Dear My・・・

(9)


 無意識の中でも、警戒する事を放棄してしまったのか…近距離まで接近を許してしまった、突然現れた剣士に。
 …あたしの思考は固まってしまった。
 考え事を放棄しようとする頭には、この場から離れたい…それだけが浮かんでいた。

 今はまだ“時期”じゃない。
 …以前のような旅は出来ない。
 でも、これ以上彼の側にいたら…、これ以上、あの蒼い瞳の前にさらされてしまったら……。
 ………それだけは許されないこと。

 あたしは飛翔の呪文を唱えると、脱兎の如くその場から駆け出した。

 協会を飛び越えてすぐ、視界の端に人影…アメリアが映る。
 (ますます、まずい!)
 あたしは雑念を追い払い、逃げ切ることだけに集中する。
 彼女に訳を問い出されるのはまだいい。問題は、その後に絶対…あいつが着いて回ることだ!!

 自分の術の特長を生かし、しきりに角度をつけては彼女を巻こうと試みるけれど、…彼女の術力が予想以上に高まっていたのと、先程の戦闘の疲れ、そして、高速移動呪文には叶うわけもなく…。街の外れにたどり着く前に彼女に追いつかれてしまった。
 一直線に飛んでくるアメリアは他に方法が浮かばなかったのか、風の結界ごとあたしに体当たりを仕掛けてくる。…大地を蹴ったばかりのあたしには…方向を転ずる術はない。
 「っくぅう!!」
 彼女の結界に巻き込まれたあたしは、勢いそのまま地面に落下する。
 アメリアは…風の結界に守られてるから大丈夫だろう。フィルさん似の丈夫な体を持ってることだし。
 被害を受けるのは彼女が突っ込んで行く建物と…彼女の結界に弾かれたあたしだ。
 瞬時に状況を分析したあたしは風の結界のようなモノを身体に沿って張り…最大魔力が極端に小さいため、球体を保つ事が出来ないのである…降下の速度を和らげる。そして更に、地面と接触する瞬間。手の平だけに風を集めたその手で、地面を押し返してロンダートの要領で体勢を整えて着地する。

 (まずいなぁ…。)
 乱れた息を整えながら、内心ぽっそりこぼす。
 見事な着地に、怪我なんぞはしていない。
 不味いのは…今置かれている状況である。
 アメリアを巻くことで頭が一杯だったのか、方向を間違えてしまい、思ったよりもさっきの協会から離れる事が出来なかったのだ。
 (……早くしないと、あいつが来ちゃう!!)
 強迫観念にも似た考えが浮かび、あたしは直ぐさま魔力を集中させて術の準備をする。
 …そして、いざ大地を蹴って飛び立とうとした瞬間。
 後ろの民家から飛び出てきた彼女はあたしの前に立ち塞がった。

 わたしは家屋の壁を貫いて、そのまま床に衝突してしまった。幸い家の中は無人で、誰にも迷惑を掛けずに済んだ事を神に感謝すると同時に、まだ体を覆っていた風の名残を解除する。急いで通りに走り出ると…、彼女が今にも飛び出そうとしているのが目に入り、…わたしは思わず彼女の前に飛び出した。
 「…どこへ行くの、……リナっ!」
 はっと、息を呑む音が聞こえ、そしてひときわ深く呼吸をしてからわたしの方へと顔を上げた彼女を見て…。

 ガウリイさんと、そして自分の勘を信じて追って来たけれど。
 この人は本当にリナなのかしら?
 …目の前の彼女の容貌は、そう思わせるには十分だった。
 髪の色や服装はもちろん替わっていたけれど、輪郭や目の色は同じなのに…いや、全然違っていた。…いつもの、人の本質を見る、リナの目じゃ、なかった。

 こんな目をする人じゃなかったのに。
 ……どうしてこんなになるまでリナを独りにしたのだろう?

