5羽の白鳥

〜前編〜


 

 昔々のお話です。
 ライゼールという国に、レゾという国王様が居りました。
 レゾ王には、既に亡くなったお妃様との間に、5人の王子と1人の王女が居りました。
 王子の名は上から順に、ザングルス、ゼロス、ヴァル、ルーク、ゼルガディス。
 王女の名は、リナといいました。

 さて、レゾ王は、大臣をはじめ家臣たちの勧めもあり、後妻を娶りました。
 エリシエルという名のこの後妻は、先のお妃様存命中から、王を慕っており、王との結婚を誰よりも喜びました。

* * * * *

 華々しく婚礼が行なわれてから数年後の事です。

 レゾ王はお妃であるエリシエルが、先のお妃様との子供である、6人の子供たちを嫉妬の眼で見ていることに気がつきました。
 実は結婚した当初から、その感情は在ったのですが、ここ数年というもの、エリシエルはそれを巧妙に隠していたのです...

 お妃が嫉妬するのも、一つの理由がありました。
 実は王とお妃は、名ばかりの夫婦だったのです。
 当然子供など、生まれるはずがありません。

 レゾ王には先のお妃との間に、6人の子供が居りますし、また、王妃が亡くなるまで、王は一人の愛妾も無く、自国は勿論、近隣の国々からも、鴛鴦夫婦として有名でした。
 愛妾が居ないのは、セイルーンのフィリオネル王とライゼールのレゾ王の2人だけです。
 これは、国王という立場を考えれば、珍しい事でした。

 レゾ王は、エリシエル妃の目に子供たちへの嫉妬を感じ取ると、子供たちを森の中の離宮へと移しました。
 その離宮が建っている森は、複雑な迷路になっていて、離宮まで辿り着くには、その森の管理をしている喋る鶏であるディーヴァの案内が必要でした。その鶏の案内が無ければ、たとえ猟師達でも迷ってしまう別名、迷宮の森と呼ばれていたのです。

* * * * *

 さて、王子たちと王女が迷宮の森の離宮に移ってしばらくしてからの事。
 エリシエル妃は、時々周りを気にしながら、何処かへ出かけていく国王を見かけておりました。
 初めの内は、エリシエル妃を警戒し、子供たちのところへ中々行かなかったレゾ王ですが、会えない期間が長くなればなるほど、子供たちへ会いたいという気持ちが膨らみます。
 その為、最近では暇を見つけては、子供たちの所へと通っておりました。

 エリシエル妃が見たのは、今まさに、子供たちの所へと行こうとしていたレゾ王の姿でした。

 不審に思っていたエリシエル妃は、ある日、レゾ王の後をつけます。
 そして、エリシエル妃が見たものは....
 楽しそうに歓談するレゾ王と、ゼロス王子でした。
 ゼルガディス王子は、そんな父と兄を黙って見ていますし、ザングルス王子とルーク王子は、剣の手合わせをしています。ヴァル王子は、ザングルス王子とルーク王子の手合わせを黙って見ています。
 それを見て、エリシエル妃は、先の王妃から未だに、夫であるレゾ王を放せないことを知りました。

 さて、エリシエル妃は、祖母の元を訪ねました。
 祖母の名はヴルムグンといい、呪術やまじないを得意としておりました。
 エリシエル妃は、祖母からある呪術を教わり、ある日、レゾ王の子供たちが住んでいる離宮へと向かいました。

 離宮へと辿り着いたエリシエル妃は、直ぐ近くにある茂みへと身を隠しました。
 そして、離宮から王子たちが出てくるのを見ると、6枚の布を投げつけました。
 布に包まれた王子たちは、白鳥へと姿を変えると、飛び立ってしまったのです。
 実は、その布には、エリシエル妃が祖母ヴルムグンから教わった、姿を変える呪術が縫いこめてあったのです。
 王子たちが、飛び立つのを見て取ると、エリシエル妃は満足げにその場を立ち去りました。

