Dear My・・・

(7)


 しばらく時を戻すこと数刻。
 3人がそれぞれの行動をとる少し前、あたしはこの後そんな事があるとは露ほども思わずに、ただの経過点としてサイラーグに入っていた。

 あたしの旅はまだまだ続く。この街が終わった後は北上し、その後もう一度南に降りる。
 …行路でもって、破邪の五紡星を描くように。
 先のゼロスの言葉からして、今は知らん振り決め込んでいる獣王一派も、大陸の南部、奴らの本拠地まで行ったら…流石にそこまで行けば動き出すことは必死だ。
 厄介事はそう、ここが終わってもまだ続く。…て言うよりも、ますます色濃くなっていくという表現のほうが正しいかな?
 まったくもってうざったい。
 …それでも始めた以上、最後までやらなければ意味がない。
 でも面倒なのもまた事実で……。

 そんな取り止めの無い事を考えていたからだろうか。足の裏に地面の感覚がなくなるまで周りの気配に気がつくことが出来なかった。
 既に雑踏の音は消えている。
 昼下がりのこの時間帯、白昼よりは収まるにしても人気が全くないのは不自然だ。
 ちぃぃぃっ!
 (……結界内に引き込まれたかな?)

 いったん立ち止まって辺りを見まわすが、直ぐさまあたしをどうこうしようと言うものじゃないようで、敵の姿は見当たらない。
 世界に干渉し無理やり創り出されたこの瘴気の満ちる空間は、人間であるあたしには居心地が悪い事この上ない。
 実力行使で結界を切り開く事も考えたけど、どっかの誰かと戦う事になるのは目に見えているし。…だったら、わざわざ無駄な魔力を消費する事はないと考える。
 そしてあたしは、じっとしているのも躊躇われ、礎を築く場所を調べるために街を歩きまわることにした。
 空間をいじられて別の場所に移されたならともかく、結界はこの街に基礎をおいて張られたらしく、地形や気の流れはそのまま感じることはできる。…って事で、この中にいても気の発生ポイントを探る事は十分可能なのである。

 いくつかの角を曲がり、何度目かの交差点を超えたところで、魔道士協会と思しき建物が目に入る。…と同時に、何かが動く気配を感知。
 何が出てきても直ぐに対応が出来るように、左手で鞘を抑えてさらに進む。
 民家の壁越しに人影らしきモノが見えてくる。
 魔族が張った結界に一般人が入り込めるわけがない。……敵のお出ましね。

 「我が名はリース。…お相手願おう。」
 協会前の広場であたしを出迎えたのは、茶色のロングで前髪の所々に赤と白のメッシュがある、女形の獣人だった。
 髪と同じ茶一色の飾り気がない服装に対し、胸元を飾る拳ほどの蒼い玉が浮き立って見える。
 豊満な胸、すらっとした手足は成熟した人間の女性を思わせるが…光を宿さず縦に走る瞳が、そして何より彼女の纏うオーラが、人外であることを強く訴えている。
 さらに…。袖口から覗く、黒をメインにした刺青が目に入る。
 キメラの研究なんかでよく使われる邪法の一つで、普通魔力を持たない動物とかに魔術を使わせるため、魔力許容量を強制的に広げて、そして固定するというものだ。
 このリースとかいうの、性格は硬そうだけど恐らく応用自在に上級魔道を使いこなすだろう。
 あたしの勘がそう告げていた。

 「まずは小手先調べに…。デーモンよ!!」
 彼女はさっさと自己紹介を済ませると、そのまま臨戦体制に突入した。
 挨拶はお互いに交わしてこそのものだと思うのだけど…魔族に礼儀を求めるのは単なる無駄であると思い直し、あたしは鞘から剣を抜き出して隙のないよう構えて応える。
 対するリースは、すらっと伸びた右手に力を集めて前方の地面にそれを解放し、十数匹のブロウデーモンが彼女の周りに出現した。
 この地に依り代を得て実体を得るや否や、あたしに向かって咆哮をあげるデーモンども。…主同様、気の短い奴らだ。
 それにしても。……この程度であたしの実力がみれると思ったら大間違いである。
 (こんな奴ら、魔法を使うまでもない!)

