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「…外、行きたい」
「ダメ」
「魔道書読みたいんだけど」
「ダメだって」
「〜〜〜っ。盗賊いぢめに行きたいーーーっっ!!」
「ダメに決まってるだろーがっ!」
ごろごろごろごろ。
退屈を持て余して、ベッドの上を転がるあたしを呆れたように見詰める蒼い双眸。
言わずと知れた、自称保護者のガウリイだ。
「まだ熱が下がりきってないんだから、大人しく寝とけよ。な?」
「だってだってーー!もーヒマすぎて死にそーなんだもんっ!!」
暦が変わり、ここのところあったかい日が続いていたことに油断してたのが悪かった。
突然寒さが戻ってきたせいで、あたしはあっという間に風邪をひいたのだ。
こらそこ!マヌケとか言ってんじゃないわよっ!!
そんなのは自分がよ〜っく解ってんだから!
改めて他人に言われると腹が立つでしょーが!
おかげでガウリイの保護者ぶりに拍車が掛かっちゃって、過保護さ全開なのよね。
まぁね、心配してくれるのは…その、嬉しい…のよ?
大切にされてるんだなぁ〜って、ほわんとした幸せを感じちゃったりなんかして…あの…あぁもうっ!!
恥ずかしいのよっ!お願いだからこれで解ってっ!!
『実は、すっごく幸せ』とか思ってしまう自分があまりにも恥ずかしくて、その気持ちが間違っても(ここ重要!!からかわれたくないのよっ!)表に出てきたりしないように、暴れ出したいのを抑え込む。
「―――ちょっと起きてるだけでベッドへ強制送還ってのは、絶対横暴だわっ!
もう大丈夫って言ってるじゃないの!」
「そういうことは、ちゃんと全快してから言うもんだろ?
熱はある、声は掠れてる、おまけにさっき眩暈を起こして倒れかけたのは誰だ?」
「……うぶぅ〜……」
悔しいっっ!
このあたしがガウリイに口で勝てないなんてっ!!
ぼふん、と乱暴に頭を枕へ沈めて毛布を被り、ぷちぷちと文句を言いながら椅子に座る彼に背を向ける。
「ほら、リナ。リンゴ剥けたぞ」
声を掛けられ、のろのろと寝返りを打つ。
さっきからショリショリ音がしてたのは、リンゴの皮を剥く音だったのね。
あたしが身体を起こすと、素早く枕をあたしの背中と頭板の間に滑り込ませ、にこにこと微笑みながらリンゴが山になった小皿を差し出す。
それを受け取った途端、あたしの目は点になっていた。
「……うさぎリンゴ……?」
「おう。かわいーだろ?
オレが病気になった時、ばあちゃんが必ずそうやって剥いてくれてたんだ」
………いや、まあ、確かにガウリイのあの大きな手から生まれてきたとは到底思えない程、綺麗で可愛らしい出来ではあるんだけど。
結構手先が器用なのよね、ガウリイって。
って、そーでなく!
「あたしは子供かぁっ?!」
「えー?会心の出来だと思ったんだがなあ」
うう、会話が噛み合わない…。
も・いーや。
気にしてたら、下がる熱も下がらなくなりそーだもんね。
「ばあちゃん、ね。
そーいやガウリイのお婆ちゃんって、どんな人だったの?」
ひよひよと紅い耳を揺らすうさぎリンゴに手を伸ばしてくる彼の手を軽くぺちり、と叩きながらひとつ口に放り込み、ふと訊いてみる。
ガウリイの口から昔のことを聞けるのは、本当に数える程しかない。
今のところ判ってるのは、ガウリイの家が『光の剣』を代々伝えてきた家であること。
兄弟がいるらしいこと。
そして、彼がお婆ちゃん子だったということくらいだ。
「―――優しい人、だったよ。
いつも穏やかに微笑ってるような人なんだけど、自分が譲れないと思ったことには意外なほど頑固でさ。
本を読むことが好きで、同じくらい歌うことが好きな人だった。
オレも、幾つか歌を教えてもらったよ」
ふ、と。
ガウリイの瞳に、淋しそうな影が走った。
……訊いちゃいけないことだった、かな……。
「そんな顔すんなって。もう随分と昔の話だ。
リナが気にすることなんて、何もないんだから」
苦笑いを零しながら、わしわしとあたしの頭を撫でる。
人の気持ちに敏感な彼の優しい心根は、きっとその『ばあちゃん』に育てられたものなんだろう。
素敵な人だったんだろうな。
何となく、想像がつく。
「そう?
…ところで、どんな歌を教えてもらったわけ?
ガウリイのことだから何とな〜く憶えてないような気もするんだけど」
「うわ、酷ぇ。
いくら何でも、ばあちゃんに教えてもらったことは憶えてるぞ?」
わざとからかうような口調で尋ねると、ガウリイはそれに乗ってきてくれた。
あたしが気まずい思いをしないように。
―――ありがとね、本当に。
恥ずかしくて、絶対口には出せないけれど。
心の中で、そっと呟いた。
特によく憶えているのが、幾つかの子守唄だと聞いて。
あたしは大人しく寝ることを条件に、そのうちのひとつを唄ってくれと、せがんでみた。
「う〜ん、オレあんまり歌は上手くないんだがなぁ…。
それでもいいのか?」
「いーの!
ガウリイだって、あたしに大人しくしててほしいんでしょ?」
ちょっと困ったように人差し指で頬を掻きながら言うガウリイにそう言って、もぞもぞと眠りやすい位置を探して身体を動かす。
「あー………。下手でも文句言うなよ?」
「言わないわよ」
それでもやっぱり恥ずかしいのか、彼は座っていた椅子からあたしの寝ているベッドの端へ腰掛け直し、こちらから顔がよく見えないように場所を確保する。
う〜みゅ。
照れながら歌うガウリイって、あんまし頻繁に見れないだろうからしっかり見てやろうと思ってたのに。
ちょっと残念。
「じゃあ、オレの故郷に伝わってるのでいいか?」
彼の問いに黙って頷くと、やっと観念したように一度肩を軽く落とし……すうっと息を吸い込んだ。
ふたたび ゆうべが巡り来て
森と草原は さわさわと安らぎ始め
世界は 眠っている
ただ 岩の間から
小川がしずくを 飛び散らせ
音を立てて 流れている
ゆうべは 小川に
安らぎと休息を もたらすことなく
教会の鐘も
憩いの歌を 奏でることもない
わが こころよ
お前も確かに 鼓動している
お前に ゆうべの安らぎを贈れるのは
神 ひとり
―――何が『歌は上手くない』よ。
あたしはゆるゆると眠りに引き込まれながら、思う。
どうしてか、なんて解らないけど。
泣きたくなるくらいの優しさが込められた、低く静かな響きを持つガウリイの声が紡ぐ子守唄は。
初めて聞いた物であるはずなのに、どこか懐かしくて。
そして、何となく物悲しくて。
それはもしかすると、ガウリイの記憶が封じ込められているせいなのかもしれない。
そんなとりとめもない事を思いながら。
髪を梳き始めた彼の手の温もりを感じ、あたしはそうっと意識を手放した。
END
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