 わたしがリナの手を引いて歩ける人間だとは思わない。
 リナもそんなの必要としないのかもしれない。
 でもやっぱり、……無理してでも、付いていけば良かった。
 …わたしがいれば、少なくともリナは、独りにはならなかったのだから。

 リナじゃなかったら、とっくに自我が壊れてる。
 …そんな目をしたリナを見て、わたしはショックよりも後悔の気持ちを悟っていた。

 「……リナ。貴女、リナでしょう?」
 ゆっくりと近づいて彼女の両肩を掴み、じっとその赤い瞳を見据えて訊ねる。
 「……だったら。…どう、だっていうの?」
 掠れている声。
 息を整えているためなのか、それとも、…震えているの?
 「ガウリィさん、…リナの事ずっと探していたのよ?なのに、逃げるなんて酷いんじゃない?」
 ねぇ、こんな風になってまで、貴女は何をしたいって言うの?
 「…ほっといて。」
 「そうはいかないわ。」
 少し黙って、そしてゆっくり彼女が話した言葉には、どうしても納得がいかない。
 「貴女が…貴女たちが理由もなく別れるなんて、納得できないもの。お互いに想い合ってるのに、二人の心は通じているのに。
 …せめて説明してくれないと、ガウリイさんが可哀想よ。」
 「それで?」
 彼女はわたしとは逆に、冷たいとさえ思わせるような表情を浮かべる。
 「一緒にいたいからって、側にいて?それで相手を殺してしまっても…永遠に失う事になっても、…あんたなら耐えられるっていうの?」
 「それは…。」
 「ねぇ、どうして放って置いてくれなかったの?あたしを、…どうして探したりなんかしたのよ。」
 「それはリナが大切な人だからよ。ガウリィさんにとってもわたし達にも。」
 それは…、これだけはほんとのこと。
 どうしたらリナは判ってくれる?
 「………周りを危険にしか巻き込まない人間でも?」
 誰もそんなこと、思ってない!
 「リナ!!」
 「もう嫌なの!…あたしのせいで誰かが傷つくの。
 一度仲間の暖かさを知ってしまったから一人の頃にはもう戻れない。……だけど、失うのはもっと嫌!」
 「それで…ガウリイさんの記憶を?」
 力無く項垂れるリナ。こんな彼女を見たのは、初めてかも知れない。
 前にガウリイさんがフィブリゾに攫われた時もひどく落ち込んでいたけれど、あの時とは根本的に、何かが違う。
 「記憶が封されたのは偶然よ。…光の剣に変わる剣を求める旅を続けて…、
 “赤龍の剣”の存在にたどり着いて、そこまでは良かったんだけどね。
 …流石にしばらく悩んだわ。代償は“契約者の大切なモノ”なんだもの。」
 「魔力と、ガウリイさんの記憶と。…どうして二つも?」
 「同じだからよ。あたしが大事なのはガウリイと、彼と一緒にいられる自分だから。」
 もっとも、魔力は代償とかに関係なく、契約に不可欠な材料の一つなんだけどね。
 少し話して落ち着いてきたのか、半分ふざけて、半分うんざりした感じでリナは続ける。
 やっぱりリナだ。こんなに大きなことを決めたって言うのに、…後悔しているという気配は見当たらない。
 「リナほどの魔力許容量を持つ人でも、後々まで影響がでるくらいの魔力が必要なのね?」
 「そうでもないわ。伝説は数十人もの聖職者の力を纏め上げて契約の要としたと伝えてるけど。実際はそれほどの量が必要な訳じゃないのよ。
 増幅器を使ったあたしなら、本来なんの後遺症もないはずなの。」
 髪の毛が未だこの色のままなのは、只、代償と二重取りされたからってだけ。
 リナはそう、どこか寂しそうな色を目に浮かべて続ける。
 「じゃぁ、なんでガウリイさんは記憶を失ったの、あれも契約の代償だったんでしょう?
 でも。普通、代償って、一回につき一つじゃない?」
 魔力を失って、ガウリイさんまで居なくなるなんて、そんなのは辛すぎる。
 「契約途中に意識失ったからよく判んないけど。肩代わろうとしたんじゃない?
……まぁ記憶を失ってくれたのはある意味ありがたかったけどね。
 そのままのガウリイだったら、あたしと別れることに同意してくれないから、…きっと。」
 「確かに、そうね。」
 ガウリイさんには、いつだってリナが一番だから。
 「…優しいからね、あいつは。……いい機会だったのよ。別れる潮時ってやつ?
記憶を無くさなかったとしても、修行したいとか言って別れるつもりだったし。」
 「今更、修行?…リナが?」
 いま、リナは何を言った?
 思わず耳を疑ってしまう。
 「魔道士だからって魔法にばかり頼っていると、色々困るでしょう?…あたし達は魔法が使えなくなる時期が周期的にあるわけだし。
