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トントントン。
ノックは三度。
「私だ」
人とは明らかに違う気配を二つ、ドアの外に感じた。
体を起こしかけたオレを、目を伏せたままリナは手で制した。
「―開いてるわよ」
リナの低く―・・・ひどく暗い声。
ためらいがちにそっと部屋に入ってきたのは、心配そうな表情をしたエルフ―メンフィスと、相変わらずいつもと同じ表情の黄金竜―ミルガズィアだった。
「ちょっと!いきなり姿を消し・・・」
メンフィスがリナの背中に向かって声を荒げる。と、オレと目が合った。
「・・・って、怪我してらっしゃるの!?」
オレの怪我は、とりわけひどいという事ではない。それでも腿のあたりにかなりの深手を負ったが、リナの回復呪文のおかげでずいぶん良くなっている。
それでも大の男が起きる事も許されず寝ているのだから、彼女もかなり驚いたのだろう。
「治療は、すんでるわ―」
リナは硬い声で、その旨を告げた。メンフィスには一瞥もくれず。
ただことではないリナの様子に、二人ともいぶかしげな顔をした。
「・・・何が、あった」
ややあって、ミルガズィアがリナに問う。
オレはその問いに答えられず、―リナをそっと見る。
「魔王を倒した―それだけのことよ」
端的な、的確な発言。しかしあまりといえばあまりのことに、二人はしばし固まった。
『・・・魔・・・!?』
ミルガズィアはごくりと、のどを鳴らした。
「本当、なのか・・・?」
「嘘言っても仕方ないでしょ」
そっけない返事。無表情のリナ。
「・・・本当なら、すごいわ・・・。まさしくあなたたち、『デモン・スレイヤーズ』といったところね・・・」
眼をいっぱいに見開きながら、メンフィスは半ば感動したような口調だ。
「いらないわよ・・・そんな称号」
しかしそんなメンフィスの驚嘆の声にも、まるでうんざりといった答えを返すリナ。
・・・だれもなにも、口を開くことは出来ない。
ミルガズィアはひとつ、深いため息をついた。
「・・・我々も、この宿に部屋を取る。落ち着いたら、少し詳しく話して欲しい。行くぞ―メフィ」
なにかいいかけようとするメンフィスを眼で制し、半ば強引にドアの外へと引っ張っていく。
メフィは心配そうな視線をこちらに向けながら―
ばたん。ドアは閉まった。
「・・・リナ・・・」
オレはリナに、そっと話し掛けた。
――紅の瞳がにじんでいる。
「・・・泣いてるのか・・・?」
目を合わせようとしない、リナ。
「見ればわかるでしょ?・・・泣いてなんかいないわよ」
精一杯の強がり。
しかし今は、そんな仕草一つもオレの胸を痛める。
「あのねぇ、・・・目・・・悪いんじゃないの・・・ど・・・こ・・・が・・・」
ひっく、と声が裏返る。
歯を固く食いしばりながら、・・・リナは泣いていた。
「悪かったわね・・・泣いてるわよ・・・」
「開き直ったな」
「・・・いま・・・気が、ついたの・・・」
しゃっくりを必死で堪えながら、彼女はつとめて落ち着いた口調で話そうとする。
「あたしたち、・・・ルーク、と、ミリーナ、の、・・・フルネームさえ・・・知らなかったんだ・・・て・・・ことに・・・」
ひっく、ひっく。自分の嗚咽を抑えようとして、さらに苦しげに言葉を続ける。
・・・とめどなく涙がその頬を伝う。
「いいさ、・・・泣いても」
オレはたまらず、右手を伸ばした。
どんな言葉をかけてやれるのか、オレは。
それでも黙っていられなかった。
彼女の背負っているものを、半分でも、なんでも、背負うと約束したのだから。
彼女に、何より自分自身に。
「ルークの奴が何を望んでたとしても・・・オレたちがあいつを手にかけた事実は変わらない。・・・けどな」
リナは少し、顔をあげた。
真っ赤にはれあがっている瞼。ともすれば崩れ落ちてしまいそうな弱々しい彼女に、オレは言葉を続けた。
「いろんな重いものを背負いながら、それでも人間ってのは、前に進まなきゃならないんだ―」
そう、生きている限り、とどまることは許されない。
それが生きている者の義務であり、権利であり、・・・なにより生きていることの証なのだから。
「リナ、お前なら、それが出来るはずだろ?そのためなら、今は・・・いいさ。泣いても―」
オレの顔を真っ直ぐに、少し驚いたような表情で見つめる、リナ。
見る間に涙が溢れ、またこぼれ落ちていく。
唇が、かすかに、バカ、とつぶやいたように見えた。
ふ、ふう、と少しずつ、しゃくりあげる声が高くなる。
嗚咽をこらえるように、リナはその口を両手でふさごうとした。
まだ、泣くことを我慢しようというのか?
