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それは夏の少し遅くなっただけの夕暮れだった。
通りかかった廊下にその教室を見つけたのは。
教室のネイムプレートには<第四音楽室>と書いてあった。
こんな教室あっただろうか?
興味が湧いてきて私はドアノブに手をかけた。
普通なら鍵がかかっていて開けられず、それで終わりのはずだと思いながら。
私の予想に反してドアは軋み一つ上げることなく内側へと開いた。
普段から使い込まれている、そんな感じだった。
私はそのまま中へと入った。
中には古ぼけたピアノが一台。夕日を受けて静かに存在していた。
後は……何も無かった。
年期を感じさせる壁には、作曲家の肖像画や賞状など、一枚も掛けられていなかった。
いや、唯一つ。ピアノとちょうど向かい合わせになる壁に。
その壁には時計が掛けられていた。
普通教室に掛けられている時計の形ではなく。
少し古ぼけた感じの振り子時計。
針は四時四十四分を示したまま止まっている。
私は自分の懐中時計を取り出した。
カチンッ。蓋を開けて見る。
針は四時四十三分を示している。
私は振り子時計のネジを巻こうと時計に触れようとした。
その時私の懐中時計の針が動いた。
瞬間。
背後に、つまりピアノを囲むように、唐突に複数の存在が生まれた。
その存在は本当に幸せそうだった。
この瞬間を永遠に残したい。とさざめいていた。
そして続く、温かくどこか懐かしい笑い声。
カチリッ。私が後ろを振り向いたのと懐中時計の針が動いたのとは同時。
唐突に存在が消えた瞬間でもあった。
私はネジを巻くのをやめ、時計を元に戻した。
これは動かしてはいけないのだろう。
この時間はきっとあの存在たちの『残しておきたい瞬間』を示している。
そんな気がしたから。
私はドアへと向かった。
そしてドアの前に立ちもう一度中を見回した。
夕日の中静かにたたずんでいる古ぼけたピアノ。
壁に掛けられた、止まったままの振り子時計。
時計の針は四時四十四分を示している。
私はそれを確かめて、その教室から廊下へと、歩き出した。
その時、私の背後で何かがゆらめいた気がした。
私はゆっくりと振り返ったがそこに<第四音楽室>のプレートはなかった。
存在していたのは夏の一日の最後の陽光が投げかけられている窓のみ。
私はその光を一身に受けながらなんだか夢の中にいた気がした。
けれど、ふと思った。
その瞬間のまま存在しつづけるのと、
変わり行く時の流れのその一瞬に存在を重ね行くのと、
どちらが幸せなのだろうか、と。
……私は小さく頭を振った。
今は今しかなくだからこそ、その瞬間が大事なのだ。
だから私は今生きているのだ。だから今…私はアイツと……生きていくのだ。
それでいい。そう思える。
「リナ!!」
窓の向こうからアイツが…ガウリィが呼んでいるのが聞こえる。
私はアイツの元へ帰ろうと歩き出した。
遠くでピアノの音と誰か達の歌声が響いている気がした。
夏のなんてことはない、少し遅いだけの夕暮れだった。
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