Dear My・・・

(5)


 「さぁて。修行の成果を見てやろうじゃない!」
 ゼフィーリアを発って意気込んでやって来たのはカタートの南西、セイルーンから真西に行った所にあるチエイエシティ。
 あたしはここに、結界の要となる“礎”を置くためにやってきた。

 姉ちゃんから神封じの結界を壊すように言われ、旅しながら先ずはその方法を探した。
 各地の魔道士協会の資料や伝承、そしてあたしが今まで集めてきた情報を総合し、何とか考え出したのが、この地に二つ目の結界…即ち魔封じの結界を張ること。
 (それがどうしてこんな西端の街に来たのかって?)
 …それは、ここが、気の溜まる場所だからよ。
 魔道士協会の定説にもあるとおり、この世界には気の流れというモノがある。
 “気”っていうのは、偉大なる大地が生み出す力のことで。
 それが正の方向に向けばその場所は生気に満ち溢れ、木々も、動物も、その生命を謳歌する所となる。
 でも、逆に負の方向に流れるとそこは…水は枯渇し、大地も痩ける…不毛の土地となる。
 気は留まる事なく、自然の中を常に流動するモノで…今もこの地のどこかで生まれ、流れ、そして死んでいる。
 特に魔法なんぞが頻用されているこの地域では、この循環が至る所で行われているのよ。
 とどのつまりあたしは、今説明したようなこの気の力が高まってる土地に結界の礎を築いて、気の力を拝借して魔の力を削ぐ結界を張ろうってしてるわけ。
 人間ごときが神封じの結界を無効化しようなんて、大地の力でも借りないと無理でしょ?。
 さっき『流動している』って言ったけど、山の付近や母なる海から追い風を受ける特定の地域では、気は一端立ち止まることがあって、それが即ち“気の溜まる所”なの。
 そういった所では動物は生き生きとし、作物もよく育つから、街を作ることが多いのね。
 だから大き目の街を巡っていけば、最も効果の高い礎で陣を張ることができるわけなのよ。

 んで、このチエイエシティ。魔族が張った結界の西端に位置するこの街は、結界の余波を食らって跳ねっ返る所だから、がんがんに気が溜まっているのである。
 それに、なるべくなら魔族のちょっかいは、できるだけ避けたい。
 (…ほら、これって魔族相手に喧嘩売ってることになるでしょう?)
 結界のはじっこであるこの地から始めるのにはこんな訳である。
 ……さて。ちいっと長くなってしまったけど、前置きはこのくらいにして。サクッと始めましょうか!

 あたしは街の入り口に立って、辺りの状況をざっとうかがう。
 「…これは…?」
 街のに中は瘴気…即ち、常軌を逸した負の空気が漂っていた。
 今まではこういう気を、只“嫌な空気”としか思わなかったけど。修行のお陰か感覚が研ぎ澄まされたあたしは、この空気の正体を直に感じ取っていた。
 元々気の吹き溜まりに作られたこの街は、街中を気が駈け巡っているのである。 …それを見逃す魔族じゃないってことね。
 きっとデーモンの大量発生とかが、ざらに起きてるんじゃないかな?
 街がそこそこ発展してるところを見ると、自警の設備はそこそこ整ってるのね。
 この街に来るのは初めてで流石に内部の事情までは知らないけど、そうじゃなかったらとっくに滅んでるだろうから。
 あたしはフードで頭を覆いマントを体に巻き付け、“いかにも普通の旅人です”という出で立ちで街に入る。

 (おわっと!)
 街に入ると同時に目に入る逃げまとう人々と、そこら中に立ちこめる爆炎。
 自警の人が何やら叫んでいる。
 どうやら運の悪いことに、デーモン発生に巻き込まれてしまったらしい。
 しかし自警団の人達も上手く統率が取れているもので、住民を避難させつつも一匹一匹確実に仕留めていっている。
 (うっしゃー!あたしがわざわざ関わる必要性、なし。)
 と言う訳で。
 あたしはこっちからデーモン討伐に関わることなく、自分の仕事をこなすため、入り口から鬼門の方向へと進んでいく。
 街のように外と隔離した場所では、負の空気が流れ込む方角を鬼門と呼び、その流れが街中まで広がらないように大抵、鬼門の方角に教会などを建てて、少しでも浄化を試みるのだけど、この街の教会は、すでに崩れていた。入ってくるマイナスの空気が強すぎて、建てても建てても壊れてしまうのだろう。
 (……もしかすると……?)
 あたしはとある疑問が浮かんできたけれどそれは無視して、その場を離れてこの地の気の溜まるポイント…即ち要の位置を探り始める。
 顔を出してれば完全に子供扱いされ、いりもしないお節介を焼かれて街の外へと連れ出されてしまうのだろうけど。フードとマントで顔を隠してるから、ぱっと見で年齢は掴めまい。 そんなこんなで特に問題もなく街中を歩き…途中何度かデーモンに遭遇し、街の奥へと進むほどにその数は増えていったけど、そのことごとくを剣で薙ぎ払って、さらに奥を目指す。

 今使ってる、このエルメキア・ブレード。
 使用者の精神力を攻撃力に変換して敵に直接ぶち込んでくれるのだけど、精神的な攻撃も可能と言うことで…もちろん魔族にも有効で。
 しかも。姉ちゃんが結んでくれた封印の巻きが効いてるのか、思ってたほど疲れない。
 おわっととっ!
 解説なんぞしてたら、通り過ぎるとこだった。危ないあぶない。
 「ここね。」
 目の前の…方々から気が流れ込んでくるこの位置は、街の要ひいては結界内全域に干渉するほどの力を生む、重要なポイントだ。
 (おや……?)
 ちょっと見じゃ気が付かないけど、よーく見ると、そこには一つの陣が既に置かれていた。
 ルーン文字で描かれた、デーモン召還の陣。
 (……やっぱり、連中もこの気の流れに目を付けたってわけね。)
 世界を混沌に還すっつーだいそれた事を考えてる割には、ちまちました所にまで手をつけてる魔族にある意味感心する。
 これもね、仕組みはいたって簡単。
 予め要となるポイントに召還陣を敷いといて、街に流れ込む気を少しずつ貯めていくという代物だ。一定以上気が集まったら自然にデーモンが召還されるという、タイマーなしの自然発火装置のようなモノだと考えれば判るかな?
 これなら上級魔族を常置させておく必要もない。勝手にデーモンは現れては、街に、人に、混乱を与えてくれる。
 (……街に入ったときの嫌な空気の正体はこれだったのね。)
 気の吹き溜まりにこんなモンを置かれてたら、生き物には有害なこと極まりない。…とっとと排除するに限る。

 (………よし。)
 あたしは、先ずキョロキョロと周りを見回して、デーモンの類がこの近辺にいないのを確認し、精神統一を始める。このポイントを正の方向に保ち、すべての礎が完成したとき一気に術が発動できるように、決して侵されることのないモノを召還しておくのである。

 身の内側に魔力が廻り、手の中が熱くなっていくのを感じると、あたしは腰に差していた剣を引き抜き目の前のデーモン召喚の陣の中心に突き立てる。
 ぱぁぁぁぁぁっっっ
 貫いた剣を中心に、聖なる光が溢れ辺りを眩しく照らし出す。
 そのまま陣を囲むサークルの中で逆五紡星を押し出そうとする光の粒子と、それを押し返そうとする真っ黒い召喚文字とが火花を散らして反発し合い、…やがて競り合いに勝った光の粒が、安定をもたらす正位置の五紡星を大地に描いていく。
 サークルを完全に等分する星は、魔に属するモノには触れる事すら叶わないだろう。

 本来、召還の術ってのは出現箇所に向かって魔力を解放するだけで陣は完成するんだけど、何分あたしは最大魔力が乏しくて。魔力を外に導くモノ…今はこのエルメキア・ブレードを使ってるんだけど、とにかくそういった物がないと魔法は発動してくれないのだ。
 くぅうう。情けない…!!