* * * * *

 さて、1人離宮へ残っていたリナ王女は、突然の羽ばたきに、視線を窓へと向けました。
 実は、この離宮には王女も居たのですが、以前エリシエル妃が見たとき、王女の姿はなかったので、エリシエル妃は王女は別の場所に居ると、思っていたのです。
 その為、リナ王女は、兄王子たちと違い、継母の呪術を受けずにすんだのでした。

 リナ王女が外を見ると、5羽の白鳥がリナ王女の居る窓のすぐ側を通っていきました。
―こんな時期に白鳥?
 リナ王女は、不思議に思いました。
 なぜなら、今の季節、ライゼールには白鳥は居りません。
 白鳥たちが居るのは、ここより北のカタート地方です。

 すると、5羽の白鳥の内、1羽が窓の側を通る寸前、リナ王女を見ました。
 その視線は、白鳥とは思え無いほど、思慮深いものでした。
 白鳥の視線に、リナ王女ははっとしました。
 その視線は、本の内容を討論する時のリナ王女の直ぐ上の兄、ゼルガディス王子と同じものでした。

 リナ王女は、急いで離宮の外へと向かいました。
 そして、離宮の入り口付近で、白鳥の羽を見つけたのです。
 離宮から出たばかりの兄王子たちの姿は、影も形も在りません。
 リナ王女は、5羽の白鳥が兄王子たちであると確信しました。

 そして、リナ王女は白鳥の後を追い始めたのです。

* * * * *

 リナ王女が、白鳥たちに再会したのは、セイルーン、ゼフィーリア、エルメキアの国境付近でした。

 そこにある湖で、歩き疲れたリナ王女は、休んでおりました。
 白鳥が飛んでいった方向へ歩いてきたのですが、これまでの時点で、リナ王女は兄王子と思わしき白鳥たちには会いませんでした。
 会ったのは、鹿やウサギ、リスなどの森の動物達だけです。

―どこ行ったのよ〜?
 リナ王女は内心ため息を吐きます。
 ですが、兄王子たちに呪術をかけた継母の居る国になど、戻りたくありません。

 日も沈み、辺りが黄昏に染まり始めた時、うとうとしかけたリナ王女の直ぐ側に、5羽の白鳥が降り立ちました。

 リナ王女は羽音に、目を覚まします。

 降り立った5羽の白鳥は、リナ王女の目の前で、兄王子たちの姿に変わります。
「兄さま...」

「リナ、やはり気づいたのか?」
 答えたのは、ゼルガディス王子でした。
「あたしを見た白鳥は、ゼル兄さまでしょう?」
 妹の言葉に、ゼルガディス王子は頷きます。

ゼルガディス王子がリナ王女へ、継母であるエリシエル妃の呪術で白鳥にされたと話します。
「元には戻れないの?」
「元に戻る方法はある」
「それは?」
「それには、リナさん、貴女の協力が必要です」
 ゼロス王子が言います。
 他の兄王子たちは、ゼロス王子とゼルガディス王子に説明を譲り、妹姫との会話を黙って見守っています。
正確には、ゼロス王子とゼルガディス王子が5人の王子中でも博識で、それに比べて黙っている王子たちは、自分が説明できないのを知っていたからでした。

