Dear Myself

〜前編〜


『ディルス、ライゼール、ラルティーク。三つの土地の境にある、どこまでも続く丘陵地帯。
その頂にひっそりと息吹く若木に手をかけ、丘から続く景色を見下ろした。
太陽に照らされて若草色が輝く樹海の中、この土地特有の赤土が見せる一匹の龍が大地を泳ぐその様は、かつて、彼女がこの場所に立ち、同じように眺めた時と、少しも変わっていなかった。』

 十五にして初めての一人旅。
 どこに行くのも、何をするのも自由な反面、全てを自分で決めなきゃいけない不便さがある。
 三度の食事も今日の寝宿も、自分で確保しなきゃならない。
 いつ、どこで何を食べるのも自由だけど、自分で責任を負わなきゃいけないって事。

 両親の愛情溢れる教育のお陰で、剣技や武道、庶世術なんかはみっちりとしこまれてるから、今のとこ、大した問題もなく順調に旅は続いている。…もとい。順調すぎていささかつまらない気さえするのよね。
 どこかにオリハルコンとか、金銀財宝とか、良家のお坊ちゃんとか落ちてないかなぁ。

 かららん。ころん。
 小石が風に押されて転がった。

 ふぅぅっ
 溜息が出るほどに美しい景色をもう一度、胸一杯に吸い込むと、新緑独特の香りが鼻腔をくすぐった。
 (こんなスゴイのが見れるなら、もっと早く旅立てば良かったかなぁ?)
 だってさ、ここまで自分の足だけで来たからこそ、感動もひとしおってやつでしょ。

『見晴らしが利く峠の頂、地平線の果てまで見渡せる丘。
…旅の始まりは、そう。ここ、アトラスへと続く山道だった。』

 かららん、ころころ…ごろごろぐぉろ、ぼて!!

 目の前の情緒溢れる景色を裏切って、けたたましい音を立てて転がり出てきたのは、30代後半、でっぱるお腹が気になり始めるお年頃のおじさん。
 無精ひげを通り越して、っていうか、顔の半分を占めてるヒゲの間からちょこんと見える、めっちゃつり上がってる目が、いかにも“オレ様は山賊の親玉です!”と訴えている。

 「……まったく、よくやってくれたぜ…じょうちゃん……」

 まだすす煙の残る瓦礫の山を背景に、おっちゃんは渋くポーズを決める。
 いや、埃まみれでカッコつけられてもねぇ。
 (えっ、何でこんな丘陵地帯に瓦礫の山があるのかって?)
 そりゃあ、あんた、突然地面から湧いてきたり、空から降ってくるわけないでしょ。…いわゆる事の成り行きよ、正当防衛ってやつなのよ。

 それはほんの数刻前……
 山道を進んでたら、いかにもそれっぽいやぐらを見つけたモンだから、ちょいとお邪魔したわけよ。
 そんでもってちょっと奥まったところに「持っていって下さい!」って訴えてくるお宝さん達が居たから、ちょびぃぃっとだけ失敬してきただけなのに。
 山賊のアジトを見かけたら、中に入ってお土産を頂いていくってのが礼儀でしょ?
 通りがけに見張りの二、三人を気絶させたけど、そこはそれ、お宝さん達の人権(?)を守るためには多少の犠牲は仕方ないってのに。
 それを、しつこくしつこくしつこく………ストーカーの如くにつきまとってくるなんて、気が小さいにも程があるわよね。
 ま、プライバシーの保護って事で、大した障害物のないここまで来たところで正義の鉄槌を下したわけだけど………。
 (ほらね、あたしは山賊につけ狙われた、いたいけな少女でしょ?)
 ………ちょびっと、力の加減間違えて山の形が変わっちゃったけど………これは断じてあたしのせいじゃない!(きっぱり)