 「こんなところで、なにしているの?」
 陣を完成させた余韻に浸っていたため、真後ろに立たれるまで気が付かなかったのか。
 顔を持ち上げると、そこには年の頃12、3の可愛らしい感じの少年がいた。
 (こんな所に、子供?)
 デーモンの発生元は絶ったとはいえ、既に出てきたデーモンはまだ街をうろついている。
 …こんな所に子供が一人でいたら危険だってーのに。
 ちゃんと保護してなさいよ親!と心中叫びながら、あたしは立ち上がって周りを見る。
 きょろきょろと左右を見るが、それに該当しそうなのは見当たらない。

 「ねぇねぇ。このチカチカしてるの、なぁに?」
 さっき書き換えたばかりのサークルを興味深げに覗き込んでいる少年。デーモンが出現してるってのに出歩くくらいだから、クソ度胸を持ち合わせているのだろう。子供特有の好奇心で陣に触れる。
 ばちぃぃぃん!!
 指先が陣に触れるや、そこに集まっている力が反応し、静電気みたいな軽い火花があがる。
 アチチと手を振って弾かれた指先を冷ましているのを見て、あたしは…。
 「あっついね、これ。」
 あたしの雰囲気が変わったのに対し、変わらず無邪気に微笑んでくる少年。
 しかしあたしは黙ったまま数歩その場を後退し、剣の柄に手をかける。
 少年はそんなあたしの動きに気が付いたのか、一気に後ろに飛び、…そのまま宙に静止する。
 「巧くいってたと思ったんだけどなぁ。」
 しょうがないなぁ、と。目を細めてクスリと笑う少年の、纏うオーラがガラっと変わる。
  少年の発する威圧的なオーラに負けまいと、こちらも気を引き締めて身構える。
 そんなあたしにニッコリと無邪気な笑顔を向けて、空中に等身大の光球を生み出すや、くるりと振り返り。あたしが止める間も有らばこそ、思いっきりそれを地面に投げつける。
 どっかぁぁぁぁぁんと盛大な音を立て、先ほど書き換えたばかりの陣を中心に砂煙が立ち上がる。

 バチバチバチバチっ……どばちゅぃぃぃぃぃぃん!!!

 少年が連続的に放つエネルギーと召還されたモノとの競り合いが起こり…、一際大きな爆裂音が起こった後、まるで何もなかったかの様な静かさが戻る。
 辺りに響く音が何気にすさまじいもんだから、一寸あせったけど。 まぁ、この土地に流れ込む気の力…つまりはアレの力を利用したモノなんだから、簡単に壊されるはずがないのよね。
 同じく何もなかったように淡く光を発する五紡星を見て、安堵の息を漏らす。
 「何これ?変なもの創ってくれて、報告しないわけにはいかないよね?…めんどくさいなぁ。」
 対するあっちは、心底面倒そうな顔をしてぶちぶちと文句をいう。…って言っても、この顔がヤツの本体とは限らないんだけど。
 いつぞやの冥王のように、こっちの油断を誘ってるのかも知れない。
 …そう考えるとその下手に子供じみた言葉遣いも、あたしを苛立たせるものでしかない。
 あたしは奴の文句を無視して構えた魔法剣に術をかけ、いつ仕掛けても良いように相手の出方を伺う。
 発動した魔法が辺りの空気の流れを変え、あたしの髪をなびかせる。そんな雰囲気を察したのか相手も、ようやく先頭モードに切り換える。
 造作もなげに身体の前に突き出した両手は、何もない空間からそれぞれレイピアを取り出して手馴れた動作で腰に刺す。同時に変換される、魔族の背格好。
 髪た瞳の色は、さっきのと変わらない青緑。
 腰に見える二ふりの細身の剣が躍動的なのに対し、身を覆っている二枚の布を脇で縫い合わせた、薄紫色の貫頭衣は静動的だ。スリットが入った腰元から覗く白いゆったりとしたズボンは、優雅ささえ漂わせている。
 さっきまでの子供っぽさはなくなったが、第一印象はハッキシ言って、熟女に傅くジゴロだ。

 変形を遂げたそれは、男性としてはやや高めの声で聞いてくる。
 「こんな不可解なモノを召還するなんて、…君は一体何者なんだい?」
 「…人に名を聞くときは、まずは自分から名乗るものよ?」
 その発する気迫に押されないために、逆にこちらから挑発するように言葉をかける。
 「それは失礼。僕はセア・ウェゥマ。海王様より将軍の名を承ったもの。」
 意外なことに素直に非(?)を認めた奴・ウェゥマは、軽くお辞儀をして微笑んでくる。
 基の造形が美しいもんだから、思わず見とれてしまった。
 (そーいや上位の魔族って美形が多いわよね。…魔王の趣味なのかな?)
 「…あっ、でも君の命はもう直ぐ終わりを迎えるんだ、わざわざ挨拶する必要もなかったかな?」
 ……さわやか好青年系かと思ったけど、単なる嫌味ヤローだったか。
 くぅぅー、うっかり見とれてしまった自分が悔しいわ。
 (こっちこそ魔族なんかと宜しくするつもりは、ミジンコの爪の先ほどだって持ってないやい!)
 「…ふーん。ジェネラルの名を聞いても驚かないんだ。こんなモノを召喚するくらいだから少しはできるかと思ったけど…単なるモノ知らずのお馬鹿さんだったんだね。」
 「はん!今のご時世、ジェネラルやプリーストなんか、全然すっこしも珍しくもないわよ。」

 このあたしを誰だと思ってるのだろうか?
 今更プリーストだろうがジェネラルだろうが、そんな名前出されたからってびびるあたしじゃない。
 …もっとも。政府の要人や王家のSP何ぞをやってる人なんかには名前だけも十分恐怖を与えるんだろうけど。
 (…だけどさ、考えてもみてよ?)
 こんなにぷんぷんと瘴気を漂わせる人間なんていないでしょ?。
 かといって、見た目はばっちし人間なんだから、上級魔族だと言うことは一目瞭然だし。
 今まで他の腹心を説明する時についでにちょこんと提示したくらいで、話題にだって滅多に上らなかったもんだから、海王一派にこんなに早く会うとは思わなかったけど。
 だけど、この街は海王の領域、魔海に近いわけだから、その出現も十分考えられたわけで。
 ……それなのに、わざわざ驚いてやる価値なんて、あるのだろうか?
 (いや、ない!!)
 おしっ。反語を使った強い否定だ。 ……まぁ、海王がこんな情緒豊かななヤツを創ってたってのにはちっと驚いたけどね。