まったく、お前って奴は・・・
オレは半身を起こして、リナの両腕をとって引き寄せる。
細い両肩を、腕の中に閉じ込める。
「泣いていいから。・・・リナ、泣いていいから」
そしてオレの言葉を合図とするかのように・・・激しい、悲しい嗚咽が部屋に響き渡った。
「メンフィスか?」
ドアの外に気配を感じたので、リナを起こさぬよう、抑えた声で呼びかける。
きいい・・・と音を立てぬようゆっくりとドアが開き、メンフィスの顔がのぞいた。
「彼女・・・寝てらっしゃるの?」
リナは、散々泣いたあと、疲れきったのだろう、いつのまにかそのまま、オレの腕の中で眠りこけてしまった。
当然だ。今回の戦いが終わってから、オレの治療や看病をしていたせいか、彼女は休んでいなかったのだから。
「食事を一応、もってきたんですけど・・・」
メンフィスの持ってきてくれたトレイの上には、クロワッサンがいくつかとスープ、ミルクがのっている。
「ああ・・・こいつが起きたら、戴くよ」
ベッドのすぐ横のテーブルの上にトレイを置くと、彼女は心配げにリナを見つめた。
「・・・泣いてらしたようですわね」
「ああ、わかるか?」
「先ほどこの部屋を出たら程なくして、激しく泣く声が聞こえたものですから・・・」
エルフの彼女には、声を殺した嗚咽も、よく耳に届いたのだろう。
「彼女・・・ひどく、衰弱している」
リナの顔をうかがいながら、そっと彼女はつぶやいた。
「・・・一応回復呪文を唱えておきます。彼女にも、あなたにも」
そして、メンフィスはなにか良くわからない言葉を唱えると、その両手に生まれでた光球をオレ達にかざした。
ベッドごと、オレたちはうすい金色の光に包まれる。
・・・すると、まだほんの少し残っていた傷による痛みと、さっきまではりつめていたオレの心が、嘘のように静まっていく。
リナも、顔をしかめながら眠っていたのが、安らかな顔つきになった。
「この呪文は傷の回復と同時に・・・精神世界(アストラル・サイド)のほうの回復もできるんです」
「・・・ずいぶん楽になった。わざわざすまない。ありがとう」
そういって、汗と涙で額に張り付いたリナの髪の毛を、オレはそっとかきあげてやった。
「いえ、お、お礼なんて・・・わたくしはただ、はやくあなたたちに何があったのか聞きたいだけですし・・・
ミルガズィアおじさまが・・・様子を見に行くようにとおっしゃったから来ただけで・・・」
顔を赤くして、焦ったようにメンフィスは答える。
「じゃ、じゃあ私はこれで失礼しますわ。またあとで」
照れた様子を隠すように、彼女はさっさと出て行ってしまった。
「エルフってのは、ずいぶん照れ屋なんだな・・・」
その背中を見送って、オレは一息つく。
「さて」
オレは部屋の片隅を睨み付けながら、小声で呼びかける。
「一体、何の用だ」
「・・・さすがガウリイさん、先ほどのエルフ嬢もお気づきにならなかったのに・・・」
ゆらりと闇がうごめいたかと思うと、見慣れたにこやかな笑顔。
何かっちゃあ現れてオレたちを引っ掻き回す、ゴキブリパシリ魔族のゼロスだった。
「いやだなあ、ガウリイさん。たった今回復呪文で精神のほうも安定なさったのに、あっという間に美味しい瘴気を放ってますよ」
「お前の顔見た途端にな」
「ひ、ひどーい・・・」
なにやら両の人差し指をくねくねとからませる。およそ魔族とは思えない、あいかわらず変な奴だ。
