想いの壁

(3)


 「ああっ!!ちょっとガウリイ!いま食べたヒラメのクリームソテーはあたしのでしょ!?」
 「ふははははっ!しょせんこの世は焼肉定食なのだ」
 言いつつフォークを一閃させるガウリイ。
 刹那、リナの皿からラデリア牛のローストが一切れ消え去り、彼のフォークに突き刺さる!
 「んにょわぁぁぁぁぁっ!?ひどいっ!ガウリイ!せっかく楽しみにとって置い
たのにぃぃ!!」
 周囲の注目を集めつつのお食事バトルは、表面上はいつものように繰り広げられていた。
 内心やりきれない思いを抱えたまま、二人は演じ続ける。

 思っている事を全て告白してしまえば、このような不自然な空気を無くせるのだろうが、一度飲み込んでしまった言葉は簡単には出てこない。
 リナは、何度か物言いた気な顔をガウリイに向けるが、その度にはぐらかされる。

 以前ならば、何があっても自分の思いを通そうとする彼女だが、今回のガウリイは、完全に有無を言わせぬ雰囲気で、何も言えなかった。

 

 

 「なあリナ。今日はどこに行く?最近できたアスレチックビーチとかいうのが、近くにあるみたいだぞ?」
 朝食の後、アイスコーヒーをちびちびと飲んでいるリナに、ガウリイが声を掛けてきた。
 「―――へっ?」
 ぼうっとしていたところに、突然声をかけられて、危うくカップを取り落としそうになるが、なんとか持ち直す。
 そんなリナを、苦笑して見つめるガウリイ。
 「だからさ。昨日は普通のビーチで泳いだから、今日は少し変わった場所で遊ぼうぜ?せっかく観光に来たんだからさ。いいだろ?」
 言って、にこりと微笑んだ。
 「―――うん‥‥‥」
 完全に、以前と同じ『保護者』の顔に戻ってしまったガウリイに、一抹の寂しさを抱きながら、リナは力なく頷いた。
 告白される前も、昔とは微妙にニュアンスが変わったと思っていた『保護者』だが、今の彼はそれ以前の『保護者』になっていた。
 そんなガウリイとの距離は、以前よりも遠く感じこそすれ、近くに感じられる事はなかった。
 「‥‥‥‥‥‥リナ」
 いつの間にか俯いていたリナの名を、ガウリイは少し辛そうなため息にのせて呟いた。
 「―――!‥‥‥‥なに?」
 突然の彼の口調の変化に、リナは思わず身を固くした。
 「リナ‥‥‥‥。何も考えるな‥‥ってのは無理かもしれないけど、忘れてくれ。オレも忘れるから。あの言葉を言う前のオレに戻るから。
 勝手だってのはわかってる。それでも、オレはお前と一緒に居たいんだ」
 一瞬、ガウリイは保護者の仮面を取る。
 今ならば本心を言える―――そう思った瞬間、リナは、テーブルの上に置かれた彼の手を握り、身を乗り出した。
 「あっ‥‥あのねガウリイっ!あたし‥‥‥‥」
 「じゃあそろそろ行くか」
 「―――!?」
 彼女の言葉を遮ったのは、彼の大きな手だった。
 ぽん、と頭に置かれた手の感触は、いつもと変わらなかったが、安心できる心地良さは感じられなかった。
 もう、『保護者』の優しくも残酷な仮面を被り、彼女に続きを言わせる事はない。

 「人が増える前に行って遊ぼうぜ」
 「‥‥‥‥‥‥‥‥うん」
 表面だけの笑顔でリナを押し黙らせるガウリイ。
 頷いたリナが、泣きそうな顔になったのにも、気付いていた。
 こんな偽りだらけの関係では、どんなに繋ぎ止めても、そう遠くない日に壊れてしまう。それでも彼は、一日でも一分でも、一瞬でも長くリナの傍に居たかった。
 

 

 

 

 イルマードは暑い。
 陽が昇ると、海の水はたちまち暖まり、避暑に訪れた人々が溢れ返る。そんな中、最近完成したアスレチックビーチが注目を集めていた。
 アスレチックビーチには、ウォータースライダーや飛び込み台などが設置されており、なかなかの人気を博していた。
 そして――――リナの機嫌は悪かった。

 なによなによなによっっ!!ガウリイの馬鹿っ!くらげっ!自分勝手!!
 傍に居させてくれ―――なんて言ったくせに、あたしの事何にも考えてないじゃない!
 あたしの話も聞いてくれないんじゃ、一緒に居る意味なんてないじゃない!