 「これまた大きく出たね。…僕を怒らせたいの?」
 あたしの返答が気にくわなかったのか、さも不愉快そーな目付きで睨まれる。
 「君のその無謀さは敬服に値するけど、歩を超えた発言は醜いよ。」
 そう言ってウェゥマはカツンと両足のかかとを鳴らし、光の玉を右手の上に作り出す。
 まさに“この世のモノとは思えない”秀麗な笑みを見せ、そして光球にふうっと、息をかけるや…そこから生まれた魔力の塊があたしに向かい一斉に飛んでくる。 数はそこそこあるものの、その速度といい威力といい、あたしを舐めてるとしか思えない。あたしはその攻撃を冷静に見切ってやり過ごすし、すでに唱え終わっている呪文を解放する。

 「エルメキア・ランス!!」
 力ある言葉に反応し、あたしの周りに表れる数十の光の矢。
 初級魔道士から広く使われているこの術は、普通一筋の光の矢を打ち放つモノなんだけど、探究を進め術の本質に近づいたあたしは、こうやって瞬時に複数発生させる事も出来るようになった。これはこれで下級魔族にはかなり有効になったのだけど、今回、相手が相手だから、更にアレンジを加える。
 「アタック!!」
 号令とともに方向性を持って飛んでいく光の矢は、空を移動する間にお互いによじり合い一本の大きな光の束へと変わっていく。通常パターンで放つのより大きくて、力に満ちた矢だ。
 …以前からあたしは術の本質を理解する事で色々アレンジが利く事を発見していた。掛け声と同時に術を拡散させるというアレンジ方法もその一つである。
 でも分散できるなら、それとおんなじ原理で集束だって出来るんじゃないかと考えたのだ。
 最大魔力が小さくなり、大技を扱えなくなったあたしには丁度いい。

 しかし……。
 神経を集中し、バージョンアップされているとはいっても所詮初級の術である事に変わらない。
 それは交わされる事すらなく、ウェゥマの上着に触れた瞬間、彼の魔力に当てられ霧散する。
 (…やっぱり。不意をつかない限りこの程度の呪文じゃ、通じないか……。)
 判っていた事だけど、敵との力の差をまざまざと見せ付けられてしまっては、ため息の一つもつきたくなるというものだ。
 「……ねぇ、君。」
 直ぐさま第二弾が来るかと思い構えていたところに、先の術が弾けていくのを面白そうに眺めていたウェゥマは、何かしこりがあるといった感じで聞いてくる。
 「報告されてるのと随分違うようだけど、…君、あのリナ=インバースかい? …魔王様が唯一“天才”と認めたとかいう、魔道士の。」
 「違うわ!マドウシ・リナ=インバースなんて。…ここには、いない。」
 間髪入れず否定するあたし。
 「じゃぁ君は何者なんだい?」
 「どうでも良いでしょう?…そんなこと。」
 「まぁね、僕にしてみれば人間なんてみんな同じようなモノだからね。個体を識別した所で、なんの意味もない。
 …どこぞの一派はやたらと名前を気にするようだけど。」
 そして、ひどくつまらなさそうな顔をする。
 「でもいつまでも“君”って言うのも面白くないしね。…何て呼ぼうか?」
 そう言って少し考えた振りを見せ、
 「お姉ちゃん?」
 「止めてよ、あんたみたいな弟。持った覚え無いわ。」
 それに、この人をバカにしきった態度。青い水晶に封じられた、嫌な事件を思い出す。
 「じゃあ、…お嬢ちゃん。」
 「ふざけんのもいい加減にして。」
 あんたに子ども扱いされる筋合いは、ない。
 「おばちゃん。」
 「大却下!」
 「君も往々にして自己主張が激しいね。…本当に面倒だよ、人間って。」
 「…いいから。さっさと始めるわよ。」
 こいつは、出来るだけ早く片づけたい。…まだまだ後があるんだから。
 ここで海王に、魔族にあたしの存在が伝わるのだけは勘弁だ。そこまで考えて…はたと考え直す。目の前の敵は決して、先の事を心配しておざなりで戦える相手じゃない。
 (今はこいつを何とかする事だけを考えよう。)
 はやる気持ちを抑えて剣を構え、気を落ち着ける。

 しびれを切らしたウェゥマが先程と同じく、幾つもの光球を空に生み出してあたしに向けて放つ。
 器用なことに、今回はその全てが追尾機能付きだ。
 「はぁぁあっ!!」
 あたしはウェゥマに近づくのを一端諦め、向かってくる魔力の塊を打ち落とすのに専念する。
 第一団を全て叩き落とし奴の方を向くと、自分の攻撃が防がれたというのにウェゥマは楽しそうに笑っていた。
 「中々やるようだね。まさか全部打ち落とされるとは思わなかったよ。でもねそれでも君と僕との間には、超えられない溝がある!」
 (それを言うなら“越えられない壁”でしょ!?“溝”は越えるんじゃなくて飛び越すの!!)
 内心激しく突っ込みたいのを我慢して、再び同じ様に打ち出された…今度は数が倍になった魔力弾に応じる。
 今度も同じくそれらを簡単に打ち落とすが…このままじゃ、埒があかない。
 第二波が一度途切れて、次の攻撃が始まる前にあたしは多少の被弾を承知で奴に駆け寄り、そのままがら空きになっていた腹を凪ぐ!

 「おぉっと!」
 結果。何発か喰らうも防御壁のお陰で殆ど被害もなく、逆にあたしのエルメキア・ブレードはウェゥマの身体を貫いた。
 ……もちろんそれだけじゃ、奴に大したダメージは与えられない。
 「これは…なかなか力のこもった魔法剣だね?確かにこれなら僕達魔族を傷つける事が出来るだろうよ。
 …下級のデーモンなら、切り付けられただけでも闇に戻るんじゃないかな?」
 腹を剣が貫いてるってのに、ウェゥマは面白い悪戯が思いついたかのように無邪気に笑い、
 「…だけど、残念な事に…僕達上級魔族には、これ位じゃ効きやしない。」
 そう言って体をくねらせ、あたしの腕から魔法剣を奪おうと、体を貫く剣にさらに身を沈め腕を伸ばしてくる。
 だけど、
 (そんな事は百も承知よ!)
 あたしは片手で剣を支えたまま空いてる方で素早く印を組み、カオスワーズを紡いでいく。
 「何?今更呪文を唱えてるの?さっきと同じモノだったら、やるだけ無駄だよ。あんなもの、至近距離で受けたって何ともないから。」
 試してみる?と、青緑の瞳がにっこりと微笑んだ。
 そして、正にあたしの肩に手が届くと言う時に。唱えていた呪文が完成した。
 「…の 魂すらも打ち砕き…」
 「っ!それは!!?」
 術を発動させようとした瞬間、あたしの呪文に気が付いたウェゥマは慌てて空間に干渉して歪を作り退路を取る。
 せっかくのチャンスを逃す気など毛頭無いあたしは、生み出した闇の刃を直ぐさま剣にチャージして振り下ろすが、…寸前アストラル・サイドを渡った奴には届かない。
 …まぁ、尻尾をかすっただけでもそれなりのダメージはあったようで、ウェゥマは十数メートル離れたところで粗く息をついている。