「とても、難しいものだ」
「難しい?」
「そうです。リナさん、貴女は3年の間、喋らず、笑わず、僕たちの為に、イラクサで上着を編まなければいけないんです」
「それも、生えたばかりの棘も無いイラクサではなく、成長したイラクサで作らなければならないんだ」
「イラクサは、茎や葉に棘があります。貴女は、それで3年の間に僕たち5人分の上着を編まなければいけないんです」
「そうすれば、兄さまたちは戻るの?」
「そうです」
「今日、俺たちが人間の姿に戻れたのは、満月だからだ。
 それも、満月が出ている間の数分しか、俺たちは人間の姿にはなれない」
「...やっていただけますか?」
「...やるわ!だって...ゼル兄さまとアメリアの結婚が決まってるものね」
 リナ王女はそう言って、微笑みました。
 アメリアとは、セイルーンのフィリオネル王の第二王女で、ゼルガディス王子との婚約が、既に整っていました。
 また、リナ王女はアメリア王女と仲がよく、2人はよく国を行き来していました。
 セイルーンとライゼールが友好国だというのもありますが、リナ王女とアメリア王女は、まるで姉妹のようでした。
 ゼルガディス王子とアメリア王女の婚約も、2国の友好を深めるというのもありましたが、本人達が互いの事を憎からず思っていた―はっきり言えば、恋愛感情を抱いていたのが、2人の婚約の整った最大の理由でした。
 妹姫の言葉に、兄王子たちは穏やかな笑みを浮かべます。
「なら、俺たちはゼルガディスに感謝しなければならないな」
 ザングルス王子が揶揄するように言えば、
「正確には、アメリア王女にだろ?」
 ヴァル王子も言います。

「俺は、ミリーナに会いてえぇぇぇ!!!!」
 ただ1人、ルーク王子が絶叫します。
 ミリーナとは、アメリア王女付きの侍女で、王女のお供で共にライゼールに来る事がありました。
 ミリーナを一目見たルーク王子が、ミリーナに告白をし、すぐに断られるのが、ライゼールの王宮では有名になっていました。

―ルーク(こいつ)は、このままの方がいいんじゃぁ....
 ルーク王子以外の、4人の王子たちとリナ王女の内心の声が一致しました。

 さて、森の中を歩いてしばらくすると、リナ王女は小屋を見つけました。
 小さな小屋の扉を開けて見ますと、若干埃の溜まった室内。何も置かれてなく、寂れた雰囲気を受けます。
 どうやら、使われていない小屋のようです。

 リナ王女は、小屋を掃除すると、イラクサを求めて森の中へ入っていきました。

* * * * *

 リナ王女が、イラクサで兄王子たちの為に上着を編み始めてから、1年が過ぎたある日のことです。

 リナはいつものように、小屋の近くにある大きな樹の根元に座り、上着を編んでいました。
 さわさわと葉ずれの音が耳に届きます。

 やがて、リナの元に一匹の小鹿が姿を現しました。
 リナがイラクサで上着を編み始めてから、数ヶ月が過ぎる頃には、森の動物達も彼女に警戒しなくなりました。
 それからは、晴れた日には樹の根元で上着を編み始めるリナの周囲には、小鳥やウサギ、鹿が現れるようになりました。
 今回もそういったことだろうと思っていたのですが、ふとリナが小鹿に視線を向けると、足にケガをしています。
 リナは上着を編むのを止め、小鹿の傷に触れました。

 その時。
 がさがさと音がして、小さな何かが飛び出してきました。
がうぅぅぅぅっ
 低い唸り声を上げるそれは、一匹の猟犬でした。
 どうやら小鹿は、狩をする誰かから逃れてきたようです。

「ゴルンノヴァ?」
 猟犬の名前でしょう。そう言いながら、1人の青年が姿を現しました。
 ずいぶん立派な身なりをしています。
 陽光を浴びて、黄金に輝く髪。動くたびに後ろで髪が揺れている事から、どうやら襟足で束ねているようです。
 空をそのまま閉じ込めたかのような蒼い瞳。その双眸が、猟犬、小鹿、そしてリナの順に向けられます。

「ゴルンノヴァ」
 青年が猟犬の名を呼ぶと、犬は唸り声を上げるのを止め、青年のほうへと向かいました。
「すまなかった」
 猟犬が青年の下へ行くと、青年はリナに向かって言いました。
 裏表の無い蒼い双眸、それがリナに向けられています。
 リナは無言で首を振りました。
 彼女の側に居る小鹿は、全身を警戒させていたのですが、青年が猟犬を呼び、リナに謝った時点で、警戒を解いていましたから。
「オレは、ガウリイ。お前さんは?」
「.....」
 警戒していて、答えないと思ったのか、青年は自分の名を名乗ります。
 リナはガウリイと言う名に聞き覚えがありました。
 確か、エルメキアの王妃が生んだただ1人の王子、第一王位継承者です。
「?」
 リナが答えないのを不思議に思ったのか、ガウリイの顔に訝しげな表情が浮かびます。
 その表情に、リナは寂しげな表情を浮かべました。