 そう判断したあたしはやおら目を閉じる。
 なに自分から隙を作っているのかなどと思わないように。
 大量の敵に対して少数が相手にしなきゃいけない時、精神を統一するってのは必須の要件なのだ。
 気配のコントロールさえ出来れば、敵の視界から消えて隙をつくことも、一撃にウエイトを持たせることもできるのである。
 精神統一するのは、それのための前準備って所ね。
 魔道をたしなむあたしは、さほどの時間も要さずに神経の先が水滴の先ほどに鋭く尖っていくのをはっきりとイメージする。

 あたしはかっと目を開くや、一閃の元に目の前の敵を薙ぎ払う!

 普通の人には残像が揺れた程度にしか見えなかっただろう。
 あたしは、それこそ目にも留まらぬ早さというやつで手前の数匹を斬りつけ、残る奴らは剣気を飛ばして、その圧力でもってしばき倒したのだ。
 これぞ精神集中の賜物!
 ……とは言っても、この魔族に有効な魔法剣エルメキア・ブレードあって、初めて可能な事なんだけどね。
 「成る程、流石はあのリナ=インバースと言った所か。」
 名乗った覚えは無いんだけどなぁ。
 ……あっ…、もしかすると……?
 「しかし、お主のように技とスピードで勝負する軽量級の戦士は、こいつらと相性が悪いはず。
 ……いでよ、ゴーレム達!!!」
 先程と同じように魔力を放った彼女の後ろにスパークと共に現れたのは、3ダースほどの石人形の群。
 (…成る程、ある意味良い選択と言えるわね。)
 こいつらの岩石の肌には、魔法をチャージしたナイフ如きじゃ通じない。
 魔力が届く前に弾かれてしまうのだ。
 だったら…。
 あたしは剣を鞘に戻すと、両手を前に突き出し印を組み、再び…今度は魔力を高めるために精神統一を行う。
 外界の音が遠のき心の表面がまっ平らになっていくと、それと同時に体中に力が巡っていくのを感じる。

 ………よし!
 瞬時に集中したあたしは、こちらに突っ込んで来るゴーレムに向け、詠唱を終えた呪文を放つ。
 「フレア・ビット!」
 燃えさかる火球が幾つも宙に発生し、
 「アタック!!!」
 止めのキーワードと共にゴーレムに向かい、一斉に降り注ぐ!

 基本が魔道士であろうリースは呪文の威力を知り尽くしているからか…。こんな初級呪文と、防御結界も張らなければ見向きもせず、追撃としてあたしを攻撃するための魔力を溜め始めていた。
 しかし!なんと炎の集中豪雨を受けた前衛のゴーレム達は粉々に砕け散ったのだった!!
 「な、何だと!!!」
 信じられないように唖然とするリース。
 「知ってる?火って言うのはね、それ同士が合わさると爆発量が一気に高まるの。」
 呆然としているリースに一言解説してやる。
 あたしの生み出した炎の塊は元々それなりの威力を持っていたのだけれど、…号令と共に混じり合いながら標的に向かって飛び、一つひとつがファイアー・ボール程の威力を持つに程に育ったところで、丁度デーモンと接触、炸裂。…その爆裂波によって吹き飛ばしていったのだ。
 (今ので半分は減ったかな?)
 敵を観察し、間を空けることなく次の攻撃へと移る。
 「フリーズ・アロー!!!」
 防火の意味も込めて今度は自分の周囲に十数の氷の矢を生み出し、アレンジを加えるために待機させる。
 「ち、血迷うたなリナ=インバース!そんな小さき氷塊が、我らに効くと思うたか!!」
 動揺を隠せずに狼狽えながら、しかし、次に唱えたあたしの呪文を見て、再び余裕の笑みを浮かべるリース。
 「まさか効くなんて思わないわよ。……普通の氷ならね!」
 でも、あたしの高められた魔力と魔法に対する知識があれば…、
 「アタック!」
 「なっ、なにっっ?」
 再びリースの表情は固まった。
 微調整の加わった術は、最初はやや早め程度の速度で飛んでいたけれど、目的に向かう中、隣を飛んでく氷解と連結し、どんどん大きくなっていく。
 最後にはあたしの身長くらいにまで成長した氷解は、集中していたゴーレムの一団を貫いた!