 「…そうか、やっぱり…君が……“あの”リナ=インバースなんだ。」
 「ちがう…。」
 あたしはかぶりを振るう。
 「僕を騙そうだなんて、……流石はあのリナ=インバースだね。」
 しかし人の話を聞かない奴らの代名詞、魔続の上級管理職であるウェゥマは当然あたしの反応なんて無視で。後に怒気をはらんだオーラなんぞ背負っている。
 (自己紹介した覚えはないんだけどなぁ。)
 確かにあの術は“リナ=インバース”オリジナルだし、そんな術をホイホイ使うのはやっぱ“リナ=インバース”だって名乗るのと同じようなもんか。

 「ブラックリストの一ページ目を堂々と飾るリナ=インバース!君の人生、この僕が終わらせてあげよう!!」
 先の術の影響などとうに消え、妙な方向で盛り上がっているウェゥマに対し、あたしはわずかな隙も見逃さないように全神経を張り巡らせて刃を上段に構え直す。
 あたしの気合いと比例して大きさが変わる、剣先からこぼれる漆黒の刃。
 「……へぇ、それがアノお方の力を具現化した刃か……。」
 コツ、コツと、実体など無いのに芸達者に足音を演出しながら近づいてくる。
 次はどんな作戦でくるんだろうか?
 「“虚無の刃”か…、これもそれなりにそそられるモノがあるけど、そっちは中々暴走してくれないんだよね。
 ……もう一つの方を使う気はないかい?」
 (こいつもアノ術の事を知らされてる!?)
 はっと、…ウェゥマの顔を正面から見上げて…
 (まずいっ!)
 遠瀬に見えるエメラルド・ブルーの瞳にあたしが映るのが見えて……そこまでだった。
 ウェゥマは視線を媒体としてあたしの精神世界面への干渉して来たのだ。
 あたしは身じろぎ一つ、とれなくなる。
 (ぬぅっっ。動けない!!)
 「どんな手で制御しようとしても、コノ力は人間如きの器に収まるモノじゃない。…ほら、ごらん。」
 視線はあたしの手の平…それによってこの世界に具現化させられている虚無の刃に移る。
 「漆黒の羽は世界全てを包み込もうと、今にも外に飛び出てたがっている。」
 君はいつまでその力を抑えていられるかな?
 魔族という種族によく似合った卑しい笑みを浮かべ、さも可笑しそうに笑うウェゥマは、一歩また一歩と近づいてくる。

 確かに。いかに最強の呪文と言えど、あまりの消耗の激しさに今までもこの術はおいそれと使う事が出来なかった。 天才魔道士と言われるこのあたしですら、ほんの2.3秒、保つのが精一杯だったのだ。

 動きを封じられたままでいること数分。……いや、数秒も経っていないのかもしれない。
 でも魔力を垂れ流し状態にされているあたしは、時間の感覚が衰えるほどにどんどん消耗していった。

 時間の経過と共に弱まっていく漆黒の輝き。
 「もうお終いかい?」
 それを見やり余裕の笑みを浮かべるウェゥマは、虚無の刃が乗せられている魔法剣に手をかける。
 と、突然。あたしの真後ろの空間は割れ、二つ目の瘴気が湧いてきた。
 振り向かなくても判る。よぉく見知ったこの気配は…。
 「油断は大敵ですよ、ウェゥマさん。」
 「ゼロス!!」
 あたしの横を通り抜けて近づいてくゼロスに向かい、不機嫌さを全快にするウェゥマ。
 「なんせ相手は、あのリナさんなんですから。」
 「……今更出て来て何の用だい?君がよく口にするからどんなモノかと思っていたけど、所詮リナ=インバースもただの人間だね。あっさり僕の術にかかってるし、拍子抜けした程だよ。
 はっきり言って、そこまで深入りする君の気が知れないね。」
 自分の勝利を信じて疑わない、ウェゥマ。
 そうも言われるとちっと、むかつくモノがある。
 「…ウェゥマさん。」
 そうだ、ゼロス。お前も何か言ってやれ!!
 「何だい?」
 不快感を百パーセント醸し出し、ウンザリとしながら続きを促すウェゥマ。
 (って、あれ……?」
 腹心同士って、仲悪いのかな?……研究したら面白いかもしんない。
 「以前教えて差し上げましたでしょう?……“リナ=インバースに…。」
 「“リナ=インバースに油断は禁物。”“魔族も歩けばリナに当たる。”“喉元過ぎればリナも忘れる。”だったかな?…本当に、くだらないことを広めるよ。獣王殿は余程暇を持て余してらっしゃるんだね。」
 何広めてるんじゃ、己は!!っていうか、最後のは一体何よ!あたしは犬か厄災か??
 くそー。口が動けば、文句の一つでも言ってやるのに。……後で覚えとけ、ゼロス!!
 「リナさんに手加減は無用です。それは例えどんな状態になったとしても、です。」
 余計な事を言ってくれる。
 「まったく、たかが人間のどこにそんな慎重になる必要があるんだか。」
 肩をすくませながらため息なんぞついて、……海将軍ってば表現豊かだなぁ。
 こうまで腹心部下の漫才が続くと、流石に頭は落ち着きを取り戻し…おかげで、しきりにツッコミが浮かんでくる。
 「ごらんよ。術に陥いって瞬きすらできないんだ。…所詮人間は人間なんだよ。」
 そう言ってウェゥマはあたしの方へと向き直り、再びラグナ・ブレードをチャージしたままの剣へと手を伸ばす。
 「僕はちゃぁんと忠告しましたからね。どうなっても知りませんよ。追い込まれた時ほどリナさんの頭は回るんですから。」
 思いもしない方法でこちらの思惑を破ってくれますからねえ、と、いつもの薄ら笑いを浮かべるゼロス。
 (あんたの予想通りってのは気に入らないけど、お望み通り、一泡吹かせてやろうじゃない!!)
 ウェゥマの右手が剣先を掴んだその瞬間を見計らい、二人の会話の間、密かに高めていた魔力を掌だけに集中させる。

 「うぐあぁぁーーーーーー!!!」
 気合バリバリのあたしの魔力は、剣にチャージされていた、魔法に変換され、ウェゥマの腕を消滅させる!!
 二人の話を聞いてる最中にふと思いついたんだけど。一度チャージが完了している術って、再び呪文を唱える必要はないのよね。
 既にそのベクトルが出来上がっているんだもの、あとは、精神エネルギーを叩き込むだけでいい筈。そう考えて、やってみたら見事に決まったのだ。
 思いもしない混沌の力を喰らって反応の遅れたウェゥマは腕を引くのが一瞬遅れ、その間にも直接送り込まれた混沌の力に、上半身の右半分が消滅する。
 (ちっ、まだ滅びてない。)
 「流石ゼロスと同類、腹心直属の配下ね。ゴキブリ並のしぶとさだわ。」
 (…って、干渉が解けた!?)
 だったらもう、こっちのもの。
 「ウェゥマ!闇の海にたゆたいし母の手に抱かれて眠りなさい!!」
 ダメージが残る彼に向かって走り込み、輝きが戻った漆黒の刃を振り下ろす!

