Dear My・・・

(8)


 自分の直感を信じて歩き回ること、しばし。
 付きまとってくる嫌な感触…瘴気に、いい加減辟易してくる。
 「いい加減、出てきたらどう?」
 一度止まってあたりを見回し、結界が解けた時からずっとあたしの周りをうろついているモノに向かい、控え目の声で言う。
 結界の中で聞こえてきた気配では結構目立ちたがり屋な感じがしたから、声をかければノコノコ出て来てくるのを期待したんだけど、…打って変わって今度は黙まりさん。
 (まぁ、出てこないってなら仕方ないわね。)
 このまま待ってても仕方ないし、いつ仕掛けられても良いよう辺りに気を配りながら…、気の溜まっている所を探って歩く。
 「この街は、鬼門にあたる方角に魔道士協会を建てる事で対処していたのね…。」
 感歎まじりのため息をつく。
 気の力を拠り所とする魔道を使う者が集まる場所にあてがったのは、なかなか賢い選択かもしんない。負の力をいい具合に還元してくれる筈だもの。

 取り敢えず建物を一周し、協会前の広場に戻ってきたのだけれど…。
 その中央には一本の、さっきは見当たらなかった蒼いバラが堂々と突き刺さっている。
 再興中でただでさえも閑散としている広場に鮮やかなバラ。
 ……不自然かつ極まりない。
 そのまま無視してもう一度協会の裏手に回ろうと思った矢先。眩しい雷光が目の前を掠め、同時に地面が揺れる!
 とっさに構えてバランスをとって、酩酊感に堪え……。
 頭が振られる感じがようやく収まったころ、あたしは先程のバラの真ん前に立たされていた。
 今度は何やらプレートまで下げられている。
 『don't leave me alone(私を見て!)』
 …………プチっ。
 (……ふざけてる。絶対あたしのこと小馬鹿にしてる!!)
 何かが切れるのが聞こえたあたしは、そのまま一歩下がり、目前のブツを焼き尽くすべくファイアー・ボールの詠唱に入る。
 いざ力ある言葉を紡ごうとした所でそれは再び発光しだした。

 「まったく、気の短い方ですね。“短期は損気”という言葉をご存知ないのですか?」
 スポットライトに単サスまで当てたかのような眩しい光に包まれて出てきたのは、群青色を基調とした貫頭衣に、真っ黄色の杓錫を構えて長い黒髪を流すままにした、いかにも“私は神官です!”っていうような奴だった。

 そいつは前置きは不必要ですよね、と一礼し、いきなし自己紹介なんぞをおっぱじめる。
 「私は海神官、ヒー・ポーポス。どうぞお見知りおきを。」
 今更宜しくって言われても、ねぇ?
 「その神官さんが、いまさら何のよう?」
 半分付き合いの感を込めて聞くと、その神官はにぃっこりと笑いかけて来る。
 「…それを貴女が仰るのですか?リナ=インバース?」
 はっとして、身構えなおすあたし。
 対する目の前の、変わらない笑顔。
 「西に…、随分と変なものを落とされましたよね。人間如きにあんな物を置かれて、立場が悪くなったと、海王様が大変ご立腹なされまして。
 …面目が立たないんだそうです。
 あんまり、人間に好き勝手やらせるわけにはいきませんから。」
 それで遥々東にやって来たってわけね。
 前の敵から視線をはずさないよう気を付けながら左右を見る。
 幸いここは瘴気の溜まり場。…周りに人気はない。
 (……よし。)

 「自分の愚考を悔い改めなさい!」
 言うや否や。いきなりバトルモードに突入し、もろに戦意をぶつけてくるポーポス。
 「…ったく、海王一派ってのは、やたら血の気が多いんだから。」
 こぼれて飛んで来る覇気はそれだけで小さな衝撃波となって軽く地面のレンガを吹き飛ばしている。
 あたしはその軌跡を見切って交し、駆け足で間合いを作りながら策を練る。
 相手はプリースト。さっきのようなギリギリの攻撃を仕掛けるんじゃ、危険すぎる。
 かと言って無理やりラグナ・ブレードを発動させたばっかりだから、魔力も完全じゃない。
 ……どうする?