 そんな時に襲われたらどうするの。」
 「みんなで守り合えばいいじゃない。」
 今更何で…、こんな当たり前のことを忘れてるの!
 「あたしは嫌よ。…やっかい事はあたしが貰ってくることが多いのに、周りに迷惑をかけるだけってのは許せないわ。
 元々戦士としても一流なんだから、ちょうど良かったのよ、この状態は。
 …魔法なしの戦いに身を置くことができるから。」
 「だからって!ひとりで魔族と戦わなくてもいいじゃない!!
 みんな心配したのに…。……そんなに頼りない?私達じゃ、足手まといにしかならないの?」
 リナが…あんまりなことを言うから、わたしは段々熱くなっていくのが判った。
 でも、それを押さえようとは思わない。
 「…それは違うわ、アメリア。あんた達はすっごく頼りになるし、信頼もしてる。
 でもあたしが、みんなと肩を並べて戦えるほどの力を付けてないのよ。」
 肩に置いていたわたしの腕を退け、遠くを見つめるリナは、…遙か彼方を視界に入れ、何を見ているのだろうか。
 「龍神は言ったわ。この地に魔族の驚異がなくなれば、剣の材料として採った魔力だけでも返せると。」
 ついで、大地に視線を移す。
 「このあたしが。当てもなく旅をしてると思った?
 …この地に二つ目の結界を張るの。魔族の張った神封じの結界を押し出すようなヤツを。
 最初は魔力を失ったあたしになんか見向きもしなかった魔族だったけど、最近、流石に感づかれてきてね。
 ……やりにくいったら、ありゃしない。」
 最近そればかり浮かべていたのか、リナはすっかり板に付いたような苦笑を浮かべて街を振り返る。
 「結界張りはまだ途中。採られた魔力はまだ戻ってない。
 …こういうわけで、まだあたしはあいつのとこに戻る訳にはいかないの。」
 話すことは全部終わったとばかりに歩き出すリナ。
 無意識にその進路に立つわたし。
 「……そこ、どいてくれない?
 この街に結界の礎は張った事だし、…さっさと次の街に行かなきゃいけないんだから。」
 どうして、そんなこと言うの?
 どうしてそんな目をして、言うの?
 「早くしないとゼルとか追っかけて来ちゃうでしょう?それって面倒なのよね…。」
 「逃げないでよ、リナ!」
 「逃げてなんか…。」
 ほら、あたしこの街にいい印象もたれてないし、魔族が急追してくるだろうし、街に迷惑かけちゃ行けないし…。
 とってつけたような理由の数々を口にするけれど、それでもガンとして動かないわたしに痺れを切らしたのか、リナはわたしを避けて歩き出す。
 でも、このまま行かせない!!
 わたしはもう一度彼女の前に身を滑らせる。
 「ガウリイさんはリナの事を思い出してるのよ!もう、離れている必要なんてないでしょう?」
 どうしたら上手く伝えられるか判らない。
 頭のいいリナは、自分の理論を簡単には変えてはくれないから。
 …だから、わたしの口が代弁してくれるままにした。
 「知ってるわ。」
 冷たく返答する彼女に対し。
 「だったら、」
 「だから余計に、なのよ。彼を、巻きこむ訳には、いかないの。」
 ここまで来ると一つ一つ区切って、わたしに言い聞かせるように話すその語調も、わたしを苛立たせるものでしかない。
 「『知ってる』って、何をよ!『だから余計に』何だって言うの!?」
 わたし達が思ってる事、全然判ってないじゃない!
 「何であんたがそこまで熱くなんのよ。もう、関係無い人間なんだから。
 …そう、記憶がどうのこうのってのも、あたしには関係ない!」
 感情まかせのわたしの言葉に、吊られてリナもどんどん語気を揚げていく。
 「ウソよ!!」
 「嘘じゃない!」
 お互いの感情が相乗効果となって、留まるところを知らずに高まっていく。
 「じゃあ、何で私を見ようとしないの!」
 そう、さっきからリナは私を見ようとしない。
 それが一番おかしいという事にリナ自身、気付いていない。
 「ガウリイさんのこと、考えたくないからじゃないの!?」
 「やめて、よ…。」
 関係ないだなんて、平気な顔をして言ったリナ。
 …もう遠慮はしない!!
 「ガウリイさんの事、いいえ、わたし達のこと、全然判ってないじゃない!」
 「止めて…」
 絞り出すようなリナの悲鳴。…でも、今更止められない。
 わたしのおもいは、譲れない!!
 「あたしの目を見なさいよ!リナ!!」
 「やめて!」
 「止めない!!ガウリイさんとちゃんと話をしなさい!…でないとガウリイさんがかわいそ…」

