桜の木の下には・・・


 いつものこと、だった。
 リナが盗賊イジメをしに宿を抜け出すのも。
 それに気付いた俺がリナの後を追いかけたのも。
 いつもの、本当にいつものことだった
 ただ、今が春で桜が満開だったことを除けば――――

◇◇◇◇◇

 「まったくあいつは・・・」
 宿から抜け出したリナの気配を辿って、俺は村はずれの山道を走っていた。
 くらげだとかのーみそヨーグルトだとか日頃散々な事を言われている俺の記憶力も、リナに関する事だけはどんな些細な事でも覚えてられる。
 夕飯を食っていた食堂で、盗賊団のうわさ話をしていた連中の話声をしっかりと聞き耳立てていた事だって、お見通しだ。
 案の定、俺が風呂に行ってる隙に抜け出していた。
 ――――まったく・・・人の気も知らないで・・・
 盗賊イジメがいくらあいつの習性だと言ったって、リナには危機感がなさすぎる。
 確かにリナは強い。普通の盗賊団なんかじゃ手も足も出ないくらいに強い。それは認めてる。
 だけど、そこに油断があるんだって事。あいつにいくら言っても聞きはしない。
 強いけれど・・・女の子だって事、わかってくれない。
 万が一の事体が起こり得る事を、わかろうとしない。
 だから、俺はいつも見張ってる。
 何かあったらすぐに飛び出せるように、影からそっと。
 無理矢理連れ戻す時もあるが、あまりそれをやるとリナのストレスが爆発して何をしでかすかわからないから。状況を見て、リナが帰りかけた時に出ていって捕まえてしばらくお説教。その後荷物を持って2人で並んで宿に帰る・・・・それが最近のパターンとなっていた。
 今日もそうなる、はずだった。

 「・・・・おかしいな・・・?」
 街を繋ぐ街道と盗賊団がいるとうわさされる山に続く細い道が交わる場所で、俺は足を止めた。
 立ち止まって闇の中感覚を研ぎ澄ます。
 静かな山の中。
 攻撃呪文の爆発音はおろか、人が騒いでいる気配も感じられない。
 リナのやつ、盗賊イジメに来ていない?
 ・・・いや、リナの気配は確かに近くにある。それは間違いない。
 いつもとは感じが違う。いぶかしげながらも俺はリナがいる方へ足を速めた。
 緩やかな上り坂。昼間来た道を逆に辿っていく。
 ぼんやりとした頼り無さげな月の光。
 ほぼ真っ暗と言っていい山の中を危なげなく走っていく。
 (――――何だ?)
 その闇の中に、微かに光を感じた。
 リナの気配と共に。
 俺は走るのをやめ、ゆっくりと気配を殺して近づいていった。
 白い小さな何かが、風に乗り俺の顔を掠めていく。それはリナのいる方向からいくつも流れてきた。
 「――――・・・・っ!」
 目に飛び込んで来たのは、巨大な大木。
 いくつもの魔法の明りで照らし出されている、満開の桜。
 そして、その巨木の桜の木の下で仰向けに倒れているリナ・・・!
 「リナ・・・っ」
 リナの姿を見た途端、えもしれぬ不安が全身を駆け巡り、リナの名前を叫ぶと駆け寄っていた。
 「リナっ・・・リナ?」
 桜の木の下で目を閉じて、舞い散る花びらを身体に降らせているリナの姿に背筋が冷たくなった。
 ぼんやりとした月の光と、青白く光る魔法の明りに照らし出されているリナの顔が、あまりにも蒼く見えて。
 薄紅の桜の花びらに埋もれているリナの姿が、あまりにも人形のように美しく見えて。
 ――――叫び出したい程の恐怖に襲われた。
 「リナっ!」
 震える手でリナを抱き起こす。はらはらと、リナの髪に舞い落ちていた花びらが零れた。
 呼吸はしている。冷えてはいるが、暖かい。ただ眠っているだけだ。
 わかっているのに恐怖が消えない。怖いものなんて何もなかったはずの俺が、身体の震えを止める事が出来ない。
 縋り付くかのようにリナの身体を強くかき抱き、耳もとで名前を呼び続けた。
 起こして、リナの声が聞きたい。
 この状況はあまりにも綺麗で不吉で、静寂に飲まれたら2度と抜けだせないような、そんな奇妙な気配に満ちているから。
 「リナ、リナっ!」
 強く揺さぶり大きな声を何度か出して呼び掛けると、リナの目蓋が閉じられたままぴくぴくと動いた。
 「・・・・・・・・ガウリ・・・・?」
 返ってきた俺を呼ぶ声に、深い安堵が沸き上がる。大きく息をついて少しだけ身体の力を抜いた。
 「こんなとこで何してるんだよっ・・・っ」
 ぼんやりと目を開いて俺の姿を写すリナはまだどこか夢現で、心配したせいもあってかけた言葉は少し乱暴なものだった。
 だけど、リナにはもしかしたら俺の声が聴こえてないのかもしれない。ぽつりと小さくつぶやく言葉は俺の呼び掛けに対する答えじゃなかった。
 「・・・昔何かで読んだ事があるの。“桜の木の下には屍体が埋まってる”って」
 ぼんやりとしたリナの瞳に写るのは、俺じゃない。魔法の光で照らされた満開の桜の花。
 「その屍体から血を吸い上げて、元は白い花びらを薄紅に染める。桜の花が美しければ美しい程、その木の下には屍体が埋まってる・・・って」
 「・・・リナ?」
 「太陽の光の下で見た時は、ただ綺麗なだけだったのに・・・夜の桜はなんでこんなに引き込まれるんだろう」
 腕の中でリナの身体がぶるっと震えた。
 「どうしたんだよ、リナ。しっかりしろ」
 今にも俺の腕からすり抜けていきそうなリナの様子に、抱きしめている手に力を込めた。
 僅かに風が通るたび、音もなく舞い散る桜の花びら。その総てがリナの心を誘い込もうとしいるかのようだ。