 彼女は、どこかよそよそしくなった彼の態度と、自分の話を聞いてもらえない事に腹を立てていた。
 彼女が口を開こうとすると、彼が遮る。
 それが彼女の神経を逆撫でする原因となっていた。
 あれからリナは、彼の言葉に相鎚を打つだけで、まともに話してはいなかった。
 「なあリナ。結構いろんな種類があるもんだなぁ」
 「‥‥‥そーね」
 「どれからやろうか?」
 「‥‥‥そーね」
 「‥‥‥リナ‥‥‥怒ってるのか?」
 少し沈んだガウリイの声。しかし―――
 「‥‥‥そーね」
 返ってきたのは、先程から変わらないリナの相鎚だった。
 完全に怒っているのは丸分かりだが、ガウリイはめげずに声をかけ続ける。
 「ほらリナ!あれなんかどうだ?なかなか面白そうだぞ?」
 そう言って彼が指さしたのは、ウォータースライダーだった。
 なにやら人だかりができているようである。
 司会者らしき男が、大声でなにかの説明をしている最中らしい。なんとなくその様子を眺めていたリナだが、突然瞳に輝きがもどった。

 「ガウリイ」

 今までほぼ無視してきた男の名を呼ぶリナ。しかしそれでも、彼の顔を見ようとはしていない。
 「な‥‥なんだ?リナ。どうかしたのか?」
 やっとまともな会話ができると、期待して返事をするガウリイだが、返ってきた答えは、予想とは少し違っていた。
 「喉乾いた」
 「あ‥‥‥ああ‥‥‥‥?」
 「喉乾いちゃった。なんか買ってきて」
 そこでやっと彼の顔を見上げる。
 「あ‥‥ああ!わかった!ちょっと待ってろよっ!」
 そう言うと、ガウリイは近くの海の家目がけて走っていった。リナを一人残して。

 「‥‥‥‥行ったわね」
 しばし彼の後ろ姿を見送っていたリナだが、ふいに踵を返し、足速に歩きだす。

 ウォータースライダーへ向かって。

 

 

 リナは聞いていたのだ。司会者の言葉を。―――このゲームのルールを。
 ウォータースライダーとは場所が離れていたため、ガウリイには聞こえなかったようである。
 リナのエルフ並みの聴覚があってこそ聞こえたルール。

 

 スライダーのスタート台から、観客に向かって告白をしたら、使用料無料。

 このフレーズを耳にした瞬間、彼女は参加を決めた。
 無論、使用料無料などというチャチな特典に惹かれたわけではない。
 ガウリイに、どうしても自分の気持ちを聞かざるを得なくするためである。そのために、わざとガウリイを自分から遠ざけて動きやすくした。

 リナは躊躇いもなく、まっすぐに進んでいく。

 『さあ!どなたか参加なさいませんか!?心の奥にしまいこんでいる誰にも言えない秘密や熱い思い!いまここで吐き出してみませんかぁ!?』

 

 ざわめく人込みを、すり抜けるように突き進み、スタート台へ伸びる梯子の前に立つ。

 

 『おおっ!?第一のチャレンジャーはとても可愛らしいお嬢さんだぁぁ!!』

 

 司会者の解説に観客がざわめき、それは少女が梯子を登り始めたことで、水をうったように静まり返っていった。

 

 沈黙が見守る中、少女は黙々と梯子を登り、そして――――スタート台に立った。

 

 『さあ!可憐なお嬢さんの秘密はいかなるものでしょうか!?』
 観客を盛り上げる司会者の言葉を、彼女はどこか遠くで聞いていた。
 凛と立つ少女は、ただ一人の男を見つめていた。
 普段ならば、何よりも大切な彼女の気配を常に追っているはずの彼は、うかつな事に、彼女が動いた事に気がつかなかった。
 彼はミックスジュースが入ったグラスを両手に持ちながら、もとの場所から居なくなっているリナを慌てて探している最中である。
 そんな彼の様子を見て、くすりと小さく笑うと、彼女は、すうっと大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

 

 「昨日あたしを愛してるだなんて言ってくれちゃった自称保護者!!!」

 

 

 高く響く澄んだ声に、それまで違う方向を向いていたガウリイは、反射的に振り向いた。
 「な‥‥‥なんだぁっ!?」
 声の主が立っている所が高いスタート台なので、彼女を認めた青年は、どうしても振り仰ぐ姿勢になってしまう。
 「リナ‥‥‥‥!?」

 