 兄王子たちの為に、イラクサで上着を編み始めてから、リナは一言も喋らず、笑いもしませんでした。微笑む事も無かったのです。

「...喋れないのか?」
 ガウリイの質問に、リナは頷きました。
 本当なら喋れるのですが、説明が難しいと思い―兄たちが継母の呪術で、白鳥に姿を変え、それを戻す為に、喋らないのだと言っても、信じてくれるとは限りませんものね―リナは、喋れないという事で通してしまおうと、考えたのでした。
「...そうか?......よかったら、オレと一緒に来るか?」
「.....?」
 リナは、ガウリイの言葉の意味を図りかねました。
 リナの記憶では、ガウリイ王子は父王と違い、好色だという話を聞いた事はありません。
「ダメか?」
 まるで、捨てられた子犬のような瞳で、リナを見つめます。
「?!!」
 その瞳に、リナは困ったような表情を浮かべました。
 そんな瞳で見つめられると、なんだか自分が悪い事をしているようです。
 リナが戸惑っている事を悟ったのでしょう。
「...悪い。本当のこと言うとな....オレ、お前さんに惚れた」
 ガウリイの言葉に、リナは呆然とし、次に真っ赤になりました。

* * * * *

 断ったリナでしたが、ガウリイ王子は諦めきれないのか、リナの元を訪れます。
 特に何をするというわけでもないのですが、リナの側で上着を編むのを黙って見ています。
 初め、イラクサで上着を編んでいる事を知ったとき、ガウリイ王子は、
「痛くないのか?」
 と、聞いてきました。
 棘のあるイラクサで、上着を編むのですから、痛くないわけがありません。
 しかし、1年も編んでいると、慣れてくるものです。
 リナは頭を振りました。
「なんで....」
 ガウリイ王子は、言葉を切りました。
 なぜ、そこまでするのか。それを聞きたかったのですが、寂しそうな表情のリナに、理由を問えません。
 リナは、ガウリイ王子の手を取ると、その掌に『必要だから』と、指で書きました。
 その行為に、ガウリイ王子は驚いたようでしたが、
「...そうか」
 と、言うに留めました。

 10日続けて来たガウリイ王子の掌に、根負けしたのか、リナは指で自分の名を書きました。
「リナ....リナか...」
 リナの名を嬉しそうに呟くガウリイ王子に、リナは顔を真っ赤にしました。

 ガウリイ王子が、リナの元に通い始めて、半年が経った頃のことです。
 その日はガウリイ王子の表情が優れませんでした。

「悪い...もう、中々来れなくなった」
 その日の帰り際、ガウリイ王子は言います。
 リナは王子の掌に『なぜ?』と書きました。
「...父上が亡くなられたんだ。
 王位を継いだら、今までみたいに来れなくなる」
 ガウリイ王子は、残念そうに言います。
 その表情に、リナの胸が痛みます。
 実はリナもこの半年の間、ガウリイ王子と会うのが、楽しみになっていたのでした。
「だから...リナには、オレと一緒に来て欲しい。
 上着を編み続けるって言うなら、オレは反対はしないし、今の生活を続けるなら、それでもいい。
 ただ、オレの側に居てくれれば....」
 そこまで言ったガウリイ王子の手に、そっと小さな手が重なります。
 視線を向けると、リナがガウリイ王子を見つめています。
「....リナ?.....来て...くれるのか?」
 ガウリイ王子の問いかけに、リナは頷きました。

* * * * *