 あたしは呪文を剣にチャージし直し方向転換。そのままポーポス目掛けて走り出す。
 「一体何の魔法をおかけになったのか…。生半可なモノでは私に、傷一つ作る事は出来ませんよ?」
 先手必勝とばかりに飛翔の術で間合いを一気に跳び超えたあたしの閃撃を、余裕の顔で受け止めようとして、…しかし驚きの声を挙げたのはポーポスの方だった。
 「なっ!!」
 振り下ろした剣は杓錫に弾き返されてしまったけれど、乗せられた術の威力に耐えきれなかった杖も、剣を受けた個所からバキンっと音を立てて折れる。
 体重の移動を利用し、軌道を変えて再びポーポスに向かって剣を振り下ろすが、とっさに張ったのか…結界のような透明な壁に阻まれ、一瞬動きが止まったあたしは剣を掴み投げ飛ばされる。

 くるっと身を返し見事な着地を決めるものの、突然の激しい動きに、そして消費した術力に内器官が追いつかず頭から血の気が一気に引く。
 「……あたしも…。」
 しかしあたしはふらつく脚に叱責してポーポスの方へ向かって歩き、ちょうど良い間合いを見て漆黒の明かりが灯る剣を突き付け…、その先に見える奴に余裕の笑みを向けてやる。
 「……生半可な術を掛けたつもりはない!」
 (そう、半端な気持ちでこの戦いに望んでいるわけじゃない!)

 「なかなか、やりますね。」
 流石はプリースト。制約があるとはいえ、あの術をチャージした剣を素手で掴んでもなお、平然と人型を保ち続けている。
 「貴女がお強い、と言う事はよく判りました。ですが……。」
 そう言うなり奴は、協会の屋根と同じ高さまで一気に浮上する。
 「こうやって私が地面から離れてしまっては、貴女に抵抗する術は無くなる。
接近戦に持ち込むしかないというのが、貴女の弱点ですね。」
 「…そうね。あたしの浮遊程度じゃ、あんたは簡単に交わしてしまうでしょうし。」
 あたしに扱える打ち出し型の術といったら、初級の聖霊魔法くらいで…当然奴に通用するようなものなんて、ない。
 「お得意の、魔法剣に術を掛け合わせるという技ではここまでは届きませんしね。」
 言いながらポーポスは自分の前にたくさんの魔力弾を作り出していく。
 「ですが、私の魔力弾はこの程度の距離、コントロールしかつ追尾させるなど、造作もないこと。」
 先程あたしに腕を切り掛けられたってのに、まるで余裕だといわんばかりの顔。
 ……実際余裕があり余ってんだろうけど。
 あっ!…そうか、今まで部下達を使ってまでお粗末な戦いを吹っかけてきたのは、そのあと自分で戦うときのための資料を取るためだったのか。…少しでも楽しく遊ぶために。
 こんな奴には意地でも負けたくはないわね。
 ………負けるつもりなんて微塵も無いけど!
 「…さぁ、リナ=インバース。どうします?」
 狙いをあたしに定めて、いつの間にかもとの長さに戻した杖を掲げる。
 「お諦めなさい!」
 「冗談!」
 ポーポスが目の前に貯めていたエネルギー球を解き放つのを見るや、あたしも急いで撃墜の呪文の詠唱に入る。
 「無駄です!」
 「エルメキア・ランス!」
 ポーポスがエネルギー波を放つのと、あたしが力ある言葉を紡ぎ出したのは…殆ど同時だった。
 相殺か!とも思ったけど、続けて放たれた第二陣には精神統一が間に合わず、ほとんどが地上にまで…あたしの所にまで届く。
 さすが神官と名が付くだけのことがあり、その数は十数じゃ足りない。
 …だけど、それだけで終わっているあたり、あたしのことを舐めてることが伺える。その油断を利用するほかに、あたしが対峙しえる道はない。
 あたしは向かってくる光球をひとつまた一つと交わし、もしくは剣で弾いていく。
 一つ一つの弾にどれだけの威力があるのか……。
 打ち返す腕は徐々に痺れを貯めていき、弾け飛ぶ火花がチリチリと服を焼く。

 溜まっていく疲れと段々増やされていく数に、段々捌くのが難しくなっていく。
 一度に放たれる魔力弾が数十を超えた時、あたしの剣はついに魔力弾に追いつかなくなった。…全てが地面へと吸い込まれ、辺りに砂煙が立ち込める。

 ようやくそれらが落ち着いたころ。
 上空から見下ろしていたポーポスの目に、あたしの姿は映らない。
 「あまりの威力に、跡形も無く消えてしまいましたか。あっけない物ですね…!!」
 何かに気づいたポーポスが、振り向くよりも早く、
 「くらえええええぇぇぇぇ!!」
 爆炎に身を隠して飛翔の術で屋根まで上っていたあたしは一気に飛び掛る!
 足首以下だけに集中して風の結界を創る為に、相手に感知されることなく接近出来たのだ。

 十分に計算して死角から降りかかったのだけれど、すぐさま反応したポーポスは杖であたしの一撃を受け止める。
 そのまま力の競り合いに持ち越されるかと思いきや、純粋な力では人間の男にすらも適わないあたしは、敢えて後ろに飛ぶ。
 追撃にと魔力を放つポーポスに対し、しかし、予め狙いをつけていた教会の壁に着地したあたしは、その壁を蹴った反動を利用して魔力ごと切りかかる!!

