教えてくれる。
「店に入ったまま出てきやしないんだもんな、お前さん」
「あははは・・・・だぁって、服を買うのなんて久しぶりだったんだもん。良いものをより安く手に入れる為には多少の犠牲がつきものなのよ」
「あのなぁ・・・俺はその間外に立ちっぱなしで干涸びてたんだぞ」
「まあまあ。おかげでこの場所教えてもらったんでしょ?ラッキーだったんじゃない」
「まぁ・・・ある意味ラッキーだったけどな」
柔らかい微笑みを浮かべたガウリイの、いつもとはちょっと違う視線にあたしの心臓がドキンっと飛び跳ねた。
何だか急にスカート姿なのが恥ずかしくなってくる。
いつもは隠されている肌が外気に晒されているせいか、いつも以上にその青い瞳はあたしを見透かしていくようで。
さっきまでは別に平気だったのに・・・・
「あ、あのさ。この光ってるの一体何だろうね?」
火照った顔を隠すように、あたしは再び光の群れに視線を戻した。
暗いし・・・わからないよね?
心がそわそわする。
何だか恥ずかしくなってきて、もう帰りたいような。でも、いつもとちょっとだけ雰囲気の違うあたしで、もう少しいたいような。
「これか?これはホタルって言う虫なんだ」
あからさまに話題を摺り替えたあたしの言葉に、ガウリイも視線を水面に戻し、再び光に見とれている。
「虫!?光る虫なんているの?」
「リナは知らなかったか?俺は子供の頃見たことあったからな。小さい黒い虫なんだけど、夜になると尻が光るんだよ」
「へええええ」
何だか素直に感心してしまった。
ガウリイがものを覚えていたってこともかなり驚いたけど、説明をしてくれるガウリイの表情が何だか自慢話をしている子供のようで、でもどこか懐かしそうな瞳で愛おしむようにホタルを眺めているから。
「光るのはオスだけなんだ」
「へえぇ、自己主張が強いのね」
「そりゃあ、必死だからな」
「?何が?」
きょとんと見返したあたしにガウリイが苦笑しながら、いつものように大きな手をあたしの頭に置いた。
でも、いつもは髪をくしゃくしゃと掻き回していくだけなのに、その手はゆっくりとあたしの髪を撫で下ろし、一房掴んで指に搦めた。
そわそわする。
心臓がバクバク言い出して、息苦しい。
青い瞳は深さを増して、ただ見つめられているだけなのにあたしを縛り付けているみたいに感じる。ただ髪を掴まれているだけなんだから、振り払おうと思えば出来るのに、身体が動かない。
「惚れた相手の気を引く為に、オスはいつだって必死なんだぞ」
――――あたしの髪に唇を寄せて、そう言ったガウリイのセリフが。
あたしには、『オス』ではなく『男』と聞こえた。
瞬く間に火照っていく顔。
さっきより更に息苦しさは増している。
・・・・ずるい、と思う。
今までそんな素振りなんて全然見せなかったのに。こんな無防備な格好の時に急にそんな男の部分を現わすなんて。
いつもの魔道士姿で武装している時ならば、突っ張って呪文ぶちかましてなかったことに出来るのに。
こんな、普通の女の子の格好して開放感を感じてる時にそんなことされちゃったら。
あたしはごまかすことも逃げることも出来ないじゃない。
「無防備すぎるんだよ、リナは。いくら暑いからっていきなりそんな薄着になられちゃ、俺だって押さえきれなくなるだろ」
搦めていた髪をするっと外し、今度はゆっくりとあたしの前髪をかきあげてくる。指が触れた瞬間、ピクっと肩が震えてしまう。
「・・・・・部屋から出てきた時は別に何の反応もなかったじゃない。『涼しそうだなぁ』って笑っただけでしょ」
けれど真っ赤になった顔を、何とか逸らさないようにがんばって至近距離にあるガウリイを見返す。
まだ、あたしはどこかで甘えていたくて。
この気持ちを認めてしまったら、伝えてしまったら今までの自分と変わってしまいそうで、ちゃんと正面から向かい合っていなかった。
それは、時間の問題だとちゃんとわかってはいたんだけれど。まだ、認めてしまうのが少し怖かった。
ガウリイの気持ちも読めなかったし・・・こういう感情に振り回される自分にも慣れていなくて。