 「もうやめてーー!!」

 悲鳴に近い声をあげて崩れて行ったのは、…あたしの方だった。
 魔族との、いつ終わりを迎えられるかも判らないような戦いに参加した事への恐怖と。…ガウリイがいない事への喪失感。
 必死になって抑えてきたモノが、ここに来て一気に溢れ出す。
 気がつかない振りをしてきた想いが、まるで堰を切ったように流れていく…。
 「せっかく我慢して、やっと…平気になってきたのに…。何で今更出て来るの?
…あたしのことなんか、放って置いてくれていいのに…。」
 震える体をきつく抱き締めながら声を絞り出す。
 それが…。恐怖から逃れる、唯一の方法であったから。
 「平気って……。今のリナの、どこを見たらそういえるの?どこ見たらそんな事が言えるの?
 …今のリナはおかしいって、ガウリイさん直ぐに気がついたわよ。
 心がボロボロなのにそれを必死になって隠そうとして…。
 …今の貴女、全然リナらしくない!」
 「じゃあ、どうすれば良いってのよ!!」
 アメリアに負けないくらいに声をあげる。
「…あたしらしい、って何よ?……ガウリイが居ないのよ。」
 涙声になるけど今更気にすることも出来ずに、あたしは叫ぶ。
 今まで貯めてきていたモノを、決して出す事ができなかった想いを。
 自分の置かれている状況すら忘れて、感情を涙を、流れるがままに曝す。
 「側に居ないのよ、ガウリイが。………あたしが望んだ事だけど。」
 視界が、あたしの意志を無視してどんどん歪んでいく。
 「別れて直ぐはガウリイの夢ばかり見たわ。
 …一緒に旅してたときの事や、フィブリゾに捕まったときの事。
 彼が冷たくなっていく、これから起こり得る事を…毎日毎日繰り返し!!」
 夢の中、彼の腕は赤い血にまみれ、やがて瞳を伏せたまま冷たくなっていく。
 「そんな光景を!何度も、何度も突きつけられても!
 あんたなら、耐えられるって言うの?
 笑って、…こんなの夢よって、笑ってそう、言えるの?」
 こんなに情緒に揺れるのは久しぶりのことで。
 今までも決して上手い方ではなかったけれど。コントロールは効かなくなっていく。
 「何度叫びながら目を覚ましたか。…夢を見ないように夜通し走った事だってあった。
 修行に専念して、無視しようともした!…魔族の攻撃も毎日のように続くしね。」
 それでも人間には必ず眠りは訪れる。
 魂を擦り切られる思いをしながらいくつもの夜を越え…。
 心が冷えきった頃、ようやく気がついた。それが魔族の精神攻撃だって事にね。
 それからは結構楽に構えられるようになったわ。
 思い出を利用されるっていうんだから、考えなければいい。
 ……ただ、それだけの事、だもの。

 「あたしは強くなった。…今はもう、独りでも充分なの。」

 「……それで?誰もいないところで。たった独り、涙を流すのか?」

 飛んで行ってしまったリナを追って、ゼルガディスに運んでもらっていたオレは、街のはずれ、先程までオレ達がいた所からさほど離れていない場所に、リナの気配を感じ取った。
 遅れてリナに気が付いたゼルに、彼女から十数メートル離れた所にそっと降ろしてもらう。
 まだ眠りの呪文の効果が残っているらしく、未だふらつく足を気にせず歩いていくと、角を曲がった所で彼女の後姿を見つけた。
 アメリアと何やら言い争っているのが聞こえて来る。