 リナは、自分を見つめるガウリイを確認すると、満足そうに微笑み、また大きく息を吸い込んだ。

 「昨日、あたしはあんたの事、嫌いって言ったわよね?」

 「‥‥‥‥‥‥」
 リナの口から、二度と聞きたくなかった言葉を言われ、ガウリイは辛そうに眉を顰めた。

 

 

  
 「あれ――――嘘だから」

 

 

 「―――っ!?」
 信じられないものを見るような目で、リナを振り仰ぐガウリイ。
 その瞳は驚愕に見開かれており、蒼いそれは、リナの紅だけを写していた。

 

 「ほんとは逆だから‥‥‥‥‥‥忘れないわよ」
 言い切ると、小さな身体を滑らせた。
 その瞬間、観客からの歓声がどっと起こり、ガウリイはジュースを投げ出して走りだす。

 

 

 

 シュプールを下っている間、リナは歓声もあげずに瞳を閉じて、流れに身を任せていた。
 最後のカーブを越えて、一瞬リナの身体は宙を舞う。

 ざぱぁぁぁぁんっ!!

 小さな水柱を立てて、海の中へ放り出された。
 そして、すぐに笑顔で海から顔を覗かせる―――と、誰もが思ったのだが、違った。

 確かに――――彼女はすぐに顔を見せた。

 ざばっ!

 ――――男の手によって、ではあるが。

 

 

 

 ガウリイは、リナが降りてくる場所のすぐ側に立ち、彼女を待っていた。
 彼女を誰よりも早く見つけるために。
 彼女を誰の手にも触れさせないために。
 彼女を一瞬でも早く腕に抱くために。

 

 

 「‥‥‥‥‥‥忘れないわよ」
 ガウリイに抱き上げられたまま、睨みつけるように言ったリナの顔は、これ以上ないほど赤く染まっていた。
 それでも視線を逸らさずに、まっすぐ男の瞳を見つめているリナに、ガウリイは彼女を抱く腕に力を込めた。
 「んわっ!?が‥‥‥‥ガウリイっ!?どこ行くのよっ!?」
 突然歩きだしたガウリイに抗議するリナ。しかし、腰まで海に浸かっているというのに、彼はさしたる抵抗も受けていないかのように、ビーチに向けて進んでいく。
 抱えられているリナは、ガウリイが動きだしたとき、揺れるであろうと反射的に彼の肩にしがみついていたのだが、嘘みたいに安定していて、恐怖は微塵も感じなかった。
 「ちょっとっ!ガウリイっ!?」
 「誰も居ないとこに行くんだよ」
 「だっ‥‥‥誰も居ないとこって‥‥‥!?」
 「ここじゃ、落ち着いて話ができない」
 「はいぃっ!?」
 素っ頓狂な声をあげるリナに構うことなく、ガウリイはずんずん進んでいく。
 海からあがっても、彼の速度は変わらない。
 好奇の目で二人を眺める人々の視線も気にならないようで、人ごみの中を縫うように歩いていく。
 こんな人前で、抱きかかえられておとなしくしていられるリナではないのだが、ガウリイの真剣な表情と、抱かれる腕の心地よさに、いつものように暴れて振り払うことができなかった。

 

 

 やがて喧騒は遠ざかり、リナは小さな入り江にそっと降ろされた。
 さっきまでいたビーチとプライベートビーチの中間あたりに位置するところで、店がないこともあってか、周囲には二人以外の人の気配はない。
 ガウリイは、リナを降ろすなり彼女の肩に両手をかけて言った。

 

 「嘘ってどういうことだ?」
 じっと見つめられ、かすかに頬を赤く染めながらも、リナは臆することなく答える。

 「そのまんまの意味よ」

 「逆って言ったよな」
 「言ったわよ」

 「つまり、オレのこと嫌いじゃなくて好きってことだな?」
 「それ以外のどんな意味にとれるってのよ」

 「じゃあなんで嫌いだなんて言ったんだっ!?」
 「あんな公衆の面前で素直に答えられるわけないでしょーがっ!!」
 「オレはできるっ!」
 「あたしはできないっ!」
 「嘘ならなんでもっと早く言ってくれなかったんだ!?」
 「あんたが聞いてくれなかっただけでしょお!?
 あたしが何度も言おうとしたのに、ことごとく避けて言わせてくんなかったじゃないっ!!挙句の果てに『忘れろ』とか言うしっ!!」
 「それはお前が『別れてくれ』とか言い出すんじゃないかと思って‥‥‥‥!!」

 「あたしがそぉぉんな逃げるような事するはずないでしょっ!!
 あんただって嘘の仮面被って何にも言っても聞いてもくれないし、わけわかんなくて怖かったんだからっ‥‥‥!?」