 術の勢いに押されてゴーレム達は横倒しになるが、大きく育った氷塊はその硬い鋼板にことごとく砕けていく。
 相手は魔力の通った岩石なんだから、当然とも言える結果だ。
 あたしの狙いは…
 あたしは次の術を唱えながら、倒れたままのゴーレムに向かい駆け出した。
 「飛んで火にいる夏の虫とはこれの事。ゴーレム達よ、その者を引っ捕らえよ………何をしている!動かぬか!!!」
 リースはしきりに命令をかけ直すけれど、冷気の魔法の効果範囲から逃れた筈の後方のゴーレムまでも、動き出す気配はない。

 「いくらやっても無駄よ。」
 親切にまたもや解説を加えるあたし。
 そう、さっき打ち出したのは氷塊だけではなかったのだ。

 アレンジを加えてコントロールが効くようにしたのもそうだけど、それに紛らせてビーストドラゴンの体毛で作り上げた仕込み針を飛ばしてゴーレムの体を地面に縫い止める、言うなればシャドウ・スナップの広範囲バージョンを仕掛けたのだ。
 もちろん、全部が全部ヒットしたわけではなく、中には虚しく地面に刺さっている物もある。
 しかし、それを見越して数を多く飛ばしたから、今この場で動くゴーレムはない。
 「……そうか、影縛りか。ふん、このようなもの、…効きはせぬ!」
 術のからくりにやっと気が付いたリースは直ぐに気を取り直し、ゴーレムと地面に縫い止めたモノのアストラル・サイドからの引き抜きにかかる。
 確かに精神生命体である魔族に対し、魔力許容量の小さい人間の精神世界面への干渉は微々たるもので。このあたしが根性出して仕掛けたとしても、高位の魔族の、足止めにすらならない。
 それでもこのリースは、予想通り純粋たる魔族ではなく、あたしの術は未だゴーレムどもを繋ぎ止めている。
 …あたしは…加速をつけて止まっているゴーレム達一体一体の体に触れていき、それが終わると今度は後ろに飛びずさり、間合いを測る。

 ちらりと横目でリースの方を見やる。
 精神世界面にせっせと干渉し、ゴーレムの呪縛を解こうとしているようだ。
 …ライティングの一つでも唱えれば一発だというのに。

 そんなこんなで、あたしに一番近いゴーレムの呪縛が解けそうな瞬間、彼女はにやっと笑った。
 が、準備が整ったのはこっちも一緒!
 ここぞとばかりにエルメキア・ブレードを地面におったて、詠唱の終わった呪文を解き放つ。
 「ダグ・ハウト!!!!」
 大地に干渉し術者の意のままに地面を突起させる呪文の、応用バージョンをかけたのである。
 …しかし…
 しーーーん。
 あたしの力ある言葉は地表には何の作用も起こさず、空に消えていく。
 初め身構えていたリースだけれど、あたしの術を単なるこけおどしと取って構え直す。
 そして……。
 にっ。
 笑ったのは、あたしだ。
 「ブレイク!!!」
 あたしが放った魔力は。
 狙い通り大地を伝わり、予め魔力を打ち込んでいたゴーレムを粉々に打ち砕く!