 「あんただろ?あの有名な、ロバースキラーってのは。」
 「……まぁね。」
 旅をいくらもしない内に、そんな二つ名で呼ばれるよーになっていた。
 特に何かをしたって訳じゃないんだけどなぁ。世の中ってホント不思議が一杯ね。
 「このあたしに喧嘩ふっかけるなんて、十万年早いわよ!!」
 「肝に銘ずるよ。ここいらの奴にも伝えるさ。ロバースキラーには手を出すなとな………。」
 と、ここまでは良かったのに、このおじさん。三下ってのはあくまで格が低くて、最後によけーなことを言う。
 「そして、噂通りロバースキラーの…」
 よく言うでしょ、口は災いの元って!
 「……ロバースキラーの胸はクレ……ドガギゴボ!!」
 どぎしゃぐがががああぁぁぁぁぁん!!
 あたしは問答無用で拳を振り下ろしたのだった。
 拳にひねりを入れて重みを加えるのは忘れない。
 「余計なことは言わなくてよろしい!!」
 「何も言ってないのに、しどい………ぐふっ」
 衝撃が足に来たおっさんは、そのまま後ろ向きに倒れ込み………

 どぐらがしゃぁぁぁぁぁん!!
 適当に積み重なったモノだからもともと基盤が緩かった瓦礫もとい、盗賊の皆さんは、倒れ込んだおっちゃんにとどめを刺されて、ものの見事に急斜面を転げ落ちていった。

 (そりゃーね、あたしは同年代の女の子と比べたら確かに小さめよ?)
 身長だって標準に至ってないし。……そこら辺はちゃんと認めるわよ。
 でもね。体を動かすことに主軸を置く格闘家にとって身軽さは大事な武器。
 このくらいが丁度いいんだから!
 決して、負け惜しみとかじゃなくて、…ホントなんだってば!!
 それをどこぞの馬の骨とも判らんおっさんに、どうこう言われる筋合いは、ない!!!
 って、何か論点ずれちゃったけど、ま、いっか。
 樹海まで転がり落ちて、既に見えなくなった山賊どもを心配してやる義理なんか無いし。
 それにほら、よく言うでしょ。“悪人に人権はない”って!

 あたしはマントを返して向き直り、母さん譲りの癖のある前髪をそっと耳にかけ、丘の先にある景色に再び目を向けた。
 ふぁっさぁぁぁ………
 突風が駆け抜け、父さん似のストレートヘアが、風に踊る。

 もう一度だけ大地を泳ぐ紅い龍に目を向け、そして次の目的地へ向けて歩き出した。

 あたしの旅は、まだまだ始まったばかり。

『アトラス、サイラーグ、セイルーン……あたしの旅は続いていく。』

 「……ロバースキラー、かぁ…。」
 賊のおっさんに呼ばれた呼称を、つぶやいてみる。
 浮かんでくるのは、一人の女魔道士の姿。
 あたしは旅を始めて直ぐ、あの稀代の魔道士がかつて呼ばれていた二つ名を、継承した。
 ま、このルックスと力量があれば、それは当然起こるべくしてついてきた結果なんだけどね。

『何のかんのと、…あの稀代の魔道士の噂は、まだ色濃く残っているということなのだ。』

 リナ=インバース。

『この人の話を初めて聞いたとき…あたしは、震えるくらいに感動したのを覚えてる。
その強い意志に。
その、輝きに。』

 一千年ほど昔、結界を用いてこの地から神を追い出し、更に驚異と混乱とをもたらした紅眼の魔王に認められた、唯一の魔道士。
 彼女は、かつての地位を新しく入ってきた科学に譲り、以前ほど頻用される事の無くなった魔道の力を駆使し、最近あまり見かけなくなった魔族と壮絶な戦いを繰り広げたらしい。
 その彼女が魔族と戦った、昔、結界内と呼ばれた土地を、あたしは今、修行がてらに旅をしている。
 (なんでまた、そんなところをって?)
 そりゃぁもちろん、あたしだけのおうぢ様をゲットするためよ(はぁと)
 むかしっから“乙女の夢は玉の輿”って相場が決まってるでしょ!
 それにね、結界が無くなったと言っても、はぐれモンスターの出現とか超次元現象の発生とか、その名残はまだ残ってて、修行にもってこいなの。
 やっぱり目指すは世界最強の格闘家、だもの。
 ……世界をこの目で見たいってのもあるけどね。