 突然、有無を言わさぬガウリイの力強い腕に抱きすくめられる。

 「‥‥‥‥‥‥によぉ‥‥」
 おとなしく男の胸に顔を埋め、くやしそうにリナが呟いた。
 自分の想いを聞いてもらって、彼の思っている事を聞くためにあんなに恥ずかしい事をしたのに、自分の気持ちばっかり晒しているようで悔しかった。
 いつだって彼のほうが大人で余裕があって‥‥‥。いつも損している気がする。
 「もういいから」
 優しく何度も背中を往復する大きな手。
 「もういいから‥‥‥‥‥一人で悩ませて悪かった‥‥」
 髪を通して耳まで伝わる熱い吐息。
 素肌で触れ合う互いの体温の暖かさ。
 彼女の細い腕が、広い背中へ伸ばされた。

 

 

 

 

 「オレたちってこの一日なにやってたんだろーなあ」
 日が高く昇った頃、リナの隣に並んで座ったガウリイが、のんびりと海を眺めて言った。
 それに呆れ顔でリナが答える。
 「あんたがいきなりあんな事言うからでしょーが」
 「だってなぁ‥‥‥オレに言わせるといきなりじゃあないぜ?ずっと、いつ言おうか―――って機会をうかがってたわけだし」
 「だからってねぇ。真昼間の食堂で―――なんて、誰も思わないわよ。そうじゃなきゃ、こんなに話がこじれる事はなかったのよ。
 あんな色気もムードもないとこでされるなんて欠片も考え付かなかったわ」
 ちらっとガウリイに視線を向けると、肩を竦める。
 「‥‥‥‥‥‥‥じゃあ色気とかムードがあれば、素直に返事してくれたのか?」

 「そりゃあ‥‥‥まあ。それなりに」
 しばし顔を見合わせ、どちらからともなく微笑み、ぷっと吹き出した。
 そしてガウリイが疲れたように、はぁぁぁぁ‥‥と大きなため息をついてみせる。

 「なんだかなぁ‥‥‥‥ちょっと遠回りしちまったってわけだ」
 立てた膝に腕を置いて、脱力したように頭を落とした。
 そんな彼に、リナはくすりと笑いかける。
 「今回はガウリイが悪かったわけだけど、そんなもんなんじゃないの?あたしたちって」
 こんな想いの交わし方も、自分たちらしいのかもしれない――――彼女はそう言ってまた笑った。

 「なあ、リナ‥‥‥」
 下を向いたままガウリイ。
 「なに?」

 「好きだ」
 「‥‥‥‥‥‥‥」
 「愛してる」
 「‥‥‥‥‥‥‥」
 「大好きだ」
 「‥‥‥‥‥‥‥」
 「誰よりも愛してる」
 「‥‥‥‥‥‥‥」
 「ずっと傍にいてくれ」
 「‥‥‥‥‥‥‥」
 「リナはオレが守りたい」
 「‥‥‥‥‥‥‥」
 「――――愛してる‥‥」

 「‥‥‥‥‥‥‥いきなり―――なに言い出すのよ」
 首筋まで赤く染めて彼女が言う。
 彼はにかっと笑って、
 「告白おしまいっ!」
 「‥‥‥‥‥‥‥恥ずかしいやつ」
 視線を逸らし、風に流されてきた金の髪を一房手にとって弄ることで照れを隠す。

 ガウリイは彼女の肩を引き寄せ、照れた顔を覗き込みながら催促する。
 「リナは言ってくれないのか?」

 

 「そう簡単には言ってあげない」
 挑戦的に微笑むと、手の中の金糸をぐいっと引き寄せた。

 

 

 重なったひとつの影が、ある入り江に写された――――

 

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『おせち様からのコメント♪』

いかがでしたでしょうかっ!?
うちのガウリナは人気がなけりゃ、真昼間でもいちゃつきます!いいじゃないかガウリナ!らぶらぶ結構!大いに結構!!

 


♪いっやぁ〜〜〜もう幸せ〜〜vv

リナは可愛くてそして強いし、ガウリイは必死な感じがいじらしいんだけど、やっぱり決めるとこは決めてくれるし♪

最後のガウリイの告白なんて、目を閉じて耳もとでささやかれてるとこ想像してみて下さいよっ!!あたしはこれやって身悶えましたともっっvv

ああもう本当に、ガウリナのらぶらぶ大いに結構ですともっっ!!

最後までどきどきさせられたとっても素敵なお話を本当にありがとうございました♪