 土砂崩れ宜しくの崩壊が暫く続き、それに伴う立ち煙が静まったころ。目の前に在るのは、瓦礫の山と、呆気に取られて佇むリースの姿だけだった。

 あたしの戦闘パターンを見破ったまではよかったけど、あたしの力量を測りきれなかったのは致命的だ。
 このあたしを一般の戦士と一緒にしてもらっては困る。
( 自分の弱点くらい、分析済みよ!)
 そして弱点を付いての攻撃に対しては、嫌と言うほど姉ちゃんとの修行で叩き込まれてきたんだから。
 「よくも…よくも…かわいいゴーレムを!!許さん!!」
 リースはそう呟くと、先までの冷静さはどこへ行ったのか只、がむしゃらに魔力弾を打ち出してきた。
 案の定、狙いはナシに等しいも、そこそこの威力がある。
 ヒョイヒョイと交していくあたしの後ろで、周りの建物が次々と形を変えていくけれど、所詮ここは結界の中。被害をこうむるモノはいないし、結界の外は案外何ともなっていなかったりするものだ。
 第一そんな事、気にしている余裕なんて…ない。

 (…それにしてもこのリース。)
 目の前で暴走している魔道士を観察する。
 ゴーレムの召喚の腕といい、なかなかの魔力センスとキャパシティを持っているに違いない。
 (何か起こる前に早く、とどめを…。)
 そう思ったあたしは飛んでくる魔力弾をかいくぐり、隙を窺いながらリースの方へと近づいていき…そして、
 「てぇーーい!!」
 焦点の合わない目があたしの姿を写さない事を確認し、勢いをつけてエルメキア・ランスをチャージした剣を振り下ろす。

 かきゆぃぃぃぃぃんんっ!!!
 …悲鳴をあげたのは、あたしだった。

 彼女の攻撃を止めようと腕を狙ったのだけれど…勢いをつけた分、その反動で剣ごと後ろに弾かれたあたしは、しりもちをつく。
 あたしは素早く剣を拾い間合いを取り直すと、彼女を観る。
 今の一撃でざっくりと切れた服の下に見えるのは………石!彼女もまた、石人形とのキメラだったのだ。
 だとすると、普通の剣じゃ届かないどころか、精神系の魔法も効きやしない。

 ならば、と。剣を腰に刺し直して間合いを更に広げる。
 彼女が正気に戻り、直接仕掛けて来てもどうとでも対処できると思うような所まで下がってから、二つの魔法を同時に唱え始める。
 もちろん攻撃力の高い黒魔術なんてのはもってもほかで、……あたしが唱えてるのは…。
 「フレア・ビット&ダスト・チップ!」
 半狂乱に魔力を放ちつづけていたリースは、目前に迫る術を見て一瞬正気の色を取り戻す。
 しかし、たかが初級の精霊魔法とたかをくくったのか、避けようともせずもろに食らったリースは…。
 自分の身体がボロボロと崩れていくのを、信じられないモノを見るような目で見つめていた。
 物質の温度変化による膨張率を利用したのだけれど…、彼女にはきっと判るまい。

 既に人の形を保っていられなくなっているリースを見る。戦意を喪失したのか、両手をだらりと垂らしている。
 (…あたしが相手をさせられるのはこいつだけじゃない。)
 出来るだけ力を温存しておきたい、というのが本音である。
 取り敢えずは終わったかと思い、結界を出る事を考え始めたあたしは嫌なモノを感じ、すぐさま振り替えり、…油断なく身構えながら彼女の方へ走り寄る。
 まだ数メートル離れているも、その口からなにやら召喚の呪文が流れているのを性能の良いあたしの耳は聞き取った。
 「これは……!」
 呪文の意味に気がつき、さすがに動揺するあたし。
 彼女が唱えているのは術者の生命力と引き換えに己の力以上のモノを呼び出す、禁呪とされているもの。
 そんなのを呼び出されては堪ったものではない。
 あたしは、この場に適した詠唱時間の短い呪文を一気に唱え、解き放つ!

