|
ソラリアの事件のあと、リナとガウリイはイルマード公国のビーチへ来ていた。
あの事件でかなりの魔力剣が見つかり、当初の旅の目的が半分果たせたことと、事件後の長ったらしい事情聴取で精神的に参っていたこともあったので、骨休みも兼ねての観光である。
「ガウリイって泳ぎ得意でしょ?」
そう言いながら、リナが海岸沿いの宿からステップをふむように飛び出してきた。その後ろからはガウリイが続く。
ビーチまで一分とかからない距離なので、二人とも水着にパーカーを羽織り、いつものブーツではなくビーチサンダルといった姿である。
「そりゃあ並みよりは泳げるさ。なんでそう思ったんだ?」
「くらげだから♪」
くすくすと笑いながら、いたずらっぽくリナが答える。
「お前なぁ‥‥‥」
苦笑するガウリイに、なおもくすくすと笑うリナ。
その光景は、他人の目には仲の良い恋人同士のように写っているのだが、本人達が自覚しているかと言うと、答は否である。
ひとしきり泳いだあと、二人は海の家で昼食をとっていた。
濡れた体をタオルで拭いてすぐにパーカーをはおったせいで肌が貼り付いて透けているリナを、他の男の目に晒さないように、ガウリイは壁際のイスに促した。
少し時間がずれているせいか、リナ達の他には数組の客しかいない。
「なあリナ。お前、ここに来たことあるのか?」
残り少なくなったスパゲティをフォークに絡めつつガウリイが尋ねる。
食後のコーヒーに口を付け、リナがそれに答えた。
「まぁね。あんまし思い出したくはないけど」
某女魔道士と、大量のウニとカニがうち上げられた某プライベートビーチが浮かんで消えた。
「どうしてそんな事聞くの?」
「や、なんとなく。この町に入ってから、お前さん迷った風もなかったからさ。
来たことがあるのかなーって」
ガウリイとしては、リナの過去を知ることができるかもしれない数少ない機会なので、どうあっても詳しく聞きたいらしい。
「ここにはいつごろ来たんだ?」
いつになく楽しそうなガウリイの様子に、リナは訝し気な表情で聞き返した。
「‥‥なんであんたがそんな事知りたがんのよ?」
「なんで‥‥ってそりゃあ知りたいからさ。オレ、リナのことあんまり知らねぇし」
そう言ったガウリイに、少し低めの声でリナが言う。
「そんなこと言ったらあたしの方があんたのこと知らないわよ。ガウリイの素性なんて、光の剣の勇者の末裔ってぇのと傭兵やってたくらいしか知らないもの。家族や故郷のことなんてさっぱりだわ」
そんな人間と、『光の剣』という目的を失ってもなお、何年も一緒にいる理由はただ一つ。彼が、リナにとって嫌いな人間ではないからである。
リナの言葉に、ガウリイの表情が少し陰りを見せる。
「‥‥‥そうだよな。オレたちもう随分一緒に旅してるのに、お互いの事なんて何も知らないよな‥‥‥」
沈んだようなガウリイの声に、リナはバツの悪そうな顔をした。
「いいじゃない、別に」
「―――え?」
さっきとは打って変わって、明るい声でそう言ったリナに、ガウリイはいつの間にか俯いていた顔を上にあげた。
「素性なんてどうでもいいのよ。今あたしたちが一緒に旅するのには関係ないんだから。」
ねっ!と笑いかけるリナに、ガウリイは不思議そうな顔をした。
「さっきはね、ちょっとむかっと来たのよ。あたしには何にも自分の事話してくんないのに、あたしの事だけ知りたがるからさ。
あたしはガウリイが話したくないんだったら無理に聞こうとは思わないから安心して?あなたが一方的にあたしの事を知りたいとか言っても全っ然構わないから!ちょっとずるいとか思うだけだから!」
何気に責めているリナに気付きながらも、ガウリイは苦笑して、
「すまん」
「あやまんなくてもいいわよ。あんたにも事情とかいうのがあるんだろーし」
「リナ‥‥」
ガウリイは、おもむろに他の客からは見えない方の手を、無防備だったリナの小さな手に重ねた。
「‥‥‥‥‥なに?」
男の熱が伝わってくる手に視線を向けながら、自分でも驚くほど冷静な声で問う。
「オレは、リナの事を知りたいと思ってもいいのか?」
真剣な眼差し。
重ねられた手に、少し力が込められたような気がした。
「‥‥‥別にいいわよ。さっきそう言ったじゃない」
「イルマードにはね、ガウリイと出会う前の連れと一緒に来たことがあるのよ。何気にヤな女のプライベートビーチの大掃除やらされただけなんだけど」
破格の依頼料がパァになったいまわしい出来事を思いだしてしまったリナだが、ガウリイは、リナが口にした『連れ』という言葉に、ぴくりと反応した。
「‥‥‥‥連れ‥‥‥?」
ガウリイはつとめて冷静に、普段通りの声で聞き返したが、にっこりと微笑む顔がひきつったものになるのは防げなかったようだ。
「‥‥‥‥連れ‥‥?‥‥‥‥ああ、うん。身長はガウリイくらいあるんじゃないかと思うんだけど、不可解な悪の魔道士に身を包んだ上に常気を逸した高笑いを事あるごとに振りまく判断力がアリ以下の頭がピンチな奴よ。間違ってもオトモダチなんかじゃあないから。一万歩譲っても只の知り合いよ!」
「つまり女なんだなっ!?」
きっぱりと言い切ったリナの顔に迫る勢いで確認するガウリイ。
「そーだけど‥‥‥。なに?もしかして妬いてんの?」
リナは初めて見るような、あからさまに妬くガウリイが嬉しくて、からかうように言った。
それを少し照れたように受け流す―――と、リナは思ったのだが、彼はしばらくリナを見つめたまま口をつぐんでいた。
その様子はまるで、何かを思いはかっているようでもあった。
そして、すっと息を吸い込み、意を決したようにリナの瞳を見据える。
「そうだ」
「え‥‥‥」
「オレはリナの隣に立つ奴全員にいつも妬いてる」
「男でも女でも。オレ以外にリナを近付けたくないし、笑い掛けて欲しくない」
「‥‥‥‥ガウリ‥‥?」
「オレは、お前を愛してる」
|