 何よりあたしは、彼女についてもっと詳しく知りたかった。
 尾鰭背鰭胸鰭、尻ビレまで付いて来る、根拠の見えない噂だけじゃなくって、彼女の実際の軌跡をあたしも踏みたかった。

 旅を続ける中、至る所で彼女の話を聞いた。
 彼女と関わったものにとって、その存在は今だ大きいらしい。
 彼女に破壊されたのは諸悪の根元、盗賊団とそのアジトにとどまらず、丘、森、山、街…国と、その数果てを知らず。
 中には誇張やでっち上げもあるんだろうけど、一部にしろ、真実が含まれてるって所がスゴイのよね。
 まぁ、そんな訳で、彼女の軌跡をたどるのは、思いのほか容易かったんだけど。
 彼女につぶされた盗賊のアジトを。破壊された山海地区を。
 彼女の創った、礎を。
 それら一つひとつを見て回り、繰り広げられた彼女の戦いを見聞いて………本当に、凄いと思った。

 どんな時でも、彼女は決して諦めなかった。
 たとえ自分を構ずる魔力を失っても。
 たとえ…相手が魔族の中核だったとしても。

『彼女と彼が出会ったのは、彼女がまだ15歳で、ほんの少女の頃だった。
二人は出会う場面こそ違ったけれども、恋愛小説よろしくの出会いを迎え、世界を巡りながらその絆を深めていった。
ドラマタ、ロバースキラー、魔王の食べ残し…様々な二つ名を欲しいがままにした彼女、リナ=インバースは、しかし、ある日、その絶大な魔力を失った。
もう一度力を取り戻すために彼女がしたこと。それは古の神との契約であり、魔族の張った結界をうち破るという、一介の人間には至極困難な条件を課せられたのであった。
決して楽なモノではなかったけれど、諦めることを良しとしない彼女は知恵を絞り、力を集め、そしてついにやり遂げた。
神官や巫女等、力ある限られた者達はその変化に気がついたらしいけれど、多くの人達は何も変わることなく、静かにその時を受け入れたという。
“最近珍しいモノを見かけるよーになったわね”…一般人にとって結界の消滅は、その程度のモノでしかなかった。』

 彼女は、まさしく、世界を覆したのだ。

『しかし、事これに関係する正式な発表は、ついぞなされなかった。
秩序を守るため、政治的な要因から。
セイルーンを筆頭とし、対魔族を目的に結成された連合軍がついにカタートに眠る紅眼の魔王を倒したのだとか、各国の精鋭部隊が一気に魔族に飛びかかったのだとか。
結界が消散してから十数年経った今でも、諸説もろもろが飛び交っている。
色々と噂はあるけれど、少なくともあたしは知っている。これが、一人の魔道士を中心に広がっていった事件だと言うことを。』

 あたしは六紡星に区画された街に入り、ひたすらに北を目指して歩く。
 街のはずれ、城の裏手にひっそりと目立たぬように、しかし、しっかりと大地に根を下ろしているのは、旅を始めてから幾度となく見かけてきたものと同種の若木だ。その中でも群を抜いて大きな羽振りのこれは…そう、彼女が最後に立てた、結界の礎。
 少しでも力ある者ならば、それの放つ不可思議なオーラを感じ取れるだろう。
 彼女の魔力によってこの地に召喚されたモノは、神封じの結界が消失する中、魔性の力を吸収しその体内で中和していく、フラグーンへと擬態変化を行った。
 他の土地のと比べて数段大きいのは、かつてこの地で大きな力が衝突した、何より確かな記録なのだ。