 「レビテーション!!」

 近づくあたしにすら気づかないリースは、そのまま術を受けたことにも気が付かない。

 今あたしが使ったのは風に干渉して物体を空に浮かせる、初級者でも扱える浮遊の術。
 自分にかけて高い所に移動したり、重たい荷物にかけて持ち上げるなど、応用の幅が広く非常に便利なこの呪文。
 今の場合、術の対象は…先ほど粉々にした石人形の残骸だ。
 既に一度あたしの魔力が通ってるんで、思いのままに操れると踏んだのだ。
 その岩石の破片を高速で飛行させて、あるものはつぶてとしてリースを襲い、あるものはリースの足元から上へ順に覆い、固めていく。
 そして。下半身が全て覆われた頃、あたしは詠唱が終わったとどめの呪文を解き放つ。
 「ダム・ブラス!!」
 対象に振動を与えるこの呪文で超音波を起こし、二度と復活することがないよう原子レベルまで分解させるのだ。
 術はゆっくりと効果を現し、末梢部からポロポロと崩れ始める、リースの身体。

 「ふぅっ。………!?」
 一深呼吸ついた矢先の事だった。
 あたしは勘にまかせて慌てて右に体をよじる。

 寸前まであたしの体が在った場所には、一メートルの氷柱が幾つも突き刺さっている。
 ……さっきのお返しのつもりだろうか?
 (まったく……、)
 「芸がないわね…。」
 ため息と一緒に文句を吐き捨てて剣を構えなおし、術の生まれた方に向きやり身構える。
 …すでに表面だけでなく体のパーツがだいぶ崩れてもなお、心臓の辺りを核に立っている、先程“リース”と名乗ったモノに。

 「残念ですね、今のに当たって下さればよかったのに。」
 どんどん崩れ落ちてていく、リースの体。
 しかし、そんなことは気にする必要もなしとにソレは話を続ける。
 「このリース、貴女のクローンとして作ってみたんですけどね、何を間違えたのか、成長が止まりませんで…お目汚ししてお恥ずかしい限りです。
 これではフェイクとして使い物になりません。
 …でも、名前は結構気に入ってるんですよ。リナ=インバースを略してリース、判り易いでしょう?」
 今や岩の部分は全て剥がれ落ち、蒼く輝くクリスタルだけが宙に浮かんでいる。
 「…照れてないで、さっさと出てきたらどう?」
 しかしあたしは、それには目をやらずに、結界全体に届くような声で訊ねる。
 「おや、この中にいるのが私の本体だとは思わないんですか?」
 どこからか直接頭に呼びかけてくる声。現段階じゃ結界内に居るか、そうでないかも限定できない。
 「リースほどにキャパシティあるのを完全に操るんだもの、あんたは並大抵の魔力許容量じゃない。なのに、その中に居るのは魔力の波動がそれほど感じられない戦士系。ってことで中にいるのがあんた、とは考えられないのよ。」

 「流石です、リナ=インバース。」
 目の前に浮かぶクリスタルの内部が怪しく蠢き始める。
 「……そう、これもね貴女に合わせてワザワザ創ったんですよ。一度本物と戦わせ、完全にコピーできるようになってから、改めて貴女にプレゼントしようと思っていたのですが…。」
 仕方ありませんねぇ、と。言い終わるや発光しだすクリスタル。
 あたしは剣を持っていない方の腕で光を遮り、目を凝らす。

 「二番手…。名前は、…まだ無い。」
 そこに現れたのは………。
 長い髪を風に靡かせ、光の剣によく似たロングソードを持った、金髪の剣士だった。
 ブレスト・プレートこそつけていないものの、外見は少し前まで一緒に旅をしていた剣士と瓜二つだ。
 コピー・ホムンクルス?…いや、違う。身に纏う気配は確かに魔族のモノ。
 ……恐らく、あいつに似せて化けられるような中級魔族を創ったのだろう。
 “コピーとして創った”…ポーポスがそう言った通り、それは一流の剣士としての雰囲気を醸していた。仕草も、どことなく人間を思わせている。
 あたしは雰囲気に飲まれないよう自分を奮い立たせ、魔法剣を構えて相手の出方を窺う。
 それはあっちも同じようで、舞台はしばらく硬直する。
 構えた剣の向こう側に見える奴の顔。
 そして、視線が絡み合った瞬間、激しい剣の攻防が始まった。