 


◇◇◇◇◇

 「すごーい。見てよガウリィ」
 「おお、満開だなぁ」
 村に近い街道の途中、この木を見つけた。
 明るい陽射しを浴びて、薄紅の満開の花をたたえて誇らしげに佇む桜の巨木。
 1年の内、春のほんの僅かしか見る事の出来ないその姿に見とれて、俺たちはしばらくその桜の下で休憩していた。
 「本当に綺麗。この薄ピンクなところが乙女心をくすぐるのよね♪」
 「乙女心ぉ〜〜?」
 「何よ。なんか文句ある?」
 「・・・・・いや、別に。でも確かに綺麗だよなぁ。この花を見ないと春がきたって気がしないもんなぁ」
 「そーよねー。何だか見てると嬉しくなってきちゃうのよ。夜に月明かりの下で見る桜も綺麗だけどさ、ちょっと凄みがあるじゃない?やっぱりお日さまの下で咲いてる桜を見るのが一番好きだわ」
 「団子片手に一杯やりたいよなぁ」
 「・・・・デリカシーも何もないんか、あんたわ・・・」
 ジト目で見てくるリナに俺はニヤっと笑いかける。
 「そお言うお前さんの、その手に持ってるのは何なんだ?」
 いつの間に一体どこから取り出したのか、見た目も華やかな三色団子を手にしていた。
 「これはっ・・・春と言ったらお花見。お花見と言ったら団子!こんな事もあろうかと密かに隠し持ってたのよ!」
 「俺のは?」
 「ない」
 「そりゃないだろーっ!俺にもくれよ。せめて半分!」
 「世の中って弱肉強食よね」
 「なら俺のも分けてやらんぞ」
 そう言って懐から取り出したのは幻の銘酒『うらりょん』。
 「こんな事もあろうかとこの時期になると入手しておいたんだがな。猪口は1つでいいのかなぁ〜〜」
 「ああっそれは・・・っっ。くっ、仕方ないわね。桜がとっても綺麗だから今日だけは特別に分けてあげるわっ」
 他愛もなくじゃれあいながら2人並んで桜の気の下に座り込んで団子と酒を交互に口に運びつつ、舞い散る花びらに目を止め、覆いかぶさってくるかのような花に埋もれ、穏やかで優しい春の気配に包まれていた。
 そこは確かに心安ぐ、暖かい場所だったのだ。