 ウェゥマは…。悲鳴を上げる事もなく只じっと、海の色を映す浅黄色の空を見つめ、自らの滅びの瞬間を待ち…程なくして、虚無の闇へと還っていった。

 「やはり貴女は只者じゃなかった。いつもいつも、本当に僕を楽しませてくれます。」
 始終を見ていたゼロスは闇に住まう者特有の怪しい笑みを浮かべ、一人、さも嬉しそうに頷く。
 仲間の(といっても魔族の中でどれだけ同族意識があるか知らないけど)ジェネラルが滅びたってのに、顔色一つ変えやしない。
 「アノ方の術を発動させて、よくこれだけの時間持ちましたね。以前お会いした時は、ほんの一瞬創り出すのがやっとだったというのに。
 ……しかも、その呪いを纏う身で。」
 「相変わらず情報が早いわね。ゼロス。」
 さっと魔法剣を腰に戻し澄まし顔でゼロスに向き合う。
 「改めまして。お久しぶりですね、リナさん。」
 あたしの真ん前まで歩いてきたスットコ神官は、いつもの薄ら笑いを浮かべてぺこりとお辞儀する。
 「何の用?」
 「理由が無ければ会いに来てはいけませんか?」
 不気味にウィンクなんぞ飛ばしてくる。
 「僕とリナさんの仲じゃないですか。」
 「そんなもの、アリの触角ほども持ち合わせてないわよ。」
 「また、つれない事を仰って…。」
 にべもなく言い放つあたしに、よよよ…とショックを受けた振りをする。
 全く。さっきの奴と言いこいつと言い。腹心直属の部下ってのは芸達者な奴が多い。
 元締めの魔王ってのは、一体どんな奴なんだろうか?
 前に見たのは至極シリアスだったけど。……やっぱあれは元人格の影響だったのかなぁ?
 「所でリナさん。」
 うわっ!
 「のわわーーーっ!」
 ずいぃっと。いきなり復活したゼロスが詰め寄ってくるもんだから。つい、ラグナ・ブレードをチャージしたままの剣を振りまわしてしまった。てへっ。
 「いきなり、何なさるんですか、リナさん。危ないじゃないですか!」
 裂かれたマントをさらっと撫でて復元させると、珍しくまぢめな顔で凄んでくる。
 ちっぃぃ!後々の事を考えると今ので滅んでくれれば大助かりだったのに…。
 ………もう少し踏み込んどけば良かった。
 「うっさい。乙女の顔面にいきなり顔を近づける、あんたが悪い!」
 そうよ。年頃の乙女の複雑な心境って奴よ!あたしは、悪くない。 例えはずみで旧知の魔族を滅ぼしたとしても、不可抗力って奴だ。絶対。
 「乙女って、…まぁ良いですけどね。それよりもリナさん。貴女、今度は何をやらかしているんですか?あちらは、リナ=インバースの噂で持ちきりですよ。 …大層な術を使うようですし。」
 「まぁね。」
 剣を介しながらとは言ってもブーストもなしに高位の召還術使ったり、虚無の刃をかなりの時間持続させてたり…。よくよく考えると、あはっ…、人間業じゃないわね。ま、好んで規格に当てはまろうとも思わないけど。

 こっちの世界にアレの力の一部を呼び込むラグナ・ブレードは、術者であるあたしの魔力と体力を根こそぎ吸収するため、もって数秒の、まさしく一撃必殺の術だった。
 だけど今はこのエルメキア・ブレードがある。これを媒体にして使ってワンクッション置くことで術者への負担が大きく減り、比較的長く具現化させられるようになったのだ……もちろん、一部分ならの話であるんだけど。
 …なぁんて説明してやる義理は、これっぽっちもないから言わないけどね。
 「おや、珍しいモノをお持ちですね。かの有名なエルメキア・ブレードじゃないですか。
 …確か今の所有者は現赤龍の騎士だった筈ですが…。」
 相変わらずの情報通ね。いったいどこから仕入れてくるのやら。
 この調子で何時かスイフィードナイトが勤めるバイト先の、常連さん達のプロフィール、全部言い当てても、あたしは驚かないぞ!
 「まさかリナさん!その剣欲しさに、スイーフィードナイトを倒したとか!!
……あぁ、貴女ならいつかやってくれると思っていましたよ。」
 「何故そうなる!!!」
 ヤケに納得顔でポンと手の平を打つゼロスに、思わず昔のノリで突っ込んでしまう。
 ちゃんとラグナ・ブレードは消しているが、使用する剣には魔力を込めることは忘れない。
 これ、ツッコミの基本ね。
 「ちゃあんと、正攻法で話して譲り受けたのよ!!」
 もっとも条件は出されたけれどね。……実際、これが一番の問題なんだけど。
 「もしかして、貴女が今、成そうとしている事は、その条件のためですか?」
 どぎくっっっぅう!
 「何のことかしら?」」
 内心の同様がバレないように、効くか判らないポーカーフェイスを浮かべる。
 「まぁ、言いたくないならそれでも構いませんよ。」
 ほんと、恐ろしいくらいに鋭い奴。
 「それよりも…一つお伺いしたいのですが、よろしいですか?」
 たとえノーって言っても、何だかんだと自分の聞きたいことは聞いてくくせに、改まって了承を取ろうとするってのはやっぱ、上からの命令が関わってるのかなぁ?
 ここで難癖つけて突っぱねるってのもいいんだけど、今は流石に疲れてるし、パスだわ。
 大人しく、目線で先を促す。
 「タリスマンの波動が消えた日から、…恐らくそれと同時に魔力も失ったのだと考えられますが、それから大して経っていませんのに、よく使いこなしてらっしゃいますよね。
 よほど効率よく修行されたのか、もしくは善い師匠についたのか。…非常に興味があります。
 宜しかったら今度、紹介して下さいませんか?」
 「いや、そりは止めた方が良いとおもうぞ。」
 あの人だけは非常にお勧めできない。
 ていうか、頼む、そのことは触れないで…。思い出すだけでも、寒気が…。あぁぁ、め、目眩が。
 「おや。この僕を差し置いて、リナさんにここまで恐怖を植え付けるなんて。………許せませんね。」
 何、姉ちゃんに対抗意識燃やしてんの、あんた。
 「さて、冗談はこれくらいにして、」
 ふっと気を引き締めたのが空気を通して伝わってくる。しかし、緊張の走るあたしとは逆にゼロスは、ニコ目のままちろりとあたしの腰元を見る。
 「…成る程。エルメキア・ブレードで一旦中継し、高められた魔力での術を制御しやすくしていた訳ですね。
 上手いことに、これなら貴女の魔力キャパシティ不足も補えます。」
 チラッと剣を見ただけでここまで分析されてしまうとは…。魔族の知識量はほんと半端じゃない…。
 「益々人間離れしてきましたねぇ。どおりでウェゥマさんですら手玉に乗せられる筈です。」
 おい!何故嬉しそうに言う!?…やっぱ、腹心同士って仲が悪いの??
 深く追求したいところだけど、今はそれどころじゃない。
 「で、あんた。あたしをどうするつもり?」
 すぐに動けるよう身構える。
 「別に何もしませんよ。」
 言って当人は覇気を消し去って自然体のままに立つ。
 あたしもそれにならい、緊張を解いて楽な姿勢にする。
 「確かにあのリナ=インバースは要注意者リストのトップを飾っていて、見つけ次第捕獲、もしくは抹殺という命が出ていますが。
 僕が探し出すように命ぜられているのは、魔王様に認められたあの、魔道士・リナ=インバースなんです。
 ……貴女では、ありません。」
 「ちょっと…、」
 「別に貴女の為とかじゃありませんよ。念のため言っときますけど。」
 言いかけるあたしを遮って、ゼロスは続ける。
 「あのリナ=インバースと名前が同じというだけで報告なんかしたら、獣王様からお叱りを受けてしまいます。
 ただ…、それだけです。当人を捜し出すまで、暫く戻れなさそうですよ。トホホ。」
 よく判らない理屈で、盛大な溜息をつくゼロス。
 (……やっぱ、腹心直属の部下ってなんか、変!!)
 喧嘩ふっかけてる相手の魔族の…しかも神官なんかと肩を並べて、のんびり立ち話しているあたしもあたしなんだけどね。
 表情の読めない糸目が何もない空を見つめる。
 「それに、今の貴女を殺しても、全然おもしろくありませんから。
 ………貴女がなさろうとしていることは、正直まだ、僕にもよく判りません。
まぁ、リナさんの事です。タダで動くとも思えません…魔力を取り戻そうとなさってるんじゃないですか?
 だとしたら僕は、早く元に戻って頂くためにも、暫くの間は傍観させて頂くだけです。」
 ほんと、相も変わらずお役所仕事な奴。
 ま、ここでいきなり“リナ=インバース覚悟ぉ!!”ってこられても困るけど。