『そう、それはまだ、結界によってこの地が隔てられていた時のこと。』

 セイルーン公国、聖王都・セイルーン。
 結界に覆われた大陸の中心に位置し、更に神の存在を導くこの国以上に適する土地はない!
 そう結論付けたあたしは、聖王都へ颯爽とやってきた。

 最後の礎を築くべくやって来きたあたし達を迎えたのは、魔王軍最後の砦、獣王とその重臣。
 街の中心、セイルーン城の裏手に目星をつけたあたしが城門をくぐって裏側に続く小道を歩き始めた途端、魔族お得意の空間操作によて結界内に引き込まれ、
 あたしは獣王と、
 ガウリイはゼロスと、対面した。

 ごくり。
 結界内部の不安定な地面と空気に慣れた頃、生唾を大きく飲み下したあたしは、目の前の敵のその大きさに、知らず拳を握り締めていた。
 全身が、まるで凍りの術にかかったように冷えていく。だけど………
 「……リナ、」
 かけられた声に、はっとして隣を見上げる。
 いつもの暖かい笑顔が、そこにはあった。

 肩に置かれた手の甲に自分のを重ね、あたしは無言で返した。
 うん、そうだよね!!
 ガウリイはいつだって隣にいてくれる。その温かい笑みであたしを迎え、包み込んでくれる。

 彼もまた黙って頷くのを見て、あたしは自分の敵に向き直った。
 肩に残るガウリイの暖かさを感じながら、彼に背を向け、微笑さえ浮かべて獣王の元へと歩き出す。

 「リナ=インバースか。」
 獣王・ゼラス=メタリオムはあたしが近づくと、静かに、そうとだけ言った。
 ガウリイのともちょっと違う、豪華な蜂蜜ブロンドの髪を風に遊ばせる、はっきし言って、美人に分類される、成熟された女性の姿形をしている。
 中級以下だと悲しいくらいにグロテスクなくせに、まったく、どうして魔族っちゅーのは造形が整っているんだろうか?
 ……魔王の趣味??
 「あんたが獣王ね。始めまして、とでも言いましょうか?」
 何をしなくたって、そこに在るだけでひしひしと伝わってくる、獣王の圧力。あたしは負けじと彼女を見据え、地面を掴む足に力を入れて立つ。
 「今さら御託は必要ない……始めよう。」
 なれ合う気など更々ないあたしは頷いて………そんな静かな宣誓によって、あたし達の戦いは始まった。

 「うあああっぁあ!!!!」
 アストラル系の小術で牽制しつつ間合いを詰め、ゼラスの懐に跳び込むと同時に飛翔の術を発動させて加速をつけた勢いは、あっさり止められ、更に後ろ向きに投げ返される。
 内臓が浮遊する。
 そんなイメージが頭をよぎった次の瞬間、あたしは地面にしたたかに打ち付けられていた。

 頭を振って目を開くと、そこには同じく飛ばされた、先客…ガウリイがいた。

 「……大丈夫か?」
 先に起きあがったガウリイが手を差し出す。その手を掴んでひょいっと起きあがり、
 「心配ご無用。あたしを誰だと思ってんのよ。」
 ざっと見渡して、お互いに大した傷がないことを確認する。
 「…で?そっちこそ、どうなのよ?」
 「うーん………、ゼロスってさ、やっぱり強いよなぁ、」
 まるで、じゃんけんが強いのに感心しているかのような口調。
 …ここまで来たら、もう笑うしかない。
 だってそうじゃない?あれだって一応ぷりーすと名乗ってるんだから。それを近所のガキ大将と同レベルに見るなんて。……そこがガウリイの強さなのかもしれないんだけど。
 つい、まじまじと見つめてしまったあたしの視線を優しく受け止めガウリイは、いつものように、くしゃっとあたしの頭をなでる。
 「ま、何とかするさ。」
 そう言って左手に提げていた剣を利き手に持ち直し、二、三度振って腕の具合をみる。
 「………、あんた、腕が下がってるわよ。三十越して、もう四十肩?」
 軽口をたたいたあたしに、ガウリイは口調だけ怒ってみせる。
 「そーいうリナこそどうなんだよ。すげぇ、つらそうだぜ?日頃の運動不足がたたったか?」
 「何言ってんのよ。あんたと違って、あたしはまだまだ若いの!」
 「言ったな?」
 くしゃり、もう一度撫でられる。
 「負けないぜ、お前さんには。」