◇◇◇◇◇

 ここは確かに昼間、俺たちが花見をしながら安らいだ場所。
 なのに今はこんなにも不安定な気に満ちている。
 (夜に月明かりの下で見る桜も綺麗だけどさ、ちょっと凄みがあるじゃない?)
 昼間、リナが言っていた言葉を思い出した。確かに、同じ花とは思えない程に怪しく誘う桜の花。
 一目散に逃げ出したいような恐怖を呼び覚ますと共に、魅惑されたままここにいつまでも留まり続けたいと思ってしまうような危険な甘さがあった。
 「・・・あたしも、いつか埋まるのかな」
 「リナ?」
 「それもいいかもね。何かを壊して奪って生きていく事しか出来ないあたしだから・・・この命が果てた時には桜の木の下に埋もれて・・・花を咲かす事が出来たら・・・いいよね・・・」
 「ダメだ!」
 思わず俺はリナに怒鳴っていた。
 ぱちっと、その声に反応してやっとリナの意識がハッキリする。
 「ガウリィ?」
 「何者にもリナは奪わせない。例えそれが命尽きた骸であろうとも、俺から離れるなんて許さない」
 自分でも呆れる程の独占欲。剥き出しにされる感情。
 そして気付く。
 桜は、闇を抱えているからこそ、美しいのだと。
 光と闇を内包している人間のように、昼と夜でこんなにも違う姿を見せるからこそ、こんなにも心惹かれ安らぎ恐怖するのだろう。
 言葉を持たない花だからこそ周りの空気に同調し心に直接入りこんでくる。普段なら絶対に見せる事のない感情をやすやすと暴いて。
 「・・・・何怖がってんのよ、ガウリィ。あたしが桜の下に埋まる時はあんたも一緒でしょ?」
 じっと俺を見つめていたリナが、ふわっと笑って俺の頬に手を伸ばす。
 太陽の下で輝く少女の夜の顔。息を飲む程に妖艶に微笑むリナの上に、またも音もなく花が舞い散る。
 「簡単に死なないし死なせやしないわ。あんたはあたしのものだもの。だけどね、きっと死ぬ時は一緒。どちらが残ってもそれはそう長い時間じゃない。だって1人ではもう生きていけないもの、あたしたち」
 たんたんと言葉を紡ぐリナ。それは俺の望みでもあった。
 リナより先に死ぬ気はない。リナを守れなくなるから。
 リナより後に死ぬ気もない。リナを失ったらもう何も守るものがないから。
 一緒に生きると誓った時から、死ぬのも一緒。限り無く傲慢で独善的なでも真実の願い。
 そんなことは一度も話した事はないけれど、リナも同じに思っていたのか。
 「そうだな・・・お前と一緒ならどこへでも行くさ」
 「そうよ。だからね・・・遠い未来の話よ。生き抜いてそしていつか土に還る時、2人で桜の下に埋まってそしてあたしたちの身体を養分として花が咲いたら。あたしたちは春になる毎に地上に戻って来れるじゃない?そーゆーのも、いいかなぁって、さ」
 それはもしかしたら永遠の生かもしれない。
 この桜が見せた、暗く幻想的でとてつもなく甘い、夢。
 さわさわと風が吹く。
 リナが手を差し伸べているのは、俺か。それとも桜へか。
 (夜に月明かりの下で見る桜も綺麗だけどさ、ちょっと凄みがあるじゃない?)
 再び蘇るリナのセリフ。
 そのセリフは今のリナにもぴったり当てはまっていた。
 人を斬った後の、鈍く光る白刃のような。危険で、危険だとわかっているのに触れたいと望んでしまう美しさ。
 リナの内に秘めた闇が桜の花と同調し、現れたようなそんな少女に誘われ、心ごと搦め取られていく。深い闇の中へ堕ちていく感じに思わず意識を手放しそうになる。
 腕に抱えていたリナの身体を、そっと散った花びらが敷き詰められている地面に降ろす。
 首元に手を伸ばし、肩当ての留具を外す小さな音が闇に吸い込まれていった。
 リナの手が俺を引き寄せ唇を重ねる。貪るような深い口付けを交わしつつそのままのめり込んでいった。
 重なる身体の上にはらはらと休みなく降り注ぐ花びら。
 まるで桜の木が同化を求めるかのように、俺たちを薄紅に埋め尽くしていく。
 この木の下にも、誰かが埋まっているのだろうか。
 いつしか俺の脳裏にも、満開の桜の下で埋もれて眠る俺とリナの姿が見えていた。
 リナに、桜の花に、自らの心の深遠に深く堕ちていく――――

◇◇◇◇◇

 いつものこと、だった。
 リナが盗賊イジメをしに宿を抜け出すのも。
 それに気付いた俺がリナの後を追いかけたのも。
 いつもの、本当にいつものことだった。
 ただ、今が春で桜が満開だったことを除けば。
 ――――春の妖気が見せた、恐ろしく甘美な夢・・・・・

 ――――桜の木の下には・・・・・

 


 

♪桜は大好きですvvなんでこんなに特別に感じるんでしょうかね。

たくさんの樹が固まって薄紅の雲のように広がるのも綺麗だし、1本だけ佇んでいるのも綺麗だし。

・・・・なのに、夜桜はどこか怖いんですよ。

照明もなく、ぼうっと浮き上がって見える桜の樹の下には、近くまで行ってみたい気はすごくあるのに、足が拒否するみたいな。忘れ去っている防衛本能が働くのかもしれません。

怖いと感じる花は、桜しかないんですけれどね。