|
小高い丘。
たたずむ人影はひとつだけ。
眼下には街の明り。
空には……
「すごい……降ってきそう……」
ぼんやりと星空を見上げながら、あたしはそんなことを呟いていた。
今ここに、自称保護者はいない。
彼は、いま街の資産家の家で行われているパーティーに出席しているはずだから。
今頃はあの家の人たちに囲まれ、楽しく過ごしていることだろう。
お昼過ぎぐらいだったろうか。
街から少し外れたところで、ガラの良くない連中に絡まれていたオジサンを、あたし達は助けた。
でも、別に、助けてどうの……とか思ったわけじゃなくて。
バカ共があたしに失礼なこと言ったから、ちょっとかわいく呪文ぶちかましたまでのことだ。
だから、そのオジサンとはそこで『さよなら』するはずだった。
だけどオジサン、礼をさせろとしつこかった。
あたしもガウリイもいいと言ったのだが、せめて食事だけでも……と言ってきたので、それならってついて行ったけど。
招待された先は、ものすごい豪邸で。
何やらパーティーが行われているようだった。
あたしとガウリイは訳もわからぬまま着替えさせられ、ホールへと引っ張り出され。
最初にあたしたちを出迎えてくれたのは、彼の娘さん。
適齢期。綺麗でお淑やかな、優しそうな人。
話をしてみた感じも、悪くはない。
きっと、見た目通りの人なんだろう。
ちょっと、おっとりしているようだけど。
でも、あたしはなんか嫌だった。
だって、彼女の視線は、ずっとガウリイに向けられていたから。
あたしたちが食事をしている間もずっと。
食事が済むと。
案の定、彼女はガウリイをダンスに誘う。
残されたあたしは壁の花となる。
『お似合いですね』
誰からともなくそんな声があがる。
言われる度に、嬉しそうに微笑むその女性。
ずきっと胸が痛む。
でも……あたしもそう思った。
あたしといるより、その方がガウリイのためなんじゃないかって。
魔族にまで目を付けられているあたしなんかと旅をしてるより、彼女みたいな人と一緒になったほうがいいんじゃないかって。
思った瞬間、あたしはそこから逃げ出した。
――ひとりになりたかった。
草の上に寝転がって見上げる夜空は、先程から見事なまでの流星群。こぼれ落ちてきそうなほどだ。
「……一緒に見てたのよね……去年は」
そう、去年はこの天体ショーを一緒に見ていた。
でも、それは見ようとして見たわけじゃなくて。
たまたま野宿した場所がこれを見るのに適した場所で、その日がたまたま流星群のピークだったってだけの話。
だけど、ふたりして見入ったその光景を、あたしは今も鮮烈に覚えている。
そっと、星空に向かって手を伸ばす。
届きそうなほど近くに感じるのに、決して届きはしない距離。
「……あいつみたい」
苦笑を漏らし……草の上にごろりと寝転がる。
届きそうで届かない。
いや、届かないわけではない。
ちょっと手を伸ばせばいいだけの距離。
でも、あたしには手を伸ばす勇気がない。
今の関係は心地いいから。
それを壊してしまうのが怖いから。
ガウリイの側にいられなくなってしまうのが、なにより怖い。
でも…………苦しい。
気分を変えようと、夜空に意識を集中させる。
大小様々な星達。
色も光の強さも、それぞれ違う。
だけど。
それでも輝いている星たちは、どこか力強くて。
鮮やかに輝いていて。
きっと、色あせることなどないのだろう。
この胸に秘めている、熱い想いのように。
それは自分でも十分に自覚しているのだ。それでも、素直に認められない自分も確かに存在する。
「このあたしがそんなものかかえるはず……そんなはず……ないんだから……」
口からこぼれた言葉は、どこか弱々しかった。
いつもの強さがない。
自分でも、自覚してしまうほど。
「関係なんだからっ」
言いながら、勢いよく上体を起こし、弱さを降り払うかのように声を上げてみるが。
自覚してしまった弱さは拭い切れなくて。
逃げることしかできなかった自分が嫌で。
熱いものが込み上げてくる。
「……リナ」
呼ばれたような気はするが、それでも星空から視線を外さなかった。
幻聴だと思った。
「リナ」
声と共に、ふんわりと包み込まれる。
背中から伝わる熱に、優しく包み込まれる。
ここにいるはずがない。
ここがわかるはずがない。
だって。
彼はあの人の娘と一緒に踊っていたのだから。
あたしが抜け出したことは、誰も気付いてなかったはずなのだから。
でも。
背中に感じる熱は幻などではなく。
確かに感じる鼓動も気のせいなどではなく。
なにより、いま自分を包み込んでいる心地良いぬくもりには、彼だけが与えてくれる安らぎがある。