 技・切れ・スピード。…彼の真似をするだけあって、剣技は本人のモノさながらで。
 故郷で随分修行を積んできたつもりだったけど、あたしは防戦一方。

 やがて、それすら難しくなってき始めた頃。
 カチーーーン!
 一際大きな音を立てて離れたあたし達は、そのまま間合いを測る。
 (まずい…。)
 剣技ではあたしの方が圧倒的に不利。
 …このままじゃ拉致があかないわ。…こうなったら…。
 「フレア・アロー!」
 あたしは呪文を放つと、それの飛翔速度に合わせて駆け出し、一気に奴の間合いに踏み込んだ!
 それでもあちらは、あたしの剣を交わしながらも余裕で炎の矢を交わしていく。
…が。魔法の矢はもう一団ある。
 後ろから迫っていた矢の束は、奴の足下に集中して降り注ぐ!
 流石にこれは無視する訳にもいかず、それらを交わすために意識がそちらに向けられた、その一瞬をつき、あたしは奴の死角から懐に入り込み…一撃に渾身の力を込めて振り上げる!!

 しかし、刃の切っ先が奴に当たる寸前。こちらに気が付いた奴は……、
 「………、リナ…。」
 こちらを向きあたしの目を見て、…あたしの名前を呼んだのだ。

 流石にコピーとして作られたそれは、声も、切なげな瞳もまるであいつので…。
 一撃必殺、と振りかざした剣は…奴に届く直前、止まってしまった。
 にたぁ。
 しかしその端正な顔は直ぐに歪み、続いて無数の魔力弾が生み出されていた。
 …あたしと、…ソレの間に。
 (しまった!!)
 後悔するがもう遅く、あたしは魔力弾の一切を浴びてしまう。
 元々奴の魔力が全然弱いのと、とっさに張った風の結界のおかげで殆んどダメージは受けなかったけれど。運動神経も完全にコピーしているらしい奴は、再び視界に入った時には既に、流れる水のような動きで次の攻撃に移っていた。
 「はぐくぅわっっ!」
 下方から掬い上げて迫ってくる剣は何とか交わしたものの、体重の乗った当て身に吹き飛ばされて地面に叩き付けられた一瞬、息が止まる。
 あわてて体勢を立て直すがすでに遅く、あたしは奴の腕に捕まってしまう!

 まずい、と思ったのは…全身をたまらぬ痛みが走り抜けた後だった。
 さっきまで普通の鋼の剣と変わりなかったそれは、切っ先が二つに分かれると、あたしの右肩を容赦なく貫いたのだ!
 力の入らなくなった手から剣が転がり落ちる。
 「はうぅぅっくっっ!」
 溜まらず屈み込むあたしは、しかし頭を掴まれ無理やり上体を起こされ、今度は左肩の腱を打ち抜かれる。
 続いて折り曲がり地面についた膝を、足を、腿を…。

 全身に繰り返し作られる浅い殺傷キズは、しかし的確に急所を狙って撃たれ、身体から抜ける血液と共に全身から力が抜けていく。

 奴の左手に掴まれたままダラリと垂れる両腕を、あたしは半ば薄らいだ意識の中で見つめる。

 次々に神経を断ち切っていくその刃は、まるでそれ自身が熱く燃えてるかのようで、切っ先が触れるだけで激しい痛みが走る。

 (……そう、…だった。)
 剣も魔族の一部。…普通の剣の筈が、ない。
 叫び声をあげてしまうような激しい痛みのお陰で、頭は逆に冷静さを取り戻す。

 こんな時にあいつを思い出すなんて。
 こんな奴をあいつと間違えるなんて。
 あいつを冒涜してることに他ならない!