 しばらくまったりとした沈黙が流れ、不意に思い出したかのようにゼロスはあたしに向き直る。
 「ところで、……アメリアさん達は今頃何をしていらっしゃるんでしょうかね?」
 唐突に何を?
 「……っ、まさか!?」
 「上からの命令で動き出した方も多いみたいですよ。リナ=インバースを誘き出すのに、あれ以上によい餌はないですからね。貴女のご実家、ゼフィーリアの方々は規格が違いすぎますから。」
 強力な守護者もいるようですし、と、溜息をつく。
 実際に何かやらかしたのか…やたらと哀愁がこもっている。
 「…おや、すぐに駆けつけるかと思いましたけど、…行かないのですか?」
 「まぁね。彼女たちなら大丈夫でしょ。」
 それに、あたしにはやらなきゃいけないことがあるんだもの。
 「そうですね、並大抵の敵なら返り討ちに合うのがオチでしょう。
 ……大体無駄な事してますよね。どんなを餌をばらまこうが“あの”リナ=インバースはいませんのに、ねぇ。」
 「何が言いたいわけ?」
 「別に………。それにしても、リナさん。」
 「何よ。」
 「随分と雰囲気が変わられましたね。以前のリナさんはもっとつっこみが豊富で、どんどんこちらの手に乗って下さっていたと言うのに。反応が冷たいですよ。表情もお硬いですし。」
 「……。」
 「ここにガウリイさんが居ないのと、関係有りますね?」
 「っ!?」
 思いっきり振り向き、ゼロスと顔を見合わせる。
 「まぁ。だからこそ今の貴女には付け入る隙がある……いえ。」
 ゼロスはそう言って魔力の篭もった瞳を開くと、あたしの両頬に手を添えて、その冷たい紫の瞳で覗き込んでくる。再び動けなくなる身体。
 「有りすぎてつまりません。」
 途端、あたり一面に瘴気が溢れ出す。

 やっぱりこいつは、腐っても高位魔族だ。
 (……でも、)
 精神世界面からの干渉を振りきるように一点だけに気力を集中し、どうにか口だけはゼロスの干渉から脱する。
 「あたしは、負けないから。あんたにも、あんたの上司にも、そのまた上の上司にも!」
 それが全く意味を成さないことは十分承知しているが、それでも思いっきり睨み付ける。
 「何千年も生きてるくせに、結界を張る以外、なぁーんにも出来なかったぐーたら魔族になんか、負けないから!!」
 「おおぉ!密かに気にしている事を言われてしまいました。ショックです!」
 そう言って芸達者なゼロスは、いかにもショックを受けてます!と言う表情を浮かべ、地面に“の”の字を連ねて書く。
 関係ない事だけど、“の”っていう字は続けて書けるモノじゃないのよね。あれは絶対“マル”だと思う。
 …まぁ、ほんとにどうでも良い事なんだけどね。
 「でもまぁ、その勢いです。今の貴女の方が、ずっとリナさんらしい。」
 何が嬉しいんだか、瘴気を引っ込めていつものあの、人を喰ったえせ笑顔を浮かべる。
 「でわ、僕は行きます。また会える時を楽しみにしていますから。」
 そう言って謎の神官は空気へと溶けて行った。
 ………奴がどうしようとも。それこそどうでも良いのだが、……。
 ゼロスの奴、精神干渉を解かずに行きやがった。
 どうせよと言うのだ、この状態。
 暫くすれば術の効力も切れるのだろうけど…。
 あたしは誰も居なくなった空に向かい、唯一自由に動かせる口で精一杯の文句をぶつけるのであった。
 「…ちくしょー。ゼロスーぅ!今度会ったら覚えておきなさぁいー!!」