 (あたしもどうかしちゃったかもしれない。)
 軽口を交わしながら、ふと、そんな言葉が頭をよぎった。
 こーいうのを非常識って言うのかな?
 既に感覚が麻痺したのか…獣王と、その第一の部下、ゼロスを前にしてるっていうのに、………なんて言うか…その、「死ぬ」んじゃないかっていう“不安”というモノがないのだ。

 ふっさぁぁぁ
 しびれを切らせたゼラスが、優雅さを漂わせ、あたし達の7・8メートル先に舞い降りる。
 続いてゼロスも、心底呆れた顔で声が届く距離までの空間を飛ぶ。

 「……お二人とも、この場でよくもまぁ、そんな呑気でいられますね。まさか、死ぬ覚悟をしてらっしゃるのですか?」
 「じょーだん!」
 一歩進み、腰に手を当ててゼロスの方へ胸を張った。
 「オレ達には、な、」
 隣に立ったガウリイと視線を合わせ、そして………
 「先があるの。まだまだ、すっと先が。」
 それぞれの敵に視線を投げて宣誓する。

 「……戯言は、眠っているときだけにしてもらおうか。」
 姉ちゃんと同質の静かに燃えるその瞳が、却って恐ろしさをかもし出しているゼラスは、ぱちんと、指を鳴らす。
 「ゼロス、」
 主君の言葉に応じて獣神官は周りの空気をがらりと変え、…戦いは再開した。

 先陣を切ったのはやっぱりゼロスで。
 一度、ゼラスに軽く礼を捧げ、上体を持ち上げたかと思ったら、ゼロスは空を飛び越し、あたしの背へと、その杖を振り下ろす。が、それを見越していたガウリイは即座に反応し、あたしとゼロスとの間に割って入る。
 背中の温かい気配を頼もしく思いながら、
 「行くわよ!」
 「おう!!」
 あたし達は同時に駆け出した。

 獣神官ゼロスと、一流の剣士ガウリイ。
 戦闘能力の高いこの二人の戦いは、在る意味見物だ。

 ガウリイは抜群のタイミングで剣を振るうけど、空間を自在に扱うゼロスは簡単にこれを交わす。
 だけどゼロスの魔力・瘴気の類も、赤龍の剣によって中和され、ガウリイには届かない。
 一撃必殺を相手に当てるのは困難だということは、お互いが一番知っているだろう。些細な隙さえ見逃さず、相手の行動を読み、裏をかき、チャンスを伺う。