「……心配したぞ」
耳元で囁かれたその優しい声に、堪えていた涙が溢れ出した。
理由はどうであれ、自分を捜しにきてくれたのだということを、いまはただ純粋に嬉しく思う。
だけど。
「な、なにしてんのよ、あんたはっ! だいたい、なんでここにいるのよっ!?」
泣いていることを悟られたくなくて。
それを素直に口にできない自分が恨めしい。
つい、抵抗してしまう自分が、ちょっと悲しい。
「なんでって……リナがいるからに決まってんだろ」
「決まってるって……どういう意味よ、それっ……ちょっとっ、放しなさいよ!」
恥ずかしさに暴れてみるが、ガウリイは抱き締める腕にさらに力を込める。
放す気はないようだ。
「ガウリイ!」
「前に言ったろ? お前のいる場所は俺の側。俺のいる場所はお前の側。俺はお前から離れる気はないし、放す気もないぞ」
さも当然だといわんばかりのガウリイに、形ばかりの抵抗もあっさり止まってしまう。
だって、本当はキライじゃないから。ガウリイの腕の中は……あたしにとっては、とても安心できる場所だから。
「なに……言ってんのよ、バカくらげ……」
それでも、口から出てくるのはいつもの憎まれ口。
素直になれない自分に、いいかげん嫌気がさす。
「なにって、事実だろ?」
そう言ったガウリイは。
顔が見えるわけじゃないけど、でもきっと、いつものような微笑みを浮かべているはずだ。
どうして……
どうしてこの男は、こんなにも優しいんだろう。
こんな厄介ごとしか持ち込まないようなあたしに。
あたしのせいで、何度も命を落しそうになってるのに。
あたしのせいで、魔族にさらわれたりもしたのに。
それなのにどうして。
どうして、優しくしてくれるんだろう。
あたしの保護者だから?
あたしが被保護者だから?
だから優しくしてくれるの?
だから…………守ってくれるの?
「……なんでここがわかったの?」
沈黙が耐え難くなって、取り敢えず思いついたことを聞いてみる。
「リナが抜け出したのは見てたし……すぐに追っかけようとしたんだけど、あの人、なかなか放してくれなくてさ。女の人に手荒なことするわけにいかないし、しょうがないからお前さんの気配を追いながら、曲が終わるのまってたんだ」
「は?」
思わず振り返る。
「ずっと、追ってたから。お前さんが向かった方角はわかってたし、探すのは楽だったよ」
気配を追ってた……? あのごった返した中で?
相変わらず……なんつー人間離れしたことを……
不意に、ガウリイがあたしを抱いていた腕の力を緩め、そっと頬に触れる。
驚き……というか、あきれ顔でまじまじと見つめるあたしに、ガウリイは少し困ったような顔をして微笑んでいた。
なんでそんな顔…………………………しまった! あたし今……!!
バレた!? いや、暗いし、ひょっとしたらバレてない……わけないよね……
どうやってごまかすっ!?
「こ、これはね? 違うのよっ、あ、あの、目にごみが入っただけでっ」
慌てて言い訳してみるが、ガウリイの指は優しくあたしのぬれた頬を拭っている。
「ホントよっ! ホントにごみが入っただけなんだからっ!」
う〜〜、きいちゃいないわね、こいつっ。
こうなったら、呪文を二、三発……………………えっ?
瞬間――時が止まる。
ほんの一瞬だった。
だけど、永遠のようにも感じた。
再び、ぎゅっと抱き締められる。
「……ごめんな」
ぽそっとガウリイが呟く。
「なにが?」
「俺、自分の気持ちとか言葉にするの、苦手だからさ」
何が言いたいんだろう、こいつは?
「本当は、もっと早く言いたかったんだ……お前が好きだって」
――え?
思わずガウリイの顔を見据える。
いま……なんて言った?
ガウリイは微笑んでいたけど……でも、その瞳にはいつもと違う輝きが込められているような気がした。
「……好きだ」
呟き、掠めような口付け。
「リナだけだ。リナしかいらないんだ」
囁き、少し長めの口付け。
「リナだけを……愛してる」
そして……甘い恋人の口付け。
ガウリイの囁きに酔わされ。
忍び込んでくる、しびれるような感覚に思考を奪われ。
次第に激しくなっていくそれに、体の力が抜けてしまう。
気付けば、ガウリイの腕におとなしく抱かれているあたし。
抱き締められている心地好さがなんとも言えなくて。
抵抗なんて言葉は、もはやあたしの中に存在しなかった。
このままずっと……こうしていてもらいたいって、そう思った。
「……愛してる……」
何度となく耳元で囁かれる声に。
あたしは目眩がするほどの幸せを感じていた。
ーーおわりーー
|