 最初の結界を張ってから何日も経った。
 神封じの結界破りは、予想通り困難極まっている。
 さっきもあった小競り合いの後始末を済ませて、次の目的地・サイラーグへと続く街道を歩き出す。
 チエイエシティを出てから数日経ち、サイラーグまで後僅かといった所にあたしはいる。
 天気だけは何からも束縛されず、すこぶる良かったその日。
 丘を下りヘアピンカーブを抜けたそこには。頭が一つ、落ちていた。
 黄金の稲穂のような見事な金髪、瞳は閉じられているものの長い睫毛に、すらっと通った鼻。
 一目で美丈夫だと判るような、美しい出で立ち。
 あたしは。
 どこぞの武将の様に生首を集めるような怪しい趣味は持ち合わせていないので、一瞥もせずに通り過ぎてく。
 …と、それをやり過ごしてすぐ。いきなり生首の目は開き、………予想通りの闇を思わせる紫色が覗き、あたしの後をちょこちょことついて来た。
 「無視しないで下さいよぉ。リナさんの気配を感じたから、せっかく、こうやって土中に埋まっていたというのに。
 …それなりの反応を見せてくれないと寂しいじゃないですか。」
 「あたしは生首なんかに微塵の興味ないの。あ。生首、生ゴミ。あんた、“生”つながりね。
 丁度よかったじゃない。お似合いよ。」
 自分でも驚くほど抑揚のない声。
 ここ暫くカオス・ワーズを紡ぐ以外口を開かなかったから、話し方忘れたのかな?
 「少しは動揺してくれると思っていたんですけどねぇ。頑張って某自称保護者さんに似せてみたんですよ。」
 残念です、と言って、いつもの黒衣の神官姿になる。
 「あたしには…関係ない。」
 「よろしいんですか?本物をご用意しても、僕は一向に構わないんですよ。」
 「……。」
 「…成る程。ガウリイさんなら大丈夫だ、と、信じていらっしゃるのですね。」
 「さぁ、ね。」
 歩きながら喋るのも疲れるので立ち止まり、嫌々ながらもゼロスを見る。
 「どうでもいいんだけど。いい加減、精神干渉、止めてくれない?
あんたにアストラル・サイド踏み込まれて平気なほど、太い神経、持ってないの、あたし。」
 「またまたご冗談を…。いえ、何でもありません。」
 流石のゼロスもラグナ・ブレードをチャージした魔法剣で突っ込まれたくないのか、慌てて話を反らす。
 「そうそう、この間。アメリアさん達と一緒にいるのがやっと見つかったんですよ。ガウリイさん。」
 「ふーん、…そう。」
 「今までどんなに探しても、まるで何かに邪魔されているかのように、決して探査に引っかからなかったというのに。
 根気よくアメリアさん達を焚きつけた甲斐があったというものです。」
 「あたしには、関係ない。」
 「果たして今のが、本人達を前にしたときも言えますかね。特にガウリイさん…」
 「余計なことは言わなくてもいいのよ、ゼロス。」
 魔族特有の暗い瞳がうすら気味悪く、無理矢理話を折る。
 「大体あんた、何でこんなところにいるのよ。あんたが上司からもらってる命令の内じゃ、あたしは関係ないんでしょう?」
 「ええ、そうですよ。獣王様は、今の貴女には全く興味を持っておられません。」
 「……。」
 「いやだなぁ、そんなに疑い深い目で見なくたっていいじゃないですか。
人間、他人を信じられなくなったらお終いですよ。」
 人差し指を立てて、チッチと左右に振る。
 「ま、僕は一向に構いませんけどね。リナさんのその感情はとても美味しいですし。」
 「……で、本当のところは、何?」
 「ですから、単なる通りすがりですよ。」
 「じゃあとっとと消えて。」
 「おやまぁ。だいぶ機嫌が悪そうですね。僕としても八つ当たりで滅ぼされてしまっては困りますから、この辺で失礼させて頂きますが。」
 何でも見透かしてそうな、いつもの笑顔を浮かべ空に上がるが、ふと何かを思いだしたのか地面に舞い戻る。
 「そうそう、リナさん。貴女に一つ、忠告して差し上げます。」
 「いらん。」
 「まぁまぁ、そう仰らずに。プリーストの啓示だと思って受け取って下さい。」
 そう言って、どこかに居そうな神官の如くに、きりっと顔を引き締める。
 「僕達、腹心直属の部下を含め、上部では貴女の目的に気がつき始めていますよ。
 もっとも、うちの獣王様なんかは面白そうなので、後一カ所くらいは傍観するだけ、と仰っていますが。
 …今の貴女が魔族の大群に襲われたら、どうなるんでしょうかね?」
 珍しく遠い目をしてあたしの向こう側を見やる。
 「以前ドラゴンズピークまでご一緒したあの方々でしたら、少しはましな盾にでもなりそうですが。
 …って、あのお方の力を宿した剣を振りかざすのは止めてくださいよ。シャレにならないんですから、それ。
 あくまでも、魔族から見た人間の利用法の一つなんです。
 ………もっとも、貴女がそんなことを考えようともしないことは、重々承知しています。」
 「で、結局、あんたは何が言いたいわけ?」
 本質の見えない話し方に、イライラが募る。
 「別に……。只、通り縋っただけ、と言いましたでしょう?
…僕は、貴女にこんなところで死んでもらいたく無いんですよ。」
 「あの呪文を使える人間を失いたくはないって事ね。」
 「それは言わぬが華って奴です。」
 「…………。」
 いつも思うのけど、何でこいつはこんな人間くさい言い回しを使うのだろう。
聞いたところで“それは秘密です”と返されるのがオチなんだろうけど。
 「それに…貴女は。数でモノを言わされた状態で死ぬ、なんていうバカな事があってはいけないんです。
 そんなの詰まらないじゃないですか。」
 「あたしは、あんたの道楽のために生きてるつもりはないわよ。」
 「それは置いとくとして…。」
 置いとくな。
 「次は、…サイラーグなんですね。あぁ、それで……。」
 成る程と納得顔になるゼロス。
 「だったら、何だっていうの?」
 「いえ……。」
 最近よく喋ると思ったが、珍しく言いよどんでいる。
 サイラーグに…何があると言うんだろうか、この神官は。
 「無事に魔力を取り戻されるのを、心待ちにしています。…それでわ。」
 言うなり奴は空に溶けていく。あたしに一抹の不安を残して。

 ゼロスの気配が完全に消えたのを確認してから再び歩き出すと、直ぐサイラーグシティを見下ろす丘に出た。見晴らしの良さに、休憩をかねて立ち止まる。

 あたしは、よぉっぽどこの街と縁深いらしい。元魔道都市を前にして思う。
 最初に来たのはコピーレゾに呼び出され、二回目はフィブリゾの時。
 どっちも、ちょびぃっとばかり大き目の被害が出てしまったのよね。
 そん時と違うのは今は自分の意志でここに来たことくらいで、あの時と似ているなぁ。
 ……隣にあいつがいないとことか。
 (だめだなぁ。)
 溜息をつき、こっそりとぼやく。
 こんな風に穏やかな空気に当たってると、すぐにあいつのことを考えちゃう。
 ガウリイと出会った日の事も、昨日の事みたいにハッキリと浮かんでくる。
 (いろいろと、……ほんとに色んな事があったもの。)
 …あいつの事だからもう忘れてしまってるかもしれないけど。あたしは、越えてきた時間を、過去の思い出にするつもりはない。
 だから、今、あたしはここにいるのだから。
 ゼフィーリアで交わした契約も、そのあとも。……自分で決めたことなんだから。