 「貴方も、人間という小さい器でよくやりますよね。本当に感心させられます。」
 剣と杖とを絡まらせたまま、いつもと変わらない、感情の読めない表情で口を開いたゼロスは、
 「いやぁ。」
 照れたようにほのぼのと返すガウリイを見て、珍しく…少しだけ、だけれども感情を瞳に映した。
 「………あなた方と旅をして、これでも人間に対する見方が変わったんですよ。あなた方の行動はとても新鮮で、見ていて退屈しませんでした。」
 ですが、と。非常に“らしい”薄ら笑いを浮かべてゼロスは続ける。
 「それでも所詮人は、人。その範疇から抜け出すことは不可能なんです。そうです、だって………、」
 「……なぁ、」
 なおも言い募ろうとするゼロスに、ガウリイは変わらずのほほんと、
 「そんなにむつかしく考えるなよ。下手に悩むとしわが増えるって、リナはいっつも言ってるぞ?」
 「………………………………………。」
 緊張感0のガウリイの言葉に、流石のゼロスもシリアスな空気を壊してしまう。
 「あのですね、ガウリイさん!!貴方、僕を何だと思ってるんですか!?」
  しかしそれでも、高位の魔族。
 立ち位置が崩れて直ぐ、空を渡って間合いを作り直す。
 「ゼロスはゼロスだろ?…お前さんみたいに奇抜なやつ、さすがに覚えるさ。」
 突然力の均衡が崩れ、力をかけていた対象が無くなったにも関わらず、動揺することもなしに続けるガウリイに、ゼロスは、
 「そうではなくて!!」
 思わず全力で突っ込むかと思われた。………が。
 目前の男の眼光が、深く怪しく輝くのを見逃さなかった。
 すぅっと、切れ長の眼を更に細める。
 「お前さんは、リナの敵だ。……そうだろう?」
 ガウリイも油断無く、中段に構え直す。
 「えぇ、…そうです。……………それで、十分ですね。」
 申し合わせたわけでもないが、ガウリイが地面を蹴るのと、ゼロスが空間を干渉し飛び出すのは全くの同時だった。
 そして、再び剣と杖による白兵戦が始まった。

 魔族っちゅうモノは何かとめんどーなもので、その存在には、やったら制約がついてくる。
 高位に立つもの程その拘束がはっきりとしていて、人間相手に本気を出すことなど、許されていないのだ。アストラルサイドから手を出されたら、人間の無防備な精神なんぞ、一たまりもないんだけど、そんなことしたら魔族は存在意義を否定されたと見なして逆に滅んでしまうらしい。
 そんな訳で、今、あたし達は剣に比重を置いたよる戦いを繰り広げている。

 もちろん個人の能力は否定されない。
 あたしは、魔法を。
 奴らは魔力を駆使して攻撃のチャンスを導く。

 あたしと獣王ゼラスは睨み合ったまま動けない、小康状態に突入していた。
 水面を揺らす小石を投じたいところだけれど、手の内を明かすのは危険極まりないし。…しかも、あたしには魔力の上限がある。こちらから下手に手を出して、自爆するのはゴメンだ。

 相手の殺人的な覇気が、ひしひしとぶつかってくる。が、あたしは気を一つに束ねて集中し、それらをしなやかに受け流す。
 ふいぃぃぃぃぃぃぃんん!!
 そんな中、辺りの空気が変わったのを感じ取った。
 横を見る。こちらと同様、場が固まっていたガウリイ達が動き出したのだ。
 一瞬そちらに気を取られたあたしを追いたて、ゼラスの猛攻が来た。半ば勘で身を返してソレを交わし、あわてて間合いを取って剣を構えなおす。
 (いけないいけない。)
 集中しなきゃ、やられるのはこっちだってば!!
 頭を振って自分の戦いに集中しようとしたのだけれど……そうは思ってても、やっぱり視線は周囲を泳ぐ。

 ガウリイは本当によく戦っている。
 得意とするアストラル・サイドからの攻撃が出来ない分、ゼロスには不利かなって期待したんだけど、それはとんでもない誤算で。獣将軍の力を合わせ持つ奴はかなりの体術を会得していて、肉弾戦においてガウリイとためを張っている。
 ……なぁんかさ、ちょっと意外なのよね。どちらかっつーと、策略張り巡らせて落とし入れた相手を、後ろっから、ぐさぁぁぁぁぁぁ!!ってイメージじゃん、ゼロスって。

 しかし、そんなゼロスはガウリイが繰り出す一撃を軽々と受け流して同時に魔力弾を打つ。負けじとガウリイも、剣を止められた瞬間刃先を返し、次の攻撃に移る。
 …繰り返される一連の流れはまるで舞ってるかのようで、こーいうのも変なんだけど、みょーに“キレイ”だ。
 どちらも、容赦がない。
 コンマ一秒の隙が、片をつける。そんな戦いだ。