 「もらったぁああああ!!!」
 今度こそ不意をつき、剣の切っ先がポーポスに触れると思った瞬間。
 背後から…否、奴自身から…飛び出す幾つもの光の帯が、螺旋を描いてあたしに向かってくる。
 まるでそれ一つずつに意志があるように、バラバラの動きで迎撃を許さない。
 ほとんど本能的に体を捩るけれど、それすら見越して向かってくる魔力…躱し切れない!

 術で迎え撃つことも剣で弾く事も出来ないまま…受け身の型を取る前に、あたしは集中攻撃の一切を身に浴びてしまった!!

 「ぐっはぁぁ!!!!!」
 衝撃のあまりに一瞬だけ気絶したあたしは、そのまま数十メートル吹き飛ばされ。次に目を開けた時にはどこかの民家の壁が眼前に広がっていた。
 家屋と接触する寸前なんとか風の結界を纏うことに成功したけれど、方向を律することまではできず、バランスを崩したまま地面に叩き付けられる。
 結界のお陰でだいぶ軽減されたとはいえ、衝撃で軽い脳震盪を起こしてふら付く上体を、エルメキア・ブレードを杖にして支える。

 「だいじょうぶかっ?」
 後ろから、声が聞こえた。
 一瞬ボーっとしたけれど、その声で意識は完全に覚醒する。
 振り向く余裕はなかったけれど、ポーポスの瘴気に当てられて出現したデーモンを相手にしているであろう事が伺えた。

 そこはちょっとした広場になっていて、街の自警団が騒ぎを沈静化させながらデーモンを切り払っている。
 体の具合を確認しながら先ほど声がした方に目を向けると、一匹切ってもまた直ぐ別のが現われるデーモンの山に既に埋もれていた。
 (もしかして…?)
 広場に群がるデーモンをあたしから引き離してくれたのだろうか?
 あたしの周りだけは一匹も見当たらない。

 広場全体を見回す。
 大分善処してるようだけれど、瘴気の根元、海神官がこの街にいる限りデーモンの発生は止まらない。疲れが溜まって戦えなくなっていくのは…こっちだ。
 (早くあっちを片づけなきゃ!)
 飛ばされた拍子に瞼の上まで垂れ下がったバンドを元の位置に戻すと、再び飛翔の術を唱え、塀の上、壁のつなぎ目、屋根へと次々に飛び移り、あたしの戦場…先の魔道士協会へと戻っていった。

 協会の前、地面に降り立ち自分の勝利に酔っていたポーポス目掛けて気合一発、呪文を放つ。
 「エルメキア・ランス!!」

「…なるほど。噂に違わず、並の人間ではないようですね。」
 呪文を放つと同時に駆け出し切りつけたあたしを、今度は杓杖で受け止めて押し返し、再び空に舞い上がるポーポス。
 「他に言うことないなら、…一気に片を付けさせてもらうわよ!」
 悠長に構えてられる時間なんか、ないんだから。
 「人間風情が…、自分の歩をわきまえなさい!」
 向けられる敵意をよそに、あたしは瞬時に集中し、そして、連動する動きで呪文を正しい振りと共に紡いでいく。
 「エルメキア・ランス!」

 今度も相殺か!とも思われた力の押し合いに、勝ったのは…あたしの方だった。
 魔力で型取られた矢の束は思いの外大きく成長し、奴の創り出した光球を押し返して更に本人に差し迫る。
 慌てて張られた結界も集中力200%のあたしに生み出された光の矢はものともせず、魔力の壁を貫きポーポスの身体に直撃する!!
 「くぅぬぁあっっっ!」

 何度も言っているけど、今のあたしは最大魔力が見習い魔道士程度まで落ちてしまっている。
 一時期悩んだモノだけど…魔力センスはもちろん、許容量は以前のままであることに気が付き。例え初級の術でも、正しい順序を踏んで発動させれば威力は絶大なモノになることを発見したのだ。
 ゼフィーリアでは先ず剣技を鍛えることに専念したけれど…それに関しては様々な経路があるわけで、決して楽なモノではなかったけれども。修行中、空いた時間の全てを使える呪文の熟練度上げに費やしたのだ。
 …あたしは生涯、魔道士のつもりだ。
 今までのあたしを無駄にしないためにも…魔法は絶対、手放さない。