 そう、この契約こそが今回の旅の始まりだった。

 ゼフィーリア東部の神殿の最奥部。一見行き止まりかのように見えるこの場所は、他とはハッキリと異なり神秘的な空気が漂っている。
 頭上から優しい光が降り注ぎ、鏡のように磨かれた壁が、地面が、光を受け止めて照り返している。まるで光が踊っているように見える、自然が作り出した造形に一瞬見とれてしまう。
 そして光が収束している箇所が一点…祭壇と呼べるようなその場所にあたしはいる。
 斜め後ろでキョロキョロしているのは、言わずもがなあたしの自称保護者のガウリイ君。
 そこから動くなと、前もって差しといたクギを忠実に守って大人しくしている。
 あたしは再び注意を岩壁に戻し、瞼をおろして辺りを満たす力の源を探す。
 瞳には決して映らないけれど、あたしの身長の倍くらいの高さにそれは居た。
 野生の感とはげに恐ろしいもので、其処にいるモノの存在を知らないにも関わらず、ガウリイもあたしと同じ所を見つめている。

 ふぅっと、彼に悟られないよう溜息をつく。
 今から自分が成そうとすることに不安がない訳じゃない。けど……。
 (後悔は、しない。)
 そう、決めたのは、…他でもない…あたしなんだから。
 あたしはもう一度彼を盗み見て覚悟を決める。

 この地を見守る赤き龍神が眠る、神に愛された土地・ゼフィーリア。あたし達が今立っているのは、その龍神を祭る神殿の最奥部。
 …赤い神と契約を交わすのだ。

 先ほど探り当てた箇所に両手を合わせ、そこに魔力をそそぎ込むや、どぐぅおぉんと、大地が大きく揺れる。
 ガウリイは慌てて身構えるが、周囲の、悪意の無さに戸惑っている。
 当然だ。龍神の魂が眠りから覚めて躍動を始めただけなのだから。
 予め予想していたあたしは別段驚くこともなく、壁に当てた手の平に続けて集中する。
 ……契約の、始まりだ。
 あたしは更に魔力を高める。
 …いや、別に大技をぶっ放そうって訳じゃない。
 この契約には絶対条件として一時的に膨大な魔力が必要なのである。先の戦いで傷つき倒れた、龍神の意識を呼び起こすために。
 前回…と言っても数千年以上も前の話なんだけど、同じように龍神と契約しようとする動きがあった。
 その時は何人もの神官が魔力を注いだっていう話だけど、あたしにはそれを用意する時間もなければ余裕もない。
 だから…。
 「四界の闇を統べる王……」
 一方の手を壁に当てたままの右腕にくぐらせ、無理矢理十文字に組みんで増幅の呪文を紡いでいく。
 4つの血玉はカオス・ワーズに反応してそれぞれから光が発せられる。同時に、今まで無機質な岩肌にしか見えなかった壁の一部が、あてがった手の平を中心に輝きだす。
 古よりこの地に根を張り、見守り続けて来た龍神の顔が浮かび上がってくる。

  むげんにのぞまれしもの
  えいえんよりたふたきもの
  しかくをもちしもの
  なんじはなにをおもふ
  なんじはなにをねがふ
 龍神はその力の如くに尊厳な声色で、頭に直接語りかけてくる。
  われはなにぞ
  なんじはなにぞ
 厳格な声の質問はまだまだ続く。あたしは雰囲気に飲まれないよう心中で叱咤してそれに応える。
 「悠久の時に埋まりし偉大なる力の奔流よ。我は汝が望むる資格を持ちし者。今ぞ誓いを交わし賜え。」
  ならばわれはなんじにとふ
  われがもとめしちからはなにぞ
 「…神魔の狭間を行き交いし、魔道の力。」
 いよいよ意地の見せ所。あたしはこれから、…龍神を納得させるだけの力を見せなければいけない。
 根性比べといきましょうか。
 「…くっ!」
 ブーストによって引き出された力があたしを喰いちぎらんと暴れ出す。
 いつもは呪文と併用してすぐに解き放つから特に意識してなかったけど、異世界のを含む4つの魔王を意味するタリスマンで、無理矢理魔力を増幅しているのだ。 身体に負担がかからないはずがない。
 掌中からこぼれた魔力が閃光となってあたしの目を焼き付ける。
 でも、あたしは…魔道士だ。例えどんな状況になったって、自分の魔力を暴走させてたまるかっての!
 身体に走る激痛に目をつぶり、今にも弾けそうな力を無理矢理押さえ込んで凝縮させていく。

 あたしを核に方々に漂っていた魔力は、やがてビー玉ぐらいにまで圧縮された。あたしは胸の前に両腕をかざし、目の前に横たわっているそれへと魔力の塊を解き放つ。
 壁へ向かっていったその光は、ある一点…それの中心に触れると突然輝きだし、放った魔力の全てが吸収されていった。
  なんじがしかく しかとみうけた
 力強く、有無を言わせぬモノへと龍神の声質が変化する。
  ちからをしめしものよ
  なんじがのぞみをのべよ
 「我が求めしモノは…、」
 あたしに必要なモノは…
 「龍に抱かれし剣なり。」
 これで終わりじゃない。隙を見せずに問答を続ける。
  ……りょうかいした
  さらば ふたたびなんじにとふ
  なんじがささげしものは なにぞ
 それは………。
 契約の一番の課題。すなわち代償。
 しばらく悩んだけど、やっぱりこれしかない。あたしが捧げられるモノっていったら……
 「それは、あたし自身よ!」
 そう、あたしの一番大切なモノは…過去・現在・未来。全てにおいて、あたしが、あたしでいられる事。
 きっぱり宣言したあたしに龍神は頷き代償を受け取ろうと、不可視の、だが与えるプレッシャーは格別強いモノをあたしに伸ばしてくる。
 不安を悟られまいと、きっと顔を持ち上げ、思いの外優しい色を持つ龍神と視線があった瞬間、さっきまでとは比べ物にならない激しい痛みに襲われる。
 「うぎゃああああぁああぁああぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!!!!」
 身体がバラバラになる!
 そう思った瞬間、あたしは意識を失った。

 輝く血玉と共に、何かが弾け砕ける音がその場に響きわたる。
 ……そして、一瞬とも永遠とも思える時間が過ぎ。光は静かに消えていった。

 あたしは現実に目を戻す。
 一つ目の礎を建ててから大分経っている。
 装備も道具も完璧。魔力だって全快だ。
 なのにこの不安は何だろう?
 いや、……ここでじっとしてても仕方ない。やるしかないんだから。
 あたしは拭いきれない不安を抱きながらも、サイラーグの街へと足を踏み入れる。

 「しっかし。サイラーグも大変よね。」
 歩きながら一人ごちる。
 100年前ザナッファーは大暴れするわ、やぁっとこさ復興したところをコピーレゾに壊滅させられるわ、フィブリゾに疑似世界創られるわ、アレは降りてくるわ。
 今回も無事に済むとは思えないし…。ほんと、ろくな事がないわねぇ。

 度重なる事件のお陰で空間に歪みなんかが出来たのだろう。
 この街に流れ込む気の量は、半端じゃない。前の街同様、デーモン召還の陣は十中八九、有るだろう。
 そう判断すると、気が乗らないも街の中心に向かって歩み始めた。