 決して気を抜いてるわけじゃないし、ガウリイが平気なのは気配で判ってるんだけどね。
 それでも目が追っちゃうのは…あいつを見ると安心するから、かな?
 それはガウリイも同じなのか、あたしが向こうを見ると、あっちも言い合わせたようにこちらを見る。
 お互いの敵を交わしながら視線が交錯すること数回。
 そして今も。
 同時に、にっと笑った。

 “がんばろう”…そんな気持ちが自然に湧いてくる。

 ゼロスは、ポンポンと小気味良くアストラル・サイドとこちらを行ったり来たりしてガウリイの攻撃を交わし、隙あらば、等身大の錐を飛ばしてくる。
 ガウリイは自分の死角を考慮し(単なる野生の勘なのかもしんないけど)、剣士としての力量がゼロスの出現位置を察させ、現れた瞬間、剣を閃かす。
 「やりますね。」
 「……まぁな。負けるわけには、いかないから。」

 それから暫く力の均衡は続いたけれど、ついに揺らぎを見せた。
 幾度目かの武器による組み合いの間、ゼロスは地面に干渉し、ガウリイの足場を消失させたのだ。
 ガウリイの剣を片手間で交わせるはずもなく、ゼロスは一薙腹に受ける。
 しかし、体重を支える地面を無くしたガウリイは慌てて跳び、体勢を立て直そうとしたけれど、立て続けに地面を操作され、更に魔力弾の一斉射撃が行われた。
 空に留まる魔力を持たないガウリイに、それに対処する術は、無い。

 「くっ、」

 流石に交わしきれず、上体がぶれた瞬間、左腕に黒い錐が生えていた。
 「おやぁ…あの状態で、よく左腕一本で庇えましたね。流石ですよ、ガウリイさん。」
 離れていてもゼロスの一部であるその錐は、ガウリイの血肉を勝手よろしく抉る。
 「趣味、悪い事すんな……。」
 「…いやぁ、魔族ですから。」
 失血のため顔色が悪くなっていくガウリイに、ゼロスはいつもの笑顔で返す。
 しかし、不意にガウリイは不適な笑みを浮かべた。
 なにを?
 そう、ゼロスが問いかけるよりも先に…ガウリイは腕を貫く黒い塊を素手で掴むや、そのまま一気に引き抜き、その手で剣を振り下ろす。

 次の瞬間、ゼロスの体は上下に分かれていた。完全にガウリイの剣の間合いの外にいて。
 ゼロスは驚きのあまりに目を開く。
 「………こ、これは………?」
 魔法の使えないガウリイが、しかもここまで出血している状態で、まさか離れ業を使ってくるとは思わなかったのだろう。ゼロスはもろに喰らっていた。

 刀魂。即ち、相手にダメージを与えるための気合の塊。
 精神攻撃に属するモノ。
 ガウリイほどの熟練の剣士ならば、その集中された気は、さぞすさまじかろう。
 二つに分かれた体は戻せても、直ぐには動き出せない。

 「窮鼠根っこを噛むってな。…追い詰められたネズミは、根幹まで食いちぎるんだ、ぜ……。」
 苦しそうに息を吐きながらガウリイは呟いた。

 ガウリイの傷も、決して優しくない。
 激しい失血は、ガウリイの体温と体力とを容赦なく奪っていく。
 ガウリイはリストバンドを外し、左腕の傷口へと当てて、ぎゅっと縛る。

 本当は神官や魔法医に見せるべきものだろう。
 目の前の敵は当然許しちゃくれないだろうけど、せめてあたしが回復に回れれば………
 (………、あ……)
 そんな杞憂を持ったあたしとガウリイの目が合った。
 口は少しも動かされなかったけど、ちゃんと伝わってきた。
 彼は大丈夫だと。