 予想以上の術の威力に、奴が踏鞴を踏んでいる。…もしかして?
 (………いや、)
 考えるのは、後よ!!
 「悪夢の王の一片よ 世界の戒め解き放たれし 凍れる黒き虚ろの刃よ」
 あたしは早口でカオス・ワーズを紡いでいく。
 「我が力 我が身となりて 共に滅びの道を歩まん」
 …一撃必殺の、あの呪文を。
 「神々の 魂すらも打ち砕き…我が前にある敵を討て!!!」
 いつもと同じく魔法力が一気に吸い取られていく。
 だけど、今回はいつもと違って手の中に虚無の刃を生み出すのではなく…。
 ぎりぎりまで手の中に閉じこめて限界まで高められた魔力を、一気に解き放つ!
 「ラグナ・スレイブ!!!!!」
 結局ビーズ程の大きさにまで圧縮された虚無の塊は、ポーポス目掛けて真っ直ぐに飛んでいった。

 アノ存在の一部を、闇の刃という形で具現化し力を引き出すラグナ・ブレード。
 今まで敢えて呪文を途中で終わらせる事で掌中に生み出す形式にしていたのは、その方が暴走させる危険性が少ないから。
 そんな中途半端の状態でも対魔族の必殺技に成り得たのは、この術の源となる存在が、他の術とは次元を別にする力を持っているからに他ならいのだけれど。
 今回あたしは…今までのカオス・ワーズを少し変化させ、他の呪文と同じように打ち出し型へとアレンジしたのである。

 正直言って、発動するかどうかは賭けだった。
 まぁ、アノ存在に直に呪文を捧げられるほどの魔力は出せないんだし、例え術を暴走させたって、世界を道連れにするほどのパワーを得るとは思えないんだけどね。
 ……などと、思いにふけってる間に。
 あたしの手を離れた混沌の力は真っ直ぐポーポスへと向かっていき、その額に当たるやパチンと弾け、吸い込まれるように消えていった。
 「んっっ?」
 まるで虫が止まったような感覚に、奴が額を拭おうとした瞬間。圧縮されていた虚無の塊は、奴の体で一気に暴れ始めた。
 額に触れた左手は真っ先に空気中に溶けていった。それが、腕へ、肩へ、と移っていき…、驚声をあげる事すら許されず、有無を言わせぬ力に奴は侵食されていく。

 どんどん広がっていく虚無は、やがてポーポスの体を完全に飲み尽くすと、さらに自身をも飲み込み…そして混沌の海へと戻っていった。

 ほっと、息を着いたのは一瞬で。…割れるような激しい頭痛とめまいに襲われたあたしは、ペタンとその場に座り込む。。
 (……無理もないか。)
 立て続けに消費の激しい術を使ったのたんだもの。
 意識があるだけでも、ありがたい。

 膝まついたまま片手で体重を支えて引き寄せた剣を傍らに置き、今度は両膝を地面について、暫く深い呼吸を繰り返す。

 最後の術は、流石に無茶だった。ここ…あたしの立っていた場所が、気の吹き溜まりの中心じゃなかったら、使えるはずがなかった。
 (もっとも、そのくらいの術じゃないと、神官相手に通じる筈もないんだけどね。)
 その分身体にかかる負荷は大したモノで、今立とうとしても貧血起こして意識を失うのが関の山である。
 両腕に体重を掛けて首だけ仰け反らせて目をつぶり、流れる風を頬に感じながら、体の感覚が戻ってくるのをひたすらに待つ。

 (………良し。)
 暫くそうやって体力を回復させたあたしは、多少ぼんやりとする頭を振りながら体を起こす。
 そのまま立て膝で自分のいる位置に向かい直り、礎を築くべく召還の術を詠唱し始める。

 先程の銀色の剣士の気配を辿ってやって来た、協会の裏庭。
 そこには、黒いマントを羽織り、長い髪を一つにまとめた銀色の髪の小柄な女が、こちらに背を向けて膝を立てて座っていた。
 彼女は跪き、なにやらこ難しい顔を浮かべ小声で呟いている。
 …どうやら何かの術を仕掛けているらしい。
 邪魔をしないよう、オレは黙ってそれを見届ける。
 やがて彼女は腰に挿していた白銀の剣を、勢い良く大地に突き立てた。