 「あたしは…独りでも充分なの。」

 小さな体で精一杯強がる彼女。虚勢は彼女には必要なものだったかもしれない。
 しかし。
 今の彼女が強いはずがない。
 こんなにも思い詰めているリナは、リナじゃない。……見ていられない。

 何故もっと速く見付け出さなかったのだろう。
 こいつは、たった独りでこんなになるまで苦しんでいたというのに。
 今更ながらに後悔する。
 オレはリナに気づかれないよう近づいて、…彼女の張り詰められた緊張を解きほぐすよう、後ろから彼女を包み込むように抱きしめた。

 リナだ…。
 久しぶりのリナは相変わらず。あたたかくて、やわらかくて、せつなくて…。
 リナの香り、リナの柔らかさ、リナの熱…。やっと取り戻した、…オレのリナ…。
 そう言うと“あんたのじゃないっ”て怒るけど『オレの、大切なリナ』てのは、確かなことだから……。
 そりゃ“オレだけのリナだ”っていえたら、どんなにか嬉しいけど。
 今までは、言えなかった。

 オレが懐かしいリナを堪能しているとき、リナは、逆に戸惑っているようだった。
 全身に力が入っている。
 まさかオレに追いつかれるとは思ってもいなかったのだろう。
 …気配を読み損なうなんて、それだけ余裕が無くなってるって事だ。
 そんなリナを抱きしめる腕を少しだけ緩め、耳元に囁いた。

 …平常心を取り戻しつつあったあたしの心を揺さぶったのは、やっぱりこいつだった。
 わざわざ振り向かなくたって判る。
 何度も夢に見た、暖かい、声。
 魔族のそれとは違う、暖かい空気。
 でも、これが夢だったらあまりに辛いから…。
 珍しく怖がって、確認するのを躊躇っていると。向こうから、確証を与えてくれた。
 …彼だけがあたしにくれる、暖かい抱擁で。
 この心地よい温もりは、彼だ。…彼でしかあり得ない。
 でも、突然の事に動揺していたあたしは『前にも言っただろ?』と、耳元で囁かれるまで、只ただボーっとしているだけだった。

 「前にも言っただろ?お前さんは決して強い訳じゃない。後悔しないように、前を向いているだけなんだって。
 それはある意味強いって言えるかもしれない。
 ……でも、今のリナはダメだ。ギリギリの所に立たされて、苦しんでる。
 何時だって誰よりも生きることを楽しんでるリナなのに、…今のリナには、余裕が無い。
 今だって。追い詰められた小動物のような顔をしてるよ。」
 気が付かなかったのか?と、柔らかい声で、囁いてくる。
 …文句の一つでも言いたいだろうに。
 でも彼は、…以前と変わらない暖かさであたしに温もりを与えてくれた。
 あたしの頭にそっと乗せる頬も、あたしを潰さないように、でもあたしの力では決して抜け出さないくらいに力強く抱きしめる腕も。
 回される手の温かさも、吐息の熱さも、……ぜんぶ、変わっていなかった。
 「このままじゃ、いつかリナは疲れて…壊れてしまうよ。
 緊張の糸が切れた時、一人しか居なかったら……誰がその時のお前を守るんだ?誰がその綻びを繕うんだ?」

 少し前『大きな力は更なる力を呼び寄せる』と言われた。
 リナの場合はまさしくこれで、本人が望む望まないに関わらず、力の方が彼女を追ってくる。
 抱き締めている体は相変わらず華奢で…その背に乗せられた全てを、独りで抱え込める訳がない。
 今だって、背中の重圧に耐えるかのように、ギュッと手の平を握り締めている。
 自分と言う存在が消えてしまわないように。

 その重さを、少しでも軽くしてやりたいと思っては、いけないのか?