「・・・何しに、ここへ来た。
まさか、魔王を倒したオレ達に復讐する為に、わざわざ現れたのか?」
「まーさか。僕ら魔族はそんな人間みたいな感情を、持ち合わせてはいませんよ。
それに殺すにしても、傷ついて倒れているところを襲うなんて、人間相手にそんな恥ずかしい真似・・・できゃしませんよ」
そういいながらゼロスは、にこにこと手を振る。
「ただ、事の顛末を見届けたものとして、・・・一応挨拶しておこうと思いまして」
妙なところで人間くさい奴だな。
「本当はリナさんみたいな、めったにいない人間―観察して楽しんでみたいものですが・・・こちらも、何かと忙しい身なので」
「お前が忙しいなんて、物騒な話だな」
「いえ、言葉のアヤってやつです」
やっぱり、魔族って連中は、よくわからん。
「じゃ、僕もこれで失礼しますよ。もう、会うことも無いでしょう。もし会うとしたら今度は―」
「敵、か」
笑みをいっそう深くしたかと思うと、ゼロスの体は再び、すうっと闇に溶けた。
「それではお元気で――」
主のいない声もまた、闇に溶けるようにすぐ消えた。
「やれやれ。パシリ魔族の相手も疲れるもんだ」
誰に言うでもなくオレはつぶやく。
と、リナの表情を見た。
少し、微笑んでいる。
なにかいい夢でも、見ているのだろうか。
その頬に触れる。
と。
「ガウリイ・・・」
リナは寝言で、オレの名前をつぶやいた。
ああ。リナ。
もしお前が幸せな夢を見ていて、その夢にオレがいるのなら、これ以上の幸福はない。
なんともいえない気持ちに満たされ、オレはその華奢な肩を、きつく抱き寄せた。
「なあ、リナ・・・」
彼女が目を覚まさぬように、低く、なるべく優しい声でささやいてみる。
「オレは、オレはお前を幸せに出来るかな・・・?
オレには、その権利があるんだろうか・・・?」
眠っている彼女からは返事が無い。
「いつか、起きているときに聞いてみようか。
・・・なあ・・・
返事、してくれるかな?」
こいつのことだから、さっきのメフィの何倍も恥ずかしがって、照れ隠しに攻撃呪文の10や20、覚悟しなけりゃならなそうだ。
そんな様子を想像して、オレは苦笑してしまった。
抱きしめる小さな体から、体温を感じる。
ただそれだけのことが、やけに幸福に感じて。
今更ながら生きている事に感謝したくなった。
そんなとりとめの無いことを考えながら・・・
――少しだけ、オレは泣いた。
「それじゃあ目的地はあたしの実家。
ゼフィーリア王都、ゼフィール・シティ!
オッケー?」
「おうっ!」
肩を並べて、歩き出すオレたち。
リナの横顔が、あまりにも大人びて、・・・綺麗になっていて、オレは一瞬目を奪われる。
その眩しさに、知らず笑みがこぼれてしまう。
「なによー、なに笑ってんのよ」
「いやあ、別に」
不機嫌そうに見上げるリナの頭を、オレはへらへらしながらかき混ぜてやった。
「んもう!髪傷むっていってんでしょ!」
そうはいっても、心底嫌がっているのではないのがわかるから、オレはまた嬉しくなってしまう。
オレは、お前のそばにいる権利があるだろうか。
お前が幸せなときも、悲しいときも、怒ってるときも、泣いてるときも―――
お前のそばにいたし、これからもいたい。
だから聞いていいか?
言っていいか?
『愛してる』
fin.
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