 「気もそぞろって感じね。彼が心配?」
 剣と剣とが交わる中、不意にゼラスは言った。
 がっっ!!
 一度離れて再び剣を合わせる。
 がぎぃぃっっっ!
 もう一度。
 ゼラスの右手に魔力が集まるのを察したあたしは、後ろに大きく飛んで間合いを作る。

 「戦士としてあの形は具合が良さそうだし、彼の姿をかたどって戦ってもいいのだけれどね。貴女は、それなりの反応を見せてくれるでしょうし。
 でも、ダルんとこのもやってるし、あんまりオリジナリティのないことはしたくないのよ。」
 さいですか…っと、
 「エルメキア・ランス!」
 飛んできた追尾タイプの魔力を剣で弾き、同時にこちらから呪文を仕掛ける。

 それを右腕にはじかれることを見越して左、ゼラスの死角に飛び込んだけれど、重力を無視した蹴りがが来たので、再び下がって次の攻撃のチャンスを伺う。

 「別にこの姿にこだわる必要はないし…。そうね、あなたにしよう!」
 言うなり獣王は、その姿を一瞬だけ閃光に隠す。
 眩しさに目が慣れたのか光度が弱まったのか、幾らか小さくなった光の中に影を見つけた。
 徐々に輪郭が整っていき、目の前に現れた姿は………
 ショルダーガードと黒いマントで身を包み、茶色の髪を弛ませた可愛らしい魔道士、……以前のあたしがそこにいた。
 その身に纏う気は、人以外の何モノでもないけれど。

 (ったく、いやーな趣味。)
 「そうかしら、」
 こっそり呟いたつもりだったけど、しっかり聞こえていたらしい。
 「これが良いって言う剣士さんもいるようだけど?」
 「うるさい!!」
 ぼっと顔を赤く染めてあたしは叫ぶ。
 よりによって、何を言い出すんだ、この魔族は。
 新手の精神攻撃!?
 でも……。
 あたしとおんなじ体型になったってことは、…もしかして、腕力も減った??
 しめたとばかりに一気に間合いを詰め、懇親の力を込めて振り下ろされた魔法剣は、……見た目か細い腕にあっさりと受け止められ、逆に剣ごと振られてあたしは投げ飛ばされる。

 ろくな受身の取れなかったあたしは、大地に強かに叩き付けられ、一瞬、意識を飛ばしてしまった。

 「リナぁぁ!!!!」
 ガウリイが叫ぶのが聞こえた。
 でも、それはどこか遠くのことのように感じられた。

 そして、今のガウリイにあたしのこと心配する余裕なんてあるはずがない。

 当然ゼロスはガウリイの注意があたしに向けられたその隙をつき、一瞬でガウリイの傍に接近し、己の指をするどく尖らせるや、ガウリイが身を翻す前に、その脚を、腿を、腕を、貫き、……つぶしていく。
 「先ほどの…、“窮鼠猫をかむ”でしたっけ。人間も中々面白い例えを作りますよね。」
 苦痛にあえぐガウリイを静かに見下ろし、ゼロスは言う。
 「……何だ、知っていた……か。」
 口調はいつもと大差ないけれど、さっきの失血も影響し、顔からますます生気が失せていて。
 …すごく、苦しそうだ。
 「追い詰められた人間が、最期に牙をむく。…よくあることです。……それでも、」
 瞳を開き、嬉々としてガウリイを貫く己の一部に力を込める。
 「…あの諺の続き…、あの後、ネズミはどうなるんでしょうね。噛み付いた後、そこまではよいかも知れませんが、逆上した猫に食べられてしまうのではないですか?」
 「………さぁな、…オレんとこの話じゃ、…噛まれた猫は、……もう、猫とは言わない。それ以下に格下げられる、んだ…。」
 だから、お前さんも気をつけろよ、と、続けるガウリイが、失血のため、色白を通り越して青味さえ出てきてもなお、浮かべる笑みに。ゼロスは嫌なものを見たように、嫌悪の感を浮かべ、そして、とどめを刺そうと手の平に魔力をためたとき。

 ………丁度その時だった。