 ようやく強張りが収まりかけた頃、そっとリナに訊ねる。
 ずっと前に尋ねた事を、もう一度。
 「なぁ、……リナは…、オレが嫌いか?」
 リナは顔を二度、振るう。横に。
 初めは小さく…二つ目は大きく、はっきりとオレにも判るように。
 最初のは自分の中で確認したのだろう。
 (……よかった。嫌われてない。)
 安心してオレはそっとリナの顔をこちらに向ける。…今度は、抵抗は見られない。
 (…おやっ?)
 「お前さん、指、白くなってるぞ?…あんまり自分を傷つけるなよ。」
 相変わらず自分には厳しいようだ。
 彼女の握りしめられた拳は、その力の余りに白く変わっている。
 指摘の言葉に自分で指を開こうとするが、混乱しているのか指先が言う事を聞かないらしい。一向に外れる気配を見せない。
 見かねたオレがそれを解こうと腕を伸ばすと、反射的に手を引くが当然逃がしはしない。
 掴まえた腕を反し、そっと彼女の手の甲に口づけを落とす。
 彼女が驚いた拍子に脱力した手首を取り、ゆっくりと、傷つけないよう細心の注意を払ってリナの指を一本一本広げていく。
 「お前は悪くない。オレが、知ってるから。」
 アレの存在を知ってるのも、あの術を使うのも。
 結果、魔族に狙われるようになったのも。
 生きようとするのも。

 もう一度手を返し、今度は手の平に口づけて、傷口を消毒する。
 ビックリしたリナが項垂れていた顔を持ち上げる。
 今まで伏せられていた瞳と一瞬だけ目が合い、直ぐに逸らされてしまったが…、
 (リナだ…。)
 久しぶりに合わせたリナの顔が愛しくて、堪らず強く、深く抱きしめる。リナが抜け出ないように。

 「はなして…よぉ…。」
 意地と、意志の力とを総動員して言った言葉は、…更に強くなる抱擁で返されてしまった。
 全身が先程とは違う、痺れに襲われる。
 声がでず、思考が…凍りつく、……止まる。

 大好きな彼の腕の温かさは…最後に抱かれた時と、ひとつも変わっていなくて。
 一度は諦めたはずのこの温もりは、暖かくて、あまりにも心地よくて。
 この後にも続く戦いを今だけは忘れ…あたしは只、温もりに身を任せたままにした。

 「愛してるよ、リナ。」
 緊張を解き、オレに体重を預けてくれるリナに、思いの丈を伝える。
 ずっと言えなかった言葉。
 …伝えたかった言葉。
 「なぁ、リナ。一緒にやろうよ。お前さんが魔力を取り戻したいって言うなら、結界張りだろうが、魔族討伐だろうが、なんだって手伝うから。」
 だから…、独りで行ってしまわないでくれよ。
 「で、でも…。」
 力なくも否定を示される。
 「何だ?」
 「…これは、あたしがやらなきゃ意味が…。」
 「ああ、それね。…ルナさんが言った奴だろう?」
 「……?」
 何故知ってるのかって?
 「いやぁ。リナを探すのに、真っ先にゼフィーリアに行ったんだ。
 ……そこでルナさんから大体の経緯を聞いた。」
 「じゃあ…!」
 「ルナさんは結界を壊せとは言ったが、“独りでやれ”とは言ってないだろう?」
 「確かに…そうだけど…。」
 「ちなみにルナさんの了承は貰ってるから。」
 「えっ?」
 「一緒にいて、手伝いたいんですが、って言ったら…『どうぞ』って、軽く頷いてたぜ。
 あれは絶対こうなるって、予想していたと思うな。」
 「……、……、……!?」
 「だから、な?…いいだろう?」
 「ガウリイ……。」
 多少困惑の色を浮かべたものの、直ぐに柔らかい笑顔でオレだけを見つめるリナを、今度こそ正面から抱きしめる。
 リナの気持ちが判るように、オレの想いを伝えるように。
 …二人の温度が混ざり合うかのように。

 己の世界に入っている二人の剣士の傍らで。呆れたように、そして、喜んでいる二人がいた。
 「……記憶封鎖を受けたとき、わたしはガウリイさんの事しか忘れなかったのに、ガウリイさんはどうして四年間の全ての記憶を無くしたのか判りました!
 ガウリイさんにとって一番大切なのはリナと出会ったこと。そして、リナと過ごした時間。
 出会った事も、その後の時間もみんな大切なんですね!!」
 「リナと出会って世界が変わったんだろうよ。…もしくは俺達のことは、単にいつものように忘れていただけなのかもしれんな……。」