 その瞬間。彼女を中心に広がっていく、光の輪。
 光は協会、家屋、先ほどの騒動にも関わらずそこに根付く生木、そして佇む人間…オレをも包んでいき……。

 眩しさが収まり目を開いたオレは、…思わず自分の目を疑ぐった。
 辺りの建物が、街を造るものが新しく塗り替えられたように見える。
 …実際は、そこにある空気が精錬としたものになっただけなのだが。さっきまでしつこく纏わりついていた、不快な、黒い空気が無くなっただけで、こうも見え方が変わってくるものだろうか。
 辺りを見回し感心しながら、今しがた術を発動させた彼女の方へと歩いていく。

 彼女は…余韻を味わっているのか、手を柄にかけて目を閉じたまま、動かずにいる。
 別段気配を絶っていたわけではなかったが、数メートル…手を伸ばせば触れることもできる、そんな距離まで入って、初めて彼女はオレに気が付いた…ようだった。

 「っっ!!」
 振り向きオレの顔を見るなり悲鳴にもならない息を吐き、ぱっと立ち上がって身を翻した彼女は…立ちくらんだのか、足が絡まり上半身が傾く。
 「!?おいっ!!」
 慌てて彼女をふんわり抱き留めると、そっと立たせて足取りが確かになるのを黙って待つ。
 背中に回された腕を静かに押し返した彼女は、しかし下を向き俯いたままで、…掛けるべき言葉を見失ったオレも黙り込む。

 どうしようもなく流れる沈黙。
 タイミングを逃してしまい、どうやって声を掛けようかと悩んでいると、彼女は初めてオレに向かって口を開いた。
 相変わらず、下を向いたままであったけれど。
 「……ありがとう……。」
 「えっ?」
 いきなりのことに、声が掠れてしまった。
 取り繕うかのようにつばを飲み込み、何の事かと聞き返すオレを再び遮る彼女。
 「今、倒れないよう止めてくれたのと。さっき、…デーモンを押さえてくれてたでしょう?」
 「…あぁ、そんなことか。それを言ったらお前さんこそ凄いんじゃないか?…この街の空気換えたの、お前さんだろ?」
 聞きたいことは別にあるのに、口から出るのはこんな事ばかりで…。
 「…よく、判ったわね。」
 「なぁ、…」
 思い切って彼女の方に右手を出してもう一言出しかけた時、彼女はきびすを返して歩き出し、もう話すことなどないと言わんばかりにオレの横を通り過ぎ、
 「…次を、急ぐから…。」
 ぽつりと言ったのが聞こえた。
 伸ばされた手は、そのまま彼女の居なくなった空を掴む。
 握りしめられた拳が、力み過ぎたために、ゆれる。
 ……もう、げんかいだ。
 「待てよっ!…リナっっ!!」
 そう叫んで振り返ると、オレの後ろ1メートルも行かないところで、彼女は、…リナは歩みを止めていた。
 「……な、に、…言ってんの?」
 心なしかいつもより低い声。
 (……震えてるのか?)
 「そっちこそ、『何言ってんだ』よ!…お前、リナ、だろ?」
 後ろ姿でも十分すぎるほどに判る位に、その背中がびくつくのが見えた。
 オレはゆっくりと足を動かし、リナの前へと回り込む。
 「……、なぁ。」
 俯いた彼女と瞳を合わせようと屈んだとき、顔を覆っていた銀色の前髪の間から軽い呼吸と共に唇が軽く開くのが見えた。
 オレは彼女の一言も零すまいと、更に顔を近づけていく。
 前髪に隠れた瞳が一端伏せられ、そして、何か思いつめた表情で起きあがり……、
 「スリーピング!」
 「ガウリイ!」「ガウリイさぁあん!!」
 街の方からやって来たゼルガディスとアメリアの気配を感じるのと、…久しぶりの眠りの呪文が耳に入ってきたのは、同時だった。
 その場に崩れ落ちるオレには糸目も振らず、彼女は今にも涙が溢れ出しそうな瞳をつぶり、そして教会の屋根に飛び移ってゼル達が来たのとは逆の方角…街の出口へと向かい飛んでいった。

 駆けつけたゼルガディスに揺すぶられ、オレは閉じられようとする瞼を、何とか押し開いて二人に伝える。
 「……た、のむ……、リナが……。」
 (彼女を、このまま行かせてないでくれ…。)
 オレの言葉を、足りないながらも理解したアメリアが頷き飛んでいくのが眼の端に映る。
 オレは…、今度は眠りを誘う呪文との戦いを始めた。

 「あちらはアメリアに任せるとして旦那をどうにかして起こさなければならんが、…どうしたものか?」
 朦朧とし始めた意識の中で、最後にゼルガディスのそんな呟きを耳にした。