 じわり、じわりと、いたぶるように少しずつ切り傷を増やされていたが、それもしばらくの事で。…とどめを刺す事にしたのか…奴は分かれた切っ先を剣の形に戻して逆手に持ち直し、あたしに向かって振り上げる。

 ……あたしは。
 動く筋肉を総動員させてあたしの頭を掴む奴の腕を取り、術力を解放する。

 あたしは、しばらく前から最大魔力が小さくなった。
 今まで使えていた術も使えなくなった。
 高められた力を収束させることはできても、外に解き放つことが出来ないのだ。
 でも力を形作る事まではできるのだから、後は何か介在するモノで外へと導けばいい。
 それは精神力を糧とする魔法剣であったり…自分の身体であっても…いいはずだ!

 あたしの手の平から直接魔力を叩き込まれ、瞬間消え去るソレの左腕。
 体重を支えていた物が無くなり、あたしは重力に従って崩れるが、その前に腕を振り遠心力でもって奴の身体に体当たりを食らわせる。
 …左腕を無くし…右腕も振り上げられているため、がら空きになった奴の胸に飛び込むような格好だ。
 背中までがっちり腕を回したところで、気力の限り力ある言葉を叫ぶ!
 「…ラグナ・ブレード!!!」

 以前一緒に旅をした仲間が得意とした術の中に、拳に魔力を集めて敵を打つというのがあった。
 あたしは今それを応用したのだが、かけた魔力の桁が違う。危険度が違う。
 …彼女くらいの体術を会得していればそうでもないんだろうけど、今さら技量のなさを嘆いても仕方ない。
 こうやって動きを制限することで相手の逃げは回避できるけど…、魔族に密着しなければならないというのはそれだけでダメージがある。
 神経は既にぶち切れている筈なのに、奴の体にしがみ付いている腕は熱湯に当打たれてるような、激しい熱さに襲われる。

 ………だけど、決してソレを離しはしない!
 あたしの両腕に集められた虚無の力は、抵抗空しく少しずつ奴の体を混沌の淵へと誘っていき…、そして……。
 「いでぐべびああしょぁぁぁぁぁ!!!!!」
 人間には聞き取れない叫び声のようなものを上げ…そいつは混沌の中へと消えていった。

 (…なんとか、終わった……。)
 そう呟いて、先ほど負った傷にリカバリイをかけようとしたけれど、あまりの失血に立ちくらみ、地面にへたばってしまう。
 手元に引き寄せた剣を杖代わりにして上体を立ち上げて、ようやく呪文の詠唱を始める。
 最近、やけに貧血気味になった気がする。
 (…あんまり、食べてないからなぁ?)
 苦笑を浮かべようとして、途端に傾いた体を慌てて支え直す。
 柄を見て納得。
 傷口から流れ出た大量の血が、腕を伝わりペットリと柄を濡らしている。
 うっかり握力を弱めると、そのまま地面にダイブしてしまいそうだ。
 大地に刺した剣に体重をかけ、その物質特有の冷たさを心地よく思いながら今度こそ集中して治療の術をかける。
 姉ちゃんに巻いてもらったタイが、真っ赤に染まっている。
 …今更気にする事じゃないけど、ね…。

 どよどよどよ…。だんだん耳に入ってくる、周囲の音。
 程なくして出血は収まったあたしは、近くの壁に寄りかかり体力の回復を待つ。
 (……あぁ、そうか。)
 さっき魔法をチャージしたままの剣を杖代わりに地面に立てたから、結界壊しちゃったんだ。

 ほとんど止まりかかってるとは言っても、血まみれの人間が突然現れれば普通の人間は驚くだろう。いらぬお節介が飛んで来るのを覚悟するが、そんな気配は何時までも起こらない。
 …どうやら街の方もそれ所ではないらしい。
 さっきの結界を張った奴の瘴気に当てられデーモンが発生したのか、街のあちこちで火の手が見える。
 度重なる魔族関係の不幸にもめげずに街を再興させようってんだから、対魔の組織がある程度系統だっているようで、地獄絵図さながらの混乱は起きていないようだけど。
 (…どうする?)
 デーモンを放置しとくわけにはいかない。でも、根源を断たない限りいくらだって出てくる…。

 (…………。あたしは、あたしのやることをしよう。)
 そう決めたあたしは協会付近の散策を開始したのだった。