 暫くは再会した二人を素直に喜んで見守っていた、二人だったが…。
 「それにしても。…いつまでも、こう、抱き合われていても、ちょっと困りますね。」
 「ああ。目のやり場に困るというか、何というか…。」
 「……いい加減、事情を説明してもらいたいけれど。でも、二人の絆を裂くなんて、わたしには…ちょっと…。」
 目線で訴えられる。
 「俺か…?」
 「すみません……。」
 ふう。
 仕方ないかと半分諦め、後で両人から制裁が加わることを覚悟して二人に近付いていく。

 コホンと咳払いをし、馬に蹴られる愚考を敢えて行う。
 「お熱い再会の感動を味わうのは良いが、おふたりさん。
 ……いい加減、説明してもらえんだろうか?」

 ゼルガディスの言葉で現実に引き戻されたリナだったが、高圧の魔法を見越して避難するゼルとアメリアに、呪文はぶち放たなかった。
 大人になったのかと思いきや、単に広範囲呪文が使えなかっただけらしい。
 それを好機と見て更に突っ込もうとしたアメリアを、ラグナ・ブレードをチャージした魔法剣で斬りかかった事は言うまでもない。
 最大魔力が減少し、他人様への被害は格段に減ったのだが、彼女の逆鱗に触れた者の生命の危機が一層色濃くなったのは、誰の目にも明かだった。

 「……別にね、…大したことじゃないのよ。」
 三人を前にしてあたしはぽつり、あたしが見聞きした事を、そこから弾き出した結論を口にする。
 本当は…適当な言い訳で誤魔化すこともできたんだけど。諦めた、というか、腹を括った、と言うのが正しいかも知れない。
 姉ちゃんの所にも行った位なんだから、ある程度は知っちゃってると思うし。
 なにより。…ここに至るまでの経緯を説明するまでは、何時までも放してもらえなさそうに感じたから。

 神封じの結界への干渉は…この剣を譲り受ける条件だった。
 1000年前、魔族によって張られたこの結界は、神族にとって目の上のこぶだった。
 代々の赤龍の騎士達もなんとか取り除こうと試みたのだけれど、神側である自分らが手を出す事は即ち、均衡を破る事を意味していた。
 ただでさえ不安定な結界内。
 少しでも天秤が傾けば、この世界はたやすく滅びの道を辿るであろう。
 歴代のスイーフィードナイトは…魔族の結界を、魔族の横行を、手を拱いて見ているしかなかった。
 そして…普通の人間にはそれをなし得るだけの力を有さない。
 ……しかし、赤龍の騎士の妹としてあたしが生まれた。
 彼女に鍛えられ、魔族に関わるいざこざに巻き込まれ、…アノ存在すらも知るに至った。
 恐らくは人間の中では最も詳しく、深く。
 そこで、あたしに白羽の矢が立てられたのだ。

 「あんた達は……。」
 三人の顔を順に見つめながら言う。
 コピーレゾやフィブリゾと戦った時は、成り行きであたしに付き合う形になった けれど…、今回は違う。これは、あたしが、…あたしの我侭のために始めた事。
 そして、魔族全体を相手に売るケンカ。
 いつ終わるかも判らなければ、命の保証も当然ない。
 それだけじゃない。
 運良く全てが片付いたとしても、残党にいつまでも付け狙われるという可能性も
否定できない。