だけど。
「・・・・涼しければワンピースじゃなくてもよかったんだけどさ・・・あたしだって・・・ね・・・」
いつだって心の片隅では、気にして欲しいと願ってる。
あたしのことを見てて欲しいと。
――――あたしだってさ、れっきとした花も恥じらう乙女なんだから。
服を買うのに時間かかって当然じゃない。ガウリイに見られると思えばそりゃ悩むわよ。
それをあっさりとかわされたんだからさ。拗ねては・・・いないけれど、心の底ではやっぱりちょっとがっかりしてた。
クラゲのガウリイのことだから女心なんてわかっちゃいないんだって。
クスっとガウリイが小さく笑った。
「な、何よ・・・」
「やっぱり可愛いと思ってさ」
「なななな・・・・・・・・・・ばかっ」
ぼんっと爆発する勢いであたしの顔が更に真っ赤に染まる。くすくすと楽しそうに笑うガウリイに、ふっと身体の力が抜けていつものあたしが戻ってきた。
すうっと涼しい風が通り過ぎる。火照った顔に心地良い水気を含んだ風。
あたりには先程と変わらずホタルの群れが乱舞している。
命短い虫たちが、必死で恋求める光。
「俺もこいつらを見習うかな」
「何言ってるんだか」
「だってなぁ、ゆっくり待ってるのも結構辛いんだぞ?リナもやっと覚悟決めてくれたみたいだし?」
「うっ・・・手加減してよね」
「どうかな?これからもっと暑くなるからなぁ」
のほほんとしながらの熱いセリフに思わず笑った。
確かにね、覚悟は出来たみたい。
これから本格的に暑くなる季節に誘われるように、あたしたちの恋も本格化する。もう悩む暇も怖がる暇もきっとない。
でも、それでもいいかと思う。
このホタルたちのように、自分を輝かせる恋に素直になるのも。
何より、ガウリイの本音が少しでもわかったから。
「取りあえず・・・今日はここまでにしとくな」
――――ちゅ♪
・・・・・・・・・・・・・・・・んにゃ!?
一瞬頭が真っ白になった。
・・・・今のって、今のって、今のってぇぇぇっ!?
「ふ、不意打ちなんてひきょーでしょーがっっ!」
――――ドカッバキッッ!スッパーンっっ!!
――――ドバッシャーンッッ!
我に返ったと同時に照れ隠しの連続攻撃をガウリイにくり出すと、池の中に綺麗な放物線を描いて落ちていった。
白く上がる水柱に一瞬光の群れが乱れるけれど、再び何ごともなかったように揺れはじめる。
あたしは必死で爆発しそうな程騒がしい鼓動を鎮めようとしていた。
一瞬だけ軽く触れただけだけど、あたしのファースト・キス・・・・!!
ばかばかばかばか、おおばかクラゲっっ!!
ったくもおっ、信じらんないっ!
「・・・・・・・・リナぁ・・・・・いくら何でもこれは酷くないか・・・」
暫くしてから全身からぼたぼたと水を滴らせたガウリイがよろよろと池から上がってきた。
「ふんっ!この程度で済んだんだから感謝しなさいよね。本来なら攻撃呪文のフルコースぶちかますところだけど、この池を壊すのはもったいないからあれでかんべんしてあげたんだから!」
「・・・・・・それはどうも・・・・だけどお前、今回こそ一体どこからスリッパ出したんだよ!?」
「乙女には秘密がいっぱいあるのよ!」
まだ、完全に顔の火照りは消えていなかったけれど。
あたしは情けない顔してるガウリイにビシっと指を突き付けてウィンク1つ、そして笑った。
「そろそろ帰ろっか?ガウリイ」
突き付けていた指を開いて手を差し伸べると、ガウリイが照れくさそうに笑って、あたしの手を取った。
悔しいから教えてあげない。
ガウリイのその笑顔は、あたしの心を一番惹き付けるホタルの光だってこと。
来た時よりもゆっくりと、2人で手をつないで歩いていくあたしたちの後ろ姿を、淡い光が照らし出す。
池は何ごともなかったのように、ホタルたちが恋の光をまき散らしていた。
――――2人の恋が燃え上がる夏本番は、もう秒読み段階――――
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