 あんた達の知っている、魔道士リナ=インバースは、もういない。
 「……あたしに……付き合う義理なんか、ないのよ?」
 あたしより高めの視線を、睨むように見つめる。
 「“だからあたしの事はさっさと忘れて、放っておいて頂戴”なんて言わないでよね?」
 「アメリア!?」
 「そんなの認めないから。」
 驚声を挙げたあたしに間髪いれずにアメリアは続ける。
 「…確かに、わたしがリナに関わる事で、セイルーンが危険に晒される事は否定できないわ。
 目的の為には手段を選ばないのが魔族なんだから。
 ………でもね。それはわたしが何処にいたって同じなのよ。」
 腰に手を当て、いつもの口調で彼女の正義を語り出す。
 「生きる為に戦う、…それの何処がおかしいの?魔族討伐?良いじゃない!
 貴女が止めてもわたしはやるわよ。
 今やらなきゃ、繰り返すだけだもの。
 ………それに。リナにもう会えない、なんて、嫌なの。
 今回だってガウリイさんと一緒にリナを探したのは、他でもない、わたしがリナに会いたかったらなのに!
 …魔族なんて、戦いなんて、関係ないのよ!!」
 びしっと!人差し指を突き出して、キめる。
 彼女がいつも誓いを宣誓するように。
 「…………。」
 あたしは何も言えなくて。…気まずさそのままに視線を隣へずらす。
 他人に関わるのを嫌う彼が、何でここにいるのだろう、そんなことを思っていると。
 「俺もごめんだな。」
 「ゼル…。」
 「今更抜けるなんて、魔族にしっぽを向けて逃げ出すのと同じじゃないか。
 第一、ここでノータッチを決め込んで、全てが終わった時にお前さんに恩を着せられるのは、正直、魔族を相手にするよりも何倍も、厄介だ。」
 あたしの視線を受け取って、どこかで聞いたことが有るようなことを勝手にしゃべり始める。
 「おっと勘違いするなよ。俺は世の為人の為正義の為なんて思っちゃいない。
 結界がなくなるのは俺にとっても都合が良いってことさ。
 あれがなくなれば魔族の脅威も今よりは減るからな。…より多くの人間が奥地へと向かうようになる。
 ……それだけ俺の捜し求めている情報が手に入りやすくなるって事だ。」
 誰も聞いていないってのに、ペラペラと。
 何か自分の言ったことに照れてるのか、ほんのり頬を赤くしてるし。
 「……オレは……。」
 今まであたしの後ろから腕を回していた彼は、…そっとその腕を解き、あたしと視線を合わせるようにして立つ。
 「オレは……、前にも言っただろ?お前さんにとことん付き合うって。」
 「保護者だから?」
 ちょっと意地悪く聞いてみる。
 「お前さんの居場所は、オレの隣以外には無いの。」
 ガウリイもちょっと拗ねたように言い返してくる。
 「あんた、忘れたんじゃなかったの?!」
 「お前さんの事は絶対に忘れないよ。例え記憶が無くなっても、体が忘れない。
……いや、オレの中にはリナいるんだ。今更もう、無くせないよ。」

 「…………。」
 あたしを囲む、三対の瞳。

 ………あたしは何か、大きな勘違いをしていたかもしれない。
 少なくとも、あたしは……独りじゃない。
 今まであたしが歩いてきた道は、明日に続いていたんだ!!
 (…無理して独りでやることなかったかな?)

 「あーあ。」
 わざとらしく、盛大な溜息をつく。
 「結界破って魔力取り戻してから、かぁっこ良く再登場しようと思ってたのに…。」
 できる限りの虚勢を張る。今は泣く場面じゃないもの。
 「まぁったく、どうしてくれるのよ?」
 深呼吸。
 「…いい、みんな。途中でリタイア、なんて、させないわよ!?」
 そんなの絶対、許さないから。
 最後まで付き合ってもらうからね!

 三つの笑顔が頷くのが見える。
 あたしはそれを確認するや、くるりと振り返り、次の街に向かって走り出す。
 軽く追いつけるほどの速さで。……振り切るためではないのだもの。
 恥ずかしくて、彼等の顔が見られないけど。
 だけど、きっとあたしは笑ってると思う。

 Dear Myself
 もっと、…あたしを信じよう。
 ガウリイが側にいてくれるあたしを。
 ガウリイが愛してくれる自分を。
 支えてくれる仲間がいる今を。
 さぁ!
 今日の自分を糧にして、明日を目指す旅に出かけよう!!

 FIN

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◇◇◇なおさまからのコメント◇◇◇

こんなに長い話に最後まで付き合って下さり、本当にありがとうございました。
呪文のアレンジが書きたいがために起こした話ですが、まさかこんなに長くなるとは思いませんでした。
“Dear Myself”は、進路や就職などで悩み、自分に不安を感じてしまうようなとき、自分に対して親しみを込めて呼びかけてあげるための言葉として創りました。
過去の自分が望んで選択したからこそ生まれたのが今なんですから、もっと好きでいたいです。
でも、それは同時に、未来の自分に恥じないよう、今、精一杯のことをしなきゃいけないと言うことなんですよね。
そんなことを考えながら書いた話です。読んでみてすこしでも元気が出てきたら、何より、楽しんでいただければ幸いです。
さいごに、こんな長い話に最後まで付き合って下さった皆様、そして、私の話を取り上げて下さった和音さまに、大々感謝です。